Arteで何となく視聴したファニー・アルダンの映画、2021年のもので、当時の彼女の実年齢である70歳の女性が45歳の男と恋に落ちる。タイトルは「恋する者」はいつも「若い」ということなのだろうか。
最初は、25歳差ということで、マクロンとブリジットの組み合わせを連想した。フランスあるあるかなあと。全然違った。マクロンは高校生の時に、すでに同じ高校生の子供がいる教師とつきあうようになったわけだが、この映画では男には妻子がいて、女は昔夫と別れているが、娘や孫までいる。
男の妻がセシル・ド・フランスで相変わらず魅力的だ。夫の心を奪った高齢女性のもとを訪ね、なぜ来たのかと聞かれて「好奇心」というところがリアルで怖くいろいろな意味で刺さる。女の娘ももう若くはない年配だという設定もある意味オリジナル。
もちろん彼女が私より二つ上のほぼ同世代ということもあってそれこそ「好奇心」で最後まで見たけれど、パーキンソン病で、残された時間がもう少ないという設定が落としどころになっているのはなんだかなあ、と思ってしまった。
で、映画の後で、ファニー・アルダンのドキュメンタリーが放映された。
彼女は特に好きな女優ではないのに、いつも演技力と存在感に圧倒されてきた。ドキュメンタリーでも彼女が一般的な「美女」でないことが語られていた。背が高すぎて男子から敬遠されていたり、三角の顔形に黒い眼、大きな口に、低い声で癖のある話し方。なるほどそういわれると個性的な顔立ちだ。
トリュフォーとの『隣の女』の時代から、すべてフランス語で映画を観てきた。(ドヌーヴやアジャーニは日本にいた頃に字幕や吹き替えですでに観ていた。)
『令嬢ジュリー』の舞台は、アジャーニのものと両方を感激して、異なる魅力に驚いた。鬼気迫るようなアジャーニと、深くて暗いところに引き込まれるようなファニー・アルダン。彼女の求心力の凄さに脱帽する思いだった。
フランス語が理解できる立場でこの2人をリアルタイムでパラレルに眺めてこれた世代であることは嬉しい。