黒人差別の問題はいつも居心地の悪い、罪悪感を抱かせる。
子どもの頃日本で見かけた黒人は、「成功したアメリカのビジネスマン」という感じだった。(米軍基地の黒人兵などは視野になかった)スポーツでの活躍を見ても彼らは体格もよく運動神経もいい強い人種だという印象だった。フランスに来てメトロなどで見かける黒人は、アフリカからの亡命者や移民で、身なりも含めて貧相な感じで驚いたことを覚えている。
アメリカにおけるいわゆる「奴隷の子孫」は、すでに奴隷として選ばれた頑強な身体条件の上に劣悪な渡航に耐え、過酷な生を生き延びてきた人たちだから、心身の強者であることは納得がいくなと思ったものだ。それでも軽い罪悪感を覚えるのは、「肌の色」の違いのインパクトに慣れることがないからだ。いわゆるアラブ人もフランスでは差別の対象になることがあるけれど、日本人には区別がつかない。トルコ人もイラン人もユダヤ人も見た目では「西洋人」カテゴリーに入れてしまう人が多い。
昨年ブラジルに関する会議に出て、南米の黒人奴隷について初めて意識したけれど、今回見たドキュメンタリーは、アメリカの「西部開拓」における黒人についてだった。
いわゆるウエスタン映画などのカウボーイは白人ばかりだが、実は、かなりの割合で黒人のカウボーイがいた。ジョン・ウェインが主演したカウボーイも、インディアンのカイオワ族に拉致された妻子を救いにいった実在の黒人がモデルだった。
解放奴隷の多くが、自由と富を求めて西海岸へと向かったのだ。
しかし政府は黒人とインディアンが、抑圧される者同士として連帯することを避けたかった。で、リンカーンがどうしたかというと、一部のインディアンを「市民」と見なして黒人奴隷の所有を認めたのだ。白人の「主人」から「買う」という形だ。市民とされる三つの条件が、「木かレンガの家に住むこと」「決まった時間に食事すること」「奴隷を所有すること」というものである。チェロキー族など五部族が「市民」となり、4万人の黒人奴隷を所有していた。1830年のケンタッキーでは人口10%に上るインディアンが一家につき30人から400人という数の黒人奴隷を所有していたという。栽培していたのは綿花やタバコではなく、トウモロコシなどだった。
黒人奴隷を所有しているインディアンには南北戦争でも北軍についた者もある。
全米で50万人いた解放奴隷の半分は北軍についた。
チェロキー族の有名なジョン・ロスと黒人奴隷との関係(400人所有)について書いたものは読んだことがない。
そして、「市民」として背広を着てネクタイを結んだような先住民は、日本人の目から見ると、「西洋人」に見える。昔は、白人、黒人、黄色人種にインディアンが赤色人種などと言われていた。実際は、居住地による肌のメラニン色素の多寡によるわけだけれど、インディアンの肌の色といっても、ハリウッド映画に刷り込まれた羽根飾りをつけた「インディアンの格好」と込みで区別している。「市民」の服装をしたら日本人の目からすると白人と区別がつかない。
インド人の場合は、顔立ちが「西洋人」でも、肌の色が黒い場合は「黒人」と意識してしまうから、「黒」という色のインパクトは大きい。「闇」や「夜」の連想である種の「恐れ」を誘発するのかもしれない。
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