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L'art de croire             竹下節子ブログ

踊り脳

 科学雑誌を読んでいたら、「踊り脳」の分析があった。アメリカとカナダの研究だ。
 実に興味深い。脳の部位の日本語訳を確認していないんでここでは詳しく紹介しない。
 
 普通は、音楽が先にあって、つまり、聴覚刺激があって、それにあわせて体が動くのが踊りだと思いがちだが、多分、体の動きが音楽の起源なんだという。

 すごい発想の転換だなあ。

 まあ、鳥の鳴き声とかは昔からどこでもあって、そのメロディー性はとらえられていたと思うけれど。それよりも歩いたり呼吸したり心臓の拍動とか、体の固有のリズムが先に自覚されていて、「体で拍子をとる」というのはヒトに固有なんだそうだ。脳内メトロノームがある。「リズム=命」である。

 脳のスキャナーに入った人に、タンゴの音楽を聴かせてそれにあわせてある足の動きを思い浮かべて足の筋肉だけ緊張させてもらう、スクリーンの上で足をすべらせてもらう、それを音楽なしで自分でリズムをとったのと、音楽にあわせたのとを比べる。

 などいろいろな実験があるのだが、要するに、筋肉に命令する運動神経系と、自分の空間の位置をフィードバックするシステムと、体内メトロノームと、聴覚が複雑に絡み合っている。音楽が入ったほうが血流が増える。

 また、自分の踊ることのできるダンスを見るときは、あるいは、自分の踊ることができる音楽を聴くときは、運動のイメージが喚起され、視覚や聴覚が身体感覚になる。

 これは、クラシック・バレーのバレリーナに、南米の民俗舞踊を見せた時とクラシック・バレーのヴィデオを見せた時、あるいはそれぞれの音楽だけ聴かせた時、逆に、民俗舞踊の踊り手にクラシックバレーのヴィデオや音楽を聞かせたりして、脳の動きを調べた観察結果である。

 私がフランスバロック音楽がダンスのために捧げられたこと、フランスバロックを聞くときは、体を「動く固まり」として緩やかに動かしながら聴いてほしいこと、などを日頃言っているのともつじつまがあう。

 私は、たとえ下手でも、誰でも楽器や踊りを少しでも習えば、鑑賞のレヴェルが上がり、世界が広がり楽しみが倍増するといつも思っている。自分でも、多少とも自分で弾ける曲とか、踊れる曲とかを見たり聴いたりすると、全然知らないものと違う見方や聞き方になると気づいている。どこかでたまたまフレージングがリスペクトされたバロック音楽が流れていると、耳でそれを意識するより先に、身体感覚としてキャッチしていることもよくある。音が脳の聴覚を処理する部分に行き着く前に、身体感覚の方に情報が回っているのだ。

 何も、すごく上手な踊り手や弾き手になれなくてもいい。いや、一時期熱心に習ったという記憶だけでもいい。ミラーニューロンが刺激されて、体が「知っている」という感覚を呼び起こされて、動きや空間で、踊りや音楽をつかむようになる。

 フルート吹きは、オーケストラのフル演奏を聴いても、フルートのパートだけがはっきり別に聴こえてきたりするし、いわゆる絶対音感のないギタリストでも、ギターに関しては、あるいは自分の楽器に関しては絶対音感を持っている。

 私たちは「リンゴ」と言われると、リンゴの聴覚映像が浮かぶ。紅いか黄色いか、甘いかすっぱいか、大きいか小粒か、いろいろあるだろうし、リンゴの肌触りとか味とか、リンゴにまつわる思い出とか、いわゆるクオリアという質感もあるだろう。気候や文化によっても違うだろう。

 同様に、たとえば、私たちが「モーツァルト」と言われる時に喚起されるのは何だろう。いや、モーツァルトの何々という曲、と限定してもいい。
 楽譜だろうか。音符だろうか。出だしの音だろうか。ある音楽会の光景だろうか。発表会の思い出だろうか。

 モーツァルトの「オリジナル」というのはどこにもない。楽譜は楽譜に過ぎないし、あらゆる演奏は interpretation に過ぎない。

 この点で、たとえば、絵画作品なんかとは違う。絵画作品なら「オリジナル」があるし、「ダヴィンチのモナリザ」と言えば、思い浮かべるモデルもある。抽象的なリンゴよりも共通点がありそうだ。そして、モナリザを鑑賞するのに、模写した経験はなくても関係ない。模写したことがあれば、見方や見る角度が変わってくるだろうが、鑑賞において身体感覚とかミラーニューロンとはつながらない。古典小説を読む時も、別に、原稿用紙にペンをカリカリ動かしてとか巻紙に筆で書いて、とかいう真似事をしても、小説の内容とは特につながらない。

 ところが、能のような古典芸能の鑑賞となると、仕舞や謡曲を少しでも習ったことのあるのとないのではすごく違う。

 見るだけではだめみたいだ。

 これも、クラシックバレーの男と女のバレリーナで実験したそうだ。一緒に踊るので互いに互いの動きを熟知している。にもかかわらず、音楽やヴィデオを見せたり聞かせたりして脳を観察すると、プロプリオセプションとして体が反応するのは自分の踊るパートだけなんだそうだ。

 まあ、個々の動きでなくとも、息の継ぎ方とか、動きのタイミングとか、バランスのとり方、体重のかけ方とかだけでも反応するんで、とにかく初心者用のレパートリーの一部を入門程度でも、一度でもかじったことがあれば、音楽や踊りを「体の場」に取り込むのは可能だ。

 慣れもあるので、ある楽器の奏者やある踊りのダンサーは、異種の楽器やダンスに遭遇しても、楽にバリアを取り払える人も多い。可塑性を大きくするコツみたいなのもある。

 精神も同じだけれどね。

 そういえば、パーキンソン病は、踊りの実践によって、症状を軽減したり進行を遅らせたりできると、この記事に書いてあった。やはり、踊りと音楽に関する脳の血流の関係らしい。

 マンガ家のごとう和さんが、結構激しい民謡をやることでパーキンソン病が軽くなったという体験マンガを書いてたのを読んだことがある。彼女は、踊ることで高揚してドーパミンが出て気持ちが上向きになるからかもと言っていたが、もっと具体的な根拠があるみたいだ。覚えとこう。

 しかし、機械論的な体の研究と、それについて「考える」心の研究との間の乖離は、デカルト、マルブランシュ、ロック、バークレー、リード以来、あまり解消してない。聴覚や視覚など体と心を繋ぐ橋としての知覚現象も、体と心のアイデンティティに未だうまくつながっていない。
 
 「音楽を生んだのは体=踊り」ってのはいいヒントである。

 
 
by mariastella | 2008-10-10 01:16 | 踊り
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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