Q : では百年に渡る宗教的緊張が緩和したのは実用的な理由だったわけですね。イスラム教の登場は今日の状況を変えましたか?
A : ライシテに伴った緊張の緩和は理論の再構築からも来ています。1945年以来、そして第二ヴァティカン公会議以来、教会はカトリック国家という伝統的教義を捨ててて政教分離を認めました。1945年から1990年までは、宗教はフランスで実際的な問題にはなりませんでした。国家と教会は接近しました。
ふたたび問題になったのは、1980年代の終わりに宗教や社会の修正が語られるようになりました。
宗教では、アイデンティとしてのイスラムが登場しました。公共の場での女性のイスラムスカーフ問題が取り上げられました。宗教が社会的、政治的な結びつきを危うくするという考え方が生まれたのです。
社会的には、セキュリティの問題が持ち上がってきました。定義をもった国民国家(ネーション)の安定取り戻そうという動きが生まれました。そのことで、ライシテについての新たな考察が生まれました。特に、宗教への属性を示す表象について、異常なこだわれをもって議論されました。
Sekko : 公立学校の中でのキリスト教的な含意を持つものがすべて取り払われたのもその頃だ。イスラムスカーフだけを取り上げると「差別」とされるので、十字架やらメダイの類も全て対象となったのだ。私自身も、その頃は、生徒のレッスン中に奇跡のメダイなどを配したアクセサリーなどをつけないようになった。
でも結局は、カトリックのシンボルとイスラムのシンボルが問題になっているわけで、中華街などの新年のシンボルは、大通りを練り歩こうと、それが「神」であっても、「文化」でしかなかったし、日本人が神社や寺のどんな「お守り」をつけていようと宗教帰属の表明などとは見なされない。政治がらみのイデオロギーの問題を無理やり「平等」「普遍主義」に落とし込むのは不自然だった。
その頃から、極左がイスラムの表象を擁護するようになったし、極右勢力がキリスト教の表象を掲げるようにもなった。それはもはや「信仰」の問題でもないし、それぞれの宗教のルーツともかけ離れた地政学的情勢に関わっていた。