L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:雑感( 436 )

コンスタンス・ドゥブレと宝塚

最近、『プレイボーイ』という自伝風小説を出版したコンスタンス・ドゥブレ。

おじいさんが、第五共和制憲法にかかわりドゴール大統領の第五共和制の最初の首相になったミシェル・ドゥブレだ。ミシェルの父のロベール・ドゥブレは小児医学の草分けで彼の名を冠した病院もパリにあるし、ミシェルの四人の息子はいずれも政治家やジャーナリスト、作家など有名人で、コンスタンスはその一人のヴァンサンの二人の娘の1人だ。コンスタンスは弁護士で妹はジャーナリスト。

細かく言うといろいろあり、それはこの本にも書かれているのだけれど、とにかくこの人がすてきすぎる。

後に貼っておくが、本の紹介のために出た番組で入ってくるときの長い手足を持て余したようなちょっと照れたようなしぐさ、とか可愛い。

日本人の女性で宝塚のトップスターに憧れたことのある人なら彼女に夢中になると思う。何というか、宝塚のツボにはまりすぎている。


45歳なのだけれど、そして20年の結婚歴があって一人息子もいるそうなんだけれど、途中で自分がバイセクシュアルではなくて完全に女性が好きなのだと気づいて、以来、二人の女性との愛と別れがあり、とにかく今は、「見た目」を男に変えてしまった。

カルチェラタンの10平米の一部屋で暮らしているんだそうだ。

彼女の写真いろいろ。髪の長かった頃のものもある。


彼女が出てくるインタビュー番組。



まあこの人の場合は、代々のブルジョワの名門家庭の出身で、弁護士でもあり、マヌカンにもなれそうな容姿で、しかも、見た目が宝塚の男役、ってユニーク過ぎる。

こんな人のフェミニズムへの意見とか聞いてみたい。


[PR]
by mariastella | 2018-01-28 00:05 | 雑感

ショパンの心臓

ショパンの心臓はコニャックに漬けられて、故郷ポーランドのワルシャワにある聖十字架教会の柱の中に納められている。


パリで死に、ペール・ラシェーズ教会に埋葬されたが、心臓だけは故郷の教会にというのが本人の遺言だったそうで、妹のリュドビカが持ち帰った。

その聖十字架教会は立派なバロック教会だったが、第二次大戦中にダイナマイトで爆破された。

連合軍の攻撃によるものではなく、1944年にワルシャワで起こった暴動の際にドイツ人が爆破したのだ。その時に、十字架を背負ったイエスの像が残骸の中に倒れた写真がある。

天に向けられたイエスの手が胸を打つ。


1945年に規模を縮小されて再建された教会に、ショパンの心臓は無事に納められた。

聖人の遺物というわけではないから外から見えるわけではないが、最近、ガラス容器が取り出されて、その状態から、結核で死んだ人の心臓だという所見が出されたところだ。


そもそもショパンが故郷を捨ててパリに来たのは、1830年に当時の占領者ロシアに対して民衆が起こした暴動の後の制圧を逃れてのことだった。

故郷に戻った心臓も、ナチスに破壊されそうになったわけだが、ポーランド出身のナチス将軍Erich von dem Bによって救われたという。


この教会は、1980年にダンスクで組合ソリダノスクとポーランド共産党政府の合意の後で、ミサが全国にラジオ中継されることになった時のミサが挙げられた場所でもある。ショパンの心臓はそれを生で聞いていたわけだ。


碑銘には、


「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。(マタイによる福音書 6- 21)」


とある。


日本語訳では「心」とあるが「心臓」と同じ言葉だ。つまり、「ショパンの富のあるところにショパンの心臓もある」、逆に、「ショパンの心臓があるポーランド、この教会が、ショパンの富」だということなのだろう。



[PR]
by mariastella | 2018-01-26 00:05 | 雑感

イラン人と革命

今回のイランの「暴動」に関して、まだ在仏イラン人とは話し合っていないのだけれど、いろいろな記事を読んでいて、今まで私が気がついていないことがあった。

イラン人って、もともと、体制に対して「ノー」を突き付けることができる人たちなんだということだ。

思えば、アメリカの肝入りで導入された王政に対して、イスラム革命が起こったのも、歴史を俯瞰する目で見ると納得できる。

そんなホメイニ革命だったが、それが今のように宗教原理主義化するなどとイラン人は考えていなかったわけで、最初はそうではなかったし、原理主義化の動きにはすぐに抗議の声が上がったし、実際、あることが起こらなければ、ホメイニ体制は長く続かなかっただろう。

あることというのは、ホメイニ革命と同年の1979年にイラクでサダム・フセインが政権を取り、そのサダム・フセインの親欧米スンニー派との確執でイラン・イラク戦争が起こったことだ。

全部で百万人という犠牲者を出したこの戦争。
戦争となれば、国内で改革や革命、政府批判などしている暇はない。
8年も続いたこの戦争がホメイニ体制を確固なものにしたわけだ。

戦争がようやく終わると、今度は、戦死者を含める戦争被害者に、ホメイニの政権は補償年金の支払いを決めた。石油マネーがそれを支えた。すると、年金を必要とする人々は政権を倒すリスクをおかしたくなかった。
そうだよなあ、と思う。
その結果、宗教原理主義体制が20年近く続いたわけだ。
でも「NOと言える民衆」にとってはそろそろ限界なのかもしれない。

ここ10年の私の周りでは、ホメイニ革命の後で亡命した人や、イランの宣教から戻って来た修道女や、王室に近い人々、ばかりと付き合ってきたし、ドバイやカタールなどアラブの湾岸国に知人たちが今も暮らしているので、彼らを通して見えることもあるが、逆に見えなくなるものもあるなあと気づいた。

[PR]
by mariastella | 2018-01-25 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒(続き)

Arteで『オリエントのキリスト教徒の最後』というドキュメンタリーを観た。

エジプト、トルコ、レバノン、イラク、シリアのそれぞれの状況。


レバノンがフランスの肝入りでキリスト教マジョリティ国として作られて、1943年からの30年くらいは、大統領はキリスト教徒、首相はムスリム、と決まっていたのは知っていたけれど、首相はスンニー派で国会議長がシーア派というところまで決まっていたのだそうだ。

それが、内戦を経て、「レバノンキリスト教徒の鬱」という言葉ができて、レバノンのキリスト教徒は今や、スンニー派寄りとシーア派寄りに分断されたという。シーア派寄りが多い。いや、中東のキリスト教の多くがシーア派とパートナーシップを組んでいる。なぜかというと、マイノリティ同士だから連帯するのだそうだ。


でも、スンニー派はサウジアラビアの系統で「欧米」に支援され、シーア派はイランに支援されるから、結果として中東のキリスト教徒は「欧米」から見捨てられる傾向にある。


それなのに、現地では、「キリスト教欧米の手先」のように見なされて攻撃される。典型的なのがイラクで、2003年の英米軍の侵攻以来、「アメリカのコラボ」という目で見られて教会や信者や聖職者が何度も犠牲になった。


エジプトのコプトへのテロもひどいが、中近東のキリスト教徒がスケープゴートとしてひどい目にあっているのは、ちょうど、一九世紀ヨーロッパのユダヤ人と同じスタンスだという。

マイノリティであり、独自の生活や信仰様式を持っていること自体が迫害を招いているのだ。


キリスト教徒よりさらにマイノリティのイェジディ族はユダヤ教より前の一神教で、彼らは難民キャンプなどでキリスト教徒に守られている。

モスルの司祭が、千年前から伝わるキリスト教の貴重な古文書を救うためにトヨタのトラック2台にぎっしりと積み込んでクルド自治区に脱出しようとした。道すがら、多くの難民が徒歩で必死で逃げているのを見て、トラックの荷台の古文書の上に乗せられるだけ乗せた。

チェックポイントについたがゲートは閉じられている。

後ろからはISが追ってくる。

車は通せないが、歩いてなら入ってもよいことになる。

司祭は、すずなりに乗せてきた難民たちに、持てるだけの本や文書を抱えて入ってくれと頼んだ。

子供たちまでがそれぞれ貴重な書物を抱えて走った。

おかげで、貴重な資料は失われずに無事に避難させることができたという。


トルコのキリスト教徒のジェノサイドのことは知っていたが、もともと、中東で最大のキリスト教コミュニティがあったのだという。

ムスリムがやって来た時は、キリスト教の一宗派だと思っていたそうだ。

それでいろいろとアドバイスし助けていたのに、結局は乗っ取られた形になり、「トルコ=ムスリム」アイデンティティの国になり大虐殺につながった。


エジプトで興味深かったのは、20世紀の前半は、「イスラム化」が目指されたのではなく「アラブ化」が目指されていたということだ。

たとえば、家の中や聖堂の中で靴を脱ぐのはムスリムの習慣ではなくてアラブの習慣だ。

帝国主義国の支配から解放されての、宗旨を問わぬ民族団結のアイデンティティを築こうとしていたのに、欧米諸国から支援されなかった。で、アラビズムがイスラミズムへと転化していったのだという。


他にもいろいろあるが、ともかく、オリエントのキリスト教が、いたるところでその宗教帰属ゆえに過激派から殺され続け追われ続けているというのに、ヨーロッパの国々はまったく関心を示してこず、自国のジャーナリストがひとりでも人質になると大騒ぎする。我々は、西洋の人権主義、人道主義、平等主義、普遍主義など、とうてい信用できない、という聖職者のコメントが印象に残った。


彼らのために本気でがんばっているのはカトリックのローマ教皇くらいかもしれない。南米出身の教皇ということがここで生きてくる。


[PR]
by mariastella | 2018-01-24 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒

中東のイラク、レバノン、シリア、トルコやエジプトなどにはイスラム化した後にも、20世紀初めには人口の4分の1くらいの、キリスト教徒が残っていた。

それがどんどん縮小して、21世紀に入ってからの中東情勢の悪化で、途方もない数の犠牲者を出し、亡命する人も多く、今や30分の1と本当にマイノリティになっている。キリスト教の揺籃の地でキリスト教徒が完全に排除されると、彼らと共生していたムスリムも、ますます過激派に生活を脅かされるのでは、原理主義化するのでは、と恐れている。


「オリエントのキリスト教徒を救おう」という世論がヨーロッパで盛り上がるようになったのは、ISのような過激派がイラクやシリアを占拠し始めてからだ。


それまであまり意識していなかったのだけれど、近代以降、オリエントのキリスト教徒が中世よりももっと激しく弾圧され始めたのは、ムスリムから、「キリスト教徒は欧米文化の共犯者」とみなされたからだという。


つまり、近代以降、


「キリスト教 = ローマ・カトリックとそこから分かれたプロテスタント =  欧米帝国主義」


というシェーマが出来上がったことで、憎悪と迫害の対象になったというのだ。


もちろん、オリエントのキリスト教は、イスラム誕生に先行する文化だ。

モーセもイエスもエジプトからパレスティナに戻り、イエスはパレスティナで殺され、使徒たちはパレスティナで布教した。

ローマ帝国やヘレニズム文化の版図にも広がったので、地中海沿岸を中心に中東はもとより北アフリカにも根付いた。

オリエントのキリスト教は、後のヨーロッパ帝国主義国のキリスト教よりもずっと古いし、アメリカのキリスト教などはイスラム登場よりもはるかに後のプロテスタント植民者から始まった。


欧米帝国主義国の覇権主義は、産業革命やら様々な要因によって増大したが、キリスト教自体から来ているわけではない。

彼らにとっての「新世界の発見」が宣教師たちの福音宣教魂に火をつけた部分はあるにしろ、帝国主義者全員がキリスト教アイデンティティを持っていたのは、キリスト教の権威を支配のツールにし続けてきた為政者たちの思惑が成功した歴史的な実情以上の部分では大きな意味を持たない。


それなのに、「キリスト教=欧米」と言われてしまうのは、日本を見ていても分からないではない。

「欧米」経由でキリスト教が入ってきて、欧米帝国主義と対峙しなくてはならなくなったせいで、「日本のキリスト教徒= 欧米かぶれ=日本の伝統を捨てた者」のように見なされる言辞は、21世紀の今ですら残っている。


けれども「親欧米」が、中東のキリスト教徒の迫害の口実になっていたとは。


イラクのカルデア派を始めとしてカトリックと近い宗派も確かに少なくない。

でも、中東のキリスト教の方が、言ってみれば本家本元なのだ。


それに、日本のように、キリスト教は採用しなくても、しっかり親欧米の国はある。キリスト教の根源にあったヒューマニズムや普遍主義(共同体を地縁や血縁で縛らない)が少しずつ形成してきた「国際社会」の原則に合意が成立しているからだ。

中東のキリスト教徒が、そのような「欧米帝国主義シンパ」という言いがかりをつけられて迫害されていたことに対して、欧米のキリスト教はずっと無関心であり続けてきた。


彼らの多くにとっては、キリスト教はもはや「政治」とは関係がなく、そのエッセンスを昇華した自由平等主義が旗印なのだから、中東の「キリスト教徒共同体」がキリスト教であるということだけで迫害されていることなど、アナクロニズムでしかなかったのだ。(続く)


[PR]
by mariastella | 2018-01-23 00:05 | 雑感

対日関係新思考

昨年秋にいただいたままの『中央公論』を正月休みになってようやく読み始めた。

10月号にあった論考で、馬立誠の「対日関係新思考」というものの存在を知った。

近頃、どう考えても、最も危うい問題は朝鮮半島にあるのではなくて中国にあるのではないか、米中の新しい「冷戦」時代に入っているのではないだろうか、と考えて深刻な気分だったので、このような考え方が2002年からあったこと、そして中国の若いエリート層から少しずつ認知されているらしいことを知って、救われた気分になった。

ネットで全文読めないかと探したが、かなりの量がこのブログで引用されていることが分かった。

この引用の後には、日本軍と戦ったフィリピンで18歳で戦死した米兵の両親が、保険金で息子の通っていた大学に奨学基金を設立して日本の若者の留学を援助することにしたエピソードが述べられている。奨学生第一号は元特攻隊員で、その後は日米友好のために尽くした。中国はアメリカを社会の現代的管理を進めるモデルにしているのだから、アメリカの日本との関係の処理の例も参考にせよ、という文脈だ。


このブログにはこの記事だけでなく他にもいろいろ有用な情報が紹介されているし、ホームページの方も充実している。少しずつ過去ログを読んでいく。



[PR]
by mariastella | 2018-01-19 00:05 | 雑感

カルメン、セリーヌ、ドラクロワ

ビゼーのオペラ『カルメン』のフィレンツェでの新演出が話題になっている。
ラストシーンが、カルメンが殺される前に銃をとってホセ撃ち殺すことで終わる。

このビデオの1:15あたりからがそのラストシーンだ。
ハリウッドのスキャンダル以来のフェミニズム全体主義だと批判する人もいる。

ヒロインは、このカルメンの正当防衛は自由を求める彼女の生き方の当然の帰結だと言っている。

これについてあまりコメントするつもりはない。
ただ、この世界で一番多く上演されていると言われるオペラのストーリーと結末と音楽は一体化しているので、これまでの演出は十分正当化されると思う。
これを見て、自由に生きると殺されるんだなあ、おとなしくしていよう、なんて思う女性の観客はいないし、いざとなったら女を殺すという手もあるな、などと思う男もいないだろう。全員が芸術的なカタルシスを得られて、拍手喝采して幸せな気分で家路をたどる。悲劇的な結末に共感したからではない。
ストーリーと、それが音楽と共にもたらす効果は、リアルなレベルとは別のところにある。このラストでカルメンがホセを殺してしまうのでは、芸術の緩慢な自殺に似ている。プロスペル・メリメの原作小説がある、ということも看過できない。

フランスではこのほか、これまで封印されてきたセリーヌのユダヤ主義パンフレットをガリマールが出版するということについても喧々諤々の議論が起こっている。ヒトラーの『我が闘争』の問題にも似ていて、すでにネットでは読めるし、カナダでは出版もされている、ということで、野放しにするよりも、ちゃんと解説をつけて出版した方がいい、という人と、『夜の果てへの旅』の名作家の全貌を知ることと政治的検閲は別だという人とに分かれる。

これら全部をピューリタンの原理主義で、表現の自由や芸術を弾圧するものだとして批判する人もいる。

女性を殺すというのを検閲しなくてはならないなら、ドラクロワの『サルダナパールの死』も不都合だから隠さなくてはならないだろう、と揶揄する人もいる。

どういうテーマがどういう歴史的、芸術的な文脈で描かれたのかを無視して論ずることはできない。

暴力表現が暴力を誘発するとは限らないし、まったく逆の非暴力のキャンペーンに使うこともできるだろう。
イエスの磔刑図だの夥しい殉教者図なども、見方によれば子供の情操教育にとても悪そうだ。

最近知り合いがヴァーチャル美術館のサイトを始めた。まだまだ続くが、今見られるだけでも、神話や黙示録や文学作品やらいろいろ解説(英語とフランス語)されていてよく分かる。人間性を知る手段として絵画表現があってほんとうによかった、と思う。





[PR]
by mariastella | 2018-01-15 00:05 | 雑感

想像力

昨年のクリスマスに寄せたフランスのプロテスタントの言葉に、

イエスの誕生譚(ノエル=クリスマス)とは、

何かおかしな妊娠、

恥辱を克服した夫、

旅先の馬小屋での出産、

貧しい羊飼いたちが最初に知らされる主の誕生、

博士たちが貧しい赤ん坊の前に跪く、

権力者による幼児殺害命令、

着のみ着のままでの家族の逃避行、

etc...

そう、これは今の私たちの生きる世界だ、

と書いてあった。


パリのユダヤ教の大ラビはこう言っていた。


2015年のシャルリーエブド襲撃に続いたユダヤ人スーパーの人質事件を振り返り、あの時、人々が、「私はシャルリー」というように「私はユダヤ人」と言って共感を示してくれたのは感謝している、でも、その年の11月の多発テロで、パリのカフェやコンサートホールで不特定多数が犠牲になった時に初めて、人々は、ユダヤ人でなくてもみなが標的になるということを理解した。


他者への「同情」や「連帯」と「当事者」意識との違い、はどう埋められるのか。

そして、誰もが真に当事者になるためには、みながアトランダムに犠牲者になるかもしれないという脅威が必要なのだろうか。


地震の起きないパリに住んで日本やハイチの地震に同情する、

原発施設のない地域に住んで反原発を口にしたり、原発の必要性を説いたりする、

米軍基地のない場所に住んで沖縄の人に同情したり我慢しろと言ったりする。


本当は、この地球の誰の身に起こる脅威でも、すべての人にふりかかる脅威なのだ。


さまざまな国や民族や人々がばらばらで敵対しているように見え、環境は破壊され地震や洪水などの自然災害も絶えないように見えるけれど、主義信条の対立する人も脅威となる自然も、実は根っことなる命でつながっている。

めぐる月日も、夜空の星も、どんな人もおなじように吸っている空気も、何一つとして誰かが力によって奪ったり獲得したりしたものではなく、私たちに平等に与えられたものだ。


私たちはそのことに納得もできるし、思い描くこともできる。

すべての人が共有する脅威という形ではなく、すべての人が共有する感謝や希望という方向に想像力を広げよう。



[PR]
by mariastella | 2018-01-14 00:05 | 雑感

新年の事始め

今、今年初めのカルテットの練習から帰ってきたところだ。

今週は月曜日にクラシック・バレエ、火曜日にコンセルヴァトワールでのトリオの練習、水曜日に生徒たちが来て最初のレッスン、木曜にバロック・バレエの最初のレッスン、と続いて、今、コンセルヴァトワールで弦楽カルテットに行ってきたところ。

今日から始めた新曲はテレマンのドン・キホーテ組曲。
弦楽協奏曲だけれどそれをカルテット用に編曲したもの。悪くない。
今日は序曲と、風車に突撃するドン・キホーテの部分を演奏した。

実は最初にモーツアルトとトルレリをさらった時はあまり気分がのらなかった。
でも、このドン・キホーテで、一気に正月、というか、新年のスタートという気分になれた。音楽療法って本当にあるなあ、と今さらながら思う。

ピアノの生徒の1人(思春期の若者専門の心理療法家)と、バロック・バレエの仲間と、例のme tooの話をした。

フランス人的にまず驚くのは(日本人も同じかもしれないけれど…)、あんなに強そうに見えるアメリカの女優達とかが、今になってセクハラを告発し始めたことだ。セクハラという言葉はポリコレ(ポリティカリーコレクトネス)と同じでアメリカ発であり、ピューリタンのアメリカはいろいろ厳しいし、女性も好戦的で黙っていない、というイメージがあった。「自由の国アメリカ」というイメージはフランスにも一応浸透していたのだ。アメリカの二枚舌、ダブルスタンダードというのも、「フランスの常識」の一つではあったけれど、女性差別や人種差別がいまだに深刻な「今日的問題」というのには軽くショックを受ける人が多い。

それでも、ル・モンド紙のフランス女優らの声明の文面が、突っ込みどころが多すぎたのは残念だった。何につけてもよく言われるのだけれど、新たな法律を作らなくても、現行法できっちりと対応できるはずなのに死文化しているものが多すぎる。

確かに、セクハラなど性的な分野においては線引きは難しい。
日本における痴漢冤罪というのはすごいなあ、これでは確かに、男性は大変だろうといつも思っていた。それでなくとも、性関係において確かに合意していたはずの女性が、復讐など何らかの理由で相手を陥れようと思えば、「合意がなかった」と言えば認められる可能性があるのならこわい。

だからいろいろ考えていくとやはり一般論では言えない。
アングロサクソン型の犠牲者主義、加害者と被害者の二元論というのも不毛で、全体主義や原理主義に流れる危険性もあるのだけれど、
フランス風ギャラントリーの文化も、確かに差別の裏返しという側面もある。

私に対して「日本人はスーペリアな民族だ」というお世辞を言うフランス人がいる。
それはすぐに不愉快なものではない。

でも、そういう言い方は、

「自分は民族をランク付けする立場である」
「日本人より劣る民族がいる」

という含意がある、と言われてもしょうがない言い方だ。

同様に、たとえ、お元気ですね、お若いですね、おきれいですね、などという、耳に心地よいお世辞だって、「元気で若くてきれい」なのがよくて、「病気だとか年寄りだとか障害がある」のが悪い、という含意があるだろう、と言われると何も言えなくなる。

すべての言葉も動作も、その意味は、時と場合と相手との関係によってはじめて決まる、としか言いようがない。
けれども、その中でも、それが、弱い立場にある人を傷つけるような「力」として働くものはしっかりと分別して正していかなくてはならない、ということなのだろう。

(今日の予約投稿にリンクしておいたチベットの高僧の葬儀だが、やはり参加することにした。彼と家族的な関係を築いてきた一人として、彼を看取った人の哀しみに寄り添うことは必要だと思ったからだ。そのうちレポートします。)



[PR]
by mariastella | 2018-01-13 02:12 | 雑感

チベット高僧の死

先日の記事で触れた、チベットの高僧が、年明けに亡くなった。
そのことで考えたことを別のブログで記事にしたので、関心のある方はどうぞ。



[PR]
by mariastella | 2018-01-13 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧