L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 01月 05日 ( 1 )

2018年のスティーブン・ピンカー

前にスティーブン・ピンカーについての記事を書いたことがある。

これこれ


そのピンカーが、2月にアメリカで『Enlightment Now』という新刊が発売予定ということで雑誌のインタビューに答えていたのを読んだ。


20世紀末以来の流行である歴史観に、人間の理性偏重と近代化が2度の大戦、ホロコースト、全体主義をもたらし、今は環境破壊と人類滅亡の危機を招いている、というものがあるが、自分は、あらゆる分野において今の世界は過去最良であると断言する、


と、相変わらず説得力のある言葉だ。

女性や子供の産褥死、夭折、虐待、奴隷労働、餓死などは劇的に減り、戦争や暴力も後退した、と。


その理由として、ヒューマニズムの伝播、国際法の拡大、の他に世界の女性化があるという。

支配と栄光の欲望は男性性に関連し、男は罵倒に対してより暴力的に反応する。それは男性ホルモンのテストステロンのせいで男による殺人は女による殺人の10倍で、類人猿にテストステロンを投与すると、暴力的な行動を誘発する。

今は女性が教育を受けて社会に影響力を持つことで社会の暴力性が軽減する。

女性が避妊し、遅く結婚し、子供の数が少ないことで、望まれて生まれた子供たちは虐待される率が少なく教育も受けられる。

一夫多妻が減ったことも大きい。一夫多妻の世界では、家庭を持てない男たちが、暴力集団に囲い込まれる率が多いからだ。etc...

以上は、前著から一貫した主張だが、その全てを徹底して統計と数字から叩きだしている。


ヒュームとライプニッツ以来の人間の認知方法の対立が、ハイブリッドなものだということで落着したのは前世紀の終わりだった。ライプニッツは、人間の思考は論理の適用からなるとし、ヒュームは記憶と観察と組み合わせにベースがあるとしていた)。

新理論の登場や自然淘汰の繰り返しや学習の積み重ねが、少しずつだけれど人間をより非暴力的に進化させてきた。

ピンカーってpinkerで、「よりピンク」、つまり世界を「よりバラ色に見る」という含意がある、とも書いてあった。気がつかなかったが、おもしろい。

もちろん、「総論」としての「進歩」は「各論」の不幸の助けにはならない。

いくら医学が進歩して次々に新治療法ができたと言われても、自分が難病にかかったり事故に遭ったりすれば何の助けにもならない。

また、ピンカーの説には危険ゾーンもある。

数学のフィールズ賞やノーベル賞の授賞者に男性が圧倒的に多いことや、チェスの試合が男女混合でないことについて、それは知性の問題ではなく、知性の傾向の違いにある、脳には非人間的な抽象を扱う部分と、人間的なものを扱う部分があるという。男性に自閉症が多いのもその極端な形だという。

「知能指数」の「民族差」の説明の仮説も危うい。

それでも、ピンカーの言葉にインスパイアされて、ビル・ゲイツは自分の人道活動を飛躍的に拡大した。ピンカーの言葉が人々の耳に届く意味はある。

世の中にはペシミスティックな言葉の方が多いし、マーケットも大きいから無力感を感じる人の方が多いけれど、自分たちは恵まれている、と思える人々が、それを少しでも還元しようというひと押しも必要だ。

ピンカーのオプティミズムにはやはり希少価値があるようだ。


ピンカー目線で2018年を見通すと、


朝鮮戦争が南北の和解で終結し、さしあたっては一国二制度で共存し、

日中韓の問題も、日本が韓国に何をしたとかしないとかでなく、人類が、特に戦時において広く、弱者を搾取、虐待してきた歴史を反省するという共通の視点に立った建設的な方向での共存を目指す、

イランやトルコも、もともと多民族的な国家なのだから、詭弁でない「自由」の方に向く、

などの夢がまんざら夢に終わることがないのかも、などと思いたくなる。




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by mariastella | 2018-01-05 00:05 | 雑感



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