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L'art de croire             竹下節子ブログ

カテゴリ:アート( 110 )

香雪美術館の明恵

大阪の中之島の香雪美術館で、明恵上人と高山寺展に招待していただいて観に行った。
今のご住職が、今日お誘いしてくれた方の同窓生ということで急に親近感も湧く。

明恵といえば、私の中ではまず、「あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月(明恵上人歌集)」だ。パリのリセで日本語を教えていた時に、日本語の五七五七七のリズムを教えるためにこれを使った。あという母音が延々と続き、最後に「月」と、UとIで締めくくるのも快感だった。

仏眼仏母像と聖母マリアの関係を考え、明恵の夢と神秘体験の関係についても考えさせられた。河合隼雄さんの『明恵 夢を生きる』を購入して読んだら、キリスト教神秘主義者の見神体験のすべてのタイプが展開しているのがわかった。
イエスやアッシジのフランチェスコとの類似性もある。つまり、既得権益集団化したプロ宗教者に対する徹底した批判だ。

けれども、自分の耳を切るというような過激な自傷が決定的に違う。キリスト教の初期の砂漠の隠遁修道士のような過激さだけれど、それに不釣り合いな徹底した合理主義もあって謎だ。明恵がキリスト者だったら、きっとフランチェスコのように聖痕者になっていただろう。明恵のようなタイプの宗教者が十字架のキリストと出会っていたらどうなっていたのか興味は尽きない。

福吉兆とコンラッドホテル

香雪美術館の後は同じビルの福吉兆でお食事。
食器も盛り付けも、もちろん繊細な味もすばらしく、満喫できた。
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その後でコンラッドホテルの40階のラウンジでお茶。

ここのデザインは「宇宙」のコンセプトで統一されていて、風神雷神を雲で表したもの、宇宙塵や夜になるとガラスに映って月のようになる意匠だとか、オリジナルケーキのネーミングもデザインもすてきだった。
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フェスティバルタワーにはフェスティバルホールが入っている。
この舞台で、何年か続けて踊ったことがあるのも懐かしい。
バイロイトのワグナー・オペラを観て渡辺護さんとお話ししたのもフェスティバルホールだったし、ルービンシュタインやクライバーンのピアノも聴いた。マーゴット・フォンティーンとヌレエフのパ・ド・ドウも観た。

こんなすてきな場所に自分のルーツの一部があるなんてなんだか少しうれしい。








by mariastella | 2019-05-15 00:05 | アート

養蚕天女

4/23、

上野の国立博物館に『特別展両陛下と文化交流』を観に行った。

混んでいた。圧倒的に高齢者が多い。

観たかったのは高村光雲の養蚕天女と主基地方風俗歌屏風の春夏秋冬で、両方とも観ることができて満足。

養蚕天女の手には真ん中がくびれた繭。頭に羽を広げた蚕蛾、肩に蚕が這っている。
心惹かれる姿だ。
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屏風は、たなびく青い雲のデザイン性と風景とのバランスが優れている。
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でも、上野の駅には、あきらかに美術館巡りと違うタイプの高齢者がいて、女性とすれ違いざまに肘を突き出してわざとぶつける男を目撃した。話には聞いていたのだけれど驚き、怒りというよりわびしさを感じる。


by mariastella | 2019-05-13 00:05 | アート

鈴木 まもる展と鳥の巣アート

4/18、

新宿の中村屋サロンに鈴木まもる展を観に行った。

楽しみにしていたのだけれど、予想を超えるすばらしさだった。

私も小鳥を飼っていたことが何年もあって、巣作りやヒナ育てを何代も観察したことがある。それなのに、この展覧会を観て、はじめて、巣が、「おうち」なのではなく子宮なのだと分かった。

飛ぶためには子供を胎内で抱えられないから、卵を産む。
受精卵が子宮に着床してはじめて成長をスタートさせるように、巣という子宮に産み付けられて初めて命がスタートする。
親鳥は、卵を温めるているのではなく「外付けの子宮」に自分も入るのだ。
巣だけ作って去る母鳥もいて、その場合父鳥が、外気の温度に合わせてフタを外したり付け加えたり絶えず調整する。
様々な環境に合わせて「生命」を創るその方法は精巧で多岐にわたり、洞窟暮らしをしていた人間はきっとそれにヒントを得て、藁葺き屋根を作ったり、泥と枝の組み合わせの壁などを創るようになったのだろうと推測されるくらいだ。

巣の実物展示がすごい迫力で、鈴木さんの作品は緻密なアートであるとともに、生命への愛とセンスオブワンダーにあふれている。
幸せをもらえる空間。
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攻撃者を防ぐためダミーの入り口もある巣。

ここのサロンのリレー展示というコンセプトも楽しい。




by mariastella | 2019-05-10 00:05 | アート

上角周二さんの作品

4/17、日本に着いた翌日、近所で買い物をした帰りに上角周二さんの個展の最終日に出くわした。
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非常に魅力的なマティエール感。
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私の一番気に入ったのはこれ。
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作家ご本人にお話を聞くと、木の幹を割ったイメージでそこから世界が放射して行くような心象風景だそうだ。
いただいた冊子には、「力強く創造性に溢れる色遣い。(…)自身の内面から湧きあがる情動に駆りたてられた、何にも囚われない独創的なアート」とあった。

私にはむしろ、情動をきっちり緻密に再構成したように見える。
「駆り立てられる」というのを見せてしまうタイプのアーティストだとは思えない。

だからこそ、フランスバロック頭の私の足を止めたのだと思う。


by mariastella | 2019-05-09 00:05 | アート

カルチェラタンで買った雑誌 リシエの記事

本の購入をセーブしているのにカルチェラタンの古本屋でつい買ってしまった雑誌のうちふたつ。
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これはジュール・ヴェルヌ特集だ。ヴェルヌの本は、フランス文学ということを意識しないまま子供の頃からかなり読んだのだけれど、いずれも、単なるSFというより、その後の私の考えに影響を与えるさまざまな哲学的な疑問を残した。
今もまったく古くならない。
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もうひとつはゴッホの特集。

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といっても、お目当てはジェルメーヌ・リシエについてのこの記事。

リシエとジャコメッティを分けるものの「比較」はフランスに住んで以来何十年とずっと考えてきたことだ。私の二つの書斎にはそれぞれジャコメッティ作品とリシエ作品のポスターが貼ってある。
ロダンとブルデルの比較は自分でも納得できたので決着がついたのに、この2人はミステリーのままだ。
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ドアに無造作に貼りつけたまま、糊が透けて見えるほど古くなったパリでのリシエの回顧展のポスター。猫に破られないで残っている。


by mariastella | 2019-03-21 00:05 | アート

サンタンヌ病院の精神病理学アート展

「精神病院」の代名詞になるほどフランスで最も有名なサンタンヌ(聖アンナ)病院。

1950年の最初の精神病理学アート展開催以来、多くの所蔵作品がある。

一番古い作品は1858年のものだという。


アートがセラピーの一環になっているのは事実だけれど、「精神病患者に絵を描かせた」というものではなく、すでに「画家であった人で精神を病んでいる人たちが描き続けた」作品群が今回の中心だ。

病理が絵になるのではなくそれぞれのアーティストの本質であるのアートが絵として表出する。絵で病を治療するのでなく絵によって病を探る、という。

自分の耳を切りおとしてアルルの精神病棟に入れられたゴッホや、晩年を精神病院で過ごしたカミーユ・クローデルはあまりにも有名だけれど、画家には、特にプリミティヴ派といわれる人たちには「幻視画」が知られていて、幻覚体験とアートには深い関係がある。

今回の展覧会は特にシュールレアリスムの流れとの関係も興味深い。

フランスではFous(狂人) とか Folie(狂気)とかいう単語が今でも普通に使われるので、「狂人たちのアート」などと言うタイトルがついているので、どきりとする。もっとも今回は、1950年代に普通にそう使われていた歴史的用語として再現したという。

つまり「狂人アートから精神病理学アートへ」というタイトルだ。

雰囲気はこういうもの。


このビデオで取り上げられているのはウニカ・チュルンUnica Zurnという作家で画家(1916-70)の作品で彼女はこのサンタンヌ病院に一年間入院していた。彼女はドイツ生まれで、夫のハンス・ベルメールと共に早くからパリに住んでシュールリアリストのグループに属していた。夫が脳卒中で半身不随になり彼女は統合失調で入院を繰り返していたけれど、最後に一時外出でアパルトマンに戻り、夫の寝室の窓から投身自殺した。今回は展示されていない。

これはサンタンヌ病院の入り口。

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高い塀がちょっと刑務所っぽい
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展覧会のポスターが見える。

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中に入ってまっすぐ歩くと右手にテニスコートがあり、その横の会談を地下に降りると展覧会場だ。

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「サンタンヌ病院アートと歴史ミュージアム」(MAHHSA)というのが正式名称で、入場は無料。

売店にいたのは元作家で今は絵を描く女性で、精神科病棟のアートセラピーの職員としての本採用のために勉強しているそうだ。いろいろ話をした。

右手の部屋が、「画家」が入院中に描いた作品。

入院したら例えば薬物治療のせいで絵が変わるということはないのかと質問したが、まったくないそうだ。この展覧会の目的のひとつはそのことを知らせたいからだという。つまり、精神的な病と作品とは別のものだということを言いたいわけだ。それはまあ分かる。展示されている絵の中に、「やっぱり精神異常の人が描くからこんな風になるんだなあ」というサインを探ってほしくないということだ。

「でも、狂気と聖性と神秘主義とアートって、別々のものではない同じフェーズがあるのでは?」と聞いてしまった。ここに展示されている「アート」の中から「狂気」を取り去ったら「お絵描き」しか残らないのではないか?

左手の部屋は、病気の発症と画作とが同時期であるもの。

確かに「先入観」をもって見ると、気味悪くグロテスクなものもある。

けれども、奥にあるシリーズはシャルル・シュレイという人のものでまったく別の世界だった。

彼は17歳から入院してずっと病院で過ごした。セラピーの一環で絵を描いたのではなく、ある時偶然に、医師が彼の部屋で大量のスケッチブックを発見して驚倒したのだそうだ。

彼の絵のほとんどは色鉛筆の作品なのだけれど、すべての色が何度も塗り重ねられたものだ。統合失調の診断だったらしいが、どの作品も驚くほど「完成」しているので、私は彼はむしろアスペルガー症候群ではなかったのかと聞いた。統合失調とアスペルガー(自閉症スペクトラム)が併発するいうことはあり得ないのだろうか。

アフリカにこだわっている絵がいくつかあったので、アフリカ出身なのかとも思ったけれど、普通の白人のフランス人で、17歳で入院してから一歩も外に出なかった人でもあり、彼の描く世界、建物、自然、などはすべて彼の脳内の産物らしい。

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彼のひとつの作品を5分以上見ているのは危険だ、と本能的に思った。5分後には「あっちの世界」に確実にとりこまれている予感がする。建物の構造、角度、デザイン、空気がすべてなじみのある本物に見えてくる。

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カタログの写真を見るとそんなことはないので、やはり「波動」の交換みたいなものなのだろうか。

知り合いが、有名な作品は美術館で無数の人の視線にさらされているから「目垢」がつく、といっていたけれど、ここにある作品は、目垢がついていない分、「うずうずしている」何かを発散しているのが怖い。

では、サンタンヌ病院内のアートセラピーによって才能が見出されたという例はないのかと聞くと、あるという。ひとりの女性は、アートセラピーで絵を描くうちに才能を見出され、しかも完治して、退院して、個展を開いたり美術館に作品を買い上げられたりしてプロの画家として活躍しているのだそうだ。その人の絵は展示されていなかったけれと、彼女が自分の来た道を語ったセミナーの記録を購入した。

15歳くらいで入院してアートセラピーのアトリエで認められたクリスティーヌ・ラブローという女性の

こういう作品群も迫力がある。

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今回は展示が終わっていたけれど、1950年代に日本の精神病院からサンタンヌ病院に寄付された絵が数点カタログに載っている。名も不明で病歴も不明なのだけれど、このシリーズが、なんというか、日本人が「狂人の描く絵」に抱いているイメージにそっくりなのだ。その後にはインドから寄贈されたものがあるがまったく違う。個人の差なのか文化の差があるのか。1930年代の作品で、かなりショッキングだ。

これが日本。

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これがインド。

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そういえば、最近は「日本初のアール・ブリュット」がヨーロッパでも人気だという話を聞いたことがある。

「アール・ブリュット」と重なる部分に「サイコ・アート」という分野があって、あちらこちらで展示されているのを今回初めて知った。

私の気に入ったのはジャン・ジャメスのこれ。タイトルはないけれど絶対にナポレオンだ。

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関係書をたくさん購入したので少しずつ読んでいこう。


by mariastella | 2019-03-14 00:05 | アート

しかめ面のアート

やはりアウトレットで買った三冊目の美術書。
これはストラスブール大学の美術史教授のマルシャル・ゲドロンの著作で、この人は、解剖学に基づいて人間や動物のカリカチュア何度おもしろい本をいろいろ書いている。
昨年は「モンスター -- 先史時代からSF まで」という大著を出している。

今回買ったこれは、先史時代とは言わないがここ5世紀に渡るヨーロッパの絵画や彫刻作品における「過剰な表情」を集めたものだ。
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単なる「表情」、「しかめ面」ではなくて、首を切られて処刑された者たちの苦悶の表情や解剖図など、恐怖や怒りなどの極端な図像が次々と出てくる。全ては「筋肉」の動きの分析に行きつく。

こういう群像の表情パターンというのもある。
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何といっても、動物との関係が面白い。
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人を動物に見立てたゴヤの連作も。
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これはドーミエ。写真術の初期に顔を固定させられる男女。
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それにしても、蛇と虚栄の関係とか、哺乳類との類似は分かるとしても、ヒトがしばしばカエルと結びつけられるのはなぜだろう。カエルの体や動きは「筋肉」そのものという感じがするのは分かるけれど。

この春に日本に行くとき、大阪の中之島にある香雪美術館の高山寺展に誘っていただいている。鳥獣戯画も見ることができると期待している。
ウサギも飛び跳ねる筋肉が発達しているけれどウサギとカエルを同じ大きさにして相撲を取らせるような発想の絵が日本では12-13世紀にもう描かれていたなんておもしろい。

    

by mariastella | 2019-01-25 00:05 | アート

トリプティックが好き

私は教会などにあるトリプティック(三連祭壇画)が好きだ。

三つのテーマが並ぶことでストーリーが感じられる。

で、身近なアーティストの小品を購入する時も、できるだけシリーズのようにして自分でストーリーを作って並べるのが好きだ。

ずいぶん前にこういう絵を買った。日本調だけれど東欧系女性アーティストSylvie Kajmanのものだ。2002年の作とある。内面風景というタイトルのシリーズで、とても惹かれた。
     
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で、どうしてもスリーを作りたくなって、次の年の展示会で、にこの2点を買った。
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それを横一列に並べて飾っている。
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それ以来、アーティストによる年末のオリジナルのカード展でもたいてい3枚を買って後で並べて額装することにしている。たとえばこれ。コロンビア出身のConsuelo Barbasa の作品。
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下のシリーズはは有機的な感じだ。内面というより夢の中のようだ。Mercedes Uribeさん。バスクかスペイン系の名だ。
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これは上と同じアーティストを昨年購入したもの。中の人物が鋲で留めてあって、くるくる回して向きを変えることができる。
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今年はこの1枚に惹かれた。これは仏蘭西人女性アーティストSophie Rousseau ソフィー・ルソー。会場で、墨を流して創作する技法を説明していた。

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で、トリプティックにするために2枚を買い足す。
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で、こういう順番で並べて額装してもらって飾る。眺めていて飽きない。
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これらのアーティストについては、今はネットで検索できるから、その後どんな作品を作っているのかなど近況が分かる時代なので勝手に親しみもわく。

なんでも3枚購入するわけではない。友人の師井さんの蝶々の作品は2枚並べている。
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アメリカ人の友人ジョアンヌの作品も2枚並べている。
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これはずいぶん前に私のアソシエーションで作品展をした日本の写真家の1枚。上のシリーズと同じ部屋に飾ってある。
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私が選ぶ基準は、いつもどおり、

《私にとって「朝起きて最初に目に入り、夜寝る前に最後に目に入る」ことに耐えられるか》

というものだ。裏切られたことはない。




by mariastella | 2018-12-31 00:05 | アート

パリ・オペラ座の『トリスタンとイゾルデ』 その3

(これは前の記事の続きです)

ここで、ルージュモンの著作や私の論文の内容について書くつもりはない。

今思うと、第二次世界大戦がはじまる少し前に書かれたルージュモンの『愛について――エロスとアガぺ』(原題は「愛と西洋」でトリスタンとイゾルデ文学の系譜をたどっている)にももちろん、ワーグナーのトリスタンとイゾルデが言及されていたのだけれど、マルケ王との愛の関係は記憶がない。

性愛の欲望に焼かれる「エロス」の過激と過剰はそれ自体が「死」をはらんでいて、それが究極には、「アガぺ」という別の価値に拠る生き方につながる逆説というのが印象的だったのを覚えている。(ルージュモンの他の著作は後にフランスでフランス語で読んだが、この本はあれ以来一度も読み返していない)。


で、キリスト教の神秘主義者が語る「神との合一体験」のエクスタシーとの関係とか、昇華作用というものに興味を持った。ワグナーのトリスタンには一度も「神」という言葉は出てこないのに、私の卒論には聖書の引用がたくさんあった。その時の私でも、こんなものをカトリックの神父さんに見せてもいいのか、という気はちらりとしたけれど、アヌーイ神父は、「自分にはよく分かるけれど先生たちには理解できるかどうか心配です」と言ってくれた。


『アクセル』の主人公のアクセルは財宝があるのに世俗を離れて知識を求めようとしている。けれど、人を殺めた後で、生きる欲望が目覚めて導師のもとを去る。ヒロインのサラは修道院にいたけれど抜け出した。2人とも、禁欲の果てに約束される輝かしいものを捨てたのだ。そんな2人が出会って、トリスタンとイゾルデのように愛の妙薬を飲んでもいないのに、はじめての生身の「愛」に向かい合って昂揚するのだけれど、トリスタンとイゾルデの第二幕の二場でトリスタンが突然「生」から「死」へ振れるように、この世では決して至高の「愛」には到達できない、愛を永遠のものにするにはこの世から別のところに行かなければならない、となる。

(それはどちらかというとトリスタンやアクセルの側から来るもので、イゾルデやサラは、この世での至福をまず味わうことのどこが悪いの ?と思っている部分がある。)


で、卒論を書いていた当時の私がまったく無視していたことがある。

リラダンは、『アクセル』を書く前にワグナーに会いに行ってワグナー宅に滞在しているのだ。

1869年の716-25913-18、そして1870719-303回。

トリスタンとイゾルデの初演は1865年。

リラダンの死は1889年。『アクセル』は死の年に書かれたと思われる。

リラダンの信奉者だったジョセフ・ぺラダンが薔薇十字サロン展とワグナーの『パルジファル』の曲を使ったコンサートを開いたのが1892年。『パルジファル』は聖杯伝説も取り入れたキリスト教的救済劇でありぺラダンの求めるものと一致していた。

ぺラダンは1888年にバイロイトに行き、「トータル・アート」であるワグナー楽劇に感動し、リラダンのアクセルもワグナーも薔薇十字風にアレンジした。

ぺラダンは神秘的カトリック至上主義者で、パルジファルとアクセルという傑作はカトリックがテーマであり、ラテン世界においてはカトリックなしに芸術はなく「無」しかない、とまで言っている。

確かにリラダンもカトリックだった。


で、1887年にリラダンが残した回想記にワグナーとの会話がある。(彼は記憶違いで1868年とした)


トリスタンとイゾルデの「愛の死」が、リラダンの最大の関心だったことが分かる。


トリスタンとイゾルデの、死につながっているような至高の愛が、愛の妙薬などによって盲目になって求めあうようという次元の低いものであることの矛盾を感じたリラダンは、神という言葉が一度も出てこないことを含めて、ワグナーに質問したかった。ニーベルンゲンの指輪など北欧の神話とキリスト教について聞いた時のワグナーの答えは明快だった。


グナーは青い目を見開いてリラダンを見つめ、「自分の芸術は祈りである」と答えた。

真のアーティストは自分の信じているものしか歌わず、愛しているものしか語らず、考えていることしか書かない。信じてもいないものを成功や金のために創られる作品は死んだ作品で、そのような裏切り者による「神」の名は、「虚偽」である。熱烈で聖なる信仰、正確で変更不能な信仰こそが真の芸術家の第一の徴である。真の芸術の価値と生の価値は分かつことができない。信仰のない者の作品は芸術家の作品ではない。生を高め、大きく、熱く、強くする生きた炎がないからだ。

科学だけでは器用で整合性があるもののしかできず、信仰だけが、超越に向かう叫びを生み出すが、世俗の耳には支離滅裂だと聞える。 

真の芸術家だけが、科学と信仰という分かつことのできない賜物を結び付け作品芸術作品に消化できるのだ。

私に関しては、私は何よりもまずキリスト教徒である。私の作品のすべてはそのことにインスパイアされている。


グナーのこの言葉を聞いたリラダンは、カトリック教会から異端扱いされたボードレールもこの同じ真実を語っていたと述べている。

(これは私の意訳なのでこの部分のフランス語を記事の終わりにコピペしておく)

リラダンの全文はここで見ることができる。


いやあ、驚いた。

卒論制作当時の私が何をどこまで把握していたか、実はもう覚えていない(読み返すこともなかったので)。

でも、これで見ると、リラダンの『アクセル』のラストシーンにおける主人公2人の「愛の死」はワグナーのトリスタンとイゾルデをキリスト教神秘主義で読み取って突き進めたものといっていいくらいだ。

ワーグナーのこの「19世紀ドイツ風キリスト教アイデンティティ」は、後に反ユダヤ主義に結びつく要因になったともいえる。リラダンやぺラダンのように徹底して高踏、反俗「神秘主義」の方に向かったアーティストとは道が分かれた。

もし、当時、インターネットがあれば、これらの資料をいくらでも使えたかもしれない。いや、当時のワグナーやリラダン研究自体がまだ今ほどには進んでいなかったかもしれない。

逆に、今、私が大学生でこれをテーマに卒論を準備しているとしたら、資料が多すぎて、溺れてしまい、風呂敷はどんどん広がり、ハードルは上がり、迷宮に迷い込むかもしれない。

最も必要な能力は、テーマについて考えることでもそれを理解することや自分の考えをまとめることでもなく、何より先に、まず、ネット資料のリテラシーになる。

ワーグナーのオペラを実際に観たのは高校時代の『トリスタンとイゾルデ』の他には『さまよえるオランダ人』、『ワルキューレ』くらいしかなかった。ビルギット・ニルソンのリサイタルには行ったことがある。

でもイタリア・オペラを観た回数の方がはるかに多い。

フランス・バロック・オペラ頭になってからは、今の自分のやっている音楽とワーグナーの関係など考えたこともない。

私の新刊『神と金と革命がつくった世界史』の第三章にはエリック・サティが1892年のぺラダンの薔薇十字コンサートの音楽監督だったことが書かれている。サティの「信仰」は、ワーグナーやぺラダンの方向には向かわなかった。その点に関して詳しいことは書いていないけれど、今なら、リラダン、ぺラダン、ワーグナー、ルージュモン、サティを組み合わせて、ドイツ音楽とフランス音楽の関係についてももっと本質的な何かについて書いてしまいそうだ。

それにしても、壁だと思っていた場所にいろいろな扉がパタパタと開く思いがけない「パリ・オペラ座のトリスタンとイゾルデ」体験となった。

ドイツ音楽美学の渡辺護さんとフランス象徴派文學の斎藤磯雄さんという私の若い頃の年の離れた「文通相手」が突然、つながった。

今日は、このことをバロック音楽仲間に話して聞かせることにしよう。

(以下、リラダンの回想より、ワーグナーの答えの部分です。

Jeme souviendrai toujours du regard, que, du profond de ses extraordinaires yeuxbleus, Wagner fixa sur moi.

Mais,me répondit-il en souriant, si je ne ressentais, EN MON ÂME, la lumière etl’amour vivants de cette foi chrétienne dont vous parlez, mes œuvres, qui,toutes, en témoignent, où j’incorpore mon esprit ainsi que le temps de ma vie,seraient celles d’un menteur, d’un SINGE ? Comment aurais-jel’enfantillage de m’exalter à froid pour ce qui me semblerait n’être, au fond,qu’une imposture ? — Mon art, c’est ma prière : et, croyez-moi, nulvéritable artiste ne chante que ce qu’il croit, ne parle que de ce qu’il aime,n’écrit que ce qu’il pense ; car ceux-là, qui mentent, se trahissent enleur œuvre dès lors stérile et de peu de valeur, nul ne pouvant accomplir œuvred’Art-véritable sans désintéressement, sans sincérité.

Oui,celui qui – en vue de tels bas intérêts de succès ou d’argent, — essaie degrimacer, en un prétendu ouvrage d’Art, une foi fictive, se trahit lui-même etne produit qu’une œuvre morte. Le nom de DIEU, prononcé par ce traître, nonseulement ne signifie pour personne ce qu’il semble énoncer, mais, comme C’ESTUN MOT, c’est-à-dire un ÊTRE, même ainsi usurpé, il porte, en sa profanationsuprême, le simple MENSONGE de celui qui le proféra. Personne d’humain ne peuts’y laisser prendre, en sorte que l’auteur ne peut être ESTIMÉ que de ceux-làmême, ses congénères, qui reconnaissent, en son mensonge, celui qu’ils SONTeux-mêmes. Une foi brûlante, sacrée, précise, inaltérable, est le signe premierqui marque le RÉEL artiste : — car, en toute production d’Art digne d’unhomme, la valeur artistique et la valeur vivante se confondent : c’est ladualité même du corps et de lâme. L’œuvre d’un individu sans foi ne sera jamaisl’œuvre d’un ARTISTE, puisqu’elle manquera toujours de cette flamme vive quienthousiasme, élève, grandit, réchauffe et fortifie ; cela sentiratoujours le cadavre, que galvanise un MÉTIER frivole. Toutefoisentendons-nous : si, d’une part, la seule Science ne peut produire qued’habiles amateurs, — grands détrousseurs de « procédés », demouvements et d’expressions, — consommés, plus ou moins, dans la facture deleurs mosaïques, — et, aussi, d’éhontés démarqueurs, s’assimilant, pour donnerle change, ces milliers de disparates étincelles qui, au ressortir du néantéclairé de ces esprits, n’apparaissent plus qu’éteintes, — d’autre part,

lafoi, SEULE, ne peut produire et proférer que des cris sublimes qui, FAUTE DE SECONCEVOIR EUX-MÊMES, ne sembleront au vulgaire, hélas, que d’incohérentesclameurs : — il faut donc à l’Artiste-véritable, à celui qui crée, unit ettransfigure, ces deux indissolubles dons : la Science et la Foi. — Pourmoi, puisque vous m’interrogez, sachez qu’AVANT TOUT JE SUIS CHRÉTIEN, et queles accents qui vous impressionnent en mon œuvre ne sont inspirés et créés, enprincipe, que de CELA SEUL.

Telfut le sens exact de la réponse que me fit, ce soir-là, Richard Wagner — et jene pense pas que Madame Cosima Wagner, qui se trouvait présente, l’ait oublié.

Certes,ce furent là de profondes, de graves paroles…

—Mais, comme l’a dit Charles Baudelaire, à quoi bon répéter, ces grandes, ceséternelles, ces inutiles vérités !


by mariastella | 2018-09-28 00:05 | アート

パリの石上純也展

ジャコメッティ館に行った時、すぐ近くのカルティエ財団の現代美術館に寄って石上純也展を観た。

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好評だとは聞いていたけれどスルーしていたのが、ついでだからと思ってチェックしてみた。

石上純也と言えば、「四角い風船」で、度肝を抜くコンセプチュアルアートという先入観しかなかった。

あらためてネットでインタビュー記事など読むと、作品とそれが置かれる空間、環境を同時に設計する際の発想の自在さが、やはり建築家ならではの感性に依っているのが分かる。

実際に行ってみて、天才だ、と思った。

しかも、透明度があって緑に囲まれたカルチェ美術館にぴったり。

場の全体がデザインされたインスタレーションになっている。

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「場所に合わせてデザインする」のではなく、「場」そのものを、視線や体の位置との関係で変容させていく。

地下で上映されているインタビューやドキュメンタリービデオも説得力があり、誰一人中座しないでじっと聞き入っていた。新しい世界の発見のようだ。

(日本人だから、日本語でネットを検索してもいろいろ見ることができるのでどうぞ)

中国で造ったものはさすがに金と空間がふんだんにある国での度肝を抜く冒険という感じ。谷間の聖堂は、谷の中にもう一つの谷という聖堂を入れ子にしたものだ。

水との関係も驚倒させられる。

ヴァーチャルなゲームの世界やテーマパークにあふれた世界で育った世代の自在な発想が、マクロなのかマイクロなのか、人工なのか自然なのか、二次元なのか三次元なのか、などの区別を取り払い突き抜けた世界を実現する。

デンマークの水の中の瞑想スペースやシドニーの雲のアーチなども魅力的だけれど、日本でも栃木県や神奈川県の大学や保育園、山口県のレストランなど、魅力的な作品がたくさんあるようで、いつかチャンスがあれば行ってみたい。

愉快なことに、カルチェ美術館の庭園の売店には、日本のドリンクや日本のスナックが置いてあった。

輸入したというより、石上展のスタッフが大量に持ってきた?とでもいうようなファミリーでキッチュな雰囲気で不思議だ。

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私のピアノの生徒で、バカロレアを終えてこの秋から建築の道に進むという学生に、この展覧会は必見だとメールを送った。

ただ一つ喉につかえる気がするのは、近頃の異常気象のせいで潜在意識に刷り込まれた不安のせいだ。

石上純也のような環境を封じ込めたり環境との関係性を変えたりするような空間デザインは、地震だの豪雨や洪水だのに耐えられるのだろうか、という疑問が湧きおこるのをとめられない。


by mariastella | 2018-09-15 00:05 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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