人並みの「読書の喜び」前にこの記事で書いた本を8月初めに購入して、読んだ。 フランスには今でも「バカンス中の読書」という表現がある。 夏のバカンスは海に行き、砂浜でくつろぎながら、普段読めなかった本を広げる、という優雅なステレオタイプがあって、スマホ時代にも生き残っている。 第一、優雅に読書できる世代では、スマホでの読書など海辺の光にも画面の小ささを考えても向いていない。で、やはり、気楽な紙の読書。ミステリーやら小説やら軽いエッセイなどが主流だろう。 私はこの習慣と縁遠かった。 日本にいた頃からの癖で、バカンスと言えばどこかでゆっくりというのではなく、「旅行」「観光」、知らないところを訪ねて歩くというのがデフォルトになっている。 若い時は両親が夏に一ヶ月フランスに来てくれることが定期的にあったので、バカンス村的なところにも行ったけれど、両親へのサービスが目的だから、「のんびり読書」などあり得ない。 今は、うちで時間のある時は、夏のバカンス中は確かに生徒も来ないしダンスもお休みだし、仲間との練習や合わせもないから、余裕があるのだが、そういう時にこそ、いろいろな史料を整理して新しい企画をつくったり、原稿を書き溜めたり、進めたりする。で、やはり「バカンスに読むこの一冊」などとは無縁だった。 しかも、本を買ってもなかなか最初から最後まで読めなくて、必要なところを書き留めるなどで、現物は「積ん読」になり、一生の残り時間で全部読めるかどうか分からないし増えるばかりだから、この頃は本を買うのも自分なりにセーブしていた。 ところがこの本。 あまりにもおもしろくて、今までなら、やることが山積みで、趣味の本を読んでる場合じゃない、など考える余裕もなく、ただただページを繰り続ける。 おもしろいミスはテリー本などならつい夢中になって一日で読み終えることもあるけれど、この本は、すべてのページに含蓄があり過ぎ、いろいろなことに目を開かれ、世界が広がり、一日で読めるようなものではない。さらに、著者といっしょにマッシフ・サントラルを歩いている気分になり、まさに「バカンス」を過ごすシミュレーションであり、この本を抱えて涼しい部屋のソファに座って過ごすことに何の罪悪感も覚えない。(普段なら、こんなことしている場合じゃない、あれもこれも、することがたまっているのに、と思って、何時間も仕事とも趣味とも関係ない本を読んでいると自己嫌悪に陥ることもあるのだ。) 中身もおもしろいが、文がうまい。 もとより政治家の演説文を作成していたような人だから、当然だが、文学の古典などで感心するような文脈でないのに、とにかく筋立て、せりふまわし、あちこちに飛ぶ連想や、さまざまな引用文やら、普通ならごった煮で分からなくなってしまうような進み方を天才的な筆力で展開する。ちょっとした表現にも感心して思わず付箋をはりつけてしまう。語彙も豊かで、数ページに一つは訳せないタイプの言葉が出てくる。(文脈で意味は分かるけれど、日本語は思いつかない) この生き生きとした表現。 彼は、同行の相手が不満を述べるほど、歩く先々で観たこと感じたことをメモに取り、会う人々には必ずファーストネームを聞いて、彼らの人生について聞きだしていく。つまり、最初から、比類のない体験を、自分の心の動きも含めて精密なドキュメンタリーにまとめることを想定していたのだ。 スマホがないとはこういうことかと思う。 私も昔は旅をする度に毎日ノートにメモしていた。今はあちらこちらで写真を撮るので、旅が終ってから写真を見ながら出来事や感想を想起していく。だから、新鮮な驚きなどを書き起こせない。 この本には写真を何枚でも撮れる時代なのにあえて撮らないことによる体験の強度と密度を高める贅沢がある。 しかも、単なるハイカーなどではなく、彼の体験には、神学、文学、哲学、社会学、人生訓などがちりばめられている。全体がイエズス会見習い修道士としての「黙想」みたいだ。極めて知的な挑戦であるのに、大自然の空気が伝わる。同行者との議論にも考えさせられる。 実に楽しい。 私は中学時代くらいから、ミステリーと動物ものと歴史もの以外は、評論的なものばかりを読んでいて、「小説」に目覚めたのはフランスに来てから日本人から司馬遼太郎や有吉佐和子などの文庫本を借りて以来だった。 フランス語の「軽い小説」との付き合いは極端に少ない。文学、評論、哲学、思想、研究書などがほとんどだった。エッセイも「軽妙なエッセイ」というものが主流だ。 この本の本格的な「感想」を書くのは長文になりそうで、全体をまとめることはできないし、まさにページを繰るごとに異なる時間、異なる光景、異なる出会いが広がっていて、「バカンスに読む」というより「読むバカンス」というところだ。 フランスならでは、という部分もある。食事を提供してもらえた先では必ずワインがふるまわれること、そして、最悪、どの地域にも、打ち捨てられたチャペルや無人の教会があるので野宿を避けられることとか、日曜日には教会(アフリカ人の司祭がいる)で同行者(司祭か助祭の叙階を受けている)が助祭として手伝って、少ないながらもミサに出席する信徒から食事や宿を提供してもらえること、などだ。 余りものや賞味期限切れの食物を分けてくれる店などもあるが、パンやチーズ、パテやソーセージなどは便利だなあと思う。 昭和の頃は母は托鉢僧にお米を分けていたけれど、お米はすぐに食べられるわけではない。定住しない完全な遊行僧ならお米をもらっても空腹は満たされない。それに比べると多少固くなっていても、パンやチーズやパテは便利だ。日本なら、揚げ物、焼き芋、乾燥芋、蒲鉾などならすぐに食べられるけれど、フランス人にとってのパンやチーズほど常備しているわけではないだろう。 他にもランボーとフーコー、『キリストのまねび』などでもいろいろな気づきがあった。 全方向での「読書の喜び」というのを満喫できたことに驚いたのでここに記録しておく。 (この本を読んだ人が誰でもそう思うのか、私の感性とたまたま合っていたのか、分からないけれど、こんな風に書いてみたい、と思わせてもくれた。読む楽しみだけでなく書く楽しみも伝えてくれる本なのだ。)
by mariastella
| 2025-08-31 00:05
| 本
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