Q : 1905年には共和党の中で二つの陣営が対立していました。強硬派のエミール・コンブと穏健派のアリスティッド・ブリアンです。 穏健派が勝利したのはなぜですか?
A : 確かに共和党は二派に分かれていました。コンブらは、宗教者を厳しく統制下に置くことを主張していました。なかでも、モーリス・アラール(Allard)のもとに集まった少数派はフランス革命を完全にキリスト教から切り離そうと考えていました。リベラル徒呼ばれていたアリスティッド・ブリアンらは、信教の自由というコンセプトを広げて宗教の自由とし、公共の秩序だけが制限の対象になるとしました。
これが採用されたわけです。中道左派と中道右派が妥協点を見つけました。ブリアンはこの法律は、宗教についての対立を解消することで、次の社会政策の問題に向かうためのものだと主張して多数決で合意を得ました。
(続く)