西宮北口から仁川に。
昨年はまだ毎日修道院本部の資料室のPCを使っていらしたシスター相川だが、今年になって病床に就かれることになった。
資料室も、床を全面的に改修したそうで、その後の新しい展示内容やデザインを手がけたのが仁川教会のFさんだ。
仁川の駅まで車で迎えに来てくださり、新装なった資料室も案内してもらえ、シスター相川のこまごまとした要望に真摯に応えていらっしゃる。修道院で共に暮らすシスターではないから、適切な距離感もあるということで、数え107歳のシスター相川という例外的なキャラクターにとって貴重な存在だとお見受けした。
シスターは、私が最近贈呈した著書を眼鏡なしで一気に読んで管区長に渡した、ということで、あいかわらず頭脳明晰なのはもちろんなのだけれど、今回はさらに驚くべきエピソードを知ることができた。
大筋の経緯はこうだ。かなり前のある時、日本近海を航行中の船の中で一人のアイルランド人が病気になり、日本で降ろされて入院することになったという。けれどもそのまま帰らぬ人となり、日本で埋葬されたという。アイルランド人だからカトリック、ということでカトリックの修道会がかかわったのだと思われる。
で、その方の埋葬された場所を探していた血縁の家族が昨年末、日本にやってきた。デジタル情報が発達した今、いろいろなデータが出てきたのだろう。で、修道会最高齢のシスター相川が、そのことについて知っていたので、車椅子でカトリックの墓苑に家族を案内したという。(ディティールの不正確、不明確は許してください。)
が
それからも、シスター相川はその家族とのメールのやりとりを追っていたが、墓苑を案内した家族の14歳のアンナちゃんという少女が、ある手術を春に受けることを知らされた。手術の成功をお祈りください、という内容だったことは容易に想像できる。
で、ここからがすごい。
その知らせを受け取ったシスター相川が、病床で「あること」をしたのだ。
紙を手に取って、五線を弾き、アンナちゃんに捧げる歌を楽譜にした。
驚いたFさんはそれを清書してアンナちゃんの家族に送った。気持ちが伝わるだろうと思ったからだ。
その後、手術は無事成功し、アンナちゃんの弟の弾くピアノの伴奏で、子供のコーラスがシスター相川の曲を歌った録音がFさんに送られてきたという。
少女の手術の成功を祈るために、曲を作る、という発想がすでに常人ではない。
しかも、例えば、誰かに五線紙を持ってきてもらうというのですらなく、自分で、病床で、線を引いた。何度も言うが、数えで107歳だ。
実は、シスター相川は、ピアニスト、オルガニストで、いつも教会で伴奏を弾いているうちに、修道会に入るようになったのだという。
「もう40年も弾いていません」とおっしゃるから、65歳までは「現役」だったということだろう。
これがシスターの書いた曲の冒頭。

シスター相川のもとを訪れるみなさんも、どんなに感嘆していることだろう。「恵み」という言葉しかない。
次に日本に来るときもまた来ますね、とお約束した。
いつまでお元気でいらっしゃるのだろうか、と思うが、本人によると、来年の12月に迎えに来る、と女の人が夢に出てきて告げたそうだ。
だとしたら、秋にもお会いできる。
読んでほしい本がまだまだある。
付記)「世界最高齢」のピアニストはフランス人女性だった。109歳の夏に最後のアルバムを出し、数ヶ月後に亡くなった。音楽の力ってすごい。