Q : 労働者の貧困と戦うことについて、企業の役割とはどのようなものでしたか?
A : 企業の経営者も貧困対策をしました。特に、ノール地方(北フランス)の起業家にはカトリック信者が多く、貧困対策に積極的でした。貧困と戦うための慈善活動をしたり、労働者の失業を防いだりしました。公営住宅よりも先に低家賃の社宅制度をつくったのも企業のパトロンでした。1896年から広まりました。文書館にはロスチャイルド家の文書があり、彼らが貧しい人々に多くの援助をして家族のための集合住宅を建設したことが分かります。
企業のパトロンも、1889年にはアルデンヌ県のSedamでFélicie Hervieu がはじめて 労働者のための菜園を作りました。労働者や家族が自給自足で食べ物を育てることができます。後には、ノール県のアズブルックでアベ・ルミール(Lemire)がそれを発展させました。彼は聖職者でありながら、国会議員でありアズブルックの市長でもありました。労働者の菜園の土地をかまホすると同時にそれを補うビストロも誘致しました。
第二字世界大戦中にはcomité d'entreprise企業評議会が生まれ、労働者がレジャーにアクセスできるようにしました。その黄金時代は1980年代でした。同時期に、ショービジネス界の富裕な人物が人道支援を立ち上げるようになりました。Restos du Coeurなどが代表的です。
Sekko :ルミール神父の評伝はBDで読んだことがある。アベ・ピエールの先駆者というイメージだ。(アベ・ピエールの方はセクハラで評判が地に落ちたけれど)
アズブルックは田舎の家の近くでなじみ深い場所だ。映画「ファンファーレ」にも登場する。レスト・デュ・クール(心の食堂)はオートバイ事故で死んだ人気俳優コリューシュが設立したもので今も各地で続いている。(続く)