Q : この最初のラテン語訳コーランは、その後どういう影響を与えましたか ?
A : 他の翻訳は13,14,15世紀にも現れました。けれどもロベール・ド・ケットンの訳したものほど大きな影響を与えたものはありません。
ケットン訳のコーランは12世紀から14世紀にかけてなんと24部も書き写されたのです。
そして1543年にはスイスのバーゼルでプロテスタントの碩学テオドル・ビブリアンダーによってはじめて「印刷」されました。しかしバーゼル市の委員会はこの異端本の流布を禁止しました。印刷者は刑務所に送られ、印刷も止められました。ビブリアンダーはルターに事情を話して仲介を頼みました。
ルターは、トルコ人と戦うにはコーランという「マホメットの嘘」を公開するのが最良の戦略だと言い、前書きまで引き受けました。
ルターは尊者ピエールと同じく、イスラムとの神学論争にコーランが使えると考えただけでなく、カトリックとの神学論争にも使えると考えたのです。同時代のプロテスタントの書物と同じく、「教皇主義者」を批判する論拠をコーランに見つけたからです。