L'art de croire             竹下節子ブログ

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『サウルの息子』ネメシュ・ ラースロー

最近TV2本の映画を続けて観た。

そのひとつ。

2015年のカンヌでグランプリに輝いて世界中で評価された『サウルの息子』。



もうこういうナチス告発ものは見ていて気が重くなり暗くなるのでスルーしていたkだけれど、アウシュビッツ-ビルケナウの収容所内での出来事という何度も告発されてきた映画とは別のテイストで最後まで見てしまった。


ハンガリー人の監督ネメシュ・ラースローの初の長編映画ということにも驚く。


しかもたった一人の主人公(ゾンダーコマンド=ナチスの側で働かされているユダヤ人)の心の動きと、それが、課せられているルーティーンを超えさせていく僅か一日半の出来事をすごいリアリズムで描いている。


ハンガリーという視点を入れたことで、収容所におけるドイツ語とポーランド語とハンガリー語、ユダヤ教の共通の祈りのことなど、複雑な「ことば」の世界がはっきり分かる。

監督は、少年時代からずっとフランスで暮らし、もちろんバイリンガルで、「映画」文化的には完全にフランス風の人だ。実際この映画もフランス語で撮るフランス映画になるかもしれなかった。

結局、ハンガリー語にこだわり、主役の俳優もアメリカ在住のハンガリー人を起用し た。

存在感がある。

ハンガリー語を通じて、やはりナチスに協力させられているハンガリー人医師が主人公に協力してくれる。

主人公のサウルという名はイスラエル最初の「王」の名で、姓のアウスレンダーというのが「外国人」という意味であることもシンボリックだ。


ゾンダーコマンドは70人ほどいて(時々殺されて入れ替えられる)、頑健で専門技術があり、食事もよく、衛生状況もいい。その現実と、同胞を獣のようにガス室に送りその遺体の始末をすることの落差の中でみなが心を病んでいる。


この映画ではじめて知ったのは、働く女性でレジスタントに関わる人がいてゾンダコマンドのレジスタントの試みと連絡を取っていたということだ。

この女性たちの、はユダヤ人女性から選ばれて収容所で働いているのではなくて、ポーランド人レジスタント女性闘士だと思うのだけれど、その辺ははっきり分からなかった。

ストーリーのディティールはゾンダーコマンドたちが埋めて残した巻物や少数の生存者の証言に依っている。たとえば死体処理の証拠写真を撮るシーンがあるが、それも実在している


この映画、「追体験」を強いられるようで、若い人の感想の中にはロールプレイのようだ、などというものがあった。


ゲーム感覚の追体験ができる世代と「無知であることに罪悪感」を抱える世代の追体験の間には何か超えられない質的なものがあるのではないかとも思ってしまった。


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by mariastella | 2018-05-31 00:05 | 映画

沖縄を考える その10

沖縄に行ってからひと月経った。

まだ書いていないことの方がたくさんある。

沖縄で実際に行ったり、見たり、聞いたり、説明したりしていただいたことで、ますます、他の方や他の時代の沖縄についての論考を渉猟するようになった。

だから、考えをまとめるよりもどんどん深入りすることになっている。

私は今、ベトナム戦争でも兵役拒否をしたアメリカ人のウェイン師を新司教に持つ沖縄のカトリックと、韓国のカトリック教会などのつながりに、東アジアの平和への希望を見出そうとしている。
それなのに、そのような取り組みを、「反日」やレイシズムのヘイトに満ちた言葉で攻撃する人もいることも知るようになった。

でも、政治的などんな偏見やら思惑よりも、実際に毎日、「基地の島」の現実から被害を受けている人々の生き方、あり方を改善することが先決だと思う。

ライプニッツは、カトリックとプロテスタントの三十年戦争によって荒廃をきわめたドイツの現状を見て、キリスト教の宗派対立を調停するという道を選択した。モナドロジー(単子論)が生まれた。
人口の四分の三を失い、農業、商業が壊滅し、社会のモラルが失われた当時のドイツ社会を立て直すために、もはや宗教的な物語を利用することはできない。それこそが社会の荒廃を引き起こした本質的な理由だからだ。

(これは今のイラクで、もうスンニー派とシーア派の色のついた政党ではなく政教分離の民主政党を立ち上げる運動があるのと通じる)

そこでライプニッツは、自分たちの「絶対」を掲げる宗教ではなく、どんなものでも見方によって変わるという相対主義を唱えることになった。

ライプニッツは、ある町をどの角度から見るかによってその町のイメージがまったく違うことを例に挙げる。
見る人の視点だけ町がある。
ちょうど「群盲象を撫でる」と同じだ。「実際に触れた」ことから来る確信など、全体の真実にはつながらない。

けれども、町を取り囲む要塞の壁の前にたたずむ人と、中心部の丘に建つ塔から町を見下ろす人では情報の質も量も雲泥の差であることにライプニッツは注目する。

できるだけ多くの角度、多くの要素を取り入れるのも大切だけれど、絶対に見ることのできない盲点は常に存在する。

町を最もよく見はらすことができるのは「神の視座」である。
人間が神の視座に到達ことはできないが最終地点は必ずあるという意識が、この世界やモノや他者を「よりよく」見ようとすることを促す力動を生む。

ライプニッツの結論は、「真実を求めるエスプリにとっては、進歩は決して終わりがない」ということだ。

相対主義ではない普遍主義はいつも「神」と関係がある。

相対主義で、敵対するどちらの側にも一理ある、とおさめるのが便利なこともある。「どちらが悪いか」という裁きは難しい。

けれども、たとえば、ある共同体に人身御供や障碍者抹殺などの「伝統」や「文化」があったとしても、外部の者がその「多様性」に驚いていた時代から、今では、個々の文化や伝統にかかわらず、「すべての人の命の尊厳が守られるべきである」という「絶対」善がコンセンサスとなってきた。

神の視座の普遍主義というのは、宗教の教義や宗派のトップの判断などとは関係がない。
個々の人間や風土を異にするさまざまな共同体にとっての「正義」だの「善」だのを超えた普遍的な視座がどこかにあること、そこに到達することはできないけれど、「よりよい」ものを求めるという選択は必ずあることを信じ、期待することだ。

ライプニッツの「町」と同じで、私がたまたま立った地点からだけで「沖縄を考える」などと大それたことは言えない。
同じように、「沖縄」の不条理だけを見てイランやシリアやアフリカや、世界中で起こっている不公正や不条理を語ることはできない。

でも、あらゆる不公正のある場所には、いろいろなレベルで苦しんでいる生身の人たちの毎日の生活がある。

私の「沖縄を考える」は、そこに絶えず回帰しながら続いていくだろう。

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by mariastella | 2018-05-30 00:05 | 沖縄

ウタツグミ  (閑話休題)

子供の時から鳥を飼っていた。

ジュウシマツのつがいがひなを育てるのを見るのも好きだったし、手乗り文鳥も何羽も育てた。

手乗り文鳥がいる頃に読んでいた本はページの多くがくちばしの形に三角にちぎれていた。

猫を飼うようになってから、鳥とは縁がなくなった。
それでも時々、鳥を近くで観たくなるし、鳥の声を聞きたくなる。幸いうちの猫たちは完全室内外なので、庭には出さないから、庭が鳥たちのパラダイスになっている。

その中で、何度か、ウタツグミの声を聞いた、と確信したことがある。
姿は見ていないので、定かではないけれど。

「ウタツグミ」という名前はこのブログを書くために日本語をネットで検索して見つけた。「歌」という名前がついていてほっとした。
日本では珍鳥中の珍鳥の野鳥だとあった。1860年にヨーロッパから来た、英語ではソング・スラッシュだという。

この鳥は、学名そのものが Turdus philomelos という。philoはフィロソフィーのフィロで愛すること、つまりメロディを愛するツグミ。

フランス語名はGrieve Musicienne (ミュージシャン・ツグミ)。

このネーミングがすごく好きだ。

1km先からも聞えるという鋭い鳴き声、しかも、早朝一番に高いモミの木のてっぺんで歌ったりすることが多い。


鳴き方に即興性があって、独特のモティーフを数回繰り返し、終わりのストロフもちゃんと区別できる。最後に他の鳥の鳴き方を真似て終わることもあるという。

鳴き方を解説したビデオもある。



鳥の鳴き声の音楽と言えば、メシアンを思い浮かべる。

『鳥の小スケッチ』と呼ばれる小品集の題四番がこのウタツグミだ。

Messiaen - Petites esquisses d'oiseaux: IV. La grive musicienne


ちなみにこのメシアンの曲六つのうち半分がヨーロッパコマドリで、他にクロウタドリ、ノヒバリがある。

野ヒバリは、今急激に減っていて絶滅を危惧されているが、50m-100mの空を水平飛行し、フランスの初春を告げる鳥だ。

メシアンがウタツグミの鳴き方を音楽的に分析した文は驚くべきものだ。
作曲家がインスパイアされたのも不思議ではない。
バロック時代は逆に、作曲家たちが自分の曲をカナリアに覚えさせて歌わせていたこともある。
鳥の歌と人間の音楽は互いに通じ合い、インスパイアし合えるということだ。

フランスのサイトでは、あるウタツグミの楽節の一続きの連鎖をこういうオノマトペで表したものがあった。

Pii-èh pii-èh pii-èh
Kvièt kvièt
Pii-èh pii-èh pii-èh
Trruy trruy trruy
codidio codidio

確かにヴァリエーション豊かだ。

その他に、《Tu dis oui》と表すのがある。
チュディウィ、と聞えるのだろうけれど、
「君がウィという。」(いいって言ってくれる、いいんだね、いいって言ってちょうだい)のような様々なニュアンスで、「チュディウィ」と繰り返すように聞こえるわけだ。

日本の鳥で「ブッポウソウ(仏法僧)」という鳴き声の名を持つ鳥がいるが、実際は間違いで、ブッ・ポウ・ソウと鳴くのはコノハズクだという。
ネットで聴いたがいまひとつ心を動かされない。
「日本三鳴鳥」というのがあって、

ウグイスの「ホーホケキョ」、オオルリの「ピリーリー」、コマドリの「ヒンカララ」だという。うーん、鳥は「歌い手」「音楽家」として認識されているというより、いわゆる「花鳥風月」の一要素という愛でられ方のような気がする。

「カッコ―」などの鳴き声も、ヨーロッパ音楽ではダカンなどすばらしい曲のモティーフになっているけれど、そしてドイツ民謡やカッコウ・ワルツなど、日本でも知られているし日本の童謡としても知られているけれど、あれほどはっきりした下降三度で真似られる鳴き声なのに日本では曲にならなかったのだろうか。

鳥の歌を取り入れることはフランス・バロック音楽の感性と近い。
それを考えると、日本の古謡や伝統音楽にもっと鳥の歌のモティーフがあってもいいと思うのだけれど、検索したら「笛・鼓・鳴子などで囃し物をして鳥を追い払う『鳥追舟』」が出てきて、鳥が追い払われていた…。

能管などは鳥の歌にぴったりだけど、即興以外に実際の鳥の歌にインスパイアされてモティーフかされたものは存在するのだろうか。

私が知らないだけかもしれないのでもう少し調べたり考えたりしよう。

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by mariastella | 2018-05-29 00:15 | 音楽

年度末のコンサートとロシア

フランスは6月末のいわゆる学年末が、文化行事の年度末だ。
7、8月は、アーティストもバカンスに出かけてバカンス先のフェスティヴァルに出演したりする。

その「年度末」の三度のコンサートの第一弾が5/25だった。

Torelli のアレグロ、アダージオ、プレストのカルテットを弾いているところ。
(写真はリハーサル)

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その他は、弦楽オーケストラでブランデンブルグの三番の全楽章、
ヴィヴァルディ、ヘンデル、シューベルトなどを弾く。

ヴィオラのトリオでヴィヴァルディの2台のマンドリンのためのコンチェルトをやっていたが、それはひどかった。
私は昔何度もこの曲を2台のギターのヴァージョンで弾いたことがあるけれど、魅力的な曲だ。それなのに、ヴィオラでまったり弾くと曲の魅力が全部隠れる。

こういうアレンジを弾く前に、オリジナルのヴァージョンをまったく研究しないのだろうか。
そういえば、バッハのブランデンブルグをギターのアンサンブルが弾いているのをネットで視聴したことがあるけれど、それは逆に、擦弦楽器のボーイングの魅力がすべて消えた間の抜けたものだった。

その曲の魅力を最大限に引き出すのに適した楽器というのはある。

6/8はラモー、モンドンヴィル、デュフリーなどをトリオ・ニテティスで弾くと同時にヴィオラではホフマイスターの曲、そして生徒たちとのピアノの連弾6曲、

6/13は、またブランデンブルグと、コーラスの伴奏。モーツアルトの宗教曲。

音楽とバレエのレッスンがなかったら私の生活はほぼ引きこもりだから、音楽による「分かち合い」の時間はとても貴重で幸せな時だ。

年度末最後のコンサートが終わったら次の書きおろしに集中できる。

6月はサッカーのワールドカップで盛り上がる時期だけれど、開催国はロシアで、政治的緊張の高まっている国でもある。

5/24、マクロンがロシアでプーチンと声明を出した。1時間の予定の会談が2時間半にのびて声明も遅れた。

ロシアとは、イラン、ウクライナ、シリアという三大問題があるから、話し合いは簡単ではない。それでもマクロンはトランプ大統領よりは「大人」な建設的なトーンでおさめることに一応は成功していた。

すぐそのあとの日本の首相のプーチンとの会談はどうなったのだろう。

首脳会談なのにウニの養殖とかイチゴの温室栽培とか秋田県の贈呈が話題になるのだと揶揄していた人がいたが、本当にそうならあまり意味がない。

これを書いている時点では米朝会談の行方も分からなくなってきたし、気になることはたくさんある。



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by mariastella | 2018-05-28 00:05 | 音楽

沖縄を考える その9 野國総管と唐芋

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これは、嘉手納町の駅の前にある「唐芋」を伝えて琉球や日本を飢饉から救った野國総管という人の銅像。ぜひ写真を撮って広めてくださいと言われた。
左手に持つのがイモ。

日本で「サツマイモ」と言われ、普及させたのが甘藷先生、青木昆陽とされているのは間違いだから、と。

1605年に救荒対策として荒地でも育つ芋の苗を明から持ち帰った野國総管を記念して、「野国いも」と呼ぶことが、唐芋伝達400年記念の2005年に嘉手納で宣言されたそうだ。

だから野國総管は、それ以来、日本全土を飢饉から救った恩人だ、と言う。

沖縄の「薩摩」に対する悪感情は分かるから、何よりも、サツマイモと言う呼称が気に食わないのだと思う。青木昆陽の名が広く知られていることも。

でも、青木昆陽の名は確かに「習った」けれど、別に「恩人」と刷り込まれてはいない。青木昆陽にたどり着くまでに唐芋は、琉球王からから種子島に寄贈され、薩摩や瀬戸内海に広がり、100年以上経ってから儒学者の昆陽が文献を見て薩摩から取り寄せたと、Wikipediaにあったから、別に、呼称とか手柄にこだわったわけではなさそうだ。

中国との交易や地理的関係から見ても、沖縄の方が九州よりも先に文物を取り入れると言うのは不思議ではない。
野國総管が嘉手納に分骨されて宮も建てられ毎年祝われているというのは、この人が、飢饉対策などで先見の明を持つ優れた為政者だったからだろうし、産業振興の恩人だっからだと言うのはよく理解できる。

でも、いつの時代のどこの誰の功績が後々の出来事の「出発点」だったかと決めるのは難しいし、恣意的でもある。

私がなんとなく分かるのは、フランスに住んでいて、私が「日本のもの」だと認識しているものをフランス人が中国のものとか韓国のものだと見なしていると、直接関係もないし、実際の由来も知らないにもかかわらず、なんとなく不愉快だとか不当だと感じてしまうからだ。
パリの韓国料理レストランで、フランス語で「韓国料理」というタイトルのりっぱな写真集の表紙が「巻き寿司」だったのを見たことがあるが、その時の感覚だ。

それとは逆に、長い間「外国」に暮らしていると、どんな文化だって色々なところから伝わって進化したり特殊化したりするのだから、時にはその中の普遍性に感嘆したり、時にはヴァリエーションやハイブリッドを楽しんだり、時にはその好き嫌いによって自分自身の立ち位置を発見したりすればいい、という心境もある。

でも、搾取したりされたり併合したりされたりの歴史のある地域間では、先取性がアイデンティティと切り離せなくなることもあるだろう。

空軍基地のある嘉手納だからこそ、めぐりめぐって、野國総管の重要性が拠り所になるのかもしれない。ちなみにフランスはジャガイモの国だけれど、ジャガイモが「新大陸」から来たことはみんな知っている。オランダ船がもたらしたというジャガイモも日本の飢饉対策となった。

20世紀のフランスの飢えを防いだものにはキクイモ(これもアメリカ大陸由来)がある。
種まき、苗の植え替え、刈り入れなどが大変な穀物と違って、イモって確かに飢饉に強そうだし、洋の東西を問わず、品種改良が続けられた歴史にも敬意を評したい。





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by mariastella | 2018-05-27 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その8 沖縄の新聞(追記あり)

沖縄では、いつも沖縄の県民の側に立ってぶれないことに感心している地方新聞2紙を、アナログで手に取ることができて感慨深かった。

琉球新報には「9条の行方ー沖縄から問う」というコーナーがあって、自衛隊明記についての記事があった。沖縄では、なんと、「復帰」前から憲法記念日を祝っていたという。
「復帰」すれば日本の軍隊を持たないという「平和憲法」が適用されるはずだ。
沖縄の人たちが望んで夢見ていたのは琉球処分以降の大日本帝国への「復帰」ではなく、基地を一掃してくれる「平和憲法」に合流することだったのだと思う。

でも、平和憲法も、復帰も、とんだ「看板に偽りあり」だったわけで、米軍基地の治外法権ぶりは変わらなかった。日本の「中央」にとっては、沖縄は琉球処分以来の戦略地点でしかなかったのかもしれない。

沖縄タイムスには、「語れども、語れども」という「うまんちゅの戦争体験」という連載がある。

私の行った日は「屈辱の日」の翌日だった。サンフランシスコ条約で日本が主権を取り戻したのに沖縄が切り離された日だ。
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同じ琉球だった奄美大島は鹿児島県になって切り離された。
復帰後も、沖縄県となったので、「高校野球」の応援で、奄美の人は琉球だったのに沖縄代表よりも今は鹿児島代表を応援してしまう、というエピソードも、単に笑って聞き過ごせない気がする。

その「屈辱の日」は、2年前にうるま市の女性が元海兵隊員の軍属に殺されて遺棄された日でもある。犯人と結婚していた女性や子供、その家族の人生も破壊された。
次の日は遺体が発見された日で、金武町(キャンプ ハンセンなど、基地が60%も占めている町だ)の発見場所(追記:恩納村から金武町に抜ける県道104号の道路沿い。この2年間、お菓子やお花や飲み物、メッセージカードが絶えたことはないという)には追悼のテーブルと椅子が置かれていた。
被害女性のご両親などがいらっしゃるのを、前町長さんが待っていた。

殺されるのはもちろん、米軍関係者による交通被害にあった人も、乱暴された人も、生き延びても心身の傷は消えないだろう。

話だけでは抽象的であっても、美しい花が供えられている前で手を合わせると、理不尽さや無念さが胸を衝く。
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by mariastella | 2018-05-26 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その7

嘉手納空軍基地を見下ろせることで有名な道の駅「かでな」にも連れて行っていただいた。

展望台では、基地や戦闘機よりも、子供連れも含めてそれを見学に来る人達の熱気の方が印象的だった。私はあらゆる列車が好きな鉄道ファンやカーマニアの気持ちもあまり分からない人間なのだけれど、戦闘機マニアに心躍らせることは、本質的にリスクをはらんででいるのでは、と思わざるを得ない。

でも、集まっている若い人たちを見ていると、何か壮大なゲームを楽しんでいるように見える。ここから飛び立つ戦闘機が爆撃したり、訓練中に事故を起こしたりしていることなどへの想像力や記憶とは乖離した世界のような気がする。
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カメラが並ぶ。
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土産物屋?も、米軍グッズや戦闘機写真。オスプレイの写真も見える。
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駅と基地の間のわずかな場所(黙認耕作地)に畑などができているのもシュールだ。
でも、案内してくれている方は、実際にこの近くに住んで、戦闘機の爆音をずっと聞かされている人なのだ。

リゾートや観光ルートだけめぐっていると、このように、「基地問題そのもの」が観光の対象になっているところの存在を知らないままでやってきて去っていく人も多いだろう。(続く)

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by mariastella | 2018-05-25 05:22 | 沖縄

沖縄を考える その6    糸数アブチラガマ

4月末、沖縄戦で日本軍の陣地や野戦病院としても使われたアブチラガマを案内してもらった。(最初に表記の間違いがありました。下のサイトにあるアブチラガマが正しい表記です)

このサイトに詳しい説明がある。

ここに各地点を360°見渡せる写真があるので、実感を持って追体験できる。

生存者の証言も載っていて、一つ一つ読んでいると、戦争の放棄と武器廃絶以外に人間の尊厳を守ることにふさわしいものはないのではないか、とあらためて思う。

それでも、実際に連れて行っていただいたからこそ、このサイトを開き、じっくり読むことになったのだから、「情報との出会い方」は決定的だ。

ガマへ降りるには懐中電灯とヘルメットが必要だった。

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実際何度か頭をぶつけた。

最近沖縄のニュースで観光地の階段が石灰岩で滑りやすく、足元に気を取られて頭をぶつけた人が出ているというのをネットで読んだ。

私はこのガマの翌日にそれこそ観光鍾乳洞である玉泉洞にも入ったのだけれど、ライトアップも完璧だし、「通路」の周りの鍾乳石はバッサリと切り取られている。

エスカレーターやエレベーターもあって、なんだかわたしが子供の頃に時々訪れた「昭和の鍾乳洞」の趣だ。環境保全意識の発達した今なら「?」というようなところもたくさんあるけれど、最近公開された「ガンガラーの谷」の鍾乳洞などは、さすがによくできていて、火をともしたランプを手渡されて「自然」風味が残されている。

「アブチラガマ」などは、まったく別のコンセプトだ。

多くの方が亡くなった「死」の場所であり「慰霊」の場所であるだけではなく、アウシュビッツの収容所が負の歴史遺産として保存されているように、二十世紀の戦争の歴史遺産であるからだ。

ポーランド人神父などがやってきて沖縄戦の悲惨さを聞いて、アウシュビッツのように保存していないのか、と言われた時に、沖縄では地上は焼き尽くされたので、地下壕しか当時の状況を残しておけるものはないと説明するのだそうだ。

広島では爆心地のいわゆる「原爆ドーム」が残されている。長崎の「被爆の聖母」のインパクトも大きい。 

アブチラガマでは、私などは転倒しないように最大の緊張感を強いられるのでそれだけで感受性がマックスになる。こんな危ないところに小学生たちも「平和学習」に来るなんて驚きだけれど、非日常感を味わえてさぞや印象に残ることだろう。

沖縄の地下鍾乳洞や縦穴の壕、その中で展開された悲劇、痛み、苦しみ、エゴイズムや差別(わかりやすい差別で安全な壕の奥から日本兵、住民、朝鮮人慰安婦という証言が残っている)などや、それでもなお存在した助け合いや生命力の発揮を思うと、アウシュビッツの記録を読むのと同じように「極限状態の人間」について考えさせられる。

でも壕の特徴はなんといっても「暗闇」の恐怖だろう。いや、証言を読むと、真の暗闇は、恐怖をも凌ぐ。

暗闇が駆り立てるのは光の渇望、色のある世界の渇望だ。

「生きること」と「光」は切り離せないのだなあと分かる。

「信仰の闇」を体験して苦しんだという聖人たち(マザー・テレサやリジューのテレーズや十字架のヨハネなど)の語ったことの意味が少しわかる。

「神を見失った」ことと、だからこそより「神を渇望する」こととは同じなんだろう。

「健康」だの「若さ」だの「親」だの、「失ってはじめて分かるありがたさ」と言われるものはいろいろあるけれど、視力が残っているはずなのに「光」を断たれることは、「ありがたさ」がどうとかいう次元ではない。ただただ、「命の渇望」なんだということが、証言者の言葉でよく分かる。

「戦争になってはじめて平和のありがたさが分かる」なんていう日を来させてはならない。


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by mariastella | 2018-05-24 00:05 | 沖縄

『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』クロード・ルルーシュ

3年前の映画。相変わらずがんばっているルルーシュの映画はなんだかさすがに新鮮味が感じられなくて最近見ていなかったが、仕事が一段落したのでなんとなくTVで視聴した。


原題は『Un + Une』つまり、有名な『男と女』の原題『Un homme et Une femme』の冠詞だけを残した感じ。


でも実際は、『男と女』の3年後の69年にベルモンドとアニー・ジラルドというキャラの合わない男女が引かれ合うという『あの愛をふたたび Un homme qui me plaît (1969)』(既婚のフランス女優とイタリア人の妻がいる作曲家がアメリカで恋に落ちるストーリー)という映画をどちらも好きだったジャン・デュジャルダンとエルザ・ジルベスタンの二人が、このようなストーリーをやりたいと監督に話して実現したものだそうだ

趣味や感受性やライフスタイルが似ている者同士のマッチングを図るネットの出会い系サイトやパートナー・サービスとは違って、実は違う者ほど惹かれ合うというフランスっぽい愛の定義に合っている。

ルルーシュは男と女の力関係の駆け引きをボクシングの試合のラウンドのように構成したという。

前に『À bras ouvertsで、ブルジョワのアーティスト夫人を演じたのが印象に残ったエルザ・ジルベスタンがインドにいるフランス大使夫人役で、こういうある意味の俗物役がこの人にはよく合っている。

大使は60代になったクリストフ・ランベールで懐かしく、登場場面は少ないのになかなか癖があり凄みもある。

主人公はこの映画を撮った2015年には人気絶頂だったジャン・デュジャルダンだ。


いきなり宝石店の強盗シーンから始まる冒頭のインパクトはなかなかのものだし、

そのエピソードにヒントを得た「インドのヌーヴェル・バーグ」風の監督が白黒写真で「ジュリエットとロメオ」という映画を作るというサイドストーリーもおもしろい。インドが舞台のロード・ムービー風という売りどころも分かるし、色彩豊かでエキゾチックで効果的なのも認める。でも、正直言って、「貧しく見えても人が生きるために生きている」国、「不幸の受容がある」国、正直で寛大で、インドに行くとヨーロッパ人のエゴイズムが叩きのめされる、と感嘆するルルーシュの「上から目線」のヴァリエーションみたいなものが鼻につかないでもない。


ルルーシュと組んできたフランシス・レイやミシェル・ルグランらへのオマージュでもあり、ルルーシュは彼らの音楽を通して神が表現しているのだ、などと言っている。(この映画の音楽もフランシス・レイだ。)

インドの群衆の様子と、実在の女性カリスマであるアンマの話も重要なファクターになっている。このアンマについては前に書いたことがある。

TVでこの映画の放映が終わって、二人の主人公やクロード・ルルーシュがゲストになってインタビューされながらルルーシュ映画を振り返る番組が続いた。ルルーシュの若々しさには驚く。80歳の老巨匠というより、まるで若者のように生き生きしている。この映画も当時78歳の監督がはるばるインドで撮影したのだからすごい体力だし、カメラワークひとつとっても、無邪気なくらいの生き生きした感嘆が伝わってくる。

けれども、映画が、もともとオリエントの霊性を研究していた夢見がちのフランス人女性と、合理的で自分の才能と才覚だけを信じている現世的な男との出会い、となっているのだけれど、そのどちらにも共感できない。

そんな二人を楽しそうに撮っている恋愛映画の名手というルルーシュ(この映画を久々の名作だという評もある)の若さには感心するけれど、全体にフランス人の悪い意味での軽さがインドを通して透けて見える。

主人公が自分のことについて「arrogance à la française」などと認めるシーンがあるが、そう、まさに、フランス人のエレガンスと自虐趣味と微妙にセットになっている独特の傲慢さが、全編を貫く軽さから匂い立つ。

大群衆の中の一人になった後で「たったひとり」としてアンマに抱擁されて「覚醒」するとか「再生」するみたいなスピリチュアル体験にもひいてしまう。

このアンマという人、こんなことを毎日、何年も続けていて、どういう心理状態にいるのだろう。

「先進国で心の病んだ人、疲れた人ご用達」という現実を見るだけで距離を置きたくなる。

アンマに抱擁してもらいたくないし、ルルーシュはすごいけれど、別に友達になりたくない、と思った。


これはフランスに来たアンマとルルーシュの抱擁のyoutube (広告が先に出た場合はskipした後)。



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by mariastella | 2018-05-23 00:05 | 映画

沖縄を考える  その5  ユタとノロと最初の切支丹

5/1に斎場御嶽やガンガラーの谷に連れて行ってもらった観光ハイヤーの運転手さん當銘さんには、ユタやノロについていろいろお話をうかがった。

どの地域にも一人いるユタだが彼も若い頃はまったく興味を持っていなかった。けれども結婚するにあたって、一家を構えるのだから、大人たちがしてきたことはすべてしておくように、と言われて、ユタのところにはじめて行った。

ユタは元グスクの近くに集められていたので、名前に「城」がつく人が多い。

彼の地域のユタは山城さんだった。家族の将来などについて一つずつ予言がなされるのだれど、彼の場合は、長男についてだけが不思議にあたっていた。怪我を予言された後で事故に遭ったというのだ。「予防できないのなら意味がないのでは?」と質問したが、ともかく、それからは、長男については何でも相談するようになったという。

子供たちも巣立って長らくご無沙汰していたが、最近妻が悩み事を抱えて山城ユタをたずねていった。すると、もう高齢なので、体力が持たないので霊媒はできないと言われて戻ってきたという。

「霊媒」としてお告げを聴く時の心は心身にとても消耗する重労働だからだそうだ。

ユタやノロの暮らしは代々共同体から支えられているけれど、今は後継者がいなくて大変だともいう。


共同体のおかかえ占い師のスタンスのユタと違って、巫女的な位置づけのノロの場合はもっとたいへんで、ノロが集中している久高島出身の人などは、本島で誰かと付き合っても、結婚話が出ると、「久高島出身」というだけでひかれてしまうので、なかなか結婚もできず、後継者もいなくなるそうだ。

もちろん基地についての話もいろいろ聞いたのだけれど、この方は歴史好きで、図書館から借りてきたという『首里城内の女たち』という本を貸してくれたので、車の中で読んだ。

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この中の第四話に尚灝王(しょうこうおう)の名吟というのが出てくる。


上下やつまて  中や蔵たてて

奪ひとる浮世  治めくれしや


国王や人民は困っているが中の役人たちは蔵を建てるほど利益をむさぼっている。実に治めにくい世の中だ


という意味だ。なんだか、実感がこもっている。


同じ本の中に、沖縄で迫害されたキリシタンの男の話があった。

『切支丹里之子』というタイトル。


山本秀煌の『近世日本基督教史』の中に、過去に琉球政府からベトラム(ベッテルハイム)の護衛につけられた青年が梁木につけられているのに遭遇したエピソードが引かれ、プロテスタントだけではなくカトリックの最初の信者もいたと書かれている。

1844年にフランス軍官アルメーヌ号で来球したフランスの司教フォルカード師がアウグスチヌス高という中国人の神学生を伴って泊村天久聖現寺に2年間留まって以来のフランス人宣教師たちの様子と洗礼を受けた立った一人の琉球人の話だ、


ちょうど、前の日に沖縄のカトリックの方々とお会いして、『キリスト教の死生観と沖縄における望ましい祖先記念行事のガイドブック」(沖縄宣教研究所――宗教と習俗委員会)という小冊子を読んだところだったので、興味深かった。


明治維新以来の、国家神道の押しつけと民間信仰とキリスト教の関係について、沖縄で起こったことは日本で起こったことの縮図のような部分がある。

これについてはまた別のところに書くことになるだろう。(続く)


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by mariastella | 2018-05-22 00:05 | 沖縄



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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