L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:猫( 49 )

ナルくん、坂東眞砂子さん、ボードレールと斎藤磯雄

先日は、とてもつらい日だった。
その日のことがずっと前から頭を離れず、前日も、当日も、苦しんだ。
それは末っ子のナルくんを去勢手術に連れて行ったからだ。

手術は無事に終わったし、獣医さんは、猫もそうだと思うけれど、見ただけでこっちが癒されるような人情味あふれる人で、もう20年以上もお世話になっている。
1995年に、うちから歩いて1分という便利なところにある若い優秀な2人の獣医が勤務する最新式の医院で、若い盛りだった3歳半のガイアを誤診に続く二度目の麻酔投与で「殺された」後、歩けば15分かかる、今の獣医さんのところにお世話になっている。

とにかくやさしそうでやさしくて、ちょっと気が弱そうで、でも、この人となら、少なくともうちの猫は愛してもらえるという確信がある。
こちらはもう猫を連れて彼を前にすると無防備、無警戒で依存と弱さ丸出しの状態だが、それを利用されるということは絶対にない。
行く時間が短いように車で往復する。

マヤ(不妊手術)もスピヌーもイズーも手術した。
その度にやましい思い、罪悪感に囚われ、この子たちの一生に責任を持つという自覚を深くした。それでも、どこか、一抹の後ろめたさを抑圧していたんだろうと思う。

ところが、今回は、どういうわけか、とてもつらかった。前の日の夜から水と餌をやってはいけないのだが、私も何も喉を通らなかった。年のせいだろうか。

坂東眞砂子さんのことまで思い出してしまって今検索したら、なんと、数年前にまだ50代で亡くなっていた。
2006年、タヒチで、飼い猫が産んだ子猫を崖下に放り投げ殺していると新聞のエッセイで書いてスキャンダルになったことをよく覚えている。
そして、今回の検索では、実際は、裏の草むらに捨てただけで、それでも拾ってくれる人がいないと死ぬだろうから殺したも同然だと思って敢えて殺したと書いたのだという「真相」が出てきた。

確か、「雌猫から交尾や出産という自然を奪いたくない」が、猫がどんどん増えたら困るので始末したという話だったと思う。

「愛猫家」の理屈では、崖下に投げて殺すというのも裏の草むらに捨てるというのも、ある意味同じくらい許せない話で、生まれてしまった子猫はなんとか里親を見つけ、母猫は不妊手術を、というのが「正解」である。

今は完全室内飼いがスタンダードともなっている。

私の場合は、ヤマトやテオを庭に自由に出した結果、怪我させたり死なせてしまった経験を経て、ガイアで完全室内飼いに踏み切ったのに、もちろん去勢手術もしていたのに、また死なせた。

その後のマヤとスピノザは17年目まで、サリーは9歳、と長生きしてくれた。

動物愛護のイデオロギーや何かがあるわけでもない。
難民の子供たちが寒さで死んでいるのに、猫に食事と暖と愛を与えてメロメロになっているのは倒錯だと言われたこともあり、反論のしようもなかった。

ただ、愛さずにはいられない。
そしてただ愛さずにはいられないという状態になることを教えてくれたことを,猫たちに感謝している。

で、ナルくんの去勢。
彼の意見をきいていない。
完全室内飼いだから、どちらにしても雌猫とは出会えないし、子供も持てない。
ほおっておいたらマーキングをするなどいろいろな弊害が出る。
そして、坂東さんがいうような、雄猫と雌猫が出あって子供を作って、というのが彼らの自然で幸せである、というような決めつけ自体もこちらの勝手だと思う。
一生子供をつくれない雄なんて自然界にはいくらでもいる。

それでも、払いきれない一抹の後ろめたさ。

そういえば、最近、残酷な肉食をやめろというキャンペーンのポスターが出ていた。かわいいウサギの写真のそばに、「私を食べたいなら殺さなくてはなりません」というキャプションがある。
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日本ではあまりウサギは食べないけれどフランスでは伝統料理の一つだ。

確かにこういう風に言われてみると、肉食はどんなに野蛮かと思うし、他人に殺させておいて肉だけ食べることのグロテスクさというのも痛感させられる。

私は高校かなんかの生物の時間でカエルの解剖もできなかった。

以下、気分を変えるために、斎藤磯雄さん訳のボードレールの『猫』二種類から。(もとは旧仮名です。斎藤さんとは旧仮名で文通していたことがある)

猫こそはこれ、学問の、はた逸楽の友にして、

沈黙(しじま)を慕い、暗闇のすさまじさをば求めゆく。(…)

思ひに耽る折ふしの気高き姿態(さま)は、さも似たり、

悠悠として寂寥の砂漠の奥に横たはり果なき夢路辿りゆく、

かの大いなるスフィンクス。 

***

汝(な)が頭(こうべ)、はた、しなやかの汝(な)が背(そびら)、

ゆくらゆくらにわが指の掻い撫でゆきて、稲妻を孕める肉体(からだ)もてあそぶ、

その逸楽に掌(てのひら)も酔い痴るる(…)


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by mariastella | 2018-03-16 00:05 |

雪の日

1月は記録的な温かさだったフランス、今週から雪が降り、朝は零下に。

パリでこんなに雪が降るのは5年くらいぶりなので、外へさえ出なければ、町も庭も雪をかぶった景色が新鮮だ。

今住んでいるうちに来て最初の年のクリスマスツリーとして買ったモミの木が庭の奥に見えている。根のある鉢植えの方が葉が落ちないので毎年買っては庭に植えていた。

今はプラスティック。プラスティック製を10年以上使うとエコロジー的にはモミの木よりいいんだそうだ。もう軽く10年以上使っている。

その最初のモミの木に雪が積もり、しかもそのトップが星型になっていてとてもきれいだ。(星というより、リオデジャネイロのキリスト像ですか、という感じ。)
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この庭が見えるリビングには天窓があって、天窓の雪は、さすがに中の暖房の熱が伝わって溶けて崩れてくる。
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それをじーっと見ているナルくん。
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雪って、音がないから、猫には驚きのようだ。

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by mariastella | 2018-02-09 00:05 |

貧しさと猫と石川啄木

おびただしい猫ブログを時々眺めていると、猫を飼っていてどんなに世話が大変でも家族がみんな癒されて、異種や弱いもの、一方的に保護を必要として要求してくるものにひたすら尽くすことの喜びや感謝を日々感じている、という人がたくさんいるのが分かる。

たまに猫を虐待するような人のことも話題になるが、そういうのは猫の虐待というより広く弱者の虐待であり、絶対に許容できないものだから私の脳内「猫」空間からは弾き飛ばされていた。


ところが、石川啄木のこの歌を知ってある種の衝撃を受けた。

「猫を飼はば、 その猫がまた争ひの種となるらむ。 かなしきわが家(いへ)」(悲しき玩具)

彼は


「ある日のこと  室(へや)の障子をはりかへぬ  その日はそれにて心なごみき」 (一握の砂)

とも言っているから、「ささやかな心のなごみ」というのも知っている人だ。

でも、ひょっとしてそれはとても自己中心な心のなごみだったのかもしれない。

猫を飼ってもそれがいさかいの種になる、そんな家庭は深刻な不全感の中にある。


その「かなしさ」の重大さに思いをいたさせてくれる歌だ。


単なる「貧困」の指標などでは、とても測れない。


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by mariastella | 2018-01-31 00:05 |

クリスマスツリーのマトルーショカ

いつだったかパリのクリスマスマーケットで買ったクリスマスツリーのマトルーショカ。
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と、こんな感じです。クリスマスツリーとかは猫ゾーンに置けないので、猫ゾーンには落とされても壊れないこういう木の小物ばかり。(鍋置きのタイルはリスボンで買ったもの)
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by mariastella | 2017-12-21 07:15 |

名前は、ナル

新しい子猫の名前は、ナルです。

今年はNの年で、去年がMの年ということは、前のマヤ(17歳の年に死んだ)が生まれてからの20年が一周したんだなあ、と感慨深いです。

ナルは私が日本のコンサートに行っている間にブルターニュからやってきて、ヌースと呼ばれていました。私は次の子猫は「ネモ、ネオ、ナオ」あたりを考えていたのですが、ナルのきょうだい猫がもうネモという名前をつけられていました。

でも ヌースというのはあまりピンとこないので、NEONAOにしようと日本からLineを送ったら、打ち間違いでNEONEKOと送信されてしまい、みんながNEKOがいい、と返事してきました。それを見たトリオのメンバーもみなNEKOはいいね、と。

でも、いくらなんでもネコでは…

日本人にとっては「吾輩は猫である、名前はまだない」というように、名前と認識されません。

結局、別の名前を考えることにして、ナルが採用されました。


ナルは「成る」で日本語では成就するという意味だ、ついでに、次の天皇陛下も小さいときは「ナルちゃん」と呼ばれていた(字は違うのに)、などと付け加えて、ナルが受け入れられました。
でも、NARUと書けばフランス語ではナルと発音されません。ナルと発音されるにはNALOUと書かなければなりませんが、フランス人はみんな日本語表記の方がかっこいいというのでNARUNalou)と書くことにしました。
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健康手帳に書いてあったNoussを訂正しました。
こういうケースに入っています。
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日本から帰って4週間近くになりますが、こんなに大きくなりました。
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新聞を読んでいると必ず上に乗るのであきらめて写真を撮ります。
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食パン型クッションからもはみだします。
近頃の子供と同じように、アイパッドを置いてあると肉球で操作して動かします。
そんな時はもう何もできないので、CAT GAMES というビデオをダウンロードしているのを開いてやります。ネズミ、ハエ、ハト、紐などいろいろなパターンがありますが、金魚がお気に入りです。トイレに入るとドアの前で待っているのでペーパーを少したたんで隙間に挟むと飛び上がって落とします。忍者の訓練みたいに毎日少しずつ高さを上げていっています。スピヌーは1m50くらいは楽に届いていたっけ。



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by mariastella | 2017-11-30 00:05 |

実は、メロメロ

11月3日にフランスに帰ってきたら、新しい子猫がうちにいました。

スピヌーと同じミルクティー色が基調ですが、白いところはひとつもなく、マーブル模様です。
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上から見ると背中はシマリスそっくりで方の模様が昆虫みたいで、フクロウっぽくもある複雑模様。
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でも横になると、脇腹はこういうかわいらしさ。

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しっぽや脚には縞が入っていますが、その間隔が何とか数列みたいに微妙なリズムです。
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体を縮めると、脇腹の模様が崩れてそれもかわいい。

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食パン型のクッションの上で寝ます。
いつもゴロゴロいって、甘えん坊で、ほおっておいたらお兄ちゃんの食事までゲットしてしまいます。


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by mariastella | 2017-11-29 00:05 |

スピノザの49日?

「スピノザが亡くなってから今日で49日ですね」というお便りをいただいた。わたし的にはスピヌーは即天国で、いつも私のそばにいるので、49日って…なに、それって感じもするが、そうか、そろそろ喪も新しいステップに移るのかもしれない。

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「お兄ちゃんがいなくなって、ぼく、悲しい…」と涙を拭う今朝のイズー。(もちろんやらせです) 実際はママ(私)のひざの上でこんな感じ。
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by mariastella | 2017-08-28 19:16 |

スピノザ頌  (終)

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スピヌーの遺灰が戻ってきました。
白の陶器の壺か、絵柄で装飾された白の陶器壺か、エコロジカルな段ボール容器かどれにするかと聞かれました。はじめてです。値段は同じです。うちにはもうサリーとマヤの二つの絵柄付き壺があり、灰は庭に埋めましたが壺は捨てることもできず残っています。で、紙製でOKと言いました。エコロジー・ブームのせいか、いっしょに埋めたらお花が咲くという種のついたハート型の紙もついていました。
(考えたら、母の骨壺も、お骨を土に戻すように布にくるんでお墓に納めた後で、どうしますかと聞かれてそのまま引き取ってもらいました。その後リサイクルしているんだろうか。母のために「購入」した壺も前の人のリサイクルなのかなあ、と思ったことを覚えています。) 

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スピヌーの遺灰のそばに寄りそうイズーくん。

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おにいちゃんはどこ…


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ずっといっしょだよ…

....


以上、と、いうのは、2枚目以降、全部「やらせ」です。

イズーの座った横に壺を置く、
壺の上にカリカリのおやつを一粒置く、
庭から切ってきた薔薇の花にちょっかいを出しに来るイズーくん、

というのが事実です。

スピヌーが死ぬために部屋の隅に陣取って動かなくなった時、イズーがちょっかいを出したりすると嫌だから隔離しようかと思ったのですが、驚くほど関心を示しませんでした。スピヌーをさがす様子もなく、完全に気配がなくなったようです。

人間の方はなんだか「死の香り」を感じて暗澹としていましたが、イズーはただ、突然に、孤独の中にほうりこまれたようで、いつもよりも私たちに甘えていました。
猫は死ぬときに隠れるといいますが、イズーに対してはもう、完全に隠れて消えていたようです。私たちの愛撫や声かけは拒否しないで受け入れてくれたので、人間との関係は「別」で、人間の方は面倒だけどかまってやらないとだめだなあ、と気をつかってくれたのでしょう。

スピヌーの遺体を医院に持っていくとき、あまりにも「聖人」崇敬が頭にあったので、一瞬、聖遺物をとっとこうかと思いました。

白くてぴんと張った髭。

でも、こんなの、時々床に落ちてるし。
ブラッシングした毛は球にしてとってあるし。

美しい耳を見て、一瞬、この耳をとっておこうかという、聖遺物信仰の類推呪術が一瞬、頭をよぎりました(ジェイコブスのホラー小説の『猿の手』とかまではさすがに連想しませんでしたが)。呪術と関係なく、なんでもいいから愛する者の体の一部をとっときたいという原始的な衝動だったのでしょうか。

すぐに、モノとしての亡骸ではなく、私のそばにいるスピヌーに現実に引き戻されました。

ぼくはここにいるよ、

って。

スピヌーに勇気づけられて、ちゃんと「喪」の手続きをすることにしました。
偶像崇拝してちゃいけない。
それにはイズーも参加してもらわなくては。
というわけで、一連の撮影となったわけです。

スピノザ、ありがとう。

このシリーズはこれで終わりです。
書くことがいっぱいたまっているし仕事も遅れているのにこれ以上ぐずぐずしていたらスピノザに叱られます。君にもらった力をきっと生かすからね。


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by mariastella | 2017-07-23 02:52 |

スピノザ頌 4

(承前)
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どんなにぎゅうぎゅうでもカゴが好き。

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ノートパソコンの上におすわりしておやつを待つ。

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こうすると精悍な風貌に。鼻の上が濡れているのが実はかわいい。

スピノザの臨終のそばにいて、思いついた言葉は、何とか元気になって、絶対に回復して、死なないで、というものではなかった。
変な話だけれど、ヨハネ=パウロ二世が亡くなったすぐ後で人々がsanto subitoと叫んだことを思い出した。(人々がすぐに聖人として迎えたのだ)

スピヌーのような生き方と死に方をするネコは、死んでもいなくなるわけではない。
いや生きている時からもう、聖人のように生きていて(つまり、周りの猫や人をひたすら幸せにしてきて)、体が年老いて不具合になったから存在の形をシフトさせるけれど、そばにいてくれて私たちを幸せにし続けてくれることは自明のように思えた。

虹の橋を渡る、
とか、
猫の天国に行く、
とか、
いつか別の子猫に生まれ変わってきて戻ってきてくれる、
とかは思えなかった。

そのまま、そばにいて、愛してくれて、愛されてくれる。

スピヌーは私を力づけてくれ、力づけ続けてくれる。

時々目を開けたけれど、穏やかだった。
そばにいるよ、ずっとそばにいるよ、
と言っているようだった。

私がもしこういう安らかな死を迎えることができるとしたら、スピヌーのように、私のそばにいるかもしれない人を安心させて励ましてあげたい。

言葉が話せる状態なら、それを言葉にしてあげたい。

「いつも守ってあげるからね」

って。(それはスピヌーから聞越えてきた言葉でもある)

それが本当にできるのか、
死ねばただのブラックアウトなのか、
そんなことは分からない。

でも、愛する人や大切な人にそういう言葉をかけてから旅立てば、後に残る人にとって多大な慰めになるのは確かだ。死ぬ間際にでも、そういうポジティヴなことができるのだ。

愛する人や大切な人が臨終時に「痛い、苦しい、死にたい」あるいは「死にたくない、死ぬのは怖い」などと言うのを耳にしなくてはならない人の苦しみはどんなに大きいだろう。

私の父は亡くなる前に母に手を合わせて「ありがとう」と言ったそうだ。
母はそのことばかりをずっと話していた。
父が母に残した最大のプレゼントだったと思う。

私の母は脳幹出血で意識を失う数時間前にいっしょに散歩しながら、

「私は人生でやりたいことを全部できた」

と言っていた。

そのことが私にとってどんなに救いになったか分からない。

だから私も、死ぬ前には嘘でも偽善でも強がりでもなんでもいいから、できればそういうポジティヴな言葉を残すようにしようと思っていた。

スピノザの死を見て、もっと確信が持てた。

事故や災害や苦痛のともなう死に方を避けることができるなら、
「これからも、いやこれからもっと私を頼りにしていいからね」と言い残して死んでみたい。

マザー・テレサだって、リジューのテレーズだって、同じことを考えていた。
薔薇の雨はだれにだって降らせることができる。

なぜなら、薔薇の雨を降らせるのは聖人たち自身ではなくて、彼らの思いの彼方にある何かだからだ。

いのちとは関係性なのだ、と分からせてくれたスピヌーは今もすぐそばにいる。







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by mariastella | 2017-07-22 03:25 |

スピノザ頌 3


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書斎机の上のスピノザ。死のひと月前くらいです。

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ベッドの上のスピノザ。

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デザートを待つスピノザ。


今回スピノザの死を見ていて、理想の死に方というのがどんなものかが実感を持って納得できた。
人間としてそれに付け加えるべきプラスアルファも。
少しずつ書く。

まず、ガイアのような軽い病気と医療事故、サリーのような悪性腫瘍、まやのような数年にわたる少しずつの衰弱と、死に至るときの数日間にわたるまた少しずつ増えていく苦しみ、などの経過は人間にもあり得るだろう。人の場合なら、緩和ケアというものがうまく機能することを願うケースだ。

スピノザはいつも少しやせ形で筋肉質で、ライオンのような子だった。
4年少し前、まやが死んだ後に全身を引っ掻き始めた。長年メンテナンスをしているので蚤などではない。獣医に見せたらストレスだろうと言われた。で、子猫イズーを迎え入れたらたちまち若返って、イズーと生き生きと遊び始めた。
イズーの教育係と言うか兄貴分の地位は最後まで変わらなかった。
年が離れているからもともと食の細いスピノザには特に気を使って老猫用の餌を与えていたし、特別扱いしていた。イズーもそれを受け入れていた。

でも、まやの死に近い16歳が近づいたころから、目を離すとプラスティックの袋をかじっては吐いたり、すぐテーブルにのって、クリームチーズを泡立てたデザートの容器の底にある残りをなめさせてもらうことを毎日要求するようになった。

味はついていないし微量だが、乳製品は基本的によくないのは分かっているのであまりやりたくなかったが、これを禁じたところで数年長生きするとも思えないし、今の幸せを優先した。

デザートまでじっと待って、後は冷蔵庫を開ける時からわくわくして、こちらが食べ終わるのを見守ってもう大きく喉を鳴らすのだった。

そのアディクションが増大してきたのは気づいていた。水も晩年のまやほどではないが昔より飲むようになり、腎臓が弱ってきていることは気づいていた。

インターネットで何度も調べた。
スピヌーとそっくりなケースの相談や体験談がたくさんあった。

つまり、

16歳を超えるような老猫
完全室内飼い
病的なほどに獣医息が嫌いで無理して連れて行くとストレスで死ぬのではないかと思うほど泣き叫ぶ

というケース。

8ヶ月くらいで去勢手術に連れていった時に、往きの車の中で恐ろしい声でなき続けた。

あらゆるトーンを駆使するし、フレーズが長い。

さて、インターネットにこの種の猫の健康相談がたくさんあるのはなるほどだと思う。
もともと猫医者の所に簡単に通っているような猫の場合なら、年を取って食が細くなったらすぐに医院に連れていくだろう。
点滴をしたり薬を与えたりして食欲や元気がその都度回復するようなケースもよく見かける。

でも、明らかに医者に行くことのストレスの方が年取ることの不具合のストレスよりも大きいと分かっている猫で、だからこそできるだけ医者を避けるという暮らしをして16歳で元気で幸せな猫と暮らしていて、それが急に食が細くなったり元気がなさそうになった時、果たして過剰なストレスをかけるのがいいのか、うちでそっと休ませるのがいいのかと自問することは、飼い主にとって大きな悩みとなる。だから、そういう人ばかりがネットに投稿するのだ。

で、答えは、まあこういうケースではとうぜん予測されることだけれど、

苦しんだり痛がっている様子がないならそっとしてずっとそばにいてあげましょう。
まず獣医に連れて行って診断を求めるべきです。血液検査が必須処置。
入院して点滴すれば回復するケースがあります。とにかく入院を。
猫によっては症状が現れる時にはすでに手遅れの場合もあります。

などなど・・・。

想定内である。

最後、スピノザがある日突然、ぱったり食べなくなり身を隠し始めた時の私の直感では、これはスピヌーに死期が訪れたんだろうと思った。それまでも、ある意味、いつ、どんな風にそれが来るのかを何度もシミュレーションしていた(私が日本に行っている間ならどうしよう、なじみの獣医がバカンス中の時だったらどうしようとかなど)ので、もし、このまま、こういう形で静かに逝くとしたら理想ではないかとも思った。

でも、獣医に診断させて、獣医の口から、

「ああ、これは老衰ですね、延命措置をしても長くはもちません。静かに看取ってあげてください」

という一言を「お墨付き」のようにほしかった。
それが欲しかったのは私だ。スピではない。

で、死の2日前にすでに泣き叫ぶ力もないスピヌーを獣医に連れて行っ点滴してもらったが反応はなく、「安楽死させますか」と聞かれたが、苦しんでいないので連れて帰った。もし苦しんでのたうち回るようなことがあればまた連れてきますと言った。

子猫のスピノザを16年前にうちに連れてきた当時の医学生は、今、大学の医学部で教え大学病院でも働いている。
その彼女にスピノザの状態や獣医の言葉を伝えると、

スピはなんといってももう十分高齢だ、
その様子ではこの週末が峠だから、無理な延命治療をしない方がいい、
私は病院で毎日人が死んでいくのを見ている。
スピのように幸せな生を送った猫ならそのまま早く逝った方がいいと思う、
何ヶ月もかかれば、もっと早く楽になれればいいのにと思うことで周りのみんなが罪の意識にかられることになる、
今回無理に持ちこたえさせてもすぐに次の危機が来るのは目に見えている、
スピのためにいいかどうかは分からない

という意味のメールが来た。

(続く)

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by mariastella | 2017-07-18 00:27 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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