L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 270 )

Atelier des Lumières

先日、付き合いで出かけたパリの新名所?、光のアトリエ Atelier des Lumières。

音楽と映像、映像も3D、水面、鏡などをふんだんに使って広いスペースでの展覧会。

オープニングのプログラムはクリムトとフンデルトヴァッサーだ。
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音響がすごいので、家族連れががやがや言っていてもそう気にならないので、座り込んでぼーっと瞑想にふけっている人も少なくない。全方位画面だから、人も邪魔にならない。
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上からも見下ろせる。
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壁に座り込む人たち。
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このオープニングにこの作品のチョイスはぴったりだ。
展覧会としてどうかというより、まあ、別のスペクタクルだと思えばいい。

今はヴーチャルリアリティのスペクタクルもいろいろあるので中途半端と言えば中途半端。
20世紀に360°画面の映画などを見て結構感動したことも懐かしく思い出す。
何にでも慣れて、さらなる刺激を必要とするのかもしれない。

でも、たとえば去年ウィーンで観たクリムトの「原画」がインプットされるのは脳の別のところらしくて、時間が経ってもさらに熟成する。

そして、子供連れでこういうものを見る時に、恐竜や宇宙戦争などの大画面でなく、大迫力の名画と名曲の組み合わせというのは、貴重な機会かもしれないし、フランスらしいコンセプトと言えばいえる。

最寄りメトロの近くで食べたフレンチ-イタリアン・レストランはひろいものだった。『食いしん坊のアーティスト』という店。

confit de canard などを食べたが、こちらの方が「アートだなあ」という出来だった。




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by mariastella | 2018-07-25 00:05 | フランス

アンギャン=レ=バン

先日、パリ近郊の鉱泉保養地のアンギャン=レ=バンに出かけた。

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さすがにこの季節なので町の通りにまで意匠が施されていた。

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普通の町なら、クリスマスシーズンだけのところがほとんどだけれど。


この町とは縁が深くてよく訪れるのだけれど、私が40年以上前にはじめにフランスでホームステイした町がやはり保養地のヴィシィの夏だったことも、ここに来るたび思い起こす。

ここのところ忙しすぎてまとまったことは何も考えられなかった。後23日で通常運転に戻るつもり。

付録:どうでもいいことだけれど、最近何度も起きるので自分でも困っていることを書いておこう。

麻生財務大臣が首相時代に間違えて読んだと言われている「未曾有」と「頻繁」という二つの言葉だが、この麻生さんの話を読んで以来、なぜだかこの二つの熟語を見る度に、「みぞうゆう」に「はんざつ」という読みが頭に浮かんでくる。

特に頻繁が「煩雑」に見えてくるのはなぜだろう。

私だけだろうか。

このままいけばそのうち「云々」も「でんでん」と読んでしまいそうで怖い。


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by mariastella | 2018-07-20 00:05 | フランス

ワールドカップでフランスが優勝した(追記あり)

フランス国内ではフランスが勝つと予測した人が80パーセントを超えて、二度の優勝を示す二つの星の着いたユニフォームも早々と用意されていたから、これで負けたらどうなるのかと思っていたが、結局下馬評通り勝った。

それでも前半はぱっとせず、ハーフタイムでは勝ち越していたにもかかわらず相変わらず酷評コメントが流れていた。「死闘」を展開するクロアチアの迫力はなかなかのものだったけれど、結局はフランスは4人が4点を獲得するという層の厚さを見せて勝った。

準決勝には12歳の黒人のサッカー少年を連れて行き、決勝には傷痍軍人を同行したマクロンはクロアチアの女性大統領と終始にこやかにやっていた。男同士だったら少し雰囲気が違っていたかもしれない。

カップの授与式が大雨で、最初プーチンだけに傘が差されたことが印象的だった。
雨でずぶずぶの芝生に飛び込んですべってはしゃぐポグバなどを見て、これは水泳大会か、と揶揄していた人もいたが、あれだけ派手にすべっても楽しそうにしているのと、試合中には相手チームのファウルを誘発するために少し転んでも大げさに痛そうにする選手の姿のギャップがありすぎる。

1998年のブラジルとの決勝のようにきれいな勝ち方ではなかったけれど、最後までひやひやさせるという点ではファンを楽しませたのだろう。

今は更衣室でも選手たちがすぐにスマホを手に取って様子を撮影してインタグラムに放出するので、メディアもそれを流す。昔ならお宝映像ばかりだ。
マクロンもマリの傷痍軍人と共に入ってきてはしゃいでいる。クロアチアのような女性大統領だったら更衣室は無理だったろう。(フランスのスポーツ相は女性だ。軍隊相やスポーツ相に女性を配することで女性重視と《ぼくちゃんは男》という二つのメリットがマクロンにあるのかも)

モスクワは大雨でもパリは晴天でシャンゼリゼはすでに優勝を確信していた人々でいっぱいだった。

意外なことが一つあった。

1998年の自国開催での優勝の時にシャンゼリゼに来た人が、今回の方が人が多いというのだ。喜び方も派手だと。

理由を解説されてなるほどと思った。

1998年にはブラジル人もたくさんいたからだ。

そういえば当時パリ中にブラジル人があふれていた。

今回は、フランスの開催ではないから盛り上がりが前より少ないのかと思っていたけれど、確かに、モスクワでの決勝に、クロアチア人がわざわざフランスに来る理由はないから、フランスはフランスのサポーターのフランス人でほとんど埋め尽くされていたというわけだ。モスクワにも行きたいけれど、フランスに残ってみんなと一緒に感動や興奮を分かち合う方がいい、という人の心理が分かった気もする。

何にせよ、街行く人々の機嫌がよくなるのはテロの恐怖に戦々兢々としているのと違って喜ばしい。こういう時は、個人競技で天才プレーヤーがどんなに活躍するよりも、団体競技出の勝利というのは「エゴ」や「ナルシシズム」に取り込まれないで「同胞愛」「連帯」のカタルシスがあるのは喜ばしい。
チームが互いのエゴをどのように管理するか、ということは、トリオやカルテットなどで演奏する私にとっても切実な問題だから、考えさせられる部分もある。

もっとも、サッカーとはスタープレイヤーが月何億円という収入を得ている世界だ。
いろいろな意味で私には理解不可能な領域だ。
次期開催国にカタールが選出されるにあたって買収があったといわれ、取り消しの噂も出ているという。気の遠くなるような大金がどこでも動いている。

とはいえ、スポーツの国際大会は経済や愛国心だけではなく外交のツールでもある。

スポーツの世界選手権に往々にして世界大戦風なレトリックが使われるのは嫌だけれど、フランスはお得意のユニヴァーサリズムをちゃんと掲げることができるから羨ましい。監督は優勝後すぐのインタビューを「共和国万歳」でしめくくった。フランス万歳ではない。「自由、平等、同胞愛」の理念万歳ということだ。

実際は、共和国理念だけではやっていけないのでフランス軍隊の標語「名誉と祖国」の方がワールドカップの熱狂には透けて見える気がするが。
前にこことかここで書いた。
モスクワで観戦していたメキシコ人が、「フランスが勝って嬉しい。フランスには勝利する価値がある。普遍価値を擁している国だからだ。我々はみな普遍価値を必要としている」と言ったという。

フランスでは、憲法はいじられまくるが、「自由、平等、同胞愛」という福音書っぽい普遍理念と世界人権宣言はいじられない。

一夜明けた新聞には「永遠」という言葉が使われているのが目立った。1998 年の優勝の時も「永遠に」とあったそうだ。デシャン監督は選手たちに「君たちはこれで一生、一つだからね」と 言ったそうだ。その「永遠」はユニヴァーサリズムに担保されて居場所を獲得する。

追記:

16日も シャンゼリゼでの凱旋パレードなどがあったせいでニュースはずっとワールドカップ優勝関連ばかりだった。14日の軍事パレードでは、赤白青の三色を空に描くはずだった飛行機がガスを積み間違えて青の一部が赤になるという珍事(北朝鮮だったら大変だ)があったけれど、16日には、しっかりとトリコロールの筋が凱旋門の上に描かれた。

近年、フランス人が大通りを埋め尽くすというのは2015年のシャルリーエブドのテロの後の表現の自由のでも、去年の暮れのジョニー・アリディの葬儀など、いずれも「喪」にまつわるものだった。ジョニーのファンなどは、トランプの支援層のような保守的なリタイア層が目立っていた。

今回は、「世界チャンピォン」という「慶事」で、しかも若い世代が大活躍(アルゼンチン戦で活躍した22歳のバンジャマン・パヴァールの出身地は私にとってフランス屈指の思い出の町でもある)ということで、明るく希望に満ちたもので喜ばしい。

98年に掲げられたのが「ジダン、プレジダン(大統領)」と脚韻で、今回は
「リベルテ(自由)、エガリテ(平等)、エムバペ(19歳のスター選手)」という共和国の標語の脚韻になっていたのもほほえましい。

後、テレビのコメントで、ナショナルチームのヘアスタイルがみな一様に「普通」になっていたことが言及された。

サッカー選手はユニフォームで戦うが、ヘアスタイルは奇抜な人が多い。まるでヘアスタイルで個性や自由を表現しているようだ。
それが今回のフランスチームは全員、「普通の髪型」に代わっていた。
フランス人が監督の命令に従ってそんなことをするとは思えないから、これは自発的としか考えられない。
それが、すべての個性や自由はスタジアムで発揮するという今回のチームのマインドの現れだというのだ。

確かにデシャン監督は、個性的でエゴの勝ちすぎるスター選手たちを外した。
それでもポグバのように羽目を外す選手はいたのに、今回は全員謙虚で落ち着いていた。ヘアスタイルはその心境をものがたっていた、という。

そういえばそうだ。日本で言えば日本人選手が全員黒髪の短髪にそろえているようなものだ。今では奇抜なものが普通になっている。

団体競技が外からの圧力でなく自発的な一体感と自由の落としどころを見つけると、強さが発揮できるのだろう。98年はフランスチームが多様でも他のヨーロッパチームは白人ばかりだったけれど今はベルギーやドイツのような国も移民出身の選手を擁していていたのも時代が変わったとおもわせることだった。






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by mariastella | 2018-07-17 00:05 | フランス

1998年ワールドカップ優勝から20年のフランス

7/14付の記事に訂正と追記があります。)


1998年、フランスとクロアチアがフランス開催のサッカーワールドカップで準決勝を戦った夜のことを確か『からくり人形の夢人間・機械・近代ヨーロッパ(岩波書店)』に書いたと思う。パリのマジシャンの集まりに参加していた。フランスが勝つとクラクションが鳴り、通りが騒がしくなった。マジシャンたちは機嫌よく、私のためにだけいろいろなテーブルマジックを披露してくれた。非現実的な夜だった。(ここにも関連記事あり)


いろいろな国のサポーターたちがメトロにあふれかえり、今のようなテロの恐怖もなかった。振り返るとなつかしく、感慨深い。

ブラジルとの決勝の日は、私は日本にいた。録画した試合を早朝に見た後、ハワイに発つために成田空港行きのリムジンバスに乗ったら、フランス人が一人乗り合わせてフランスのスポーツ新聞を手にしていた。つい声をかけた。そのリムジンバスの中でフランスの優勝のことをフランス語で話すことができる喜びを共有したことを覚えている。インターネットも今ほど速報を流していない時代だった。

今年はその優勝から20周年ということで回顧番組がいろいろあった。4年ごとの大会だから、10周年というのがなく10年前には何もなかった。

で、あらためて、20年前の優勝の日のフランス人の熱狂ぶりをテレビで見ることになった。それから数年間、2年後のヨーロッパ杯も優勝したのでみんな機嫌がよかった。

フランス人がすなおに機嫌がいいのを見るのはめったにないのでこちらも気分がよかったのを覚えている。1999年の7の月の終末論どころか、1998年の7の月の「アンゴルモワの大王」はジネディヌ・ジダンのことだと言われたぐらいだ。

20年前のシャンゼリゼの熱狂をテレビで見ると、凱旋門に何度も「ジダン、大統領」とテロップが流れていたしみなが声を枯らして唱和していた。「ジダン、プレジダン」と韻を踏むからだ。ジダンはベルベル人でいわゆるアラブ人ではないけれど、北アフリカのマグレブ三国の出身であるのは確かで、当時のフランス・チームが「ブラック、ブラン、ブール」とよばれていたことのシンボルともなっていた。これも「B」で頭韻を踏んでいる。

そのためにわざわざ英語のブラックを使い、アラブを逆に読んだ俗称ブールを使っている。アラブ系の人気俳優が、優勝の夜を回想して、「あの夜、すべてのアラブは美しかった」とほほ笑んだ。

ただ印象的だったのは、当時のナショナルチームの補欠選手で、結局一度も試合に出なかった人が、疎外感を語っていたことだ。凱旋パレードでも自分が取り残されている感じがしたという。試合に出ないどころかテレビを見ていただけの人々があれだけ感情移入してまるで自分たちの手柄のように狂喜乱舞しているのに、ずっとチームと共に訓練しながらベンチにとどまった選手がフラストレーションをおぼえるというのはなるほどそうかもしれない。「連帯」の心理というのは不思議なものだ。

今のハイビジョンになれた目には当時のテレビ画面はぼやけて見えるものの、シャンゼリゼを埋め尽くす人々の興奮と幸福感は伝わってくる。

それに比べると、20年後の今は、テロの非常事態も警戒し、エッフェル塔の周りにも柵ができているし、セキュリティ・チェックは厳しいし、なんだか時代は悪い方に行っているような気がしてしまう。

そして、今回フランスがロシアでの第一次リーグを順調に勝ち進んでいた間も、解説やコメントはみな一様に辛口だった。こういう時、フランス人が自虐的で素直でなくて、文句ばかり言っているのはいつものことなのだけれど、なんだか、敗退した時のショックを減らすために防衛機制が働いているんじゃないかと思うほどだ。

それでも、決勝に進むころには町のみんなの機嫌がよくなっていくのが分かる。

そして、今のナショナルチームで最年少の天才プレーヤーと呼ばれているキリアン・エムバペだが、この人は、パリ生まれだが父はカメルーン出身、母親がアルジェリア人と、「ブラックとブール」のハーフなのだ。今のチームの「黒人」はフランス海外県出身どころかアフリカからの移民出身が主流なのだけれど、エムバペのようなハーフ(というかダブル)の活躍こそ、形だけの「多様性」の共存じゃなくて統合のシンボルだなあとも思う。その意味では98年よりも進んでいる。彼は19歳とは思えない落ち着きで謙虚でエムバペの父親も元サッカー選手だが、ジダンも「白人(スペイン系フランス人)」の夫人との間の息子たち(うち一人は1998年生まれ)がプロのサッカー選手の道に進んでいる。

一時ナショナリズムの真似事をしても、実はいろんな意味でもう国境のない人たちなのだ。

今回、1998年から20年ぶりとなるクロアチア戦、今回のファイナルを、ロシアのスタジアムで観戦したいのはやまやまだけれど優勝の瞬間はフランスにいて多くの人と感激を共有したい、というフランス人が少なくないのは意外だった。ロシアに行く金も時間もある人でもそういうからだ。やはり、「感動を不特定多数の隣人と共有」することで増幅させて盛り上がりたい、という欲求は大きいのだ。それは、別に「フランスだフランス人同士で」というのではなく、フランスの優勝をいっしょに喜べる人たちが最もたくさんいるところ、という意味だ。

クロアチアの観光地ドゥブロヴニク(アドリア海の真珠)で今バカンス中のフランス人も多いのだが、その人たちが、15日は目立たないようにひっそりと赤白のクロアチアのシャツを着てテレビを見ると言っていたのも笑える。

フランス人にとってファイナルを見るのに最高の場所はフランス、次がロシアのスタジアム、最悪がクロアチア、ということだ。

そういう意味ではサッカーの国際試合は悪くない。

日本ではサッカー自体の位置づけが違うし、監督の国籍でもいろいろ言われるし、「移民出身選手の活躍」なんて想像もできない。


(この記事は日本時間の16日零時過ぎの予約投稿なので、決勝戦は始まったばかり。終わって何か思うことがあれば追記します)


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by mariastella | 2018-07-16 00:05 | フランス

ジュリア・クリステーヴァの憂鬱

先日、自閉症スペクトラムの子供を持つ親たちの取り組みについてのドキュメント番組を見た後で、あることを調べるためにネットで検索していたら、ベルナルダンでのジュリーア・クリステーヴァの講演の記録に行きついてつい全部読んでしまった。

この人とフィリップ・ソレルスの一人息子が「障碍者」であることは知っていたけれど、そのことでアルシュのジャン・ヴァニエと出会ってメールを交換しているうちに、これほどまでにカトリック・シンパになったのだろうなあと感慨深かった。


何しろ夫と共に毛沢東ファンだった過去があるから今も不可知論者の立場は崩していないけれど、人間には絶対何かを「信じる」必要があるということは派手に言い立てている。

人間性と、超越の必要性はセットになっているので、必要とあれば神だって作り出す、神が存在するから宗教があるのではなくて、神が必要だから宗教を作った、と、まあショーペンハウエル風のことを「今風」に蒸し返しているように聞こえる。

でも、つい最近、彼女は24歳でフランスに留学してから1967年にソレルスと結婚、1973年に毛沢東主義者になるまでルーマニアの諜報局に見込まれて月一回、フランスの政治状況について口頭報告をしていたことが話題になったばかりだ。

コードネームはサビナで、要するに「スパイ」だったということらしい。

結婚したソレルスもフランス共産党と近い『テルケル』誌の編集長だったから都合がよかったという。報酬はなかった。

ルーマニア政府が、2009年から社会主義時代の文書公開を始めて、冷戦後に活躍する政治家や作家やジャーナリストも西側で「スパイ」活動をしていたことが次々と判明したことでスキャンダルになっているのだ。


ソレルスと結婚して半世紀、『芸術の一つの形としての結婚論』(独立した自由な2人がハーモニーを創り出すという意味)などという共著まで出している「名物夫婦」なのだけれど考えてみたら怒涛の人生だ。


冷戦下のルーマニア生まれ、留学、諜報活動、毛沢東支援、アラン・ソーカル(ポストモダンの思想家が科学用語を濫用したと批判)事件、一人息子の神経障害、ユダヤ人の家系だが東方正教に親しんだ過去を持ち、ヨーロッパのカトリック社会活動を評価し、カトリック女性神秘主義者についての研究もする。


精神分析医になるはずだったのに、障碍児を持ったことで作家になった、とも言っている。


まあ、そもそも精神分析を専門とし、冷戦世代の共産圏出身で、諜報活動、毛沢東主義、構造主義、ポストモダン、障碍を抱える息子、神秘主義などと屈折しまくった人生のせいか、どんなに誠実そうに語る時でも、何かの鎧をまとっている感じがしないでもない。


フレンチ・フェミニズムの一つの形を体現している人ではある。

クリステーヴァはシモーヌ・ド・ボーヴォワール賞というのを創設し(パリ大学などがスポンサー)、女性の解放に貢献した人を応援しているが、単に無神論イデオロギーに目覚めたプチブル・カトリックの娘だったボーヴォワールには絶対に見られない何か必死なところを抱えている。


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by mariastella | 2018-07-15 00:05 | フランス

革命記念日と自衛隊(訂正と追記あり)

これを書いているのは革命記念日の前日。

結局、自衛隊の参加はそのまま維持されて、安倍首相の代わりに河野外相が出席するそうだ。(前の記事

朝のラジオでは、すでにフランスの親衛隊バンドと共演したことがある音楽隊の三宅 由佳莉さんが、行進の速度の変化やリズムの違いなどについて話していた。

今回の招待は日本だけではなく「アジア」を、ということでシンガポールも参加して、大統領(首相)が来るそうだ。シンガポールは米朝会談で脚光を浴びたし、フランスで軍事訓練を展開している(自国の空域が狭すぎるからだそうだ)など、けっこう関係が深いようで、日本とも、もちろん軍事協力体制の強化というものがある。

フランスのメディアでは自衛隊はもっぱら軍隊、と呼ばれているが、公称は自衛隊であり、軍隊放棄の憲法があるのに偽善的だと議論の的になっていることもコメントされている。
「偽善」を放棄して現状を認めて開き直るのか、「偽善」を本来の「善」に戻すのか、という二極と、看板だけでも「絶対平和」を掲げていることに意味があるという「偽善」維持なのか、こういう問題についてパレードの解説でコメントされるのかどうか興味がある。

日本の豪雨大災害の様子は、フランスの主要ニュース番組で今も毎日、報道されている。

NATOではトランプがヨーロッパの軍事費を増やせと騒いでいたが結局合意声明が出た。冷戦以降縮小していたような軍事費は中東情勢やロシアのクリミア併合以来増えている。

アメリカ一辺倒の日本が、一度も直接に戦争したことがなく伝統的に日本好きなフランスに近づくのは結構なことだ。でも、できる事なら「示威」行動の典型的な軍事パレードはやめてほしかった。ソフトパワーとしての三宅さんがどう使われるのか、どういう効果をもたらすのかには注目したい。

それにしても革命記念日がワールドカップのファイナルの前日であって、翌日ではなくてよかった。
スポーツ・ナショナリズムが平和な連帯ではなくて戦意高揚の力の誇示に利用されるのは絶対に見たくない。

(追記)TVで日本とシンガポールが横並びで更新している画像を見た。
日本の7人の陸上自衛隊のメンバーの二人が女性だったように見えた。シンガポール空軍も黒人女性が入っていたように見えた。(未確認)
こんなに少数なのにちゃんと女性を配するのはフランスからの提案があったのだろうか。今年はパレードでの女性の数を増やしたいという方針だったから。軍隊大臣も女性だし。
河野外相の扱いを見たかったのだけれど、シンガポールの首相がマクロンの右に立ってにこやかに話している姿が印象的で、TVでは河野外相はほとんど認識できなかった。写真で見ると、マクロンの左にブリジット夫人、その横にフィリップ首相、その横に河野大臣という順だった。もし安倍首相が来ていたらどういうポジションになっていたのだろう。
去年はトランプをずっと隣に立たせていたけれど、今年は、シンガポールの首相も、シンガポール軍の行進が終わったらマクロンのそばから去っていた。警察関係の行進の時は内務大臣が横にくるなどマクロンの近くに 進むグループに合わせてこまめにマクロンのそばに立つリーダーが変わっていた。
まあ、去年はなんといっても、若いマクロンがトランプにフランスを印象付ける示威がメインだったのだから、去年が例外ということなのだろう。

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by mariastella | 2018-07-15 00:05 | フランス

手作りの庭

6月の末、40年以上の付き合いのお宅に久しぶりに行った。

元歯医者さんで、リタイアしているご夫婦は充実した暮らし。
健康とやる気と金銭的余裕がそろうとこんな風に暮らせるのだなあという見本のような人たちだ。

お庭の家庭菜園にはいろいろなものがたくさん植えられている。
私が食べたことのないものも。

これはニースのズッキーニという丸いズッキーニで、半分に切って中をくりぬいて弾き肉などを詰めて食べるのだそうだ。
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他にもいろいろあるが、菜園でないお庭の方も、どこを切り取っても「絵」になるようにデザインしているのだそうだ。そのために、有名な口腔外科だった腕を生かしてリタイア後に始めた彫刻の作品をあちこちに配している。
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テラスにはこういうの。聖家族風。
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これは実在のモデルを使ったのだそうだ。東洋風の帽子を付け加えたいと言っている。
家の中にもレリーフ作品がいろいろ。
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70代後半。高校生2人を筆頭に7人の孫の世話も精力的にしている。一組のカップルと40年以上にわたってずっと付き合っていると、人生をもう一つ見せてもらっている気がする。で、彼らには、裏表がない。いつも誠実で力強く正義感にあふれている。
誰でも困ったときには絶対に駆けつけて助けてくれる、という信頼感を与えてくれるる。いつまでも元気でいてほしい。

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by mariastella | 2018-07-08 00:05 | フランス

スリランカ・フェスティヴァル

6月末の週末、ヴァンセンヌの森の仏教パゴダでスリランカのフェスティヴァルがあった。爽やかな天気で湖の周りの散策も楽しい。ボートに乗ればクジャクの島にも行ける。昔はなかったものがいろいろある。
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水鳥のカップルも日向ぼっこ?
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白鳥も優雅に。
久しぶりに行くパゴダではやはりお釈迦さまの「仏舎利」に挨拶。最初にこの仏舎利追いかけをしたのはもう9 年も前のことだった。
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このパゴダの金色の仏像の前でバロックコンサートをしたのももう3年前になる。
パゴダの入り口には実物大のインド象が二頭。
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スタンドには上座仏教の七曜仏のミニチュアがいろいろあった。一週間の毎日を守護してくれるというのは面白い発想だなあと思う。七つの頭を持つ蛇神ナーガのとぐろの上に座している仏さまを記念に買った。

パゴダの中にはフランス中の仏教コミュニティからのいろいろな寄贈品が飾られている。
タイのコーナーにはバンコクのゴールデンマウンテンの模型がある。
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そのすぐ横にはまるで聖母子像のような観音様(?)が。

子を抱く観音様というと、子安観音とか子育て観音とか、水子を救う慈母観音、切支丹のマリア観音とかいうのは知っているけれど、何となく雰囲気が違う。記憶の中の慈母観音は子供をもっと胸の前でだいていたような。
これは布を被せられている姿がヨーロッパの聖母子像の雰囲気にますます似ている。
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この母子像の由来を傍にいた人に聞いてみたが、スリランカ人なので分からなかった。

でも、仏はすべての者に姿を変えて現れる、キリスト教の聖母もイエスもみな仏の別の姿だ、と言われる。
さらに、私が日本人だと分かると、ほら、「ミタマ」ですよ。仏の「ミタマ」がいろいろな形をとるのです、と言われた。

ちょうど、日本のワールドカップ番組のテーマソングか何かで、「燃える御霊」がなんとかいう歌詞について軍歌調云々の批判があったという話をネットで読んだばかりだったので「おお、すごいな、ミタマの認知度」と思ってしまった。

全ての「聖像」に姿を変えて現れているのは、霊的な支えを求める古今東西の人々の心、魂なのかもしれない。


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by mariastella | 2018-07-07 00:05 | フランス

フランス国立印刷局のオリエント文字見本

フランスの国立印刷局Imprimerie nationale(パスポートは印刷するけれど紙幣は印刷しないそうなので日本のものとは少し違う)が「オリエント」の文字をこんなにプリントできますよという見本帳みたいなのを作っていて、漢字からヒエログリフ、古代マヤ文字までいろいろなものを出している。

読めないが造形的に美しいし、人間の「文化」の結晶の一つの形だとつくづく思う。

日本文字はない。漢字も楷書だけで、日本人の私から見たら特に美しくもない。
この印刷局のお得意さん(というか技術提携先?)にはペルーがある。
今の印刷技術はアートと工芸とテクノロジーの最先端が出会うところで刺激的だ。

日本のレベルはさぞや高いと思うが、マーケティングや売り込みをしているのだろうか?

オリエントの文字の見本帳を見せてもらった後で、それをまとめて図案にした見本を関係者からもらった。

私は美しい紙フェチで、どこに行ってもノートを買い込む人だから、嬉しい。

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写真ではうまく見えないが周りに四角の型押しがある。
きれいな赤地に金のレリーフの文字だ。

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by mariastella | 2018-07-06 00:05 | フランス

パリ・オペラ座のエスケープ・ゲーム

若い人の間で、グループをある場所に閉じ込めて、そこから脱出するヒントを次々に解いていくというヴァーチャルではないエスケープゲームが流行っていることは知っていた。
例えば不思議の国のアリスの著者の書斎というセットの中で、アリスの物語に関係するヒントを探していき、暖炉の中、引き出しの中などと導かれていく。60分以内に脱出しなくてはいけない。

若い人というとヴァーチャルなゲームばかりかと思っていたけれど、その少し前は、パリの町の中での宝探しゲームも結構流行っていたので驚いたことがある。
学生ではなく若いビジネスマンらがカップルで休日に参加していることも。

そのエスケープゲームをアンヴァリッドなどでもやっていたが、この6月から8月の終わりごろまで、パリ・オペラ座(歴史のあるガルニエの方)でも催されている。6月は金曜から日曜、バカンスの間は水曜から日曜で、グループごとではなく、何百人という参加者がいる。仮面を配られ、ヒントが書かれた封印された手書き風の紙が二人一組に渡される。
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赤いシミみたいなのはバラの花びらのつもり。
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コンサートのための楽譜の一部が盗まれてコンサートが開けなくなったという設定で、ヒントに従って、ドレミの階名をつないでいかなくてはならない。

巷のエスケープゲームと違って、時間はかかるが簡単で、子供でもできて、英語版もあるのでツーリストの参加も多い。
たとえば、音楽家の胸像の生年月日を足したり引いたりしてその計算結果が51になったら、その形から51=SIとなって「シ」となるような感じだ。

エスケープゲームというタイトルだが宝さがしゲームに近い。
参加費は一人28ユーロ(3500円くらい)と高いので、参加する層は限られてくる。

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ホールには入れないが、オペラ座の雰囲気は味わえる。
そして、1時間くらいでみなが無事に「楽譜」を再現できたら、それが、『魔笛』の夜の女王のアリアの一部だと分かり、無事にコンサートが。
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うーん、主催が文化庁なのかパリ市なのかオペラ座なのか知らないけれどすごい収入になるだろうなあと思う。
贅沢であることは間違いがない。
不思議な時間と空間だ。



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by mariastella | 2018-07-05 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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