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L'art de croire             竹下節子ブログ

ランボーはイスラムに改宗したのか?

詩人のアルチュール・ランボーは15歳でデビュー、20歳前に筆を折り、貿易商としてのキャリアを築いて37歳で没した。

熱心なカトリック信者である彼の母親はすでに失った息子や娘たちとのつながりのためにも、共通の墓所、共通の「あの世」を必要としていた。

ランボーの末の妹のイザベルは、マルセイユの病院で死に瀕していた兄のために病院付の司祭を呼び、兄の「告解」と「免償」を済ませたと手紙に書いている。司祭がランボーには「信仰がある」と彼女に言い、その後のランボーは死ぬまで、冒涜的な言葉を吐かなくなったともいう。
これらの報告が母親を安心させるためのものだったのか、あるいは瀕死のランボーはもう言葉を繰り出す体力もなかっただけなのか、確かなことは分からない。
ランボーは、詩の中でも神やキリスト教を冒瀆する過激な言葉を残しているからランボーというと「無神論者」と考えられていた。
晩年に彼がよく口にしていたのは「アッラー、カリム」というアラビア語で、「アラーの神は寛大である」、という意味だ。アラビア語も学び、アラビア語のコーランも持っていたし、パリからフランス語のコーランも取り寄せていた。
だから、実はイスラムに改宗していたのでは、などとも言われる。

このことについてここでくわしく書いている余裕はないけれど、私の印象はこうだ。

まず、彼はカトリシスムを「押しつけられた」被害者の立場で「洗礼の奴隷だ」と自称している。そう、奴隷であって、「解放奴隷」にはなれなかった。
彼の生きた時代のフランスの知識階級仲間の間なら、自ら奴隷状態を抜け出すのは困難ではなかったのにそうしなかったのは、母親がどっぷり漬かっている伝統やドグマをすべて否定しても、「洗礼」という人生の初めにおける聖霊とのつながりには手が届かなかった。(彼がカテキズムを受けて初聖体のセレモニーをしたかどうかは確認していないけれど、あの母親の元では免れなかった通過儀礼ではないだろうか。日本人なら、子どもの時にお宮参りをしたとか七五三のお詣りをしたとかの体験は別に事件ではないけれど、ランボーのような少年なら、初聖体などすべてがトラウマになったかもしれない。)
その反動と、普仏戦争の敗北やパリコミューン、無政府主義などの激動の時代に身を置いた青年が紡ぐ言葉は過激だった。
で、十代後半以降は、当時のカトリックのスタンダードからは、まさに神を冒涜するような生き方をずっとしてきたわけだけれど、そのすべてが、母親に対する感情も加わって、少しずつ無意識の罪悪感を育てていたかもしれない。
ヴェルレーヌとの関係も含めて短い間に怒涛のような遍歴の果てに、青年は新天地を求める。
イエメンのアデンやエチオピアのハラルで接したムスリムの世界に彼は魅了されたのだろう。「貿易商」の肩書を持っても、精神は冒険者、人類学者、民俗学者だった。
そこで見たイスラム世界は自分の育ったカトリックのドグマとは違って、ある意味でピュアな一神教だった。
聖人群や三位一体の神を崇敬したり崇拝したりするのではなく、各種の画像もなく、ただアッラーは偉大だというのだ。イスラムは砂漠地帯で生まれた後発の一神教だが、むしろキリスト教の原初の形のように思えたかもしれない。

彼が最後まで度々口にしたのはアッラーは偉大である、というフレーズではなく寛大であるというものだった。母親を通して得た懲罰的なカトリックの神ではなく、ランボーが欲し求めていたのは「寛大な神」だったのではないだろうか。

死の床で「告解」をして「免償」されることで彼は全てを「赦された」。カトリックの神も「寛大な」神だったのだ。

ランボーのような青年(フランス史やフランスの社会構造における知識人の定義などについての知見をずっと見てきた私には、彼の精神遍歴が想像できる)にとって、「未知」への憧憬は留まることがなかった。けれども、その探求と、幼い頃から彼を「奴隷」にしてきた「宗教」との折り合いをどこかでつけることも必要だった。
広大な砂漠に身をおいて「寛大な神」を喚起することが彼の精神のバランスのベースになったのだろう。
彼の願いとは別に遺体は兄弟たちの眠るフランスの墓所に葬られたけれど、怒涛のような人生から解き放たれたランボーも、また、ようやく「寛大さ」によってすべてを受け入れたに違いない、と願わずにはおられない。

蛇足)ランボーがエチオピアのハラルという場所に固執した理由としておもしろい仮説を冒険家の高野秀行さんがしている。
ランボーの生き方や手紙を読んでいると、無理筋だ。でも、そこだけ取り出すと、早熟の天才詩人にはふさわしい(?)解釈かもと思ったので貼っておく。




by mariastella | 2025-09-04 00:05 | 宗教
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