3年ぶりにせきがはら人間村を訪問した。
3年前、コロナ禍のせいで久しぶりに訪れた日本で、人々がまだまだマスクをしている中で、せきがはらのアート空間の自由さに救われた思いがしたことは忘れられない。
3年前のこのブログにも書いているように、私の持っているセカリーの「天地創造」の作品を寄贈するために寄ったのだ。
3年前と同じように坂井達省さんがわざわざ来てくださった。坂井さんと同時に47年前のパリでお会いして以来の織田啓介さんも来てくださった。
今年末までセカリー展が開かれている。
セカリーの作品の前でお二人と。同窓会のような気分。

会長の矢橋さんらもいっしょに。
坂井さんがプレゼントしてくれた羊毛だけで作った羊のマスコット。
3年前も、同じ手作りの羊毛製のウサギをいただいた。
数メートルもある巨大な石を刻むことから、独特の触感の小さなマスコットまで、アーティストの手は、いつも何かをクリエートしている。
今回もセカリーの絵画も含めたいろいろな作品を見ながら、彼らは、いつも命を表現せずにはいられないんだなあとつくづく思う。手を動かしているその瞬間が「命」と触れ合っている時で、彼らにとってはそれが「生きる」ことであり、だから、どんな形であれ決して創作を「やめる」ということがない。
ひとつひとつの輝きと同時に、創作に駆り立てられる一種の壮絶さの名残りを感じるのは私だけなのだろうか。その壮絶さとつながる何かによって生かしてもらえるような気さえする。