L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 07月 04日 ( 1 )

ジャハール・パナヒの『3つの顔』

イラン映画『3つの顔』(TROIS VISAGES) を観た。



『人生タクシー』のジャファール・パナヒ(Jafar Panahi )の新作だ。


パナヒ監督は相変わらずイランでは普通に映画を撮れないのでまたロード・ムービーなのかと思ったら、今は、イラン合意(アメリカは脱退したが)の影響なのか映画が撮れるようになったらしい。(けれどもカンヌ映画祭に来るために出国することは許されなかった)


全作のテヘラン市内からは、うってかわって山間の地方でカメラが回る。


イランの女優でテレビでも人気のある女性に、自由を奪う家族から逃げるのを助けてほしいと連絡したのに返事をもらえなかったという若い娘が、自殺中継のビデオをジャファール・パナヒ監督のもとに送って来たという設定だ。

女優はショックを受けて、撮影現場から抜け出し、パナヒに頼んで、イラン北西部のトルコ語を話すマイノリティ(監督はそこの出身)が住む地方にその女性を探しに行くというストーリーだ。カンヌで脚本賞を受賞した。

テヘランの演劇学校に行くことを両親から禁じられた娘が自殺したという実話からヒントを得たという。


2010年に逮捕されて謹慎処分になった時に撮っていた映画も、テヘランの美術学校にの試験に合格したのに両親に反対された娘についての物語だった。

映画の舞台になる村はずれには、ホメイニ革命の前に女優で詩人でダンサーであったもう一人の女性(3つ目の顔)が幽閉されていて、パナヒに自殺のビデオを送り付けた娘は家を出た後、実はこの女性のうちにかくまわれていた。

この「3人目の女性」も実在の人で、イスパファンに住んでいるが、このような設定で名を使うことの許可を頼みに行ったパナヒ監督に自作の詩を朗読して録音を渡してくれた。それが映画でも流される。

3人の女性は自由と表現を希求するイランの女性の3世代のシンボルとなっているのだ。3人がそろった姿は、年長の女性の家の窓に映る踊りのシルエットでしか見えないという演出が心憎い。

古来の習慣をずっと継承しているこの村では、イスラム政権がどうとかいうのとは別に、今なら確実にフェミニズムに叩かれるような家父長制の弊害が充満していて、それでもスマートフォンを持ち、TVで女優の活躍を見ることができる若い娘は、都会に出て行って自分の人生を切り開こうと夢見る。

父親や兄弟や婚約者の家族らから批判され、村人からも疎まれる。


フランスで見ているとすごく封建的で未開な感じがするが、よく考えると、日本のあちこちでも今でも存在しそうなメンタリティだ。映画でも家庭内で妻や母親の存在感がそれなりにあるようなのが分かるところなどもリアリティがある。


知らない土地の深夜でも一人で動き回る女優の行動力や、ラストシーンで彼女も彼女の後を追う娘も車に乗らずに歩き出すというシーンは力強い。

それでも、イランの国の中での都会と地方の格差の大きさを考えざるを得ない。


最近ネットで、日本の大都市圏と地方での教育格差、情報格差についての記事を読んだ。確か北海道の小都市から東大に入った人によるもので、21世紀の日本でもそんな格差があるのかと驚いた。そしてそれが共感を得て真剣に議論されている様子を見て、アメリカの中部の州の小都市に住む人たちの方がもっと狭い世界にすんでいるんじゃないか、とか、フランスでもひと昔前までは、子供はみな親の職業を継ぐようなケースが多かったなあとか、いろいろ考えた末、いつものように難民キャンプに思いを馳せて、戦争や飢饉のある国との「格差」に比べたら些末なことではないかと思ったりした。

とはいえ、差し当たって戦争もなく飢饉も疫病もない時代と場所でさえも、どんな地方のどんな家庭に生まれたかによって決まる格差というのは深刻なのだと改めて思う。


私のごく親しい友人に、この映画よりもっとトルコよりの地方からイランに移住してきた家庭出身の人がいる。ホメイニ革命の後はフランスに亡命してきた。

思えば、親しい関係の人の中には、ベトナム戦争で亡命してきた人ともいるし、クメール・ルージュから逃れてきた人もいる。

彼らは、もともとそれぞれの地元のエリート、支配層であり、逃げるだけの資金も才覚もあり亡命先で再び経済的成功や社会的地位を得るのに成功した人ばかりだ。エネルギッシュで余裕もあるので、こちらはそれぞれの過去の苦労を特に想像したこともなかった。


近頃は映画を観ただけでも、人々の苦労がリアルに身につまされる。

昔はどんな映画を見ても、ディズニーのアニメやSF映画や時代劇を見ているのと変わらずフィクションの世界だと距離を置いて楽しめていたのに、今はなんでもやけに感受性に訴えてくる。

リアルの交友関係からの連想や、豊かな情報環境で昔なら一生知らなかったような場所と環境にある人たちの生活や意見を知ることで、心の「琴線」の数と張力が増えたのかもしれない。


映画としては『人生タクシー』の方がよくできていたが、この映画はいろいろな考えるタネを提供してくれた。


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by mariastella | 2018-07-04 00:05



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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