トリノの聖骸布 信仰と拝金sindonologueというのは「聖骸布」研究者のことだ。十字架上で窒息死したイエスの遺骸を包んだという亜麻布にその姿が奇跡的に映っていて、写真術によってポジティヴ像が浮き上がり、その後いろいろな法医学的、解剖学的、歴史的研究によって、それが真実のイエスの姿だ、と騒がれるようになった。 1988年にはカーボン14による年代測定で布が1260-1390年頃のものだと発表されたのに、それを否定する声はやまない。 私も『聖骸布の仔』を翻訳したり、下の本に寄稿したりしている。 日本のような非キリスト教文化圏の国では、聖骸布なんてUFOよりも興味をひかないと思うが、日本にも、何十年も聖骸布研究を続けてきたsindonologueが存在する。 サレジオ会のガエタノ・コンプリ神父だ。 最近arteで久しぶりにこのテーマについての最新ドキュメンタリーを視聴した。 これについては下のサイトにも載っている。 印象的だったのは、トリノ大学教授の歴史学者アンドレア・ニコロッティが、確信をもって、すべての「科学者のお墨付き」は偽科学だ、真実は一つ、リレイでジョフロワ・ジ・シャルニーが制作させて、公開させたものだという事実だ、と断言していることだ。 彼の言っていることが正しいとしたら、聖骸布の前で「奇跡の治癒」が起こることを演出するために、病や障碍がその場で癒えたことを演ずるように金が払われていた。その効果で得られる利益が莫大だった。1357年ポワチエの司教が審査して、ローマ法王から公開禁止が命じられる。偽の奇跡の演出自体が発覚したということなのだろうか。 1389年に二度目のスキャンダルがあり、クレメンス七世(アヴィニヨン法王庁のフランス人教皇)が、公開してもいいけれど、それが「本物」であるとしてはならない、ということになった。 もとより真偽が分からない(それを証明する方法もない)聖遺物というのは古来あちこちに見られて(特に1204年に十字軍がコンスタンティノープルの聖ソフィア寺院はじめ修道院などからすべてを略奪して以来)、いつもそれなりの「奇跡」や「崇敬」を集めてきたので、その経済効果を求めて、例えばある修道院から有力な聖遺物を盗み出すために、別の修道院から送り込まれた僧が何年もかけて信頼された後で盗む、というような例は普通にある。 つまり、ビジネスと真偽は別なのだ。 さらに興味深いのは、聖骸布を相続したマルグリット・ド・シャルニィは、英仏戦争から聖骸布を守るために手放すことにしたのだが、当時、権力を貯えつつあったサヴォワ家が手に入れた。そのことでサヴォワ家の名声は高まった。公式に「聖骸布」と呼ばれるようになり、1578年にトリノに移される。マルグリットは未亡人で、生活の糧を必要としていた。サヴォワ家の提示した価格は膨大だったようで、マルグリットは一生の間年金を受け取ることになった。公式には「寄贈」したことになっているが、興味深いのはその後だ。彼女は聖骸布を売ったことで教皇から破門されたというのだ。 今でも、たとえば巡礼者向けのどんなメダルやお守りのようなものでも、神父に「祝福」してもらったものを売買することは禁止されている。「聖骸布」はイエスの影を映した本物でなくとも「イコン」として崇敬されてきたのだから、売買の対象にしてはならなかった。 しかしサヴォワ家は破門されていないし、マルグリットも年金を取り上げられたわけではないのだろう。 リレイ時代の最初の調査では、その絵を描いた絵師も事実を認めているという。しかしその名は残っていない。 聖骸布研究者で化学者のLuigi Garlaschelliという人が、絵を再現してみた。黄土を体に塗りつけたものを写し、顔の部分だけは平面に浮き彫りにしたものに黄土をつけて写す。その後で熱してから洗う、などのプロセスでそっくりなものができたが、14世紀にこれを思いついた画家の名を知りたいものだと言う。 色が布の表面にしかないことについては物理学者のPaolo Di Lazzaroという人が、遠紫外線を投射することで再現しているらしい。 その他、1988年の布の年代測定は2022年にふたたび確定されたという話もある。 アメリカ人の聖骸布研究者Joe Marinoという人はもとは信者ですらなかったのに、聖骸布を知ってからベネディクト会士となり、18年修道士として過ごした。結婚によって修道院を離れ、寡夫となった今も聖骸布の真実を疑わない。
聖骸布の歴史は信仰とビジネスに関する背反についてあらためて考えさせてくれる。 私のイメージとしては、解剖学的初見やオヴィエドのスダリオンやカオールのコワフなどとの呼応も考えると、14世紀におけるゼロからの贋作とは考えにくい。聖骸布は実在していて、しかし保存状態が悪かったので「巡礼者による経済効果」のために精巧なコピーが作られたのではないか、という可能性はあるのだろうか。だとしたら本物はどこに? スダリオン(頭全体を覆った布)の分析も始まっている。カオール(顎を支えた布)の分析も見てみたい。 ケベックの科学サイトに、聖骸布とUFOの「研究」をパラレルに語る興味深い記オヴィ江戸の その中に、UFO研究者がアカデミックな科学者と話し合うと、科学者の方が不可解な言説に向かうという現象が紹介されている。市井の研究者はアカデミックな枠組みによる規制なしに進んでくる中で「自己規制」が働くけれど、大学以来決められたレールの上を歩いてきた科学者は、自分たちのルートを外れるとカタストロフィに陥る、というのだ。 聖骸布の研究者の確信と「科学者」の反証のせめぎ合いにも起こりそうだ。 では、真偽は? 信仰は? イエスは? このテーマの決定版をそのうち書くことになるかもしれない。
by mariastella
| 2025-08-28 00:05
| 宗教
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