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L'art de croire             竹下節子ブログ

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バベル

先日、2006年の映画『バベル』(カンヌ映画祭で監督賞を受けた)をArteで観た。
もともと毀誉褒貶が真っ二つに分かれていた作品だったので今まで興味を持たなかったのだけれど、日本人の女子高校生が出ているということで、それがどうこのモロッコでアメリカの観光客に起きたライフル事故と関係があるのかとあらためて好奇心に駆られた。

モロッコの砂漠はちょうどこの作品の撮影された同時代の2006年に私も観光バスに乗って訪れたことがある。フランスの旧植民地や保護領であったマグレバン三国の一つだから、いろんな意味でなじみもある。

このモロッコでのストーリー、その中には遊牧民の家族、兄弟の確執や父親の気持ちなどのパート(この部分はすべて現地の人の出演で、村々のモスクのスピーカーでオーディションを知らせたのだそうだ。まるでドキュメンタリーのようにリアルだ)と、アメリカ人観光客たち、彼らと対立してしまう犠牲者の夫妻のパートに分かれるる。土埃、羊の群れ、獣医による縫合手術、など迫力あるシーンの連続。
夫妻が、若さにあふれるブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが演じているけれど、苦しむ、叫ぶ、怒る、泣くというシーンばかりでもったいないのか贅沢なのか分からない。
モロッコの砂漠地帯の時の流れは緩やかなので、今も同じ光景があると思う。

時間をずらしてパラレルに語られるのがカリフォルニアとメキシコだ。
監督のイニャリトゥはメキシコ人で、移民としてアメリカで活動し、両国の国境の緊張を描かずにはいられなかったというだけあって、二つの国のコントラストは強烈だ。アメリカの国境警察が与える恐ろしさも伝わる。この映画の10年後にもトランプ大統領がメキシコ国境を越えてくる者こそ諸悪の根源みたいなことを叫び続けるのだから、何も変わっていない。
メキシコはメキシコ・バロックとグアダルーペの聖母の国だから一度は行きたいけれど、この映画でリアルに伝わる町や村の感じを見ると、とても私には無理、と思う。
今までメキシコの人と親しく話したのは音楽学者だけで、ちょうどこの映画と同時代の話だ。このサイトのバロック音楽室1の『サラバンドの起源』に詳しく書いてある。
で、私の少ない砂漠体験(サウジアラビアとモロッコ)を振り返っても、安全なグループとの日帰りなら広大な景色を楽しめるけれど、とても私がサバイバルできる環境ではない。メキシコの喧騒も、私には無理。結婚式の賑わい方も、走る雌鶏を捕まえて逆さにして首をひねって引きちぎるシーンも無理。
国境線にこんな不毛な砂漠、荒野が広がっている光景も無理。

で、メキシコにもモロッコにも住めない、やっぱり日本はいいよね、さすがに日本、しかも新宿などの繁華街が出てくるシーンは「ホームグラウンドだよな」と思いたいところだったけれど…。このミニスカートにルーズソックスの女子高生たちやその周りにたむろする青年たちのナンパ、逆ナンパの光景は、まるでひと昔前のアニメの中の世界に紛れ込んだかのようで別のショックを受けた。
私は定期的に日本に帰っているから、こういう姿の女子高生たちをリアルに見たことはある。今はずっとソフトになっているようだけれど、基本的に膝上スカートというのでは、性同一性障害の女性なら耐えられないだろうし実際ズボンを選べる学校もあるようだ。(先日、日本の自衛官募集のアニメキャラのポスター騒ぎでポスターの例を見た時の驚きは忘れられない。自衛官の制服っぽく表現されているのはすべて女子中校生の制服 見間違うほどで、この『バベル』の映画の日本の場面と変わらない。このポスターがセクハラなどと批判されたことより、そんなものが存在できたということ自体で目が点になる。)
地震危険地帯にある東京の「バベルの塔」ともいえる高層マンションの最上階30階に住むこの女子高生が聴覚障害者だという設定がひねりをきかせていて、ディスコの喧騒、音楽が彼女にはまったく聞えていないことのシュールな感じが、孤独と、「見た目」と「関係性」について考えさせてくれる。
でも、フランスでのこの映画の評価では「日本のパート」が弱い、というのがあった。それも分かる。

これだけばらばらの国のばらばらの物語をうまく構成しているテクニックはすごいと思うけれど、評価がどうというより、複雑な気持ちになった。

メキシコよりも、モロッコの砂漠よりも、21世紀初めの日本の東京の若者の世界の方が、はるかに遠く感じられるからだ。直接の暴力もなく貧しさもない環境で未成年の少女をここまで深刻に傷つけることのできる社会って…。

まあ、全体を通して言えるのは、コミュニケーションが成り立たない、ということより、家族の死のトラウマかもしれない。
アメリカの夫婦は3人目の子供が眠っているうちに突然死したらしい。そのことが夫婦の溝をつくった。
日本の父と娘は妻であり母親である女性の銃による自殺(この設定や父親がモロッコで狩という設定も、日本的には不自然ではある)という壮絶な死のトラウマを抱えている。
モロッコ家族の父は、目の前で長男を撃たれてしまう。
メキシコの方は分からないが、おばと子供たちを降ろして逃走した甥が警察に追われて撃たれた可能性は大きい。

最終的にはアメリカ人の妻は一命をとりとめ、子供たちも助かるのだからこの家族の絆は強まったとはいえるのだけれど、3人目の子を失った事実は変わらない。
アメリカ人の夫がモロッコ人ガイドと共に妻のそばにいる時、ガイドの娘がお茶を持ってきてくれる。
「君の娘か」と聞かれて、「5人の子のうち3番目」と答える。
ブラッド・ピットも自分の2人の子の写真を見せるが、「何で2人しかいないんだ」と言われる。まるで彼らの3番目の子供が死んだことが分かるかのようだ。

高齢者の病死や老衰死と違って、赤ん坊や子供の死はつらい。
でも、運命や神を呪うことはできる。
家族に自殺されるのはもっとつらい。関係性を一方的に壊されて愛を拒否されたように感じるだろうからだ。

映画の最後には父と娘が抱き合ったり、国外退去を命じられたメキシコ人の乳母は自分の息子に迎えられて抱き合ったり、アメリカ人夫婦も絆を強めるのだから、一応のハッピーエンドはあるのだけれど、人生はどこでも誰にでもアクシデントや躓きが待っている、という思いだけが沈殿する。






by mariastella | 2019-05-31 00:05 | 映画

「茨の冠」を救った人

4/15のノートルダム大聖堂の火災の時、聖遺物である「茨の冠」などが無事に救出されたというニュースがあった。この聖遺物は十字架の木や釘の一部と共に、十字軍がもたらしたもので、これを納めるためにシテ島のあの美しいサント・シャペルが建設された。
今はノートルダムの宝物館に納められていて、年に一度復活祭の間に内陣で公開される。いや普段でも宝物館で観られるけれどそれはガラス越しで、復活祭の聖週間には(昔は聖金曜日だけだったこともある)、特定の修道会の人たちがそれを見せてくれて、信者はずらりと並んでその前でひざまずいてクリスタルの環に口づけするのだ。
私が見に行ったのはもう何十年前か覚えていないし、現在どうなっているのかは知らないけれど、行った時はもう好奇心の塊だった。口づけするなど気が進まなかったけれど、じっくり見るだけではさすがにまずいのでみんなと同じようにしたけれど、その都度、アシスタントが白い布でその部分をぬぐうのだった。布の拭う場所をその都度変えていたのかは定かではない。その時に起こった「プチ奇跡」のことなど、以前にどこかに書いたような気がする。

ともかく、その「思い出の茨の冠」、宗教を抜きにしても、正倉院の宝物と同じでヨーロッパの中世史の貴重な遺物であることは確かだから、火災から逃れたのはめでたいのだけれど、それを救出した消防士が司祭であることを知って驚いた。

ジャン=マルク・フルニエという人で、消防士であり、司祭であり、聖墳墓修道会の騎士という三つの顔を持っているという。
ノートルダム大聖堂の内陣で、火の粉が舞い落ちる中、この茨の冠(クリスタルの環状チューブの中に枯れ枝が寄せ集められている)と聖母子像と聖体パンの入った容器などを救出したんだそうだ。
パリの消防士の標語は「救うか、死ぬか」というもので、みなが命をかける覚悟のいる職業だけれど、フルニエさんはすでにキリストに命をあずけているわけだ。
2008年には従軍司祭としてアフガニスタンに行き、10人のフランス兵がタリバンに殺された時に立ち会った。2015年11月のパリの同時多発テロでもバタクラン劇場で人々を救助した。地方の教区司祭であった時から消防ボランティアをしていたそうで、司祭服にベルトもせずローマンカラーもつけず、素足に木靴という姿でいつも人を笑わせる陽気な人柄らしい。
パリ消防局付き司祭という肩書だけれど、普通に消防士の一員として制服を着て活動している。

この話を聞いて、日本の消防署にも司祭だとか僧侶だとに向けたポストがあるのかどうか知りたくて検索したけれど見つからなかった。自衛隊の中にはキリスト教のサークルがあるそうだけれど、宗教者が常駐している感じではない。
日本で耳にするのはキリスト教系病院のチャプレンとか刑務所の教誨師だ。
刑務官や法務教官による道徳や倫理の一般教誨の他に、僧侶、神職、牧師、神父らの宗教者も希望によって出入りするようだ。

ノートルダムの火災の時に、日本では、法隆寺だの寺社の火災対策が比較して盛んに紹介されていたけれど、火災の時に駆け付ける消防士の中に僧侶がいて、宗教的な貴重品を真っ先に救い出してくれる、などというのは想像しにくい。

戦争とか、災害とか、生と死、存在と破壊が隣り合わせにある極限状態において、境界領域を生きるようなプロがいてくれるかどうかというのは、ひょっとしてすごい違いかもしれない。

全てが終わった後にやってきて冥福を祈ってくれたりお経を唱えてくれるのもいいけれど、修羅場で宗教のプロが身を挺して救いに来てくれるというのは大したものだなあ、と思った。こんな雰囲気の53歳


by mariastella | 2019-05-30 03:22 | フランス

フランス料理と18世紀のフランス・バロック

世界最初のレストランは1765年にパリのパレロワイヤルに開かれた。

ヨーロッパで言えば、6,7世紀の頃にはいわゆるオーベルジュはあった。旅籠というか、文書配達、飛脚?用の寝泊まり場所での食事サービスで、巡礼宿などもこれに準ずるだろう。

その後、いわゆるカフェやタベルナ、居酒屋類はできたけれど、基本は「飲む」ため。ワインに合わせた食べ物が提供され、大テーブルを囲むという感じのものだったそうだ。

それが、「レストラン」つまり、「回復」、個別テーブルで、メニュー(最初は三種類だったという)を選べるものになった。今は100を超えるメニューが並ぶレストランまである。

それは、アンシャン・レジームに対抗するもので、四半世紀後のフランス革命につながるエスプリ、つまり、「誰でも好きなものを食べることができる」(一人のテーブルでもOK)し、提供されたものについて語ったり書いたりすることで「連帯」できるという「自由」の象徴だった。ガストロロジー(美食学)も生まれ、ヌーヴェル・キュイジーヌ(20世紀のものとは関係ない)と呼ばれた。

まあ、レストランの歴史の蘊蓄などはネットでもなんでも見てもらうとして、それからのフランス料理が哲学やアートと結びついていったことは確かだ。

ここで書きたいのは、その流れの中で、1770年代半ばにプロヴァンス伯の料理長だった人がパリのレストランで初めて、「味覚のコンポジション」を始めたということだ。料理自体はシンプルになった。

宮廷料理は、すでに見た目や装飾、素材のとり合わせは贅を極めていた。いろいろなプロトコルが存在した。

けれども、「味」に関しては、塩からいか甘いか、の二極を中心に構成されていた。

ところが、「レストラン」は、皿数や素材や盛り付けアートはシンプルになっていったけれど、「味」はさまざまな香辛料、隠し味を駆使した洗練されたものになっていった。

これは、フランスのバロック音楽におけるエレガンスの追求にそっくりだ。

今でも、バロック音楽と言えばイタリアやドイツのものがたくさん演奏されている。

特に、相変わらずバッハの音楽は、その精神性の高さで誉めそやされ、文化の違いを超えて普遍的に魂を揺さぶるかのように言われている。それに比べるとフランスのラモーなどはフランスの国境をなかなか越えられない、などと。

バッハが19世紀に再発見されて演奏されたころはロマン派風でバロックではなかったけれど、その華麗で緻密で大聖堂を建てていくような壮大さと計算しつくされたような複雑な細部の装飾、天へ向かう強迫観念みたいなものも含めて、人々を驚倒させた。フランス人など真っ先にバッハの豊穣さに傾倒して崇め始めた。

で、革命と共に忘れられていたラモーと彼の同時代のフランスのバロック曲の方は、20世紀になり、バロック・バレーの振付の発掘によってだんだんと理解され復活していくのだけれど、バロックにバッハのような霊性、精神性、密度、建築ロジックを期待していた人には、ラモーはよく理解されなかった。

バッハの音楽は豪華を極めた複雑な宮廷料理だ。けれども、霊性の味付けの方向は、塩と砂糖のコントラストのように、地上と天の二極でできていて、地上から天を仰ぎ、宴席に集う人たちをまとめて永遠だの救いだのに向かわせる。

ラモーの音楽は、一見シンプルだが、実は無数の香辛料を組み合わせた美食の歓び、つまり、生きる喜びの「回復」を一人ひとりに提供できる。霊性、精神性だけではなく実存的なのだ。

創造主の高みに向かう祈りのような音楽ではなく、創造主が「今度は何をどうやって創って香辛料を組み合わせて命を吹き込もうかなあ」、とわくわくとしているかのようだ。で、命を吹き込まれるので、踊りたくなる。命とは聖霊の踊りなのだ。

壮麗な建築でなく、多様性の連鎖が一見シンプルに次々と生まれていく。まさに「神業」だ。バッハのような「祈り」を誘発しない。この「一見シンプル」「一見軽やかで無垢」というのがフランス音楽における「エレガンス」の意味だ。(実は、数学的テクニックを駆使しているうえ、複合的なので、曲の分析も演奏もとても難易度が高い)

私はヴィオラでバッハを弾くのは好きだ。オーケストラやアンサンブルで弾いていると恍惚となる。

でもラモーのエレガンスで体の動きを誘発するのは擦弦楽器や管楽器では難しい。バロックの身体感覚で踊るのには、撥弦楽器が向いている。(テオルブやギターやチェンバロ)

しかもラモーの魅力を最大にするには、その構成を研究し尽くして複数の撥弦楽器で分けて弾くのが一番いい。

たとえば、すばらしいチェンバロ曲も、10本の指で弾き分けるのは不可能に近いからだ。

けれども、フランス革命前の、それこそ革命的な、見た目のシンプルさと隠し味のヴァリエーションというフランス・バロックの成果の一部をなす「新しいフランス料理」は、革命後の帝政やら王政復古やらブルジョワジーの台頭で、再び「見た目」の宮廷化へと向かっていった。ブルジョワジーが王侯貴族の複雑なマナーや豪華な食卓をコピーし始めたからだ。

で、日本でも今でも「国賓」を迎える時の標準となっているという「フレンチ」は、そのアンシャン・レジームの食卓イメージをコピーしている。マナーも含めた「おフランス」が「本格フレンチ」の敷居を高くする。

日本で本来の「懐石料理」が「会席料理」と融合してしまったのと似ている。

でも、バロック後期に始まった「フレンチ」エレガンスの料理は、日本の茶の湯や懐石料理などのシンプル・エレガンスと本来は相性がいいので、「フレンチ懐石」などというジャンルも現れるし、フランスでも和テイストを活用するヌーヴェル・キュイジーヌが続いている。

それなのに、先日行った広尾のフレンチ懐石の店のバック・ミュージックはジャズだった。

フレンチレストランでは絶対にラモー以降のフランス・バロックの曲をかけてほしい。

命の回復の歓び、食の歓びにふさわしい。

(個人的にはバッハのカンタータを聴きながら食事したくない)

(バッハはフランス音楽、ラモーの理論に精通していた。バロック・バレーの愛好家で実践者でもあった。超越へ向かう祈りの音楽は、体を動かすダンス音楽と両輪をなしているのだ。もともと音楽そのものが、実存を超えた境界領域にあるのだから、心と体の栄養、新陳代謝にふさわしい。)

また後でプログラムを含めた案内を載せるつもりですが、6/15のパリのコンサートのお知らせを載せておきます。来春の沖縄支援コンサートの資金作りの一環です。

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by mariastella | 2019-05-29 00:05 | 音楽

ヨーロッパ議会選挙

5/26EU議員選挙だった。

5年に1度の選挙で、「個人」を選ぶのでなく、各政党の得票のパーセンテージに応じて議員数が決まる。フランスの割り当ては79議席で、大体パーセンテージと連動する。今回ならマリーヌ・ル・ペンの極右RNがパーセンテージでは最多で次のマクロンの前進党LEMと中道左派の連合与党MODEMが2位だけれど、どちらも23議席、次の緑の党が躍進して13議席、サルコジやシラクのいた保守の共和党LRが8議席と振るわず、父親の代からの知名度の高いラファエル・グリュックスマンを擁した社会党がエコロジーを前面に打ち出してなんとか6議席ほどで、極左と拮抗し、昔ながらの共産党は一議席もとれなかった。(この記事を書いている時点ではまだ最終的な数字が出ていないので注意。)

フランスのヨーロッパ議会レベルで極右(というより今はネオ・スヴリニスト、つまり新主権主義というそうだが)が最多票を獲得したのは二度目となる。

今のヨーロッパはポーランド、イタリア、オーストリア、ハンガリーなど、反移民、反EUで各国の国境や主権を取り戻そうという右派勢力が強い。トランプ大統領の元首席戦略官であるアメリカの経済ナショナリスト、スティーヴン・バノンまで応援に駆け付ける始末だった(バノンがアイルランド系カトリックであることも興味深い、フランスの極右ル・ペンや、先に上げた四ヶ国の保守派はカトリックつながりがある。)まだBREXITを果たしていないイギリスではBREXIT強硬派が強かった。

せっかくのEUなのに、EU支配反発派が票を伸ばしていくのは一見矛盾している。

EU内でEUの主権を縮小していこうということだろうけれど。

でも黄色いベスト運動で激しく糾弾されたマクロン党がいちおうの支持を受けたのはリベラリズムの強さを示している。黄色いベストも候補を出していたけれどストラクチャーがないのでサプライズは起きえなかった。(サプライズは事前調査でぱっとしなかった緑の党だ。)

(私の住んでいる町ではトップがマクロン党、次がル・ペン、次が緑の党だった。いずれも僅差。)

(カトリック率が一番多いと思われるパリ七区ではマクロン党46,53% 、カトリックのベラミを候補代表にたてた保守が21,74%、 緑の党が 10,57% 、ル・ペン党(政治家パフォーマンスの才能が突出している23歳の若者が候補代表)が7,46%だった)


EUの今の人気のなさと弱さについて、先日、あるポルトガル人作家ジャーナリスト(ホセ・ロドリゲス・ドス・サントス)が面白いことを言っていた。


我々は「ヨーロッパ」を創ったが「ヨーロッパ人」を創らなかったからだ、


と表現したのだ。


どういうことかというと、たとえば、サッカーのワールド・カップで「ドイツ対ブラジル」の対戦であったら、ポルトガル人は100%ブラジルを応援する、というのだ。このことは、ポルトガル人移民の多いフランスにいてもよく分かる。なるほど、ドイツは同じEUのヨーロッパ仲間ではあるが、ポルトガル人にはドイツ「人」と同じヨーロッパ「人」だという意識などない。

ポルトガルは世界最初の植民地帝国主義の国だ。最後でもある(モザンビークやアンゴラの独立は1975年)。で、ポルトガル語はフランス語やドイツ語を合わせたよりも多く使われているのだそうだ(チェックすると、モザンビークではマジョリティではない。やはり世界第五位の人口のブラジルの存在だろう)。

「過去の大国」という誇りがあるというより、過去に大国だったことを今のポルトガル人自体が「驚いている」のだそうだ。確かにフランスなどではポルトガル移民や出稼ぎ者が建物の管理人や家政婦、運転手などのセクターを支配?していて、イメージとしては「二級ヨーロッパ人」という立ち位置を彼らは認めている感じではある。(もちろんフランスは教育社会主義的な国だから、ポルトガル系のエリートも少なくない。)後発の貿易大国となったオランダ人などとは外見もかなり違う。北アフリカや中東に似た「地中海系」という感じもある。

けれども、オランダと違ってカトリックを新大陸に広めた、というのが誇りで、ポルトガルなしには今の世界宗教としてのカトリックはなかった、というのだ。多分そうなんだろう。


それにしても、EUの中でそれぞれの「主権国」が権利を主張しすぎると、その裏では、その「主権国」内のでの全体主義が進むリスクがある。本当の統合と普遍主義につながる多様性獲得のためにはやはり「共同体」の境界を超える多様性が必要なのだ。

今の日本では主として優秀なスポーツ選手を通していわゆる「ハーフ」の若者にスポットが当たっている。見た目すら区別のつかない在日東アジア人と日本人女性の子供に国籍を与えなかった旧国籍法(1980年代にさすがに違憲とされた)の頃と比べれば隔世の感はある。

沖縄には玉城デニー知事もいる。日本の中で分断を作っていろいろな負担の押し付け合いをしている場合ではない。


by mariastella | 2019-05-28 00:05 | フランス

日本とフランス -- 血を流す覚悟とは何か?

これを書いているのは5/15

日本から帰ってフランスのニュースを見ると、つい、いろいろと比較してしまう。


どんなに不況が語られたり少子化や高齢化が問題になったりしても、少なくとも日本で私が足を踏み入れる場所にはお気楽で安全な雰囲気が満ちていた。

フランスに戻ると、ちょうどラマダンの時期が始まったばかりということもあって、テロのリスクのことも考えたりして落ち着かない。


それでも、これは絶対にフランスならでは、というニュースがあった。

日本ではまず考えられない。

それは、5/1に、アフリカのベナン北の国立公園でサファリパークの観光をしていた2人のフランス人男性(46歳と51歳)がテロリストに誘拐されたというニュースのその後の展開だ。1人はパリ近郊の音楽院のピアノ教師で、もう1人はジュエリー・デザイナーだという。復活祭のバカンス中だった。

彼らと共にいたベナン人のガイドはその場で殺された。身代金をとる見込みがないからだ。

で、ブキナファソに移された彼らを奪還するためにフランス軍の特殊部隊が派遣され、5/10、彼らは無事に救助されたのだけれど、その時に特殊部隊のエリート軍人の2人が殉職した。

ベナンの北は、外務省から旅行をしないように勧告されている「危険地域」だった。

最初にこのニュースを聞いた時は、まるで、2人の無謀な旅行者の命と、2人のエリート軍人の命が入れ替えられたような印象で、真っ先に思ったのは、これが日本だったら、旅行者の2人はいたたまれないというか、激しく非難されるのではないか、ということだ。旅行者の家族も喜ぶより先に肩身が狭いのではないかと思った。

ヒーローとして称賛されたエリート軍人たちは、20代と30代の若くていかにも頼りになりそうな好青年で、ほんとうに、大きな損失だと思わざるを得ない。

実際は、その救出作戦で助けられたのは韓国人女性とアメリカ人女性も入れた4人だったので、「数」的には、22ではなかったのだけれど、フランスでの報道は、一貫して「2人のフランス人を救った2人の英雄」という括り方だった。

フランスに戻った2人は、感謝の言葉と共に、さすがに、「不幸なことに危険地帯となっているあのすばらしい国に行くべきではなかった」とコメントはしたが、いわゆる「謝罪」はない。

外務大臣も「外務省が危険ゾーンとしているところには行くな」とは言ったけれど、この2人を直接に非難したわけではない。

で、外務大臣のコメントはこういうものだった。

「今回の事件では何よりもまず、国の義務というものがある。それはフランス人の安全を守ることで、それがたとえ外国で極限条件にある場所にいる場合でも、危機にあるフランス人を守り救うことである。それが今回なされたことだ」

すごい。つまり、若いエリート軍人とお気楽ツーリストの命の価値を比べたりするのではなく、どんな場合でも、フランスという国は、たとえ最高のエリートを犠牲にしても「危機にあるフランス人を救う」のだ、という国家の価値観の表明である。フランスという国はそういう国なのだ、とテロリストに向け、世界に向けて発信しているわけだ。

このような形でヒーローを称賛することは、政治的にも外交的にも、「正しい」選択なわけだから、「無謀なツーリストのせいで最も優秀な軍人が犠牲になった」などとは絶対に口には出せない。

(フランスに「死刑」がないのも、「国がフランス人を殺すことはない」という意味で一貫している。)

で、その後すぐに、日本のニュースで、ある国会議員が(北方領土を取り戻すには)「戦争しないとどうしようもなくないですか」という風な暴言をリークされてスキャンダルになったニュースを見た。

そのニュースに対するコメントの中で、この国会議員の暴言は、実は今の与党政治家の多くの本音ではないかというのを読んだ。リテラのものだ。

こういう言説が引かれていた。

(下線は筆者)

>>>歴史修正によって過去の侵略戦争を美化し、国民が国を守るために命をかけることを迫り、日本人が血を流す未来の戦争を煽る──。こうした姿勢の議員は政権与党である自民党にこそ、やまほどいる。

そして、この頂点にいるのがほかでもない、総理大臣である安倍晋三だ。たとえば、安倍は2012年の総理に返り咲く数カ月前、こんな物騒なことを堂々と口にしていた。

わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。そのためには尖閣諸島に日本人の誰かが住まなければならない。誰が住むか。海上保安庁にしろ自衛隊にしろ誰かが住む」
「まず日本人が命をかけなければ、若い米軍の兵士の命もかけてくれません」(「ジャパニズム」青林堂、20125月号での田久保忠衛・日本会議会長との対談)<<<

次に、稲田朋美・元防衛相の言葉。

>>>「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(2010年に開催された集会での発言)<<<

櫻井よしこさんの言葉。

>>>「明治維新のとき、日本人は、今のような生ぬるい議論をしていたのではなかったはずです。多くの人が殺されて、切り合って、議論をして、血を流して、自分の命を犠牲にして、日本国が列強諸国に飲み込まれないために戦ったのです。そして、日本国を守り通した。その発想が、今こそ必要なのです」<<<(櫻井さんが理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」20181月の例会での発言)

これを読んでショックを受けた。

フランスでは、国の義務はフランス人を守り救うことでそのためなら血を流すことも辞さない、と政治家が言い、

日本では、国や領土を守るために日本人は血を流す覚悟や決意が必要だ、と政治家らが言う。

これって、見事に逆の発想だ。


日本も昔は互助社会だったのに新自由主義経済のせいで自己責任とか自助努力とかいう弱肉強食の考え方が蔓延してしまった、などというレベルではない。


日本では、国と、主権者である国民との関係が、ひょっとして、封建時代の儒教道徳や明治以来の忠君愛国主義から全然変わっていないのではないだろうか。だから、こんなことを堂々と言えてしまうのかもしれない。

もちろん日本には「無抵抗降伏論」を唱えた森嶋通夫さんのような人だっている。



(そういえば、前から愛読していたこのブログがずっと停止していたのだけれど新ブログとして再開されていた。4/11215/1秋葉忠利さんが昭和から平成に変わった時に書いた記事の再録は興味深かった。)


二〇世紀の話だけれど、若者に「国のために命を捨てる覚悟があるか」という若者へのアンケートで、確か最下位に日本とフランスが並んでいたことを覚えている。私のイメージと合致していた。今でもフランスは多分最下位だろうなあと思う。日本は? ある時期からほんとうに若者が国のために血を流すタイプの「愛国者」になったのだろうか・・・。


by mariastella | 2019-05-27 18:09 | フランス

ノートルダムの火災とデイディエ・リクネール

ノートルダム大聖堂の火災以来、脚光を浴びているのが文化財保護運動のジャーナリストで美術史家のデイディエ・リクネール(Didier Rykner)だ。彼はもうずっと前から、フランスの美術品を外国に貸与することに反対したり、文化財の補修や保存のために声を上げたりしてていた。マクロンが経済相であった頃からすでに文化財への年間予算は500億円から400億円へと削減されていたそうだ。ノートルダムなどセーヌに面するアクアセンターにしてはなどのジョークさえあったという。

パリ市庁舎なら各階ごとに専門の消防員がいるのに、ノートルダムでは日中に一人だけ、それも火災当日には、代わったばかりの新任者だったそうだ。

午後615分には最初の煙を目撃した人がいて写真を撮っている。

でも、消防車が呼ばれたのは650分になってからで、パリには十分の高さに届く梯子がないのでヴェルサイユに借りることとなり、さらに30分もロスがあった。(パリ32m、ヴェルサイユ45m

放火説、陰謀論もすぐに出回ったそうだが、それについてはリクネールは全否定している。

火事場にいた人影を撮影したというものも出たが、それは彫像であったり消防員であったりと判明している。

そもそも公共建築の火災の90%は工事中の場所から発生したものだそうだ。

温度が上がると警報が鳴るシステムがなければ発見が遅くなる。

工事人(下請け会社の場合がほとんどだ)のタバコの吸い殻、電気系統のショートのケースが多い。

今回、ノートルダムで補修中だった工事は国の担当だけれど、そこにカトリック教会側が電線を引いていたそうで、それが問題だったかもしれない、そのことについて許可が下りていたのかも現在調査中だという。

彼は、フランス中の他のカテドラルや教会や城なども、深刻な危機に瀕しているとあらためて警告を発している。

明言はされていないけれど明らかにパリ・オリンピックを視野に入れた5年での修復などあり得ない。

たった15日間のオリンピックの経済効果のために、850年の歴史を持つ建造物をあわてて修復するために、今は厳しくなっている環境基準などのすべてのプランや審査などを簡略化、特別扱いとすることなど、あってはならない、という。

尖塔の新デザインについては、ノートルダムが共和国の重要文化財に指定された150年前にはすでに今回倒れた尖塔が存在していてそれも込みで指定されたのだから、原料は耐火性のものに変えるとしても原形を修復すべきであり、設計図も残っているから可能なのだそうだ。

この辺は、美術史家の見方であり、昨日の記事で紹介したシネティ師の「バベルの塔」論とは異なる視点だ。

まだ修復費用の予算は計算されていないけれど、寄付金は充分にあるので、これからは他の文化財の修復、保全、耐火に人々の善意を向けなくてはならない、という。

確かに、ノートルダムの記念金貨をはじめとして、「売りあげの一部を修復費用として寄付」という名目の多くの商品が今いたるところに出回っている。

美術史家、文化財保護活動家、宗教者、いろいろな視点から見ていくと、政治と経済の論理で成立する大口寄付と突貫工事の宣伝など、ほんとうに、空しくなる。


by mariastella | 2019-05-26 00:05 | フランス

ノートルダムの火災でフランス・カトリックの真価が分かる

4/15に起こったフランスのノートルダム大聖堂の火災は、日本でもずいぶん話題になった。


日本人観光客でここを訪れない人などいないからだろう。


歴史的建造物の火災ということで、同じく先の大戦の被害を免れた京都や奈良の有名寺院の火災対策についても語られていた。

大手ブランドが次々と復興支援金を寄付して、マクロン大統領がパリ・オリンピックを見据えてか、5年以内の再建案を通したのもニュースになった。


1905年の政教分離策以来、大聖堂の所有権は国で、カトリック教会は使用料を払わない店子という位置づけだが、今回の寄付金は、文化省の指定する四つの財団に振り分けられて、その中のノートルダム財団というものだけがカトリックと直接の関係がある。

日本的な感覚からいうと、ノートルダム大聖堂が焼けてカトリック教会は大ショック、と思うかもしれないけれど、直後に、今のフランス司教会議代表であるランスの大司教が出したコメントに、

「この世では永遠に存続するものは何もない」

とタイトルがつけられていたのには感心した。

この世の栄華は儚いとして諸行無常の理を説く仏教と変わらない。

内外の多くの人が、宗教施設、信仰の場としての大聖堂よりも歴史建造物、文化遺産としての大聖堂(観光資源でもある)の危機を嘆きショックを表明していた時に、すぐにこのコメントが出るなんてかっこいい。


聖週間の始まりとしてはつらい出来事だったけれど、キリストの生きる体こそが生きる石でもあるので、形としての石ではない。いや、聖なる教会が火の被害を受けたことよりも重大な被害があらゆる神の座で起こっている、それは、私たちの心のことだ、という。

「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。

神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。( コリントの信徒への手紙一 3,16-17)」

というパウロの言葉をうけたものだ。

つまり、成果主義だの、自己責任だの、弱肉強食だの、生産性だのによって、私たちは、本来私たちのうちにあり守らねばならない貴いものをないがしろにしたり傷つけたりしている。そもそもイエスがこの世にやってきたのは、頑なになった人々の心や体を生まれ変わらせてあらたにするためだった。

ノートルダムの火災とそれを前にした時の人々の自発的な連帯は、そのことを思い出させてくれる。


というのだ。

うーん、危機を前にすれば真価が分かる。

この火災がちょうど復活祭前の聖週間の月曜日だったことから、このことを灰の月曜日(復活祭は「灰の水曜日」から始まる)、聖金曜日(イエスの受難の日)の先取り、内的な十字架の道(復活祭前の期間にイエスの受難を追体験する)、などと形容する人々も多かった。すべては、火災を聖なるお祭りをだいなしにする障害物としてではなく、その意味をあらためて考えさせてくれるものととらえられているわけだ。

で、次の週にパリ総代理司教のブノワ・ド・シネティがこう発言していた。

彼については前にも書いたことがある。



で、シネティ師によると、今回の火災の後で集まった寄付金の膨大さは、

カトリック教会にとって、大聖堂の火災自体を上回る試練だ、

というのだ。


彼の意見を要約しよう。

焼け落ちた尖塔は、19世紀にヴィオレ=ド=デュックが18世紀の塔よりも高いものを建造したものだが、その中の聖トマス像のモデルに自分の肖像を使うなど、純粋な信仰心というよりかなり自己承認欲求が強かったように思える。「それらの彫像群は、火災の4日前に取り外されていて助かったそうだ。内部でも壊れたのは第二ヴァティカン公会議記念の祭壇だけだった。)

今回の「修復」や「再建」にあたって、焼け落ちた者よりもより立派なものを、などというのでは、それは「バベルの塔」と同じだ。

今回は、過去にはカテドラルのそばには必ず設けられていた貧者のための施設 « hôtel-Dieu»のようなものを再建すべきなのではないか。今カトリック教会は難民ばかり優遇するなどという批判を内部から受けているけれど、すべての苦しむ人に寄り添うこと、彼らがすべて神から愛されていることを知らせることが私たちの使命だ。石の大聖堂が火災に遭ったことを、聖霊の炎による一つの徴しととらえて、使命を遂行しなくてはならない。貧しい人たちのことを考えに入れないノートルダム修復はあり得ない。

このような、ある意味での、宗教者としての「正論」がすんなり出てくるのはすばらしい。


天皇の代替わりで奉祝奉祝とさわいでいた日本の「宗教?」事情を見てしまった目には、少し、うらやましくもある。
by mariastella | 2019-05-25 00:05 | 宗教

帰りの機内で観た映画 その2 ミスター・ガラス、メリー・ポピンズ・リターンズ

『ミスター・ガラスGlass』/M・ナイト・シャマラン

もう年配になったブルース・ウィルスが出ているのに興味を持った。

実際は、アンブレイカブル、スプリットに続く M・ナイト・シャマラン(シックス・センスの監督)の3部作のラストの作品ということで、前二作を見ていない私には分からないことが多すぎだ。多重人格の名演というのもなんだか疲れる。

でも、アメリカン・ヒーローコミックと超能力の関係という面白いテーマで、子供時代のトラウマやそれにともなう多重人格などが出てくるのだ。

アンブレイカブルが2000年ということで、ブルース・ウィルスがしっかり年を取っているのに超能力を発揮する。

私は宗教神秘主義研究の中のさまざまな超常現象の記録を読んでいるので、こういう切り口はある意味で新鮮で、合理的な説明がすぐにできない超能力を前にした時の人々の反応が時代によってどう変遷するのかというテーマを与えられた気がした。

『メリー・ポピンズ リターンズ』


ジュリー・アンドリュースの前作は、リアルタイムで見た。確か「正月映画」であり、正月三日に必ず大スクリーン(シネラマとかシネマスコープとか当時言っていた?)の娯楽映画を毎年家族で観に行っていたのだ。

でもメリーポピンズもサウンド・オブ・ミュージックもフランスでは意外と知られていなかったので、「スーパーカリフラ…」だとか「ドレミの歌」などを生徒たちに教える時も最初はあまり興味を持ってもらえなかった。

DVDが出回ってからいろいろ知られるようになった気がする。

ディズニー映画だけれど、ロンドンが舞台であることでしっかりとイギリスの俳優をそろえているのが今はよくわかる。

ジュリー・アンドリュースもそうだし、今回のエミリー・ブラントもそうだ。バンクス姉弟などもイギリス人。

だからこそ、アメリカ人俳優が異色なアクセントになっている。

メリル・ストリープの演じるメリー・ポピンズのいとこも不条理な感じが満載だし、ガス灯の点灯夫のジャックがアメリカ人なのも、前作の煙突掃除人バートがアメリカ人のディック・ヴァン・ダイク(前回は銀行の頭取との二役だったが今回も同じ銀行の前頭取役で出てくるのも驚きだ。撮影時に91歳だという。)だったことと呼応している。


前作が1910年と第一次世界大戦前の設定、今回が第二次世界大戦前の大恐慌の時代という設定も、二つの大戦間のヨーロッパの歴史に首を突っ込んでいる今では一番興味深く思われた。


ストーリー自体は、「孫を連れて行ったおばあちゃんも、孫といっしょに満足して楽しめる」と評されるようにサプライズはないけれど、「前作を子供の時に見たおばあちゃんが孫といっしょに本気で楽しめる」こと自体がすごいなあと思わずにはいられない。


by mariastella | 2019-05-24 00:05 | 映画

帰りの機内で観た映画 その1 運び屋、七つの会議、一二人の死にたい子供たち

『運び屋』


90歳の麻薬の運び屋を演じるクリント・イーストウッド。

主演した『グラントリノ』から10年目。

老父に一番冷たい娘役がイーストウッドの実の娘という。

麻薬カルテルがメキシコ系でスペイン語を話している。

どう見てもラテン系でないイーストウッドだが、ユリの栽培でメキシコ人のスタッフを使っているのでスペイン語も分かり、ベトナム戦争の退役軍人という設定も歴史を感じさせる。老人の経済的な行き詰まりが、インターネットの普及による事業の悪化であるというのもリアルだ。

でも、「時代についていけない」部分とは別に、人種差別や性差別などについて意外にまっとうな感性を持っていて、「人とのコンタクトを楽しむ陽気でマイペースな男」というベースは変わっていない。

でも、彼の正義感の発揮とオプティミズムはやはり白人であることにルーツを持つので、ポリスに車を止められて職務質問されるたびに死の恐怖を味わう「非白人」の本当の事情を分かち合うことはできない。

アメリカってやはり想像を絶する部分がある。

『七つの会議』


池井戸潤原作など私のタイプではないけれど、野村萬斎、香川照之、北大路欣也、片岡愛之助など、役者の魅力のために見る気になった。

リコール隠し、隠蔽する組織体質、責任のなすり付け合い、過度なノルマなど、業界的には大いにあり得る話だそうで、日本の企業って本当にこんなものなのだろうか。

私にとっては「おじさん向けコミック」のような設定なのだけれど、人気作家の小説で、それなりのリアリティはあるのだろう。

もちろん前回観た『空飛ぶタイヤ』のリコール隠しのことも思い出した。



野村萬斎がなんといっても、個性的で、狂言の舞台も観たことがあるにもかかわらず、最初は『陰陽師』の安倍晴明の姿が重なったけれど、だらっとした背広姿で実は全編を担っていく強靭さが半端ではない。

最後に結局リコール隠しを摘発するのは、『ミスター・ガラス』(後述)の結末と似ていないでもない。

『一二人の死にたい子どもたち』


廃病院に集まって集団安楽死をしようとする未成年たち。

典型的に、今のSNS時代ならではの話だ。

この中の、気が強そうな優等生タイプのメイコ/黒島結菜(くろしまゆいな)がどういうわけか国際政治学者の三浦瑠麗女史と重なって見えた。途中でやめてもいいと思って見始めたのだけれど、それなりの謎解きや人物造形がよくできていて、結局最後まで見てしまった。ここまで「大人」不在という映画が伝えようとするメッセージを考えさせられる。


by mariastella | 2019-05-23 00:05 | 映画

團菊祭

5/6、歌舞伎座に團菊祭五月大歌舞伎を観に行く。

これもフランス人連れでない2年ぶりの日本だからこそで、ちょうど2年ぶりだ。

その前に、神社巡りついでにうちの近くの穏伝神社に行く。ここは元落ち武者にかかわる「隠田」だったのだそうだ。

この狛犬の下から顔を出す仔犬?がすごくかわいい。

c0175451_05043839.jpeg


寿曽我対面

歌舞伎十八番の内 勧進帳

神明恵和合取組 め組の喧嘩

のみっつで、最初の2つはもう何度も観ているけれど、今の役者の親の世代や祖父の世代で観てきたのだから、感無量だ。

天皇と違って、「代替わり」は、新しい名をつけるのではなく名を継承していくのだから、同じ曲を異なるオーケストラや指揮者で聴くのと同じように、同じだからこそ別々のクリエーションがある感じもする。

歌舞伎座のプログラムの表紙絵はいつもすばらしいけれど、今回のは特に爽やかだ。

c0175451_05061357.jpeg


「寿曽我対面」は、白塗り、赤塗り、花魁など色々な衣装や塗りの型が一堂に会するのが楽しい。

「歌舞伎十八番の内 勧進帳の海老蔵の弁慶が楽しみだったけれど、この人はやっぱり「天才」なのだなあと思う。

天与の才に自覚と責任感が加わって迫力だけでなく強度が増した。

松緑、幸四郎、猿之助、先代海老蔵、ファンだった富十郎などいろいろ観てきたし、能の安宅も観たけれど、今回の海老蔵はやはり格別だった。能楽風に始まって、突然三味線が入ってくるところからぞくぞくする。

つい2日前に速玉神社で見た弁慶像も重なり、芝居の中で弁慶が、山伏問答をし、信じないなら熊野権現の罰が下るぞ、のような脅し方をするのにも親近感を感じてしまった。

久しぶりの右近、いや今は右團次も観ることができた。

「神明恵和合取組 め組の喧嘩」は、初めて観る演目。命がけの喧嘩をする男たち、総勢780人という数にも驚かされる。2014年に有村架純のジャンヌ・ダルクを観た時にも総勢130人という戦闘シーンに驚いたのを思い出す。

その時には歌舞伎の御存鈴ヶ森を連想しているのがおもしろい。


「め組の喧嘩」は、ヴィジュアル的には、肉襦袢の力士たちと鳶の半纏姿のコントラストが強烈で華やかだ。

白肉襦袢の力士の「四つ車大八」を演る左團次は身長が180cmだそうで、いかにも力士という貫禄だ。

ハシゴの使い方も楽しい。手を使わずにハシゴを駆け上るのが印象的だ。戦場?に出発する前の水杯で足袋に水を噴きかけて濡らすのも勇壮だ。

怒りの原因は「差別」であり、「力士は帯刀を許されているから町を守る鳶職より偉い」がということへの反発がある。

勧進帳もそうだけれど、「時の権威」に従うことが「忠」とされる徳よりも深いところで、正義や弱者への寄り添いやらを優先する「徳」が実は共有されていたのだなあとあらためて思う。

それにしても、鳶職たちが覚悟を決めて決起するシーンはなかなか感動的で、赤穂浪士48人と同じくらいの数で、日本人はこうやって、自尊を傷つけられて「落とし前をつけに行く」という話が好きなんだなあと思ってしまう。

宝塚のオーシャン11で男役たちがカッコよく踊って歌っているのを見ると、この世に男はいらないなあ、と思ったけれど、舞台いっぱいの鳶職人の決起を見ていると、この世に女はいらないかも、と思ってしまう。戦争もこういう風に始まってしまうのかもしれない。(この芝居では幼子のいる女房でさえ、夫を焚きつけている。)

命の火を輝かすのはやはりテストステロンなのかなあ。その力が建設的な方に向かうのか破壊に向かうのかは、その力の原初にあった創造の力とコネクトできるかどうかにかかっている。


by mariastella | 2019-05-22 00:05 | 演劇



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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