聖母被昇天祭。日本の終戦記念日でもあって毎年可能な限りミサに出ている。今年は3年ぶりにビュットショーモンの聖母被昇天教会に。3年前の記事。
2015年の献堂式でこの教会の祭壇や12の小さな十字架を聖別したパリ大司教ヴァントトロワ枢機卿が先ごろ帰天された。梯子を昇って大変そうだったのを覚えている。
写真がこの記事にあった。
祭壇のレリーフは、聖母のドルミッション。
12人の弟子が左右に分かれて見守り、真ん中でイエスが祝福している。イエスの抱いているのは女の子の姿だが胸があるので聖母だと分かる。聖母の魂を抱いている。
正教ではドルミッションで就眠に近い。無原罪のマリアは「死ぬ」ことがないので「マリアの死」とは言えないのだ。ともかく、聖遺物としての遺体はなく、天使によって天に挙げられ息子イエスの傍に今もいる。黙示録に登場する女性もマリアのイメージと重ねられる。このオルガニストの青年がすばらしかった。話を聞くと、イタリアのトリノのコンセルヴァトワールで有名なオルガニストに指導された。
バロック音楽をしているとバッハに行きつくし、オルガン曲にも行きつくので、若者の中で司祭のなりては不足してもオルガニストは不足しない。

いわゆる教区の信徒はバカンスに出かけている時期だが、いろいろな信心会の人が集まっていた。表にカタール航空とアディダスのマークがあり後ろに「Primo deus servire(まず神に使えよ)」とある不思議なおそろいのシャツを着たカップルもいた。

リジューの聖テレーズと、やはり列聖された両親。
聖母マリア関係の歌を20種類も載せたプリント。
ルヴェリエール師の説教は、聖母被昇天というドグマが1950年にピウス12世によって加えられたにすぎないことについて「エホバの証人」の友人と話し合ったことについてだった。ドグマとは何か、聖書の中にあることだけがドグマなのか、伝統とは何か、聖書外典とは何か、なんと言っても、初期キリスト教徒はバイブルを持っていなかったことを忘れてはいけない、復活の18年後に書かれたパウロの「コリントの信徒への手紙」が一番古いこと、などを喚起して、いつのまにか、聖母被昇天が長い伝統の中で信じられてきたことを納得させるものだった。彼の話は相変わらずうまいし、歌うミサも快い。外の広場ではアペリティフがふるまわれる。
よく見ると、毎週木曜日には19h30-21hまでこの教会前のスペースで「ビストロ」があって、みんなで話したり子供たちがゲームをしたりできるらしい。
その後、ルヴェリエール師はビュットショーモン公園でピクニック。私は去年教会の向かいにできたというタイ料理のレストランに行った。
自分でいろいろ組合すことのできるwokを。

食事の後で教会に戻ると、マリアの「輿」の行列の出発準備ができている。車椅子で参加する人も二人いた。
他の信心会の旗も。

複数の警察官も警備に来ていたけれど、このカルチェはルヴェリエール師の人徳もあってか、通りを行く人の視線がなんとなく暖かい。
30度を超える暑さだったから、行列する人も大変だろう。(私は公園にさえ寄らず、冷房のきいたショッピングモールで猫の餌を買って帰宅した。)