L'art de croire             竹下節子ブログ

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貧しさと猫と石川啄木

おびただしい猫ブログを時々眺めていると、猫を飼っていてどんなに世話が大変でも家族がみんな癒されて、異種や弱いもの、一方的に保護を必要として要求してくるものにひたすら尽くすことの喜びや感謝を日々感じている、という人がたくさんいるのが分かる。

たまに猫を虐待するような人のことも話題になるが、そういうのは猫の虐待というより広く弱者の虐待であり、絶対に許容できないものだから私の脳内「猫」空間からは弾き飛ばされていた。


ところが、石川啄木のこの歌を知ってある種の衝撃を受けた。

「猫を飼はば、 その猫がまた争ひの種となるらむ。 かなしきわが家(いへ)」(悲しき玩具)

彼は


「ある日のこと  室(へや)の障子をはりかへぬ  その日はそれにて心なごみき」 (一握の砂)

とも言っているから、「ささやかな心のなごみ」というのも知っている人だ。

でも、ひょっとしてそれはとても自己中心な心のなごみだったのかもしれない。

猫を飼ってもそれがいさかいの種になる、そんな家庭は深刻な不全感の中にある。


その「かなしさ」の重大さに思いをいたさせてくれる歌だ。


単なる「貧困」の指標などでは、とても測れない。


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by mariastella | 2018-01-31 00:05 |

チベットのことわざ

フランスで「チベットのことわざ」とされているものにこういうのがある。

「幸せに長生きするための秘訣。

食べるのは半分に、

歩くのは二倍に、

笑うのは三倍に、

愛するのは無制限に生きなさい。」

確かに、免疫とかストレスとか生活習慣病とか、あらゆる面で正しい気がする。


でも、


最初の「食べるのは半分に」、というところから、もう、難しい。


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by mariastella | 2018-01-30 00:05 | 雑感

魯迅とパリ新大司教

この16日にノートルダム大聖堂に着座したミシェル・オプティパリ大司教のインタビュー記事を『ル・モンド』紙で読んだ。


この人が、総合医として11年を過ごした後で39歳で神学校に入り、44歳で司祭叙階された聖職者として「遅咲き」の人 であることは前にも書いた


このインタビューでは、病院勤務によって、人々をそれ人が誰であるかというのとは関係なく愛することを学んだ、と言っている。

医師として、いい人でも悪い人でも等しく治療する。

扉を叩く人を無条件で受け入れる、ということを学んだ。

教会は、不法滞在者であろうとキリスト教徒でなかろうと、だれも拒まないで扉を開ける、暖を取る人、休みたい人、静けさを求める人も来る。

無料で、誰もが安心して休める場所は多くない。

病院を離れる時に、それが司祭になるためだと説明したら、数名の患者が、自分は何十年間も、家族にも知られないで朝晩祈っている、と打ち明けてきたので驚いた、とも言っている。

どういうわけか、魯迅のことを想起させられた。


魯迅は、1904年から一年半くらい仙台医学専門学校に留学して解剖学を学んでいたが、ある時、医学の道を捨てると決心した。


教室で日露戦争の記録映画が上映された時に、中国人が、ロシアのスパイの容疑で処刑されようとするシーンを見て、同席していた中国の同胞が、喝采したのだそうだ。

その無自覚さに衝撃を受けて、医学をやめて分泌で中国人の精神を啓発しようと決心した。

「あのことがあって以来、私は、医学などは肝要でない、と考えるようになった。愚弱な国民は、たとい体格がよく、どんなに頑強であっても、せいぜいくだらぬ見せしめの材料と、その見物人となるだけだ。病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。むしろわれわれの最初に果たすべき任務は、かれらの精神を改造することだ。そして、精神の改造に役立つものといえば、当時の私の考えでは、むろん文芸が第一だった。そこで文芸運動をおこす気になった。」(竹内好訳『阿Q正伝・狂人日記』(1955年)岩波文庫)

というのだ。

「病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。」

という言葉にはっとする。

私たちは丈夫で長生き、健康寿命を延ばすのに必死で情報を集め、病気になればもちろん慌てて医師のところに行って治療をしてもらうことを望む。

でも、だれでも、いつか何らかの形で病気になったり死んだりするのは、たしかに、自然の理であって不幸とまでは言えない。

それよりも、たとえ肉体が頑強であっても蒙昧であれば、歴史に翻弄されて、支配者から見せしめにされたり、それを批判することもない迎合者となったりする、その方がずっと重大だ、と思ったわけだ。

人々の病気の治療ばかりしていたオプティ医師も、体の検査だけでは見えない心や精神の荒れ野に出ていって人々に寄り添うことを決心したのだ。

私たち(と言って悪ければ私)は、今どこか痛いところがあると、まずは痛み止めの対症療法を望むもので、そんな時に高邁なことを口にする医師なんて必要としない。世界のすべてはどうでもいいから、今ここにいる私の痛みをすぐに何とかしてくれ、と思う。

だからすべての医師や医学生が聖職者や革命家になってもらっては困る。


でも、実際に、そのように進路を劇的に変える少数の人は存在して、彼らは診察室でよりもずっと多くの人々を救ったりインスパイアしたりしているのだろうな、と思うと、感慨深い。


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by mariastella | 2018-01-29 00:05 | 宗教

コンスタンス・ドゥブレと宝塚

最近、『プレイボーイ』という自伝風小説を出版したコンスタンス・ドゥブレ。

おじいさんが、第五共和制憲法にかかわりドゴール大統領の第五共和制の最初の首相になったミシェル・ドゥブレだ。ミシェルの父のロベール・ドゥブレは小児医学の草分けで彼の名を冠した病院もパリにあるし、ミシェルの四人の息子はいずれも政治家やジャーナリスト、作家など有名人で、コンスタンスはその一人のヴァンサンの二人の娘の1人だ。コンスタンスは弁護士で妹はジャーナリスト。

細かく言うといろいろあり、それはこの本にも書かれているのだけれど、とにかくこの人がすてきすぎる。

後に貼っておくが、本の紹介のために出た番組で入ってくるときの長い手足を持て余したようなちょっと照れたようなしぐさ、とか可愛い。

日本人の女性で宝塚のトップスターに憧れたことのある人なら彼女に夢中になると思う。何というか、宝塚のツボにはまりすぎている。


45歳なのだけれど、そして20年の結婚歴があって一人息子もいるそうなんだけれど、途中で自分がバイセクシュアルではなくて完全に女性が好きなのだと気づいて、以来、二人の女性との愛と別れがあり、とにかく今は、「見た目」を男に変えてしまった。

カルチェラタンの10平米の一部屋で暮らしているんだそうだ。

彼女の写真いろいろ。髪の長かった頃のものもある。


彼女が出てくるインタビュー番組。



まあこの人の場合は、代々のブルジョワの名門家庭の出身で、弁護士でもあり、マヌカンにもなれそうな容姿で、しかも、見た目が宝塚の男役、ってユニーク過ぎる。

こんな人のフェミニズムへの意見とか聞いてみたい。


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by mariastella | 2018-01-28 00:05 | 雑感

ダウドさんとフェミニズム

カトリーヌ・ドヌーヴらがル・モンド紙に出した、ピューリタン的な男の敵視に対して、「男が女を誘惑する権利」擁護の声明が物議をかもしている。

それを眺めていて、そもそも、欲望に「力」を持ちこむのが人間の進化の歪みなんだろうなあなどとと考えていた。
自然界では、パンダの交配やら野良猫の生殖の季節をみていても、メスに選択権があって、オスは、フェロモンを感知してむかっていっても、受け入れてもらえないとあえなく引き下がる、というパターンだし、クジャクの羽根みたいに必死にメスにアピールなどするし、ハーレムを作っているようなオスも、力を行使するのは他のオスに対してであって、メスたちは一番強そうなオスのところにとどまる、という感じだ。

働きバチだの働きアリなどは人間の目から見るともっと悲惨で、生殖というのはまず類的存続をかけたもので、「個」は不平等すぎる感じがする。

人間でも、社会的な格差などのない学校のクラスなどでは、男生徒や男子学生の方が、一般に女子より弱くなる。より多く欲するものがより弱くなるのだ。

で、対等な関係である場以外のところで、つまり、「支配力」を行使できるところで欲望を満たすということがある。「力」は腕力だったり金力だったりもする。
人間の社会には、そういう役割を押しつけられるオブジェとしての女性、犠牲としての女性がたくさんいるのだ。

ル・モンドに声明を出すような女性たちは、社会的に「男と対等な関係の場」で生きている人がほとんどだろう。
学校や地域の幼馴染や同級生などの自然な対等の場とは別の「大人の世界」でも、「男と対等な関係の場」で生きている女性、だから、求愛する男性より相対的に強い立場にあるという女性であり、それは少数なのだろう。

などと思っていたら、『ル・ポワン』紙でカメル・ダウドが、この声明を激しく批判していた。(彼の記事は前にも紹介したことがある)

要約すると、

ピューリタンがどうのこうのと言っているのはお花畑であって、イスラム(ダウドはアルジェリア人)世界のことを考えてみろ、
イスラムの男たちはもっとピューリタンで、女性にはヴェールをかぶせて隠すし、さっさと結婚させるし、性的自由など認めない、で、それは女性を対等な人間として認めていないわけだから、人妻以外の女性や、共同体以外の女性や、戦利品としての女性や、ふしだらな女性に対しては、暴力をふるっても許されると思っている、
ドヌーヴらの声明はそういう男たちを力づけてしまうひどいものだ、

という言い分だ。

なるほど、情報のグローバリゼーションとはすごいなあと思う。今の世の中、だれのどんな片言隻句でも、文脈を離れてどんな風にでも改ざんされてどんな読み方でもされてしまう。
だからこそ、影響力のある発信者は、世界中にいる最も弱い立場の人のことも視野に入れて発信すべきだ、というのは正論かもしれない。

すべての人が、情報を正しく解読するリテラシーを持っているわけではないし、もちろん自分の都合のいいように故意に意味を捻じ曲げる人もいる。

こうなると、「表現の自由」ということそのものにも、いろいろな自己規制がかかりそうだが、何にしろ、発信者がコンテンツを明確な目的、意図というものを明記したパッケージに包んで差し出すことを考えなくてはいけない、自戒する。

けれども、肝要なのは、やはり、ユニヴァーサリズムとコミュニタリアニズムの区別ができていず、混同されているのを整理することだ。

ムスリムの社会での女性のスカーフやアバヤ(全身を隠す)の問題は、コミュニタリアニズム内でのフェミニズムの問題だ。

他の社会で他の文脈ではフェミニズムの問題にならない。

コミュニタリアニズムの観点に立ったフェミニズム(男女同権に近い)を絶対として押しつけることが不当なように、

ユニヴァーサリズムの観点に立ったフェミニズム(人間の平等)を都合よく捻じ曲げて特殊なコミュニティの主流秩序正当化に使うことも間違っている。

この二つの間違いをどちら側も互いに批判するので論点がかみ合わない。

それを明確にする視点でユニヴァーサリズムとしてのフレンチ・フェミニズムについて俯瞰するものを書ける人は、ほとんどいない。

これまでも、このテーマで企画を出したことがあるけれど、「フェミニズムは売れない」とされてきた。
だから、切り口を変えて、『女と神』という企画を考えているところだった。
「#me too 」とドヌーヴのおかげで、書くチャンスが訪れるかも。



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by mariastella | 2018-01-27 00:05 | フェミニズム

ショパンの心臓

ショパンの心臓はコニャックに漬けられて、故郷ポーランドのワルシャワにある聖十字架教会の柱の中に納められている。


パリで死に、ペール・ラシェーズ教会に埋葬されたが、心臓だけは故郷の教会にというのが本人の遺言だったそうで、妹のリュドビカが持ち帰った。

その聖十字架教会は立派なバロック教会だったが、第二次大戦中にダイナマイトで爆破された。

連合軍の攻撃によるものではなく、1944年にワルシャワで起こった暴動の際にドイツ人が爆破したのだ。その時に、十字架を背負ったイエスの像が残骸の中に倒れた写真がある。

天に向けられたイエスの手が胸を打つ。


1945年に規模を縮小されて再建された教会に、ショパンの心臓は無事に納められた。

聖人の遺物というわけではないから外から見えるわけではないが、最近、ガラス容器が取り出されて、その状態から、結核で死んだ人の心臓だという所見が出されたところだ。


そもそもショパンが故郷を捨ててパリに来たのは、1830年に当時の占領者ロシアに対して民衆が起こした暴動の後の制圧を逃れてのことだった。

故郷に戻った心臓も、ナチスに破壊されそうになったわけだが、ポーランド出身のナチス将軍Erich von dem Bによって救われたという。


この教会は、1980年にダンスクで組合ソリダノスクとポーランド共産党政府の合意の後で、ミサが全国にラジオ中継されることになった時のミサが挙げられた場所でもある。ショパンの心臓はそれを生で聞いていたわけだ。


碑銘には、


「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。(マタイによる福音書 6- 21)」


とある。


日本語訳では「心」とあるが「心臓」と同じ言葉だ。つまり、「ショパンの富のあるところにショパンの心臓もある」、逆に、「ショパンの心臓があるポーランド、この教会が、ショパンの富」だということなのだろう。



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by mariastella | 2018-01-26 00:05 | 雑感

イラン人と革命

今回のイランの「暴動」に関して、まだ在仏イラン人とは話し合っていないのだけれど、いろいろな記事を読んでいて、今まで私が気がついていないことがあった。

イラン人って、もともと、体制に対して「ノー」を突き付けることができる人たちなんだということだ。

思えば、アメリカの肝入りで導入された王政に対して、イスラム革命が起こったのも、歴史を俯瞰する目で見ると納得できる。

そんなホメイニ革命だったが、それが今のように宗教原理主義化するなどとイラン人は考えていなかったわけで、最初はそうではなかったし、原理主義化の動きにはすぐに抗議の声が上がったし、実際、あることが起こらなければ、ホメイニ体制は長く続かなかっただろう。

あることというのは、ホメイニ革命と同年の1979年にイラクでサダム・フセインが政権を取り、そのサダム・フセインの親欧米スンニー派との確執でイラン・イラク戦争が起こったことだ。

全部で百万人という犠牲者を出したこの戦争。
戦争となれば、国内で改革や革命、政府批判などしている暇はない。
8年も続いたこの戦争がホメイニ体制を確固なものにしたわけだ。

戦争がようやく終わると、今度は、戦死者を含める戦争被害者に、ホメイニの政権は補償年金の支払いを決めた。石油マネーがそれを支えた。すると、年金を必要とする人々は政権を倒すリスクをおかしたくなかった。
そうだよなあ、と思う。
その結果、宗教原理主義体制が20年近く続いたわけだ。
でも「NOと言える民衆」にとってはそろそろ限界なのかもしれない。

ここ10年の私の周りでは、ホメイニ革命の後で亡命した人や、イランの宣教から戻って来た修道女や、王室に近い人々、ばかりと付き合ってきたし、ドバイやカタールなどアラブの湾岸国に知人たちが今も暮らしているので、彼らを通して見えることもあるが、逆に見えなくなるものもあるなあと気づいた。

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by mariastella | 2018-01-25 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒(続き)

Arteで『オリエントのキリスト教徒の最後』というドキュメンタリーを観た。

エジプト、トルコ、レバノン、イラク、シリアのそれぞれの状況。


レバノンがフランスの肝入りでキリスト教マジョリティ国として作られて、1943年からの30年くらいは、大統領はキリスト教徒、首相はムスリム、と決まっていたのは知っていたけれど、首相はスンニー派で国会議長がシーア派というところまで決まっていたのだそうだ。

それが、内戦を経て、「レバノンキリスト教徒の鬱」という言葉ができて、レバノンのキリスト教徒は今や、スンニー派寄りとシーア派寄りに分断されたという。シーア派寄りが多い。いや、中東のキリスト教の多くがシーア派とパートナーシップを組んでいる。なぜかというと、マイノリティ同士だから連帯するのだそうだ。


でも、スンニー派はサウジアラビアの系統で「欧米」に支援され、シーア派はイランに支援されるから、結果として中東のキリスト教徒は「欧米」から見捨てられる傾向にある。


それなのに、現地では、「キリスト教欧米の手先」のように見なされて攻撃される。典型的なのがイラクで、2003年の英米軍の侵攻以来、「アメリカのコラボ」という目で見られて教会や信者や聖職者が何度も犠牲になった。


エジプトのコプトへのテロもひどいが、中近東のキリスト教徒がスケープゴートとしてひどい目にあっているのは、ちょうど、一九世紀ヨーロッパのユダヤ人と同じスタンスだという。

マイノリティであり、独自の生活や信仰様式を持っていること自体が迫害を招いているのだ。


キリスト教徒よりさらにマイノリティのイェジディ族はユダヤ教より前の一神教で、彼らは難民キャンプなどでキリスト教徒に守られている。

モスルの司祭が、千年前から伝わるキリスト教の貴重な古文書を救うためにトヨタのトラック2台にぎっしりと積み込んでクルド自治区に脱出しようとした。道すがら、多くの難民が徒歩で必死で逃げているのを見て、トラックの荷台の古文書の上に乗せられるだけ乗せた。

チェックポイントについたがゲートは閉じられている。

後ろからはISが追ってくる。

車は通せないが、歩いてなら入ってもよいことになる。

司祭は、すずなりに乗せてきた難民たちに、持てるだけの本や文書を抱えて入ってくれと頼んだ。

子供たちまでがそれぞれ貴重な書物を抱えて走った。

おかげで、貴重な資料は失われずに無事に避難させることができたという。


トルコのキリスト教徒のジェノサイドのことは知っていたが、もともと、中東で最大のキリスト教コミュニティがあったのだという。

ムスリムがやって来た時は、キリスト教の一宗派だと思っていたそうだ。

それでいろいろとアドバイスし助けていたのに、結局は乗っ取られた形になり、「トルコ=ムスリム」アイデンティティの国になり大虐殺につながった。


エジプトで興味深かったのは、20世紀の前半は、「イスラム化」が目指されたのではなく「アラブ化」が目指されていたということだ。

たとえば、家の中や聖堂の中で靴を脱ぐのはムスリムの習慣ではなくてアラブの習慣だ。

帝国主義国の支配から解放されての、宗旨を問わぬ民族団結のアイデンティティを築こうとしていたのに、欧米諸国から支援されなかった。で、アラビズムがイスラミズムへと転化していったのだという。


他にもいろいろあるが、ともかく、オリエントのキリスト教が、いたるところでその宗教帰属ゆえに過激派から殺され続け追われ続けているというのに、ヨーロッパの国々はまったく関心を示してこず、自国のジャーナリストがひとりでも人質になると大騒ぎする。我々は、西洋の人権主義、人道主義、平等主義、普遍主義など、とうてい信用できない、という聖職者のコメントが印象に残った。


彼らのために本気でがんばっているのはカトリックのローマ教皇くらいかもしれない。南米出身の教皇ということがここで生きてくる。


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by mariastella | 2018-01-24 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒

中東のイラク、レバノン、シリア、トルコやエジプトなどにはイスラム化した後にも、20世紀初めには人口の4分の1くらいの、キリスト教徒が残っていた。

それがどんどん縮小して、21世紀に入ってからの中東情勢の悪化で、途方もない数の犠牲者を出し、亡命する人も多く、今や30分の1と本当にマイノリティになっている。キリスト教の揺籃の地でキリスト教徒が完全に排除されると、彼らと共生していたムスリムも、ますます過激派に生活を脅かされるのでは、原理主義化するのでは、と恐れている。


「オリエントのキリスト教徒を救おう」という世論がヨーロッパで盛り上がるようになったのは、ISのような過激派がイラクやシリアを占拠し始めてからだ。


それまであまり意識していなかったのだけれど、近代以降、オリエントのキリスト教徒が中世よりももっと激しく弾圧され始めたのは、ムスリムから、「キリスト教徒は欧米文化の共犯者」とみなされたからだという。


つまり、近代以降、


「キリスト教 = ローマ・カトリックとそこから分かれたプロテスタント =  欧米帝国主義」


というシェーマが出来上がったことで、憎悪と迫害の対象になったというのだ。


もちろん、オリエントのキリスト教は、イスラム誕生に先行する文化だ。

モーセもイエスもエジプトからパレスティナに戻り、イエスはパレスティナで殺され、使徒たちはパレスティナで布教した。

ローマ帝国やヘレニズム文化の版図にも広がったので、地中海沿岸を中心に中東はもとより北アフリカにも根付いた。

オリエントのキリスト教は、後のヨーロッパ帝国主義国のキリスト教よりもずっと古いし、アメリカのキリスト教などはイスラム登場よりもはるかに後のプロテスタント植民者から始まった。


欧米帝国主義国の覇権主義は、産業革命やら様々な要因によって増大したが、キリスト教自体から来ているわけではない。

彼らにとっての「新世界の発見」が宣教師たちの福音宣教魂に火をつけた部分はあるにしろ、帝国主義者全員がキリスト教アイデンティティを持っていたのは、キリスト教の権威を支配のツールにし続けてきた為政者たちの思惑が成功した歴史的な実情以上の部分では大きな意味を持たない。


それなのに、「キリスト教=欧米」と言われてしまうのは、日本を見ていても分からないではない。

「欧米」経由でキリスト教が入ってきて、欧米帝国主義と対峙しなくてはならなくなったせいで、「日本のキリスト教徒= 欧米かぶれ=日本の伝統を捨てた者」のように見なされる言辞は、21世紀の今ですら残っている。


けれども「親欧米」が、中東のキリスト教徒の迫害の口実になっていたとは。


イラクのカルデア派を始めとしてカトリックと近い宗派も確かに少なくない。

でも、中東のキリスト教の方が、言ってみれば本家本元なのだ。


それに、日本のように、キリスト教は採用しなくても、しっかり親欧米の国はある。キリスト教の根源にあったヒューマニズムや普遍主義(共同体を地縁や血縁で縛らない)が少しずつ形成してきた「国際社会」の原則に合意が成立しているからだ。

中東のキリスト教徒が、そのような「欧米帝国主義シンパ」という言いがかりをつけられて迫害されていたことに対して、欧米のキリスト教はずっと無関心であり続けてきた。


彼らの多くにとっては、キリスト教はもはや「政治」とは関係がなく、そのエッセンスを昇華した自由平等主義が旗印なのだから、中東の「キリスト教徒共同体」がキリスト教であるということだけで迫害されていることなど、アナクロニズムでしかなかったのだ。(続く)


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by mariastella | 2018-01-23 00:05 | 雑感

ポール・ボキューズとローマ法王

日本でもフランス料理の権威として有名なポール・ボキューズが91歳で亡くなったので、ニュースになっている。


懐石料理に影響を受けたとか言われるヌーヴェル・キュイジーヌが流行ってからも、料理に古いも新しいもない、おいしい料理かどうかだけだ、と言っていて、毎朝8h15に、朝市を見て回るのが最後まで日課だったとか。

食材に挨拶するためだったという。


おもしろいのは彼を形容するのに、フランス料理のPapeだと言われることだ。

Papeはローマ法王、教皇のこと。


日本でも業界の実力者などを「・・天皇」などと形容するのを見たことがあるが、こういう時に、「王さま」という言葉は使われない。


「王」は支配者であり、天皇やローマ教皇は、支配力を行使しないで尊敬されているというニュアンス、シンボルという感覚があるのだろうか。


ポール・ボキューズの愛称が「ムッシュー・ポール」だったこともおもしろい。


フランス語ではムッシュ-やマダムの後には姓をつけるし、親しい人にはファースト・ネームだけで呼ぶから、ファースト・ネームの前にムッシューなどとつけるのは正しくない。

特殊枠、芸人的な感じだ。


でも、ポール・ボキューズの場合は、教皇がフランシスコなど、ファースト・ネームだけで呼ばれるのも連想してしまった。

リヨンのレストランはミシュランの星の最長記録を更新していて、亡くなって空の星になったというイメージで、


「ムッシュー・ポールは、星々の間にいる」


と言われるのもほほえましい。


料理に関しては、いろいろな意味での総合芸術としての演劇心が印象的だ。

それが彼の名を一大ブランドにしたのだろう。


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by mariastella | 2018-01-22 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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