L'art de croire             竹下節子ブログ

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年度末のコンサートとロシア

フランスは6月末のいわゆる学年末が、文化行事の年度末だ。
7、8月は、アーティストもバカンスに出かけてバカンス先のフェスティヴァルに出演したりする。

その「年度末」の三度のコンサートの第一弾が5/25だった。

Torelli のアレグロ、アダージオ、プレストのカルテットを弾いているところ。
(写真はリハーサル)

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その他は、弦楽オーケストラでブランデンブルグの三番の全楽章、
ヴィヴァルディ、ヘンデル、シューベルトなどを弾く。

ヴィオラのトリオでヴィヴァルディの2台のマンドリンのためのコンチェルトをやっていたが、それはひどかった。
私は昔何度もこの曲を2台のギターのヴァージョンで弾いたことがあるけれど、魅力的な曲だ。それなのに、ヴィオラでまったり弾くと曲の魅力が全部隠れる。

こういうアレンジを弾く前に、オリジナルのヴァージョンをまったく研究しないのだろうか。
そういえば、バッハのブランデンブルグをギターのアンサンブルが弾いているのをネットで視聴したことがあるけれど、それは逆に、擦弦楽器のボーイングの魅力がすべて消えた間の抜けたものだった。

その曲の魅力を最大限に引き出すのに適した楽器というのはある。

6/8はラモー、モンドンヴィル、デュフリーなどをトリオ・ニテティスで弾くと同時にヴィオラではホフマイスターの曲、そして生徒たちとのピアノの連弾6曲、

6/13は、またブランデンブルグと、コーラスの伴奏。モーツアルトの宗教曲。

音楽とバレエのレッスンがなかったら私の生活はほぼ引きこもりだから、音楽による「分かち合い」の時間はとても貴重で幸せな時だ。

年度末最後のコンサートが終わったら次の書きおろしに集中できる。

6月はサッカーのワールドカップで盛り上がる時期だけれど、開催国はロシアで、政治的緊張の高まっている国でもある。

5/24、マクロンがロシアでプーチンと声明を出した。1時間の予定の会談が2時間半にのびて声明も遅れた。

ロシアとは、イラン、ウクライナ、シリアという三大問題があるから、話し合いは簡単ではない。それでもマクロンはトランプ大統領よりは「大人」な建設的なトーンでおさめることに一応は成功していた。

すぐそのあとの日本の首相のプーチンとの会談はどうなったのだろう。

首脳会談なのにウニの養殖とかイチゴの温室栽培とか秋田県の贈呈が話題になるのだと揶揄していた人がいたが、本当にそうならあまり意味がない。

これを書いている時点では米朝会談の行方も分からなくなってきたし、気になることはたくさんある。



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by mariastella | 2018-05-28 00:05 | 音楽

沖縄を考える その9 野國総管と唐芋

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これは、嘉手納町の駅の前にある「唐芋」を伝えて琉球や日本を飢饉から救った野國総管という人の銅像。ぜひ写真を撮って広めてくださいと言われた。
左手に持つのがイモ。

日本で「サツマイモ」と言われ、普及させたのが甘藷先生、青木昆陽とされているのは間違いだから、と。

1605年に救荒対策として荒地でも育つ芋の苗を明から持ち帰った野國総管を記念して、「野国いも」と呼ぶことが、唐芋伝達400年記念の2005年に嘉手納で宣言されたそうだ。

だから野國総管は、それ以来、日本全土を飢饉から救った恩人だ、と言う。

沖縄の「薩摩」に対する悪感情は分かるから、何よりも、サツマイモと言う呼称が気に食わないのだと思う。青木昆陽の名が広く知られていることも。

でも、青木昆陽の名は確かに「習った」けれど、別に「恩人」と刷り込まれてはいない。青木昆陽にたどり着くまでに唐芋は、琉球王からから種子島に寄贈され、薩摩や瀬戸内海に広がり、100年以上経ってから儒学者の昆陽が文献を見て薩摩から取り寄せたと、Wikipediaにあったから、別に、呼称とか手柄にこだわったわけではなさそうだ。

中国との交易や地理的関係から見ても、沖縄の方が九州よりも先に文物を取り入れると言うのは不思議ではない。
野國総管が嘉手納に分骨されて宮も建てられ毎年祝われているというのは、この人が、飢饉対策などで先見の明を持つ優れた為政者だったからだろうし、産業振興の恩人だっからだと言うのはよく理解できる。

でも、いつの時代のどこの誰の功績が後々の出来事の「出発点」だったかと決めるのは難しいし、恣意的でもある。

私がなんとなく分かるのは、フランスに住んでいて、私が「日本のもの」だと認識しているものをフランス人が中国のものとか韓国のものだと見なしていると、直接関係もないし、実際の由来も知らないにもかかわらず、なんとなく不愉快だとか不当だと感じてしまうからだ。
パリの韓国料理レストランで、フランス語で「韓国料理」というタイトルのりっぱな写真集の表紙が「巻き寿司」だったのを見たことがあるが、その時の感覚だ。

それとは逆に、長い間「外国」に暮らしていると、どんな文化だって色々なところから伝わって進化したり特殊化したりするのだから、時にはその中の普遍性に感嘆したり、時にはヴァリエーションやハイブリッドを楽しんだり、時にはその好き嫌いによって自分自身の立ち位置を発見したりすればいい、という心境もある。

でも、搾取したりされたり併合したりされたりの歴史のある地域間では、先取性がアイデンティティと切り離せなくなることもあるだろう。

空軍基地のある嘉手納だからこそ、めぐりめぐって、野國総管の重要性が拠り所になるのかもしれない。ちなみにフランスはジャガイモの国だけれど、ジャガイモが「新大陸」から来たことはみんな知っている。オランダ船がもたらしたというジャガイモも日本の飢饉対策となった。

20世紀のフランスの飢えを防いだものにはキクイモ(これもアメリカ大陸由来)がある。
種まき、苗の植え替え、刈り入れなどが大変な穀物と違って、イモって確かに飢饉に強そうだし、洋の東西を問わず、品種改良が続けられた歴史にも敬意を評したい。





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by mariastella | 2018-05-27 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その8 沖縄の新聞(追記あり)

沖縄では、いつも沖縄の県民の側に立ってぶれないことに感心している地方新聞2紙を、アナログで手に取ることができて感慨深かった。

琉球新報には「9条の行方ー沖縄から問う」というコーナーがあって、自衛隊明記についての記事があった。沖縄では、なんと、「復帰」前から憲法記念日を祝っていたという。
「復帰」すれば日本の軍隊を持たないという「平和憲法」が適用されるはずだ。
沖縄の人たちが望んで夢見ていたのは琉球処分以降の大日本帝国への「復帰」ではなく、基地を一掃してくれる「平和憲法」に合流することだったのだと思う。

でも、平和憲法も、復帰も、とんだ「看板に偽りあり」だったわけで、米軍基地の治外法権ぶりは変わらなかった。日本の「中央」にとっては、沖縄は琉球処分以来の戦略地点でしかなかったのかもしれない。

沖縄タイムスには、「語れども、語れども」という「うまんちゅの戦争体験」という連載がある。

私の行った日は「屈辱の日」の翌日だった。サンフランシスコ条約で日本が主権を取り戻したのに沖縄が切り離された日だ。
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同じ琉球だった奄美大島は鹿児島県になって切り離された。
復帰後も、沖縄県となったので、「高校野球」の応援で、奄美の人は琉球だったのに沖縄代表よりも今は鹿児島代表を応援してしまう、というエピソードも、単に笑って聞き過ごせない気がする。

その「屈辱の日」は、2年前にうるま市の女性が元海兵隊員の軍属に殺されて遺棄された日でもある。犯人と結婚していた女性や子供、その家族の人生も破壊された。
次の日は遺体が発見された日で、金武町(キャンプ ハンセンなど、基地が60%も占めている町だ)の発見場所(追記:恩納村から金武町に抜ける県道104号の道路沿い。この2年間、お菓子やお花や飲み物、メッセージカードが絶えたことはないという)には追悼のテーブルと椅子が置かれていた。
被害女性のご両親などがいらっしゃるのを、前町長さんが待っていた。

殺されるのはもちろん、米軍関係者による交通被害にあった人も、乱暴された人も、生き延びても心身の傷は消えないだろう。

話だけでは抽象的であっても、美しい花が供えられている前で手を合わせると、理不尽さや無念さが胸を衝く。
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by mariastella | 2018-05-26 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その7

嘉手納空軍基地を見下ろせることで有名な道の駅「かでな」にも連れて行っていただいた。

展望台では、基地や戦闘機よりも、子供連れも含めてそれを見学に来る人達の熱気の方が印象的だった。私はあらゆる列車が好きな鉄道ファンやカーマニアの気持ちもあまり分からない人間なのだけれど、戦闘機マニアに心躍らせることは、本質的にリスクをはらんででいるのでは、と思わざるを得ない。

でも、集まっている若い人たちを見ていると、何か壮大なゲームを楽しんでいるように見える。ここから飛び立つ戦闘機が爆撃したり、訓練中に事故を起こしたりしていることなどへの想像力や記憶とは乖離した世界のような気がする。
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カメラが並ぶ。
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土産物屋?も、米軍グッズや戦闘機写真。オスプレイの写真も見える。
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駅と基地の間のわずかな場所(黙認耕作地)に畑などができているのもシュールだ。
でも、案内してくれている方は、実際にこの近くに住んで、戦闘機の爆音をずっと聞かされている人なのだ。

リゾートや観光ルートだけめぐっていると、このように、「基地問題そのもの」が観光の対象になっているところの存在を知らないままでやってきて去っていく人も多いだろう。(続く)

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by mariastella | 2018-05-25 05:22 | 沖縄

沖縄を考える その6    糸数アブラチガマへ

4月末、沖縄戦で日本軍の陣地や野戦病院としても使われたアブラチガマを案内してもらった。

このサイトに詳しい説明がある。

ここに各地点を360°見渡せる写真があるので、実感を持って追体験できる。

生存者の証言も載っていて、一つ一つ読んでいると、戦争の放棄と武器廃絶以外に人間の尊厳を守ることにふさわしいものはないのではないか、とあらためて思う。

それでも、実際に連れて行っていただいたからこそ、このサイトを開き、じっくり読むことになったのだから、「情報との出会い方」は決定的だ。

ガマへ降りるには懐中電灯とヘルメットが必要だった。

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実際何度か頭をぶつけた。

最近沖縄のニュースで観光地の階段が石灰岩で滑りやすく、足元に気を取られて頭をぶつけた人が出ているというのをネットで読んだ。

私はこのガマの翌日にそれこそ観光鍾乳洞である玉泉洞にも入ったのだけれど、ライトアップも完璧だし、「通路」の周りの鍾乳石はバッサリと切り取られている。

エスカレーターやエレベーターもあって、なんだかわたしが子供の頃に時々訪れた「昭和の鍾乳洞」の趣だ。環境保全意識の発達した今なら「?」というようなところもたくさんあるけれど、最近公開された「ガンガラーの谷」の鍾乳洞などは、さすがによくできていて、火をともしたランプを手渡されて「自然」風味が残されている。

「アブラチガマ」などは、まったく別のコンセプトだ。

多くの方が亡くなった「死」の場所であり「慰霊」の場所であるだけではなく、アウシュビッツの収容所が負の歴史遺産として保存されているように、二十世紀の戦争の歴史遺産であるからだ。

ポーランド人神父などがやってきて沖縄戦の悲惨さを聞いて、アウシュビッツのように保存していないのか、と言われた時に、沖縄では地上は焼き尽くされたので、地下壕しか当時の状況を残しておけるものはないと説明するのだそうだ。

広島では爆心地のいわゆる「原爆ドーム」が残されている。長崎の「被爆の聖母」のインパクトも大きい。 

アブラチガマでは、私などは転倒しないように最大の緊張感を強いられるのでそれだけで感受性がマックスになる。こんな危ないところに小学生たちも「平和学習」に来るなんて驚きだけれど、非日常感を味わえてさぞや印象に残ることだろう。

沖縄の地下鍾乳洞や縦穴の壕、その中で展開された悲劇、痛み、苦しみ、エゴイズムや差別(わかりやすい差別で安全な壕の奥から日本兵、住民、朝鮮人慰安婦という証言が残っている)などや、それでもなお存在した助け合いや生命力の発揮を思うと、アウシュビッツの記録を読むのと同じように「極限状態の人間」について考えさせられる。

でも壕の特徴はなんといっても「暗闇」の恐怖だろう。いや、証言を読むと、真の暗闇は、恐怖をも凌ぐ。

暗闇が駆り立てるのは光の渇望、色のある世界の渇望だ。

「生きること」と「光」は切り離せないのだなあと分かる。

「信仰の闇」を体験して苦しんだという聖人たち(マザー・テレサやリジューのテレーズや十字架のヨハネなど)の語ったことの意味が少しわかる。

「神を見失った」ことと、だからこそより「神を渇望する」こととは同じなんだろう。

「健康」だの「若さ」だの「親」だの、「失ってはじめて分かるありがたさ」と言われるものはいろいろあるけれど、視力が残っているはずなのに「光」を断たれることは、「ありがたさ」がどうとかいう次元ではない。ただただ、「命の渇望」なんだということが、証言者の言葉でよく分かる。

「戦争になってはじめて平和のありがたさが分かる」なんていう日を来させてはならない。


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by mariastella | 2018-05-24 00:05 | 沖縄

『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』クロード・ルルーシュ

3年前の映画。相変わらずがんばっているルルーシュの映画はなんだかさすがに新鮮味が感じられなくて最近見ていなかったが、仕事が一段落したのでなんとなくTVで視聴した。


原題は『Un + Une』つまり、有名な『男と女』の原題『Un homme et Une femme』の冠詞だけを残した感じ。


でも実際は、『男と女』の3年後の69年にベルモンドとアニー・ジラルドというキャラの合わない男女が引かれ合うという『あの愛をふたたび Un homme qui me plaît (1969)』(既婚のフランス女優とイタリア人の妻がいる作曲家がアメリカで恋に落ちるストーリー)という映画をどちらも好きだったジャン・デュジャルダンとエルザ・ジルベスタンの二人が、このようなストーリーをやりたいと監督に話して実現したものだそうだ

趣味や感受性やライフスタイルが似ている者同士のマッチングを図るネットの出会い系サイトやパートナー・サービスとは違って、実は違う者ほど惹かれ合うというフランスっぽい愛の定義に合っている。

ルルーシュは男と女の力関係の駆け引きをボクシングの試合のラウンドのように構成したという。

前に『À bras ouvertsで、ブルジョワのアーティスト夫人を演じたのが印象に残ったエルザ・ジルベスタンがインドにいるフランス大使夫人役で、こういうある意味の俗物役がこの人にはよく合っている。

大使は60代になったクリストフ・ランベールで懐かしく、登場場面は少ないのになかなか癖があり凄みもある。

主人公はこの映画を撮った2015年には人気絶頂だったジャン・デュジャルダンだ。


いきなり宝石店の強盗シーンから始まる冒頭のインパクトはなかなかのものだし、

そのエピソードにヒントを得た「インドのヌーヴェル・バーグ」風の監督が白黒写真で「ジュリエットとロメオ」という映画を作るというサイドストーリーもおもしろい。インドが舞台のロード・ムービー風という売りどころも分かるし、色彩豊かでエキゾチックで効果的なのも認める。でも、正直言って、「貧しく見えても人が生きるために生きている」国、「不幸の受容がある」国、正直で寛大で、インドに行くとヨーロッパ人のエゴイズムが叩きのめされる、と感嘆するルルーシュの「上から目線」のヴァリエーションみたいなものが鼻につかないでもない。


ルルーシュと組んできたフランシス・レイやミシェル・ルグランらへのオマージュでもあり、ルルーシュは彼らの音楽を通して神が表現しているのだ、などと言っている。(この映画の音楽もフランシス・レイだ。)

インドの群衆の様子と、実在の女性カリスマであるアンマの話も重要なファクターになっている。このアンマについては前に書いたことがある。

TVでこの映画の放映が終わって、二人の主人公やクロード・ルルーシュがゲストになってインタビューされながらルルーシュ映画を振り返る番組が続いた。ルルーシュの若々しさには驚く。80歳の老巨匠というより、まるで若者のように生き生きしている。この映画も当時78歳の監督がはるばるインドで撮影したのだからすごい体力だし、カメラワークひとつとっても、無邪気なくらいの生き生きした感嘆が伝わってくる。

けれども、映画が、もともとオリエントの霊性を研究していた夢見がちのフランス人女性と、合理的で自分の才能と才覚だけを信じている現世的な男との出会い、となっているのだけれど、そのどちらにも共感できない。

そんな二人を楽しそうに撮っている恋愛映画の名手というルルーシュ(この映画を久々の名作だという評もある)の若さには感心するけれど、全体にフランス人の悪い意味での軽さがインドを通して透けて見える。

主人公が自分のことについて「arrogance à la française」などと認めるシーンがあるが、そう、まさに、フランス人のエレガンスと自虐趣味と微妙にセットになっている独特の傲慢さが、全編を貫く軽さから匂い立つ。

大群衆の中の一人になった後で「たったひとり」としてアンマに抱擁されて「覚醒」するとか「再生」するみたいなスピリチュアル体験にもひいてしまう。

このアンマという人、こんなことを毎日、何年も続けていて、どういう心理状態にいるのだろう。

「先進国で心の病んだ人、疲れた人ご用達」という現実を見るだけで距離を置きたくなる。

アンマに抱擁してもらいたくないし、ルルーシュはすごいけれど、別に友達になりたくない、と思った。


これはフランスに来たアンマとルルーシュの抱擁のyoutube (広告が先に出た場合はskipした後)。



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by mariastella | 2018-05-23 00:05 | 映画

沖縄を考える  その5  ユタとノロと最初の切支丹

5/1に斎場御嶽やガンガラーの谷に連れて行ってもらった観光ハイヤーの運転手さん當銘さんには、ユタやノロについていろいろお話をうかがった。

どの地域にも一人いるユタだが彼も若い頃はまったく興味を持っていなかった。けれども結婚するにあたって、一家を構えるのだから、大人たちがしてきたことはすべてしておくように、と言われて、ユタのところにはじめて行った。

ユタは元グスクの近くに集められていたので、名前に「城」がつく人が多い。

彼の地域のユタは山城さんだった。家族の将来などについて一つずつ予言がなされるのだれど、彼の場合は、長男についてだけが不思議にあたっていた。怪我を予言された後で事故に遭ったというのだ。「予防できないのなら意味がないのでは?」と質問したが、ともかく、それからは、長男については何でも相談するようになったという。

子供たちも巣立って長らくご無沙汰していたが、最近妻が悩み事を抱えて山城ユタをたずねていった。すると、もう高齢なので、体力が持たないので霊媒はできないと言われて戻ってきたという。

「霊媒」としてお告げを聴く時の心は心身にとても消耗する重労働だからだそうだ。

ユタやノロの暮らしは代々共同体から支えられているけれど、今は後継者がいなくて大変だともいう。


共同体のおかかえ占い師のスタンスのユタと違って、巫女的な位置づけのノロの場合はもっとたいへんで、ノロが集中している久高島出身の人などは、本島で誰かと付き合っても、結婚話が出ると、「久高島出身」というだけでひかれてしまうので、なかなか結婚もできず、後継者もいなくなるそうだ。

もちろん基地についての話もいろいろ聞いたのだけれど、この方は歴史好きで、図書館から借りてきたという『首里城内の女たち』という本を貸してくれたので、車の中で読んだ。

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この中の第四話に尚灝王(しょうこうおう)の名吟というのが出てくる。


上下やつまて  中や蔵たてて

奪ひとる浮世  治めくれしや


国王や人民は困っているが中の役人たちは蔵を建てるほど利益をむさぼっている。実に治めにくい世の中だ


という意味だ。なんだか、実感がこもっている。


同じ本の中に、沖縄で迫害されたキリシタンの男の話があった。

『切支丹里之子』というタイトル。


山本秀煌の『近世日本基督教史』の中に、過去に琉球政府からベトラム(ベッテルハイム)の護衛につけられた青年が梁木につけられているのに遭遇したエピソードが引かれ、プロテスタントだけではなくカトリックの最初の信者もいたと書かれている。

1844年にフランス軍官アルメーヌ号で来球したフランスの司教フォルカード師がアウグスチヌス高という中国人の神学生を伴って泊村天久聖現寺に2年間留まって以来のフランス人宣教師たちの様子と洗礼を受けた立った一人の琉球人の話だ、


ちょうど、前の日に沖縄のカトリックの方々とお会いして、『キリスト教の死生観と沖縄における望ましい祖先記念行事のガイドブック」(沖縄宣教研究所――宗教と習俗委員会)という小冊子を読んだところだったので、興味深かった。


明治維新以来の、国家神道の押しつけと民間信仰とキリスト教の関係について、沖縄で起こったことは日本で起こったことの縮図のような部分がある。

これについてはまた別のところに書くことになるだろう。(続く)


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by mariastella | 2018-05-22 00:05 | 沖縄

ロイヤル・ウェディング、カンヌ映画祭

5/19

夕方のニュースは、トップがロイヤル・ウェディングで、フランスらしく、ウェディングドレスはフランスのブランドのジバンシィ(でもデザイナーはイギリス人でメ―ガンと二人で決めた)、イヤリングとブレスレットはカルティエだった、と嬉しそうに報道していた。

ドルドーニュのある村でイギリス人コミュニティがあって彼らがカフェで結婚式の様子を皆で見ながら感激で泣く人もいた様子も映される。

アメリカからメーガンが呼んだプロテスタントの牧師がマルティン・ルター・キングの名を何度も出しながら、トランプ批判とも聞こえる熱弁を振るう様子も。

政教分離のフランスでは考えられないですね、とフランス人のコメンテーターが言うと、同席のイギリス人が「イギリス国教会は世界で唯一神を信じなくてもOKの教会ですから」などと言っているのもおもしろい。

ヨーロッパと「離婚」状態になったイギリスとアメリカの結婚みたいですね、しかもカリフォルニア出身で混血となればまさに移民国家アメリカのシンボルで、コモンウェルスの全ての国にとっても朗報です、とも。


突っ込みどころがあるような、ないような・・・。

二番目のニュースがキューバのボーイング機墜落、三番目がテキサス州の高校の銃撃事件。

アメリカではこのケースなら17歳でも死刑になる可能性があるとか、この少年は無神論者(教会に所属していないということだろう)で非政治的だった、とかいう解説で、これもなんとなく、日本ではスルーされるのかもしれないとも思う。

カンヌ映画祭のパルム・ドールに是枝裕和監督作品が選ばれたというニュースも伝えられた。

是枝作品で今フランスでも上映中の『the third murder』は、この前、日本に行く機内で観たところだ。

父親と娘の関係の強調と重層が少しうっとおしいけれど、役所広司の演じるつかみどころのない多重殺人者のインパクトが大きい。

でも、私はまだ加賀乙彦さんの『宣告』を引きずっているんで、主人公にこれからが大変なんだよ、と言いたくなる。


「私はいつも真実しか語らない、たとえ嘘をつく時でも。」


というのは『スカーフェイス』の中でアル・パチーノが言うセリフなのだけれど、証言をころころ変えて弁護士を泣かせるこの「犯人」にぴったりだという気がした。


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by mariastella | 2018-05-21 00:31 | 雑感

近頃思うこと---バレーにコンサートにロイヤル・ウェディング

5/17、久しぶりに青空の広がった日、バロックバレーに行った。


公共交通機関に一人で乗ること自体がひと月ぶり以上だ。

午後はじめの生徒のレッスンの後、ゲラの校正に集中するつもりだったのが、クリスティーヌ・ベイルからSMSが届いて青空に誘われて出かけた。

彼女と二人だけだったので、かなり長い振付を通して踊り、バロック音楽と踊りについて、足と体幹のメンテナンスについていろいろなことを話し合った。


今年はクラシック・バレーの主任教師が足を手術することになり、その後、次々と5人の先生におそわった。バレーのレッスン場はヨガのクラスとしても使われていて、いろいろな小道具がある。先生によってゴムの帯や、さまざまなボールを使った訓練の仕方があり、今まで何十年も、一度も聞いたことのないようなヒントがいくつもあった。

そのことをクリスティーヌにも披露した。本当に、ひと昔前と違って、バレーのレッスンの世界は進化している。

私が日本語で作成した子供のためのバロック童話のシャコンヌなどにクリスティーヌが振り付けるというプランも考える。でも、私は演奏に回ったら、彼女といっしょに踊ることはできない。


18日は、カルテットでトルレリの練習をしてからヴィオラ・アンサンブルのシューベルトやビバルディの練習に参加、その後でブランデンブルク三番を弦楽オーケストラ編成での練習にも参加。バッハは、相変わらず、弾いていて夢中になれて楽しい。そして仲間もみんな生き生きしているのが伝わる。来週がコンサートだ。

この週末は聖霊降臨祭の月曜で休日なので、トリオの練習を一日中やることを決めている。

校正は、近代日本の革命とキリスト教の章を読み直している。

昨日の記事でも書いたが、日本の戦力を無化するためにアメリカが絶対平和の憲法を提案したのは皮肉だ。

日本もヨーロッパも「焼け跡」からの復興が第一で、まず人類史上最悪の核兵器を廃絶しろ、という声が世界のどこからも上がる暇がないままに、日本の軍備放棄とアメリカの「核の傘」がセットになってしまった。最初から倒錯的だ。


皇室存続というのも考えてみれば同じように倒錯的だ。

イギリスではヘンリー王子とメーガンの結婚式があったが、このメーガンさんは、黒人ハーフのアメリカ人で、自らも離婚経験があり両親も離婚していて、メキシコに住む父やその親類らをたどると、いわゆる「問題のある人々」が少なからずいる。父親もスキャンダルが発覚したり事故があったりして結婚式に出ることを断念した。

でもエリザベス女王がOKを出して、結婚式にかかる数億円の費用はすべて女王が出す。エリザベス女王は自分が突然王位継承者になったことに伯父と離婚経験のあるアメリカ人夫人との恋があったことを忘れていない。

もちろん、数十億円かかるという「警備」の費用は「税金」から出されるのだが、その何倍も、「経済効果」が見込まれるから、ブーイングは少ない。

BREXITによって、ヨーロッパから孤立するかのような印象を与える危機にあるイギリスにとっては政治的、外交的メリットも大きい。


日本の皇室の女性の婚約が相手の家庭の「問題」でいろいろ叩かれて、何かと言うと「血税」を使うのはいかがなものか、のように言われるのとは大違いだ。

第一、今は女王も「税金」を払っている。

王室にかかる費用よりも女王が払うものの方が大きいと言われるくらいだ。


「大違い」なのは当たり前で、イギリスの王室と国民の間には1760年以来の合意が生きていて、王家は貴族たちと同じように膨大な資産を持っていて不動産収入もあって、要するに「金持ち」のままなのだ。

今の王家はドイツ系だけれどわざわざウィンザーと名を変えて、ドイツとの二度の大戦に「勝利」し、王子たちもみな「軍隊」に参加している。

「戦勝国の王室」なのだ。


長い間「戦闘」とは無縁でやってきた日本の皇室が、明治維新で突然、近代式の国民皆兵軍隊の統率者の役割を担わされて、しかも一神教風味の「現人神」に祀り上げられた。

その挙句、世界大戦に敗れた。

そして、立憲君主システムとは無縁のアメリカのもとに、「皇室存続」が決められたのだ。


イギリスでさえ、王室を廃棄せよという意見はある。


確かに、冷静に見たら、互いに姻戚関係のある数々の王室が今もあちこちに残るヨーロッパって、中世ですか、というくらいにアナクロだ。

でも、多くの王室は、文化財であり歴史の証人であると同時に、メディアを通して消費されることで、国にとってのコストパーフォーマンスを成り立たせているようだ。

王や王妃をギロチンにかけた共和国フランスも、イギリスとモナコという「隣の王室」でロイヤル趣味を満足させているし、「大統領が王で、首相が為政者」というスタイルが暗黙のうちに認められている。


地続きのヨーロッパで「敗戦」国となったドイツやイタリア(しかもこの二国は長い間領邦国家だった)と違って、極東で「敗戦」国となった日本のその後の運命の差は大きい。


日本との共通点は、外国から訪れる元首たちがみな女王との会見と記念写真を望むことだ。首相はどんどん変わって短命な政権も多いが、「定年」も「選挙」もない女王はずっと「顔」であり続ける。1952年の即位以前の王室の顔を記憶している世代は少ない。誰にとっても女王は昔からいた「国母」的イメージ、いや、「祖母」のイメージにすらなっている。


「敗戦国」の負荷を引きずったまま同じ役割を要求される日本の皇室は気の毒だ。政治にタッチしないことと政治利用されることが別であればいいのだが。


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by mariastella | 2018-05-20 00:05 | 雑感

今さら言ってもどうにもならない「悪の等級」

アメリカとイスラエルの、国際条約をあっさり無視した実力行使を見ていると、第二次大戦後のシオニストによる「洗脳」がいかにその後の世界を危険なものにしていったかをあらためて痛感せざるを得ない。


もとより、人が無抵抗の人の命を奪うというのは、大量破壊兵器による無差別攻撃であれ、一人の「通り魔」がたった一人の通行人を刺し殺すことであれ、まったく同じ「悪」である。命の尊厳に数や状況の格差などない。

けれども、ナチスによるホロコーストを経験した後でシオニストたちは「悪」に等級をつけた。ナチス政権の下で命を奪われたユダヤ人の「ホロコースト」が、人類史上絶対の悪だと位置づけられたのだ。私も昔からそういう言辞ばかり見聞きしてきたから、そういうイメージを持っていた。

そして、このような人類最大の悪業の犠牲者となったユダヤ人がようやく築いた約束の地イスラエルは、もう、二度と無抵抗の被害者となることを拒否して「力」をつけ、「力」を行使するのが当然であり、正当化できるというのが繰り返されてきた。

でも、もし、「悪」に等級をつけるという同じ土俵に乗るならば、「広島長崎に落とされた原水爆」の方が、もっと重大ではなかったろうか。

実際、ヨーロッパが、この原爆のニュースを知った時点では、「ガス室」よりもはるかな大きな実存的衝撃を与えた。

しかし、ユダヤ人ホロコーストの背景には長い間のキリスト教によるユダヤ人差別や対独協力があるから、その後ろめたさと贖罪の意識が、ヨーロッパ人に、シオニストによる「人類最大の罪であるホロコースト」という題目を、刷り込まれるままにさせてきた。


ユダヤ人犠牲者が被った「悪」は、同じガス室で殺された障碍者やキリスト教徒たちが被った「悪」よりも深刻な「悪」だということがなんとなく既成事実になってきた。アルメニアでのホロコーストよりもアウシュヴィッツでのホロコーストの方が重大だ。「悪の陳腐さ」どころか、人類の犯した「特別悪」カテゴリーができたのだ。 

それはアメリカにとって極めて都合のいいことだった。

結局、アメリカの原爆投下は一度も「人類に対する罪」として国際社会で正式に弾劾されることはなかった。アメリカにはシオニストたちの「ホロコースト特別悪」論を支持し強化する理由がいくつもあったが、「原爆=悪」というシェーマを作らせず、核装備を正当化するために役立つというのも間違いなくそのひとつだった。

日本においてですら、アメリカに占領統治されたから当然とはいえ、「原爆投下に至ったのも、もとはといえば日本の軍国主義が悪かった」という「反省」とセットになってそれは語られてきた。 

でも、本当は、あの時もし、世界中が、ホロコーストと同じくらいに、「核兵器は絶対悪」で二度と繰り返してはならないことで、廃絶すべきものだと厳しく弾劾したとしたらどうなっていただろう。


ひょっとして、その後に続いた、核開発競争、抑止力の論理、核実験から原発に至るまでの、人類の環境を脅かすあらゆる「核エネルギー」のここまでの暴走はなかったのではないか、などと思ってしまう。

広島長崎の原爆を「この過ちは繰り返しません」ではなく、ホロコーストのように「絶対悪」として世界中に執拗に刷り込むというロビーがもし存在していたなら、今の世界の様相は変わっていたかもしれない。

もちろん、ガス室で殺されたユダヤ人も、ISに殺された多くの人々も、戦争で日本兵に殺された人々も、原爆ではない空襲で命を失った人も、「力によって他の人の命を奪う」という同じ「悪」の犠牲者であって、そこに悪の等級などはない。一個人から人格を奪い尊厳を損なうという意味では、慰安婦の設置だって、同じ「悪」から発している。

けれども、もっというと、それらの「悪」を導いたものは、私たち一人一人の心の中にある陳腐な利己心や保身と同じルーツを持っている。

シオニストたちが「もう二度と反ユダヤ主義を放置しない」とし、過剰防衛のように「攻撃」する側に転換した末に、パレスティナに平和は訪れていない。そればかりか新しい反ユダヤ主義が生まれ、ネオナチまで生まれている。

世界中には地球も人類も全滅させるほどの核兵器があるし、核実験や原発事故や廃棄物などで、環境はもう十分汚染されている。

その重大さを思うと、人類は広島長崎の後で、核兵器を「特別悪」枠扱いにすべきだった。

どうしてあのような「冷戦」構造にむざむざ向かっていったのだろう。

思えば、ものごとがはっきり見えてくるのに半世紀もかかった。

今、次著の共産主義革命についての章を校正しながら、いろいろな思いがよぎる。


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by mariastella | 2018-05-19 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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