L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 448 )

ロイヤル・ウェディング、カンヌ映画祭

5/19

夕方のニュースは、トップがロイヤル・ウェディングで、フランスらしく、ウェディングドレスはフランスのブランドのジバンシィ(でもデザイナーはイギリス人でメ―ガンと二人で決めた)、イヤリングとブレスレットはカルティエだった、と嬉しそうに報道していた。

ドルドーニュのある村でイギリス人コミュニティがあって彼らがカフェで結婚式の様子を皆で見ながら感激で泣く人もいた様子も映される。

アメリカからメーガンが呼んだプロテスタントの牧師がマルティン・ルター・キングの名を何度も出しながら、トランプ批判とも聞こえる熱弁を振るう様子も。

政教分離のフランスでは考えられないですね、とフランス人のコメンテーターが言うと、同席のイギリス人が「イギリス国教会は世界で唯一神を信じなくてもOKの教会ですから」などと言っているのもおもしろい。

ヨーロッパと「離婚」状態になったイギリスとアメリカの結婚みたいですね、しかもカリフォルニア出身で混血となればまさに移民国家アメリカのシンボルで、コモンウェルスの全ての国にとっても朗報です、とも。


突っ込みどころがあるような、ないような・・・。

二番目のニュースがキューバのボーイング機墜落、三番目がテキサス州の高校の銃撃事件。

アメリカではこのケースなら17歳でも死刑になる可能性があるとか、この少年は無神論者(教会に所属していないということだろう)で非政治的だった、とかいう解説で、これもなんとなく、日本ではスルーされるのかもしれないとも思う。

カンヌ映画祭のパルム・ドールに是枝裕和監督作品が選ばれたというニュースも伝えられた。

是枝作品で今フランスでも上映中の『the third murder』は、この前、日本に行く機内で観たところだ。

父親と娘の関係の強調と重層が少しうっとおしいけれど、役所広司の演じるつかみどころのない多重殺人者のインパクトが大きい。

でも、私はまだ加賀乙彦さんの『宣告』を引きずっているんで、主人公にこれからが大変なんだよ、と言いたくなる。


「私はいつも真実しか語らない、たとえ嘘をつく時でも。」


というのは『スカーフェイス』の中でアル・パチーノが言うセリフなのだけれど、証言をころころ変えて弁護士を泣かせるこの「犯人」にぴったりだという気がした。


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by mariastella | 2018-05-21 00:31 | 雑感

近頃思うこと---バレーにコンサートにロイヤル・ウェディング

5/17、久しぶりに青空の広がった日、バロックバレーに行った。


公共交通機関に一人で乗ること自体がひと月ぶり以上だ。

午後はじめの生徒のレッスンの後、ゲラの校正に集中するつもりだったのが、クリスティーヌ・ベイルからSMSが届いて青空に誘われて出かけた。

彼女と二人だけだったので、かなり長い振付を通して踊り、バロック音楽と踊りについて、足と体幹のメンテナンスについていろいろなことを話し合った。


今年はクラシック・バレーの主任教師が足を手術することになり、その後、次々と5人の先生におそわった。バレーのレッスン場はヨガのクラスとしても使われていて、いろいろな小道具がある。先生によってゴムの帯や、さまざまなボールを使った訓練の仕方があり、今まで何十年も、一度も聞いたことのないようなヒントがいくつもあった。

そのことをクリスティーヌにも披露した。本当に、ひと昔前と違って、バレーのレッスンの世界は進化している。

私が日本語で作成した子供のためのバロック童話のシャコンヌなどにクリスティーヌが振り付けるというプランも考える。でも、私は演奏に回ったら、彼女といっしょに踊ることはできない。


18日は、カルテットでトルレリの練習をしてからヴィオラ・アンサンブルのシューベルトやビバルディの練習に参加、その後でブランデンブルク三番を弦楽オーケストラ編成での練習にも参加。バッハは、相変わらず、弾いていて夢中になれて楽しい。そして仲間もみんな生き生きしているのが伝わる。来週がコンサートだ。

この週末は聖霊降臨祭の月曜で休日なので、トリオの練習を一日中やることを決めている。

校正は、近代日本の革命とキリスト教の章を読み直している。

昨日の記事でも書いたが、日本の戦力を無化するためにアメリカが絶対平和の憲法を提案したのは皮肉だ。

日本もヨーロッパも「焼け跡」からの復興が第一で、まず人類史上最悪の核兵器を廃絶しろ、という声が世界のどこからも上がる暇がないままに、日本の軍備放棄とアメリカの「核の傘」がセットになってしまった。最初から倒錯的だ。


皇室存続というのも考えてみれば同じように倒錯的だ。

イギリスではヘンリー王子とメーガンの結婚式があったが、このメーガンさんは、黒人ハーフのアメリカ人で、自らも離婚経験があり両親も離婚していて、メキシコに住む父やその親類らをたどると、いわゆる「問題のある人々」が少なからずいる。父親もスキャンダルが発覚したり事故があったりして結婚式に出ることを断念した。

でもエリザベス女王がOKを出して、結婚式にかかる数億円の費用はすべて女王が出す。エリザベス女王は自分が突然王位継承者になったことに伯父と離婚経験のあるアメリカ人夫人との恋があったことを忘れていない。

もちろん、数十億円かかるという「警備」の費用は「税金」から出されるのだが、その何倍も、「経済効果」が見込まれるから、ブーイングは少ない。

BREXITによって、ヨーロッパから孤立するかのような印象を与える危機にあるイギリスにとっては政治的、外交的メリットも大きい。


日本の皇室の女性の婚約が相手の家庭の「問題」でいろいろ叩かれて、何かと言うと「血税」を使うのはいかがなものか、のように言われるのとは大違いだ。

第一、今は女王も「税金」を払っている。

王室にかかる費用よりも女王が払うものの方が大きいと言われるくらいだ。


「大違い」なのは当たり前で、イギリスの王室と国民の間には1760年以来の合意が生きていて、王家は貴族たちと同じように膨大な資産を持っていて不動産収入もあって、要するに「金持ち」のままなのだ。

今の王家はドイツ系だけれどわざわざウィンザーと名を変えて、ドイツとの二度の大戦に「勝利」し、王子たちもみな「軍隊」に参加している。

「戦勝国の王室」なのだ。


長い間「戦闘」とは無縁でやってきた日本の皇室が、明治維新で突然、近代式の国民皆兵軍隊の統率者の役割を担わされて、しかも一神教風味の「現人神」に祀り上げられた。

その挙句、世界大戦に敗れた。

そして、立憲君主システムとは無縁のアメリカのもとに、「皇室存続」が決められたのだ。


イギリスでさえ、王室を廃棄せよという意見はある。


確かに、冷静に見たら、互いに姻戚関係のある数々の王室が今もあちこちに残るヨーロッパって、中世ですか、というくらいにアナクロだ。

でも、多くの王室は、文化財であり歴史の証人であると同時に、メディアを通して消費されることで、国にとってのコストパーフォーマンスを成り立たせているようだ。

王や王妃をギロチンにかけた共和国フランスも、イギリスとモナコという「隣の王室」でロイヤル趣味を満足させているし、「大統領が王で、首相が為政者」というスタイルが暗黙のうちに認められている。


地続きのヨーロッパで「敗戦」国となったドイツやイタリア(しかもこの二国は長い間領邦国家だった)と違って、極東で「敗戦」国となった日本のその後の運命の差は大きい。


日本との共通点は、外国から訪れる元首たちがみな女王との会見と記念写真を望むことだ。首相はどんどん変わって短命な政権も多いが、「定年」も「選挙」もない女王はずっと「顔」であり続ける。1952年の即位以前の王室の顔を記憶している世代は少ない。誰にとっても女王は昔からいた「国母」的イメージ、いや、「祖母」のイメージにすらなっている。


「敗戦国」の負荷を引きずったまま同じ役割を要求される日本の皇室は気の毒だ。政治にタッチしないことと政治利用されることが別であればいいのだが。


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by mariastella | 2018-05-20 00:05 | 雑感

今さら言ってもどうにもならない「悪の等級」

アメリカとイスラエルの、国際条約をあっさり無視した実力行使を見ていると、第二次大戦後のシオニストによる「洗脳」がいかにその後の世界を危険なものにしていったかをあらためて痛感せざるを得ない。


もとより、人が無抵抗の人の命を奪うというのは、大量破壊兵器による無差別攻撃であれ、一人の「通り魔」がたった一人の通行人を刺し殺すことであれ、まったく同じ「悪」である。命の尊厳に数や状況の格差などない。

けれども、ナチスによるホロコーストを経験した後でシオニストたちは「悪」に等級をつけた。ナチス政権の下で命を奪われたユダヤ人の「ホロコースト」が、人類史上絶対の悪だと位置づけられたのだ。私も昔からそういう言辞ばかり見聞きしてきたから、そういうイメージを持っていた。

そして、このような人類最大の悪業の犠牲者となったユダヤ人がようやく築いた約束の地イスラエルは、もう、二度と無抵抗の被害者となることを拒否して「力」をつけ、「力」を行使するのが当然であり、正当化できるというのが繰り返されてきた。

でも、もし、「悪」に等級をつけるという同じ土俵に乗るならば、「広島長崎に落とされた原水爆」の方が、もっと重大ではなかったろうか。

実際、ヨーロッパが、この原爆のニュースを知った時点では、「ガス室」よりもはるかな大きな実存的衝撃を与えた。

しかし、ユダヤ人ホロコーストの背景には長い間のキリスト教によるユダヤ人差別や対独協力があるから、その後ろめたさと贖罪の意識が、ヨーロッパ人に、シオニストによる「人類最大の罪であるホロコースト」という題目を、刷り込まれるままにさせてきた。


ユダヤ人犠牲者が被った「悪」は、同じガス室で殺された障碍者やキリスト教徒たちが被った「悪」よりも深刻な「悪」だということがなんとなく既成事実になってきた。アルメニアでのホロコーストよりもアウシュヴィッツでのホロコーストの方が重大だ。「悪の陳腐さ」どころか、人類の犯した「特別悪」カテゴリーができたのだ。 

それはアメリカにとって極めて都合のいいことだった。

結局、アメリカの原爆投下は一度も「人類に対する罪」として国際社会で正式に弾劾されることはなかった。アメリカにはシオニストたちの「ホロコースト特別悪」論を支持し強化する理由がいくつもあったが、「原爆=悪」というシェーマを作らせず、核装備を正当化するために役立つというのも間違いなくそのひとつだった。

日本においてですら、アメリカに占領統治されたから当然とはいえ、「原爆投下に至ったのも、もとはといえば日本の軍国主義が悪かった」という「反省」とセットになってそれは語られてきた。 

でも、本当は、あの時もし、世界中が、ホロコーストと同じくらいに、「核兵器は絶対悪」で二度と繰り返してはならないことで、廃絶すべきものだと厳しく弾劾したとしたらどうなっていただろう。


ひょっとして、その後に続いた、核開発競争、抑止力の論理、核実験から原発に至るまでの、人類の環境を脅かすあらゆる「核エネルギー」のここまでの暴走はなかったのではないか、などと思ってしまう。

広島長崎の原爆を「この過ちは繰り返しません」ではなく、ホロコーストのように「絶対悪」として世界中に執拗に刷り込むというロビーがもし存在していたなら、今の世界の様相は変わっていたかもしれない。

もちろん、ガス室で殺されたユダヤ人も、ISに殺された多くの人々も、戦争で日本兵に殺された人々も、原爆ではない空襲で命を失った人も、「力によって他の人の命を奪う」という同じ「悪」の犠牲者であって、そこに悪の等級などはない。一個人から人格を奪い尊厳を損なうという意味では、慰安婦の設置だって、同じ「悪」から発している。

けれども、もっというと、それらの「悪」を導いたものは、私たち一人一人の心の中にある陳腐な利己心や保身と同じルーツを持っている。

シオニストたちが「もう二度と反ユダヤ主義を放置しない」とし、過剰防衛のように「攻撃」する側に転換した末に、パレスティナに平和は訪れていない。そればかりか新しい反ユダヤ主義が生まれ、ネオナチまで生まれている。

世界中には地球も人類も全滅させるほどの核兵器があるし、核実験や原発事故や廃棄物などで、環境はもう十分汚染されている。

その重大さを思うと、人類は広島長崎の後で、核兵器を「特別悪」枠扱いにすべきだった。

どうしてあのような「冷戦」構造にむざむざ向かっていったのだろう。

思えば、ものごとがはっきり見えてくるのに半世紀もかかった。

今、次著の共産主義革命についての章を校正しながら、いろいろな思いがよぎる。


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by mariastella | 2018-05-19 00:05 | 雑感

エルナンド・デ・ソトのベーシック私有権保障

(沖縄シリーズはこの後に続きます)


ペルーの経済学者エルナンド・デ・ソトについてここに覚書を書いておく。

日本語で彼について何が書かれているかまったく知らないので、ネットで検索してみた。


こういうもの

こういうもの

こういうものがでてきた。

(ここで説明する暇がないので興味がある方はどれかに目を通してください)


うーん、全体に、これは私有財産権のはっきりしない途上国の貧困の問題としてだけ理解されているようだ。しかも、結局はうまく開発援助に結びつかなかったかのようにも思えるのだけれど。

とはいえ、実際は、途上国どころか、現在、高度資本主義におけるすべての「先進国」で拡大している貧困の問題に深く関わる問題である。

貧困ラインにある無産者に尊厳ある生活を保障するためには、共産主義(すべての資本を国有にする)、社会主義(剰余利益の再分配を国が行う)も、うまく機能しないことがすでに分かったし、トリクルダウンなんていうお話もあり得ないことが分かった。

それに代わる代替経済の一つとしてベーシック・インカム理論があり、それをインスパイアするものとして「修道経済」があることはこのブログ(4月)ですでに紹介したけれど、このデ・ソト理論は、「ベーシック・インカム」の対極にある代替経済である。

すなわち全ての人に最低収入を保障するのではなく、すべての人に最低「資本」、私有財を保障するという考え方だ。

フランスのような国では具体的にどう適用するかというと、

全ての個人が、自分の持ち物や身体的知的能力を使って得る収入には、月500ユーロ(7 万円くらい)までを、まったく税金の対象としないというモデルとなる。

これは自分の車を貸したり、ベビーカーを貸したりなどの、私財のささやかな「運用」から、副業や日雇いや短期、単発の仕事で得た収入などに適用される。

ユニヴァーサル補償だから、生活保護を受けていようと、夫が高収入のある妻が小遣い稼ぎをしようと、同じように、収入にカウントされない。

収入があるからといって生活保護がカットされたり配偶者控除的なものが取り消されたりすることもない。


「自分の所有しているもの」を使って収入を得ることの自由化だ。

勤労意欲、利益を生み出す意欲が促進される。

新自由主義経済の申し子で金持ち優遇だと批判されるマクロン大統領が関心を示している政策である。


マクロンと同じ社会党だったブノワ・アモンが「ベーシック・インカム」を固持するのに対して、逆方向からの弱者保護、貧困対策ということになる。


フランス型社会民主主義の行き詰まりを打開するものとなると意識されているのだろう。


理論としてのベーシック・インカムには説得力があると思うけれど、この、逆のやり方は、例えば「修道経済」とも逆の方向だということになる。


しかしこれが効を奏するのは、若い世代の貧困に対してだけだろうという気がしないでもない。

高齢者や病人、ネット環境についていけない人などは、取り残されるか、一定のアシストが必要になると思う。

ポイント還元やネットでのアフィリエイト収入、オークション、物々交換などですでにさまざまな「副収入」を享受している人はいるだろうし、スタートアップを支援する税制優遇もすでに存在はしている。


ただ、デ・ソト理論は、ベーシックでユニヴァーサルだから、いわゆる不法滞在者や難民にだって適用されるべきであるはずで、それなら、滞在許可待ちの人々がブラック企業に搾取されたり申請を取り消されたりするリスクは減る。

収監された先で過激派に洗脳されたりドラッグなどの違法取引にかかわったりするのとは別の道が開けるかもしれない。

とはいっても、そもそも国家主導の経済政策で、今の貧困の形が解決するのだろうかという疑問も残る。

平日にこんな記事をネットで書いたり読んだりできる人には関係ない、という話ではない。

同じ国のどこかで、同じ地球のどこかで、社会構造的に尊厳を奪われ、生存権を奪われる人々という「同胞」がいる限り、「全体」の調和と平衡は阻害される。


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by mariastella | 2018-05-16 00:05 | 雑感

うかい亭と東京タワー

4/28

芝のとうふ屋うかい亭に、久しぶりに行く。

五月の飾り付けが美しい。
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外へ出れば、エッフェル塔と違ってバリケードもセキュリティチェックもない東京タワーの下に鯉のぼりが大漁旗と共に翻る。
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東京タワーって、昔は風情がないと思っていたけれど、今はそれなりに周りの緑とマッチして、色も、寺社の厄除け「朱色」に見えなくもない。


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by mariastella | 2018-05-12 00:05 | 雑感

寒山寺

御岳渓谷の続き。

寒山寺に寄った。お寺というよりお堂。

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中国の寒山寺が是非日本にも建立をと言って釈迦像を明治18年に託してくれて、昭和5年に落慶したそうで、絶妙のロケーションにある。
中国の寒山寺は天台山三賢の1人で、寒山拾得で有名な寒山和尚が7世紀に
住んだ地にある寺の名前だそうだ。寒山自身は石穴に住んだそうで、後に文殊菩薩の化身と言われた。
中国寒山寺の詩碑の拓本を基にした碑がここにもあった。寒山拾得が見える。

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中国人の訪問客もあるとか。

東京で滞在中のエリアも、関西で滞在していた心斎橋エリアも、外国人観光客の方が日本人より多いような場所ばかりなので落ち着かないけれど、こんなに幽邃な場所で中国とのご縁と遭遇すると、なつかしく風情を感じる。



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by mariastella | 2018-05-09 00:05 | 雑感

タイムスリップ

4月に、浦和と御岳に2日続けて行ったのだけれど、そのどちらも、はじめての場所だった。中浦和の「萬店」という老舗の鰻屋さんで夕食をいただいたのだが、浦和は鰻が有名だということすら知らなかった。「うらわのうなぎ」というらしい。
御岳渓谷では軍畑で降りたのだけれど、青梅で乗り換える時に、こういう看板を見かけて驚いた。
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ひみつのアッコちゃんって…
昭和にタイムスリップした感じ。

と思ったら、ここはレトロステーション、「昭和の街、青梅」として赤塚不二夫の看板などを集めているそうなのだ。そのうち、平成の街、というのも出てくる時代が来るとしたら、そのシンボルは何になるのだろう。

帰りは御岳の駅で、ここも昭和の風情がある。これも演出?
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学生時代、バイトもしたことがないし、東京近郊、いろいろなところに遊びにいったつもりだったけれど、ネットもない時代、情報ってすごく限られていたなあと今にして思う。
今、学生でなくてよかった。
ひょっとしてSNSにのめり込んで薄っぺらい生活をしていたかもしれない。

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by mariastella | 2018-05-08 00:05 | 雑感

神戸港


4/22

舞子から須磨海岸に沿ってドライブして久しぶりに神戸港に寄った。

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大きなクルーズ船も停泊していた。
タクシーの運転手さんはもと建築家で、震災後の神戸港の復興にも加わったのだと話してくれた。2003年に最初に垂水教会でコンサートをして以来、神戸はなつかしい場所でもある。1995年に阪神淡路大震災の被災児童を招いてパリのホテルで開催されたコンサートにも私たちのトリオは参加した。ノルマンディでもチャリティコンサートをした。
あの時のヴィデオは避難所に配られたという話だ。
そしてあの時パリに来た子供たちは20年以上前のあのコンサートのことを覚えているだろうか…

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by mariastella | 2018-05-05 00:05 | 雑感

夙川教会(訂正あり)

4/21

日本についてからの最初の頃と違って初夏の陽気。

墓園に。

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その後で夙川教会に寄る。
前に書いたブログで話題にした中井久夫さんが2年前に洗礼を受けられたどこかで紹介されていた記事を読んでから訪れたいと思っていた教会だ。85年前にパリ外国宣教会のボスケ神父が建てた。

(追記: 洗礼を受けられたのは神戸の垂水教会でした。誤りを指摘くださったT 先生、ありがとうございます。この時なんとなく勘違いして、教会でお会いした方にも「ここで中井先生が...」などと話しかけたのですが、反応もなく否定もされなかったので勘違いが続きました。垂水教会だったということはよく記憶しています。2003年に私のトリオがはじめて日本で公演した時の第一回の公演が垂水教会だったからです。舞子の愛徳姉妹会に泊めていただいたご縁からです。本当にお世話になりました。夙川教会は子供の頃によく行っていた場所のすぐ近くで、中井先生のお書きになったものを読んで、今回思い立って入ってみました。)

若いご夫婦が生まれてくる赤ちゃんのために祝福を受けに来ていた。
精神衛生にすごくいいシステムだなあと思った。
祝福を授けてもらうだけなら信徒でなくてもいいのか聞かなかったけれど、見ているこちら側も幸せを祈る気分になった。
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by mariastella | 2018-05-04 00:05 | 雑感

御堂筋で見た日の丸デモ

4/21

心斎橋のホテルを出たら、御堂筋に、「安倍首相、がんばれ」のデモが。
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はじめて見た。昔は学生デモしか見たことがないし、いわゆる右翼の街宣車からのスピーカー演説は昔もかなり最近も遭遇したことがあるけれど、こんなのははじめてだ。
掛け声も女性が主導で目立つのも驚きだ。女性活躍社会ってこれ…?

福島原発の問題や安保法制などで日本でもいわゆる「市民」がデモをするようになったのは知っていたけれど、実際に見たのは、しかも日の丸を手にして、首相の名を特定して応援するなんて驚いた。フランスなら、大統領批判のデモがあっても、三色旗を持って大統領を応援するデモというのは想像できない。後日、こんな記事をネットで見つけた。デモの終わりに主催者が「いつも応援ありがとうございます」という首相夫人のメッセージを読み上げたのだそうだ。これもフランスではあり得ないシュールな話だ。

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by mariastella | 2018-05-03 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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