Q : 教皇主義者を論破するためにイスラムをどのように利用したのですか ?
A : ルターは、コンスタンティノープルで20年間も捕らわれの身であった後に脱走したハンガリーのゲオルグという人物の著書に序文を寄せています。本には、トルコ人の風習や宗教の大祭時の荘厳な典礼について書かれています。それをもってルターはイスラム教徒はローマ教皇より優れたカトリックだと断言します。
もちろんそれは皮肉です。カトリックもムスリムも、祈りや苦行によって天国に上げられるようにと、荘厳な典礼に多大な費用をかけるけれど、プロテスタントの創始者となったルターにとっては「信仰」だけが救いにつながるからです。
カトリックの著者も負けてはいません。
1543年には、後にコレージュ・ド・フランスとなる王立コレージュのオリエンタル言語教授であるギヨーム・ポステルの著作『コーランと福音派の調和』が世に出ました。
アラブ語ヘブライ語に通じるポステルはその著書でムスリムとプロテスタントに共通する28の誤りを指摘しています。聖職者の独身制、聖画の使用、聖人崇敬などを否定していることが挙げられています。
ポステルは、コーランの言い分をとりあげてそれを否定することでルターとムハンマドという二人の異端者を背中合わせにしたのです。
Sekko : 確かにイスラム教が生まれた7世紀にはまだプロテスタントが分かれていないから、それ以前のキリスト教からわかれる形でイスラム教が発展したという見方ができる。だから、イスラムはカトリックから見ればプロテスタント寄り、プロテスタントから見ればカトリック寄りに見えるというわけで、コーランが互いの批判のツールになったということらしい。