(前の記事の続きです)
Q : あなた自身が過去にシオニストの立場でしたね。シオニズムを非難する側に回った経緯は?
A : 子供の頃から両親からシオニズムに向けたクラスに入れられました。家族で移住することを念頭において近代ヘブライ語を学ぶためです。若い頃はキブツで暮らすことに憧れていました。(フランスで学び、)親しかったジャック・ラカン(1901-81)の死後、家族を連れてエルサレムに移りました。聖書と精神分析学との関係についての研究をしたかったからです。ベル・シェバの精神病棟で3 年間過ごし、1989年にYeshayahou Leibowitz に出会いました。マイモニデス(12世紀ユダヤ哲学者)研究の大家です。彼によって、イスラエル国家がパレスチナ人を追い出した土地を占拠していることに気付かされました。彼は「我々は今日300人の子供を殺した。二度と消えない汚点だ。」と嘆きました。彼は1934年にイスラエルに来た時はシオニストでした。でも1967年の戦争以来、イスラエル政府は、国のあらゆる価値を裏切っている、と言います。私はイスラエルという国と戦っているのでなくシオニストのイデオロギーと戦います。真の民主主義は、パレスチナ人の分断と弾圧という今の体制では不可能です。
Sekko : ユダヤ教の経典は、アッシリア、バビロニア、エジプト、などに散らばったイスラエルの民(北王国)やユダヤの民(南王国)らを結びつけるために生まれた。
経典そのものが「土地」のない「祖国」でありアイデンティティだったのだ。
離散したユダヤ人には政治のシステムがない。いわば究極の政教分離で生まれた宗教だった。それがこんなことになるとは‥。さらに見ていこう。
(続く)