L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 243 )

修道院の秘密?

フランスは、宗教戦争後の絶対王権も、革命後のナポレオンまでも、ローマ・カトリックの神を自分たちの権威の担保にしていたので、「反教権主義」という反カトリック教会の運動も根強かった。


では、反教権主義者は近代的で民主的で、カトリック教会の中世的、封建的なことを徹底的に批判しているのかと言えば、なんだか変なものもある。


カトリック教会を揶揄する時に、丸々太った司祭だの、修道女たちの姿を戯画化するのはお約束だけれど、反教権共和主義者こそ、1944年にようやく成立した婦人参政権に激しく反対したのだ。

「我らの敵、女」などという講演をした自由思想家アンドレ・ロリュロは1930年に、伝統的な反教権主義の雑誌を再刊した。


1911年の表紙は、修道女と司祭が「修道院の秘密」みたいな怪しげな本をいっしょに読んで笑っている絵柄だ。

でも、膝に乗っている猫も快楽のシンボルなのかもしれないけれど、ツボにはまり、なんだか、みんな自由で、楽しそうでいいなあ、と思えてしまう。

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by mariastella | 2018-02-16 00:05 | フランス

中国の春節祭の認知度と戌年記念のフランス切手

郵便を使うことがとんと減って、切手もあまり買わなくなったが、必要になって買いに行くと、12枚つづりの犬の置物シリーズが。

フランスにおける中国の春節祭の認知度は毎年高くなっているので、今年は「犬の年」だということもすでにあちこちで耳にする。

それにちなんだのか、ルーブル、オルセー、ギメなどにあるコレクションの中から12の犬の作品が記念切手になっていた。

日本のもの、中国のもの、エジプト、オリエント、アフリカ、ヨーロッパと幅広く網羅。
日本の犬だけが、台に座らされていてなんだか猫っぽい。

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その他に、なんだかボールで遊んでいる猫っぽいのももう一つあるなと思って見ると、中国の chien de FO と書いてある。
えっ、私のイメージでは紫禁城とかのこれとか台湾のこれだったけれど。

というか、日本の狛犬も、考えたら「chien de FO」だろう。

急に気になって、FOって何だろうと検索したら、
昔は "Dogs of Fu-Lin" とか "Fo-Lin"とか呼ばれていたという。コンスタンティノープルを著すFolinから来た犬(獅子、ライオン)という意味で、トルコやペルシャやビザンティン帝国、ローマ帝国など西方全般がFolinだったらしい。

フランス語で検索したから、Folinに当たる漢字が分らない。
ピンインを漢字に変換するサイトを調べてみたがうまくいかなかった。

どちらにしてもこの「FOの犬」は鞠にじゃれている猫ではなくて、同じネコ科のライオンをベースにした神話の犬が宝珠を守っている、みたいな図柄だということになる。

よく見るとあちこち突っ込みどころがある犬12態の切手シートだった。






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by mariastella | 2018-02-15 00:05 | フランス

ポール・ボキューズとローマ法王

日本でもフランス料理の権威として有名なポール・ボキューズが91歳で亡くなったので、ニュースになっている。


懐石料理に影響を受けたとか言われるヌーヴェル・キュイジーヌが流行ってからも、料理に古いも新しいもない、おいしい料理かどうかだけだ、と言っていて、毎朝8h15に、朝市を見て回るのが最後まで日課だったとか。

食材に挨拶するためだったという。


おもしろいのは彼を形容するのに、フランス料理のPapeだと言われることだ。

Papeはローマ法王、教皇のこと。


日本でも業界の実力者などを「・・天皇」などと形容するのを見たことがあるが、こういう時に、「王さま」という言葉は使われない。


「王」は支配者であり、天皇やローマ教皇は、支配力を行使しないで尊敬されているというニュアンス、シンボルという感覚があるのだろうか。


ポール・ボキューズの愛称が「ムッシュー・ポール」だったこともおもしろい。


フランス語ではムッシュ-やマダムの後には姓をつけるし、親しい人にはファースト・ネームだけで呼ぶから、ファースト・ネームの前にムッシューなどとつけるのは正しくない。

特殊枠、芸人的な感じだ。


でも、ポール・ボキューズの場合は、教皇がフランシスコなど、ファースト・ネームだけで呼ばれるのも連想してしまった。

リヨンのレストランはミシュランの星の最長記録を更新していて、亡くなって空の星になったというイメージで、


「ムッシュー・ポールは、星々の間にいる」


と言われるのもほほえましい。


料理に関しては、いろいろな意味での総合芸術としての演劇心が印象的だ。

それが彼の名を一大ブランドにしたのだろう。


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by mariastella | 2018-01-22 00:05 | フランス

カリマさんの『シャルリー・エブド紙』インタビュー

(これは前の記事の続きです。)

カリマさんは、アングロサクソン風「共同体主義の国」で、女性のイスラムスカーフが「あれはあの共同体の文化、伝統だから」として放置されることにショックを受けている。


女性差別のシンボルなのに、自分たちの多様性容認、寛容のシンボルにされているからだ。

トランプ大統領の反イスラム的政策に抗議するアメリカでのデモで、イスラムスカーフをつけた女性たちがシンボルとして行進した。

これは明らかに間違っているのに、これを批判したら「アンチ・イスラム」だと逆に批判される。(このことは、体を隠す水着モノキニ論争の時にフランスでも問題になった。)

フランスでは、普通のムスリムは穏健派で、過激派と混同するな、伝統に従って自分たちの文化を守って普通に暮らしているだけだ、というアメリカ型の左派知識人が増えてきた。

で、これについてのカリマさんへの質問と答え。

>>>

Q.「穏健なイスラミスト」というのはどうですか? 穏健であれば宗教に基づいた政治体制もあり得ると思いますか?

A. 私にとっては、否、です。

私の父は、過激派とずっと戦ってきました。その前はアルジェリアにおけるフランスの植民地主義と戦ってきました。彼は私に、政治的に考えると、穏健派イスラミストは、イスラム過激派よりももっと危険なくらいだ、と言っていました。なぜなら、「穏健」であるなら受け入れることができると人々が考えてしまうので、穏健派こそ、宗教支配のプロジェクトを進めることが可能になるからです。

テロリズムとそれを促すイデオロギーに関係があることを絶対に見逃してはなりません。残念なことに、宗教支配(宗教法の権力的適用)という考えは、今やかなり普通のことのように見え始めてきています。キリスト教原理主義の言葉がどんどん激しいものになっているアメリカでその傾向があります。自分自身は原理主義者ではない多くの人も、それが有効で大衆に受けるということでそういう言説を使っているのです。そういう人たちこそが、本当の過激派に門戸を開いているのです。

そしていったん開いたその扉を閉じるのはとても難しいのです。


<<<

結局、何が悪いかというと、すべての宗教の、「時の権威者が宗教の名によって自由を規制すること」なのだ。


世界の大宗教はみな根本的には「人間の共存」に合致するメッセージを含んでいるのだけれど、それを「適用」する側がどうにでも曲解できることが問題だ。

モーセの「十戒」の「殺すなかれ」だって、人間が互いに殺すことをしっかり禁じているサバイバルの基本なのに、

「正当防衛ならOK」とか

「神や神の代理人を冒涜するような者は抹殺すべし」とか

「国家や権力組織が合法的に所有する暴力装置によるならば戦争も死刑もOK

のように、実用レベルではもう改変されまくっている。


「解釈改憲」みたいなものだ。


まあさすがに、


「十戒」は神から授けられたもので民衆の意志でないから変えようとか、

現実に即していないから、変えよう、などとは言われないけれど。

この他にもいろいろあるのだが、旧植民地イスラム圏からの移民を多く抱えるフランスの非共同体主義的(すなわち普遍主義的)統合政策をずっと観察してきた非キリスト教文化圏出身の私にとっては実に興味深いコメントがいろいろあった。

その他にもこの『シャルリー・エブド紙』の記念号は考えさせられる記事が満載だった。
犠牲者の死は決して無駄になっていない。

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by mariastella | 2018-01-12 00:05 | フランス

シャルリー・エブド襲撃事件から3年

201817日は、2015年のパリのシャルリー・エブド編集部の襲撃事件からちょうど丸3年経った日だ。13日のシャルリー・エブド紙を見て、愕然とした。

あの事件の後、各界からの寄付で、経営難だったシャルリー・エブド紙は大黒字となり、世界的に有名となった。セキュリティも万全となった。前と同じように、いや、さらに過激なカリカチュアを掲載しても、後ろ指をさされるどころか、「表現の自由」の英雄のような扱いを受けてきた。

けれども、彼らには「普通の生活」をする自由は失われていた。

四六時中武装警官に鉄壁ガードされる檻のような編集部で働き、どこに取材に行くにも、警察やガードマンに囲まれるようになったのだ。

完全武装警護。

これでは確かに、テロリストのつけ入る隙はなく、ジャーナリストもカリカチュア作家も心静かに、安心して平和裏に自由な表現行為を満喫できる…のか?

「抑止力」という言葉を思い出す。

核の均衡による平和。

大国による核の所有は正義。

国家警察という正当な暴力装置による防衛装備は正義。

「正当を守る」のが正義。

「守る」という名の暴力によって担保される自由。

以下は1/3の『シャルリー・エブド紙』からいくつか。


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完全警護壁の向こうの「平和」


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安全に自由を楽しむならば、正当な暴力の重荷に耐えなくてはいけない。


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「テロリスト」を撃つため正義の弾なら先に「自由」が打ち抜かれても感謝しなくては。


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by mariastella | 2018-01-08 00:05 | フランス

ノストラダムスとヒトラー暗殺

大晦日にノストラダムスについてのドキュメンタリー番組が2本、TVで放映された。


最初の『Nostradamus, les prophéties révélées 』というのは、2015年のアメリカ制作のもので、フランスでももう何度か放送されていたようだ。2015年にもなってまだこんなものが制作されていたのか、という感じのトンでも解釈の羅列だ。


2本目の『LesProphéties de Nostradamus』はかなりまともで興味深かった。こちらは今はリタイアしたジャクリーヌ・アルマンさんが出てくるのでもっと前の制作だろうが、やはりアメリカのものらしい。アンテクリストがサダム・フセインだという説やオバマという説があるところを見ると2008年以降の編集なのか。

以下、2本目の方を視聴した感想。


ノストラダムスについては、個人的にいろいろ思い出がある。

1996年にサン・レミ・ド・プロヴァンスやサロン・ド・プロヴァンスで取材した後、97年にTBSヴィジョンの誘いで鏡リュウジさんと一緒にもう一度ロケをして番組を作り、98年に朝日新聞社から、99年に文藝春秋社から単行本を出し、私の本にインスパイアされたという岩波書店からのノストラダムスとルネサンスの本に参加するなど、思いがけない展開があったが、もう20年も前のことだ。


日本ではあまりにも「1999年の7の月」の終末論で知られていたからその後は急速に関心が薄れたようだった。それでも2001年のツインタワービルなどの同時多発テロの時は、それもノストラダムスの予言にあるとかないとかで意見を聞かれたことがある。

そういう懐かしいプロヴァンスの風景や博物館の知り合いの姿などを画面で見てノスタルジーに誘われたし、3人のアンテクリストのことを強調して一人がナポレオン、二人目がヒトラー、というのはいいとして、驚いたのはドイツとの関係だ。


ヒトラーの出現やホロコーストをノストラダムスが予言している、という類の解釈のことは知っていたが、出世作の『化粧品とジャム論』が1573年にドイツでも翻訳されていたことは覚えていなかった。

そして、ヒトラーのドイツがオカルト趣味全盛期だったことは知っていたし、ノストラダムスやその他の予言者を研究したり登用したりというのも知っていたが、その事情に通じていたイギリスが、それを利用したプロパガンダをやっていたのは知らなかった。

イギリスはオカルト科学をまったく信じていなかったが、ナチスが信じていたことを知っていたので、6人がヒトラーを暗殺する、という内容のノストラダムスの4行詩をフェイクで作って、それをプリントしたビラをドイツの上空からばらまいていたというのだ。


そんなことを思いつくのも、実行するのもなんだか信じられないが、


それでどういう効果があったのか、

かなり多かったというヒトラーの暗殺計画や暗殺未遂との関連はあるのか、

あるとしたらいつ、どれと、どういう風につながったのか、


そこのところがとても気になったが、番組では詳しいことは語られていない。



(この50分から51分20あたりに出てくる)


ノストラダムスはフランスのルネサンスの人間で、時の政権からも重用された。

著作はフランス語だ。

予言書と言われる4行詩などはわざと分かりにくく書いているし、それを動詞変化の少ない英語やドイツ語などに訳すると余計に分からなくなる。


なによりも、このノストラダムスを利用して対独のプロパガンダに使おうという発想は、まず、フランスではあり得ないタイプのものだ。


アングロサクソンがゲルマン人に対するものとしてならそれがあったのだ。

うーん、なんとなく納得するが、まだ言語化を試みていないので、ここに覚書として書いておく。

けっこうおもしろい切り口になるかも。


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by mariastella | 2018-01-04 00:05 | フランス

サルコジとマクロン

先日の朝のラジオで、移民問題専門家の歴史学者で政治学者のパトリック・ヴェイルが話していたのがとてもよく整理ができていて納得した。

彼にとっては、マクロン政権は移民に対するフランスの原則を否定するとんでもない大統領になりそうな男のようだ。

最近、移民、難民や路上生活者に赤十字などが差し入れた食物や寝袋などに警察が催涙ガスを撒くなどの事件があり、違憲判決などが出ている。
しかし、例えばマニュエル・ヴァルスが内務相の時に暴走した時も、上から支持されたものでなかったが、今のコロン内相は全面的にマクロンの指示でやっている。

また、サルコジとマクロンは正反対だ、という。

サルコジは言葉の上では暴力的だったが、現場ではそれなりに現実的だった。
マクロンは言葉の上では移民にようこそ、などと丁寧で親切だが夜になると食べ物や避難所を襲う。

冬の夜のホームレスを一時迎え入れる避難所に警察を入れて不法滞在者かどうかのチェックをし始めたというのだ。

フランスには、三ヶ所、身分を確認しないで無条件で受け入れる聖なる場所が三つある。

子供を受け入れる学校、
病人を受け入れる病院、
宿のない人を受け入れる避難所

だ。

実際、それを知っているから、あえて就学年齢の子供をフランスに不法に送り込む親もいる。

不法滞在で働いている外国人が、体に異変を感じた時にパリの公立病院に行けば無料でMRIなどの検査をうけて治療も受けられるセクターがある。身分証明書も何もいらない。

ホームレスが炊き出しに並んでも、避難所に宿を求めても、身分の確認はない。

それがフランスの伝統でアイデンティティで、どんな政権も変えることができなかった。

身分の確認をメトロの中で、労働現場でやるのなら別だが、学校、病院、避難所はご法度である。

それに手を付けたマクロンは、核兵器を使用したようなものだという。

来春に向けて新しい移民法案が議論される。
じっくり経過を見ていきたい。


(フランス語OKな人はここで聞けます。)

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by mariastella | 2017-12-30 00:05 | フランス

エッフェル塔のジュール・ヴェルヌ

先日、エッフェル塔内のレストラン『ル・ジュール・ヴェルヌ』で食事した。

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ここはフランス革命記念日のパレードに招待されたトランプ大統領夫妻がマクロン夫妻に招かれて会食したことでさらに有名になった。トランプは窓から見える鉄骨を見て、「まだ足場が残っているんだね」と言ったとか言わないとか。

フランスに40年以上も住んでいるけれど、エッフェル塔に上ったのははじめて。エレベーターの列に並ぶのが嫌で、両親が最初にそろってパリに来た時も、凱旋門の上で我慢した。モンパルナスタワーの最上階のパーティには出たことがあって夜景がきれいだったけれど。

で、『ル・ジュール・ヴェルヌ』に行くには専用エレベーターがあって並ばなくてすむ。

けれども、テロ対策で今はエッフェル塔の周りに柵が張りめぐらせてある。

北のゲートと南のゲートがあり、トロカデロにつながる北側の方がメトロに近いので警戒も厳重ですごい列だ。

レストランは南側で、予約専用ゲートのセキュリティ・チェックを済ませて、さらに専用エレベーターを使える。

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料理はアラン・デュカス監修で、ややヌーヴェル・キュイジーヌ風。

窓際の席で寒空の下のセーヌ河が見える。

食事の後は向かいのマルシェ・ド・ノエル(クリスマス・マーケット)を歩いたが、隔てる道は通行止めになっていての徒歩でも横切れない。

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マーケットの入り口にもセキュリティ・チェック。中ほどに子供用のアイススケートのコースが平行に作ってある。

子供たちの歓声を聞いていると、年末の雰囲気が味わえる。

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フランスは観光客が戻ってきているそうで、2020年には一億の大台を目指しているという。

2020年、東京オリンピックは、放射能はアンダー・コントロールと言って、

2024年のパリのオリンピックは、テロがアンダー・コントロールということで

それぞれ、開催地に選ばれた。

何だか、どちらにも、いまひとつ信頼感をそそられないのはなぜだろう…。


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by mariastella | 2017-12-28 00:05 | フランス

クリスマスのミサ

今年のクリスマスの深夜ミサは歩いて5分の近くの教会の入り口にも兵士がふたり立っていて驚いた。出る時には10人くらいになっていた。
非常事態宣言が解除されて、シリアのISも排除されたけれど、ISは特にクリスマスをめがけてのテロを呼びかけていたからかもしれない。
「家族の集まるお祭り」であるクリスマスに、寒空で不動の若い兵士を見ていると気の毒だけれど、銃をしっかり構えているのを見ると、なんだか怖い。
武器を持たせてスタンバイさせる、ということ自体の異常さを身近に感じる。

でもクリスマスイヴのミサはクリスマスの歌がたくさん歌える。
ミサ自体も歌われる部分が多いのだけれど、その他の歌だけでも13曲の歌詞が配られた。
日本の普通の子供にでもなじみなのは『きよしこの夜』だけれど、音楽の時間に『グローリア』を習えたのは印象的だった。小学校だったか中学校だったか覚えていないけれど(公立学校です)ラテン語部分がちゃんとカタカナで書いてあって、独特の節回しは忘れられないものになった。今の日本の公立学校でもグローリアが歌われているのだろうか。日本の民謡で『刈干切唄』というのも同時期に習って、この節回しも快感だった。二つとも、当時は学校で以外耳にしたことがなかったのだけれど、マイレパートリーになった。
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「主の祈り」の前には、「翻訳が変わりましたからね」とだけ伝えられた。
みんなちゃんと新訳を唱和していた。後ろにいた夫婦(多分クリスマスと復活祭にしか教会に来ない人たち)が「いったいどこが変わったんだろう」と言っていたので「もうsoumissionがないんですよ」と教えてあげた。

25日正午には、ローマ法王が世界に向けて発するスピーチ(Urbi&Orbi)の中で、クリスマスは「時の巡礼」だと言っていた。タイムトラベルではなくてタイムピルグリメイジtime-pilgrimageというわけだ。なんだか毎年、キリストの誕生を祝うのは永劫回帰みたいな感じがしていたけれど、前の年のものを繰り返したり踏襲したりするのではなくて、2000年前のベツレヘムの時空へ毎年巡礼するのだというイメージは悪くない。

そして馬小屋で生まれた赤ん坊という降誕のイメージを、「居場所のない子供」ということで、難民の子供、貧しく、家のない子供の中にこのクリスマスの赤ん坊の姿を重ねるのも実感がこもっている。
中東はもちろん、南スーダン、ソマリア、ナイジェリアなどの子供たちのことが喚起された。「子供の形をとった神」というバージョンを一神教に可能にしたのがクリスマスだ。

フランシスコ教皇はさらに、エルサレムをめぐってのパレスティナの対立、ベネズエラ、朝鮮半島、ミャンマー、バングラデシュ、などに言及し、今と未来の子供たちにより人間的でよりふさわしい世界にしようと呼びかけた。

ローマは抜けるような青い空だ。

同一首長を仰ぐ宗派では世界最大のローマ・カトリックのトップが、公の席で世界中の紛争に堂々とコメントするのはある意味では大したものだ。
国家の首長ならやはり自国ファーストだし、「象徴」とされる元首などなら世界どころか自国の政治に関わるようなコメントさえできない。

ローマ法王なら政治家のように選挙民や支援者の顔色をうかがう必要もないし選挙地盤や特権や財産を受け継がせたい子孫もいない。そういう立場の人が正論を口にし続ける意義は大きい。

もうこれで5年も難民の受け入れを呼びかけているのに、カトリック大国であるはずのポーランドがますます閉鎖的になっているのを見ても、ローマ法王の勧告など効果がない、という人がいるが、効果がないから言うのをやめてしまうのと、言い続けるのでは大きな差がある。

サンピエトロの広場に整列するスイスの衛兵たちを見るのも今年は特に印象的だった。

近所の教会で迷彩服の兵士が銃を抱えている威圧的な姿を見たところだったので、ミケランジェロのデザインとも言われる中世の制服を着た衛兵がコスプレ風にずらりと並んでいるのは非現実的だ。
彼らの装備は「軍備」としての「抑止力」にはならない。
ゼロだ。
でも、シンボリックな抑止力はある、と思った。

抑止力としての核兵器の所有を許す暫定期間は終わった、すべての紛争は話し合いと譲り合いと連帯で解決するべきだ、と訴える80歳を超えたリーダーを守るこの中世風の衛兵の列を、誰かが武力で撃破することのシンボリックなハードルは、とてつもなく高い。

クリスマスの午後は4日前から食べ物を口にしなくなった92歳のチベットの高僧を見舞った。
私のために祈ってほしい、と言われた。
私はクリスマスの教会でもすでに彼のために祈っていた。

でもこれまでずっと彼に頼ってきたので、瀕死の彼に向って私は、「私たちのために祈ってください」と厚かましくも頼んだら、彼は「ずっと祈り続けているよ」と言ってくれた。

そうか、これまで私たちのためにずっと祈ってくれている彼が、今はじめて自分のために祈ってくれ、と口にしたのだ。

中国に侵略される前のチベットで最高学歴を極め、ゲールク派の最高学府の院長となり、一代で「活き仏」に認定されたゲンラの一部の何かが、なぜか今、私の中で息づき始めた。



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by mariastella | 2017-12-26 07:36 | フランス

フランスにサンタクロースが来た話

フランスでは、クリスマスにやってくる「サンタクロース」は「ペール・ノエル」とか「パパ・ノエル」と呼ばれる。ノエルは「誕生」で、イエス・キリストの誕生日。

「ペール」はお父さんだ。

「プチ・パパ・ノエル」という有名な歌があって、ぼくの靴下、忘れないでね、でも外ではちゃんと暖かくして、風邪ひかないで、風邪ひいたら、それは少しは僕のせいだから、みたいな子供によるかわいいサンタ・クロースへの呼びかけだ。

よく知られていることだが、サンタ・クロースはコカ・コーラだかの宣伝で広まったアメリカ発のキャラクターで、ヨーロッパでは子供にプレゼントを配る聖ニコラウス(フランスではサン・ニコラ)に当たる。

サン・ニコラの祝日は12/6で、ひと昔前までは子供へのプレゼントも、子供のための年末のお祭りも12/6だった。

で、アメリカ発のサンタ・クロース(ニコラウスからクラウス、クロース)をサン・ニコラとは呼べないので、たんに「クリスマスおじいちゃん」みたいなニュアンスで「パパ・ノエル」と呼ばれていたのだ。

この時点で、聖人との接点のない、スカンジナビアに住んでトナカイのそりに乗ってやってくる年末のプレゼント配りのキャラだ。

それが、今年からは、「ブラック・マンデー」のセールと同じように「サンタ・ロース」が登場した。フランスとは関係なかったハロウィーンがフランスでお祭りになったのはもう10年以上になると思うが、ブラック・マンデーは今年初めて大手スーパーチェーンがキャッチコピーに採用した。

そして、今年の年末の家族向きコメディのフランス映画にはじめて『SANTA & Cie』というのが登場した

。警察に連行されたサンタ・クロースが姓名をきかれて、名はサンタ、姓はクロース、などと答えている。


コマーシャルにも、

「あ、君はひょっとして、サンタ・クロース?」と聞かれた女性が

「私はシャンタル・クロッシュよ、」などと答えるのがあった。(クロッシュという何かのブランド)


世のアメリカ化という名のグローバリゼーションの波は世界を呑み込む。


おかげで、昔はフランス人からはぞっとされていた「魚を生で食べる」というのも、アメリカのsushiブームを経由して、刺身やすしがすっかり市民権を得ている。


ブラック・マンデーをやるならそのうち「感謝祭」もやったりして。

何に感謝するのか知らないが。そういえば日本には同じ時期に「勤労感謝の祝日」があったがフランスには何もない。

ともかく、今や、商機になるものなら何でもいい、ペール・ノエルとサンタ・クロースを両方とも動員するのも全然OK、という感じだなあ、と時の移り変わりに感慨を覚える師走だ。


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by mariastella | 2017-12-14 00:06 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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