6/6、コンセルヴァトワールで、生徒の発表会と、ミニコンサートを開いた。
いつものように猫テイストの表紙。日本で買った子供用のピアノ曲集の表紙からアイデアをもらって猫柄にしたもの。
これが後半のプログラム。私はヴィオラでヴァイオリニストとのデュオ、ヴィオラのデュオ、そしてトリオのギター。全部で9 曲。前日にどれも数時間の合わせをしたけれど、当日は進行や、生徒との連弾をはなくてはならないから、ヴィオラやギターに触る暇もなく、心配だった。参加した10人(2人は欠席)のうち8人とは連弾やデュオで伴奏パートを私が受け持つ。このストレスが半端ではない。ミスタッチだけでなく、リズムの乱れ、遅れ、リピートを忘れる、何でもありなので、なんとか曲を終わらせるようにあれこれアレンジしながら、ふらふらだった。自分のミスなど意識しないで堂々と間違える生徒もあれば、わずかのミスに動揺してパニックに陥る生徒もあるので、フォローの仕方も難しい。当然私の伴奏も崩れるので、その対処、立て直しをさりげなくやるのも大変だ。ヴァイオリンとのデュオも、リズム的に難しい曲を選んでしまったのであせった。でも、私がフォローしまくったので、これは、生徒や生徒の親たちにはほとんど気づかれなかったようだ。(聴いていたプロの演奏者たちは私を慰めてくれた)
そんな後だったので、着実にプロの道を歩む瞳ちゃんとのバロック3曲を弾く時はほっとした。自分のパートに集中しながら、相手の音も聴けるし、全体の音楽もクリエイトできる。テレマンのカノンのアレグロも、うまくいった。彼女やトリオのメンバーとでは「練習は裏切らない」というのが確実だ。テクニックの問題ではないから、どこをどう弾いていくのかというを「地図」を確実に頭に入れておきさえすれば、後は音や流れの「質」だけに集中できる。
これまで、ラモーと同時代のビュリィ(Bury)はシャコンヌしか弾いていなかったけれど、今回は彼のオペラ・バレエ「イラスとゼリー」の管弦楽パートを全て再現したものを3曲、そしてチェンバロ曲からサラバンドを1曲を初演した。サラバンドは、ビュリィ17歳の作品で、それまでは「若さ」や「新鮮さ」というフィルターを通してみていたのに、弾けば引くほど、解釈を深めるほど、その成熟、深淵さ、スピリチュアルな広がりに驚かされる。いまや平均年齢が60歳を超えた私たちトリオを霊的に高揚させてくれるのは嬉しい衝撃だ。引続きBuryの曲のレパートリーを増やし、公開コンサートにつなげていきたい。
一番多い時は20人近くを教えていたけれど、もうこれからは生徒数を10人以下にしたい。募集など一切なく口コミだけで30年以上途切れずに続けてきた個人レッスン、少しでも生徒や親たちに「美しいもの」を分け合いたいという思いは伝え続けてこれたと思う。
来年はどうなるのだろう。子供たちがスマホやビデオゲームに釘付けになるような時代だからこそ、リアルな楽器演奏の機会を与えたいという気持ちは変わらないのだけれど…。