人気ブログランキング |

L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:お知らせ( 49 )

Officiel des spectacles

先日すでに紹介しましたが、私たちトリオの6/15のコンサートのお知らせの、パリのOfficiel des spectacles上のサイトのリンクを切っておきます。
このAccèsというところをクリックすれば教会の地図が出てきます。音響はとてもいいところです。


後期フランス・バロックの創造性と自由をフルに発揮して紡がれた物語満載です。先日書いたフランス料理との関係の説をメンバーに話すとみんな喜びました。これは実は、「人間観の変遷」「父権制と父殺し」「フレンチ・フェミニズムとエコロジー」などのテーマとすべてつながっています。
(10月発売予定の『ローマ法王』(角川ソフィア文庫)の加筆部分や
11/10予定の真生会館での講座「エコロジーと女性」でその一端を紹介します)

来春の沖縄公演のための資金作りのカンパをお願いしています。
沖縄では4/12の午後、その前に東京の真生会館の地下ホールで4/5の午後2時にやります。(前回は台風のせいで来れない方もいらっしゃったので)
東京から沖縄に行く途中で徳島で一つやれないかなあと計画中です。
徳島は、2009年秋に大塚美術館のシスティナ礼拝堂でのトリオのコンサートを企画していた場所でした。TBSの担当の方といっしょに2008年の10月末に大塚迎賓館の潮騒荘に泊まって、いろいろ驚かされたのを思い出します。ところがそれから数日後に、いっしょに旅行していた母が倒れて、2週間半後に亡くなるというアクシデントにみまわれました。(今当時のブログを見ると、そんな経緯は微塵も感じられない。今なら潮騒荘の写真だってアップしているだろう。)
で、一周忌まで実にいろいろあり、コンサートの企画は自然消滅してしまいました。(当時の知り合いとも連絡が途絶えて、トリオは2010年の岡山、京都、東京のコンサートで日本に戻ることができました。)
だから、もし徳島でなにかできたら嬉しいです。でもウィークエンドではないから集客も難しいそうでどうなるかは分かりません。
徳島または近辺にお知り合いがある方がいらっしゃれば私のサイトの掲示板にご一報ください。





by mariastella | 2019-06-06 00:00 | お知らせ

真生会館の講座と記念のメダル

前にもお知らせしましたが、4/21(イースターです!)の講座の申込フォームです。


私は担当は4/21です。ここで見ることができます

「ゆるしは誰のためなのか?」というタイトルだけ見ると、

「あんたは加害者をゆるしてやろうと思ってるでしょ、でも本当はじぶんのためにこそゆるしが必要なんだよ」

というけっこう上から目線のお話を想像してしまうかもしれませんが、別にそういう話ではありません。もちろん、そういう視点もすごく必要だとは思います。報復感情を爆発させるのは簡単でも、持続させるのは大変な消耗ですから。被害感情を優越感情に変えるマジックとしては「上から目線」を持てることって貴重かもしれません。

まあ、「疲れる前に休息する」という基本でユルく生きている私の実感としては、報復は最終的なカタルシスに至らないし、悪意による被害を受けた時は、まあ実害を「修復」できたとして、加害者に対しては、「赦す」とまでいかなくとも、「緩める」くらいに、そして「緩む」くらいに気持ちが風化していくのが常でした。

でも、「世の中」には、「許せない!」というニュースが目白押しなので、いろいろ考えさせられます。同時に、少しシビアに自分のしていることや考えていることを眺めると、「お許しください」という気持ちの方が圧倒的に大きくなって、人生は贖罪の連続かも。

で、困ったときの神頼み。

今回のプレゼントは聖べネディクトのメダルです。
グレゴリア聖歌を再興した発祥地として有名なソレム修道院で購入し、
c0175451_05505545.jpeg
      まずこうやって祝別してもらい、次に、
c0175451_05512525.jpeg
こうやって、聖水までふりかけてもらえました。フルコース。

(参考までに、祝別されたものを売り買いすることはできません。ここでもまず購入を済ませてから祝別をお願いするわけです。)

修道司祭さんとじっくりお話もできました。他に「これも持って行ってくれ」と渡されたおまけがつきます。
メダルは小さくて何が書いてあるか分からないのですが、写真にとってズームするとよく分かります。

そんなツールがなかった時代、この種のメダルを見せられて、このラテン語、なんと書いてありますか? とある人から聞かれたことがあります。全然見えなかったので、ここに大きく書いてみてください、と紙を渡したら、質問した本人にも見えていなかった、という笑い話のような思い出もあります。
c0175451_20003597.jpeg
メダルの表と裏。1965年版のベネディクト会規則本の上に乗せてみました。
c0175451_19585989.jpeg
メダルに刻まれているラテン語の解説書がおまけのひとつです。
修道者の祖聖ベネディクトとか、聖十字架が私の光となりますように、というのはいいとして、裏側にはドラゴンが私のガイドとならないように、とか、サタンに虚栄をアドヴァイスされないように、とか、サタンに、悪という毒の水を自分で飲め、とか、イニシャルを駆使した情報量がすごくたくさんで、その半分以上が、誘惑と戦う内容なので、修道士って大変なんだなあ、ごくろうさまです、と思ってしまいます。

ではお会いできる方は楽しみにしてください。
(私の母が西国33ヵ所をまわっていた時、各地で根付を記念に買ってプレゼントしてくれたのを思い出します。母は飛行機に乗る時は必ずパリの不思議のメダイをつけていましたけれど…)




by mariastella | 2019-03-28 00:05 | お知らせ

4/21のお知らせ

4/21、復活祭の午後に信濃町の真生会館の講座で話します。
キリスト教と関係のない方でも歓迎です。
参加なさる方には、いつものように「プレゼント」を用意しています。
何日か後のこのブログでそのプレゼントを紹介しますのでお楽しみに。
チラシを送っていただいたのでここに貼り付けておきますが、もうすぐウェブからも申し込めると思います。http://www.catholic-shinseikaikan.or.jp/
c0175451_07524256.jpeg
ADDRESS〒160-0016
東京都新宿区信濃町33-4
TEL03-3351-7121(受付代表)
FAX03-3358-9700
受付時間10:00-16:45

■交通アクセス

JR総武線信濃町駅改札を出て右側徒歩1分



by mariastella | 2019-03-05 00:05 | お知らせ

新刊『渡り鳥の見たキリスト教』

『渡り鳥の見たキリスト教』

このブログを宗教ネタ中心にまとめていただいた新刊がようやく注文可能になっています。

しかも、書き下ろしの単行本と違ってお求めやすい値段なので、ぜひこの形でご一読ください。

単行本化にあたって修正や加筆部分もあります。

c0175451_23090094.png


こうして本になるととても便利なので、次は、ブログの中で映画、本、音楽、アート、演劇でキリスト教テーマのものを集めたものを出していただければうれしいのですが・・。

キリスト教と関係のない音楽論やダンス論も、もう一度まとめてみたいのですが、なかなか難しいようです。


サイトにコメントを載せました。併せてどうぞ。


本の「おわりに」の部分をここにコピーしておきます。


おわりに

毎年夏に日本に短期帰国するようになったのは1990年からだ。それまでは2年に一度、長い時はまる6年も帰っていなかった。成田空港から都内に向かうリムジンの窓から見える日本語の広告が新鮮だったこともはっきり覚えている。父が亡くなった2002年からの一年間は母をサポートすることもあって4度も日本に戻った。さすがにその一年間は思考が分断されてまとまった仕事ができなかった。母が亡くなってからのこの10年は、主として春と夏に短期滞在するリズムができた。

私は「旅人」タイプではない。時に大きく移動しても、羽を休める定点を必要とする「わたり鳥」タイプの人間だ。今はネットの時代で、フランスにいても日本の雑誌がいくらでも読める。日本で読んだこともない雑誌でさえ読むことができる。だから今は、昔のように、日本から戻る時に大量の本や雑誌を持ち帰ることもなくなった。衛星放送で日本のニュースを探す必要もなくなった。

不思議なことに、情報環境がこうしてある意味でのっぺりとフラットになって以来、自分自身の「位置情報」そのものが「ものの見方」を変えることが分かってきた。日仏の二つの定点を渡る間の海の波のきらめきの間に、まるで錯視アートのように、今まで混沌としていたものがくっきりと姿を現すのを見ることもある。

そういう体験に基づく新しい発見や心の風景を覚書としてブログにつづってきた。もとより読者数を増やして陽の目を見ようという考えとは対極にある。コメント欄もなく、特定の記事がどこかで誰かのお役にたっていればいいとだけ思ってきたからだ。

そのブログを編集して思いがけなく出版を提案してくださった山内継祐氏に深く感謝します。山内氏も、同じ海をきらめかせる光を見て、吹き渡る風を感じてくれる「わたり鳥」仲間なのだと信じて。


by mariastella | 2019-02-04 00:05 | お知らせ

ヴェズレーのマリー=マドレーヌ

お知らせです。

10/28に、信濃町の真生会館でお話しするアートと信仰とインスピレーションについての講座に参加してくださる方に、このブログの8月末から9月にかけて書いたブルゴーニュ紀行のメインであるヴェズレー(ここから)の巡礼土産として定番のメダル(日本のカトリック風に言うと「おメダイ」)をプレゼントします。

こういうの。裏表です。
c0175451_17172305.jpeg

ヴェズレーのサント・マリー=マドレーヌと書いてあります。で、MAとMA。

昔、ある有名な霊能者のお宅に伺った時、あるメダルに刻まれたラテン語の意味を教えてほしいと言われたのを思い出します。

字が小さくて読めなかったので、その方に書き出してください、と頼むと、その方もはっきり読み取れず、同行のテレビ局の人も読めせんでした。

みんな老眼がはじまっていたんですね。

今なら、すぐに、スマホなどで撮影して拡大して読んでいることでしょう。
というより、今なら、誰でも、そうして読み取ったものをネットの翻訳サイトでラテン語から日本語に移せば楽勝でしょう。

時代は変わったなあと思います。

でも目をしょぼしょぼさせて、何が書いてあるかあまりよく分からないものを大切にしていた時代もそれなりになつかしいですね。

おメダイの「ご利益」は分かりません。
パリの「不思議のメダイ」も少し持っていこうと思います。
こちらの方は、「信じていない人でもOK」、24時間メダイに託して祈っている修道会もあるから心強そうです。(でも、少なくとも、差し上げる方が信じている必要がある、ということですから、どうでしょうか‥。)

(講座の案内はこれ

by mariastella | 2018-10-08 00:05 | お知らせ

スポーツ社会学と10月のお知らせ

お知らせです。

スポーツに関する論考を別ブログに書き始めたのだけれど長くなりそうなので、そのうちここで続けます。


ついでに、そのうちリンク先が分かればもう一度載せますが、もう一つお知らせ。

10/28(日)の午後2時から4時、信濃町の真生会館で

アートと信仰とインスピレーション

というタイトルの講座を受け持ちます。

9月には以前から言っていた3Kの本

『神と金と革命がつくった世界史――キリスト教徒共産主義の危険な関係』

が刊行されます。

カトサプ第4弾や、このブログのダイジェスト本も出る予定なので、来てくださる方にはまた何かおみやげをもっていけないかなあと考えています。

申し込み先がリンクできるようになればまたお知らせします。




by mariastella | 2018-07-23 20:34 | お知らせ

CD とDVD の申し込み先です。

お知らせ

最近、私の『バロック音楽はなぜ癒すのか』を図書館でお読みになって、CDを注文してくださった方がいるのですが、その方のメールに返信したのに「アドレス不明」で入りませんでした。このCDはもともと本とおそろいで制作したものですが、CDブックにすると流通が変わるというのでばらばらに販売したものです。

今は録音のシステム技術も数段進歩して、ある意味でまったくバロック的ではない部分が目立つので、その後は、バロック・ダンサーのためにだけ少しずつ録音しました。今まで購入してくださった方に感謝します。


現在、まだ入手可能なCDや今回発売した音楽紙芝居『レミとミーファの冒険』のDVDは東京四谷のドン・ボスコ社のショップで取り扱っていただいています。


ドン・ボスコ社のサイトからお問い合わせくだされば、ネットからでも購入できると思います。

よろしくお願いします。

お子様やお孫さんへのプレゼントにぜひ音楽童話をどうぞ。

フランス・バロックを耳にする日本人の子供がいることを想像すると幸せです。


by mariastella | 2017-11-23 11:57 | お知らせ

お知らせ

日本でのコンサートを振り返る記事をトリオ・ニテティスのブログに載せています。

ギャラリーで販売できなかったDVDのお申し込み先も載せています。
あわせてご覧ください。

by mariastella | 2017-11-06 20:29 | お知らせ

10/28 のコンサート

10/28 の真生会館のコンサートです。

c0175451_23384134.png

今回の東京のコンサートでは一番ゆっくりと聴いていただけると思います。

第一部はすべてラモーのオペラからの曲で、全オーケストラのパートを3台のギターの22本の弦でカバーしています。室内楽用のものではありません。

第二部では逆にチェンバロ曲を3台のギターで分けているものがあります。一人の人間の10本の指ではどうしても弾き分けられないものがはっきり分かるようにした上に、補助音も加えてアレンジしています。

いかにご一緒に音楽を創っていくかという楽しみをみなさんと共有したい私たちの意向をキャッチしながら聴いていただければ嬉しいです。

どの曲もいろんなシーンをイメージしているので、それぞれの心象風景のBGMのつもりでお聴きください。


DVDの申し込み先などトリオ・ニテティスのブログでご覧ください。




by mariastella | 2017-10-15 04:32 | お知らせ

新刊のお知らせ

もうすぐサイトのコーナーにもアップしますが、10/6に、中公新書ラクレから新刊が出ます。


『キリスト教は「宗教」ではない』


というタイトルです。


c0175451_17124449.jpg


サイトにのせる著者コメントを一足先にここでアップします。


昨日、フランシスコ教皇が異端批判をされていることについての記事をアップして、あらためて「宗教」ではないキリスト教や、「宗教」であるローマ・カトリックについて考えさせられました。


「普遍」であるということ、この世のすべての人の自由と平等と安全に生きる権利、愛される権利を守る、ということを、「社会」秩序であり文化である「宗教」の中で実現していく、いや少しずつでもそこに向かっていくということの難しさを痛感します。


では、コメントのコピーです。

>>>長崎県の五島出身でノンフィクション作家の今井美沙子さんが「恩師」である福江教会の松下佐吉神父について語ったものに、努力すべきは、まずよき人間であること、次に、よき社会人であること、最後に、よきカトリック信者であることのために努力するようにという言葉があった。

まずカトリック信者であるならばカトリック信者としての物差しで計って、人を批判する材料になりがちである、まず良い人間であるよう努力し、次に社会人としての責任を果たすことがカトリック信者の物差しで「良き信者」になることに優先する、というものだ。

この三つは、私がこの新書で語った

「ひとりひとりの生き方としてのキリスト教」

「イズム(共同体の規範)としてのキリスト教」

「宗教としてのキリスト教」

に重なる。

「カトリック教会」の教義や典礼というのは歴史の文脈の中で生まれた「宗教」であって、その遵守を第一の指針として生きていくべきではないと松下神父は言っているわけだ。カトリック教会、という「宗教」のシステムの中でキイとなる立場の「司祭」である神父にこう言わせているところが、「良き人間とは何か」という問いであり続けるキリスト教の底力だなあと思う。

この本を書いた後で、この「宗教ではない」というタイトルが挑発的に聞こえるのではないかと少し心配して、知り合いのカトリックの司祭やカトリック雑誌の編集者などに話したことがある。みな拍子抜けするくらいに「ああ、いいですね」と言ってくれた。でもよく考えたら、教義や典礼は時と共に成立し、キリスト教世界でも時と場所によって多くのヴァリエーションがあるのだけれど、彼らが「クリスティアニズム」(キリスト教、キリスト主義)と自覚しているベースには、「宗教」とは別の、「いかに生きるべきか」というのがあるのだなあと再確認した。

一方で、いわゆる、「キリスト者」ではないある人からは、「護教的」だと言われた。これも意外だった。私は「宗教」としてのキリスト教やカトリックが「正しい」と言っているのではないからだ。

それでもこの本の中でカトリック教会の誕生と変遷が一つの導線になっているのはいくつかの理由がある。

日本を含む今のグローバル社会の「先進国」スタンダードが、過去にローマ帝国の版図に広がったローマ・カトリック教会の影響を正逆の方向性はあっても、ほぼそのまま受け継いでいるからだ。

プロテスタントの誕生も、近代革命も、政教分離も、不可知論や無神論さえも、ローマ・カトリック教会がケルト人やゲルマン人らの「蛮族」をまとめて今の「ヨーロッパ」を形成した基盤から生まれた。

私は、プロテスタントとの宗教戦争の後でカトリックを政治的に選択した「カトリック文化圏」フランスに住んでいる。そのフランスは、また、近代啓蒙思想の中心地のひとつでもあり、革命によって、プロテスタント諸国よりもはるかに世俗的な社会を築いてきた。しかも中央集権的で中華思想の強い国柄なので、何層にも複合する「物語」を何度も語りなおしたり創りなおしたりという跡が比較的よく見える。

それは、地政学的な共同体であるフランスを「普遍主義」の国として語ることの営為だ。そこに「無理」があったり「欺瞞」があったり「粉飾」があったりするのは当然だけれど、この「普遍」(「カトリック」は普遍という意味でもある)は、この国に住む日本人(しかも女性で今やシニアという弱者要素満載)である私にとってとても快適な「建前」であり続けた。

「愛国、忠誠、勇気」などが国是の国ではなく、「自由、平等、博愛」という「普遍」看板が掲げられている国だからこそ、マジョリティの白人であろうがマイノリティの人たちであろうが、いっしょにフランス・バロック音楽を語ったり演奏したり教えたりさえすんなりとできてきたのだ。

 その意味で、私は「普遍主義」の恩恵を受けてきた信奉者だから、その「建前」としてのフランスやカトリックに対して「護教」者であることは認めよう。

その「普遍という建前」が「フランス」という「国」や「カトリック」という「宗教」の枠内に閉じ込められない「本来」の意味を指している限りにおいて。<<<<


by mariastella | 2017-10-03 01:38 | お知らせ



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧