L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 02月 11日 ( 1 )

ラモーのモテットとアンドレ・カンプラのレクイエム(死者のミサ)を聴く

28日、パリのフィルハーモニーにラモーのモテットとシャルパンティエの典礼組曲、カンプラのレクイエムを聴きに行った。

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ラモーのモテットは一つ一つが珠玉だ。宗教曲という名目だけれど、要するに、組曲みたいなものだ。対位法満載で、自由で、難解で複雑なのに、それを完全には出し切っていないで、少し間を置く余裕の名人芸。
30歳くらいでの作だが、宗教曲でいくらでもオペラの予行演習ができていたわけだ。
オペラの方が少し、ポピュリズムというか、観客に受けることも意識していたのでサービス精神が少しあるけれど、モテットにはない。

「神」がクリエイトする時にはサービス精神は要らないのだ。

その代わり、演奏者もクリエイトに参加して聖霊を活性化させないといけない。
でも、普通のオーケストラは、ラモーの複雑な対位法とかを昇華するだけで終わってしまう。だから、例えば、モンドンヴィルのモテットは好きだけれどラモーのは苦手という人はいくらでもいる。モンドンヴィルのモテットは、確かに、サービス精神がある。親しみやすい。弾くのも楽しい。

バスのソロ歌手はまだ若いのか、声に丸みがなかったけれど女性歌手はよかったし、コーラスのバランスはすばらしかった。
ソプラノのコーラスの1人に、昔からよく知っているセシルが入っていた。
彼女のお父さんも歌手で、おかあさんはコンセルヴァトワールのソルフェージュの先生で、私と一緒にリトミックのクラスをやっていたし、セシルも小さい頃から知っている。
バレエもピアノもコーラスも彼女の舞台を見たことがある。今30代後半だと思うが、6歳の娘がいるそうで、公演の旅が多くて娘となかなか会えないと嘆いていると聞いている。でも、楽しそうに歌っていた。

シャルパンティエの曲は、コーラスなしで、最初の序曲はラモーの後なのでちょっと平板に聞えたけれど、最後の「アーメン」という曲は、構成もリズムも完全に舞曲のアルマンドだ。バロックの宗教曲が、オペラやダンス曲を意識して駆使して取り入れたものの典型かもしれないる。

これなら待降節や四旬節の時にオペラ上演が禁止で宗教曲ばかりが上演された時も違和感なく楽しめたのがよく分かる。


カンプラはパリのノートルダム大聖堂の音楽監督だったくらいだから宗教曲も多いが、オペラ曲も多く、私もいろいろ踊ったことがある。

このレクイエムは傑作だ。冒頭からもう、オペラの魔法の世界にようこそ、みたいな感じだし、フォーレのレクイエムと同じように安らかだ(「神の怒り」などが入っていないので子守歌みたいだと評されたこともある)。

「コミュニオン(聖体拝領)」の音楽の低音弦楽器の扱い方なんてとてもユニークだ。

指揮者もラモーを指揮する時よりリラックスした感じだった。

オーケストレーションにヴィオラの数が多いこと、フルート2本を指揮者の前に、オーボエはずっと離れた向かって左端の上に、ファゴットは右にと離れていることもめずらしい。オルガンとチェンバロは直角におかれて、同じ奏者がチェンバロを弾くときもオルガンの譜面台に譜面をおいて体をひねって弾いていた。

歌はどれも素晴らしい。カンプラはたしか歌えた人だったと思う。

フィルハーモニーにも雪が残り、次の終末が中国の新年だというので、外壁一面に祭りの映像が映されていて綺麗だった。

この前フィルハーモニーに聴きに行った時はテレマンだったけれど、テレマンって、プロテスタントだったわりにとてもフランスバロック的感性だなあ、と思う。ブロッケス受難曲は説得力ある宗教ドラマだったけれど、あそこまで職人技を駆使できるのは意外と無神論者じゃなかったのかなあ、ラモーも神を信じていなかったんじゃないか、ラモーは神みたいなクリエイトをしてるしなあ、などと思う。


宗教曲でも、ひたすら神に向かうタイプのアーティストと神の使いみたいなアーティストの二種類がいる。

神に向かう人の音楽は構築性があって堅固だ。

いっしょに神に向かわされる。

一方、ラモーの音楽のように超複雑な対位法をホイホイと気ままに繰り出すので全体像がつかめないまま取り込まれてその中でくらくらしてしまうものがある。

弾くときはその創造の秘密を分け合うまで入り込まないといけない。

そこまで弾きこまれていない時は、聴く方も、創造の神秘の外側に置かれて寄せつけられないような印象をもつかもしれない。

で、バッハはユニヴァーサルだけれどラモーは一部の愛好家のものなどと言われたりするのだ。

神を求めることだけが人間の普遍というわけではないのに。

ラモー、シャルパンティエ、カンプラを聴いて外に出たら、星空だった。


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by mariastella | 2018-02-11 09:31 | 音楽



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