イヴォンヌ・エメの超常現象はあまりにも目撃者、証言者、証拠の品などが多すぎて、カトリク教会お得意の科学的審査などができない。
「悪魔憑き」というレッテルを貼るわけにはいかないとなれば、あとは、「目立たないようにする」というだけ。
1951年に亡くなり、すぐに列福申請の運動が始まり、奇跡譚の多さに当惑したヴァティカンは1960年に審査を封印、1985年に解禁したわけだが、超常現象の扱いについて根本的な解決がないので、おそらくこのまま放置されるだろうと言われる。
イヴォンヌ・エメ自身は、全てはイエスのわざであると言っているのだから、そのままでも問題はないとも言える。
多くの本の中には、このブルターニュの地方雑誌のように、医師の証言も載せて超常現象を語るものがある。

一方で、列福申請を支援する一端となるような本では、「超常現象」については極力控えめというか、具体例が上がっていないので、どうして最初はただの入院患者だった若い娘があっという間に修道会に影響を与えたのかという理由がよく分からない。
売店で驚いたのは、イヴォンヌ・エメの描いたさまざまな絵が絵葉書やカードとして売られていたたことだ。彼女がピアニストで彫刻家で設計者で画家でもあったというのは知ってはいたけれど、その才能が半端でないのをあらためて知った。たとえばこういうもの。当時から、これらのカードを売ることで修道会の収入の一部に充てたりシスターたちに配ったりしていたのだろう。
病院を立て直す時の設計図もすべて彼女が書いて、それを見た建築家が完璧だと言った。アマチュアではなく、パリで設計やピアノの免状も獲得し、絵の勉強もしている。
最近の本やら雑誌の記事を読んだので、帰宅してから、久しぶりに『パリのマリア』のイヴンヌ・エメの部分を読み返してみた。圧倒されるばかりだ。「悪魔憑き」ではなく「イエス憑き」、「神懸かり」、絶対の使命感に突き動かされる時には何でも起こるのだろうか。いわゆる神話やら中世の『黄金伝説』などを読んで、奇跡や超常現象のオンパレードでも、普通はそれは「お話」なんだろうと思って受け入れる。でも20世紀のレジスタンスを生きたイヴンヌ・エメの事績を読んだ後では、神話やら伝説の中にも、実は「本物の超常現象」が織り込まれているのかもしれないと思えてくる。
シスターたちが取次ぎの祈りをしてくれるので「願い事?」を書いて入れておく場所があった。ゆっくり書くために部屋を貸してくれる。
イヴォンヌ・エメの描いた子供姿で王冠を抱いて聖心臓を指している図柄、親しみやすくてすっかりなじみになった。この図柄を通すと、イヴォンヌ・エメに真っすぐ届くような気がする。
誤解のないようことわっておくと、列聖や列福の条件に生前の「奇跡」は必要がない。イヴォンヌ・エメの場合も、死後の彼女に祈る(彼女を通してイエスに祈る)ことで「奇跡の治癒」があったことを報告している人がたくさんいるのだ。彼女のような、まさに「超常」を生きた人のカリスマが、そのまま濃密に残っている「気配」をここに来る人はキャッチするのかもしれない。その人たちが、自らの願いのサイコエネルギーを「場」に同調させることで、イヴォンヌ・エメのカリスマを養い、増幅し続けているような気分になる。不思議な場所だ。
(続く)