昨日の記事で、映画にまつわる2人の友人のことを書いたら、同じく50年前、フランスに発つ前に準備のひとつとして始めていたスポーツでもこの2人に付き合ってもらったことを思い出した。
フランスに発つ前はもう博士課程に在籍していたけれど、前期の単位を取る前には休学するわけで、修士課程でも博士課程用の20単位の内8単位を取っておくことが可能で、すでに取っていたから、何もすることがなかった。
で、朝日カルチャーセンターで英語会話とフランス語会話、そしてテニスのクラスに登録した。テニスのクラスは女性ばかりでそれまで付き合ったことの内容なブルジョワの奥様方ばかりだったのを覚えている。テニスは大学の学部時代の体育の授業で軟式をやったことがある程度だった。
その時の私のプランでは、フランスでは音楽師範学校のギター科に入学し、後はソルボンヌの文明講座とエコール・ド・ルーブルの講座というものだった。
で、スポーツとしては一人でできるもの、他の人とできるものを用意しておこうと思っていた。一人用はアーチェリー、二人用がテニス、そして未経験のウィンター・スポーツは、スキー場に行くなどのハードルが高くないスケートを選んだのだ。
アーチェリーも講習に通った後、何度もあちこちで訓練した。
スケートは、代々木体育館のスケートリンクで初心者用の講習を受けた。
その後でも個人でスケート場に行くのに、付き合ってくれたのが中沢くんときょうこちゃんだった。きょうこちゃんは自分のスケート靴を持っていて、代々木のリンクで軽々と滑ってみせてくれた。中沢くんとはよみうりランドのスケート場に行った。甲府出身の彼は、高校の頃は中庭に水を撒くと凍ってスケートができたそうで、楽々と滑っていた。
うーん、今思うと、優雅で贅沢で、フランス留学もこれという目標がなく、帰国したら女子大の先生にでもなるか(女子大は憧れだったので)という程度の未来像だったのだ。
で、この50年、テニスのラケットをもったことがない(卓球とバドミントンくらい)。アーチェリーも日本から持ってきて庭に的を設置して何年かはやっていたけれど、後はバカンス先のアクティヴィティでやったり(バカンス先ではミニゴルフも時々した。ゴルフは子供の時に父とゴルフ場に行って講習を受けたので多少はできた)、スケートはアルプスのスキー場併設のスケートリンクやパリのスケートリンクで数回やったりしたという程度。英会話ももちろんレベルアップしていない。
「付け焼刃」という言葉を思い出す。
幼い頃から今も続けている「スポーツ」はダンスだけということになる。
中沢くんやきょうこちゃんは今でもすいすいとスケートで滑れることだろう。
(アルプスで最初に講習を受けたスキーはと言えば、最初の一週間で、足の親指が凍傷になり、新しい爪が生えてくるまで真っ黒になったままという体験の後、軽い谷スキーしかしたことがない。今なら靴下カイロだとか、温熱スキー靴だとかあるのだろうが、もう完全にスルーしている。)
(あ、もう一つ、水泳も、もう「海で泳ぐ」というのをしなくなったし、そもそも山や海という自然の中でスポーツするというのはすっかり過去の話だ。ホテルのプール、スパのプール、温水プール、海水プールなどでたまに軽く泳ぐだけ。船が沈没した時に海なら、サバイバルで100メートルくらいは泳いだり10分くらいは浮いていたりできるかも、という程度だ。)
まあ、いいかと思うのは、もともとの素養がなくレベルも低く体験も乏しいので、高齢者になったからといって失うものがないので感傷的にもならないことくらいだろう。