L'art de croire             竹下節子ブログ

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フランスでの反ユダヤ主義の高まり

2018年度の反ユダヤ主義犯罪の件数が前年比74%増だとメディアが騒いでいる。

フランスでは反ユダヤ主義は全政党のタブーだから、政治家の憤りも凄い。


でも、実際は、極左はパレスチナに於けるイスラエル政策への抗議から、極右は民族主義的ナショナリズムから、そして郊外団地に住むムスリム系の若者たちの不満のはけ口の発散と、反ユダヤ主義の温床は存続している。その「ヘイト」が匿名性の高いSNSで拡散する。

74%増は確かにすごい。

でも、少し驚いたのは宗教(信者、礼拝施設、墓、シンボル)を対象にしたヘイトクライム(被害届の数)の統計を見ると、2018年の74%増のユダヤ教は500件代で、イスラムに関するものは600件代で、5%減、キリスト教に関するものが1000件を超していて2%減という数字だった。

絶対数が違うし歴史的経緯も人口比も違うからこれだけでは比べられないけれど、聖像などが破壊されたカトリック教会の様子が映されたのは意外だった。

中東の話ではない。宗教戦争の時代でもなくフランス革命の時代でもない。

私は日本のいわゆる「マジョリティ」として生まれ育ったので、宗教や宗派対立に無関心だった。祖母が熱心に高野山にお詣りをして、母は鞍馬山にお詣り、父は禅宗の寺に通い禅の本ばかり読んでいた。で、父が亡くなった後はじめて父が継いだ家の宗旨である真宗のお坊さんたちとコンタクトができた。

そんなことを誰も疑問に思わない。日本でも明治政府の国家神道政策のせいで廃仏毀釈の時代があったことは知っているけれど、少なくとも私が生まれ育った時代の大都市核家族風の環境では、寺や神社やらに破壊行動やヘイトクライムがあったようなことは聞いたことがない。

二度の世界大戦の舞台になったヨーロッパでスケープゴートとなったユダヤ人社会のインパクトは、その後イスラエル建国や徹底したロビー活動も含めて、想像もつかないほどに大きい。

そしてそれにまつわる「タブー」の根深さも半端なものではない。多くのことがタブーであるからこそ、みんな分かっているのになかなか表立って分析しようとしない。

そこに「逆信仰告白」のような各種無神論イデオロギーが加わる。

死が生とセットになっているように、キリスト教無神論はキリスト教の一部で、ユダヤ教無神論はユダヤ教の一部なのにそのこともなかなか語られない。

ましてや、そのような何重ものベールに包まれ、偽善と建前とルサンチマンが渦巻く知識人や政治家たちの言葉ばかり読んできた日本人には深層にあるものが分からない。

中東や北アフリカのユダヤ人とちがって「ヨーロッパのユダヤ人」たちは、第一次大戦に先立つ時代、それぞれの国の本気の「ナショナリスト」だった。

ユダヤ系ドイツ人はドイツ人だったし、ユダヤ系フランス人はフランス人だった。

名前以外に「見た目」も実際は変わらない。いわゆる有色人種差別などとはまったく種類が違う。

ちょうど日本における戦後の「在日」差別とよく似た構造がある。

宗教的対立とこだわり(無神論も含めて)の強烈なヨーロッパだからこそ、それがもっと先鋭化し深刻な問題となっている。

哲学や学問の流れにまではっきり影響している。

それがまさかと思われたホロコーストにまでつながった。

語られない多くのことに首を突っ込むのはまるでパンドラの箱を開けるようなものにならないかと、少し、心配だ。


by mariastella | 2019-02-15 00:05 | フランス

イタリアとフランスの喧嘩?

イタリアの右派ポピュリスト政権が内政の混乱から反政府派の注意をそらそうとしてか、フランスに対する暴言を吐いて、フランスが在イタリアのフランス大使を引き上げるなどと言い、まるで「日韓ですか」というような緊張関係を目にする最近の情勢。


でもイタリアとフランスの関係は日韓よりもずっと深い。

第二次世界大戦の敵味方がEUで結束したこと、歴史的にカトリック国同士で、大量の移民がフランスにやってきて、移民の二世、三世というのは完全にフランス化している。「混血」度も半端ではない。大都市や近郊ではイタリアにまったくルーツのない人を見つける方が難しいくらいだ。

サルコジも現役大統領だった時にイタリア人のカルラ・ブルーニと結婚した(カルラはその後フランス国籍をとった)。

ヴァティカンのロビーにもフランスは根を張っている。

言語的にもとても近いのでバイリンガルは普通。

経済的にももちろん緊密で、イタリアには二千以上のフランス資本企業がある。

「離婚」なんて考えられないのだ。


ヨーロッパのポピュリスト政権と言えば、難民がイタリアのように海からでなく地続きでやって来るハンガリーやポーランドが思い浮かぶけれど、この2国とイタリアに共通する利害関係はない。フランス、スペイン、マルタの3国との関係が経済的にも外交的にも最重要だ。


マクロン大統領はEUの理想を掲げてシャルルマーニュ(カール大帝)よろしく颯爽と登場したけれど、そして実際にEUを鼓舞したけれど、「国内の庶民」を軽視したツケが来て「黄色いベスト」運動で叩かれ、外交イメージは大きくダウンした。

EU理念でマクロンと強調するドイツのメルケル首相にも「政治的未来はない」ことはもうはっきりしている。


政治評論家のカトリーヌ・ネイがいみじくも指摘したように、現在のヨーロッパで一番EUの重要性を喧伝しているのはイギリスなのかもしれない。


今や、EUとは、イギリスが、「残りたくない、でも離れがたい」と、悶々としている機関なのだ。


by mariastella | 2019-02-10 00:05 | フランス

フランスのエリートとカトリック

以下は、前の記事の補足です。


前の記事で、貴族たちへのインタビューが順調にできたのはエリック・マンスィオン=リゴーが貴族ではないけれどノルマル・シュップを出た共和国エリートだからだと書いた。

没落していない貴族やブルジョワの子弟がエリートコースを進む率が多いのは、事実だ。

フランスはほとんど教育社会主義の国だから、優秀であれば移民の子弟でも共和国エリートになれる。塾や家庭教師などは日本ほど一般的ではないし、親の所得が低くて塾に行けないから受験に不利だということはない。ただし、反対に、親の所得が高ければ塾や家庭教師に投資して実力以上のレベルの学校に送り込むということは可能だ。コネは絶対に仕えない(研修や就職では使えるけれど)。 

どんな階層でも優秀な子供の割合は同じだとしても、所得の高い家庭の子供の方が少し低いレベルでも受験技術は磨けるというわけだ。

それに比べて、移民家庭などではそもそも親が子供の学歴を望むかどうかによって変わる。親がフランス語ができない難民家庭でも、子供に望めば、教育費ゼロで共和国の一流公立校に入れるから、優秀でさえあればエリートと同じ学歴を持つことは可能だ。また、代々のフランス人でも、地方で普通に親の職業を継ぐということが長い間、普通に続いていた。学歴主義や社会的階層上昇というメンタリティは少なかった。

地方で子供たちが農業やさまざまな親代々のメチエを継いでいるようなゾーンは、「黄色いベスト」ゾーンだけれど町内会的カトリックの率は高い。

それに比べて都市型の労働者は組合運動に吸収され無神論型左翼になる確率が高い。

都市のインテリ家庭も共和国の伝統から「インテリ左翼無神論」型になるケースが多い。

特に19685月革命以降の世代はそうだ。


エリート政治家たちも全員がフランス唯一のポリティカル・コレクトネスである「共和国主義」を掲げているから、プライベートはどうあれ政治に宗教は持ち込まない。せいぜい「不可知論者」と自称する程度で、教会に毎日曜日に通っているとか聖職者と親しいプライベートを見せると一斉に攻撃されたり揶揄されたりする。


とはいっても、実態は、マクロン大統領がイエズス会系の学校に通っていたように、カトリックの教養がある者や、グランゼコールでのエリートで、日曜毎にミサに行き教会のボーイスカウトに参加していたような家庭に育った者の率は、フランスの平均と比べてずっと高い。

官僚や政治家のエリートを輩出するENA(国立行政学院)にはカトリックのグループがあるそうだが、目立たないようにしていて、いったん「公人」となったら、それを「封印」するのが習慣になっている。

特に今は同性婚法に反対してデモを繰り返して以来「カトリック右派」の存在が目立つようになったので、「成人しても自発的に日曜毎に教会に通うカトリック」であることをカムアウトするのは、公務員を目指す者にとっては今やとてもデリケートだからだ。(この辺はアメリカなどとは正反対だ)

すべての公立校や大学にも学校付きの司祭が配属されているけれど、ENAにもいる。

44歳のドミニコ会士リオネル・ジャントリックだ。今年ENA付になる前は5年間、ストラスブールでカトリックの企業家や社長たちのグループ付きの司祭だった。ENAも1991年以来ストラスブールに移った。

リオネル神父は、普段はルルドのロゼールで病人のそばで働いている。


ENAでは月に一度祈りと分かち合いの他に、現代のいろいろな問題を教会の社会司牧の教義に照らして話し合う。カトリックの学生が他の学生よりも道徳観があるわけではないけれど、彼らは官僚として政治に奉仕する時にそれが自分たちの理想に反していたらどうするかとジレンマに悩むことが多いのでその相談にのるのだ。学生たちは卒業後みな責任ある地位につくわけだけれど、すべての人はそれぞれ周りの他の人たちに責任があるのだから本質は変わらないとリオネル神父はいう。


で、このブルターニュ生まれのリオネル神父は、れっきとしたポリテクニシャンだ。

文系も多いENAと違って、理系でフランス最高のエリートを輩出するポリテクニックの出身なのだ。

ブルターニュの村でずっと教会に通ってそのまま神学校に進んだ、という経歴ではない。

なるほどなあ、やっぱりなあ、と思う。

もちろん、表向きにはそんなことは誰も問題にしないだろうけれど、学歴社会で「エリート」と「非エリート」というカーストが存在するフランスで、エリートでない司祭がエリート学生を「導く」のはいろいろと難しいだろう。

ここで、「貴族」と「エリート」と「教会」の見えない接点が見えてくる。

「貴族」であろうとブルジョワであろうと、子供に家庭教師をつけようと、バカロレアもグランゼコールの入学試験も、優秀でなければ受からない。(ENAでいうと、2017年の合格率は受験者の6%に過ぎない。2018年の外部からの編入者43名中35名はパリ政治学院(これは公立ではない)からだ。ENAを出ると高級官僚になるのが普通で政治家になるのは1985年以来卒業生の5%に過ぎないそうだ。)

フランス人の20代の学生で毎日曜に教会に行く人はとても少ない。子供の頃は親に連れられて行っていた学生も、成人してから親に強制されるようなことはないので「教会離れ」することがほとんどだ。そういう年代であるENAの学生80人のうち9人がリオネル神父の最初の集まりに出席したという。もちろん少数派なので、卒業生たちとも連絡を取り合うシステムが最近できたという。

(参考文献 LA CROIX 2019/1/30


前回の記事にも書いたけれど、フランス共和国には公式の「貴族」というものはもう存在しない。だからこそ、彼らのアイデンティティは精神的なもの、ノブレス・オブリージュなものに傾き、それは共和国によって同じように圧迫されてきた「カトリック教会」が教えてきた「弱者に仕える」に根差している。同じように、「共和国に奉仕する」公務員のモラルとも本来はつながっている。

エリートがエリートとして社会に出た後に求めるもの、求められるものが「奉仕」なのか、「金」なのか、「権力」なのかは定かではない。誘惑も大きいだろう。

革命によって「ノブレス」を倒して近代を牽引してきたブルジョワのエリートの多くは、「ノブレス」にコンプレックスやあこがれも持ってきた。「弱者に奉仕する」のは難しい。でも「城」を建てるのは簡単だ。教会に通うのも簡単だ。

貴族でも、ブルジョワでも、労働者や、移民の子弟でも、そのうちの選ばれた「共和国エリート」たちの多くは理想と現実と義務感と欲望がせめぎ合う尾根の上を歩かなければならない。司祭となる者も、政治家になる者も、大企業のトップに君臨する者も出てくる。


彼らの間を「聖霊」がとりもっているのかどうかは、分からない。


なんとなく分かることは、貴族でも、ブルジョワでも、労働者でも、失業者でも、移民でも、「共和国エリート」でも、「カトリック」でも、そういう「レッテル」を貼ったり貼られたりする時点でたちまち視野狭窄や思考停止が起こるということだ。

「自他のアイデンティティ」という名の思考モデルが「壁」となる時、「聖霊」の風はもう吹き抜けることがない。




by mariastella | 2019-02-03 00:05 | フランス

「黄色いベスト」とフランス貴族とカトリック教会

フランスの貴族のことを表す言葉に「青い血」というのがある。


「青い血」と「黄色いベスト」ではだいぶ違うように思われるけれど、実はこの二つを結ぶのが、カトリック教会とその「地方」性だ。

すでに『無神論』などで書いたことがあるけれどフランス革命前後のフランス人というのは、本気で神や教義を信じているかどうかというよりも、教会や冠婚葬祭や地域の互助が一体となっていて、「町内会」的結束を維持していた。そして「貴族」はそれをまとめるカトリック教会の経済的なパトロンでもあり、その教区に領地と城がある「町内会長」的な存在でもあったのだ。フランスの教会が歴史的にローマ教会に完全に従属しない自治権を持っていたこともそれに関係している。


フランス革命はもちろんこの「領地制度」と「教区制度」を無化することになった。

多くの城も教会も名目は共和国の手に渡った。けれども、それが政治的に財政的にもうまく機能せずに、結局は、貴族による城の買い戻しやカトリック教会(フランスの国教ではなくフランス人の宗教だとナポレオンは言った)の復活に至った。

で、19世紀に何が起こったかと言うと、が革命の推進者でもあった新興ブルジョワジーがまるで雨後の筍のように「シャトー(城)」を建て始めた。フランス語のシャトーとは、英語のキャッスルやドイツ語のシュロスなどとちがって、広い土地付きの「大邸宅」も含む言葉だ。ブルジョワジーは、領主ではなかったけれど、「貴族のような生活」に憧れた。貴族風の姓を「買う」者もいた。


今回「黄色いベスト」運動の中核になっている「地方の庶民」は、フランス革命前の困窮の中で、ブルジョワジーと共に、王侯貴族や彼らと結託する聖職者らを処刑したり追放したりした。(もちろん王党派についた例外の地域もある)

で、その後の世紀にブルジョワジーたちが富を蓄積して「貴族」のような生活をして城を建てまくっても、「庶民」たちはそれほどには反発しなかった。なぜなら、産業が発達し、経済が「成長」して、雇用が増えたことで、庶民もその恩恵を受けたからだ。

その状態は第二次世界大戦終結の時期まで続いた。

けれどもその後で経済は「金融経済」にシフトした。「投機」による富の蓄積だ。

20世紀終わりの冷戦終結がそれを加速して貧富の差を拡大したのは周知の事実だ。


フランス革命は「平等」を要求した。

真偽は別として、「パンがないならお菓子を食べれば?」的なマリー=アントワネットに代表される特権階級が苦しむ庶民と完全に別世界にいることが人民の蜂起につながった。

1840年の絶対王政のフランスで活躍したギゾーはプロテスタントの弁護士家庭出身だったが、1847年に首相になった時に、選挙権を求める民衆のデモに対して「選挙権が欲しけれど金持ちになればいい」と豪語して、1848年の2月革命を招き亡命を余儀なくされた。

「黄色いベスト」運動の勃発を招いたきっかけにも、マクロン大統領の「上から目線」がある。「努力すれば豊かになる、貧しい者は努力が足らない」式の金持ち(彼はまさに金融経済の勝ち組だった)の見下しが、庶民の怒りに火をつけたのだ。

それは「貴族」に向けた怒りではない。

襲われるのは銀行で、城ではなかった。でも、金融システムを倒す革命は王政を倒す革命よりもずっと難しい。


公には何の特権も有さないフランスの貴族階級に属するのは人口の0,2%(日本のカトリックの割合の半分というマイノリティだ)で、彼らはそういう歴史から学んだこともあるだろうけれど、自分たちのアイデンティティをキリスト教的な利自己犠牲と利他の精神に求めてきた。

貴族、カトリックというと「超保守」という偏見を持つ人は多いが、日本でも知られる「ノブレス・オブリージュ」という義務感や使命感が今でも生きている。それこそが、ブルジョワの保守カトリックと自分たちを分けるものだからだ。

フランスのカトリック教会自体も革命やら政教分離の歴史に学んできたし、カトリック教会全体も、第二ヴァティカン公会議以来、「布教」的言説を慎み、より普遍的な「弱者救済」の言説を繰り出すようになってきた。

「黄色いベスト」運動についてクタンスの司教が話しているのを聞いたが、この運動は教会と無縁ではなく、不平等社会への疑問を共有するのは教会の使命だと感じて12月の初めから積極的に関わっているという。購買能力や可処分所得のアップなどの要求、の底で一番切実に求められているのは、「労働における尊厳」と「霊的な助け」の二つだと受け取っている。

「貴族」たちもそれに呼応する。

貴族はそのルーツが地方の「所領」にあるので、本質的に「地方の矜持」があり、「金持ちになる」上昇志向とは逆の価値観、他者への奉仕、そしてキリスト教に養われてきた「超越」志向があるのだ。

実際は、サン・ゴバングループのCEOピエール=アンドレ・ド・シャランダール、アクサグループのアンリ・ド・ラ・クロワ・ド・カストリ 、パリ空港のオーギュスタン・ド・ロマネ、Medef(経団連みたいなもの)会長のジョフロワ・ルー・ド・ベズィユーなど実業界のトップに君臨する貴族階級もたくさんいる。

(こういう人たちの中にはゴーンと同じくポリテクニックを経てミーヌ(国立高等鉱業学院)に3年在籍という学歴の人もいるのだけれど、Wikipediaにもちゃんとそう書いてある。やはりゴーンはポリテク内差別を受けているのだろうか…)


そして彼らの大半は、その「貴族の矜持」が名前と教育に張り付いているので自分の金に対して「清廉潔白」である確率が高いとされる。

今回カルロス・ゴーンに代わってルノーのCEOとなったジャン=ドミニク・スナールの家系はいわゆるフランス貴族ではないがヴァティカンによって「ローマ伯」の称号を代々受け継ぐ家系だ。

カルロス・ゴーンが同族企業のミシュランではどうしても出世できないと切りをつけてルノーに移ったけれど、スナールは、2011年にミシュランではじめて同族以外の出身のCEOの地位を獲得している。スナールは他の大企業でも働いていたが、コストカットや人員削減の非人間性と厳しさに耐え切れず精神的にまいっていた。そんな彼に(ゴーンの離反の原因になった)エドゥアール・ミシュランが連絡し、企業における互いの社会的見解が一致して友人となり、スナールはミシュランに移った。(その後でエドゥアールが事故死している。)ミシュラン家は地域に根付いたカトリック教会の庇護者としても知られている。従業員を守りたいという彼らの感性は一致していた。


こうなるとゴーンには太刀打ちできない世界なのかもしれない。

ゴーンはヴェルサイユ宮殿を借り切って結婚披露宴をしたけれど、スナール家には350年前から南仏に立派な農地やブドウ畑や城がある。王ではなくてローマ教皇から叙階される貴族の権威はヨーロッパの貴族同士のグループの中でも権威があるそうだ。

推定無罪とはいえ社会的には「汚点」のついたゴーンの代わりに、一点の染みもないこういう人材だってフランスは提供できますよ、というパフォーマンスになっているわけだ。

新興国アメリカを通して見ると、ただ、「アメリカン・ドリームの成功者である金持」と底辺で搾取されている「貧乏人」との格差が広がるというのがネオリベのイメージだけれど、ヨーロッパでは「金持ち」内でも、まだまだ「貴族」と「ブルジョワ」のメンタリティが互いのアイデンティティとして分かれているというのが実情らしい。

もちろん貴族は一枚岩ではなく、ほんとうに没落していたり、金のためにブルジョワとの結婚を重ねる人もいくらでもいる。けれども、ある程度の富を維持していたり、ビジネスでも成功するエリートたちは、キリスト教的な弱者保護の「建前」だか「義務」だかを意識化しているということだ。

一般に貴族の家庭は子だくさんで、しかもそのうちの半数以上が司祭職についたり修道者になったりするケースがあるけれど、あれは、別に「財産を散逸させないように分家を減らす」ためや「何人かを高位聖職者にして家族のために祈ってもらう」ためなどではなくて、子弟の教育の中に本気で「他者のために尽くす自己奉献の生活」を選ばせるような何かがあるからなのかもしれない。(親の「建前」が子供の「本気」になったことであわてる親たちがいないとも限らないけれど。)

では、イギリス貴族などと比べてどうなのかというと、とても違う。なぜなら他のヨーロッパの国の貴族は今でも「貴族」だからだ。フランスだけがフランス革命によって「公式の貴族」「社会学的に存在するカテゴリーとしての貴族」が消滅した。だからこそ、フランスの「貴族」たちのアイデンティティが「ノブレス・オブリージュ」に集約していくということだ。彼らは何でも「マキシマムなところを見せない」というフレンチ・エレガンスを守っている。財力や権力の誇示はもちろん、「自助努力」が大切、というのは彼らの美学に反している。

(このへんは、なんとなく、日本の武家社会で武士は質素に暮らして、豪商たちが絢爛と暮らしていたみたいな図式を想起してしまう。今はやりの断捨離とかミニマリズムとかはどうなんだろう。)


(ここで書いたフランス「貴族」の実態は、ソルボンヌの社会文化史学教授であるエリック・マンスィオン=リゴーのインタビューを援用したものがほとんどです。フランス革命以後のエリートの変遷の研究がおもしろく、文化や伝統の継承ヘの義務感というものがどういう表現をとるのかを見るのは興味深い。彼は博士論文を書くときに、フランス史の中でそれまで農民の歴史、労働者の歴史、聖職者の歴史、ブルジョワジーの歴史が書かれて来たのに貴族の歴史がほとんどないことに気づいたという。)


著書にAristocrates et Grands Bourgeois (Perrin,2007), L’Ami du Prince (Fayard,2011), Singulière noblesse : L'héritage nobiliaire dans la France contemporaineFayard, 2015)などがある。

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マンスィオン=リゴーはナント生まれの「普通の人」だけれど、エコール・ノルマル・シュペリユールを出たアグレジェで立派な「共和国エリート」である。彼の人柄にもよるだろうけれど、彼がエリート仲間でなかったら貴族たちがこんなに率直にフィールド調査に答えてくれたかどうか疑問だ。

結果、研究はカリカチュアにも陥らず非常にバランスが取れている。

(うらやましいのはフランス語だ。私もフランス語でなら多様なフランス人にいくらでも答えてもらえるけれど、日本人に日本語で質問するといろいろハードルがあってなかなか難しい。)


by mariastella | 2019-02-02 00:05 | フランス

政治家の体力と知力

「対話」「議論」「意見交換」を打ち出したマクロンが1/15にノルマンディに出かけて地方自治体の代表たち600人と、午後の7時間に及ぶノンストップの質疑応答をした。テレビで生中継があった。

内容についてはまた別の時に書くが、日本人の感覚で驚いたのは公開で、休憩なしの7時間近くの長丁場というところだ。トイレ休息もコーヒータイムもない。私が一部を見た時はマクロンは立ったままで水も飲んでいなかった。


これをフランス全国でやっていくというのだから、今までの「王さま」スタイルが高くついたというわけだけれど、それにしても体力と気力はすごい。

さすが41歳の若さ。働き盛り。

でも、今まで見捨てられていたと嘆く地方に出向いて「庶民」と向き合ったにしては、相変わらずの「優等生」言葉を頻発して、実況でいろいろな批判がツイッターで飛び交った。

第一、「中央から無視された地方」というのを

"Un sentiment de déprise lorsqu'ils sont dans la ruralité".

と表現した。このdéprise というのが、「辞書を引かなくては分からない」と揶揄された。
私などはむしろ、単純に、priseの反対だと連想するので何の抵抗もなかったけれど、「今」風、「庶民」風に、

les campagnards sont des laissés pour compte.

と言えばいいのに、と揶揄されたのだ。
うーん、もともとマクロンは、リセの頃から愛聴のシャンソンもジャック・ブレルとかレオ・フェレの曲だったとかで、完全に時代錯誤だった、と言われる。
確かに、マクロンの親世代である戦後のベビーブーマーのテイストだ。

若い世代からは「スノッブでジジイくさい」と言われ、その「ジジイ」からは「青臭い」と言われるのだから気の毒でもある。

今、「黄色いベスト」運動が極右ル・ペンにとりこまれようとしている傾向が強くなってきたから、マクロンが全力で「下々」と「向き合う」のは悪くはない。

それにしても、あんなに「下品」で「無教養」な言葉や態度を頻発していたサルコジに対しての方が、攻撃も下品だったけれど、分かりやすいと言えば分かりやすかった。
マクロンって、かなり逆説的な存在だ。
教養は「謙虚」に裏打ちされていなければただの「武器」だと思われる。
「黄色いベスト」の多くの人がマクロンに求めているのは「教養」でなくて「謙虚」だということが彼にはまだ分からない。

これは前から書いていることだけれど、フランス人はよくしゃべる。どんな人でも、根拠がなくても、滔々と自説をまくしたてる。フランス語自体にもそのメカニズムがある。

確実に思えることは、どこかの国の首相なら、批判的な人々、不満を持っている人々の前で7時間も直接質疑応答するような体力も気力も語彙もないだろうなということだ。

(細部をチェックするのが必要な時があるかもしれないので、自分のためにここに全シーンを貼り付けておきます。)


by mariastella | 2019-01-17 00:05 | フランス

マルスィアル・フーコーの語る「黄色いベスト」運動

「毎週土曜」が定番となって続く「黄色いベスト」運動についてのまとまった言説が出回り始めている。

パリの政治学院のマルスィアル・フーコーが興味深いことを言っていた。

「黄色いベスト」運動は、SNSでの広い呼びかけなしには起こらなかったとは言えるけれど、実は、フランス人でSNSの情報に信頼を置いているのは13%に過ぎないという。そして自分の周囲の知人友人、属する自治体のリーダー(町長や市長など)の言うことには90%以上のフランス人が信頼を置いているそうだ。
この10年ほどこの傾向は顕著だそうだ。

だとしたらフェイクニュースへの耐性は案外あるのかもしれない。

つまり、政府や大統領には激しく抗議しているけれど、「地元の議員」とは話し合う気が満々ということでこの辺が解決への道につながるかもしれない。

こういう「町内会」っぽいところって、個人主義のフランス人に一見似合わなさそうに思われるけれど、なんだか実はよく分かる。「家族の絆」だって少なくとも日本の大都市に住む日本人より強そうだ。農耕民のDNAはフランスの方が色濃く残っているかもしれない。

フーコーのビデオ。

by mariastella | 2019-01-16 00:05 | フランス

朝市とローコースト衣服

うちの近くには歩いて5分くらいのところに月水土と週三回の朝市がたつ広場がある。
メトロを乗り継いで買い出しに来る人がいるくらい新鮮で安い青果や魚がたくさんある。
衣服や靴も売っている。私はめったに行かないのだけれど、たまに行くとその安さに愕然とする。
昔、生活に困窮していたフィリピンのメイドさんがそこで革のバッグなどをよく買っていたが、100 円ショップほどではないにしろとにかく安い。セーターやジーンズなども5ユーロ、10ユーロなどがいくらでもある。化粧品や雑貨などは1ユーロでほんとうに100円ショップ並みだ。

私はもう30年くらい前、従兄に頼まれてサントノレの日系高級プレタポルテの名目社長を少しの間やっていた。その時、前の年のバーゲン(フランスでは条例で決まったバーゲン期間や条件が細かく決まっていた。「規制緩和」の今もその名残はある)で売れ残った商品は地下室にしまわれていて、それをliquideurという専門業者が買いたたきに来ることを知った。彼らは付近のブティックから売れ残りの服を一括買いし、ブランド名のタグを外して地方の朝市などに卸すのだった。だから、朝市に並ぶ既製服の中には「元高級品」があるので見逃してはならないと教わった。

でも、実際そういうものにあたることは少なく、今の朝市には、「安かろう悪かろう」風のペラペラの服がたくさんあり、それが飛ぶように売れている。赤ん坊や幼児の服はなるほどと思う。長い期間着るせるわけではないので、洗って着まわして捨てるという方法もあるだろう。あまりにも種類が豊富なので私もつい買ったことがある。5ユーロの猫柄のパジャマを買って、一度洗濯したら終わりかなと思っていたら、意外と縫製もしっかりとしていて驚いたこともある。

で、暮らし向きが楽ではないだろう移民の女性たちが朝市で実によく服を買っているのを見て、女性は安くてもこうしていろいろな服を買うのが楽しみなんだろうなあと思っていた。

ところが、先日のラジオで、今地球を汚染しているものの第一セクターは燃料系だけれど、その次がローコースト衣料なのだときいた。

ローコースト衣料が第三世界の女性や子供の低賃金長時間労働搾取によって成り立っていることを知ってはいた。ところがそれだけではない。
世界に出回るローコースト衣料の大半は綿製品で、その綿花の栽培には大量の農薬が投下されていて、その綿を染める染料も無規制で毒性のあるものが多いのだそうだ。染める人にも健康被害がある。すなわち、栽培、染め、縫製の全ての過程で自然環境も社会環境も汚染している。これを防ぐには、ローコースト衣料を大量に買っては捨てるという消費の仕方をやめるしかないという。

同じエコロジーでも、大企業であるエネルギー産業や自動車産業のコンプライアンスだとか直接口に入る農作物のことには注意が向きやすいけれど、衣料も巨大な環境汚染セクターなのだと聞いて、昔ながらの「いいものを長く着る」ことの大切さをあらためて思う。

今フランスは公式のバーゲンシーズン。「お買い得」そうな品々を眺めていろいろな感慨を覚える。




by mariastella | 2019-01-14 23:46 | フランス

ロシア発ジャンヌ・カルマンの替玉説

2018年の1210日、ロシアの物理学者で数学者であるニコライ・ザックという人が、これまで記録が確認されているうちで人類の最長寿とされているフランスのジャンヌ・カルマンさん(1875/2/211997/8/4、 122164日)が実は1934年に59歳で死んでいて、相続税を払わずに済ますために当時35歳だった娘のイヴォンヌさんが母親に「なりすました」という記事を出した。それを高齢医学専門のヴァレリー・ノヴォスロフという人が、科学雑誌ではなくウェブサイトで伝えた。


フランスのメディアではまたたくまに話題になった。

ジャンヌ・カルマンさんと言えば、アルルでゴッホに会った思い出を語っていたし、子供もいないときいていたけれど、一人娘のイヴォンヌさんが36歳で亡くなっていて、イヴォンヌさんの一人息子も30代でバイク事故で死に血筋が絶えた、という話だったようだ。

生存時、毎年の誕生日には世界最高齢女性としていつも話題になっていたので彼女の姿はよく覚えている。

よく笑い話になっていたのは、彼女が90歳で施設に入った時に持ち家をある公証人に売ったエピソードだ。フランスではよくあるシステムで、所有権は移るが、買い手は最初の一括金の他に売り手が死ぬまで決まった年金を支払い続ける。売り手が90歳だとしたら平均余命は5年くらいで計算されるので、家の相場から一括金を引いたものを60ヶ月で分割払いする見当で月々の支払いが決定される。もしたとえば1年後に亡くなれば買い手は相場より安く手に入れたことになる。で、カルマンさんの住まいの買い手の公証人はまだ40代後半だった。それなのに、カルマンさんはその後32年も生き、公証人はカルマンさんの死の2年前に77歳で亡くなったので未亡人がその後もカルマンさんに年金を払い続けたという話だ。公証人と言えば、フランスでは家の売買に必ず登場するプロだから、普通は損などしない。だからこの話は一層笑えるのだ。

でも、もし、カルマンさんが実は娘のなりすましだったら90歳の時は実は70歳手前だったわけだから、いくら何でもおかしい。公証人が気づくのではないだろうか。


ロシア人の唱える替玉説の傍証の一つに1930年代のカルマンさんの身分証明書写真があり、その時のカルマンさんは60歳前後のはずなのに、どう見ても若すぎるというのがある。新聞でその写真を見たが、確かに、20代といってもおかしくない若さだ。写真の修正などできる時代ではないし。(他の根拠としては目の色や身長や額の形などの違いも挙げられている)

カルマンさんの実家はアルルの名士だったので、突然娘が母の名を名乗るなど不可能だ、とフランス人のカルマンさん研究者はロシア人の替玉説を一笑するが、うーん、ふたつの大戦の間の時代、名士だからこそ、共同体の人々も納得できるような形で身分証明書だけが入れ替えられたということもあり得るかもしれない。夫ともいとこ同士の結婚だったし。

件の「被害者」である公証人も、90歳と70歳の違いを見抜けなかったのではなく、何らかの理由でできるだけ長く年金を払い続けるつもりだったのかもしれない。

フランスでの「系図」研究は、石造りの教会に残る洗礼や埋葬の記録があるから、家名存続が中心で養子が普通にあり寺社の記録が火災などで焼失しやすい日本よりは確かな部分もある。カルマンさんは敬虔なカトリックだったとあるからカトリック教会の記録を欺くというのは難しい気もするけれど、身分証明書は世俗のものだから改変がスルーされていた時代もあったのかもしれない。

実際、この「替玉説」は、フランス語版のWikipediaにも早速書き加えられていて、真実を知るには母娘二人の墓を掘り起こしてDNA鑑定をするしかない、とある。でも、今さら、「陰謀説」が唱えられても、誰も被害者がいないか脱税でも公文書偽造でもとっくに時効だから、そのような鑑定がなされるわけがない。

私がこの話に気をひかれたのは、もしジャンヌ・カルマンさんが人類の最長寿者でないとしたら日本人が繰り上げ一位になるかもしれないなあ、と思ったからだ。実際ジャンヌ・カルマンさんが現存最高齢者になった時は日本人男性がなくなった時だと記憶する。

で、ネットで調べると、カルマンさんに続くのは日本人ではなくアメリカ、ペンシルバニア州のサラ・ナウスさんで、1880/9/241999/12/30 11997日、カルマンさんの二年後に亡くなるまで世界一の長寿者だったとある。(カルマンさんのすぐ後は、やはりフランス系のカナダ人女性だった)

で、三位が日本人で、鹿児島の田島ナビさん(1900/8/4~2018/4/21117260日)だそうだ。生年月日に確証のある世界最後の19世紀生まれの人だったとある。

うーん、ではカルマンさんが替玉だったとしても田島さんの繰り上げ「世界一」は無理か、と変なところで「愛国心?」が刺激される。サラ・ナウスさんの生まれたのは南北戦争が終わってから15年しか経っていない年で、アメリカのような移民の国で連邦制の合衆国の記録なんて、日本やフランスのように中央集権で歴史があって定住度も高い国とは違うからどの程度確実なのか、などと勘繰ったりして…。 

フランスでも例えば華僑などの移民は、誰かが亡くなっても身分証明書を使い回しているので100歳以上の人がいくらでもいるなどとよく言われている。


それにしても、親子関係って一見すごくナチュラルに見えるけれど、実は、時代や文化によって変化も多いしさまざまなパターンもある。それに高齢者の外見だって、時代と文化によって大きく変わる。

日本では、今の人の見た目年齢は七掛けだと言われる。今の60歳は一昔前の42歳、今の70歳なら49歳、というわけだ。分からないでもない。そして個人差は大きい。ジャンヌ・カルマンさんは60歳でも35歳の「美魔女」に見えたのかもしれない。122歳当時の写真は、実は99歳だったのだと言われても、正直分からない。恒例有名人でも、作家の佐藤愛子さんの今の95歳のつやつやしたお顔とそれより10年若い85歳の時のマザー・テレサの顔を比べろと言われても無理だし。

年の初め、同世代同士、「今年も元気に」「お互い健康第一に」などと声をかけ合うことが多いこの頃、はるか彼方にいる百歳長寿者たちを遠く、まぶしく思う。


by mariastella | 2019-01-06 00:05 | フランス

エコロノミーとユアン・ブランコとマクロン (追記あり)

エコロノミーという言葉を最近はじめて知った。

エコロジーとエコノミーを合わせたもので、似たものにすでに「エコノロジー」というのがあり、そこにはテクノロジーも加味されているとも言われる。

基本的に、エコロジーとエコノミーを両立させよう、環境破壊しない経済システム、それには環境保存のテクノロジーも必要だというのだけれど、クリスマスのローマ教皇のスピーチにあったように、ほんとうはもうそんな優雅なことは言っていられない。

で、エコロジーを推進するには、もう霊的(スピリチュアル)な覚醒とアプローチしかない、と、無宗教というか不可知論者のフランスのインテリが話していたのが興味深かった。

いわく、経済成長を是とするのは今や「成長教」という宗教、信仰みたいな域に達していて、エコロジーを優先する必要性を喚起するには、もう科学的アプローチも、経済的アプローチも政治的アプローチも、ことごとく、その「成長教」(より多くの生産と消費を是とする)の前に歯が立たなかった。

成長教に対抗して、人類だけでなくすべての環境を視野に入れたエコロジーを推進するにはもう霊的アプローチしかない。

なぜなら地球の人類の90%は何らかの信仰を持っているのだから、その90%に訴える形でエコロジー推進の力を汲み上げるべきだ。


なるほど、確かに、生身の人間を超える未知の何かを信じない、誕生や死に関するすべての宗教的儀礼を信じない、実存的な危機に際して神仏やご先祖にも恃むことがない、などという筋金入りの無神論者や世俗イデオロギーの人は人類の10%くらいなのかもしれない。そう考えるとエコロジーに霊的ディメンションを取り込むことは大きな可能性があるともいえる。だとしたら、世界の主権国の首長の中で最大の環境保護論者がヴァティカン市国の元首であるローマ教皇だというのは力強い。富と利潤を生む最大のセクターが軍事産業で、軍備も戦争も人間による環境破壊の最たるものだ。エコロジーはエコノミーとセットになるのではなく平和とセットになるためにこそ霊的アプローチを必要とするのだろう。

***


これは、フランス語を読むか聞き取れるかどちらかの方へのお勧め動画(1/5まで無料視聴可)テキストのリンクです。フランスの現状分析、マクロン現象の「正体」を知りたい人には必見です。

(追記: テキストのリンク先を変更しました。これで直接アクセスできるはずです)

ユアン・ブランコ(父がポルトガル人の映画人、母がスペインの精神分析医でアンダルシアに生まれ、パリで教育を受けた)という29歳の若者による黄色いベスト運動の本質喝破です。

真の意味でこんな頭のよい人を始めてみました。分析は感動ものですが、メディア支配の独裁の怖さは全世界に広がっていて、自然環境以前にもう人間の尊厳が破壊されつつある現実に衝撃を受けました。

ある意味で、彼の言っていることはすでに言われてきたことでもあり、誰でも薄々感じていたのですが、マクロンの登場で、極右と極左以外の保守と革新の差がなくなったことは確認すべきことだとあらためて思いました。

 

***

12/31の恒例の大統領のTVスピーチで、マクロンは新年に向けての三つの誓願というか決意というかを打ち出した。共和国の理念である「自由・平等・同胞愛」が実現されていないことへの怒りを受けて、「真理、尊厳、希望」を標榜したのだ。

ユアン・ブランコの指摘するネオリベの申し子という本質と違って、ネオリベの非人間性についてまるでローマ教皇と同じ言葉で批判している。そして、この「真理、尊厳、希望」という三つも、誰も指摘していないけれど、まったくカトリック的というかキリスト教的な理念のコピペだと言える。フランス人のキリスト教文化のDNAに対して潜在的な訴求力を狙ったのだとしたら大したものだ。

あるいはマクロン自身のイエズス会系教育やポール・リクールの助手?としての何かが彼のDNAにも沁みついているのだとしたら、これからの「対話」に「希望」が持てるのかもしれない。




by mariastella | 2019-01-03 00:05 | フランス

黄色いベスト運動が変えたもの

11月17日から始まって土曜日ごとにシャンゼリゼ界隈を騒がしたことで有名になった「黄色いベスト運動」だけれど、地方のロータリーを「占拠」してクリスマスを過ごした人々のところにはツリーやデコレーションやケーキやシャンパーニュなどの差し入れがあって、司祭まで出張のクリスマスミサをあげにくるなどの光景を見ると、彼らの主体は本当にこれまでサイレント・マジョリティだった「普通の人」だったんだなあと思う。だから、同じような人々から支援され差し入れもされる。

ことの始まりは燃料税の値上げに対する抗議だった。

フランスはもうずいぶん昔からパリと地方の「格差」が大きかった。

ネオリベ・グローバル経済の時代になってそれはなおさら広がり、

公共交通機関が撤退する

公共サービスが撤退する(郵便局や保育所etc)

個人商店や個人経営事業が苦しくなり閉鎖する

などの事情が積み重なり、みなが何をするにも自分の車を運転する必要ができた。

燃料費が安いディーゼル車をみなが買ったけれど、環境基準が変わって、買い替え奨励のためにディーゼル車にさまざまな圧力がかけられる。
それでも多くの人は毎日数十キロを運転して職場に通う必要がある。
最低賃金から燃料費や車の維持費を引くと生活できない。燃費のいい車に買い替えることなど不可能だ。

けれどもみなが車がパンクした時に路上で作業する時に着用を義務付けられている黄色いベストを持っている。で、それが党派なしの運動のマークになった。
で、黄色いベストさえつけていればプロの暴徒も簡単に紛れ込めるわけで、それに煽られた人たちもいた。

でも、地方の高速道路近くのロータリーで共同生活をし始めた人たちの抗議には確かな成果も出てきている。燃料税値上げの撤回や最低賃金の上乗せなどだけではない。
もともとの問題である「車」の使用と出費と環境汚染との関係だ。

これまでも通勤の「相乗り」は奨励されてきた。
でもそれは主として、同じ職場で働く同僚同士だとか、インターネットでの相手探しだった。
今回の件で、インターネットを積極的に利用することのない多くの高齢者の車を借りるシステムができつつあるそうだ。地方の高齢者であまり運転をしなくなった人たちの車を利用するネットワークだそうだ。複数で通勤に使う対価として休日に高齢者たちを希望のところに運転して行くことも可能だろう。

もう一つが、スクールバスの利用だ。都市流入で地方の人口が減って学校などが閉鎖されて遠くになっても、フランスは基本的に公立学校中心で無償だから、通学バスはかならずある。その通学バスも満杯とはならないのだから、それに通勤者も乗せたり、シフトしたりするシステムも検討されているそうだ。

それらの案がどのくらいの規模でどのように実現するのかは分からないけれど、そういう具体的な改善案は、最初に「黄色いベスト」を着て地方の車通勤者の生活難を訴えた人々に直接向けられたものだ。11月に彼らが「黄色いベスト」を着こんでいなかったとしたら、行政側がいろいろ考えるということはなかっただろう。「成果」が生まれはじめているのだ。

そして、私のように、車なしでもバスもトラムも電車も使えてどこへでも行けて、徒歩5分以内に医者も各種検査ができるラボも銀行も学校もスーパーも郵便局も薬局も図書館も劇場もある場所に住んでいる人間が、「黄色いベスト」運動を担っている人々の暮らしに本気で思いを馳せるなんて、シリアの難民の生活に思いを馳せるよりもあり得なかっただろう。

アクションを起こすということは、やはりすごい。

暴徒がシャンゼリゼの高級店や凱旋門を襲ったり車に火をつけたり機動隊と衝突したりすることは「本来の黄色いベスト運動」を逸脱する許しがたい部分であったとしても、あれがあったからメディアが騒いだのだなあ、とも認めざるを得ない。
シリアやイラクには戦場ジャーナリストが命を懸けて潜入しても、難民キャンプに人道支援のNGOがやってきても、先進国の地方で日々のくらしに困っている人々の生活などを取材に来てくれる人などだれもいない。

いわゆる「実力行使」というのは別としても、意見の表明をアクションで表現することが生み出す「力」についていろいろ考えさせられる。






by mariastella | 2019-01-02 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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