L'art de croire             竹下節子ブログ

2018年 11月 13日 ( 1 )

第一次大戦戦没者追悼式典

11/11にフランスで開催された第一次世界大戦戦没者追悼の終戦記念式典は、このところ国内的には強権的な政策が批判されっぱなしのマクロンが得意の外交で存在感を示す機会となった。特に、ヨーロッパの戦争に駆り出されたアフリカ大陸の戦没者の復権が進んでいるのがよく分かる70ヶ国首脳の出席した式典になった。

けれども、たとえば戦没者も多かったハンガリーは、今のナショナリズムの台頭を反映して、トップはもちろん代理も出していない。

全員をエリゼ宮から凱旋門まで運ぶバスが連なったが、トランプとプーチンとネタニヤウの三者はセキュリティを信用せずに別々に裏側から来るなど、今の微妙な空気も反映されている。

「戦勝四大国」だったはずの米仏英伊のうちのイギリスとイタリアが背を向けたのも、イタリアのポピュリズム、イギリスのBrexitを反映していて、エゴを超えて平和をというEU理念の危機を反映している。

イタリアが第二次大戦では枢軸国側に寝返ったことも関係しているのだろうか。日本も?

日本もイタリアもヴェルサイユ条約前のパリ会議には不満で途中で退席したことがある。

でも、終戦の翌年1919年の最初の714日、フランス革命記念日の軍事パレードには、戦勝国すべ手の軍隊が亢進して、その中で日本軍が行進した時には盛大な歓呼があったという。そういえばそのパレードではヴェルダン戦の英雄であったペタンも白馬にのって堂々と行進した。そのペタンが新独政権となり第二次大戦後には「犯罪人」となったのだから、21世紀の第一次大戦の記念式典といっても、その後の歴史の展開なしには語れない。

それでもマクロンはトランプらの批判をこめた演説をしていた。

トランプに批判的なCNNの特別インタビューに出演して英語でうまく答えるのもマクロンならではだ。

ここのところずっとサミットから拒否されていたプーチンが各国首脳と並ぶだけでもシンボリックな意味はある。

政治的な効果はなくても、第一次大戦の愚かさと悲劇を強調するだけでも「教訓」的な意味はある。

米露二者の会談を避けて、エリゼ宮での昼食でトランプとプーチンをマクロンと同じテーブルで向かい合わせて話し合わせた、という演出も、本質は変わらなくても、平和と話し合いという建前を維持したことは評価できる。

けれども、このエリゼ宮にも、両者は別々に現れて、式典と同様、両者とも遅れてきて、プーチンはトランプよりも遅れてくるというやり方を通した。

その後の「平和フォーラム」(13日まで続く)も、トランプは欠席、プーチンはほんの形だけという出席だった。まあ、トランプは2015年のパリの環境会議からも離脱したのだから、出席するはずもない。それでもマクロンが過去の戦争を想起して平和を維持するのは我々の肩にかかっていると訴えるのは意味がある。

それでも、目玉である凱旋門の追悼セレモニーとは、結局はフランスの「軍事」セレモニーであり、マクロンが軍の閲兵をしてまわるのだから、彼がアメリカからも守るためにヨーロッパ軍の設立が必要だとか言って、「侮辱的だ」とトランプがツィートしたように、所詮は「武力による平和」の愚かさから世界は抜け出ていない。

あいにくの雨で、みな傘をさして歩いていたのに、前列で一人傘なしで更新したカナダのトルドー首相は「カッコいい」としかいいようがない。当時イギリスも実質的な植民地だったカナダも大きな犠牲を払った。何よりも、第一次大戦後、国内で膨大な数の孤児たちが「不良化」して困ったイギリスが、彼らをまとめて

カナダ西部に大量に送り込んで「安い労働力」を提供した過去がある。今のカナダ人の10人に1人はこの時の移民というか植民の子孫だという。

音楽のパフォーマンスではまずアメリカ国籍のヨーヨーマ―がバッハの無伴奏第5番のサラバンド。ドイツの曲でいいのか ?に答えるように次はフランスのラヴェルのピアノとヴァイオリンのソナタの二楽章(ピアノのパートをチェロが弾いた)で、ヴァイオリニストはマクロンと同世代で今を時めくフランスのルノー・カプュソンというバランス。そして、アフリカを中心とした植民地軍の戦死者を考慮してトーゴの歌で締めくくった。

1918年当時の兵士や兵士の婚約者やらが書いた手紙をリセアンたちが朗読したのは、フランス語、中国語、英語、ドイツ語というバランスだった。

夜には終戦後のフランスの様子のドキュメンタリーをTVで見たが、北フランスやアルザスなどの完膚なきまでの崩壊ぶりに衝撃を受けた。近頃こういう映像を目にするのはシリアやイラクの町で、アレッポなどに広がる瓦礫がショッキングだったけれど、100年前のヨーロッパはある意味でもっと悲惨だ。

膨大な数の砲弾によって、顔や体の一部が吹き飛ばされた傷痍者が多すぎる。

第二次大戦の核兵器による被爆地の跡の荒廃や被爆者の姿もこの世の地獄のようだけれど、まさに「この世のものとは思われない」非現実感もある。

でも、ある意味で中途半端に個別に撃たれたり爆破されたりして生き延びた人々の損傷というのは、個人的、社会的トラウマ、ルサンチマンが強烈だ。「 « gueules cassées »壊れ面(づら)」という名がつけられて数々の映画のテーマにもなった顔面損傷者が大量に生まれた。

ヴェルサイユ条約でのフランスのクレマンソーの懲罰感情(彼はすでに77歳で、普仏戦争以来の対独復讐感情を引きずっていたのだろう)、民族自決の希望を掲げてやって来た62歳のアメリカ大統領ウィルソンが自国では黒人差別を維持したことも含めて、第二次大戦に向けて起こったことを棚上げして第一次大戦の反省からひととびに今の世界の平和構築の檄をとばすことの限界も、あらためて考えさせられる。


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by mariastella | 2018-11-13 00:05 | フランス



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