L'art de croire             竹下節子ブログ

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教会テロが一つのチャンスだと思えてきたわけ その1

さっき、サイトの掲示板で、

「(・・・・)今回の事件によって、「信仰の炎」が心の中で燃え上がるような想いがしております。
愛と赦しといつくしみによる生き方をせよ、そして広めよ、一刻も早く、おまえの身の回りからすぐにでも始めよ、ぐずぐずするな、ぼうっと見ている場合ではない、傍観者になるな、日々の生活のすべての局面で積極的に行動せよ、福音にのっとった生き方によって、ということかな、と」

という投稿を拝見して、すごい、日本でも、カトリックの人はこういう反応をするのだなあと嬉しくなった。

私の返事は、ここにも書こうと思っていたことの一部なので貼り付けておくと、

・・・そのようにお考えになれることが、今回のテロでカトリックの司祭が犠牲になったことの大きな意味の一つだと思います。

フラ・アンジェリコの言葉に

「世界の闇は一つの影に過ぎない。その後ろに、我々の手の届くところに、喜びがある。この闇の中には、我々に見えることが出来さえすれば、素晴らしさ、言い表せない喜びがある。そしてそれが見えるためには、見ようとするだけでいいのだ」

というのがあります。

(キリスト教は)死からの復活だけではなく、今ここで呑み込まれた闇からの復活でもあります。

「死」を前にしても「光」の方を見る、ということですよね。

普段はそういうことが理屈としては分かっていても、こういう事件がそういうことをリアルな実践として教えてくれるのは「恵み」なのだと思います。

アメル神父が将来復活するかどうかよりも、今、この世での使命をより広げて新たな使命を遂行し続けているんだなあと思います。

罪のない子供や若者たちがテロの犠牲になるのももちろん不当で悲しいことですが、それだけにリアクションが「怒り」や絶望や恐怖や報復に向きがちです。

アメル神父が犠牲になってくれたからこそ見えてくるもの、言葉にされる赦し、意識される友愛の必要性、などを感じて、感謝の念すら覚えているところです。・・・


ということで、今度のテロがチャンスだと思うのは、「テロの場所と犠牲者」だ。

フランスの風土に密着している、小さな町のカトリックの司祭が犠牲者になったこと。

しかも、若い神父とか外国人神父(実際、アメル神父は2005年に定年で教区司祭をやめていて、この教区にもコンゴ人の司祭が就任した)ではなく、40年以上もムスリムとの共生活動をやっていて、相変わらず洗礼も葬儀も結婚式も司式して町の人の生活と密着して「いかにもフランス人らしい」神父であったこと。

イスラム教の人たちとも、一応カトリックでも教会に来ない人た(これが一番多い)とも親しく付き合い、皆から愛されていた。

テロリストの19歳の青年は、いわゆるムスリムではない。
「シリアに行ってアサドの兵士をできるだけ殺さなくては」という使命だけをISというカルトから洗脳された犠牲者で、「コーランの一節だって知らなかった」と町の他のムスリムが証言している。

で、そのシリア行きを阻まれて鬱屈しているところにISから

「大丈夫、君の使命は、君の手の届く範囲のところでだって遂行できるよ、近くの教会で不信心者を殺す、それだって立派な聖戦だ、大げさな武器弾薬がなくてもいい、信仰さえあればそこいらの刃物でも戦えるよ」

みたいなことを吹き込まれて実行に踏み切ったわけだ。

それについては後の記事でまた触れるが、とにかく、このアメル神父が惨殺されたことで、カトリックの論客や、宗教の論客が、問題を初めて綺麗ごとでなく「当事者」として語ってくれることになった。

「当事者」の最たる人は、アメル神父自身で、この夏休みに入る前の教区報に、夏の祈りのアドヴァイスとしてこういう文を載せていた。

「今の時期に私たちの世界で起こるだろうことに注意を向けて、

最も祈りを必要としている人たちのために、

平和のために祈りましょう」

こういうメッセージを発していた人が殺された時、残された人は、情緒や怒りに負けないで、何が本当に大切なことなのか、何をすべきなのかを考えざるを得ない。
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by mariastella | 2016-07-27 23:27 | フランス

フランスの教会テロの続き 福音ってなあに? 「いかる前にいのる」

まず、昨夜7/26の夜のニュースをテレビで見た後に書いたものを。

テロリストの2人組は、ニースの犯人と違ってここ数年の典型的なフランス生まれテロリストだったようだ。

身元が発表された一人は19歳で地元(人口3万弱の町)のモスクで過激思想に染まり、シリアでISに合流しようと出発してトルコで追い返され、スイス経由でパリに送られ、短期間の拘留を経て電子足環をつけて釈放され親元で暮らしていた。土日以外の午前中は外出可能で、火曜の9h30からの教会ミサに9h43に行くことができたわけだ。

平日のミサだから、3人のシスターと2名(?)くらいの信徒とジャック・アメル司祭の6人だけだったそうで、司祭は専属ではなく臨時しかし定期的に来る人だった。

86歳の司祭というと、なんだか古き良き時代の保守的な人だと思ってしまうかもしれないけれど、それは一昔前のこと。今80代後半の司祭は、30代の活きのいい時に第二ヴァティカン公会議の風に吹かれて、異宗教間対話などを何十年も続けてきた進歩派が少なくなく、アメル司祭も、イスラム教徒の交流グループの中で長年働いてきた。

教会から抜け出したシスター・ダニエル(他のシスターは入院中)がインタビューに答えていたが、司祭は祭壇から降ろされて前に跪かされて、二人のテロリストが壇上でアラブ語で話したり、キリスト教徒は殲滅、などと言ったりしていたそうだ。シスターは自分も殺されると覚悟した。彼女の肩を抱き頬にキスするムスリムの女性の姿が印象的だった。

2015年の春にパリ近郊の教会がテロの標的になっていたのを事前に検挙して以来、教会周囲のパトロールが日常的にされるようになったけれど、フランスの45000の聖堂のうち、セキュリティ・システムができたのは1227だけだそうで、観光客も来ないような小さな教会は問題外だろう。(それでも、セキュリティをこれ以上強化して教会を閉鎖的な場所にするつもりはない、と言うのは立派だ。オランド大統領もこれ以上人権や自由を制限するような処置をとるつもりはないと言っている。なおフランスのすべてのシナゴーグ300、モスク2000は警備されている。)

と、ここまで書いて、続きも書くつもりだったけれど、今朝のラジオでいろいろな人の意見を聞いていて、実はなんだか希望にあふれてきた。

普通なら、あい続く様々な形のテロ、絶望と恐怖が沈潜してもいいし、カトリック教会でミサ中の司祭が残酷に殺されたということで、「神も仏もあるものか」、「ほーら、宗教戦争」、「教会は神の家、守られているはずじゃないの ?」etcの気分があっても不思議じゃない。

実際ニースのテロで元気を得ていたサルコジなどは新たな燃料を与えられたように舞い上がり、極右とともに、「シリアに行こうとして戻った奴は裏切り者、非国民だから全員収監」、という具合に意気軒高だ。

そしてイスラエルのセキュリティシステムがいかに徹底しているかを称揚。

でも、これらに対して、すごく本質的でポジティヴな議論が今回初めて耳に届いてきた。

カトリックの人が、「あまりのショックで怒りの形で反応することさえできず、祈るしかなかった」と言っていたが、そのおかげなのか、フランスの全宗教の代表者も今回初めて本質的なことを言い出した。

宗教一般を揶揄していたカリカチュア雑誌へのテロや、ユダヤ人へのテロや、劇場やカフェや花火大会の無差別テロでは、皆が一般論に終始していたものが、「フランス最大の宗教であるカトリックの教会でミサ司式中の司祭が殺された」、というショックが、いい種となって、希望をもたらしている。

しかも、こういうとき、その昔やはり不当に残酷に殺されたイエス・キリストの残した「神よ、彼らをおゆるし下さい。彼らは自分のしていることが分かっていないのです」という感じのメッセージがはっきりしているのが怒りや憎悪の抑止力になる。

長い時間をかけて書かれてきたムハンマドによるコーランの言葉に比べて、イエス・キリストの言葉というのは基本的に福音宣教をした2年くらいのものなので、分かりやすい。

で、啓蒙思想や革命思想や無神論の潮流もしっかり泳いできたフランスだけれど、カトリック教会でアメル神父が殺されたことで、新自由主義やナショナリズムに圧倒されて眠っていたキリスト教由来DNAのいいところがようやく目を覚ました。
これは、カトリック教会の言葉だけでなく、フランスの文化と伝統を共有するすべての人のことだ。

これを見たらアメル神父は喜ぶかもしれない。

「…の死を無駄にしないように」という決意とかではなく、ある種の死によってだけ生まれるものがある。

では、教会テロの翌日、私の心を明るくしてくれたいろいろな言説についてはこの後の記事で書くので楽しみに。
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by mariastella | 2016-07-27 17:43 | フランス

相模原死傷事件をフランスで聞いて思ったこと(追記あり)

朝のラジオで真っ先に、日本の相模原の施設での殺傷事件を、死者19人で第二次大戦後最大のtuerie(殺害)だと盛んに繰り返しているのを聞いたので驚いた。

私は日本のネット情報を見ているから、昨夜から事件のことは知っていたし、相模原市は両親の住んでいた場所でもある。

でも、「戦後最多の死者数」とは強調されていなかったと印象なので、フランスでの「見出し」に違和感を感じた。

ニースの後、ドイツのテロが大きいニュースになっていて、そのたびに犠牲者の「数」が並びたてられるので、日本の事件もなんだか同列に響くのだ。

で、そうなのかなあ、となんとなく私の思いつくものを検索したら、地下鉄サリン事件の犠牲者が13人、秋葉原通り魔事件の犠牲者が7人…などだった。なるほど19人は多い。

それでもフランスで何度も「日本で戦後最多の」と繰り返されると違和感があるのは、比較の対象にはない交通事故、特に飛行機事故、さらには何千人規模の大震災の犠牲者の数のインパクトの方が私の中でずっと大きかったからだと気づいた。

確かに、事故や天災は、テロや犯罪とは全く種類が違う。

そして、あらためて、戦後どころか、有史以来フランスには地震や津波がなかったのだなあ、と気づかされた。

フランス国内で起こった「事故」も、去年のジャーマンウィングスの飛行機墜落(これは副操縦士が故意にやったものだから事故というより犯罪に近いが)が150人の犠牲者というのが記憶に新しいし、大型バスの事故なども時々起きているけれど、これも、いまだに日本の日航機の「単独機として世界最多の犠牲者520人」の方が、30年たった今も私にとっては強烈に記憶に刻まれている。

犠牲者を「数」で比べるなどは、もとより「報道の言葉」に過ぎないけれど、「時代と場所のコンテキスト」が報道の言葉とその受け取り方にもたらす恣意性やインパクトの差は大きいとつくづく思う。

たとえイデオロギーやカルトの洗脳などによる計画された「テロ」などでなくても、精神のバランスを崩していたり不全感があったり薬物に頼ったりしているような人々が殺傷行為に踏み切る背景には、テロに対する報道の仕方や情緒的反応などがないとは言えない。

情報を受け取る一人一人が冷静になること、情報から距離を置いたり見方の角度を変えたりして情報に淫しないことが大切なのをあらためて肝に銘じよう。

追記: 同じ朝、ルーアンの小さな教会に刃物を持った二人の男が押し入って、84歳の司祭の喉を搔き切ったという事件があった。ミサに参加していた信徒の一人も重体だそうで、逃げ出した修道女の通報によって駆けつけた警察の特殊部隊によって犯人は二人とも射殺された。去年も教会へのテロ計画が発覚したことがあった。この記事を載せたばかりだったけれど、フランスで起こったことで、84歳の老司祭の喉が搔き切られたなんて、情動的に揺さぶられる。また一神教同士の戦いとか何とか言われそうなのも複雑だ。)
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by mariastella | 2016-07-26 20:12 | フランス

カフェの武装兵(追記)

まず、先日の記事の訂正と追記

月曜日の夕方、土曜日と同じカフェに行って、同じ場所に座った。

また武装兵がやってきて彼らもまた同じところに座った。

今度はじっくり観察したら、数は4人だった。

土曜より人が少なかったので、カフェのギャルソンに質問した。

あの人たちはどのくらいの頻度で来るのか、

飲食代を払うのか。

答えは、彼らは4人組が2組で、日に2回ずつこのカフェに来る。
交代で。では土曜日に同じメンバーが2度続けてきたと思ったのは私の見間違えだったらしい。
武装兵というのはそれほど個性を失って均質化して見えるということか。

予算は一人8ユーロで、一日に4×2×2×8=128分を、消費したものをカフェが軍に請求書を送り支払ってもらう。8ユーロで提供するものはカフェが判断する。兵士たちが「注文」できるわけではない。

サンドイッチとサラダ、コーヒーなどを組み合わせるという。

「彼らの飲食代を払っているのはあなたや私ですよ」(つまり税金)

とギャルソンが肩をすくめて言った。

緊張感の感じられない武装兵に日に4度飲食を提供しなくてはいけない緊急事態が何ヶ月も続くのって、ストレスになるだろうなあと少し気の毒になった。
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by mariastella | 2016-07-26 05:59 | フランス

ツール・ド・フランス

今年のツール・ド・フランスは、サッカーのヨーロッパ杯の期間に始まったので、その陰に隠れていた。

その上、途中でニースのテロがあったりして、もし情緒的なタイプの選手がいたらいろいろ動揺したかもしれない。

それも今日が最終日。

今のサッカーと長距離自転車競技には、決定的に違うところがある。

ツール・ド・フランスには「入場料がいらない」、というところだ。

群衆が道の両脇に見物に押し掛けるのだから、検問などというものも不可能だ。

そのルートは毎年変わるから、実際、1984年の6月末だったか、パリ郊外の普通の通りの普通のうちである私の自宅前も通過したことがある。
自宅の2回の窓から見物できる国際レースなのだ。

また、フランスやヨーロッパのいろいろな場所を駆け巡るので、自宅から動けなくなったお年寄りがその風景を見るのを楽しみにして毎日テレビを見ているというケースもある。

長丁場なので、いろいろな物語が展開する。

百メートル走、棒高跳び、ハンマー投げなどの個人が速さや高さや距離を競う競技や柔道のように一対一の勝敗が決まるスポーツでは、「物語」は選手にまつわるエピソード(生い立ち、努力、協力者との感動ストーリーなど)抜きには形成されないけれど、ツール・ド・フランスではレース中にいろいろなことが起こる。

天候や地形という「自然」との関係も大きなファクターとなる。

といっても、ツール・ド・フランスも、サッカーほどではないにしてもメディアや広告業界の利権などがからむから、暗い部分もたくさんあるし、その筆頭はドーピングだろう。

その上、2001年にイヤホン着用が許可されてから「見た目」も走り方も変わった。

イヤホン・ヘルメットにゴーグルというみな似た姿で、ロボットのように表情が分からなくなり、天候や道路の状況などによって走り方を遠方から指示される。

その意味で冒険や失敗、事故は極端に減った。

その昔のように転倒で顔を血まみれにしても走り続ける選手がいるというようなすごみはもうない。

そんな中で、たまに、すべての指示を無視して「冒険」に走る選手もたまにいて、「スーパー敢闘賞」をもらうこともある。
先日のアルプスでの走りがそうだったらしい。

超人的なパフォーマンスとは別に、人は「人間味」を求めている。

サッカーでも、1984年にフランスで開催されてフランスが優勝したユーロ杯の決勝戦で、勝利がほぼ確かになった時点で捻挫してベンチに入った選手が、後に、その「捻挫」は勝利の喜びを補欠選手に味わってもらいたくて入れ替わるための嘘だったと告白したことがある。

牧歌的だった。
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by mariastella | 2016-07-25 01:11 | フランス

カフェの武装兵

(この記事には2日後に追記があります)

蒸し暑さの続くパリの昼下がり、ナシオンの広場のカフェで2時間位、おしゃべりして過ごした。

テラスではなくて奥のほう。

その間に4,5人の迷彩服の兵隊が銃を抱えて入ってきて、もっと奥の席に座った。

テロの続く時節柄、一瞬どきっとした。

駅や広場でパトロール中の武装兵が周りにいる光景には残念ながら慣れているけれど、カフェの内部で座っている前をどかどかと歩かれると…。 手にしている銃の存在感がいやだ。

この人たちの信頼度は?

このうち一人がおかしくなって発砲したら?

とつまらぬことを考えるタイプの私。

テロリストじゃなくて武装兵なんだから、今ここで何かあっても守ってもらえてむしろ安心、と 思う人もいるかもしれない。

しかし一緒にいたフランス人のひとりは、私の不安や、別の人の安心のどちらも吹き飛ばすようなことを言った。

彼がリセにいた頃の1960年代初めにドイツ旅行した時、ソ連との間に何か緊急事態が警告されたらしく、チェコ側の国境の方へと向かうドイツ軍の一団がすぐそばを通過したのを見たそうだ。

その時の兵隊の一人一人の全身から「戦いに行く」という覚悟と緊張感が痛いほどに伝わってきた。
戦後生まれの高校生は、「殺すか殺されるか」という決死の気概を間近に感じたのは初めてだった。

その時のドイツ軍の発する迫力は一生忘れられない。

それを見ているから、銃を持っておしゃべりしながらたらたら歩いてカフェに入るフランス兵を見ると、彼らが武器の使い方をマスターしているかもあやしいし、頼りにもならない、という。
何の抑止力にもならない、と。

暑いのに迷彩服を着こんで武器を持って歩き回っている兵士たちが休息にカフェに立ち寄るというのはまあわかる。

あまり長居せずに出て行った。

そして私たちが長居していたのは事実だ。

そしたら、私たちがいる間にまた同じメンバーがずかずかと入ってきて、また奥の席に座った。

同じメンバー。

違うメンバーなら交代で休んでいるのだと思うけれど。

一時間半くらいしか間があいてなかったような気もするし。

日本にいると日本は平和で警戒心がなさ過ぎて怖いような気もするし、フランスにいるとおお、さすがに「非常事態」の国なのかなあ、と思う時もあるけれど、フランスも日本(沖縄以外)も、実は深いところで平和ボケしているのかもしれない。

冷戦の数十年、ドイツは東西が分断されていた。ベルリンの壁はもとより、一触即発のリスクを抱え、チェコなどの共産国とも国境を接していたのだ。

その点、フランスは、国内にいる限り、そのような生死をかけた国境を抱えていなかった。

今のギリシャやイタリアのように、難民が直接押し寄せる場所でもない。

いろんな意味でドイツとは真剣さが違っていても不思議ではない。

オランド大統領は警備を拡充するために志願者(17-40 歳)と退役軍人らで構成する予備役兵士を使うことにして呼びかけている。

続々志願者が増えているという報道もある。

ISの「聖戦」に志願するよりずっといいけれど・・・

なんかどこかがおかしいぞ、という気がする。
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by mariastella | 2016-07-24 06:48 | フランス

ニースのテロ 補足

先日の記事の追記の部分に書いた勇敢な人々の話、倒された自転車の人のインタビューのほかにようやく本命のスクーターに乗っていた人のインタビューがTVや雑誌で出はじめた。

花火には遅れたけれど海岸に出ようと妻と息子2人とやってきて、トラックのテロに遭遇し、まず息子2人を置いて妻と共にスクーターで追いかけ、次に何とか阻止しようと妻を降ろし、トラックにつかまって開いていた窓からテロリストを何度も殴った。
テロリストは銃を向けてきたし発砲もされたが、殺されてもいいという覚悟で殴り続けた。

この人(空港勤務の普通の人)の直接阻止のためにテロリストが暴走を続けられなかったのは確実だ。

すごいと思うが、恐ろしいのは警官がやってきてテロリストと銃弾戦になって撃ち殺したことだ。よく怪我をしなかったなということだ。そればかりか、トラックにはりついていた彼がテロリストの仲間かどうか分からない状況だったので、この人はあっという間に乱暴に警官に拘束されて引きずられていった。

もちろん後ですぐに事情が分かったのだろうけれど、あのシーンで、警官によって間違って撃ち殺されていたり、怪我をさせられていたりしたらどうなっただろう。

まあアメリカと違ってフランスの警官は発砲するハードルが高いので(それが批判の的になることあるわけだが)よかったけれど。

この人は自分は「英雄ではない」と答えていたけれど、最初の記事で書いたように、このひとのようにトラックに張り付くことには成功しなかったけれど、多くの人が何とかしようと反応した。

こういうテロで不特定多数の人が居合わせる場合、パニックに陥って逃げ惑うのは当たり前だとしても、必ず一定数の人が、脊髄反射的に「敵」に立ち向かう。保身などは考えない。

こういう身を挺して外敵に立ち向かうというリアクションは、英雄的と称えられるのはいいことだけれど、そういう評価の期待とは別に、「英雄的」でなく、「人間的」だと私は思う。

そして残念だけれど、その同じ「人間的なリアクション」が、さまざまなシーンで、洗脳されたり環境や出会いが悪かったりなどの運命のいたずらで、また、テロリストを突き動かすこともあるのだ。

そうやって「殉死」したテロリストは、仲間内ではやはり「英雄」、「殉教者」と称えられるわけだ。

私は、スクーターの「英雄」行為を相対化しようとしているわけではない。

このような「人間的なリアクション」のポジティヴなものが、長い目でみて「ネガティヴ」なものよりも多かったからこそ、私たちの「文明」は滅びずに続いている。

私はその恩恵を受けている。

「悪の権化」のテロリスト

VS

「正義」の英雄

という単純な二元論におさめずに、私たちの人間性の本質を考察したいと思うだけだ。

ハンナ・アーレントがホロコーストにおける「悪の陳腐さ」を語ったように、「善」もまた陳腐であり得る。

「英雄」をちゃんと称えないと次に英雄的行為で悪に立ち向かってくれる人のモティヴェーションが低くなる、などという心配はない。そういうリアクションをする人は、今回のスクーターの人が言うように、使命感に駆られて、などという暇もなく、ただ、行動してくれたのだ。

そういう人たちのおかげで、全体として私たちはサヴァイヴァルしてきた。

問題は、そのような「英雄」のレトリックでテロ行為を煽るようなグループの存在である。

それがISであれ、1995年のオーム真理教であれ、そのような「悪」(人が安全に生きる権利を脅かす)に向かわせるレトリックを支えているものにも「英雄」という概念が取り込まれている。(衆生の魂を救うというバージョンであるとしても、大きな使命を遂行すると言う意味で)

加害者と被害者、英雄と悪魔のようなレッテルではなく人間性の深いところまで降りていって、問題の本質を考えないと、いつまでもいつまでも、新しい悪魔、新しい英雄、新しい加害者、新しい被害者が出てくるだろう。

(これは多分、ひとりひとりの問題だと思う。個人的にはテストステロン弱者の私は悪にも善にも突出しないでぼーっとひっそりと他者の悪意を避けつつ善意の恩恵を受けているタイプ。脊髄反射的には大したことはできず、じっくり考えて、「弱者の側に立つ」という原則に殉じなくっちゃなあ、とようやく言い聞かせるタイプです。)
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by mariastella | 2016-07-22 18:34 | フランス

緊急事態の延長とサルコジ節の炸裂

フランスの緊急事態期間が結局、後3ケ月でなく6ケ月に延長された。

ニースのテロの後、テレビのメイン報道番組で水を得た魚のように久しぶりで次の「大統領候補」としてのサルコジが熱弁しているのを聴いてしまった。

なるほど、内務大臣上がりで強面のサルコジは、こういう時に語る言葉を持っている。
アドレナリン全開。

こんな「非常事態」にはやはりサルコジのような、プーチンのような、エルドアンのような、アサドのような公共の秩序を乱すものに対しては容赦ない決断を下せるリーダーが頼りになるよなあ、って誰もが一瞬思ってしまっても仕方がない。

ニースのプロムナードで犠牲者のために花やろうそくやカードがずっと供えられているのはいいとして、テロリストが撃ち殺された場所にはLACHE(卑怯者)と書かれ、空き缶などのゴミの山が築かれて唾を吐く人もいた(今は撤去されている)。

革命記念日という国民の祝日にトラックで突っ込んで子供を含む84人をひき殺した悪いやつ一人という分かりやすい構図だったから、悼む心とセットになって憎しみを表明するハードルが低かったということだろう。

で、それを利用して、これがシャンゼリゼだったらあり得ない、地方差別だ、ニースの警備の予算が少なかった、という怒りなどを伴う「責任追及」政治劇が始まった。

サルコジは、昨年のシャルリー・エブド事件以来、要注意人物を拘束したり自宅軟禁したりなどの処置をするという法が成立したのに、政府はこの18ヶ月間何もしていない、と非難した。
自分なら危険人物は直ちに一網打尽、という感じだ。

そこだけ聞くとなるほど今の政府はひどい、と思う人もいただろう。

それは当たっていない。

まず、今回のテロリストはいわゆる要注意人物のリストに上がっていず、最近一人でISのビデオを見て(勧誘者に接触されたという情報もある)独自に凶行に及んだ男だから、そのような予防処置の対象にならない。

また、政府は18ヵ月間その予防処置を放置していたわけではなく、憲法に照らし合わせて検討した結果、たとえ「緊急事態」宣言下でもそれは違憲であり、実行不可能という結論に達したということである。

つまり怒りや恐怖、パニックに駆られて通過した条例でも違憲性があって適用できなかった。

これは、国民の6割以上が死刑存続に賛成していた時期に、「冤罪による刑死者をたった一人も出さない」という決意のもとに「冤罪刑死者ゼロ」の唯一の手段として死刑廃止に踏み切った国の死守する一線なのだろう。

その死刑廃止ですら憲法に明記されるには時間がかかったのだけれど、憲法の前文には人権宣言が置かれている。
「人権宣言先進国」としての矜持が、たとえリスクを冒すことになっても、自由を拘束する予防措置には慎重であり続けるという原則に殉じる覚悟を持たせるのかもしれない。

「疑わしきは罰せよ」などというコンセンサスは多くの悲劇を生んできた。

誰でも、時と場合によってはあっという間に「疑わしい」側に「認定」されることがあるのだ。

共感の幅を狭めてはならない。

個人的には、ドイツの電車で斧を振り回してけが人を出したテロリスト(?)の方が、ある意味で怖い。

カラシニコフだとか爆弾とかなら何が何だかわからないうちにことが終わるかもしれないけれど、「斧」って、なんだかホラー映画みたいだ。

しかも、わずか17歳のアフガニスタンからの難民の青年による犯行だった。

こういう絶望を見ていると、「18歳でちゃんと選挙に行きましょうね」なんていう平和な国と同じ時代の出来事とはとても思えない。

けれでも、その平和な国にも、ごまかしや野心やデマゴギーや憲法の勝手な解釈や改訂に向けてのサルコジ・テイストの言説が垂れ流されているようだ。

新政府となるイギリスや、テロの脅威にさらされるドイツやフランスのやり方をじっくり観察しながら判断の眼を養いたいところである。
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by mariastella | 2016-07-21 00:06 | フランス

ニースのテロについての言説(続きの続き)

今日がニースのテロの犠牲者のための三日間の国家の追悼の最後の日。

ニースでは、ホテルやレストランのキャンセルなどが続き、経済的打撃は大きいようだけれど、こういうとなんだけれどとにかく花屋さんだけは大繁盛だ。

犠牲者を悼む場所に花の山が追悼メッセージと共にどんどん増えている。

普通、この暑い季節に個人が花を贈りあうのは減るはずだけれど、花屋さんの前には長い列ができている。

百キロ以上の遠方からわざわざ花を捧げるためにやってきたという人もいる。

私はその場にいたらきっと感動するかもしれないけれど、テレビのスクリーンごしで離れて見ると、多くの花を捧げるアクションにあまり心を動かされないタイプだ。
変な話、自分が死んでも献花は一切お断りと書き残すタイプだ(生きている時にお花をいただくのはもちろん好きだけれど)。

でも、花といっしょに捧げられたいろいろな言葉の中に、パブロ・ネルーダの引用があったのには心を動かされた。

もちろんフランス語訳だけれど

« Ils pourront couper toutes les fleurs, ils n’empêcheront jamais le printemps. » (Pablo Néruda)

というもの。

「彼らはすべての花を切り取ることはできるだろう、けれども春が来るのを妨害することは絶対にできない」

もちろんニースの文脈での「花」とは、テロの犠牲になった命のことを指し、
「春」とは、それにも屈することのない平和と連帯への意志を指しているのだろう。

でも、ニースの炎天下でおびただしい花がこれからどんどんしおれていくだろうことを思うと、なんだか、別の意味が浮かんでくる。

情動に駆られた一時の連帯の高まりが下火になることがあっても、憎悪や暴力の連鎖によっては絶対に潰し去ることのできない大きな力もまた確かに脈動しているのだ、という意味である。

正午にはテロの度に提唱される例の「一分間の黙祷」がやってくる。

この言葉をこのブログにアップすることでそれに代えることにする。
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by mariastella | 2016-07-18 19:00 | フランス

ニースのテロについての言説(続き)(追記あり)

昨日と同じく、これを書いている時点では、トルコの情勢の分析の方に関心が向かっている。

「民主主義の勝利」みたいなことを言いながら、復讐する気満々のエルドアンの独裁体制が強化されて、イスラム化も進むと思うと複雑だ。
テレビで見ていると、イスラム・スカーフをつけた女性も少なくなく、ついこの前までのフランスより厳しい規制はどうなったのだろうと思う。
シリアやイラクと国境を接していてクルド問題もあるし地政学的に難しい国なのはよく分かるだけに、どうなるのか心配だ。

でも、ニースのテロの件でフランスの様子を知りたい方もいるようなので、ざっと今の時点で昨日の続きを書いてみる。

ラマダンもしていない、酒も飲む、と言われていたニースのテロリストは、極々最近、ひげを生やし始めてあっという間にISに洗脳されたと言われていて、ISが声明を出した。

普通の車も武器になるというのもISが何度も示唆していたものだ。

けれども、今回のやり方は、子供の犠牲者がいたこともあって、テロの場面を見て、「英雄的行為」に次のテロリスト志願者が鼓舞される、というモデルとは少しずれている認識があるようだ。

リヨンの近くであったテロの時、テロリストが殺害の様子や遺体損傷の様子を自撮りしていたことがあったが、ISがそれを自分たちのプロモート・ビデオに流す時に、編集し、残酷シーンをカットしていた事実がある。

つまり、あまりにも突出した変質者が猟奇犯罪をしているように見えては、ジハード志願者を離反させて逆効果だということをちゃんと計算しているのだ。「聖戦」に見えなければいけない。

だから、こういう「にわかISシンパ」による勝手なテロが増えるようならば、一見まるでガン病巣が転移したようで怖いけれど、長い目で見ると勢いが弱まって自壊していくかもしれない。

また、最初のニュースでは、まるでトラックが軽々と突破して2kmも突っ走って人々をなぎ倒し後ではじめて警察に止められたかのような印象を受けたけれど、トラックが最初に突っ込もうとした時のビデオが放映されると、それを何とか止めようと割って入ったオートバイ(?)か何かに乗った人がいて、倒されてしまったのが分かる。(追記: 自転車だった。その人のインタビューをテレビで見た。夢中で何とかしようとした、彼がトラックに絡んだ150メートルの間には死者が出なかったのがせめて慰められたというようなことを言っていた)

最初から発砲した二人の警官もいたし、阻止しようと後を走った人もいて、もちろんみな無駄に終わったのだけれど、複数の人間が止めようとしてアクションを起こしていたのが見えて何となく力づけられた。
大型トラックのテロの前では無力だったかもしれないけれど、少なくとも、テロリスト1人に対して阻止の行動を起こした人の数の方が多かったわけだから。

というのは、今回のような、ISのビデオを見て突然過激化したようなテロリストは、警察の危険人物のリストには載らない。
どんなに警察や軍隊を繰り出しても、こぼれ落ちる。
セキュリティ強化や諜報にも限界がある。

そのことを評して、

この種のテロのセキュリティを担うのはもはや「国」ではなくて社会や家庭だ、

と言った人がいた。

これは別に、みなが相互監視しろという意味ではない。

ましてやアメリカのように自衛のため拳銃を持てというわけではない。

「絶対悪」に対する戦争を国や警察がやればいい、というこれまでの見方から、

このようなタイプのテロリストを養って実行に踏み切らせる社会の土壌や病理そのものを見てどのようにそれを緩和、根絶、治癒できるのかという問題意識を社会全体、またその単位としての家族が共有しなくてはいけない、という意味だ。

昨年から、フランスが、シャルリー・エブドやバタクラン、ニースの遊歩道、と、嫌なことだが、いろいろなタイプのテロに見舞われてきた中で、特定のグループ(郊外に住む移民の子弟とか)をスケープゴートにまつりあげたり、特定の政策を弾劾したりなどが困難になってきたからこそ育ってきた良識も確かに感じられる。

レイシズムの正当化やイデオロギー対立のツールには納まらなくなってきた。

社会的な自覚を深めるのが次の段階かもしれない。

病気に例えれば、患部摘出手術や無菌室への隔離よりも生活習慣や環境を変える方向も視野に入ってきたということだろうか。一抹の救いが感じられる。
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by mariastella | 2016-07-17 06:39 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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