半世紀前、私がフランスに来た時は、周りのフランス人学生(博士課程など)や教師たちはほぼみな「インテリ左翼無神論」という分かりやすいカテゴリーの人たちだった。
私がフランスのカトリックの聖人や聖母の崇敬や巡礼、奇跡などに興味を持っていると知ると「あなたのようなインテリがどうして…」と驚かれたことが数回ある。
そういう彼らだって、イエズス会系のリセなどの出身だったり、カトリックの教養、歴史などの知識を備えていたりするのに、なぜか「信仰=蒙昧」という等式が刷り込まれているのだった。
無意味な摩擦を避けるために、宗教に対する相手のスタンスを把握してから話題の振り方を調整するというやり方は今も続いている。
パリの政治学院がウォーキズムの中心的位置を占めたり、国立大学がメランションの極左のミーティングの場所になったりするのは現在もむしろ過激化している。
そのことについて、最近、なるほどと思わせる解説を聞いた。
第二次世界大戦後の政治の編成で、ドゴールは、親ヴィシー政権の関係者を完全に排除したわけではない。直接にナチスと関係を持った者以外は戦後も政治の第一線にいた。日本でも「戦犯」であった人が首相になるなどの例があるのと同じだ。
社会民主主義は基本路線だったとはいえ、冷戦も勃発したので、「事実上の右派」が経済や外交の要職を固めた。左派は、教育と文化をあてがわれることになった。
教育と文化が左傾化したわけだ。
インテリ左翼無神論のベースが固まり、68年五月革命にまで発展した。
なるほど。
2月にエプスタインとの関係が暴露されてパリのアラブ世界研究所の所長を辞任したジャック・ラングは、文化相時代に夏至の日の音楽祭を始めた人だ。
84歳にもなる彼がまだそんな職に就いていること自体知らなかった。
パリのアラブ世界研究所は、立派な施設だけれど、開館時はアラブ諸国も費用を負担していたのが今はフランスだけで運営しているという。創設時はアラブ諸国との財政的関係と切り離せなかったのだろう。イスラム文化が主体だが、イスラムはアラブ諸国だけではない。トルコもイランもアラブ人ではない。イスラム文化研究所と称しなかったのはなぜか。イスラムだけではない異文化、異文明研究所とはならなかったのか。
ジャック・ラングのもとで、音楽祭も映画祭も、左派に傾いたし、インテリ左翼無神論者が擁護するタイプの大衆音楽や前衛的な美術もメインストリートに躍り出て久しい。2025年のパリ五輪の開会式もその流れにあった。
フレンチ・エレガンスの洗練を愛するバロック音楽、バロック・ダンスの仲間たちも「インテリ左翼無神論」の鋳型からは完全に自由になれない。
プロテススタントのサルトルやブルジョワ・カトリックのボーヴォワールが若き日に雷に打たれたように「神はいない」という「回心」体験を語った時代と、最初から神がいないことがデフォルトになった時代に育った「インテリ左翼無神論」者たちはまたニュアンスが違う。
フランスのポストモダンに影響を受けた日本人にとって、WASPの国アメリカの宗教色よりフランスの方がなじみやすかったかもしれない。
「無神論」はイデオロギーであるから、宗教には「無関心」だが法事やら寺社への願掛けには抵抗のない日本人にはなかなか実感できない。
20世紀後半に生まれ、フランスで半世紀の観察を経たからこそ、20世紀全体の景色が少しずつ見えるようになってきたのは一つのチャンスかもしれない。じっくり考え続けよう。