L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:宗教( 352 )

テロと英雄と復活祭

(これは、前回、前々回の英雄話の続きです。)

今週の雑誌は軒並み、ベルトラム中佐の「英雄」認定の記事で埋まった。


復活祭の聖週間の特集であるはずのカトリック雑誌も、この「英雄」が敬虔なカトリックだったということで盛り上がっている。


中佐の夫人マリエルさんはカトリック週刊誌『La Vie』の編集長に直接電話して、中佐の犠牲の精神は、キリスト者であることと切り離せない、と証言し、復活祭を待っているという。

ベルトラム中佐ばかりにスポットライトを当てるのもまずいからか、今日(3/29)は首相が他の三人の犠牲者の追悼式に参加し、それぞれの棺に家族が別れを告げる様子がニュースで映し出された。

私や私の家族がもしテロの犠牲になったら、何度も名前を連呼されて画像を映し出されてフランス中に共有されるのは嫌だなあ、と思う。共和国セレモニーを拒否する権利ってないのだろうか。

いや、テロの犠牲者は「テロとの戦争」の犠牲者として戦死者扱いになって国家による遺族補償があるという面もあるから、「公の死」になるのだろうか。

ベルトラム中佐を英雄と賛美することについて、マリエル夫人も、政治利用などされたくない、と述べたそうだ。


おもしろい映像がビデオで流れた。


昨年12月に、「国民的歌手」のジョニー・アリディが亡くなった時、大騒ぎでマドレーヌ寺院での葬儀がメディアで流され、マクロン大統領もコメントし、前大統領のサルコジやオランドらまでも出席するという仰々しさだったのだが、その時にインタビューに答えたマクロンの映像だ。


「人々は時々、英雄を必要としている。彼は国民の英雄だ」みたいなことを言っているのだ。

今回の「英雄賛美」と並べると笑える。


今回は、「国のため、市民の命を守るために命を捧げた」のが英雄だと言って愛国心を鼓舞しているのだけれど、その基準で行くとロック歌手のジョニー・アリディは「英雄」ではなく、まさにアイドル(偶像)だ。

真の英雄を偶像化するのが政治で、偶像を英雄に仕立て上げるのもまた政治だというところか。

この件に関するTVの「英雄」談義に、2015年アムステルダムからパリ行きの特急の中でテロリストに立ち向かったアメリカ人の一人が出演していた。最近クリント・イーストウッドが映画化(『1517分、パリ行き』)したことでさらに有名になった事件だ。イーストウッドの映画に出演して事件を「再現」した人の一人で、「英雄」としてフランスから勲章をもらった米仏二重国籍を持つ人のテレビ出演だ。


ベルトラム中佐のように英雄として死んだ人はそのまま崇められるけれど、生きている英雄は微妙な立場ではないかという話も出た。


カトリックの尊者とか福者とか聖人の認定やその条件である「英雄的」生き方の認定は、死後にしか調査されない。

一方、死ぬどころか巡礼地などで起こる「奇跡の治癒」で「奇跡」を認定されて健康体に戻った人の場合は微妙だ。

奇跡の享受者が修道者や聖職者ならいいけれど、普通の人で、治った後に、もし犯罪にかかわったり、自堕落な生活を送ったりしたら、何のために神が奇跡を起こしたのか分からないので、「教育的」ではなく不適切だ。

だから、奇跡の治癒を得た人が、それによって「回心」するとか、立派で模範的な生き方をするとか、を見極めないといけない。


武器を持ったテロリストに危険を顧みずに立ち向かって結果的に多くの人々を救った、というのは確かに「英雄的行為」だけれど、その後の人生でそれを自覚して模範的に生きてくれるという保証はない。


で、特急内のテロリストと戦った「英雄」は、どういう気持ちだったのか、英雄的な行為をした自覚はあるかと聞かれて、


「アメリカでは子供の頃からテレビなどで常にヒーローものを見せられて鼓舞され、子供はヒーローに憧れて、勇気あるヒーローになりたいと思って育つので、迷いはなかった」


という感じの答えをしていた。


なるほどと思った。


フランス人は、勇気がある、勇ましい人に対して、むしろ「英雄気取り」だとシニックに見る傾向があるから、メンタリティの違いは大きい。


同席していた哲学者が、ヒーローには二種類あって、いわゆる「物語の主人公、主役」という意味のヒーローと、「他者を救うために命を賭して戦う」ヒーローとは別のものだから、とひとこと付け加えていた。


それを言うなら、「他者を救うために命を賭して戦って、勝利する」というのが、アメリカン・ヒーローに近いかもしれない。

ベルトラム中佐は他の人質の命を救うことには成功したけれど、テロリストに殺されてしまった。

だからこそ「犠牲」であり「殉死」であるので、前の記事で書いたように「聖なるもの」の次元と関わる「宗教的概念」と重なる。

アメリカン・ヒーローではない。

アウシュヴィッツのコルベ神父は、一人の囚人の身代わりになって死を受け入れたが、加害者のナチスを「やっつけた」わけではない。

もちろん、アウシュヴィッツで展開していた「悪」は、そこで命令を下す特定の人の「悪」よりもはるかに大きい悪に根差している。

同時にそれは、ハンナ・アーレントが言ったようにある意味では、だれの心の中にもひそんでいる陳腐な悪でもある。

その悪に「勝つ」には、特定の「悪人」を力で制するということではなくて、大いなる善、無償の愛が存在し得るという「証し」が必要なのだろう。

これを書いているのは復活祭に先立つ「聖木曜日」の深夜だ。


自分が捕らわれて殺されることを予知したイエスが、「最後の晩餐」の後、弟子たちが寝込んでしまったのに、たった一人で、オリーブ山の麓、ゲツセマネの園で血の汗をしたたらせながら祈る時刻に相当する。

イエスは、「全ての人の罪」を贖って、無償の愛の証しをするために死ななければならない使命を受け入れることになった。


それから二千年も経ったのに、ベルトラム中佐が、キリスト者として人質の身代わりになり、武器を捨ててテロリストに相対した。


マリエル夫人が、夫と共に復活祭を祝えるのだと信じて期待していると言うのも、イエスの死と復活が全ての人を救ったという証しなんだろう。

復活祭に向けての全ての典礼のプロセスは、夫人にとって、どんな心理セラピーよりも確かな、癒しと命の源になることだろう。




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by mariastella | 2018-03-31 00:05 | 宗教

フランスのテロの「英雄」、カトリック、死刑囚

3/28、朝からアンヴァリッドでベルトラム中佐(カルカソンのテロで人質の身代わりになった)を讃えるセレモニーがあった。

マクロンだけではなくナポレオンにも見守られていることになる。

カトリック系のメディアも、はしゃいでいると言っては悪いがエキサイトしている。

ベルトラム中佐が救おうとした命は、45分間直接拳銃を突き付けられていたレジの女性(そして伏せの姿勢で閉じ込められていた多くの人)の命だけではなく、テロリストの命でもある、という(残念ながらテロリストは結果的に射殺されたが)。

子供を教会や公教要理のクラスに通わせない世俗過程で育った中佐は、士官学校のトップで模範的な愛国者でもあったけれど、2008年、34歳頃、突然回心体験をして、要理のクラスに通い2010年に初聖体と堅信礼を受けたという(マジョリティのフランス人だから生まれた時の洗礼は受けていたのかもしれない。今週のカトリック・メディアで詳しく語られるだろう)。

中佐は愛国や共和国理念のルーツにキリスト教の愛があることを発見したのだという。彼にとっての軍人とは、殺す軍人ではなく、生かすための軍人だった。
それを今回証明したことになる。

で、2015年に聖母マリアに伴侶を与えてくださいと祈り、信仰篤いマリエルさんとめぐりあい、2016年の夏に市役所で結婚し、ある修道院で出会った司祭に教会での結婚を頼み、準備を重ねて今年6月の結婚式が決まっていた。

その司祭は、テロのあった夜に病院に駆けつけて病者の秘跡(終油の秘跡)を授けたけれど、彼には意識がなかったので結婚のセレモニーはできなかった(結婚の秘跡は本人同士の誓いに司祭が立ち会う形で有効になる)。
マリエルさんと神の前で結婚するという意志と愛を表明しながら、今回自分の命を別の人のために捧げたのはマリエルさんへの裏切りではない、キリスト者としては「死」を選んだのではなくまさに「生」を選んだのだから、と司祭は言う。

司祭は、死の床の中佐の肩にパリのバック通りの奇跡の聖母メダル(不思議のメダイ)を貼る許可を得たという。

全体に、今回のテロで、悪をはるかに凌駕する大きな善の前に、感嘆と賛美が起こって「憎悪」や「怒り」がかき消されていることは確かで、印象的だ。

今が、復活祭前のイエスの受難の聖週間に当たっているというのも象徴的だ。
パリ大司教は「愛のみが憎しみに打ち勝ち、生は死に打ち勝つ」と言った。

加賀乙彦の『宣告』を読み終わったところなのだけれど、私が死刑囚だったら迷わずカトリックの洗礼を受けるだろうと思った。
死の予感に苦しみ、無実にして死刑宣告を受け、復活したとはいえ、二千年間も毎年受難を反芻され、十字架上の姿をさらされているナザレのイエスをいただくキリスト教、しかも、そのキリスト教というOSの中で、死刑囚を支え、殉教者や殉死者の英雄性を鼓舞するソフトが充実しているのはカトリックだからだ。

でもオウム真理教出身の確定死刑囚たちの、霊的状態は今どうなっているのだろう。

もともと宗教がらみで尊師に洗脳されていたのだから、殉教意識を維持しているのだろうか。

でも、日本の監獄でカトリックに改宗して、助命運動や死刑反対運動をしてもらえても、祈ってもらえても、文化的なマイノリティ感は否めない。

ベルトラム中佐の棺が通る時ノートルダム大聖堂の鐘が鳴り響き、昨日の記事で書いたように殉教や英雄というカトリックの含意がある言葉が多用されて、寛容や赦しの雰囲気を醸成することなどに比べて、日本の自衛官が突然、国家神道に目覚めて、国のために命を落として靖国神社で国葬してもらい、賛美されるなんて、日本の歴史や現状からあり得ない。

その点で、フランスのカトリック普遍主義のルーツって羨ましい。

いや、結果的に赦しと寛容、共生とリスペクト、絶対平和に向かうのなら、民族宗教でも部族宗教でもなんでもいい。

なんであれ、バランス感覚を持ち、歴史の過ちに学び、反省と修正を重ねる老舗宗教がちゃんと機能していれば、オウム真理教のようなテロリスト・カルトが生まれる隙は、なかったかもしれないのだ。


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by mariastella | 2018-03-30 00:05 | 宗教

フランシスコ教皇の五年

フランシスコ教皇がローマ法王に選出されてから5年が経った。


就任早々、特別の枢機卿評議会を組んで、ヴァチカンの近代化に取り組んだが、代々のイタリアの貴族や名家が作ってきたヴァティカンの体質の強固さはアルゼンチン出身の教皇の想像を超えるものだったらしい。


教皇庁の人員を削り、より機能的にして、ビューロクラシーや教権主義や出世主義も排して刷新し、中央よりも地方の教会に仕える体質に変えたかった。


なかなか簡単にはいかず、とりあえず、それまでの「正義と平和評議会」「開発援助促進評議会」「移住・移動者司牧評議会」および「保健従事者評議会」を統合して「人間開発Integral HumanDevelopment」という上位部署とし、


「信徒評議会」と「家庭評議会」を統合し「信徒・家庭・いのち」の部署、


そして、ヴァティカンのメディアと広報のシステム書記官統合の再編のための広報事務局


という三つを新設した。

最初のものは、移民、助けを必要とする人、病者、迫害を受けている人、服役者、失業者、紛争や自然災害、奴隷状態や拷問の被害者らのために働くというキリスト教の背骨みたいな部分で、核抑止力の有効性否定、エコロジー問題などを通して、「弱い立場の人」の支援も全地球的な有機的な視点なしには真に有効なものにはならない、ということだろう。

多分夏ごろに出る私の新刊の中では、教皇の出身地でもあるラテンアメリカで軍事独裁政権に対抗して共産党とカトリック教会が共闘した「解放の神学」について解説した。


「無産者」が常に犠牲となっているという認識において、マルクス主義とキリスト教の見方は重なる。

先日は、国際女性デーに合わせたようにヴァティカンで聖職者の世話をするシスターたちの無償労働やリスペクトされていないことなどについての声が上がった。

ヴァティカン市国の「政府」の要職に一人の女性もついていないことも取り上げられた。


まあ、他の「主権国家」とはそもそも文脈が違うのでこういう比較はあまり意味がない。


フランスのフェミニストの先駆者はずっとシスターたちだった。

男性聖職者や男性修道士たちに君臨した女子修道院長もいる。

みんな、いろいろな意味でぶっとんでいた。


そのうち、それとは別に、ヴァティカンの女性たちについてのシリーズをアップするかも。


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by mariastella | 2018-03-15 00:05 | 宗教

カトリック大司教と赤旗

日記 その8

2/16

サイトの掲示板で、高見長崎大司教が「しんぶん赤旗」2018/2/7で、憲法九条を改定してはならない、という記事を出されているのを教えてもらった。

早速検索して読む。


高見大司教はフランスのドキュメンタリー番組で、インタビューに流暢なフランス語で答えていたのが印象に残ったと前に書いた。その時の彼の発言にも少し触れたことがある

ちょうど6年前に、岡田東京大司教も赤旗のインタビューに答えていたのを思い出す。

「自戒こめたメッセージ 自然と命守り後世に伝える」というもので、

>>>「いますぐ原発の廃止を~福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして~」日本のカトリック教会が昨年11月に発表した司教団メッセージです。日本にいる3人の大司教の一人、東京大司教の岡田武夫さんに聞きました。2012/2/26<<<とある。

共産党とキリスト教は弱者に寄り添うという一点で共通している。

共産主義政権は、資本主義社会の構造的弱者である「労働者」を「強者」に転換するのを必然としているところが決定的に違う。

日本の社会主義者でソ連のコミンテルンから日本共産党の設立を支援した片山潜はプロテスタントだったけれど、ソ連のボルシェビキが「無神論路線」= 実は神と宗教にとって代わる路線」を採用したので、自分は本当は神を信じていなかった、みたいな弱腰の言葉を残している。でも実は、戦前のキリスト教社会主義者たちは、「御用宗教」としてのキリスト教を擁護していたのではなく、「キリストの教え」に忠実であろうとしたのだった。

日本共産党はその後コミンテルンから離れて独立路線をとったのだから、もう少しイデオロギー色を消して、それこそ、もとの、搾取されている人々を解放する、という方向に、現在の肥大した金融資本主義などの中での労働者の救済ということと、必ず真っ先に弱者が犠牲になる戦争や環境破壊に絶対反対するということに特化すれば、今のカトリックの目指すところと変わらないのは事実だ。

でも、旧ソ連の全体主義と袂を分かった自由諸国内の共産党が次々とそのブランドを捨てていくのに対して、日本の共産党だけはあいかわらず「赤旗」という革命旗を掲げているから、フランスのTVニュースでも取り上げられたくらいだ。

その「赤旗」ブランド死守が生存戦略の一つだというのも、旧社会党の末路と比べると分からないでもないけれど。

で、カトリックというのは、フランスでも二つに分かれている。

ブルジョワ階級のお仲間アイデンティティと、現ローマ法王のフランシスコ教皇と同調して、形や伝統よりも慈しみの実践と偽善の告発に熱心なグループに分かれる。

カトリックが超マイノリティーな日本でさえそんな雰囲気があるのは不思議だが「欧米のイメージ」、「ミッションスクールのお嬢様カルチャー」などのお仲間アイデンティティがフランスとは違う意味で存在していて、「大司教様が赤旗に応えるなんてあり得ない」「聖職者が反体制的な政治運動や発言をするなんてとんでもない」という反応も必ず出てくるようだ。

プロテスタントの方が、もともと個人的に社会主義運動にコミットメントするハードルが低い。

今は「神、金、革命」という次著をまとめている最中なので、いろいろな歴史的、地政学的文脈が頭に浮かぶが、日本でも、超宗派的な日本宗教者平和協議会があって合意事項を明白にしている。どんな宗教でも、人間の死生観に関わるのだから、行きつくところは同じだというのはもっともだ。

合意事項は、今、検索したら、

信教の自由政教分離の確立」、

核兵器の完全禁止と廃絶」、

「(自衛隊及び在日米軍)軍事基地の撤去と軍事条約(日米同盟)の撤廃」、

日本国憲法の擁護と平和・民主条項の実現」、

人権の擁護と民主主義の発展」、

「環境の保全と回復」、「宗教者の国際連帯の強化」(平和五原則

だそうで、宗教が正論に行きつくとこうなるんだなあ、と思う。


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by mariastella | 2018-02-24 00:05 | 宗教

釈尊涅槃会と四旬節

日記 その7

2/15


今日は釈尊涅槃会だそうだ。曹洞宗ではその前に『遺教経』を読誦し、釈尊の御遺徳を偲ぶと禅僧のブログにあった。

戒を守ることで心の安定を得られれば解脱につながるという。 


 >>>若し人、能く浄戒を持てば、是れ則ち能く善法有り。若し浄戒無ければ、諸善の功徳、皆な生ずることを得ず。是を以て当に知るべし、戒は第一安穏功徳の所住処たることを。
『仏垂般涅槃略説教誡経』、『大正蔵』巻121110

という引用があった。

カトリックでも四旬節が始まったところで、復活祭に向けて、昔はラマダンのように本格的に断食するとか、肉を食べないとか、善行や苦行をするというのがあった。


「食べない」というのも本来は、いわゆる精進潔斎の他に、「食べない分を貧しい人に施す」という意味なので善行を積むのと同じだ。


でも、「善行」は、「戒」のような形にしないとなかなか果たせない。


「体にいいこと」でもよほど意志が強くないと続かないのと同じかもしれない。

戒を護ると諸善の功徳を生ずる、ともある。その善行がまた心の安定をもたらすのだ。

「心の安定」「禅定」「解脱」。


80歳で静かに涅槃に入ったお釈迦様の説得力ある言葉。


それに比べてキリスト教のキリストは若くして最悪の苦痛を与えられて殺されたし、自分でも血の涙を流して苦しんだ。

まあ、その後で復活したからこそキリスト教が生まれたのだけれど、復活祭の前はそのキリストの苦しみをみんなで追体験しなさい、みたいな雰囲気だ。


もともと苦しいとか痛いとかの状況にあって、「心の安定なんてとても無理」などという人にはこちらの方が救いがあるのかなあ。


いや、「心頭滅却すれば火もまた涼し」で、禅定に入ると天国や極楽に行けなくても苦しみなどなくなって救われる?

「心の安定」なんてこの世では無理かも。


この世で得られるのはいわゆる「動的平衡」で、人生はいつも、綱渡り?


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by mariastella | 2018-02-23 00:05 | 宗教

ルルド聖母御出現160年記念、70件目の公式奇跡認定、シスター・ベルナデット

2018年2月11日は、ルルドの洞窟で少女ベルナデットの前に聖母マリアが現れた160終年記念の「ルルドのノートルダムの祝日」だった。それに合わせて、70件目の奇跡の治癒が公式に認定されたことが司教から発表された。

治癒を得たのがフランシスコ会系の78歳の修道女で、
名前がなんとシスター・ベルナデット。

ルルドに巡礼をして、洞窟で聖母とベルナデット(聖女)の現存を感じ、病者の秘跡を受け、修道院に戻ってすぐ、聖体の前でルルドの聖母に祈りを捧げた時も、それを感じた。部屋に戻ると脚が熱くなり、体中が軽くなって緩んだ感じがした。で、20年もつけていたコルセット、脚の副木を外して、神経刺激装置のスイッチを切って、立ち上がったら...楽々と歩けた。

2008年7月11日、69歳のことだった。

病名は馬尾症候群。
1960年代に発症、1987年からは歩けなくなった。

うーん、完全に私のツボにはまる出来事。

これから詳しく見ていくが、今忙しいので、そのうちシリーズにするつもり。

ルルドでは年間約100件の「奇跡の治癒」の申したてがある。

審査の対象になるのはいろいろな規定があるので、そのうち、審査してもらえるのは約30件。

申し立ての4件に1件は、ガンの完全治癒。(10年は経過を見られるので再発があると却下)

多国籍の医学者チームが「今の医学では説明できない治癒」と認定する。
それが司教のもとに来たのが去年の2月。
1年かけて、その「説明できない治癒」が「奇跡」と言えるかどうかを査定。

今回の件は、医学者チームのうちの一人が否定的だった。
でも多数決で認定。

それもおもしろい。

前には2011年に起こった治癒について「ルルドの奇跡の起こり方」というシリーズを12回プラス閑話休題で延々と書いた。

今確認したら、そういえば、あの時も70件目と最初は言われていたのだ。
司教が「奇跡」という言葉を使わなかったので結局カウントされなかった。
いろいろややこしい。

2012年に認定されたのは1965年に起こった治癒、
2013年に認定されたのは1989年に起こった治癒。

今回は2011年の治癒と同じく21世紀に入ってからの治癒で、新しいし、2011年のと同じフランス人なので、証言やコメントが原文で読めるので、じっくり検討できる。

今回のが「奇跡」と安心して宣言されるのは、癒された人がシスターだったということが大きいかもしれない。

前のシリーズの
その1とその12を貼り付けときます。
暇な人、興味のある人は全部読んでみてください。

ちなみに私自身は「奇跡の治癒」にも「ブラック・ジャック」にも期待していない夢のない人です。私の健康ブログ「たかが、肩」のはじめの方に「奇跡の治療」っぽいものをいろいろ試した実録がありますが、その時も「信じることも、治癒の要因」だと言われながら、不信の日々でした。







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by mariastella | 2018-02-13 00:15 | 宗教

魯迅とパリ新大司教

この16日にノートルダム大聖堂に着座したミシェル・オプティパリ大司教のインタビュー記事を『ル・モンド』紙で読んだ。


この人が、総合医として11年を過ごした後で39歳で神学校に入り、44歳で司祭叙階された聖職者として「遅咲き」の人 であることは前にも書いた


このインタビューでは、病院勤務によって、人々をそれ人が誰であるかというのとは関係なく愛することを学んだ、と言っている。

医師として、いい人でも悪い人でも等しく治療する。

扉を叩く人を無条件で受け入れる、ということを学んだ。

教会は、不法滞在者であろうとキリスト教徒でなかろうと、だれも拒まないで扉を開ける、暖を取る人、休みたい人、静けさを求める人も来る。

無料で、誰もが安心して休める場所は多くない。

病院を離れる時に、それが司祭になるためだと説明したら、数名の患者が、自分は何十年間も、家族にも知られないで朝晩祈っている、と打ち明けてきたので驚いた、とも言っている。

どういうわけか、魯迅のことを想起させられた。


魯迅は、1904年から一年半くらい仙台医学専門学校に留学して解剖学を学んでいたが、ある時、医学の道を捨てると決心した。


教室で日露戦争の記録映画が上映された時に、中国人が、ロシアのスパイの容疑で処刑されようとするシーンを見て、同席していた中国の同胞が、喝采したのだそうだ。

その無自覚さに衝撃を受けて、医学をやめて分泌で中国人の精神を啓発しようと決心した。

「あのことがあって以来、私は、医学などは肝要でない、と考えるようになった。愚弱な国民は、たとい体格がよく、どんなに頑強であっても、せいぜいくだらぬ見せしめの材料と、その見物人となるだけだ。病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。むしろわれわれの最初に果たすべき任務は、かれらの精神を改造することだ。そして、精神の改造に役立つものといえば、当時の私の考えでは、むろん文芸が第一だった。そこで文芸運動をおこす気になった。」(竹内好訳『阿Q正伝・狂人日記』(1955年)岩波文庫)

というのだ。

「病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。」

という言葉にはっとする。

私たちは丈夫で長生き、健康寿命を延ばすのに必死で情報を集め、病気になればもちろん慌てて医師のところに行って治療をしてもらうことを望む。

でも、だれでも、いつか何らかの形で病気になったり死んだりするのは、たしかに、自然の理であって不幸とまでは言えない。

それよりも、たとえ肉体が頑強であっても蒙昧であれば、歴史に翻弄されて、支配者から見せしめにされたり、それを批判することもない迎合者となったりする、その方がずっと重大だ、と思ったわけだ。

人々の病気の治療ばかりしていたオプティ医師も、体の検査だけでは見えない心や精神の荒れ野に出ていって人々に寄り添うことを決心したのだ。

私たち(と言って悪ければ私)は、今どこか痛いところがあると、まずは痛み止めの対症療法を望むもので、そんな時に高邁なことを口にする医師なんて必要としない。世界のすべてはどうでもいいから、今ここにいる私の痛みをすぐに何とかしてくれ、と思う。

だからすべての医師や医学生が聖職者や革命家になってもらっては困る。


でも、実際に、そのように進路を劇的に変える少数の人は存在して、彼らは診察室でよりもずっと多くの人々を救ったりインスパイアしたりしているのだろうな、と思うと、感慨深い。


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by mariastella | 2018-01-29 00:05 | 宗教

カトリック信者の結婚、日本とフランス

年末に、私のサイトの掲示板にカトリックの結婚と離婚についての質問がありました。

分かる範囲でお答えしたのがこちらです


実は、このブログで、いろんな方がコンスタントにアクセスする記事に「カトリック信者の離婚と再婚」というものがあります。

こんなこと気にする日本人なんているのかなあ、と思っていたのですが、単純に「カトリックは離婚は禁止」とか思っている人もいるようなので、読んでみて役に立てば幸いです。

離婚は禁止されているのではなく、結婚は夫婦だけでなく聖霊も一緒の絆なので、人間の都合だけでは離婚できないという意味合いです。


ちょうどひと昔前の日本の離婚が、夫婦だけでなく仲人さんの立場もあるからまず相談しなくては、というのと似ているかも。


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by mariastella | 2018-01-03 00:05 | 宗教

ボストンのバーナード・ロー大司教とパルトニアのガイヨー司教

1216日、ボストン名誉大司教バーナード・ロー師が86歳で、ローマで亡くなった。

この人のことを思うとすごく複雑だ。

アメリカで第四のカトリック信者数、200万人(大部分はアイルランド系)をかかえるボストン大司教区の大司教にまで上り詰めた人だ。枢機卿でもある。

宗教者として優れた人であったことは間違いないはずだ。

両親のいたメキシコで生まれて、ラテンアメリカ事情に強く、キューバの経済封鎖法に激しく反対するなど、アメリカ帝国主義に敵対した。カストロ議長とも電話で直接話しあった。

ハーバード大学で中世史を専攻したのに、召命に従って司祭となり、貧しいミシシッピーで司祭生活を開始した。エイズ患者に寄り添い、黒人やヒスパニックの貧しい人々を助け、ベトナム人難民センターも作った。公民権運動に奔走した。

そんな人なのに、2002年の1/6のボストン・グローブ紙の朝刊で発覚した聖職者による少年の性虐待スキャンダルのスクープで責任を問われて辞職した。4月に出した辞職願いは拒否され、12月にようやく受理された。それ以来、ローマに住み、晩年は長い闘病の末に亡くなったのだ。

このアメリカの聖職者スキャンダルはピューリッツァ賞を受賞し、映画にもなって、世界中に喧伝されて、あちこちに飛び火した。

ボストン大司教区は60年間で237人の司祭による1000人の被害者を数えるという。

2002年の時点ですでに50億円の示談金が支払われていて、2002年からの400人による訴訟でさらに100億円以上の罰金を課せられて、裕福だった大司教区は破産した。

バーナード・ロー師は、問題が発覚した司祭に対して教区を異動させるだけで放置した。その結果、複数の教区で30年の間に130人の少年を虐待していた司祭もいる。

彼の責任は重い。

けれども、どんなに調査されても、本人そのものはまったく嫌疑がかけられていない。

常に弱者に寄り添ってきた彼にとっては、少年にセクハラをする司祭の心理などまったく想像できなかったのだろう。

もちろん、アイルランドやフランスでもそうだが、閉ざされた教会の体質もあるし、「習慣」もあるし、性的被害は、レイプでもなんでも、公けにしない方が被害者のためにもいい、という、ついこの前までの「世間の常識」もあっただろう。

ことが発覚した後で、ベネディクト16世がこの件に関しては「トレランス・ゼロ」、絶対不寛容、を明言した。

家庭内にしろ、学校や部活など教育の場にしろ、教会の合唱隊やボーイスカウトなどの場にしろ、権威と権力を有する大人が未成年に対して性的な暴力を加えることなど、快楽殺人と同じくらい罪は重い。

それを闇に葬ったばかりか、問題司祭を別の場所に異動させて放置した責任は重大だ。

もちろんバーナード・ロー師もそのことを深く謝罪している。

彼は71歳から86歳までの亡命に近いローマでの生活で、枢機卿のタイトルは取り上げられなかったし名誉職も与えられたけれど、実質的に謹慎生活を送った。

彼の後悔、慚愧の念はいかばかりだっただろう。

この人は、本当は、いつも、弱者を助ける現場にいたかったんだろうと思う。

司教の任務は信徒の世話ではなくて司祭たちの世話だ。

でも、彼が本当にしたかったのは、尊厳を奪われている人々の世話や支援だったのだろうと思う。

フランスのノルマンディにガイヨー司教という人がいた。

彼も司教区の世話をしないで、ホームレス、労働者、ジプシー、兵役拒否者、移民、難民の側にばかりいて戦っていたから、何度も戒告を受けた。

とうとうバチカンに呼ばれて、辞職願を出せと迫られた。そうすれば名誉司教となる。拒否したのでアフリカにあるもう存在しない教区パルトニアの司教に任命された。司教や司祭のタイトルを剥奪することはできない。それは聖霊による秘跡で授けられたものだからだ。


で、82歳になる今もガイヨー司教はパリの「現場」で戦っている。


2015年にはバチカンに呼ばれた。 


「我々を自由にし解放しに来たキリストを教会に閉じ込めてはいけない」、というところで、ローマ司教(ローマ教皇のこと)とパルトニア司教が一致したのだ。

私からの憐みなんか必要としないだろうけれど、なんだか、バーナード・ロー師が気の毒になる。

彼の死に対してフランシスコ教皇は通り一遍の言葉を送り、バチカンではボストンのスキャンダルのことを口にする者は誰もいなかった。


メディアは彼の死を、性的虐待スキャンダルと結びつけて伝えたが、彼がマイノリティの権利のために戦った人だったことに触れる記事はなかった。


フランスでも同様のスキャンダルがあり司教が監督責任を問われたし、バチカンの教皇の側近にも嫌疑がかけられている。

世間的な野心なしに大きな管理責任を課せられるのは、きっと、「試練」のひとつなのだろう。


長きにわたる判断の誤り、は誰の人生の上にも、起こる。


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by mariastella | 2018-01-02 00:05 | 宗教

「主の祈り」をめぐって その8

歌を歌えなかった12/3のミサでいろんなことを考えた。


「主の祈り」の「父」という呼びかけについて考えていると、

「神はあなたを先に愛している」とか、

「あなたには神が見えていなくても、あなたが神を無視しても、神はあなたを見ているし、決して見捨てない」

とか、

「神はあなたに自由意志を与えた。神に背を向ける自由さえあなたは行使できる」

云々


という決まり文句が、別の実感を持って見えてきた。

それは「親子ってそうだよなあ」という親の立場にたっての実感だ。

ここで親子というが、もちろん、世の中には我が子を虐待する親もいれば、血のつながりのない子供を溺愛する人だっている。そういう個別例ではなくて、社会進化論的に選択されてきたスタンダードな親子関係を想定する。

「親」は自由ではない。

親が自由を行使したのは「子をなす」時だけだ。

いったん「子」の親になれば、親にはその子をいないことにする自由はない。

排除する自由も、無視する自由も、恨む自由もない。

愛することしかできない。

そして親は子供が自由で自立した人間となることを願う。

そのために、養い、育てる。

子供の安全を守り自覚を促すために限定的に子供の自由を制限することもある。

でも、子供がその養いや育てに応えなくとも、最終的には子供の自由を尊重することしか親にはできない。

子供が出ていこうと、親を否定しようと、親は子供を愛し続ける。

というパターン。

「父なる神」も、クリエートする部分、「父なる神」となる部分で自由を行使した。

そして「なかなかよくできた」などと言っている。(創世記で何かを作る度に「神はこれを見て、良しとされた。」とある。

で、人間には「自由意志」を与えたのだが、禁断の実を食べた時点で、神と分かれる自我が生まれたので神のもとにいられなくなった。

でも、「父なる神」の側には、子を愛さない、良くないと断定するような自由はない。

だって、「父だから」。


ずうっと愛しっぱなし。


でも「製造責任」は感じるから、時々、それぞれにみあった「試練」を与えることで、「養い育てる」ことを続けようとはする。

思い切って「子なる神」まで派遣した。

「親」的感性に想像力が働く人なら、「父なる神」の立場はすごくよく分かる。

「父権社会」の「権威的父」ではない方の、例の、ノリッジのジュリアンが「天の母」と呼んだ方の「親」的感性。


「自由にふるまう子供を愛し続ける他に自由がない、選択肢のない」親心。

そうやって愛してきた子供が、とつぜんこちらを振り向いて、「お父さん」と呼んでくれた。

「お父さん、私を助けてください、私が正しい道を歩むように、誘惑に負けないように守ってください」

と言ってくれた。

「主の祈り」のように。

それを耳にするお父さんの喜びはいかばかりだろう、

命を与え、養い、愛し続けた苦労が、この信頼によって報われる。

「愛が報われる」っていいな。

「主の祈り」って「命をくれた父の愛に報いる祈り」なのかもしれない。


(しかも、子供たちがきょうだいそろって口をそろえて「いつも見守ってください」と言ってくれるなんて、想像するだに感激だ。親としては、感謝されなくても、頼られなくても、愛は変わらないのだけれど。「父なる神」をたまには労わろう。)


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by mariastella | 2017-12-13 00:05 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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