L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 01月 29日 ( 1 )

魯迅とパリ新大司教

この16日にノートルダム大聖堂に着座したミシェル・オプティパリ大司教のインタビュー記事を『ル・モンド』紙で読んだ。


この人が、総合医として11年を過ごした後で39歳で神学校に入り、44歳で司祭叙階された聖職者として「遅咲き」の人 であることは前にも書いた


このインタビューでは、病院勤務によって、人々をそれ人が誰であるかというのとは関係なく愛することを学んだ、と言っている。

医師として、いい人でも悪い人でも等しく治療する。

扉を叩く人を無条件で受け入れる、ということを学んだ。

教会は、不法滞在者であろうとキリスト教徒でなかろうと、だれも拒まないで扉を開ける、暖を取る人、休みたい人、静けさを求める人も来る。

無料で、誰もが安心して休める場所は多くない。

病院を離れる時に、それが司祭になるためだと説明したら、数名の患者が、自分は何十年間も、家族にも知られないで朝晩祈っている、と打ち明けてきたので驚いた、とも言っている。

どういうわけか、魯迅のことを想起させられた。


魯迅は、1904年から一年半くらい仙台医学専門学校に留学して解剖学を学んでいたが、ある時、医学の道を捨てると決心した。


教室で日露戦争の記録映画が上映された時に、中国人が、ロシアのスパイの容疑で処刑されようとするシーンを見て、同席していた中国の同胞が、喝采したのだそうだ。

その無自覚さに衝撃を受けて、医学をやめて分泌で中国人の精神を啓発しようと決心した。

「あのことがあって以来、私は、医学などは肝要でない、と考えるようになった。愚弱な国民は、たとい体格がよく、どんなに頑強であっても、せいぜいくだらぬ見せしめの材料と、その見物人となるだけだ。病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。むしろわれわれの最初に果たすべき任務は、かれらの精神を改造することだ。そして、精神の改造に役立つものといえば、当時の私の考えでは、むろん文芸が第一だった。そこで文芸運動をおこす気になった。」(竹内好訳『阿Q正伝・狂人日記』(1955年)岩波文庫)

というのだ。

「病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。」

という言葉にはっとする。

私たちは丈夫で長生き、健康寿命を延ばすのに必死で情報を集め、病気になればもちろん慌てて医師のところに行って治療をしてもらうことを望む。

でも、だれでも、いつか何らかの形で病気になったり死んだりするのは、たしかに、自然の理であって不幸とまでは言えない。

それよりも、たとえ肉体が頑強であっても蒙昧であれば、歴史に翻弄されて、支配者から見せしめにされたり、それを批判することもない迎合者となったりする、その方がずっと重大だ、と思ったわけだ。

人々の病気の治療ばかりしていたオプティ医師も、体の検査だけでは見えない心や精神の荒れ野に出ていって人々に寄り添うことを決心したのだ。

私たち(と言って悪ければ私)は、今どこか痛いところがあると、まずは痛み止めの対症療法を望むもので、そんな時に高邁なことを口にする医師なんて必要としない。世界のすべてはどうでもいいから、今ここにいる私の痛みをすぐに何とかしてくれ、と思う。

だからすべての医師や医学生が聖職者や革命家になってもらっては困る。


でも、実際に、そのように進路を劇的に変える少数の人は存在して、彼らは診察室でよりもずっと多くの人々を救ったりインスパイアしたりしているのだろうな、と思うと、感慨深い。


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by mariastella | 2018-01-29 00:05 | 宗教



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