11/1に、19世紀の神学者でイングランド教会からカトリックに改宗したジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿が列聖に続いて「教会博士」の称号を受けることになった。
この人の博識、博学、宗教心がずば抜けていることは言うまでもないが、こんな人が、いろいろな過程を経てローマ・カトリック教会に改宗したことの意味を考えると、イングランド教会にはなくてカトリックにおいて見出されたものはいったい何かと思わずにはいられない。(イングランド国教会時代の彼はカトリックが異端だという文さえ残している。)
ブラウン神父シリーズでお馴染みのチェスタートンや指輪物語のトールキンが、ニューマンに続いてイギリスからのニューカトリックという流れを形成していることは前にも触れたことがある。
彼らが「英語」圏の作家であったことと、今のレオ14世が英語圏出身の初のローマ教皇であることのつながりも思わずにはいられない。
10月には、英国国教会の首長であるチャールズ三世がヴァティカンを訪れて、国教会首長としてはじめてレオ14世と共に祈りを捧げたことが話題になった。
プロテスタントというと大きく分けて、ルターなどドイツ系、大陸系のものと、主として政治上の衝突からローマと分れたイギリス国教会の系譜がある。その同じアングロサクソンのピューリタンがアメリカ大陸に渡って今の合衆国のもとをなしたというイメージがあるが、アメリカのプロテスタントは複雑に分かれて共存している。
そんなことを考えると、ニューマン、チェスタートン、トルーキンらのカトリックへの転向や信仰の意味、初の英語圏出身の教皇とイギリス国王の共同の祈りなどの意味するものが何となく見えてくる。
チェスタートンやトルーキンがニューマンに続いて列福列聖される日が来るとすればさらに興味深い。
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