L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:フランス( 316 )

マクロン、ヴァルス、マリーヌ・ル・ペン

エマニュエル・マクロンが土曜日にパリの集会で1万5千人を集めて、1h 45も喋りまくった映像を見た。

しゃべるというより、叫んでいる感じで、うーん、あのテンションであれだけ長く話せるのってやはり38歳という若さかなあ、と思った。ジュッペには無理だったよね。

それにしても、はっきり言って、どこのカルトの教祖ですか、という雰囲気だった。

私は彼のディスクールをフランス語の政治言説のレトリックの例として分析しているのだけれど、そして、ナポレオンのそれと比較もしているのだけれど、なんだか、私の興味と少しずれてきた。

でも、この洗脳が進めば、ひょっとしたら大化けするかもよ、とフランス人に話したら、
「いや38歳は若すぎる」とシニアの人たちは言う。

「でも、ナポレオンは35歳で皇帝になったんだよ、ナザレのイエスは33歳で神になったんだよ(語弊がありすぎだが…)」

と私がいうと、

「昔の30代と今の30代は違う」、

って必ず言い返される。

今は七掛けっていうから今の38歳は昔なら26歳くらいってこと?

でもジャンヌ・ダルクは17歳でオルレアンを解放してるしね、

成熟や運命は実年齢と関係ないような気もする。

一方、最近、久しぶりにマリーヌ・ル・ペンがテレビでインタビューに答えていたが、服装、話し方、すべて完璧だった。
それこそ「成熟」を演出していた。
姪のマリー=マレシャル・ル・ペンが妊娠中絶の保険払い戻しをやめる、とか言っていることをふられても、それは自分のマニフェストとは違うと即座に否定した。

「ヨーロッパ離脱やユーロ圏離脱の国民投票をする」という典型的なポピュリズム政策を別としたら、すごくまともだ。

ヴァルス元首相はといえば、予備選に向けて社会党内部をまとめるのに必死という感じで、戦闘的にやっているが、土曜日のミーティングに集まったのは350人という話だから、マクロンと比べられて気の毒だった。

マクロンやヴァルスを見ていると、ル・ペンが一番「疲れない」、というのはいかがなものか。
by mariastella | 2016-12-12 00:29 | フランス

シャルリー・エブドとカレーの「ジャングル」

カリカチュアでテロに遭ったシャルリー・エブドの画家2人が、今は取壊されたカレー難民キャンプ(一部はダンケルクや救援センターのレポートもある)に通って人々と交流し、最後の日々も記録した貴重な本が別冊になった。

難民の生活、トイレの問題からヘアスタイルのこだわり、子供のための学校や遊び場に至るまでいろいろ描き込まれている。

カレーからは、イギリスに渡ろうとして英仏海峡の手前でせき止められた人びとが決死の渡航を企てては命を落とす。

この本を読んで、初めて、難民は名前や顔や個性を持つ一人一人の隣人になった。

シャルリー・エブドは、テロの後で壊滅に近い打撃に関わらず世界中から読者を獲得して、「超リッチ」になった。だからこそ、こんな贅沢な企画が可能になったのだ。

テロへの最高のレジスタンスだ。

ここには、ノンフィクションの確実な視線がある。
ジャーナリズムの勝利だ。

カリカチュアはひとかけらもない。
いや、これを見ていると、カリカチュアにされているのは、「ジャングル」で何が起きているのかを知ろうとしなかった全ての人だという気がする。
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by mariastella | 2016-12-11 00:30 | フランス

カズヌーヴが首相になった

月曜日、ヴァルスがようやく大統領選出馬を宣言して首相の座を離れた。

マクロンとヴァルスでは

「(上司であるオランドに対する)裏切り者同士の戦いだ」

と揶揄する共和党員もいる。

まあ、オランドも、選挙前にDSKのスキャンダルでチャンスが転がり込んだわけで、カリスマ性はもともとなかったが、ヴァルスやマクロンのようなキャラのたった男たちに囲まれていて大変だったろうなと気の毒にも思えてくる。

で、マクロンの後に、内務相のカズヌーヴが首相に就任した。
内務相から首相にという展開は、ヴァルスもそうだったし、サルコジやヴィルパンも内務相を通過した。

カズヌーヴについては、教会のテロの後に詳しく書いた
オランドもようやく、権力争いとは離れて、忠実なカズヌーヴといっしょに最後の数ケ月は「理想」に立ち返るんだろうか。

カズヌーヴはフィヨンと同じくカトリックだ。

でもこの記事に書いたように、政権にある人として政教分離についてとても気をつけている。

上の記事にあるサロモン・ルクレールは教育修道会の修道士だった。

フランス革命後、1790年の聖職者市民憲章によって、共和国への忠誠(11/26から義務となった)を誓わなかったので、パリで身を隠した。1792年8月に逮捕され、監獄と化したカルメル会修道院に閉じ込められたが、9/2にほとんど全員が修道院内部や庭で刺殺された。

2007年、ベネズエラで毒蛇に咬まれた少女のために修道女たちがサロモンに祈ったら治癒を得たのが、2011年にカラカス司教が奇蹟の治癒の認定をしたて、列聖の基準を満たした。

ベルナール・カズヌーヴ(内務・宗教相)は今回(10/16)の列聖式には出席しなかったわけだが、2015年のジャンヌ=エミリー・ド・ヴィルヌーヴ列聖には出ている。

ピウス11世がフランス革命の188人のカトリック殉教者を列福し始めたのは1926年のことだ。

カズヌーヴは1792/9のカトリック虐殺を容認するものではないし、共和国を守るために共和国の名でなされる犯罪行為を共和国が免償するものでもない。

何があったか?

7月のアメル神父の殉教との関係がないとは思えない。

ルクレール修道士もアメル神父も、個人として殺されたのではなく、信仰と宗教上の役割のために殺された。

アメル神父の死は共和国の「信教の自由」に反するイスラム原理主義者によるテロとみなされる。
フランス革命の「恐怖時代」は、まさに「テロ」という言葉を生んだ時期だった。

カズヌーヴの社会党はフランス革命の理念の継承者ということになっている。

難しい立場だが、カズヌーヴの選択はメッセージ性を発していた。

これからは、社会党の予備選やらマクロンやメランションの動向ばかりが取り上げられるだろうが、オランドとカズヌーヴの最後の五ヶ月を見まもってみたい。
by mariastella | 2016-12-07 00:11 | フランス

オランド大統領の不出馬

木曜日、オランド大統領が次の大統領選への不出馬を表明した。
現職大統領が二期目をあきらめるのは珍しいことだ。

テロの後に、テロリストの国籍剝奪の提案をしたことだけが自分の失敗だった、とも言っていた。
それによって国民を一体化しようと思ったのに、かえって分断させてしまった、と。

確かに、国籍剥奪なんて、極右の言いそうな排除の論理だ。
フランスの普遍主義には似合わない。
それに、実際のテロリストはフランス国籍を持っているとは限らないし、実行犯の多くは自爆したり射殺されたりするから、その後では意味がないし、国籍剥奪されるのが嫌でテロをあきらめる、などという抑止力などあり得ないだろう。

それでも例えばイギリスが最近、シリアでISに加わったイギリス人の700人のジハディストのうち最も危険な80200人のリストを公開して彼らをすべて逮捕もしくは殲滅すると宣言したのは、フランスでは考えられない。

ISの訓練場所を空爆する時に、そこにフランス国籍の者がいるのでフランス人を殺すことになる、その是非、ディレンマについて議論があったことがあるくらいだ。

フランスの死刑廃止において戦時を除くという例外があったから、イギリスにもあるのかもしれない。
「テロリストとの戦争」が宣告しているのだから、国籍の有無にかかわらず「テロリストの死刑」はあり得るという理屈なのだろうが、少なくともフランスはそんなことを大きな声では言えないし言っていない。

オランド不出馬表明の後でヴァルス首相がすぐに出馬を表明していないのは「礼儀の期間」をおくからだ、と言われる。Delais de décenceだが、今回の場合、「喪の期間」にも似ている。

その辺もまあ、フランスらしい、抑制というかジェスチャーなのだろう。

どちらにしてもヴァルスの勝機は少ない。
マクロンの方がまだ人気がある。

けれども、「一度も政権に関わっていない」からまだ誰も失望させていない、という理由だけで、マリーヌ・ル・ペンが第一回投票で有利であり続ける情勢は変わらない。

どうなることやら。
by mariastella | 2016-12-04 10:01 | フランス

フィヨン、シャルリー・エブド、カトリック

フランソワ・フィヨンが共和党の予備選で大勝したら、今週の『シャルリー・エブド』は、フィヨンを揶揄する傑作なカリカチュアが表紙で、中味も、例のフィヨンとカトリックを結びつける短絡な記事が満載だった。

カトリックがこんなに攻撃されるなんて、なんだか19世紀末か20世紀初めですか、と言いたくなるくらいアナクロな感じがする。
でも私の直接知らなかった反教権主義イデオロギー自体のカリカチュアを見ているようで興味深くもある。

ちょうどフランス司教会議が、政治の理念についての声明を出したし、議長のマルセイユ大司教が、中絶を考え直させるサイトの禁止法案に異議を唱える手紙を大統領に出したものが公開され、翌日のラジオで広報担当の司教がそれを解説するというタイミングでもあった。
11/30にはリヨンのバルバラン大司教が司教区の議員ら260人を連れてのローマ巡礼の3日目に教皇の話を聞いている。
教皇は言わずと知れた格差社会の底辺にいる人の味方で、難民の味方でもあり、その話は極右はもちろん共和党の主流とはかけ離れている。

私が感慨深く思うのは、フランスのインテリ左翼の系譜の人たちがいまだに、というか最近あらたに、カトリックというと、偽善者、小児性愛者、終わったコンテンツ、のように唱え続けることだ。
そして、それが、ヨーロッパの他の国、特に、旧共産圏の国々とはまったくずれているということだ。

東ドイツ出身のメルケル首相のいるドイツも含めて、多くの国では、無神論的物質主義は、政治警察、迫害、強制収容所などを思い出させる。
ロシアでは、ミハイル・カリーニンの時代、1930年に「神なき5年」プロジェクトによって教会は壊されイコンは焼かれ、聖職者や修道者が虐殺された。
アルバニアでもキリスト教だろうとイスラム教だろうと、宗教を信じているという人はすべて殺されたり強制労働に送られたりした。

東ドイツでは、プロテスタント教会は独裁からの避難所として機能し、1989年にベルリンの壁崩壊に至るデモの組織にはライプツィヒやドレスデンの牧師たちが大きな役割を担った。

これらの国々の人たちは、国家による20世紀の殺人が、神の名よりも、科学の名や無神論の名でより多く犯されてきたことをまだ覚えている。

一方、メルケル首相のドイツキリスト教民主同盟や、キリスト教社会同盟など、主要政党に「キリスト教」の名が冠されるなんて、フランスでは考えられない。

アメリカと宗教の関係も根が深いけれど、フランスの反教権主義の根も深い。

そういえば2002年のマリー・ド・ラ・パッションというフランスの修道女の列福式にフィヨンが参加してヨハネ=パウロ二世に謁見しているけれど、フランス革命で殺され殉教したサロモン・ル・クレールが10/16に列聖された時は、フランス革命を加害者にする儀式には出られないとして、カズヌーヴ内務相(宗教も担当)が欠席した。

それにもちろん、フランスではイスラム過激派はもちろん、普通に敬虔なイスラム教徒をどう扱っていいか分からない、彼らだけを差別していると取られると困るから宗教全部を規制しようという動きもある。

『シャルリー・エブド』など、イスラム教への揶揄より何倍もひどいというより下品な表現をカトリックに向けているのは有名で、フィヨンにもそのネタが応用されたわけだ。

フィヨンがカトリックのボーイスカウトに属していたこと、息子たちもそれに続いていることまで、まるでベネディクト16世がヒトラーユーゲントに組み込まれていたのと同じように書き立てているメディアもある。

なんだかいろいろなトラウマをまだ消化も昇華もさせないで抱えているような複雑なものが底に流れている。
オーストリアの状況もそうだし、イタリアの国民投票もリスクが大きく、ヨーロッパは一体どうなるのだろう。
by mariastella | 2016-12-03 08:15 | フランス

フランス大統領予備選 その8

フランス共和党の大統領予備選は、予想通りフィヨンが大勝した。
全回のフィヨン票とサルコジ票を足した感じだ。

フィヨンの「公約」はかなり具体的なので、「後出し」に向かうル・ペン(FN)や社会党(PS)は戦略が立てやすい。
今朝のラジオではFN(国民戦線)が、フィヨンは国民皆保険の社会保障を事実上なくして、低所得者は医療が受け入れなくなる、と攻撃していた。

昨日の調査では初めて、来年の大統領選の第一回投票でもフィヨンがル・ペンを上回るという結果が出て、決選投票ではジュッペに勝ったのと同じ三分の二の得票、と出ている。
それでも2002年のシラクとFNの決選投票程の差は出ていない。
ポピュリズムが経済格差と比例して増大しているのは確実だ。

首相のヴァルスが出馬する気が満々で、ジュッペが敗れたことからバイルーら中道も出馬しそうだし、(ラマ・ヤデはすでに出馬表明)、フィヨンに対抗する陣営は票が割れそうだ。

それにしても、もう何十年も政治家をやっていて、首相も5年務めたフィヨンが、今になって反動カト(カトリック)呼ばわりをされて揶揄され続けるのを観察するのはおもしろい。
もう一世代前になりつつある「インテリ-左翼-無神論」の伝統がどっと蒸し返されて楽しいくらいだ。

レイモン・アロンは「フランス人は革命はできるが改革はできない」と言ったそうだが、実感がある。
朝のラジオで傑作だったのはフィヨンの勝利でミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』の中のヒット曲
「カテドラルの時代」が流されたことだ。

この曲のこの部分
で、「Il est venu le temps des cathédrales 」というフレーズがとても有名で、「カテドラルの時代がやってきた」とフィヨンが揶揄されているわけだ。
反動カトのフィヨンでは政教分離ももうおしまいだ、宗教行事に合わせて国家試験の受験をずらすことができるようになるかもしれない、とも批判されている。
まあ、ここ最近、イスラム原理主義を規制する度に、イスラムを名指ししないために他の宗教も同様に新たな規制を受けるようになったので、マジョリティであるカトリック側から「信仰の自由を保障せよ」という声が上がっているのは確かだ。

でも宗教の社会的スタンスはそれぞれの歴史的文脈があまりにも違うので、まとめて扱うのは恣意的に過ぎる。クリスマスの馬小屋(イエスの誕生シーン)設置は宗教だと批判されても、中国の新年の行事は文化としてもてはやされる。イスラムに対しては完全に政治的な判断だ。

まあ、今回の大統領選については、前回、DSKのスキャンダルで繰り上がった形のオランドが「反サルコジ」票を集めて当選したことに比べると、まだ冷静に議論されるだろうとは思うし、保守と革新(こういう区別の仕方はもはや成り立たないが)の政権交代があること自体は健全だとも思う。PSから距離をとったマクロンあたりが力を蓄えているようだが、まだまだ伸びしろがあるだろう。

ジュッペは最終演説で、環境やヨーロッパについてふれていたのはよかったが、人々が不満を持つ今の状況を「鎮静させるには、安心させなければならない、安心させるには強くなくてはならない。国を再武装して全雇用の経済を再建するために強くありたまえ(Pour apaiser, il faut rassurer, pour rassurer, il faut être fort. Soyez forts pour réarmer l'État et reconstruire une économie de plein emploi)」などと言った。レトリックではあるが、「武装」とか力とか強さとかいう言葉や経済再建とかいう方向性自体は、みんな同じだ。フィヨンも、幸福とは奪い取るものだとか、特別な力だとか、フランス人の誇りだということばを使っている。

選挙「戦」というだけあって戦闘的なのは分かるけれど、どちらも今の状況を嘆かわしいものというところから出発して、それから脱却するには強くなくては、という路線は同じだ。

しつこいようだが、シモーヌ・ヴェイユの言葉をいつも忘れないようにしている私にとっては、賛同できるものではない。

フランス人であることの誇り、それを子孫にも伝えて…などという言説も、どこの政治家もいうことだけれど、誇り=自尊心というのも、たいていは他者との優劣関係におけるものだ。

経済力や軍事力の優位に担保されるような「誇り」ではなく、命そのものの「尊厳」が大切だという多くの宗教が伝えるメッセージとも合致していない。

フランス人仏教者とも話したが、同じ意見だった。
その人は、第一回投票の前の7人の候補者の討論で、唯一の女性であるNKMが、司会者たちから他の候補者に比べて2倍の22回も発言を中断させられたことを指摘して、フェミニズムの観点から彼女に投票したと言っていた。

何にしろ、「戦い」を前にしてはいろいろな本音が見えてくる。

それを観察するのは勉強になる。
by mariastella | 2016-11-28 20:31 | フランス

フランス大統領予備選 その7

日曜に最終投票となる今回のフランス共和党予備選、事実上の本選だとも言われている。

そのくらい、オランド大統領の人気はないし、社会党が内部分裂を起こしていることもあって、政権交代の可能性は大きいからだ。

では私がフィヨンとジュッペのどちらがましかと思っているのか、と聞かれたのだけれど、社会党の分裂を反面教師とし、アメリカの共和党の分裂も反面教師とし、彼らは、どちらが選ばれても協力態勢で行くことは大体予想できる。

2人ともフランシスコ教皇を引き合いに出して「良心」のある所を強調しているけれど、如何せん、2人とも、教皇とは正反対の「経済成長優先」であることは明らかだ。

いまだにサッチャーの規制緩和を見習えなどと言っているが、考えたら、これ以上経済成長を指標にしたら、地球が壊れてしまうのが分かっているような時代にどうしていまだにそんなことを言えるのだろう。

セキュリティの問題や社会の不満は、みな失業者が多くて可処分所得が減っているのが原因だ、だから「企業と投資家を優遇して景気を良くし、雇用を創出して、利益をみんなに還元する」という理屈がうまくいかないのはもうどこでも証明されていると思うのに。

フィヨンもジュッペも富裕層の特別税を廃止してTVA(消費税に相当)を上げる、などと言っている。

国際的な競争力、発言力はとにかく経済力だ、というのは、もう通用しない。

しかも、今の世界の国々の経済力の大きな部分は軍産複合体にある。
早い話が、経済成長のためには、武器や軍備を増強するのがてっとりばやい。
それは潜在的に戦争を必要とするということであり、街や道路を戦争で破壊したら、今度はそれを再建するための公共事業や復興産業が待っている。

こういう、かなり分かりやすい利権構造が見えているのに、みんな、とりあえずは自分ちの庭に爆弾が落ちなければいいのだろうか。

もう一つ、フランスのカトリックが共和党寄りか社会党よりかという質問だが、全体の傾向としては、
ソシアルにはとても左寄り、ソシエタルには右寄りであると言えるだろう。

ソシアルというのは、同じ共同体のメンバーに対する人間的な関係で、弱者やマイノリティに寄り添う無償の社会福祉的なものは社会党と親和性がある。

ソシエタルは、主として経済的政治的なレベルで使われる言葉で、異なる社会に対する関係と言える。
例えば、企業が自分の従業員に対するのはソシアルだけれど、外国の原料供給者だとか、地球の環境の保全とか、地球レベルでの平等や持続可能性などを考えるのはソシエタルである。

その意味で、自分ちの経済、自分の国の国力増強を優先するのはフィヨンもジュッペも変わらないし、フランスのカトリックと親和性があるだろう。 経済至上主義や金の偶像崇拝を弾劾する教皇とはまったく反対なんだけれどね。
by mariastella | 2016-11-26 06:14 | フランス

フランス大統領予備選 その6

先ほどTVでフィヨンとジュッペの最終討論を見た。

週明けは両陣営から非難と揶揄の応酬が続いたので、おやおやアメリカ化するのかと思っていたら、まあ、まともだった。

今週フィヨンは保守反動カトリックのレッテルを貼られたし、ジュッペはボルドーのモスクに絡めてアリ・ジュッペなどと言われた。

特にジュッペは70代の年よりだというイメージを払拭するためか月曜のミーティングで

「J'ai la pêche! Mais avec vous j'ai la super pêche!" 」

と気勢を上げたことでSNSでさんざんからかわれた。

la pêche は「桃」で、元気いっぱいという意味の口語で、くだけた言い方だけど、「私は元気です、皆さんといると超元気です!」と 「la super pêche 」と言ったのが、私は覚えていないけれど前世紀のスーパーマーケットの宣伝文句だったらしくて、藪蛇というか、かえって年より臭い、ということになった。

アメリカならなんでもありかもしれないけれど、確かにこんな言葉の使い方をフランスの大統領にしてもらいたくない。おまけに pêche には、ボクシングのパンチという意味もあるので、その pêcheをジュッペの顔面に打ち込んでやる、みたいな応酬もあって、揚げ足取り、言葉遊びのレベルになっていた。

こんなことでは、本選でポピュリストに敗れる種をまいているようなものだと心配だったが、公開討論ではまあまあ上品だったのでほっとしたけれど、インパクトもなかった。
そうなると、「見世物」としては、サルコジがいないとキャラが立っていなくてつまらない。

アメリカでトランプやサンダースが傍流から飛び込んだのと違って、2人とも同じ共和党の同僚同士で親称で呼び合っているし。

でも、サルコジがいなくなったので、決選投票に行く人は減るのではないかとか、フランス人は天邪鬼だから今度はフィヨンを落として番狂わせを狙うとかいう人もいて、どうなるかは蓋を開けないと、分からない。
by mariastella | 2016-11-25 08:12 | フランス

フランス大統領予備選 その5

アメリカの大統領選に比べてフランスは腐っても鯛、上品だなあと思っていたのに、フィヨンとジュッペの一騎打ちになって、突然相手への誹謗が飛び出した。

フランスがカトリック文化圏の国で、それを倒して共和国を造った国だというのもあらためてよく見えてくる。

カトリック信仰を隠さないフィヨンには「カト、トラディ(伝統主義者)、レアク(反動)」などの言葉が浴びせられる。
カトリックを「カト」というと、すでに、反革命、蒙昧な保守主義者、ブルジョワ王党派などの含意がある。

これを受けてフィヨンは

「カトリックです。でもトラディでもレアクでもない。すべてを変革しようとしているのだから」「信ずる価値観があるのは大事です、私は家庭、国の権威、労働などの価値を信じます」

と答えていた。

ジュッペも、「自分の方がフランシスコ教皇に近い」と明言するし、カトリックに属する二人ともが教皇を引き合いに出して自分の立場を正当化している。

今のローマ教皇は、フランスが力を入れている環境保全の最大の味方だし、社会政策についても、保守どころか社会党からも共感を寄せられるくらいの徹底した弱者擁護である。

ニースのテロの犠牲者や家族を宗教と関係なくヴァティカンで励ましたことも好意的に受け止められている。

アメリカの方が「宗教共同体」の縛りや建前がはるかに強い国だけれど、フランスのような「無神論的共和国」の建前の強い国の「建前の狭間」から漏れてくるカトリック臭というのはある意味で「かわいい」と思ってしまう。

そう思うこと自体、私の世代の日本人がいかに「信仰に無関心」の空気の中で育ったかの表れかもしれない。
建前宗教共同体のアメリカに比べると日本とフランスは似ているなあと日頃思っているけれど、日本の霊的無関心の荒野の乾燥度は半端でないかもしれない。そこを狙われたら誰に水を与えられても識別力が働かない可能性がある。

フランスは果たして、砂漠を掘り返すと泉の気配が見えてくるのだろうか。
by mariastella | 2016-11-23 19:27 | フランス

フランス大統領予備選 その4

(追記あり)
予備選の結果について仲間2人と話し合った。

2人とも投票に行かなかったことを後悔していた。
2ユーロ払えば誰でも投票できる。
投票率は高かった。

2人は次の日曜にフィヨンの当選確率が高いことにショックを受けている。
もちろんサルコジが敗退したのはいい。

でも、同性愛のカップルの養子問題についてフィヨンが保守的なこと、
労働時間を週35時間から39時間に戻すこと、
公務員を50万人減らすと言っていること、(ジュッペは25万人)

が受け入れられない。

2人とも、公務員(音楽教師)で「当事者」だ。
50万人減はかなり非現実的だ。
公務員の労働時間についてはジュッペも同じだが、他のセクターまでは48時間まで可、とフィヨンは言う。

アスペルガーの支援団体の表看板になっているフィヨン夫人への評価は高い。

うーん。

私の周りのリタイア世代の元公務員にこのことを話したら、
自分たちは現役のころ39時間をはるかに超えて働いていた、
と言われた。

音楽教師で、勤務時間を調整してコンサート活動をしている演奏家とは比べられないかもしれない。

週末には、フィヨンの地元で彼を知っている人がうちに泊まる。
地元での話を聞いてみよう。

宗教に関しては、フィヨンは二人とも洗礼を受けているという点ではカトリックだが、ジュッペは教会へ通うことはなく、離婚や再婚もしている。フィヨンは伝統的な地方のカトリックのタイプ。

フランスの司教団は政治的声明を出した。
新自由主義経済推進の政策に反対する。

ジュッペの考え方は司教団の意見書に近い。
でもフィヨンは、司教団の意見書に対して文書で回答したはじめての大統領候補者だ。

フィヨンの側近には保守的なカトリックが数名いる。

今回の予備選の一度目に投票したのはコアなカトリックの15%程度などであまり影響はなかったと言われる。
これからは意味を持ってくるとも言われている。

要観察。
by mariastella | 2016-11-23 03:58 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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