キリスト教をローマ帝国内に広めた第一人者パウロは、もとはサウロという名で、イエスの弟子たちを迫害していた。ところが「ダマスコ」への道でイエスの声を聞き、改心、回心する。
この時に、光を見て落馬するパウロを描いた名画がたくさんある。
カラヴァッジョのものなど特に迫力がある。
「使徒言行録」の9, 1~8にこういう記述がある。
さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺害しようと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂宛ての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。
ところが、旅の途中、ダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、私を迫害するのか」と語りかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「私は、あなたが迫害しているイエスである。立ち上がって町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが告げられる。」
同行していた人たちは、声は聞こえても、誰の姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。<<<<
この他に二ヶ所、パウロ自身がこの体験を語る記述がある。26章(12-18)では自分だけでなくみなが倒れたと言っている。(私たちが皆地に倒れたとき、『サウル、サウル、なぜ、私を迫害するのか。突き棒を蹴ると痛い目に遭うものだ』と、私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。)
けれど、落馬したとは一度も言っていない。(だから上に貼ったwikipediaの記述は間違っている)
聖書の歴史研究者によるとその後のパウロの宣教の旅は船か徒歩によるものがほとんどだから、この時も徒歩だった可能性が高い。馬があったかどうかも定かでなく、ロバの方が可能性がある。しかも光に驚いた馬に振り落とされたのなら、光で目が見えなくなっただけでなく負傷していた確率も高い。
もちろん、聖書のシーンがヨーロッパで描かれた時は時代考証などなくて、その時代のその場所に合わせた景色、建物、衣服などで表現されるのがごく普通だったから、落馬というドラマティックな構図が出回ったのだろう。それとも、すでに、「落馬した」というイメージが定着していたのだろうか。「私たちが皆地に倒れた」のが全員落馬だとしたらもっとパニックが起こって、光で眼をやられた馬たちを落ち着かせるだけで大変だったろう。
イエスはパウロを回心させるために馬から落とす必要はなかった。
と考えるのって、「目から鱗」というやつだろうか。(目から鱗の語源はパウロの回心から来ている。念のため。)