Q : 自分自身になるためには勇気が必要だ、とお書きになっていますね。
A : フロイトは「文明の不満」の中でそれをとてもよく説明しています。すべての社会において、その社会の存続のためにはさまざまな規範が重要です。文明でも、家庭でも、企業の中でもそうです。そして社会の秩序にとって良しとされているものは特定の個人にとって必ずしも良いものではない。だから、既成の順応主義にそぐわない個人の特性を打ち出すには勇気が要ります。こんな会議には協力しない、こんな本は書かない、こんな関係のカップルではいたくない、などと心の声が聞こえる時も、じゃあ、どうするんだ、と言われた時に自分のとる道を示すことができるのか。自分の独自性を示すのには勇気が必要です。ベルグソンは、パーソナリティというのは生きてきた歴史の結果だと説明します。「私は自分の人生観にとっての納得のいくまで自分のやり方で物事を処していく」と決心するのは勇気あることです。
Sekko : 社会の「規範」が自分の信念に合致しないから拒否するというのではなくて、自分から見てのその時点での「両極」の「中道」を探りながらその都度決定するということだろうか。人生観というのは少しずつ築き上げるものだから、固定した「信念」に陥らないように、視点を常に関係性においておかなければならない。
でも今の時代は、固定した信念だの自分の独自な人生観などそもそも持てなくなっているかもしれない。社会の規範どころか、SNSで垂れ流されるバイアスだらけの「規範」だの、AIが合成する「規範」だのに踊らされて、両極がどこにあるのかももう分からないから、自分のやり方でバランスを保つという感覚も失われるのではないだろうか。