今年はフランスに暮らして50年という節目の年だ。
今さら思うのは、国の違いよりも世代の違いの方が大きいということだ。
もちろん私自身のフランス語能力も変わった。
せっかくだから50年前の思い出を少し。
フランスで最初に映画館で観たのがマーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロの『タクシー・ドライバー』だった。
当時のフランスでは普通の家庭にはテレビがないところも多く、あっても小型の白黒テレビでチャンネルも三つだけだった。私の父は「新しもの好き」だったので、テレビも5歳の時にはあったし、カラーテレビも13歳の時からあった。チャンネルも50年前でも6つか7つくらいはあった。映画もTVで放映されていたし、中学生の頃から映画館に一人で通っていた。3本立てのようなものもあった。
いわゆる洋画ばかり観ていたけれど、一つ年上の中沢新一くんと出会ってから邦画を観るようになって、その後一つ年下の平野共余子ちゃんと出会ってからますます映画を観るようになった。(共余子ちゃんと2人で一人では入りにくい日活ロマンポルノを観たことがあるし、3人で観たベルイマン映画もある。)
で、50年前のフランスで驚いたのは、外国映画が全てフランス語の吹き替えだったことだ。日本では、テレビでは吹き替え、映画館では字幕というのが普通だったけれど、字幕バージョンは、シャンゼリゼやカルチェラタンなど観光客や留学生の多い地区でのみの例外だった。いわゆる庶民は全てフランス映画だろうと意識していたのではないかと思うくらいだ。
で、語学学校のあったヴィシーで最初に観たのが『タクシー・ドライバー』。
吹き替えのフランス語が聴き取れなくて意味がよく分からなかった。
でも、観に来ていたフランスのおばさんたちも、上映後に「意味が分らないわ」と言い合っていたのを聞いて少し安心した。
今にして思うと、あの映画は、なんとサルトルの「嘔吐」にインスパイアされたもので、その他カミュの「異邦人」とかドストエフスキーの「罪と罰」との関係も取り上げられているのでそもそも「不条理」だったのだと分かる。
フランスの映画館には日本のようなパンフレットもないし、当時はネットでいろいろ検索することももちろんないから、映画の専門誌でも買わないと批評や情報が得られなかったのだ。
映画のフランス語を聞き取れるようになるには2年くらいかかったと思うし、その後も、口語、俗語が頻発するような映画では意味が分からない言葉が普通に出てくる。
(それは日本語でも同じで、今の若者の口語やSNSの言葉で意味の分からないものはたくさんある。)
その後で「2001年宇宙の旅」のリバイバル上演をフランス語吹き替えで観た時もラストの意味が分からなかった。日本では観たことがなかった。(キューブリックの作品で日本で観ていたのは「時計仕掛けのオレンジ」や「バリー・リンドン」などで、特に「難解」という感じは持っていなかった。)
フランス語が分からないせいかと思うとフラストレーションが大きくて、中沢くんに尋ねたら、日本で上映した時のパンフレットをフランスに送ってくれた。もともと難解な映画だったらしい。
今はネットで検索すると詳細な情報が得られるのはまさに隔世の感だ。
この2本の映画は、半世紀を経た今も、上映館の空気にいたるまで覚えている。