L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:猫( 48 )

リシュリューの猫 その8

このシリーズ最後はリシュリューの一番のお気に入りだったという

Soumise スミーズちゃん。 

ペルシャ猫だったらしい。いつも膝に乗せていたとか。

このネーミングは何か不思議だ。

Soumiseとは服従した女性、従順な女性という意味だ。

猫、特に雌猫にはあり得ないような性質である。

いや、ひとつだけあり得るかもしれない。

スミーズちゃんのことを考えるとどうしてもラグドールを連想してしまうのだ。

ラグドールは抱き上げると腕の中でぐったりと脱力するのでぬいぐるみのようだと言われていて、抱っこ好きの猫飼いなら一度は憧れる。

1960年代にアメリカでアン・ベイカーという人が、ジョセフィーヌというペルシャ猫の産んだ3匹の子猫たちがみな異常におとなしくて愛情深いことに気づき新種として改良することを思いついた。

売りだすにあたって、猫が抱っこに抵抗せずに、布の人形ラグドールのようにぐったりと身を任せることの不思議について、遺伝子の突然変異だとか、神さまのプレゼントだとか、宇宙人に拉致されて返されたからだとか、さまざまな説が広められた。

新種猫の販売にマーケティングが利用された最初のケースだと言われている。

ラグドールはあまり声を出さずひたすらおとなしく、室内にいるのが好きでおっとりしている。警戒心がなく簡単に服従する。

「服従」…。スミーズちゃんそのものだ。

といっても、猫飼いは、猫を犬のようには服従させようなどと思わない。

抱かせていただければ、愛撫させていただければそれで望外の幸せを感じる。

普通は、猫飼いの方が猫に服従しているくらいだ。

腕の中でぐったり身をまかせてくれるなんて、猫飼いなら想像しただけでも萌えるだろう。

これまで見てきたようにリシュリューの他の猫たちはけっこうにぎやかでいたずらっぽいイメージだ。

そんな中に、突然、一匹だけ、ぐったりごろにゃん猫が登場した。

20世紀のアメリカで「これは売れる」と思って商品化された最初のラグドールたちのように、ペルシャ猫の中には、何らかの変異で警戒心がない脱力系が生まれることが昔からあったのかもしれない。

だとしたらリシュリューのお気に入りになったことも分かる。

リシュリューは権勢を誇っていたが、失脚した王母や王弟をはじめとして多くの敵がいたし、陰謀、暗殺計画もたくさんあった。
それを事前に摘発するために公的なスパイ制度をはじめて作った人でもある。
心の休まる暇はなかっただろう。命を狙われ続けていた。

逆にリシュリューの怒りをかわぬよう表向きは忠誠を誓っていた人や服従していた人ももちろん多い。

そんなリシュリューには犬は必要ではなかった。三銃士のような親衛隊を何百人単位で抱えていた。

で、自由でおもねらない猫たちに安らぎを求めた。弱い猫を無償で保護し愛して、さらに自分の方が猫のご機嫌をうかがうことに倒錯的な喜びすら覚えたかもしれない。
いや、カトリックの高位聖職者の称号を持って説教などしていた人だから、猫に対する時にだけ「弱者に仕える」キリスト教的愛の実践をすることで良心に折り合いをつけていたのかもしれない。

そんな自由奔放、我儘放題の猫たちの中に、唯一、天然ラグドールの美しいペルシャ猫がいた。

スミーズちゃん。「お気に召すまま」ちゃん。

権力者に対する下心もおもねりも恐れも崇敬もなく、ただ、ぐたりと身を任せる猫。

フランス絶対王政の基礎を作り軍事にも政治にも文化事業にも超人的なパワーを発したリシュリューのさぞストレスフルだった生涯を思う時、スミーズちゃんは彼にとってこそ「神からの賜物」だったのだなあと思う。

今、多くの国でラグドールは純血種のうちトップ・テンに入る人気者である。

1960年代半ばにラグドールの母となったペルシャ猫の名が、フランス革命を経てナポレオンが皇帝になった時にナポレオンの手から冠を受け取った皇妃ジョセフィーヌの名だった。
ジョセフィーヌはナポレオンとの間には嫡子が生まれなかったが最初の結婚で生まれた娘を通して孫が後の皇帝ナポレオン三世となっている。
奔放で恋多き女性だったので従順とは正反対の人だったが、「ラグドールの母猫」の名として猫の歴史にも縁ができたわけだ。

リシュリューが今この記事を読んだら、なんというだろうか、ちょっと聞いてみたい。
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by mariastella | 2013-08-23 00:20 |

リシュリューの猫 その7

13番目の猫はGazetteガゼットちゃんだ。

ガゼットとは後に「新聞」となる定期刊行物である。

リシュリューはフランスで最初のガゼット発行を主導したことで歴史に名を残す。

発行者はテオフラスト・ルノドーだ。

ルノドーは、プロテスタント出身の医師だった。後にリシュリューが陥落させたプロテスタントの牙城モンプリエの医学校では、プロテスタントの学生でももちろん受け入れられていたから医師になれたのだ。

17世紀の初めごろ、社会の貧富の差が拡大し庶民が苦しむのを見て、社会改革を目指し、マリー・ド・メディシスの内閣に『貧者の条件について』という論文を上奏した。

それが評価されて1612年にルイ13世の侍医の一人としての称号を得るがカトリック勢力にはばまれた。

結局1625年ごろにカトリックに改宗し、リシュリューの内閣に参与した。

求人と求職の情報を載せる印刷物も発行している。社会政策を標榜することは変わらなかった。

同じ流れで、1631年5月30日に、フランスで最も古い週刊新聞となった『ガゼット』をリシュリューの肝いりで刊行したのだ。

ガゼットとは装丁なしの情報誌で、その語源はヴェネツィアのGazeta de le noviteという新聞が16世紀の貨幣gazeta硬貨一つの値段だったからだとか、宝や富をあらわすラテン語のgāzaに由来しているのだとか諸説ある。

ともかく政府主導で刊行され800部を刷るようになったこの新聞が、『ガゼット・ド・フランス』と名を変えて革命時代なども経てなんと1915年まで続いたというのだから大したものだ。

ヨーロッパ全体で見ると最も古い新聞はストラスブルクで1605年に発行された4ページの週刊紙で、« Relation aller Fürnemmen und gedenckwürdigen Historien »(すべての重要で記憶すべき話の報告) というものだった。

フランスのガゼットより後にスウェーデンのクリスティナ女王が1645年に出した新聞はなんと2006年末まで続き、その後も紙はなくなったが今も電子版が続いているというから、ヨーロッパの新聞の息は政治形態よりも安定して長いようだ。(イギリスの最初の定期刊行物は1622年の『Weekly Newes from Italy』だったそうで詮索するとそれもなかなか興味深い。)

さて、リシュリューの『ガゼット』は金曜発行の4ページ(週に寄っては12ページに上った)もので、外国のニュースとパリのニュース、宮廷のニュース、外交と政治情報が主な内容だったが、当然リシュリューの政策を支持するものである。
1634年には主だった事件を特集する別冊も発行されるなど人気を博し、17世紀末には郵便制度の発展によってかなりの部数に達したらしい。

リシュリューは1642年に、ルノドーも1653年に世を去り、ルノドーの子孫によって受け継がれたガゼットは、ルイ14世の絶対王政の時代を経て1762年、『ガゼット・ド・フランス』として政府の広報紙になった。

それ以来、政権が目まぐるしく変わっても、時の政府の広報誌としての役割を果たした。革命で国民国家の概念が生まれルイ16世が処刑された後は『ガゼット・ナショナル・ド・フランス』となり、ナポレオン時代にも慎重に中立を保ちながら1915年まで存続したのだ。

ガゼットちゃんという名の意味と語感からは、あちこち飛び回っておしゃべりな猫がなんとなく想像される。

『ガゼット』が登場した1631年に以後に生まれた猫なのだから、リシュリューの死の床の近くにそのガゼットちゃんが丸まって静かに喉をならしていたという可能性も、充分あるだろう。

「ガゼットはどこだ」と猫を探すリシュリューに新聞を持ってきたり、

「ガゼットはどこだ」と新聞を探すリシュリューのもとに猫を連れてきたりした召使もいたかもしれないな。
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by mariastella | 2013-08-22 02:23 |

リシュリューの猫 その6

雄猫のPyrameと雌猫のThisbe 。

ピラムくんとティスブちゃん。カップルだったのだろうか。

古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作『変身物語』に出てくるバビロンの有名な恋人たち「ピュラモスとティスベー」にちなんだ名である。

リシュリューはこの2匹がいつも脚をからませて抱きあって眠っているのを見てこう名づけたという。

「ピュラモスとティスベー」はロメオとジュリエットの原作になったとも言われる話で、隣同士に住む美男美女が恋におちたのに父親同士に反対されて駆け落ちの約束をし、ティスベーがライオンに喰われたと勘ちがいしたピュラモスが悲観して自殺、それを見つけたティスベーも後を追い、2人の灰は同じツボに入れられたという悲劇だ。小アジアの河の名にもなった。

くわしくは日本語のwikipwdiaにも載っているので見てほしい。

でもこのリシュリューが猫を見て連想したという2人の恋人の絵だが、1619年には挿絵つきの本が出回ったというからリシュリューの見たのはそれだろうと思ったのだが、国立図書館のサイトで見られる原典の画像のはぱっとしない。


ローラン・ド・ラ・イール(1606-1656)というバロック画家でリシュリューが自分の宮殿のために絵を描かせた人がいて、その人の描いたこの悲劇のシーンはこれ


この絵がリシュリューの所有していたものかどうかは知らないが見た可能性はある。

リシュリューの死後に描かれたものではこういうものがあって

これはなかなかの迫力だ。

こういうテーマの絵は、先人の構図を継承することが普通だから、どちらにしても、この2作に近いものをリシュリューは見ていて、重なり倒れている2人の恋人の姿から2匹の猫の名をインスパイアされたわけだろう。

悲劇のシーンであるはずなのだが、猫というものは、寒い時こそ丸くなっているが、暑い時は、本当に行き倒れているのかと思うほどばたりとのびて脱力しているので、それが2匹折り重なっていたら確かにこんな感じになるだろうなあ、と思う。

リシュリューって教養がある。一応カトリックの高位聖職者なのに神話にのめり込んでいていいのかね。
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by mariastella | 2013-08-20 01:36 |

リシュリューの猫 その5

さあ、後6匹。

Rubis sur l'OngleとSerpolet

リュビー・シュル・オングルくん、つまり「爪の上のルビー」くんは大のミルク好きだったそうだ。

フランスは酪農国だから牛乳はふんだんにある。そして「猫はミルク好き」と決まっている。

昔の日本人が残り飯に味噌汁をぶっかけたものを猫飯としたように、フランス人は硬くなったフランスパンの残りをミルクに浸して猫パンにしていた。

これを猫と犬の両方に与えていたフランスの農家の人を見たことがあるが、猫は喜んでパクパク食べ、犬は悲しそうな顔をして飼い主を見上げたのを覚えている。

今は人間と同じで成猫にはミルクは消化できないのでやってはいけないなどと言われているが。

「爪の上のルビー」というのは別に爪が紅いわけではない。

Rubis sur l'Ongleとは口語の慣用句で「すっかり、きっちり」と言った意味だ。

リシュリューと同時代の17世紀が起源の言い回しで、ルビーというのは、あの紅い宝石ではなくて、赤ワインの最後の一滴のことだ。

最後の一滴は、爪の上にたらされて、舐められたと言う。

金をすぐにきっちり払うという意味でも使われるようになった。

この表現は今でも通用しているのだがその由来を知らずに、ルビーの指輪をはめているような人は金持ちで金払いがいいという意味じゃないのか、と思っている人もいる。

「爪のルビー」くんはミルクの入った皿をいつもさぞぴかぴかに舐め上げていたのだろう。

少なくなってきたらほんとうに前足ですくうようにして最後の一滴を爪にひっかけようとしていたかもしれない。

なかなかフランス的でかわいい響きの名だ。

セルポレくんの「Serpolet」は香草タイムの一種で日光を好む性質がある。

セルポレくんは猛烈に日向が好きだったそうだ。

時に連れて陽だまりが移動していくと、そこから離れないようにこまめに移動していく猫の姿はほほえましい。

たまに黒猫で強い日の光を浴びて寝てしまって温度が上がり過ぎ、自分でもあわてて熱くなった側を影の床にすりつけて冷ましている猫がいるが、それも愉快だ。

パリの緯度は高いので冬は部屋の奥まで陽がさす。

でも17世紀は寒冷期に向かった時代だから陽の差す日は少なかったかもしれない。

こたつのない国の猫たちは暖炉の前に集まって丸くなっていたのだろうか。
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by mariastella | 2013-08-19 01:47 |

リシュリューの猫 その4

猫マニアのことはfélinomaneとよぶ。

一代で王家をしのぐ資産を築いたリシュリューもフェリノマーヌだった。

リシュリューは私財を投じてソルボンヌの立派な聖堂を造らせたし、アカデミー・フランセーズの基礎も築いた。

アカデミー・フランセーズは今でもフランスで一番権威のある学者組織であり、フランス語学士院でもある。

空席ができた時にだけ新入会員が選ばれる。その挨拶は時代がかっていて厳粛なものだ。

でもその厳粛な席に猫が迷い込んだら…

リシュリューの猫の名にPerruque とRacan がある。

ペリュック(鬘という意味)ちゃんは、アカデミー・フランセーズの名士の鬘から落ちた雌猫だそうだ。

当時の王侯貴族や公人がくるくる巻き毛の長い鬘をつけていたのはよく知られている。
けれどもリシュリューはカトリックの枢機卿の称号を持っていたので赤い枢機卿の帽子をかぶっているから、大仰な鬘などつける必要はなかった。

この猫のエピソードを読んだ時、厳粛なアカデミーの席で、リシュリューの愛猫がアカデミー会員の頭に上ってその鬘を落としてしまったのかと思った。

でも、落ちたのは猫らしい。

周りにいたみなが一瞬鬘が落ちたと思ってあせったのだろうか。
その猫はどこから来たのだろう。

ともかくその猫はペリュック(カツラ)ちゃんと名付けられた。

で、雄猫のラカンくんとは、件のアカデミー会員のラカン侯爵の名をいただいたのである。

詩人のラカンさんはリシュリューより4歳年下で、リシュリューの指揮のもとにプロテスタントのラ・ロッシェルを攻めた戦争にも参加している。
成立したばかりのアカデミー・フランセーズの30番目の席(今でも定員は40名)を与えられたのは36歳の時だ。肖像画を見ると鬘も頭頂部が薄い感じで、ユーモアのセンスにあふれた顔には見えない。

でも夢見がちの人だったというエピソードも伝えられている。

鬘に猫が乗っているのに気がつかなかったのか、巻き毛の鬘になら猫は絡まってぶら下がるのではないか、そもそも猫は「落ちる」のか、飛び降りるのではないか、などという疑問が渦巻く。
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by mariastella | 2013-08-17 06:51 |

リシュリューの猫 その3

リシュリューは軍人になる教育を受けていた。海軍士官学校で、馬術、剣術、ダンスのレッスンも受けていた。バロック・バレーを踊っていたわけだ。

ところが司教になるはずだった兄が急に修道僧になると言いだしたので、家族の領地であるリュソンの司教になるべく進路を変更、ローマで4年間神学を学び、21歳で司教に任命された。

26歳が司教になれる最低年齢だったので洗礼証明書をごまかして26歳としたらしい。

さて、今回は

Mimi-Paillon とMounard le Fougueux

ミミ・パイヨンはアンゴラの雌猫

ミミは日本の「タマ」のように今でもフランスの猫のスタンダードな名前だ。フランスの猫は「ミィアウ」となくことになっているから鳴き声に由来する名前だろう。
ミミはミニヨン(mignon=かわいい)にも通じる。
今のフランス語で「mimi」と言えば「カワイー」ということ。猫一般の愛称、何でもかわいいものの愛称にもなっている。

パイヨンは鳥がピヨピヨと囀る感じだ。小柄でかわいい声でよく鳴く甘えん坊な猫を想像する。

ムナール・ル・フグー(勇みのムナール)くんはいたずら好きで喧嘩好きでおしゃべりな雄猫だったそうだ。

ムナールとは鋭い声を発する空想上の動物で、mouton(ムトン、羊)とrenard (ルナール、キツネ)または canard (アヒル)の合いの子だという説もある。
羊の鳴き声とアヒルの鳴き声を混ぜたようになく猫を見て「こりゃ、ムナールだ」と名付けたというエピソードが今のウェブにも載っているくらいだから、勇みのムナールくんも、「ギャアアー」と独特の鳴き声を発しては喧嘩に出かけていたのかもしれない。
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by mariastella | 2013-08-16 07:03 |

リシュリューの猫 その2

リシュリュー(1585-1642)は猫たちといっしょに寝ていた。
宮廷に猫部屋を用意して執務の時も必ず一匹はそばにおくようにした。
鶏のささみのパテを日に2回食べさせていた。
世話係が2人専任で、具合が悪い時は枢機卿の専属医が診た。

-Ludovic le Cruel とLudoviska

リュドヴィク・ル・クリュエル(残酷リュドヴィク)くん  

優秀なネズミ捕り猫だったらしい。
「残酷」というのは捕ったネズミを弄んだからだろう。
リュドヴィクという名はゲルマン起源でhlod (栄光)と wig(戦い)の組み合わせらしく、ここからフランク王クローヴィスの名やフランスのルイの名も派生した。
聖人の祝日にも聖ルイ王の日が適用される。

ルイ13世に仕えたリシュリューが自分の猫に「残酷リュドヴィク」などと名付けたのはそれなりの何かがあったのかと勘繰りたくなる。

リュドヴィスカちゃん 

ポーランドから来た雌猫。だからポーランド風の語尾をつけ加えたのだろう。
けれど、リュドヴィクと名が対になっているところを見ると、同時に献上されたきょうだい猫だったのだろうか。
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by mariastella | 2013-08-15 17:14 |

リシュリューの猫 その1

「差別されているマイノリティまたは社会的弱者が個別にロビー活動したり個別に支援されたりするとかえって全体の状況を悪くするんじゃないか」という日頃考えているテーマをめぐって黒人奴隷制についてまた書こうと思っている。でもまとまった時間がとれないので、その前に、「リシュリューの猫」シリーズを少し。

ルイ13世の宰相だったリシュリューの猫好きは有名で絵もたくさん残っている。(うまくリンクできない時は出てきたページの右上の検索アイコンをクリックしてください)。

女好きでもあったらしくて、連れ添った姪との間に数人の子供がいたとも言われているが、表向きはカトリック教会の司教で枢機卿(ちゃんと神学部で勉強もした)だから後継ぎはいないので猫たちに財産を残したという話もある。

ルーブルの前に構えた住居だったパレ・カルディナル(枢機卿宮)は王室に寄付されて今のパレ・ロワイヤルになったし。

で、猫。

王立図書館の本をネズミから守るために導入したとも言われる。

14匹の愛猫の記録が残る。

まずFélimareくんとLuciferくん。

フェリマールくんは雄のトラ猫。

FéliはFélin(猫科の動物)から来ているのだろうし、Mareはmarreと通じ、今でもmarrant(おもしろい、あるいは反語的につまらない)などと言えるのだが、それよりも、tintamarre(大騒ぎ、騒音。シャリヴァリなどと同義。オノマトペ。鐘や太鼓をみだりに叩くイメージ)を連想する。
そういえば、リシュリューがアカディーと名付けたカナダのフランス人植民者の子孫の間には今もタンタマールというお祭りがあるそうだ。そこから連想すると、いつもギャーギャーとやかましい猫が想像できる。

ルシフェールくんは黒猫。

これはそのまんま悪魔のイメージか。リシュリューは魔女とか魔女の化身の黒猫を粛清している。
でも自分ちの黒猫の、輝くビロードのような毛並みを愛撫してはその妖しい美しさに感嘆していたのだろう。リュシフェールの語源は「光を運ぶ者」で、キリスト教文化では神に反抗した堕天使からついにはサタンと同義にまでなってしまった。
黒猫の毛の艶にしかキャッチできない光沢は特別だし、黒い頭の中で光るグリーンや金色の目の美しさも特別なので、枢機卿さまも悪魔に魂を奪われそうになったかもしれない。
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by mariastella | 2013-08-14 23:20 |

カール・ラガーフェルドと猫

デザイナーのカール・ラガーフェルドが、「まだ人間と動物の結婚はない。でも自分が猫に恋するなんて思いもしなかった」、と語ったことがあちこちで記事になっている

フランスの「同性婚」成立にまつわる騒ぎにかけたユーモラスなエピソードとして受け入れられているのだが…

「カイザー(帝王)」とも呼ばれるファッション界の重鎮のラガーフェルドは友人からあずかった白毛長毛碧眼のバーマンの雌に恋して、返さずにそのまま飼うことにした。

そのシューペットちゃんには今や2人の専属のアシスタントがついていて、ラガーフェルドが旅行で留守にする時は一時間に一枚の現状報告写真を送ってもらっているそうだ。

シューペットTwitterちゃんの名でfacebookやtwitter (27200人がフォロー) もある。まだ2歳くらいだ。

写真を見ると確かにすごくかわいいし、猫好きとして自分の猫に耽溺する気持ちもある程度分かるのだけれど、この人の場合はなんとなく、自分のエゴやナルシシズムの中にシューペットちゃんも「モノ」化して「所有」している気がする。

ピカソの孫娘Marina Picassoが「ピカソは女たちや子供たちを自分の天才で押しつぶした、彼の周りではすべてがモノ化するのだ」と言っていたのを思い出した。それはピカソ症候群というのだそうだ。

猫と「結婚したい」とか「恋している」とかいうと人間同士のように対等に見ているかの印象を受けるかもしれないが、本物の人間に恋してもモノとして所有して道具にしたり放置したり捨てたりするエゴの怪物も存在するのだから、ラガフェルドの「愛情告白」にもなんとなく違和感を感じる。

「猫好き」って、どんなにボロボロの猫にでも情緒をかきたてられるものだ。

そして、猫という動物の、人間に「モノ化」されることを拒否するというその特性そのものを、称賛せざるをえないものである。
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by mariastella | 2013-06-09 19:51 |

ノイズ・キャンセリング・ヘッドフォン

飛行機の中では音楽を聴いたりビデオを観たりしようとしても、かなりの音量でエンジン音がずっと響いている。そのうち慣れるものではあるが、それをカットする高性能のヘッドフォンがある。

これをつけると、他の音源とつながなくとも、人の声ははっきり聞こえるがモーター音などのノイズがぴたりと消えるのだ。

それをうちの中でつけてみると、急に真空の中で話しているような気がした。

もちろん、真空だと声は全く聞こえないのだが、まるで、真空の中で人の声だけがマンガの中の吹き出しに囲まれて運ばれてくるような感じだ。

なぜかと思うと、冷蔵庫のモーター音が消えていたからだった。その冷蔵庫の音はもともと小さくて、距離もあるし、普段は全く気にならないのだが、一度消えてみると、それがずっとなっていのだと分かる。

時計のチクタク音は消えない。

そこにネコが来たので、あることを試してみた。

まず撫でてやり、ゴロゴロとのどを鳴らし始めたのを確かめてから、ヘッドフォンをつけた。

ゴロゴロの音がピタッと、虚空に消えた。

ネコの喉を鳴らす音は、食べたり飲んだり舐めたりしながらでも続くもので、呼吸とも関係がない。一体どこでどのように鳴らしているのか分からない連続振動だ。

私は大人になってからはじめてネコを飼ったので、ゴロゴロとはどのようなものか知らなかった。最初のネコが最初に膝の上に乗ってかすかにゴロゴロ(フランス語ではronron)し始めた時にああ、これがネコが喉を鳴らすということなのかと感激した。

しかし、ヘッドフォンをしていても猫が「ニャー」と鳴けばちゃんと聞こえるのに、ゴロゴロだけがノイズ・キャンセリングにキャッチされて消えてしまうなんて、なんとなく意外だった。

キャンセルの対象となるノイズとはもっと機械的な音で、有機的なものはスルーされるのかと思っていたからだ。

確かに連続の振動音には違いないけれど、ロンロンテラピー(ゴロゴロ療法?)という名で録音したCD まで発売されるほど「癒し効果」のあるネコのゴロゴロを切って捨てるなんて、この手のデジタル機器はひょっとしてハイテクな「野暮」かもしれない。
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by mariastella | 2013-03-27 00:14 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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