4/5、ヴァティカンの復活祭ミサと教皇による祝福、ウルビ・エト・オルビの中継をリアルタイムで視聴した。昨年は日本にいたので、ビデオですこし見ただけだし、フランシスコ教皇が顔を出したものの司式できるような状態ではなかったし、すぐ後で帰天、と大変なことになっていった。
で、時差がないことでたっぷり味わえる今年の復活祭、レオ14世のはじめての復活祭ということで期待していた。
テレビをつけてまず感動したのは画面の美しさだ。
雲ひとつない快晴の鮮やかな青空、映像は隅々までクリアーな上、いったい何台のカメラを設置しているのだろう、しかも、どのアングルもすばらしい。
色鮮やかに並ぶ花々が、全体でもアップでもいろいろな角度から映され、画面を見ているだけでも感動的だ。これらの花は例年通りオランダから贈られたもので、ロッテルダムの司教が祝福したものだという。
スイスの衛兵の帽子の赤い羽根と青空のコントラストもアートになっている。
ローマ教皇というのは最初のローマ司教とされるペテロ以来2000年も続いてきた。19世紀以来領土を奪われ、いろいろあったものの、今はイタリアもヴァティカンを必要としている。そして、世界の首都だと誇っていたローマ帝国から続くオーラを継承したかのようなカトリックの「典礼美」はすばらしい。
他の全体主義国家がいくら威信を誇示しようとしても所詮は「軍事パレード」に落ち着く。
フランスの伝統的なイタリア文化コンプレックスも納得がいく。
(感動して涙を流している人や静かに祈る人などの姿が時々アップして映されるのが若い女性や青年、アジア人などというチョイスは恣意的過ぎて必要ないと思ったけれど)
もちろん、こうしてまさに天国のような美しい図柄の陰に、中東をはじめとして世界中で迫害されているキリスト教徒のことを思うと、ほんとうに希望はあるのか、とも思ってしまう。
各国語での復活祭の祝福が久しぶりにあるというので少し期待したけれど、ヨハネ=パウロ二世のような日本語まで含めたサービスではなかった。伊英仏独西葡の他はアラビア語と中国語で少しだけというところにメッセージ性があっただろうか。(ロシア語やウクライナ語はなかった。)
ヴァティカンの中継の後にはフランス国内でのミサ中継の終わりの方を観たが、イール・ド・ベユアールだった。なつかしい。ヴァティカンとはうって変わった岩場の小さな教会で洗礼を受けた若者たちの笑顔がまぶしい。