日本から送ってきた雑誌の冒頭に長沢規矩也の『支那学術文芸史』からの引用が載っていた。「漢文は、形式的で、文辞形容を重んじ、誇大に奔る」とある。漢文は実相を表現するのに適さず、物事をごまかす作用に有効だというコメントもある。
司馬遼太郎の『空海の風景』に、鎮護国家の祈祷のパフォーマンスを披露しようとした空海が嵯峨天皇に向けて、「山門を閉づるに、六箇年を限る」と言って、高尾山寺に籠もると上奏した話が出てくる。天皇はこれに感激、次の年には空海を別の寺の別当に任命して、空海もほいほいと従う。
漢文的表現とは、あくまでも表現世界にとどまり、必ずしもそれを守るに厳密である必要はないという習慣を、空海も嵯峨も、教養の前提として身につけていたからだろうと作者は推測している。
空海が得意な六朝文は特に、頭から嘘を書くほうが名文になったそうだ。
日本ではこういう漢文の教養が衰退して農民の出が武士や郎党として政権を構成する鎌倉期になってやっと誓いや約束が守られるメンタリティができたともある。
そういえば、『起請文の精神史』(佐藤弘夫、講談社)ってのもあったなあ。天地神明やあれやこれやにかけて約束する形式だ。
ひょっとして、中国って、当然ずーっと、「漢文」だから、言行一致なんて野暮なことしなくてもいいよ、ってそういう「教養」が残ったままなのかなあ。オリンピックだのにまつわるいろんな話を聞きながら何となくそう思った。
冒頭の雑誌とは、『新潮45』だ。日本にいないので、いただく雑誌は大体全部目を通すけど、この雑誌にはいつも引いてしまう。猟奇事件簿みたいなのが表紙に並んでるからだ。今回のはエログロでなくて「貧乏もの」なんでわりと私好みのテーマだけど・・・
この雑誌に連載してる曽野綾子さんや中島義道さんも私みたいに全部読んでるのか?
この雑誌のために書いたフランス裁判員制度についての記事のゲラが届いた。ドンボスコ社の殉教者ムックのために書いた仮想座談会のゲラもほぼ同時に着いた。かわいい挿絵がついてて座談会っぽくなってる。もう大分前になるので、読み返して、結構楽しめた。