先日、ラジオで、第二次世界大戦時のフランスでイタリアによる占領地ではユダヤ人排斥がなかったので、フランスの他の地域からその地に移住したユダヤ人が少なくなかったという趣旨の話を耳にした。
ドイツとイタリアが同盟を結んでいたのは知っているけれど、イタリアがフランスを占領していた時代があったことを意識したのははじめてだ。
で、ネットで検索すると、1940-1942年の状態が上の段、1942年にフランスがドイツに降伏して、1942-43年の間が中の段で、イタリアの国境に近い部分やコルシカ島がイタリア領土になっている。
そして1944-45年が下段で、フランスは全土がドイツに占領されたがコルシカは「自由」になっている。

1943年にはイタリアで革命がおこり、ムッソリーニは幽閉され、イタリアは連合国との休戦協定を受け入れている。その後、ヒトラーがムッソリーニを救出した形になり、フランスも全面的に占領、イタリアのユダヤ人保護政策も撤廃させた。
ドイツによるフランスの全面占領の経緯を具体的に知りたくて、wikipediaでムッソリーニの項を読んでみたら、王室やバチカン、ソ連との関係も含めて事態は複雑に入り組んでいて、フランスでのヴィシー政権やレジスタンスの見え方に新たな光をもらった。同時に、第二次世界大戦後の日本を連合国軍(実質は米軍)が占領していた6年以上という長さの意味するところに思いが至る。上のような図を、沖縄も含めて日本の被占領時代に当てはめて想像するとなかなか衝撃的だ。もちろんさまざまな「領土」の割譲もあった。
日本が「列島」であり、イタリアやドイツという「敵国」と国境を接して接するフランスのような国との心理的な違いは、「占領」以降の心理にも関わっているとあらためて考えさせられる。