L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 04月 06日 ( 1 )

テロリストを赦すことができるか? その2

(これは前の記事の続きです)


2012年の311日、パラシュート部隊の下士官イマド・イブン・ズィアテンが、オートバイを売ろうとして、ある駐車場で買い手と待ち合わせをした。それがモアメッド・メラだった。メラはフランスの軍人、しかも、イスラム系でありながら、フランスの体制側で働く軍人を不信心者として殺害するターゲットにしていたからだ。自動撮影可能なカメラでその時の模様が記録された。


まずイマドが軍人であることを確認してから、銃を取り出して、「地面に伏せろ、本気だぞ」と脅した。イマドは従わず、「武器をすぐにしまえ、僕は伏せない。立ち去れ、僕はこのままでいる」と答えた。

メラは再び命令し、イマドは従わず、頭を撃たれて絶命した。

このイマドの最後の姿は、母親にとって強烈なメッセージだった。

息子は地面に伏せることを拒絶して立ったまま撃たれた。

メラは、3/15に、スクーターでやってきて、別の場所の兵舎の近くのATMを使おうとしていた2人の兵士を射殺し、さらに19日にユダヤ人学校を襲撃したのだった。

この連続テロの最初の犠牲者となったイマドの母親、ラティファ・イブン・ズィアテンの「その後」の活動が驚くべきものだった。

ラティファさんの活動はドキュメンタリー映画にもなっている。


この記事の最後に紹介を貼ります。


ラティファさんは、1960年にモロッコで生まれ、フランスの国鉄で働いているアメッド・イブン・ズィアテンが故郷に帰った時に出会い、互いにひとめぼれをして、結婚し、1977年に夫についてフランスにやってきた。4人の息子1人の娘を授かり、フランス語も学び、子供たちを教育し、車の免許をとり、小学校の給食係として就職するなどエネルギッシュに働いた。子供たちは学校の宿題の作文などに対して、フランス語が分からない母親が、「これはダメ、やり直し」などと言ってダメ出しばかりしたと思い出を語っている。その熱心さのおかげで子供たちはみなしかるべき学歴を得て職も得た。イマドは士官学校に行って軍人になった。ムスリムだがリベラルで、イスラム・スカーフもつけず、娘も息子たちと同じように教育した。勤務先の小学校で豚肉を食べないムスリムの子供たちを他の子供たちと分けようとした校長にかけあって、子供たちを同じテーブルにつかせたこともある。

イマドが殺された時には、ルーアンの美術館に勤務していたが、ノルマンディから駆けつけた時に、尋問ばかりされて遺体との対面が翌日に持ち越されるなど、差別的な待遇を受けている。

テロリストのメラが住んでいたトゥールーズのゲットー化している団地を訪れた時、少年たちのグループがテロリストのことを「彼は英雄でイスラムの殉教者だ」というのを聞いた。彼女が被害者の母だと知って少年たちは謝罪した。

このことから、ラティファさんは、自分が何をするべきかを確信した。1か月後に「若者と平和のためのイマド・イブン・ズィアテン協会」というNPOを立ち上げて、困難な暮らしにあるムスリムの子供たちや青年たちを助け、異宗教間対話を含めてフランスの政教分離や共和国精神について教える活動を始めた。

フランス全土の学校や刑務所を回って、自分の体験談と共に、共生することの大切さ、努力の大切さを説いて回った。ムスリムが差別されているなどと考えてはならない、人生の扉を開くのは自分自身の決意と努力であり、フランスはそれに応えてくれるのだ、と熱っぽく語り、子供たちと対話を重ねる。

この活動を始める時、夫に、全国を回るので家を留守にすることが多い、家庭を犠牲にすることになるがそれでもいいかと尋ねた。ラティファを愛し信頼し支援する夫はもちろん彼女を励ました。子供たちの思い出話によると、子供の勉強などに妥協のないのはラティファで、子供の世話や料理や家事はすべて父親が引き受けていたという。

フランスにいるムスリムの家庭といえば、家父長的で女性が従属しているような先入観があるが、ラティファの家庭では、一貫して夫のアメドがラティファを支えていたのだ。

今でも、インタビューを受けるアメドさんは、最初に出会った時と同じように妻に夢中で妻を全面的に信頼し尊重し、疲れを知らない妻の活動を尊敬さえしている。

スーパーウーマンの影には、彼女を無条件に愛し盤石に支える男がいるのだ。先日触れたおしどりマコケンさんのカップルもそうだった。

(こういうカップルを見ていると、一般に、夫が妻にメロメロな夫婦は、妻がそれで満足するので長続きする。妻が夫にメロメロな夫婦は夫はそれだけに満足しないので破綻する確率が多い。長く続く夫の愛は妻を自由にするが、長く続く妻の愛は夫をますます縛るか、縛ることができないので苦しむかに向かう例が多いような気がする。どちらも互いにメロメロというのがもちろん一番いいのだろうけれど恋愛感情のなくなったカップルの方が多いかもしれない)

ラティファさんの精力的な活動は有名になり、ムスリムの若者が過激化するのを防ぐ功績で大統領から勲章までもらい、ドキュメンタリー映画もできた。イスラム過激派のテロリストに息子を殺されたムスリムの女性という彼女の言葉には説得力があった。

ムスリムなのに子供を体制側の軍人にさせるのは裏切りではないかという囚人の問いには、「私たちが軍人、警察、公務員など、この国を守る側、この国のために奉仕する側にならなければ、私たちは永遠に取り締まられる側、外側に留まることになるんですよ。あなたたちこそ、この国の理想を体現する側に回らなくてはなりません」と答えた。

この母は、息子の殺害者メラを憎んだり弾劾したりしない。「移民の子弟」である自分の子供たちをフランスで必死に善き共和国市民に育てたように、本気で、すべての移民の子供たち、貧困や差別や社会的ハンディのために道を誤る可能性があるすべての若者たちを自立した自由で正しい市民に育てたいのだ。

ラティファさんが2016年末にカルカソンの刑務所の中で講演した時、路上で、カフェから走って出てきた一人の男に呼び止められた。彼女の顔はすでにメディアで広く知られている。男は、「イスラム・スカーフを喪に服するためにつけているなんて嘘をつくのはなぜだ」と聞かれたので「嘘ではない、怖くない。息子の死以来スカーフをつけている。」と答えると、「いつまでもこんなことを続けていると、今に見ているがいい」と脅された。男の眼はすでに尋常なものではなかった。ラティファさんは身の危険を感じた。


その男が、20183月、息子イマドが殺されてから6年経った時、カルカソンで憲兵を含む4人を殺害したテロリストとなった。それに気づいた時に、ラティファさんは思わず叫んだ。あの時、無理にでもあの男と対話していたら、ひとことが、一つの動作が、今回のテロリズムを思いとどまらせたかもしれない、男はまだ過激化の終点まで到達していなかったかもしれないと自問する。

男に殺されたベルトラム中佐と、6 年前にテロリストの命令に服せずに立ったまま殺された下士官の息子の姿がだぶるのだった。

ラティファさんの戦いは終わらない。

この6年の疲れを知らぬ活動で出会った子供たちや若者たちは実際に奨学金を得るなどの支援やアドバイスも受けている。その中には、彼女の熱意と涙を見なければひょっとして過激化した者もいたかもしれない。ラティファさんは結果的にメラを赦した。メラはラティファさんのような母を持てなかった。メラを赦すことと、メラも昔はそうであった子供たちに「母」のメッセージを伝えることは、一体だった。

もう戻ってこない加害者がいる。

もう戻ってこない被害者がいる。

被害者の家族がいる。

次の加害者と次の被害者を出さないため、彼らを救うために、戦う母親が、いる。





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by mariastella | 2018-04-06 00:05 | フランス



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