L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:音楽( 99 )

象のミュージシャン

もうかなり前に、ピアノを弾ノラという猫の動画が有名になって、それをバックにしたコンサートまで開かれた。(行ったことがある。)

一番有名だったのは、確か隣のピアノでバッハのメヌエットか何かが弾かれていてそれに合わせるようにノラが鍵盤を叩くというものだった。

ところが、最近、タイで撮影された象とのピアノ・・・デュエットの動画の噂を聞いて見てみたら、さらに驚きだった。

オウムが曲に合わせて踊る動画はよくあるけれど、象ってすごい。明らかに曲を聴いて楽しんで、リズムをとったり鍵盤を鼻で叩いたりしている。


全ての音楽とは体の動き、生命のリズムの再現で、音楽のあるところには「生きている体」が出現するというのは本当なんだなあと思う。

それが「象の体」でも同じだ。見た目や大きさがどんなに違っても、命の躍動は同じ息吹の中にあるんだろう。


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by mariastella | 2018-11-20 00:05 | 音楽

藤原真理さんのコンサート

(ジョリアンのシリーズは、日本の記事の後で再開します。)

10/24、藤原真理さんに浜離宮ホールのランチタイムコンサートに招待していただいたので久しぶりに築地に行った。

築地市場が引越ししたばかりで、閉まっている店も多く、感慨深い。

ホールは音響も良く、真理さんはもとより、ピアニストの倉戸テルさんが幸せそうなのがとても印象的だった。
ピアノのパートが「歌」でない部分では、明らかにチェロのパートと同化していて、頭や肩の動きが真理さんと完全にシンクロしている時があった。チェロは楽器の性質上、他のパートを 聞いてはいても、頭の中で歌って再現することはできない。それについては前に詳しく書いた。

で、このおふたりでは、倉戸さんが明らかに、ピアノのパートを歌いながら真理さんのパートというかダイナミクスにぴったり寄り添っていて、しかもそれがはっきり動きや表情で見える。こちらも幸せな気分になる。

ベートーベンのチェロソナタは贅沢な曲だ。
1楽章の出だしはいつも感動的だし、ここからコンサートを始めるのって、普通なら緊張するだろうなあと素人考えで思ってしまうが、一瞬で聴衆を別世界に連れて行ってくれる。
3楽章のフーガは舞曲にも似ている。
メシアンが捕虜収容所で作曲したというイエスの永遠性への賛歌は、和声が解決されないままに非常な強度でどこかへ向かっていくところが時代性と、フランス性の濃密全開という感じがする。
第2部で小曲を並べるのはある意味で難しいと思うけれど、コメントもあってリラックスした感じでよかった。シューマンってやはりよくできている。

コンサートの後は、はじめて浜離宮恩賜公園に行って、中島のお茶屋でお抹茶をいただいた。
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帰りには築地本願寺に寄った。ここに入ると本当にフランスの古い教会に入るのと似た気分になる。
コンサートからまる4年が経った。
あらためて、すばらしい機会を頂けたものだなあと思う。


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by mariastella | 2018-11-03 00:05 | 音楽

音楽やバレーの新年度が始まっている

先週、新シーズン初めての室内楽の練習に行った。

スカルラッティのシンフォニアと、年度末に上演計画しているオッフェンバックのオペレッタ「Le Violoneux」を始めた。この記事を書こうと思ってタイトルを知るために日本語ネットで少し検索したけれど、この作品(一幕もの、1855年)は見つからなかった。1855 年には6作も発表している。

Violoneuxとは、Violonisteより格が下がり、世紀の教育を受けずに民謡などを弾く「ヴァイオリン弾き」という感じだろうか。今調べたら、英語ではviolonistに対してfiddler という言葉があるそうだ。

そういえば、ミュージカルの『屋根の上のバイオリン弾き』の原題は「Fiddler on the Roof」だった。

「バイオリニスト」は屋根の上では弾かないのだ。

いつもながら、オッフェンバックのオペレッタを弾くと、古臭いのと愉快で陽気でノスタルジックなのが混然一体となって鼻歌を歌いたくなる。歌手やオーケストラを少しずつ足していくが、それは万聖節休みの後になるだろう。

実は、いつものメンバーの一人が休んだ。

この夏、ブルターニュの別荘に行っていて、元気で泳いでもいたのだけれど、連れ合いが突然倒れて入院し、そのまま2週間集中治療室にいたけれど亡くなったのだ。彼女は抗がん剤の錠剤を飲んでいた。

病院で検査すると、血小板がほとんどゼロの状態だったそうで、どうしても正常に戻らなかった。

意識はずっとはっきりしていて、亡くなる前の日も、クロスワードパズルの回答を娘と一緒に考えていたという。

彼女は、私たちのほとんどすべてのコンサートに来てくれた。2007年の宇高会の能の公演にも、2011年の東日本大震災のチャリティコンサートにも、私が招待した日本文化会館の『夕鶴』にも。

現役時代は生物の高校教師で、穏やかで、謙虚で、音楽のアグレガシオンと楽器教授の国家資格を持つ二人の娘と、パリ市の役人でありながらバス歌手とヴァイオリニストの活動もずっと続けてきた夫をずっと支えてきた。

トリオは来年のパリのコンサートのプログラムを練習し始めている。

こちらは順調。

バロックバレーは、カンプラの『L'Europe galante』からトルコ人の踊りだ。

キャラクターダンスだ。実はすごく長くて難しい。最初の部分は男性が女性の前でアクロバティックで力強いところを固持するような振付なので、アントルシャ6なども入って大変だ。

これは全13枚の振り付け譜の最初の2枚。この部分を頭に入れるだけでも毎日譜を眺める必要がある。

このオペラ・バレエは、ヨーロッパとして、フランス、スペイン、ベニスに続いてトルコが出てくるのだ。トルコがEU加盟を望んでいた時にはこういうところを強調すればよかったのに。

それにしても、この楽譜の部分を見てもらうと分かるが、二分音符ふたつから始まるフレーズは5小節、4小節、4小節となって、また5-4-4となる。それに対応するステップの連なりがまた超バロック的だ。

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by mariastella | 2018-10-05 00:05 | 音楽

パリ・オペラ座の『トリスタンとイゾルデ』

先日 バスティーユのオペラ座の『トリスタンとイゾルデ』を観に行った。


この観劇が、いろいろなものをつないでくれるミッシングリンクの発見になるとは思わなかった。

それほど興味深いものとなった。

チケットを買った時はそこまで考えていなかった。


で、いろいろなことを書こうと思うのだけれど、まず、フレンチ・ワーグナーに加えてピーター・セラーズとビル・ヴィオラビデオ作家による演出というものについて一言触れようとして、念のためネットで検索したら、パリオペラ座の引っ越し公演『トリスタンとイゾルデ』というのが日本で2008年にあったことを知った。

その時もこの演出で(歌手たちはイゾルデの侍女役で安定のエカテリナ・グバノヴァ以外は、全員異なる。指揮者も違う。)、すでにたくさんの人が観に行った感想をブログなどにアップしているのを見つけて驚いた。さすが日本。しかも4万円以上のチケットを買った人もいるし、トリスタンの公演はすでにいろいろ見尽くして比べている人もいる。すごい。

パリ公演を観た人、バイロイトで観た人もいる。

そういえば、私の行ったに日も、日本人のツアーらしいグループがいて、終演後に「メトロに乗る前にトイレに行ってください」などと世話係が叫んでいた。

オペラっていつの間に、日本人のスタンダードな趣味になっていたんだろう。バブルがはじけて久しいのに。

で、日本でも演じられたのなら、演出についてのコメントはスルーしようかなと思ったのだけれど、日本のネットでこの演出のビデオのことをめちゃくちゃに貶して(しかも旧仮名ブログで)いる人が目についた。

私はその人の意見に概ね賛成で、特に、初めの方でトリスタンとイゾルデが二つに区切られた画面の奥から歩いてきて、少しずつ服を脱いで全裸になるというストリップにはあきれた。

でも、そのことを、そのブログ主は、アポロンならぬ中年フランス男の体など見たくない、と書いてあるのだ。

日本のプログラムに解説がなかったのだろうか。

別に「フランス男」を弁護する気はないけれど、あのビデオは、2004年にロスアンゼルスでの公演の時に、まずビル・ヴィオラがビデオを作って、ピーター・セラーズはそれに合わせなければならなかったという話だし、ビデオの中で全裸になる男女ももちろんカリフォルニアの役者だ。だから、演出の全体は「メイド・イン・USA」で、こういうと何だけれど、アメリカ西岸テイストだしビル・ヴィオラは有名なビデオ作家だそうだけれど、CG以降の映像の世界では、2004年の映像の使い回しって、「古い」としか思えない。

ピーター・セラーズはそれでも、マルケ王を客席から登場させたり合唱を客席の後ろ、イングリッシュホルンのソロをバルコン、他の歌手もバルコンに配置するなど立体的な演出を工夫している。第三幕でスクリーンが縦型になるのも悪くないし、登場人物も、近頃のオペラによくある変な今風の服よりは地味な黒でビデオの役者の黒子みたいな感じも表現しているのは理解できる。最後の死の床のトリスタンだけ白い服になる。


バロック・オペラでもスクリーンを使う演出はある。それで感心したこともある。

このトリスタンの初公演と同じ2004年に見たパラダンだ。

そのことをサイトのバロック音楽室で少し触れている。

2005年のピグマリオンを観た時の感想だ。

ここの

pigmalionのところ。

該当部分をコピーすると

>>>それで、ピグマリオンの方は、歌もコーラスもあり、バレーが歌のところにも同時に入ってバランスも良く、楽しめましたが、ラストのように明らかに踊りが入ってほしいところに、まったく動きをつけないなど違和感もありました。このオペラの振り付け譜は残っていないのでしょうか。一ヶ所、バック・スクリーン に飛び立つ鳥のシルエットが映し出されたのは印象的でした。私は、ミオンのオペラ復活に向けてもう何年も振り付けを研究しているのですが、去年やはりシャトレー座で観た『パラダン』で、ヴアーチャルナイメージをふんだんに使っていた効果に感心して以来、別に人間の体は必要ないと思うようになっています。バロック・ジェスチュエルをもっとも効果的に使ったアニメ、バロック音楽のダイナミクスをぴったり使った動きを配したら、生身のダンサーは1人でも足りる気がします。
生身のダンサーは、観客のためというより、演奏家にとって、そのダンサーの体を持ち上げたり落としたりする感覚を喚起するために有用なので、まったくアニメだけというわけにはいきません。それにしても、バロックのバレー曲に、そのエスプリに合ったアニメの振り付けが出来れば、ディズニーの『ファンタジア』をはるかに超える心身音楽体験が出来ると思います。予算的にも、オーガナイズ的にもバレー団を動員するよりずっと実現可能性が高そうだし。絵は自分で描けますがデジタル・アニメのノウハウはないので、まだ先が見えません。<<<

その時感心したのではっきり覚えているけれど、実物大よりはるかにクローズアップされた生身の人間などではなくて、私がアニメといったように、とても「デザイン」的なものだった。実写ではないし、「自然の風景」のようなものでもない。その方が「古くならない」と思う。

すっかり「バロック・オペラ」人間になった今、何十年ぶりかで観た『トリスタンとイゾルデ』は、けっこう『ニテティス』に通じると思った。水(ここではこれがメインだが)や火をテーマにした画像が多く、「森」もあったし、ニテティスの四大元素のシンボルや、王を殺された王女の恋だとか、何よりも、装飾音やら不協和音だらけの和声進行とか終始のカダンス抜きで光景ががらりと変わるところとか、その技巧的なところが、あれ、ラモーにも通じるなあ、と一瞬思った。パリ・オペラ座管弦楽団の演奏のせいもあるのかもしれない。

もちろん決定的な違いはある。

ラモーやミオンがひたすら音の色彩感を変化させて行くのに対してワグナーは音の質感の方を変化させるし、やはりロマン派以降の「感情に訴える」という意図が強い(そして成功している)。

これはそうとうの「役者」の演技力が必要で、今回、マルケ王のルネ・パーぺなど、あまりにも真に迫っていて本当に感動してしまった。指揮者のフィリップ・ジョルダンは2020年からウィーンの国立オペラ座の音楽監督就任が決まっているせいか、トリスタン(アンドレアス・シャーガ-)もイゾルデ(マルティナ・セラフィン)もウィーン出身歌手で、ルネ・パーぺもドイツ人だし、ネイティヴだから歌いながらこれだけ感情移入できるのかと思うほどだ。

こちらもすっかりストーリーのディティールにはまり、トリスタンの従僕とイゾルデの侍女の忠誠ぶりはまるで儒教世界だなあ、歌舞伎を見ているみたいだなあ、と思う。何かというと「恥」「不名誉」の感覚が強調されるのも「恥の文化」ですか、といいたくなる。

そして、マルケ王が若い甥のトリスタンを愛するあまり、最初の妻が子をなさぬまま死んだ後も再婚せず、トリスタンに王位を譲るつもりであったのが、トリスタンがイゾルデを連れてくるのを裏切りのように感じる。

フランス語のプログラムではわりとはっきりと、王がトリスタンの最初の愛人だったとある。で、王はイゾルデに触れなかったふしもある。前の王妃に子供がいなかったのもそのせいかもしれない。

つまり、「不倫」はイゾルデではなく、トリスタンが王を裏切ったと何度も強調されている。

そう、イゾルデは罰の対象にならないのだ。トリスタンも王の純愛の対象だから王が自分で罰する気にはなれない。

それらみんながそれぞれの「立場」からの「恥」や「名誉」や「愛」や「義務」に翻弄されているわけで、このオペラには、ワーグナーのゲルマン性や多神教世界とは全く別で、「神」という言葉がまったく出てこない。その徹底ぶりはすごい。

なんとなく共有されている、「王の婚約者を王のもとに連れて行く途中、愛の妙薬を飲んでしまったせいで道ならぬ恋に落ちる」なんていう話ではまったくない。すごく過激で錯綜している。

その情念をマルケ王とトリスタンが思い入れたっぷりに表現するので、イゾルデの立場って何 ? って思ってしまうほどだ。

ワーグナーのトリスタンって、もともとこういうストーリーだったのだろうか。

調べてみると、2004年のロスアンゼルスでの初演の後、2005年にはじめてパリのオペラ座でこの演出で上演された時の本Tristan et Isolde à l'aube du XXIesiècle: trois visions pour une œuvre をネットで読むことができた。そこには、トリスタン物語のもとになった中世の文献を見ても、マルケ王とトリスタンが口にキスをしていたり、マルケ王の横でトリスタンがハープを弾いていたり(ダビデとサウル)の図があるので間違いないのだそうだ。うーん、それなら、あのビデオの生々しい男女の全裸とか、ますます的外れなのでは ?

いやもういろいろな思いが重なって、歌や音楽を批評する気は失せる。

ただ、昔と違って、ヴィオラを弾くようになって四半世紀近く経ち、オーケストラっぽいものにも参加しているせいか、弦楽のバランスがよく聞き分けられる。ヴィオラが効果的に使われているところなどは特に。

そして、こんな長い曲、指揮者も歌手もオーケストラもさぞや大変だろうなあと思う。

(続く)

バスティーユのメトロから地上へ上がると広場が見えてくる。

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後ろを振り返るとグラフィティでいっぱい。

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オペラ座の中からバスティーユの広場を見る。

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二キ・ド・サンファルの回る彫刻。

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劇場の中。

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オーケストラピット。椅子はクッションがあって背もたれも調節可能で間隔もある。

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朱が入った楽譜。大変そうだ。

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カーテンコール。

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by mariastella | 2018-09-26 00:05 | 音楽

ショパン、ルービンシュタイン、ポーランド人の調律師

昨秋は、日本公演の準備もあったので、ピアノの調律をしてもらう時期を逸した。

そのせいで、古いピアノはいろいろ不調が出てきて、生徒たちにも申しわけなかったと思っている。

で、今年は、調律だけでなく、不具合なところを細かく調整してもらった。

しかも、10年ぶりに、昔やってもらっていたポーランド人調律師Sさんに来てもらった。まだリタイアしていず、昨年うちの近くに来たからと言って寄ってくれたのだ。

彼にはじめて頼んだのは26年くらい前。

2台目のアップライト(Kawai)を買った翌年で、ショパンを弾いていたら、その曲で決定的なファのシャープのキイがうまく上がらなくなったのだ。

それ以前に来ていた調律師は引っ越していて、その時は、ともかく、早くショパンのその曲をちゃんと弾きたかったので、「職業別電話帳」を繰った。すると一人、ポーランド風の名の人がいたので、即連絡したのだ。訛りがあった。

でも、ポーランド風だと思ったものの実は「どんな外国人」が来るのかは分からない。

「知らない人」を家に入れるのだからいざとなると少し心配になった。

ドアを開けると、ヨハネ=パウロ二世に少し似たスラブ風のおじさんでほっとした。

彼はアルトゥール・ルービンシュタインがパリにコンサートに来ると必ず呼ばれたのだと言った。

私がその時弾いていたのは、実は、中学生の時に日本でルービンシュタインのリサイタルに行った時に、アンコールで弾いたワルツ7番(嬰ハ短調Op.64-2)だった。

最初の4小節で別の宇宙が現れて、ショパンやルービンシュタインのポーランドへの思いが全部分かった。当時ルービンシュタインはすでに70代後半でテクニックは低下していルービンシュタインとも言われていたけれど、その小曲に凝縮して濃密に立ち上がる「ポーランド性」は圧倒的だった。

しかも、プログラムの他の曲はともかく、そのワルツは、当時の私のテクニックで十分弾けるものだった。

でも、いったい、どうしたらこんな風に弾けるのだろう。

最初の4小節で「全て」が込められ、顕われるなんて。

他のどんなピアニストにも不可能な魔法だった。

その日以来、そのワルツでその時の演奏の秘密を知ることが私の課題になっていた。

そして、ようやく、それが分かった。ショパンの思いが分かった。

その頃に来てもらったのがSさんだったのだ。

調律を終えたピアノでそのワルツを弾くと、彼の顔が輝いたのを覚えている。

で、ルービンシュタインに信頼されていたポーランド人Sさん。

不思議な縁だった。それから彼に、古いアップライトの鍵盤などを新しくしてもらい、私のアソシエーションのアパルトマンのために、彼がアトリエで全面的に手を入れたリッペンのアップライトピアノも用意してもらった。

その後で、そのピアノをうちに引き取り、さらに知り合いを通じて古い小型のグランドピアノが来て、そのピアノをずっと調律していたという調律師に来てもらうようになった。それから近所でサロンコンサートをよく開いていた友人夫妻の調律師が、彼らのピアノを調律する時にうちにも寄るようになった。

で、Sさんとはいつの間にか連絡しなくなっていた。

今回、久々に、アップライト3台とグランドピアノ1台を全部調律してもらったのだ。

 

前の記事で書いたように、第一次大戦から第二次大戦の間のドキュメンタリーの中でポーランド人がどう生きていたかの一端を見たばかりだ。

知識として知ってはいたけれど、ロシア、ドイツなどにさんざん翻弄されてきたポーランド。

ショパンもロシア軍に攻められたワルシャワに二度と戻らず、故郷を思いつつパリで死んだ。

ルービンシュタインも、ポーランドとヨーロッパの激動の時に生きた。

1936年、ソ連は国内のすべてのポーランド人を処刑せよと言った。

ヒットラーはポーランド侵攻によって第二次大戦の幕を切って落とした。

そして独ソ不可侵条約を結んでいたはずのソ連がいつのまにか戦勝国になり、ポーランドを奪い返す形となった。

今思うと、Sさんも、冷戦下の共産圏ポーランドを捨ててフランスにやって来たのだ。

いろいろな思い、別れ、出会いがあったのだろう。

ショパンとルービンシュタインとSさん。

これはリッペンのアップライトを開けたところ。

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これは下の部分。
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メカニズムは、いつも美しい。




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by mariastella | 2018-09-24 00:05 | 音楽

ヴァイオリンの響き

ここ20年以上はバロック・バレエとバロック舞曲三昧の生活だけれど、子供時代にクラシックバレエのクラスで踊りと共に心身にしみ込んだクラシック・バレエ曲は、いつ耳にしても、「識っている」という記憶の「型」にすっぽりはまって懐かしい。


私はヴィオラ弾きで、ヴィオラの音域はほぼ私の歌える音域と重なるので、歌っている気分になるのが好きだ。

チェロは男声の音域に重なるだろう。

で、ヴァイオリンは天使の音域、これを清らかにかつしっとり響かせるのは至難の業だ。


それでも、時々聴きたくなるのが、グラズノフの『ライモンダ』のグランド・アダージョだ。


1898年マリンスキー劇場の初演でばりばりのロマン派音楽なのに、このレオニード・コーガンの演奏だけは別世界に誘ってくれる。音と、空気と、バレエの振付が同時に喚起される。

(ここには3曲入っているがそのうちの最初のもので4:07くらいまで。)


ヴァイオリン曲は鳥の求愛の歌の模倣とされて、教会の中で弾くのがタブーだった時期もあるが、確かにこれを聴くと、天使の音なのか悪魔の音なのか分からない。


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by mariastella | 2018-09-17 00:05 | 音楽

アドルノとプラトンとクラシック音楽の憂鬱

アドルノの本を読んだのは初めてではないけれど、今読んでいる『音楽のフェティッシュ性』は、なんだか、言われていることがいちいち身に染みる。プラトンやカプチン会の音楽観についても考えさせられることが多い。

プラトンの『国家』のⅢ, 398-399の前後をつくづく読み返してしまった。

ここで引用しようとして日本語のネットで検索したら、『国家』の全文をネットで読めるサイトや論文が私には見つからなかった。フランス語ではネットで注付きの全文がいくらでも読めるのに…。

プラトンにおける「体育」の問題はこの前に書いたスポーツ社会学とも呼応する。

プラトンってここだけ読むとセクシストのタカ派だなあ。(「軟弱で卑怯な男」と「普通の女」が等しいとか言っているし)

で、アドルノのプラトン論については別に書くことにして、今回最初から身につまされたのは、「クラシック音楽」という名前が「野蛮だ」とアドルノが言っている部分だ。

アドルノは、人々がある音楽のことを「好きだ」というのは、「あ、これ、知っている」ということに等しい、という。

人は「知らない」ものについては「好き」になれない。宣伝やら評判やら実績やら曲の切り売りによって「すでに見聞きしている」音楽を人は「好き」になる。

で、そういう「消費財」として生産される時代以前の音楽を、「商品」として「産業」として流通させるためにできたのが、「クラシック音楽」というブランドだった。

「消費財としてつくられた音楽以外のもの」が「クラシック音楽」というレッテルの陳列棚に置かれたわけだという。

本当は、バッハやモーツアルトの音楽は、何百年も前の音楽ではない。今、あなたが、誰かが、あなたの目の前で演奏した時に顕現する「いつも生もの」の音楽だ。

それなのに、人々は、バッハやモーツアルトの評判や、演奏者の評判や、聴きなれた曲名や曲の断片があるから、それを頼りに、演奏会に行ったり録音を購買したりして、「クラシック音楽ファン」になる。

私たちでさえ、もし私たちが、たとえば

「トリオ・ニテティスがシャルル=ルイ・ミオンの『優美な四季』の曲を弾きます」

といったら、「それ、何?」であり、誰も耳を傾けてくれないのは明白だ。

「正五度にカスタマイズしたクラシックギターのトリオが、18世紀フランスのバロック・オペラバレエからサラバンドを演奏します」

と言えばやっと、関心を持ってくれる人もわずかながら現れる。

人々がすでに「知っている」カテゴリーに落とし込むことで、唯一「売れる」可能性が生ずるのだ。

「消費財」として「商品」として作られず流通しなかった音楽は、今も古びることのない「生もの」であるにもかかわらず、「クラシック音楽」だの「バロック音楽」だのというレッテルをいただいてはじめて消費者の目につくかもしれない棚に置いてもらえる。それもどんどん「品薄」になって、「知名度」の高いスター歌手やグループや演奏者の名の付く「棚」とは比べ物にならない。

私たちがミオンの音楽に魅せられたのは、まず、わずかにヴァイオリン曲に残っていた「楽譜」との出会いだった。

その後、オペラ座図書館で発掘した楽譜を弾き起こした時の感激は忘れられない。

私たちが能楽奏者と共演できたのは、そういう「消費財」の「流通」とは別世界にあって、古典芸能、伝統芸能というレッテルをもらうことで存続しているものと通底している本質的な何かがあるからなのだろう、とあらためて思う。


(この記事を書いたすぐ後で、ネットの日本雑誌を見ていたら、フランス映画の『メロディー』が『オーケストラ・クラス』というタイトル(なんだか、「みんなで一致してがんばる」という雰囲気が強調されたタイトルだなあ)で8/18 から公開とあった。それに合わせて、前にコメントしている記事のタイトルも変えておいた。今読み返してみると、この映画で、教師が実際に曲を弾いてみると子供も大人も例外なく感動するという部分が、まさに、音楽が「生もの」であり、クラシック音楽というカテゴリー分けが恣意的だと分かるいい例だと思う。)


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by mariastella | 2018-08-23 00:05 | 音楽

「トリスタンとイゾルデ」と渡辺護さん

トリオの仲間には内緒だけれど、9月にバスティーユのオペラ座で上演されるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の前売り券をひと月ほど前に購入した。

ワーグナーの感性というのは、私たちのフランス・バロックの感性とは対極のところにある。

エリック・サティがペラダンらのバラ十字団のワーグナー趣味と決別したのも同じ理由だ。

バロック・オペラに夢中になって以来、私はワーグナーを聴いていない。

ワーグナーでは踊れない。

踊り手としてはさすがにチャイコフスキーのバレエ曲では体が動くけれど、チャイコフスキーの交響曲にはもう耐えられない部分がある。

パリのメトロでトリスタンとイゾルデの大きな広告を目にしたとき、なぜか、反射的に、観にいこうと思った。正規料金で買えば日本円で2万円くらいの席だから、「ちょっと見てみよう」という感じではない。

思うに、子供時代や少女時代の体験というのは身に沁みついていて、後で変化したり進化したりするというより、実はどこかにそのまま残っていて、突然表面に出てくるもののようだ。


私にとってのクラシックバレーもそうだった。クラシックバレーのクラスに週2回通って数々の発表会や公演やテレビ出演などをしていた時期は実は8年くらいでしかない。

その後、バロックバレーに出会ってからは20年以上になる。

振付もしたし、いろいろな形で踊ってきた。理論も振付府も研究したし、何より、トリオの演奏の解釈の一要素となってきた。そして、バロックバレーを踊ることは楽しい。体に負担がなく、激しいジャンプや連続回転などもないから年齢的にも楽だ。

それでも、10年ほど前に、大人のためのクラシックバレーのクラスに入ってから、体は堅いし、脚は上がらないし、いろいろ不自由でつらいのに、生まれた川に戻ってきた魚のような気がした。

好きかと問われれば、よく分らない。人前で踊る気もない。

バロックバレーのエスプリと対極にあるようなミリタリーテイストのレッスンは、本当なら私の一番苦手とするものだ。なんでわざわざ、と思う。それなのに、手も足も、体も、自然に動き、手も足も体も、「なつかしい」と言っている。

理屈ではない。バロックダンサーには元クラシックダンサーからの転向も多い。でも、バロックをずっとやってきて、またクラシックにも通い始めた、などと話せる雰囲気ではない。


で、ワーグナーのオペラも、実は、体がふるえるほど「なつかしい」カテゴリーなのだ。


音楽の趣味としては、今や、「ワーグナー礼賛」の人とは音楽的には全く言葉が通じない感じなんだけれど。

自分の中の「なつかしい」古層に目を向ければ、そこにバロック音楽をやってきた後で振り返っての新しい感慨がある。


話は中学生時代に遡る。

当時の日本でワーグナー研究家の第一人者であった渡辺護さんとあるご縁で知り合ったのだ。

私はその頃大阪にいたので東京の渡辺さんとは何度も会ったわけではない。

で、「文通」が始まった。今思うと、中学生の私と「対等」に付き合ってくれたのだ。

もちろん私は中学生の頃からクラシックのコンサートに通っていた。しかも今思うと、いわゆる海外の有名アーティストのリサイタルやコンサートばかりだった。

高校に入ってから、クラシックファンの友達もできた。

彼らに渡辺さんがオーストリアから送ってくれた絵葉書を見せた。「ザルツブルクのモーツアルトテウムに来ています」とコンサートの感想も書いてあった。1ドル360円の時代、「海外」がはるか彼方だった時代だ。渡辺さんからの手紙は別世界の出来事のようだった。

高校1年の春、大阪国際フェスティバルの10周年記念にバイロイト・フェスティバルの引っ越し公演が日本で初めて上演された。舞台の前の聴衆から見えないところにオーケストラ席が設けられたのも日本で初めてだった。今なつかしくてネットで調べると、当時の普通のコンサートの10倍くらいの数万円という料金だったらしい。

で、「トリスタンとイゾルデ」。その舞台ははっきりと覚えている。

私は母と一緒に渡辺さんから招待されていた。彼が上演前に幕の前で「解説」をした。

幕間には、彼を楽屋に訪ねて行った。その年兄がちょうど東大に入学したばかりで、渡辺さんは東大で音楽美学の授業を受け持っていたから、「ああ、あと3年したら、東大で会えますね」と言ってくれた。実際に、数年後、彼の美学の授業に出席した。不思議なことだけれど、その講義の内容は全く記憶にない。ただ、講義の後に教授と友人として親しく話すことが非現実的だったのは覚えている。

その後、私がフランスに暮らすようになっても手紙のやりとりは続いた。私がフランスに来た年に、渡辺さんは東大を退官してドイツの日本大使館の公使になった。

ドイツ語専攻だった私がフランス語に転向したのも距離ができた理由だったかもしれないが、ドイツで再会することもなく、いつのまにか音信が途絶えた。

wikipediaで見ると、「ドイツ人」だと言われていた奥さまはルーマニア人で、渡辺さんは一度日本に戻った後、ご長男の住むイギリスに移住なされたそうだ。2007年に92歳でお亡くなりになっている。

渡辺護さんは私にとって「外国」「クラシック音楽」が受肉したような存在だったのだ。彼はウィーン大学も卒業していてモーツアルトの研究者でもあったのだから、今思うと、もっとモーツアルトの話をきいておけばよかった。でも、あの「トリスタンとイゾルデ」によって、渡辺さんとの思い出は「ワーグナー」で上書きされたのだ。

私には若い頃に親しくしていただいた「大先生」が渡辺さんの他にも数人いる。

世間的には偉い先生でも、いわゆる「師弟関係」ではないプライベートな間柄だった。

50歳も年上の方もいた。なぜか、どなたとも「対等」にお話ししていた。

今思うと、それこそが若気の至りだったと思う。「対等」になどふるまうよりも、できるだけ質問攻めにして、いろいろなことを教えてもらえばよかった。

でも当時は、彼らの著書は読んでいたものの、手紙のやりとりや実際の会話の中では、私も同じくらいおしゃべりしていたのだ。実にもったいなかった。


今の私は、逆に、10歳の少年とでも真剣に対等に哲学の話をすることがある。

対話のフィールドに、年の差など関係ないということが分かった。

むしろ、若い友人たちから彼らの見方や彼らの世界の情報を教えてもらい吸収したいという気持ちの方が強い。私が若かった頃の年上の友人たちも、そういう自然体だったのだろう。若かった私は「対等」であることに満足していた。教えを請わなかった。

歳を重ねるにつれて学ぶことに貪欲になっていく。


9月半ばの「トリスタンとイゾルデ」、わくわくする。








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by mariastella | 2018-08-15 00:05 | 音楽

シャルル・グノー『血まみれの修道女』(La Nonne sanglante)

6/10、オペラ・コミックにグノーの『血まみれの修道女』(1854)を観に行った。

普段なら、19世紀ロマン派オペラはスルーしているのだけれど、前の週にパリでポスターを見てそのインパクトに打たれて、ついチケットを買ってしまったのだ。

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このポスターはオペラ/コミックの外の壁のもの。

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中にもこうして貼られていて、左にある、今シーズン全体のプログラムそのもののポスターも同じテイストで怖い。

この話はルイスの『マンク』のエピソードをもとにしたゴシック・ロマンというかゴシック・ホラーで、ホフマンらも同時代。私は高校時代、ドイツの小ロマン派の小説が好きで大学ではドイツ語クラスを選択していた。

で、行ってよかった。

エンターテインメントとして最高だった。

もちろんバロック・オペラ愛好家にとっては、「別世界」だ。

挿入されるダンス曲が「ワルツ」なのが、完全な断絶だけれど、それでも、たった11回で打ち切られたという初上演の時は踊られていたと思う。今回は、唯一黒人のソロダンサーがダンス的な動きを見せるシーンの他は、すべてスローモーションのパントマイムみたいな演出だ。フランスのオペラ・バレエの伝統が好きな私としては残念だ。振付が自然に頭に浮かんでしまう。

けれども、そういうバロック頭の先入観なしに見れば、すばらしい演出だった。

ミニマリストでビデオなども駆使しているけれど、コーラスやダンサーの「群衆」像をすべて「絵」にしているのは見事だ。何よりも、歌手たちが役者として優れていて感動ものだった。

ばりばりのベル・カントにも圧倒される。

ホラーの効果も成功しているし、父と息子の確執(この話には「母」が見事に不在で、「父」の権威、「宗教者」の権威、「神」の権威が、女性だけでなく「息子」も完全に支配している)というテーマと意外に相性がいい。

父が20年前に過去の許嫁を殺したと言っているのだから、次男である主人公のテノール、ロドルフはどう計算しても18歳くらいのはずで、父と兄が死に、家長となる一種のイニシエーション・ストーリーだ。(父に殺された女性が血まみれの幽霊となって現れるわけだ。)

中世ボヘミアで互いに戦い殺し合う二人の領主を諫め、平和をもたらすために隠者ピエールという宗教者が、和解のために両家の婚姻を勧める。アニエスという娘は敵の家族の長兄と無理やり婚約させられる。

けれども弟のロドルフは、愛し合うアニエスを兄に奪われても兄と戦おうとはしない。

兄が死んだ後でもアニエスと結ばれるために「血まみれの修道女」の呪いを解くために父を殺すことも拒否してすべてを捨てて去ろうとする。

愛よりも、儒教風の「家族の長幼の義」を守る若者だというのがおもしろい。

それでも、物語はどろどろと展開していくので、音楽を抜きにしたら歌舞伎で「四谷怪談」と「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)・寺子屋」を一度に見たような強烈で「濃い」印象になる。

「血まみれの修道女」のメイクも歌舞伎風にすごいし、手も血まみれというより黒塗りされているのも怖いし、何よりも、メゾソプラノのマリオン・ルベーグがそれこそ歌舞伎の「寄り目」のように「白目」をむいているのが鬼気迫る。

「血まみれの修道女」のライトモチーフの半音階や打楽器の使い方、チェロ、トロンボーン、ハープなども効果的だ。音楽の豊かな色彩感はさすがにフランス音楽だと思う。

舞台がすべてモノクロで、村の婚約者カップルのブルーの服を除いて全員が黒い服、「血まみれの修道女」だけが幽霊らしく白い服(最初の登場シーンでは血まみれになっている)というモノトーンの世界で、音楽の色彩感がいっそう際立つ。

グノーの生誕200年とはいえ、よくこんな作品を復活上演したものだと思う。

女性指揮者のローランス・エキルベイは、コンテキストの理解のために、文学史も学び、ロドルフの心理を理解するためにラカン派の精神分析医のアドバイスまで受けたという徹底ぶりだ。

アメリカのテノール歌手マイケル・スパイアーズはとにかく出ずっぱりの一人芝居で、歌手冥利、役者冥利に尽きるような力技だが、この人はオテロとかファウストとかドラマティックなものをよく演じている。どちらかというとずんぐりしていて舞台映えするような人ではないのだけれど、演技力あり過ぎ。

ゴシック・ホラーが説得力ある人間ドラマになっている。


グノーはアヴェ・マリアで有名な敬虔なカトリックだったが、この上演当時には、「復讐の悪魔に憑りつかれているいる修道女」などという描き方は不道徳だとか、幽霊は音楽だけで表現すべきで、歌わせる必要はなかったとか、いろいろな批判があった。テオフィル・ゴーチエや、ベルリオーズ(作曲しかけてやめた)からは称賛されている。

修道女役はやはり目を見開いてすごい形相だったようで、死体の動きのために解剖学を研究したのではないか、とまで言われていたようだ。


日本の幽霊は「あちらの世界」の動き方で、「屍」の動き、とは別だと思うが、夜の12時という「境界領域」に現れるこの修道女はやはりまだ「生と死」の境界にいるのだろう。

カーテンコールで、オーケストラの全員が舞台に上がってきたのも珍しい。

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チームの力が絶妙のバランスで感じられるのも快かった。



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by mariastella | 2018-06-17 00:05 | 音楽

ウタツグミ  (閑話休題)

子供の時から鳥を飼っていた。

ジュウシマツのつがいがひなを育てるのを見るのも好きだったし、手乗り文鳥も何羽も育てた。

手乗り文鳥がいる頃に読んでいた本はページの多くがくちばしの形に三角にちぎれていた。

猫を飼うようになってから、鳥とは縁がなくなった。
それでも時々、鳥を近くで観たくなるし、鳥の声を聞きたくなる。幸いうちの猫たちは完全室内外なので、庭には出さないから、庭が鳥たちのパラダイスになっている。

その中で、何度か、ウタツグミの声を聞いた、と確信したことがある。
姿は見ていないので、定かではないけれど。

「ウタツグミ」という名前はこのブログを書くために日本語をネットで検索して見つけた。「歌」という名前がついていてほっとした。
日本では珍鳥中の珍鳥の野鳥だとあった。1860年にヨーロッパから来た、英語ではソング・スラッシュだという。

この鳥は、学名そのものが Turdus philomelos という。philoはフィロソフィーのフィロで愛すること、つまりメロディを愛するツグミ。

フランス語名はGrieve Musicienne (ミュージシャン・ツグミ)。

このネーミングがすごく好きだ。

1km先からも聞えるという鋭い鳴き声、しかも、早朝一番に高いモミの木のてっぺんで歌ったりすることが多い。


鳴き方に即興性があって、独特のモティーフを数回繰り返し、終わりのストロフもちゃんと区別できる。最後に他の鳥の鳴き方を真似て終わることもあるという。

鳴き方を解説したビデオもある。



鳥の鳴き声の音楽と言えば、メシアンを思い浮かべる。

『鳥の小スケッチ』と呼ばれる小品集の題四番がこのウタツグミだ。

Messiaen - Petites esquisses d'oiseaux: IV. La grive musicienne


ちなみにこのメシアンの曲六つのうち半分がヨーロッパコマドリで、他にクロウタドリ、ノヒバリがある。

野ヒバリは、今急激に減っていて絶滅を危惧されているが、50m-100mの空を水平飛行し、フランスの初春を告げる鳥だ。

メシアンがウタツグミの鳴き方を音楽的に分析した文は驚くべきものだ。
作曲家がインスパイアされたのも不思議ではない。
バロック時代は逆に、作曲家たちが自分の曲をカナリアに覚えさせて歌わせていたこともある。
鳥の歌と人間の音楽は互いに通じ合い、インスパイアし合えるということだ。

フランスのサイトでは、あるウタツグミの楽節の一続きの連鎖をこういうオノマトペで表したものがあった。

Pii-èh pii-èh pii-èh
Kvièt kvièt
Pii-èh pii-èh pii-èh
Trruy trruy trruy
codidio codidio

確かにヴァリエーション豊かだ。

その他に、《Tu dis oui》と表すのがある。
チュディウィ、と聞えるのだろうけれど、
「君がウィという。」(いいって言ってくれる、いいんだね、いいって言ってちょうだい)のような様々なニュアンスで、「チュディウィ」と繰り返すように聞こえるわけだ。

日本の鳥で「ブッポウソウ(仏法僧)」という鳴き声の名を持つ鳥がいるが、実際は間違いで、ブッ・ポウ・ソウと鳴くのはコノハズクだという。
ネットで聴いたがいまひとつ心を動かされない。
「日本三鳴鳥」というのがあって、

ウグイスの「ホーホケキョ」、オオルリの「ピリーリー」、コマドリの「ヒンカララ」だという。うーん、鳥は「歌い手」「音楽家」として認識されているというより、いわゆる「花鳥風月」の一要素という愛でられ方のような気がする。

「カッコ―」などの鳴き声も、ヨーロッパ音楽ではダカンなどすばらしい曲のモティーフになっているけれど、そしてドイツ民謡やカッコウ・ワルツなど、日本でも知られているし日本の童謡としても知られているけれど、あれほどはっきりした下降三度で真似られる鳴き声なのに日本では曲にならなかったのだろうか。

鳥の歌を取り入れることはフランス・バロック音楽の感性と近い。
それを考えると、日本の古謡や伝統音楽にもっと鳥の歌のモティーフがあってもいいと思うのだけれど、検索したら「笛・鼓・鳴子などで囃し物をして鳥を追い払う『鳥追舟』」が出てきて、鳥が追い払われていた…。

能管などは鳥の歌にぴったりだけど、即興以外に実際の鳥の歌にインスパイアされてモティーフかされたものは存在するのだろうか。

私が知らないだけかもしれないのでもう少し調べたり考えたりしよう。

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by mariastella | 2018-05-29 00:15 | 音楽



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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