L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 436 )

G8の北アイルランドって…

目を疑うようなニュースを見た。

オリンピック開催の北京ですか、といいたくなるような北アイルランドの風景だ。

不況続きで店が閉まっているのだが、そんなところをG8によって世界中に見せるのはよろしくないということで、遠目には人がいっぱい入っているカフェだとか、書店、文房具店や食料品店にモノがあふれているところを、実物大の写真にしてウィンドウに張り付けてごまかしているのだ。しかも35万ユーロもかけて、テーマパークより安っぽい感じの仕上がり…。

いつも、G8のニュースを聞く度にいろいろ空しくなる。今回、日本の総理大臣が北アイルランドへ行く前にポーランドに寄って東欧4ヵ国に原発をセールスしたなんていうのは特に衝撃的だった。

あり得ないことだけど、どうせなら、ロシアに寄ってシリアの外交筋と会談してシリア内戦の解決と平和的な民主化についての調停役を日本が果たすと決めた、などというニュースを聞きたかった。

日本は、「欧米」とはうまくいかないイランやシリアのような国とせっかくいい関係を築いてきて、実績もあるし、人的、物的、金銭的援助も大きく、彼らからも親日的好意的な信頼を得ていたのに。

麻生さんなどは昔、パレスティナの開発でかなりいい感じのイニシアティヴを発揮していたようなのにもうその片鱗は残っていないのだろうか。

過去に、サウジアラビアで、「私たちと日本はなんといっても同じアジアだしね」のような口調で親しく語られて驚いたことがある。彼らの「非欧米」意識は根深いのだ。

シリアやイランでの日本は、欧米がするような「上から目線」外交はないし、民間企業も高い評価を得てきた。

欧米諸国による経済封鎖や外交遮断にへいこらと追随しないで、地政学的な独特の中立的な位置の「強み」を活かして、「調停」のリーダー役に名乗り出るくらいの覇気や智恵があれば、本当に何かが動くかもしれない。そうすれば、日本は世界の平和と民主化になくてはならない存在になる。

その方が、G8で「尖閣の問題だのアベノミクスだのについて理解してもらう」なんていうよりも、長期的にはずっと日本のプラスになると思うのだけれど。
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by mariastella | 2013-06-20 02:27 | 雑感

奇跡の広場と貧困の意味

フランス語の単語の中で私にとって意味も音も嫌いなもののひとつに「gueux」がある。

うまく訳せないが、「物乞い」の中でもより汚らしい感じのニュアンスだ。

17世紀のパリにはこのgueuxたちが集まるゲットーと化した区域がいくつかあり、今の2区あたりにあったそれは「奇跡の広場」cour des miraclesとして有名だった。

46メートルの長さの一帯に500家族、5000人もが折り重なって住んでいたといわれる。

なぜ「奇跡」と呼ばれたかというと、昼間はさまざまな障害者をよそおって物乞いの稼ぎに言っている人たちが、そこに帰って来て日没になると、みんなしゃんとして障害が消え病気も治るからだという。

目の見えないふりや松葉杖を使うのはもちろん、石鹸の泡をつけて癲癇のふりをしたり、牛の血と小麦粉をこねて潰瘍をつくったり、蛙の皮で皮膚病に見せたり、赤い木の実をつぶして吐血してみせたり、処刑者の手足を調達したり、不幸の演出もなかなか手が込んでいたようだ。

当時は、ブルジョワや貴族の子弟のために、社会勉強かただの見世物かは分からないが、ガイドがついてそのようなゲットーをめぐるというツアーみたいなものまで存在していたらしい。

17世紀というと都市化が始まり、地方で食べていけなくなった人々が大挙して大都市にやってきたのだが、結局仕事もなくてゲットー化した時代だ。

今のアフリカなどからの移民がヨーロッパに活路を求めてやってくるのに大都市の片隅で難民化するのと構造的には似ている。

それでも17世紀より少し前の時代までは、物乞いは物乞いとして充分に生活が成り立っていた。

なぜなら、ルネサンスの頃までは、人々は天国に行くために積極的に施しをしたからだ。

病気や障害によるハンディや貧困に苦しむ人は、「前世の因果」などのせいではなく、この世での罪でもなくて、イエス・キリストが苦しんだように「犠牲者」であるのだから、貧者に施すことはイエス・キリストに仕えることに通じるからである。

物乞いたちも、障害や病気の症状の他に、巡礼の途中という旅装(サンチアゴに行くために貝殻を付けるなど)をしたり聖人の遺物を身につけたりという小道具にも工夫していた。

けれども社会構造的に貧困が拡大してからは、それと共に犯罪も増え、都市の安全が脅かされるようになった。社会に寄生する「貧者」のイメージは著しく傷ついた。

そこで「善き貧者」と「悪しき貧者」という区別が生まれるようになった。

16世紀にすでに、偽の障害者や病者の摘発と追放がしばしば行われるようになっている。
偽者は、市内から退去しない時は鞭うたれたり、精神病者や犯罪人や娼婦たちと同じ場所に収監されたりした。その場所がパリの「公立病院」の祖型ともなったのだ。

軍隊に押し込まれたり、カナダ開拓に強制移民させられるケースもあった。

「奇跡の広場」のゲットーには、元締めのような存在がいて、毎日の稼ぎの割り前を受けとっていたという記録もある。こういう仕組みも、今でもいろいろな形でまだ残っている。教会やチャペルの出入り口や巡礼地に物乞いがいるのも現在もよく見られる光景だ。

そして今のカトリックの神父の中にも、そういう輩のハンディのほとんどは演技なのだから、安易に施しをしてはならないと言う人がいる。

「貧しい人に寄り添う」というのは現在のローマ教皇の掲げるキリスト者の道であるのだが、彼の模範とするアッシジの聖フランシスコの志を受け継ぐフランシスコ会の中でさえ、「本当の貧困」と「偽の貧困」や「よい貧困」と「悪い貧困」の区別はいつも思索のテーマにあがってきた。

選択した貧困、受容された貧困は徳の一つだが、選択しない貧困の苦しみは人々を押しつぶす。
真の貧者、つまり(社会や病気などの)犠牲者としての貧者には寄り添わなくてはいけない。

そしてキリスト者が貧しく暮らすことが「徳」になるのは、真の貧者とパンを分け合うところにある。

単に清貧のための清貧へとエスカレートするのは悪い貧しさである。

13世紀の聖ボナヴェントゥーラがすでにそういってフランシスコ会士たちを戒めているのだから、「清貧原理主義」への誘惑もまた昔からあったということだろう。

宗教者の目指す物質的な貧しさは、犠牲者としての貧者を救済するという目的のための手段しかない。信仰における「真の貧しさ」の追求とは神からの賜物に対する心の中にあるという。

つまり、神からもらえる時は謙虚に受け取り、取り去られる時も執着しない。

自分自身を見据えることなく、自分が他者に与えたものも見てはいけない。そういう貧しさによってのみ、人は神への完全な信頼の境地を得ることができるそうで、神を完全に信頼できた時には「真の喜び」が得られる仕組みになっている。

理屈としてはよく分かるし、そういう喜びを得られる人はうらやましい。

赤貧に対する好奇心、
自由意思による苦行に感嘆する心、
さまざまな運命の犠牲者の苦しみを見た時の罪悪感、
不公平に対する怒りや恐れ、
同時に生じる嫌悪感や使命感にいたるまで、

貧困にまつわる各パーツの感情には、それぞれ覚えがあったり理解できたりしてしまう。

それだけにかえってすなおな行動がとれないで、gueuxという字面に眉をしかめながら飼い猫を愛でているばかりな生活態度はいかがなものか、と自分でも思う。
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by mariastella | 2013-06-18 05:22 | 雑感

日本人の「教会結婚」を語る記事に思う

前に青山の大聖堂型結婚式場を見て驚いたことを書いたことがある。

私の若い頃にでも、結婚式はウェディングドレスというか「洋式」でホテルのチャペル風のところで、というオプションはすでに定着していたから、それがバブルなどを経て進化しただけだろうと思っていたのだが、フランスのある記事を読んだらもっと特殊なことになっていたようだ。

新郎新婦のどちらも「信者」ではないのに、プロテスタントの牧師(時には英語学校の教師のコスプレ)が英語をまじえて聖書の一節を読んだりする結婚式があるほかに、カトリック教会でも「祝福」という形の結婚式(もちろん秘蹟ではない)をやっているらしい。

1975年にヴァティカンが、日本教区に関する特別許可を与えたそうだ。

聖フランチェスコの祈りを加えるなど日本人好みのそれなりの形があるという。

教会の使命は扉を叩く人を迎えることだから、と担当司祭は語る。「教会は教会の扉を叩いたカップルに結婚の深い意味を明らかにして彼らの結婚を祝福する」という日本司教会議のパンフレットがあるそうだ。

カトリックでは結婚は「秘跡」の一つだから、普通は敷居が高い。

日本でも、「秘跡」としての結婚式を挙げてもらおうと思ったら5ヶ月にわたって1回1h30の準備クラス(担当の司祭といっしょに人生や意味や愛や信仰の意味について考える)を20回こなさなくてはいけない(東京の聖イグナチオ教区)とあった。

フランスでもそういうのはあるが2、3回で終わりということも少なくない(特にカップルの両方が堅信などのステップを済ませている場合やすでに教区の教会に通っているような場合)。

ともかく、今や日本では16%が神道式結婚、24%が宗教的な式なしで、60%が教会でキリスト教風の結婚式を挙げるのだそうだ。

キリスト教人口が1%もあるかないかの国としては異常な事態だと言える。

メンデルスゾーンの結婚行進曲がオルガンで弾かれて、ステンドグラスの間のバージン・ロードをしずしずと進むとか、聖書が読まれたり、教会を出る時にはバラの花びらが撒かれるとか花束を投げるとか、フォークロリックなものもすべて込みだ、というか、その雰囲気こそが大切なのだろう。

1990年代からそういう完璧な教会結婚式の演出が定着したそうだ。

アジアの非キリスト教国でここまでキリスト教の結婚式が人気なのは日本だけで、外国人宣教師らはみんな驚いているそうだ。フランスの記事にあったのは千葉県のマリアチャペル マリベール柏 (旧柏玉姫殿)というところで、1994年に玉姫殿からチャペルに変身したらしい。

神道式の結婚式もOKで年間300組の結婚式があるという。

式の場所や形さえ気に入れば宗教の中身なんてあまり気にせず、後は披露宴の豪華さがメインだと思う気持ちはなんとなく分かるけれど、形だけでもシンパシーを持ってもらえているなら、カップルには1年間はキリスト教系雑誌を定期購読してもらうとか、キリスト教側ももう少し積極的になればいいのに、と思ってしまう。

どちらにしても、「教会結婚」の魅力というのが日本ではキリスト教の中身とは関係がなくて、その「洋風」なところにあるのだとしたら、キリスト教がいつまでも「外来宗教」と思われていることになる。

せっかく、仏教と同じく「普遍宗教(救いの対象に地縁血縁を問わない)」だというのに、いつまでたっても

「毛唐の宗教」
「欧米植民地主義の宗教」

のようなレッテルが実はついて回っているのだなあというのがよく分かる。

キリスト教の「洋風」部分の商品化にはこれほど長けているのに、キリスト教のもっている「普遍宗教の文法」をうまく取り入れてキリスト教国との外交に生かしたりする方向はゼロなのは少し残念だ。
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by mariastella | 2013-06-14 00:36 | 雑感

シリアとトルコの今

6月10日、イギリスに拠点を置くシリア人権監視機構( 英国政府の支援を受け、シリアからの亡命者とも近い)が、石鹸で有名なアレッポで起きた事件を記事にした。

路上でコーヒーを打っていた15歳の少年が、「もしムハンマドが生き返ったとしても自分は…しない」と冒聖の言葉を使ったということで、シリアの反政府軍が背教者だと宣言して(シリア鉛でなくクラシックなアラビア語だったそうだ)と公衆の面前で処刑した。

処刑の前に暴力を振るわれた跡もあったという。

フランスとイギリスは、そんな反政府軍に武器を提供するかどうか迷っている段階なのだから、重大な所見ということになるだろう。。

そもそも今や完全に内戦状態のシリア情勢を「アラブの春」のカテゴリーで見ようとしてきたヨーロッパの方に問題がある。

「アラブの春」の名にふさわしかったのは2011年初頭のチュニジアとエジプトだけだった。

その春にも今や秋風が吹いている。

その後、フランスのリビアへの介入はカダフィが裁かれるような事態になれば自分の身が危ないと感じたサルコジの保身が後押しした気配が濃縮だった。それを正当化するために「アラブの春ドミノ倒し」理論をシリアに適用しようとしたのかもしれない。

アラブではないがイスラム国でこれまで政教分離路線をとっていたトルコのイスラム寄り政権に対する反政府デモも過激さを増してきた。

「アラブの春」にとって、トルコは、イスラムと政教分離、イスラムと民主主義が両立するというロール・モデルであったのに。

オスマン帝国を近代化するという共和国の父ムスタファ・ケマルの精神が根づいていたと思っていたが、10年前から政権についたAKPイスラム系政党は、少しずつイスラムの特権を強化していった。教科書的な「非宗教系ライシテ(公共の場に宗教を持ちこまない)」を崩しながら、イスラム以外の宗教にはこれまで通りの厳しさを維持したからだ。

民主主義とは多数決だけではなく少数派のリスペクトを含んでいるはずだ。

今の首相が強面の権威主義的人物であることも人々の不満に拍車をかけた。

人々は平和的なデモをしたのに、その弾圧は容赦ないもので、国際メディアはそれを伝え続けている。

NATOやOECDの加盟国でヨーロッパと近い位置にありライシテや民主主義の意識の高い人々は自分たちが国際社会から支持されていることを自覚している。

日本人の目から見ても、タクシム広場を埋めるトルコ人の抗議の様子は、アラブ人やイラン人の様子とは違ってヨーロッパと似たような雰囲気がある。
違うのはやはり弾圧する側の重装備だ。

EUはもちろん弾圧を非難し、トルコ移民の多いドイツのメルケル首相も若者たちと話し合うことの必要性を強調し、反政府デモ隊に対するいかなる暴力もあってはならないと言い渡した。

こんなことが続けばフランスでの反イスラム感情がまた煽られるかもしれない。

トルコの希望は経済成長が順調なところだ。その余裕のおかげで、政治問題が宗教問題にすり替えられるというパターンを回避できるといいのだが。
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by mariastella | 2013-06-13 07:39 | 雑感

遠藤秀紀さんと進化論

婦人公論5/22号で、獣医学者で解剖学者の遠藤秀紀さんという方が、カトリック系の小学校にいた時、神父さんがダーウィンの進化論と聖書の天地創造について生徒を二派に分けて議論させたという体験を語っているのを読んだ。

ダーウィン派の遠藤氏は聖書派の同級生を泣かすまで論破した。

授業の最後に神父さんがこう言った。

「遠藤くんの言っていることは正しい。でも、地球上の何億人もの人が、こんな聖書にすがらないと生きていけないんだ。そのことを頭の片隅に置いて、科学者として何でも好きなことをやっていきなさい」

科学と人間はどう折り合うべきか、彼の考え方はその時に決まったそうだ。

彼は1965年生まれというから、この話は1970年代後半あたりのものだろう。

ネットで検索してみるとカトリック系の小中高を経て東大農学部とある。

そしてこの議論は小学校の「神学の授業」でのことだったと(朝日デジタル2012/7/7
など)。

小学校で「神学の授業」なんてあるのだろうか。

こういう討論式の授業は欧米では普通だが日本の普通の小学校では少ない気がする。

朝日の記事では「進化論と信仰の折り合いのつけ方として感動しました」とある。

婦人公論とニュアンスが違う。

1970年代後半というともう福音派の天地創造原理主義みたいなものが教育の場で問題になっていたのだろうか。

アメリカではアーカンソー州の公立学校での進化論の授業禁止が違憲だとされたのが1968年だがその後保守化し、1981年にはアーカンソーやルイジアナで進化論と天地創造説を均等に教える法律ができたりしているから、進化論を否定しないカトリック系の小学校でも当然いろいろな戦略がたてられていたのかもしれない。

遠藤さんとダン・ブラウン(1964年生)は、ほぼ同世代だ。でも、13歳の時に聖公会の牧師からこの問題への質問を封じられてから宗教を捨てて科学を選んだと言っているダン・ブラウンと遠藤さんの体験は対照的だ。

しかし、「進化論と信仰の折り合いのつけ方」というよりも、

「科学と人間はどう折り合うべきか」

と言っている今回の記事の表現の方が奥が深い。

日本のような国ではそもそも「進化論と信仰の折り合いのつけ方」などは誰も問題にしないが、「科学と人間の折り合いのつけ方」というテーマは普遍的だ。

日本の小中学校の理科の授業で生徒にそれを考えさせるような教育者が聖職者以外にもいればいいのだが…。
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by mariastella | 2013-06-12 06:23 | 雑感

ノーマン・メイラー、木村拓哉、マザー・テレサ

この記事のタイトルは奇妙な三題話のようだが、ノーマン・メイラーの 『The Gospel According to the Son(息子による福音書)』(息子というのは父と子と聖霊の「子」にあたる。イエス・キリストのこと)をネットで調べていくと次々とつながっていったものだ。

ノーマン・メイラーはユダヤ系アメリカ人の有名なノン・フィクション作家だが、この本は彼がナザレのイエスを一人称にした「福音書」でその人間としての生と死を語らせたフィクションである。私は今ユダ論を書いているので、ユダヤ系の彼がイエスの一人称の物語でユダの裏切りについてどう書いているのかを知りたかったので興味をもつことになった。

そのついでにこの作品の日本語訳が出ているのかと検索してみたら、

角川春樹事務所から 『奇跡』 (1997)というタイトルで出ていて、その後、改題されて『聖書物語』(ハルキ文庫)になっていた。

キリスト教国では「福音書」という言葉が一番インパクトがあるのだけれど、日本だとまず「奇跡」と銘打って出版し、それでは結局何のことかわからないので次には、べたに「聖書物語」としたらしい。中途半端だ。

キリスト教というのはナザレのイエスが苦しんで死んで復活して昇天したというのがセットとなってはじめてイエス・キリスト(救い主)への信仰が生まれたのだから、人間として死ぬまでの部分だけで終わるとそもそも理解できない仕組みになっている。

その日本語訳の感想をネットで調べていたら、「今までよくわからなかった新約聖書のことがすごくよくわかってイエスの人間的な感情に共感できた」というニュアンスのものが目についた。

その「人間的なところ」というのは、イエスが奇跡を起こしたり説教したりしながら、貧しい人や虐げられている人々を救おうと必死になっているのに、その使命を彼に与えた父なる神が今ひとつ力になってくれないで最後は彼を見捨ててしまうことに対する苦しみや絶望であるらしい。

で、この本の感想を書いている人たちが、「ICWRの木村拓哉の絶望と同じだよね」というようなコメントをしているのに気がついた。「ICWR」って、いったいなんだろうと思ってさらに調べたら、「I come with the rain」というフランス映画だった。

木村拓哉の演ずるシタオという中国人らしき男が、他人の痛みや苦しみを自分に引き受ける能力を持っているのだが、その苦しみはいつまでも終わらないし、もはや神の声も聞こえない、答えてくれない、と絶望している。それがイエスをモデルにしているということだった。

そんなフランス映画のことは知らなかったので検索すると、ベトナム人のトラン・アン・ユン監督作品だが、フランスでは製作会社との間ですったもんだの裁判沙汰になっていて、彼が結局ファイナル・カットをまとめずに放棄したので、フランスでは上映されていない。日本で上映されたものを見た監督が「ひどいものだ」、とコメントしていた。その後もこの作品の上映禁止を訴えたのに結局あちこちで出回ったのは遺憾だ言っている。

さらに、木村拓哉の苦しむ姿をキリストに重ねた日本人の感想の中には、「そういえばマザー・テレサも晩年に神を見失った、と言っていた、さぞ苦しかっただろう」というものがあった。

つまり、イエスの受難、ICWRの木村拓哉の苦しみ、マザー・テレサの試練は、いずれも、使命に生きながら「神の声が聞こえなくなる」絶望の深さが共通しているというわけだ。

これって、まったく「福音」とは言い難い。

神の姿を見失ったり聖霊にインスパイアされなくなるという「信仰の闇」を生きた聖人たちの話は決して少なくないが、イエスの場合は全く異なる。イエスは何かを信仰しているのではなく、神や聖霊と共に救いの業に携わっているわけだから、苦しんで死んだのも復活に必要なステップだった。

イエスを「使命に生きながら苦しんだ賢人」のように扱ったり、キリスト教を「モラルの体系」のように扱ったりする流れというものは、どこでもいつの時代にもあったわけだが、「福音」という響きに背を向けたい誘惑というのはいったいどこから来るものなんだろうとあらためて思ってしまう。
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by mariastella | 2013-06-07 07:38 | 雑感

ダン・ブラウンとノブレス・オブリージュ

ダン・ブラウンといえば、『ダヴィンチ・コード』にしろ『天使と悪魔』にしろ、あまりにもヨーロッパ的な教養のないアメリカンなオカルト好き視点でいい加減なことを書き散らしているなあ、と思っていたのだけれど、パリで最新作の『インフェルノ』に関するインタビューを受けて話しているのを読んで少し見直した(La Vie 3535)。

自分はもちろん娯楽小説を書いているのだけれど、これだけ多くの読者を得た後は、モラルの義務というものが生じる、というのだ。

それで、今回の『インフェルノ』はダンテの『神曲』をモチィーフにしているのだが、扉にも掲げている主要メッセージは、

「地獄の最も昏い場所というのは、モラルの危機の時代にあって決断せず、動こうとしない(中立のままでいる)人間のためにある」

ということなのだそうだ。

「中立でいるのは罪の一種である、無関心は最大の罪である」

ということがダンテと自分の共通の信念なのだと言う。

戦争にしろ、人口過剰や環境破壊にしろ、地球上に起こるモラルの危機を前にした時にそこから目を背けたり見ないふりをしたりして自分の立場も明確にせず行動にも移さないのは「最大の過ち」だと言う。

今の世界の問題の複合性を前にしたら誰でも内に引きこもってそのうち何とかなるだろうと考えたい誘惑にかられるけれど、そういうことではいけない。この本は自分に対しても、読者に対しても、一つの挑戦なのだ、そうだ。

ステファン・エッセルですか、というくらい意気軒昂で、正しさあふれる人なんだなあ。

奥さんがカトリックの美術研究家というのは知っていたが、父親は無宗教の数学者で、母親が米国聖公会のオルガニストで教会の中心人物だったそうだ。

で、教会の聖歌隊にも参加していた少年ダン・ブラウンは、13歳の時にアダムとイヴの話が進化論と矛盾しているのではないか、どちらが真実なのかと牧師に質問したら、「いい子はそういう質問をしちゃいけない」とあしらわれて、それから科学の道を選んだのだそうだ。

こういう二者択一的なところがそもそも単純すぎると思うのだが。

アメリカ的とも言える。ダン・ブラウンと同世代の平均的日本人やフランス人が13歳の時にそんな悩みを持つとはまず思えない。

で、教会を捨てて科学を選び、量子科学にまでたどり着いたら、そこはふたたびスピリチュアルの世界だったので振り出しに戻ったと言う。

Wikipediaで検索したら、ダン・ブラウンが大学で専攻したのは英語学とスペイン語のようだし、作曲家としてのキャリアもあるようだが、「科学の道」というのは見えてこない。

独学だったのだろうか。 
優秀な数学者だった父へのコンプレックスなどがあったのだろうか。

なんだか不思議な話だが、「ベストセラー作家になった以上はモラル上の義務がある」という考え方自体は、「ノブレス・オブリージュ」の考え方がこういうところまで浸透しているのか、と印象に残った。
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by mariastella | 2013-06-02 03:33 | 雑感

ノートルダム大聖堂で自殺した人

火曜日の午後、観光客ら1500人がいあわせたパリのノートルダム大聖堂の祭壇前で、祭壇に1通の手紙を置いた後で、78歳の男が口中に発砲して自殺した。

ドミニク・ヴェネールという極右のエッセイストで、近刊予定が『Un samouraï d'Occident(西洋のサムライ)』というものだそうで、三島由紀夫の信奉者だったらしい。

フランスがアラブ・アフリカからの移民に浸食されてイスラミストの国になることを恐れ、単に抗議するだけでなく自身を犠牲に捧げることで人々を覚醒させたい、ということらしい。

その日のブログでそのような動機を詳しく書いている。

これについて、極右国民戦線党の党首もその動機は「フランス人の目を覚ませるため」だとコメントした。

カトリック教会は口を閉ざした。

「いい迷惑だ」と思っているのだろう。

実際、カトリック教会はその国境のない普遍主義の理念に従って、不法移民の保護などをしているので、ドミニク・ヴェネールからもはっきりと「敵」扱いされているのである。

それなのに敢えてノートルダムの祭壇前で自殺したのは、儀式の効果と共に、もちろんメディアに大きく取り上げられることを願ってのことだろう。

ニュース専門のBFMTVは、メディアのスターでもあるアラン・ド・ラ・モランデ神父を招いて語らせることに成功した。

神父はすぐにヴェネールを「心の壊れた人」だと決めつけ、人の命は人に属さないで神に属するものだから、今も昔も自殺は神に反する暴力行使だと言った。

そして、自殺とは絶望の好意で希望の行為ではないから人々を覚醒することを期待するのは筋違いだ、昼間のノートルダムを選んだことで自分ばかりでなく多くの人を同時に傷つけた、と言った。

そして、

「絶望するのは間違っている、私はヴェネールと同じ78歳だが、命は私の前途に広がっている」

と、生き生きして楽しそうに語った。

2人とも、アルジェリア戦争に従軍した同じ過去を持つ世代なのにこうも違うのか。

パリではその数日前(5/16)に7区の私立幼稚園の中で50代の男が子供たちの前で自殺するという事件(思想的背景はない)が起きていて、その記憶も新しいので、昨今の失業増大や不景気と合わせて、なんだか希望のない話題ばかりで暗い気分になっていたのだが、ド・ラ・モランデ神父のポジティヴな力強い表情を見ていたら元気づけられた。

フランスのカトリックは今や古臭そうに見えるが、彼らを見ていると本質的に前向きでオプティミズムに満ちている。

カト的には、あらゆるノスタルジーはニヒリズムと親和性がある。人は、新しいものに生まれるという展望と共にある時にだけ今の生(それは新生児時代だったり幼年期だったり学生時代だったりする)を手離して死に臨むことを平穏に受け入れられる。

年をとっても前向きにオプティミズムと共に生きると決めたとしよう。
運よく長生きしたら楽しい時間が長く過ごせるし、途中で意外に早く死んでも短い時間を楽しめたことになる。

反対に、もう後がないと思ってびくびくしながら生きるとしたら、長生きすれば、その長い月日を楽しめなくて台無しにすることになるし、早く死んだら短く苦しく生きるだけだ。

だとしたら、「明るく生きると決める」方が、絶対にお得である。

「年とっても意気軒昂」型の有名人たちはみんな遺伝子強者でラッキーな人たちなのだから自分とは関係ないと今までは思っていたのだけれど、この神父を見ていると、いくつになっても希望を持って生きる姿勢というのはそれ自体が健康法であるばかりか、周りの人をも元気づけるのだとすなおに受け入れられる。

同時に、ニヒリズムというものがどういうものなのかも実感として分かった。

自分と世界の有限性を意識した時、ありのままに受け入れるのはなかなか難しい。

無限を信じてそちらが「来世」なのだと信頼して生きる人もいれば、有限を恣意的に断ち切る意思にのみ存在の手応えを託す人もいる。

まずは、形だけでも、今の生はまだまだ続くのだと明るく生きることで、アラン・ド・ラ・モランデ神父にもらった「福音」のおすそ分けを他の人とも分け合いたい。
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by mariastella | 2013-05-24 00:40 | 雑感

原発廃炉産業の未来って・・・

火曜の夜、独仏TVのArteで、原子力発電所の廃炉問題についてやっていた。

結局フランスが原発を続ける理由は、強力なロビーや利権は別としても、廃炉する予算がない、稼働し続ける方が今の時点では最も経済的、というのが一番大きいようだ。

ドイツの方は、廃炉はともかく、原発をやめてしまうことで、少なくとも処理する廃棄物の量だけは特定できるから現実的だ。

処理の仕方がまったく分からないままの技術を膨大な金をかけて産業にしてしまったことは信じられないが、それを言うなら「核兵器」開発などというのも正気があればできないはずなので、戦争という殺し合いの一連の狂気の中で原発も生まれたということだろう。

ドキュメンタリーの後で、ドイツ人とフランス人が並んでインタビューを受けていたのだが、論点が、

ドイツはこれから廃炉技術でブレイク・スルーがあるかもしれない、そうしたらその技術を他の先進国に売ることができるので廃炉産業で大儲けする可能性がある、

それに引き換えフランスは原発継続に凝り固まっているから遅れをとる、ということに移って行った。

その中で、日本だって、もはや多くの原発が稼働していないのだから代替エネルギーの開発や廃炉技術の研究がさぞや着々と進められているに違いない、というようなコメントがあった。

でも私の印象では、日本では廃炉技術開発や廃棄物処理技術開発よりも原子力ロビー対「再稼働反対」勢力の対立に多くの時間とエネルギーが投入されているように見える。

廃炉や核廃棄物処理技術にブレーク・スルーをもたらすような原子力工学者が生まれるモチヴェーションも予算もないのではないかと心配だ。

ともかく現実的な結語としては、20世紀にここまで無責任な核開発を続けてきた世代が今目指すべきことは、一気解決というような不可能なことではなく、とりあえず今の世代とその子供たちの生きている間だけは何とかカタストロフィが起きないだけの処置をしておくことだ、というコメントがなされていた。

核兵器の廃絶の方もいっしょにやらないと危機管理にはならないと思うが。

20 世紀の核エネルギー開発が、21世紀の子供たちを危機に陥れている。

今の子供たちは本当に無事に暮らせるのだろうか。

伊藤計劃の『ハーモニー』の世界で起こる「大災禍(ザ・メイルストロム)」は半端でないくらいリアリティがある。

と、すごく暗い気分になったところで、ニュース専門チャンネルを見てみると…

さらに暗いニュースをやっていた。

ますます八方ふさがりの気分になったのだが、そこで、ある人が現れた。

ほんの1分ほどの語りだったが、希望はあるもんだなあ、とその後気持ちよく眠ることができた。

それについてはまた明日書くことにしよう。
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by mariastella | 2013-05-23 00:02 | 雑感

パリの個人書店での出会い

先日Léon Bloy について書いたが、『ジャンヌダルクとドイツ』という本をボストンの公立図書館のジャンヌ・ダルク・コレクションからPDFをダウンロードしたものを今読んでいる。

それにしても、この人のハルマゲドンへの期待みたいなものと第一次大戦でドイツに期待したアンテクリスト的なヴィジョンは一体何だったんだろう。

関心のジャンルが私と似ている割には大きな謎が残る。

で、先日、バロック・バレーのレッスンの近くにある本屋に寄って『ナポレオンの魂』を注文しようと思ったら、

「あ、それならここにあるから」と

すぐに出されたのには驚いた。まだ出版社の名も言っていなかったのだ。

私の行きつけの書店はサン・シュルピスにあるLa Procureで5%の割引カードも持っているのだが、バレーのレッスンの前後に寄るためには、近い割にアクセスが悪い。

バレーのレッスン以外にはほとんど出歩かないので、近頃は、10回買うと全額の5%を次に引いてくれるというバレーの近所の個人書店でよく注文するようになった。

とても狭い店舗なので自分の目当ての本などはないだろうと思っていたのに、いきなり棚から出してくれたのだ。

それから、その書店主さんと、ブロワとベルナノスの反ユダヤ主義がミスティックなもので差別的なものではなかったということなどについて、いろいろな話をした。

フランスのような国に住んでいると、どこにホロコーストの犠牲者の子孫がいるか分からないし、戦闘的無神論者や差別主義者にぶつからないとは限らないから、私は「知らない人」とは宗教や思想的な話はできるだけしないようにしている。

まあ向こうの方は一目見て私がユダヤ人でもなく共和国原理主義風無神論者でもないことは分かるだろうから、話がしやすいかもしれない。

結局、大いにレクチャーしてもらってブロワの『ユダヤ人による救済』も勧められて購入した。

それからメールでやりとりするようになって、今は、フランス型のフリーメイスンにおける一神教折衷主義についての本を探してもらっている。

「ついでに私の代わりに読んで要点をレクチャーしてくださいよ」と言ったら自分も興味があるから、と答えて、いろいろ読んでくれている。

私の知りたいのは19世紀末におけるフリーメイスンの「教義」の中で、三つの一神教が関わる折衷主義l'éclectismeと混合主義syncrétisme の区別の付け方だ。

ジャンヌ・ダルクとユダとフリーメイスンとナポレオンという私の最近のテーマが19世紀末の神秘主義の流れの中でつながっていくのは興味深い。
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by mariastella | 2013-04-23 23:46 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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