L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:音楽( 88 )

ルノー・カピュソンのヴァイオリン

日記 その12

2/25

TVで偶然、ルノー・カピュソンの演奏生中継を視聴した。
することがあったので途中で消そうと思ったのだけれどグァルネリの音色のあまりのすばらしさに、ライブでもないのについ聴き惚れて最後まで聴いてしまった。
その前に少しインタビューに答えていたのを聞いていたら、すごくいい人柄だということも伝わってきた。
先日パリ近郊であったチェロ強盗の話題も出た。

女性チェリストが自宅の近くでナイフを持った強盗に襲われて、携帯電話と130万ユーロ(1億7千万円くらい)相当のチェロを奪われたのだ。
FacebookにSOSを発し、眠れない2日間を過ごした後で、電話がかかってきて、家の前の車にチェロがあるという。窓が壊された停車中の車があり、その中に無事にチェロが見つかった。
そのレベルの楽器なら転売するのは普通の泥棒の手に余る。

ルノー・カピュソンの弟もチェリストだから他人事とは思えなかっただろう。

カピュソンのグァルネリはアイザック・スターンが使っていたものだという。
昔、スターンのリサイタルに行ったことがある。
ひょっとして、頭のどこかにその時の音の記憶があったのかもしれないなあ。

ネットで検索したら出てきた動画を貼り付けておく。






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by mariastella | 2018-03-02 00:05 | 音楽

ラモーのモテットとアンドレ・カンプラのレクイエム(死者のミサ)を聴く

28日、パリのフィルハーモニーにラモーのモテットとシャルパンティエの典礼組曲、カンプラのレクイエムを聴きに行った。

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ラモーのモテットは一つ一つが珠玉だ。宗教曲という名目だけれど、要するに、組曲みたいなものだ。対位法満載で、自由で、難解で複雑なのに、それを完全には出し切っていないで、少し間を置く余裕の名人芸。
30歳くらいでの作だが、宗教曲でいくらでもオペラの予行演習ができていたわけだ。
オペラの方が少し、ポピュリズムというか、観客に受けることも意識していたのでサービス精神が少しあるけれど、モテットにはない。

「神」がクリエイトする時にはサービス精神は要らないのだ。

その代わり、演奏者もクリエイトに参加して聖霊を活性化させないといけない。
でも、普通のオーケストラは、ラモーの複雑な対位法とかを昇華するだけで終わってしまう。だから、例えば、モンドンヴィルのモテットは好きだけれどラモーのは苦手という人はいくらでもいる。モンドンヴィルのモテットは、確かに、サービス精神がある。親しみやすい。弾くのも楽しい。

バスのソロ歌手はまだ若いのか、声に丸みがなかったけれど女性歌手はよかったし、コーラスのバランスはすばらしかった。
ソプラノのコーラスの1人に、昔からよく知っているセシルが入っていた。
彼女のお父さんも歌手で、おかあさんはコンセルヴァトワールのソルフェージュの先生で、私と一緒にリトミックのクラスをやっていたし、セシルも小さい頃から知っている。
バレエもピアノもコーラスも彼女の舞台を見たことがある。今30代後半だと思うが、6歳の娘がいるそうで、公演の旅が多くて娘となかなか会えないと嘆いていると聞いている。でも、楽しそうに歌っていた。

シャルパンティエの曲は、コーラスなしで、最初の序曲はラモーの後なのでちょっと平板に聞えたけれど、最後の「アーメン」という曲は、構成もリズムも完全に舞曲のアルマンドだ。バロックの宗教曲が、オペラやダンス曲を意識して駆使して取り入れたものの典型かもしれないる。

これなら待降節や四旬節の時にオペラ上演が禁止で宗教曲ばかりが上演された時も違和感なく楽しめたのがよく分かる。


カンプラはパリのノートルダム大聖堂の音楽監督だったくらいだから宗教曲も多いが、オペラ曲も多く、私もいろいろ踊ったことがある。

このレクイエムは傑作だ。冒頭からもう、オペラの魔法の世界にようこそ、みたいな感じだし、フォーレのレクイエムと同じように安らかだ(「神の怒り」などが入っていないので子守歌みたいだと評されたこともある)。

「コミュニオン(聖体拝領)」の音楽の低音弦楽器の扱い方なんてとてもユニークだ。

指揮者もラモーを指揮する時よりリラックスした感じだった。

オーケストレーションにヴィオラの数が多いこと、フルート2本を指揮者の前に、オーボエはずっと離れた向かって左端の上に、ファゴットは右にと離れていることもめずらしい。オルガンとチェンバロは直角におかれて、同じ奏者がチェンバロを弾くときもオルガンの譜面台に譜面をおいて体をひねって弾いていた。

歌はどれも素晴らしい。カンプラはたしか歌えた人だったと思う。

フィルハーモニーにも雪が残り、次の終末が中国の新年だというので、外壁一面に祭りの映像が映されていて綺麗だった。

この前フィルハーモニーに聴きに行った時はテレマンだったけれど、テレマンって、プロテスタントだったわりにとてもフランスバロック的感性だなあ、と思う。ブロッケス受難曲は説得力ある宗教ドラマだったけれど、あそこまで職人技を駆使できるのは意外と無神論者じゃなかったのかなあ、ラモーも神を信じていなかったんじゃないか、ラモーは神みたいなクリエイトをしてるしなあ、などと思う。


宗教曲でも、ひたすら神に向かうタイプのアーティストと神の使いみたいなアーティストの二種類がいる。

神に向かう人の音楽は構築性があって堅固だ。

いっしょに神に向かわされる。

一方、ラモーの音楽のように超複雑な対位法をホイホイと気ままに繰り出すので全体像がつかめないまま取り込まれてその中でくらくらしてしまうものがある。

弾くときはその創造の秘密を分け合うまで入り込まないといけない。

そこまで弾きこまれていない時は、聴く方も、創造の神秘の外側に置かれて寄せつけられないような印象をもつかもしれない。

で、バッハはユニヴァーサルだけれどラモーは一部の愛好家のものなどと言われたりするのだ。

神を求めることだけが人間の普遍というわけではないのに。

ラモー、シャルパンティエ、カンプラを聴いて外に出たら、星空だった。


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by mariastella | 2018-02-11 09:31 | 音楽

セッション・モーツァルト、天使の音楽

Arteで、セッション・モーツァルトという番組を視聴。
ベルリンの小さなホールで、オーケストラも聴衆もソリストもみな同じ高さで、リラックスしてグラスを傾けながらモーツアァルトへの愛を語る。ソプラノとクラリネット奏者とピアニストが、それぞれのモーツァルト観を披露しながら、じゃあこれは?これは?と次々に弾いていくというのが楽しくて、まるで私のトリオが練習で集まっている時にラモーの話をしているような感じだ。

最後はフィガロの結婚のシュザンヌと伯爵夫人のデュオの伯爵夫人の部分をピアノとクラリネットが弾く。語りとしてのクラリネットというのは、とてもフランスバロックに近いし、モーツァルトが絶対にセンチメンタルでないところを愛でるのもバロック的だ。

で、途中(27:50)で、アイザイア・バーリンの言葉が引かれているのがおもしろかった。

バーリンはロシア出身のユダヤ人でオクスフォード教授となった哲学者だが、

「奏楽の天使たちが神の前で演奏する時はバッハを弾くが、自分たちだけで内輪で演奏する時はモーツアルトを弾く」

と言った、というのだ。

この言葉には実は続きがあって、

「奏楽の天使たちが神の前で演奏する時はバッハを弾くが、自分たちだけで内輪で演奏する時はモーツアルトを弾き、神はドアの外でそれを聴いている」

というのだ。

私たちトリオのイメージでは、神が天使たちを指揮するならラモーだなあ、と思う。
クリエーションって、ほら、こんなに自由で楽しいよ、って。

ともかく、この番組のこんな感じのコンサートってすごく贅沢で楽しそうだ。
自分たちの演奏を言語化できる人たちって素晴らしい。
彼らはモーツァルトと、ピアノ、クラリネット、ソプラノとの出会いを語るが、彼はヴィオラも弾いたはず。ヴィオラとヴァイオリンの協奏交響曲が好きな私としては、今度はヴィオラ奏者とヴァイオリニストが語り合いながらのヴァージョンも聴いてみたい。


(2/13まで視聴できるので貼り付けておきます。)



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by mariastella | 2018-01-18 03:18 | 音楽

フランス・ギャルとシャルル・アズナブール

フランス・ギャルが亡くなった1/7の夜のニュースの特別ゲストは、全国ツアーコンサートを控えた93歳のシャルル・アズナブールだった。二人はなんと一度だけデュエットで歌っている。フランス・ギャルの父のロベール・ギャルが作詞したマンマというのに曲をつけてくれる人が誰もいなかったところにアズナブールが引き受けて曲をつけてくれたのだ。


ユーロヴィジョンでグランプリ曲になり彼女を日本でも有名にした『夢見るシャンソン人形』は、ゲーンズブールが作曲していたのだということに今さら気づいた。そういえばゲーンズブールっぽい。フランス人には珍しく童顔で声も甘く、でも、エネルギッシュでリズム感がとびぬけてよかった。ジョニーは「神」と形容されていたが、彼女のキャッチ・フレーズは「フランス人の妹」だ。

フランス・ギャルは、おしどり夫婦だったミッシェル・ベルジェ(『夢見るシャンソン人形』を憎悪していたらしい : 付記あり )が1992年に44歳で急死し、ストレスからか自分も乳がんを患い、その後97年に娘に先立たれて、がんも再発、活動を減らしていた。でも2015年に夫の曲をアレンジしたミュージカルを発表して話題になったのを覚えている。生き生きしていた。セネガルやマリの子供たちの教育の支援に熱心で、アフリカに別荘も持っていたという。享年70歳で、がんの再発で年末から入院していたそうだ。


それに引き換え、アズナブールはぴしっと背筋を伸ばし、おしゃれで若々しく、今でも毎日一曲は曲を作るという。次の日にボツにすることがほとんどだが、今までに1400曲を生んだ。映画にも90本出演している。敬愛する歌手は、レオ・フェレ、シャルル・トレネ、モーリス・シュヴァリエの三人。

就寝前の二時間を読書と勉強(今は中国語の勉強)に当てているという。アルメニア移民の子であり多文化に通じていることの豊かさを強調する。

ピアフのもとからデビューした頃から、「背が低くて醜男で悪声で、将来はなかろう」と揶揄され続けてきたそうだ。しかも歌詞がみんな暗くて陰気だとも言われ続けてきた。

でも、93歳で現役。日本や中国でのコンサートも予定されている。

高齢での活躍の秘訣は、と聞かれて、「とにかく働くこと、学ぶこと」と答えていた。

子供、孫、ひ孫らに囲まれた大家長として君臨する昔一度TVで見たことがある。

家族みんなに尊敬されていた。

健康もやる気も含めて一種の天才なんだなあ、と思う。


付記) フランス・ギャルの夫がなぜこの曲を憎悪していたかというと、歌詞の持つ二重の意味のせいだそうだ。

原曲は、「シャンソン人形」というのではなく「蝋と糠でできた人形」、つまり、頭が蝋で、体の部分がおが屑などで詰め物をした布製という18世紀テイストの、でもこの文脈では安物の人形という感じだ。

フランスの女性歌手が、ロリータ扱いをされたのは、72年生まれのヴァネッサ・パラディのように実際14歳で舌足らずの声でデビューしてヒットした人の例もあるが、バネッサは「人形」ではなく、ジーンズで舞台に立っていたし、どちらかというとアンドロギュノス、中性的なイメージだった。

一方、フランス・ギャルがこれを歌ってヒットした時は1965年で、フランスの「建前」を壊した1968年五月革命の前である。

自分で抗議の声を上げられない時代、それを意識化できない時代に、イタリア語や日本語でまで歌わされた。歌唱力も表現力もある歌手なのに、「ブロンドの人形」としてまさにアイドル(偶像)として玩味されたのだ。

日本人にとっては、シャンソンというとエディット・ピアフなどの「大人の歌」を連想している時代だったから、「手の届くかわいい子」のシャンソン歌手がフランスから来て日本語で歌ってくれるなんて珍しくて楽しかっただろう。

日本語の歌詞もロリータ的であるがフランス語ほどの含意は見られない。

で、フランス・ギャルは、そのような立場から脱し、ミッシェル・ベルジェと出会い、自分の意思を表現する大人の女、歌手、プロデューサー、人道活動家になった。

それにくらべて日本はどうだろう。言いたくはないが、未成年の少女たちにコスプレをさせて、脚をださせ、聴きたい歌詞を歌わせて躍らせ続けている。一人一人の主張や個性は問われず、品評会のようなことをしていて、しかも、それに憧れたり、それを勧める親たちがいる。

1965年のフランス・ギャルは、今のフランスの歌謡界には存在の余地がない。

どうして日本のサブカル・シーンからロリコン風味が消えるどころか濃縮になっていくんだろう。


私は『夢見るシャンソン人形』が好きだった。

それは、当時弾いていたベートーヴェンのピアノ・ソナタの第一番の第四楽章のプレスティシモのテーマの一つと重なったからだ。シャンソンの出だしの部分がはっきり聞こえる。

で、今回、あらためて、この曲についてネットで調べてみたら、その相似についてちゃんと書いてあったので驚いた。ゲーンズブールはよくクラシックの曲からインスピレーションを得ていたらしい。

なつかしくなって、すぐに久しぶりにベートーヴェンのソナタアルバムを出してきてピアノに向かった。確かに何度も出てくるし、ラストにも繰り返される。

(今はネットでも聴けるとおもうので興味のある方は確認してください。)



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by mariastella | 2018-01-09 00:05 | 音楽

フランス・バロック弾きが現代曲と出会ったこと

ニテティスのブログに、山陽小野田での写真を少し入れました。田村洋さんが魚眼レンズで撮ってくださったものです。


来年はフランスで田村さん、師井さんといっしょにコラボできるようにまた企画するつもりです。
思えば、私たちが現代曲を世界初演で演奏するなんて不思議なご縁でした。

田村さんのオリエンタルダンスのイメージは暗闇から戦士が現れるようなものもあり、バリ島のダンスやら日本の暗黒舞踏などと通ずるものがあるようです。

瞑想的な植物的なイメージで弾いていた私たちは、田村さんの意図をうかがって焦りましたが、踊る体をリズムが大切であること、は、バロック舞曲と同じなので、少しは田村さんの表現に近づいたかと思います。

三年前は子供のためのコンサートだけしか聴いてもらえませんでしたが、今回のラモーをすばらしいと言っていただいて安心しました。

帰仏早々またフランス・バロックにどっぷり浸かっているいる私たちですが、現代曲との出合いの経験は貴重なものだったとあらためて感謝です。




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by mariastella | 2017-11-13 01:11 | 音楽

メヌエットをどう弾くか

フランス風の舞曲からなる「組曲」について、「舞曲」とはいっても実はその形式を借りているだけで各作曲家はそこで自分の語りたいことを奏でているのだから、実際にダンサーと共演するパフォーマンスでならともかく、コンサートピースとしての舞曲は踊ることを前提にして演奏される必要はない、そうするべきだとするのは、原理主義的な意見だ、と最近言われた。


私も昔からそういうことを耳にしていた。

バッハの無伴奏チェロ組曲など、ダンス曲の名前がついているけれどダンサーのための曲でなくまったくピュアなコンサートピースだとか、フランス・バロックのオペラ・バレエの曲でも、管弦楽でやる時はバレエ曲として弾くがチェンバロのヴァージョンではバレエのステップを前提とした制約を無視して別の独立したコンサート曲として弾くようにというような話だ。アメリカで数人のチェンバロの師に学んだチェンバロ奏者もそう話していた。(その方は、フランスでレッスンをうけてまさにカルチャー・ショックだと衝撃を受けたという)


ところが、フランス・バロックと名のつく曲は、どんな曲でも、ダンスと朗誦とを前提としていないと弾けない。それは、べつに、作られた時がそうだったから、それに忠実に弾かなくてはいけないという「原理主義」ではない。それがないと魂が抜け落ちる。


確かに、1970代にバロック音楽の研究が進んだ時には、まさにバロック・バレエの振り付け譜の解読から実はどのように弾かれていたのかが解明されたという経緯がある。

ベートーヴェンやモーツァルトは、たとえ伝言ゲームみたいに変化することはあっても、一応、彼らの生前から演奏されてきたのを聴いた人たちが次々と継承していったのだけれど、フランス・バロックのほとんどは、いったん完全に途切れた。

ドイツ=イタリア系音楽に席巻されたからだ。その理由などは『バロック音楽はなぜ癒すのか』に書いたことがある。


バレエの振付譜によって、体重の移動やバランスを助けるための附点の強調や装飾音のタイミングが分かってきた。それは画期的な発見だった。


当時のバロック奏者はほとんど未知の世界への冒険家だった。


でも、それが、「古楽器を使った古楽演奏」という妙な選民意識の醸成にもつながった。

21世紀にはそういう「原理主義者」が増えたのは確かだ。


私たちのトリオは、フランス・バロックの魅力を最もよく表現できるものとしてカスタマイズしたクラシックギターを使っている。古楽原理主義とは程遠い。ラモーに聴かせてあげたいといつも思う。

で、これも先に述べた本に書いたのだが、18世紀前半から中盤にかけて最高に洗練されたフランス・バロックの舞曲というのは、別にフランスでフランス人が作曲した曲というわけではない。当時、たとえば同じ作曲家がフランス組曲とイタリア組曲と別々に作曲していたように、一つの形式なのだ。それはバロック・バレエのステップを前提とした形式にほかならない。

バッハは16歳の時、つまり18世紀に入ったか入らないかの頃に、ドイツで舞曲をフランス語で学んでいる。子供たちともいっしょによく踊った。バッハの舞曲はほぼすべて、正統的なフランス・バロック・バレーの文法とステレオタイプを備えている。

当時の多くの作曲家がそうであったように、バッハは舞曲を作曲する時は確実にフランス・バロックの様式とエスプリで臨んでいるので、「形式だけ借りている」というわけではない。

踊る体の感覚を喚起するように作られている。

実際、友人のクリスティーヌ・ベイルが無伴奏チェロ組曲の第五番に振り付けて踊っているのを見ると、それがいかに「踊る」曲だったかということがよく分かる。


もっとも、数あるこの組曲の録音を聴くと、どのダンスでも、踊ることができるような演奏はほとんどない。みな速すぎる、ビブラートをかけて音を伸ばし過ぎるなど、まったくクラシックでロマンティックで思い入れたっぷりか名人芸の披露かというものだ。

私が一番共感したのは藤原真理さんの演奏だった。彼女ほどに弾きこめば、舞曲のエッセンスが自然に体得できるのだろう。

なぜバロック音楽が長い間ロマン派音楽のように弾かれていたのかには、いくつも理由がある。はっきりいって、フランス・バロックのエスプリがフランス革命によっていったん絶滅し、その後ナポレオン戦争によるヨーロッパ各地でナショナリズムが台頭し、ドイツのロマン派音楽がヘゲモニーを確立というのが一番大きい。

フランスだけは19世紀から20世紀にかけて、ナショナリズムにはいかずにエゾテリックな方向に行った。そしてフランス人は実は傲慢なくせになぜか自虐でいるのがよりエリートっぽいと思うらしく、フランスでも最も愛され、評価されたのが、ドイツ=イタリア系ロマン派音楽だった。「大バッハの発見と再評価」も完全にロマン派の文脈で起こった。

ショパンのポロネーズでポロネーズは踊れない、とか、モーツァルトの交響曲のメヌエットではメヌエットは踊れない、というのは事実だ。

それは彼らがすでにクラシックやロマン派のエスプリの作曲家だからで、彼らの時代にはもはやフランスのバロック・バレエはほぼ消滅していた。その後ロマンティック・バレエやロシアのクラシック・バレエへと進化するが音楽と体の関係はラディカルに変化する。

18世紀末以降のコンサートピースの中の「舞曲」には、最低限の形式以外にダンサーを想定するものは何もない。

でも、バッハは、ベートーヴェンやモーツァルトよりざっと100年近く前に生まれた人で、フランスのバロック・バレエを熟知していた。バッハの舞曲は踊る体を想定して書かれている。

日本からの帰りの飛行機の中で、オーディオ・サービスのクラシックの名曲というところに「メヌエット」というのがあった。「憩いのメヌエット」とあり、最初の解説で、「メヌエットはフランスに古くから伝わる優美な踊りです」と言われた。

実際のメヌエットは「憩い」でもなく「優美」を目指してもいず、空間にどのように動線を描いていくかという「移動」の単純ステップだ。でもステップのリズムが単純ではなく少しずつ体を揺さぶるようにできている。それを誘い出すように作られているし演奏しなければいけない。そうするとほんとうに気持ちがいい。

で、機内オーディオのメヌエットのセレクションが、ボッケリーニとバッハが二つと、モーツアルトの交響曲。フランスのものが一つもないのも象徴的だが、最後のモーツァルトがばりばりのドイツ・ロマン派風のカラヤンの指揮のものだというのにも驚いた。

踊れるメヌエットはもちろんひとつもなく、「憩い」となる「優美」なもので、まさに「解説」通りだった。

私はもう20年以上も音楽とバレエでフランス・バロック世界にいるのでもちろん「古楽器至上主義派」との対立や試行錯誤もあれば、常に新しい研究と発見の連続の中にいて、バロック音楽の世界も変化したなあ、と感慨を覚えるのだけれど、「『憩い』と『優美』なメヌエット」と言われていまだにカラヤンの指揮のものが流されるのが「普通」なのだと思うと、驚く。

帰りの機内、トリオの仲間は耳栓をして、ノートパソコンでラモーの複数のオペラ・バレエの総譜を延々と見ながら三台のギターによって弾かれる方がより美しいものをさらに20曲くらいピックアップしていた。

私たちはいつまでこの冒険を続けるのだろう。

ほんとうは、私たちの演奏を聴く側に回りたい。

弾きながら三人とも、いつも、そう思っている。


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by mariastella | 2017-11-05 04:26 | 音楽

日光で三味線を弾く

原宿に戻ったら、ハロウインの仮装をした若者たちにすれ違い、ニュースでは日本にハロウインはすっかり定着しました、などと言っていたけれど、日光や奥日光にはハロウインのかけらもなかった。

コンサートがすべて終わって、台風も去って、みんなで鬼怒川温泉へ。

まず、日光江戸村、ワンダーランドに行った。
平日なので人が少ない。

最初に入ったのがもちろん三味線のお稽古体験。

「さくら、さくら、やよいの空に」

という部分を、弦の番号と、押さえるフレットの位置を図解したものを見ながら教えてもらう。撥の持ち方と、弾き方も。

トリオのメンバーの2人もこのメロディーは知っているので、すぐに、

「見わたすかぎり」

も続けて弾いてしまったので、「お師匠さん」は目を丸くしていた。

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by mariastella | 2017-11-01 01:59 | 音楽

山陽小野田市のコンサート

山陽小野田市での第一回コンサート。中央図書館で。

なんと、フランスとフランス文化の展示までして下さっていた。
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田村洋さんのオリエンタルダンスを初演。

私たちは、いつもこの曲に癒されていたのでなんとなくヒーリング音楽風に弾いていたのだけれど、リハーサルで、田村さんに指揮していただいて、もっとアグレッシブに、アクセントを強調して弾くべきだと分かった。
クラシック・ギターのダンス曲にオリエンタルのものがないので挑戦されたので、確かに私たちの解釈は内省的過ぎた。もっとクリアーに、もっと歯切れよくというのが理解できた。
これをフランスで弾く時には来てくださるということなので、またいろいろなアイデアが浮かぶ。

帰りにはお知り合いの日本酒製造の蔵を見学させていただき、メンバーは、試飲させてもらって感激していた。山猿というお酒です。
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お土産にも持たせていただいたので、ホテルの夕食に、このコンサートに展示やインスタレーションでジョイントして下さった師井公二夫妻と味わいました。


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by mariastella | 2017-10-26 00:07 | 音楽

近況

日本に着いてから雨と寒さ、台風と総選挙のニュースとに振り回されて落ち着かなかった。ようやく台風も去り、大きな予定変更もなく、もうすぐ新幹線で厚狭に出発する。(これを書いているのは23日の朝)


フランスでもこの台風が報じられたらしく心配するメールをたくさんもらった。


トリオのメンバーも4度目の同じ時期の公演で初めての長雨と台風に目を丸くしていた。


選挙では沖縄のことが気になった。辺野古埋め立てやヘリ墜落の画像が映されるたびに胸がつまる。


22日は川口市の立派なリリアホールに「バッハとルター」というコンサートにご招待いただいた。さすが新国立劇場の合唱指揮者の三澤洋史さんだけあって、合唱のバランスは完璧だった。アマチュアコーラスが大人数だと音量がありすぎてまいってしまうことが多いのだが完全に三澤さんのカリスマに統制されている。


全体も、バッハやルターというより、三澤さんの信仰と祈りと音楽美学の結晶のようで、三澤さんからのプレゼントという感じだった。

私たちフランスバロック脳のメンバーとしては、管弦楽組曲が、カンタータと対照的な「宮廷音楽」として前座のように紹介されたのはちょっとフラストレーションだったけれど。


また、カンタータは、私は日本語の字幕を見て、メンバーのM はドイツ語を読み、Hが音楽に集中という立体的な聴き方をしたので興味深かった。

それにしても、こんなコンサートに参加する人のほとんどは経済的にも健康上にも問題なく、余裕のある人だと思う。

歌詞にあるような罪深い私に救いを、と必死に訴えるような強迫観念とは縁が薄いのでは、と思った。

正直、今の日本人がバッハをカルチャーとしている意味ってなんだろう、とさえちらりと思う。


バッハはフランスバロックもよく研究していたが、この組曲のフォルラーヌを聴けばわかるが、このダンスにも、アルト(ヴィオラ)で16分音符で埋め立てようという感覚は、フランス的洗練(文字どおり、洗い尽くして、本質だけを残す)には耐えられない構築強迫がある。バッハには「間」が耐えられない。


いつも言っているが、フランスバロックは「間」や「空(くう)」と、そこに軽やかに消えていく装飾音が命で、そういう「間」を味わう感性というのはむしろ日本人的である。


ドイツは連邦国で、今でも旧領邦国家間の確執がしっかり残る。

そしてプロテスタントの峻厳さが加わる。


それに比べて、実際はともかく「単一民族」幻想のある日本や、中央集権の「太陽王」幻想のあるフランスって、いわゆるハイコンテキスト、以心伝心の幻想もあって、ひたすら洗練させていく美、というのが成立する。フランスの宮廷文化は実は日本の町人文化と似ているのだ。


もちろんどの国ののどんな人でも、戦争やら生老病死の危機は免れないから、それこそいざという時には神仏に必死にすがる、という心情はユニヴァーサルではある。

でも、バッハのカンタータは決してユニヴァーサルではないと思う。


三澤さんの情熱にユニヴァーサルな訴求力があるのと、ルターとバッハのカンタータに普遍性が果たしてあるのか、というのは別のような気がする。


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by mariastella | 2017-10-24 00:05 | 音楽

ウィーンの話 その9 楽友協会と中国人観光客


アウグスティーナ教会での中国人に向けた「声を出すな、拍手もするな」というコメントに人種差別を感じて不快だったことを前の記事に書いた


ところが、その後で、楽友協会のコンサートに行った時のことだ。


楽友協会のゴールド・ホールといえば、ウィーンフィルの本拠地で、毎年のニューイヤーコンサートのヨハン・シュトラウス演奏で、超メジャーな「巡礼地」だ。

ウィーンフィルはバカンスだが、観光客のためにいろいろなコンサートがあり、私は18世紀のコスチュームで演奏するモーツアルト・オーケストラの公演に行った。古楽器ではない。

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バリトンとソプラノの歌手も一人ずついて、オペラの衣装を着て、「パパゲーノ」などを披露してくれる。

いわば「軒を貸している」だけだから、楽友協会のグッズが買えなくて、モーツアルト・オーケストラのグッズしか買えない。

それでもわくわくする。

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ところが…ここの中国人客の多さに驚いた。

明らかに団体ツアーと思われる人がたくさんいる。

左右のバルコン席には、小さい子供たちも鈴なりになっているのだ。


そして、席に着いたらすぐに、周りの中国人たちの撮影会の嬌声、

だけならまだいいが、私のすぐ後ろの数人の中国人がすごい大声で何かをまくしたてている。


連れが「彼らはきっと自分の畑のニンジンの収穫量を競っているのに違いない」とつぶやいた。


私は、野菜を栽培している人に偏見などないし(むしろ尊敬)、収穫量を競おうと別にかまわない。でも、その時に、その比喩が、あまりにもぴったりしていたのには笑えた。

どう考えても、ウィーンの話やモーツアルトの話や楽友協会の話をしていない。音楽の話もしていない。


撮影会をしている人たちからは「わあ、ここってやっぱりすてきねー」という雰囲気の言葉が聞えてくるし、華やいだ感じだ。


でも、私の後ろの男性たちは、周りも見ていないし、完全に自分たちの世界であたりかまわず大声で何かを張り合っているのだ。

それがトーンダウンせずに延々と続く。完全に騒音公害レベルだ。ショックだった。振り返ってその姿を見ると、派手なドラゴン模様のTシャツだった。

もちろん、ニューイヤーコンサートの着飾った紳士淑女たちというのは期待していないし別に望んでもいない。観光客レベルでいいのだ。私も観光客だから。

でも、これはひどすぎる。

結局、この人たちの大声の会話は、演奏開始ぎりぎりまで続き、演奏中にも声を発したのでそれはさすがに周囲から「シーッ」ととがめられて黙った。そして演奏が終わるとすぐに話の続きが始まる。

幕間もずっと同じ調子で、私は耐えられなくて席を外した。


オーケストラの方は、指揮者も歌手も含めて、サービス精神に富み、自分たちのやっていることが楽しくてしょうがないという感じのプロで、完全に満足できたので、この中国語の洪水というより爆撃のような状態には辟易して、ふと、アウグスティーナ教会の指揮者のコメントを思い出した。


彼が一度でもこういう環境で教会コンサートをする羽目になったことがあるなら、トラウマになることは大いに理解できる。(そういえば、パリのメトロの車両でも、中国人の団体が大声でノンストップでまくしたて続けるので降りてしまったという友達の話をきいたことがある。)


バルコンにいる子供たちの方は、演奏中も出たり入ったり、席を変わったりしている。大人たちが注意する様子はない。皆リラックスしている。


私の席からは遠いのでさすがに声や音は聞こえないのだけれど、カルチャーショックでできるだけ見ないようにした。演奏者たちは慣れているのかもしれないけれど、私なら自分が演奏する時に子供に動き回られると耐えられないと思う。


ひとつおもしろかったのは、子供の1人が、音楽に合わせて指揮を真似始めたことだ。7,8歳くらいの少年だが、ただの真似ではなく、音楽の流れをつかんで没頭している。席を立ち、手すりに乗り出して、全身で、振りが大きいので、もし私がそばの席にいたら迷惑で注意したかもしれないが、その子の周りもみな子連れのグループで誰も気にしていない。

で、完全に曲に入りきっている。リズムも先取りしている。

指揮者の大野和士さんが、3歳の時にテレビで指揮者の姿を見て指揮者になると決めた、とおっしゃっていたけれど、この子も未来の大指揮者かも。しかも、ウィーンの楽友協会でモーツアルトの音楽で指揮に目覚めるって、贅沢だ。

このコンサート、私の後ろの席の中国人や動き回る子供たちは別として、もちろんみなが、「雰囲気」を楽しみに来ている。

で、サービス精神あふれるこのオーケストラは、アンコールで、なんと、18世紀のコスチュームのまま、「美しき青きドナウ」を弾き始めた。観客席が嬉しい驚きで一気に盛り上がる空気が感じ取られ、一人一人の演奏者も幸せそうな笑顔になっている。

すごい拍手。

で、アンコール二曲目。

これもまた、ニューイヤーコンサートのラストでお約束のラデツキー行進曲だった。その日の午前中に王宮でラデツキー将軍の肖像画を見てきたところだったので、ますますウィーンっぽい。

で、これもお約束の手拍子。指揮者が時々振り向いて、上手に観客を誘導。最高に盛り上がる。すごい音。

私はわりと複雑な気分だった。


ニューイヤーコンサートの楽友協会ホールでシュトラウスを聴けたのだから、「観光客」としては最高だけれど、モーツアルトとシュトラウスではまったく違う。


そして私はもちろんモーツアルト派だ。


しかも、手拍子というポピュリズムに時として耐えられない。


去年パリのフィルハーモニーで2000人近い聴衆の前でこれも200人もの人数で軽快な曲を弾いたとき、指揮のジル・アパップがリハーサルで私たちに言ったのは、絶対に手拍子の音を聴いてはならないということだった。ホールの反響のせいで、手拍子は演奏者にとってわずかにずれて聞こえるからだ。つまり、聴衆は演奏家と一体になったつもりで手を叩いているけれど、演奏者は大音量になる手拍子には耳をかさずに、指揮者だけを見て弾かなければならない。

それだけではない。この雰囲気で、ウィーンは、やはり「シュトラウスのウィンナワルツの町」なのだと思い知らされた。モーツアルト・オーケストラの人たちも実はシュトラウスを弾いている時にこそ生き生きしているようではないか、日本人の演歌みたいなものではないか、と思った。

モーツアルトは確かにウィーン観光の目玉商品だから、みな演出にいろいろ工夫してはいるけれど、モーツアルトの生きた後期バロックのエスプリなぞ、本当は誰も分かっていないで、19世紀ロマン派音楽で上書きされてしまっているのではないだろうか。

ウィーンの人々にとって、モーツアルトは商売道具でシュトラウスが本音なのではないのか、と思ってしまった。


外に出たら、きれいな月が出ていた。



c0175451_01413302.jpg
向こうに見えるのは聖カルル(シャルル・ボロメ、カルロ・ボロメオ)教会(カールス教会)の丸屋根。これは18世紀前半の、バロック後期の美しい教会だ。私のレパートリーのフランス・バロック曲と時代がかぶる。
シュトラウスとは程遠い。

c0175451_01410346.jpg
楽友協会は1870年、シュトラウス時代ばりばりの建物だ。


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by mariastella | 2017-08-24 02:11 | 音楽



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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