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L'art de croire             竹下節子ブログ

『神秘の目--スペイン黄金の世紀における恍惚の絵画表現』(L'Œil Mystique -- Peindre l'extase dans Espagne du Siècle d'Or)

スペインバロック美術の展覧会に行った。

その記事は後日別ブログのリンクを貼るが、まず、ブティックで買ったすばらしい本を紹介。

L'Œil Mystique -- Peindre l'extase dans Espagne du Siècle d'Or

2011年の本だが読んだことがなかった。



このリンクにある紹介文をgoogle翻訳で貼っておく。自分で訳している時間がもったいないので。イメージは伝わると思う。


>>>多くの神秘主義者は、超越的なものとの出会いは、その本質において、言葉では言い表せない、描写不可能な、表現不可能なものであることに同意する。しかしながら、だからといって、西洋文化がそれについて語る無数の文学作品や美術作品を持つことを妨げるものではない。これらは、本来見たり表現したりできないものを表しているため、逆説的なテキストであり、問​​題のあるイメージである。本書はまさに、「表現不可能なものを表現する」というこの大きな課題に取り組むものである。16世紀から17世紀にかけてのスペイン絵画が多くの事例を提供するが、本書の研究範囲はより広い。実際、本書は、限られた地理的空間内において、非常に広範な背景を背景に、絵画表現の極端な事例を考察するものである。この背景は、一方では同時代の西洋美術によって、他方では、信仰の実践における想像力の役割を再発見した対抗宗教改革の精神性によって形成されている。 こうした文脈で考えると、スペインの例は様々な点で示唆に富む。西洋の想像力の根本的な特徴は、紛れもなくそこで極限まで押し広げられている。まず「フランドル派」の芸術、そして後にイタリアのマニエリスムとバロックによって特徴づけられたスペイン絵画は、他所で考案された解決策を比較的遅れて取り入れた上で、独自の言語を意図的に確立した。簡単に言えば、スペイン絵画は発明によってではなく、その精緻化によって独創性を獲得していると言えるだろう。精緻化の芸術であるスペイン美術は、あらゆる革新がほぼ必然的に解釈の枠組みに服する芸術でもある。情熱的であると同時に知性的でもあるスペイン絵画は、表現の理論的側面を探求する上で、極めて豊かな研究分野を提供している。<<<


宗教改革以降のカトリックのバロック美術は、神に向かってではなく、信者に向かって、聖書の内容や教義を解き明かそうとしたのは分るとして、「神秘体験」の視覚化、絵画化が花開いたというのは、あらためて思うと、不思議なことだ。
絵画化したことで広まった民衆信仰と、逆に迷信として嘲笑され斥けられる無神論的流れの二つに分かれたという結果もおもしろい。

うーん、血が騒ぐほど面白い。

# by mariastella | 2026-07-07 00:05 |

エムバペとジダン

フランスとパラグアイ戦で、エムバペがペナルティキックを決めた場面を偶然見た。そしてラストの数分間も。

印象的だったのは、エムバペが集中している表情が大写しになっている臨場感と、まだ試合終了のホイッスルがなっていないのにエムバペがほほ笑んでいる顔の大写しが何度か出たこと。

ペナルティキックのゾーンにカメラが向けられているのは分るけれど、試合中の1人の選手の顔の大写しが簡単にできるのだろうか。ドローン? 無数のカメラ設置とそれを瞬時に選択するAI?

聞くところによると、パラグアイはエムバペなどを集中的に妨害したのに、イエロー・カードも渡されず、そもそも、ラテンアメリカチームのそういうタイプの試合はよく知られているとか。強豪ドイツが敗れたばかりだったので、デュシャンは選手たちに挑発に乗らないよう言い聞かせていたそうだ。ひどい判定にコーチたちも苛立ったが、デュシャンはもともと落ち着いたタイプで、ベンチが冷静であることが選手たちの落ち着きに大切だとじっくり構えていたという。

パラグアイの身もふたもない妨害ぶりにエムバペは笑うしかない、という場面もあったそうだが、27歳の天才キャプテンの落ち着きと成熟ぶりには感心する。

思えば、2006年だったか、ジダンがワールドカップの決勝のイタリア戦でイタリアの選手に挑発されて頭突きを食らわせて一発退場となったことがある。それを中継で観ていた。

差別的発言、母親への侮蔑発言に対して反応したという話だったけれど、ワールドカップの決勝という場面で、悪質な挑発に乗るということ自体がある意味で信じられなかった。

そんなものかとも思ったし、それほど家族愛や人間としての感情がファンの期待やら国の名誉よりも優先する環境で育ったのだなあと思われ、大きな非難は起こらなかった気がする。

それに比べて、エムバペの不敵とも言える笑顔は対照的だ。

2006年にはまだこのブログはかいていなかったので2010年や2014年を探してみた。

こういうのがあった。


2010年には日本とパラグアイ戦に触れられていた。


2016年からは「毎日ブログ」になったので、ワールドカップやオリンピックなどがある度に比較文化的考察やナショナリズムについていろいろ書いている。





さて、今回、この後、どういう展開になるのだろう。



# by mariastella | 2026-07-06 00:05 | 時事

2026 FIFA ワールドカップ

これを書いているのは7/4。

アメリカの独立250年記念日にフランスにしかない三色の煙を並行して描く飛行士が招かれるとか、独立戦争を優勢に導いた米、仏、英の戦いが再現されるとか、いろいろ話題になっている。

こういう時だけ、フランスがルイ16世の派遣した軍隊が独立派と共にイギリスと戦った、と喧伝される。そのルイ16世は10年もたたないうちにギロチン台で処刑されるのに。
ワシントンDCの前の広場が「ラファイエット広場」というのも毎回のように強調される。

うーん。
今のフランス人の「愛国心」って何だろう。

7/4のフランス時間23時からパラグアイ戦が放映されるからフランス人はテレビに釘付けだろう。

エムバペ(近頃日本ではムバッペというローマ字読み風表記もあるようだ)がもう27歳というのも感慨深いが、もう一人20代でドリブルやパスの天才と言われているミカエル・オリーズというのがいて、彼は多くのアフロ系のようにアフロヘアだから、見た目はブラックアフリカからの「移民の子孫」のようだけれど、ロンドン生まれ。父がセネガルで母はアルジェリアとフランスのハーフだそうだ。(フランスの中継でも英語読みしてマイケル・オリゼと呼ばれている。フランス人にとっては「イギリス人」だそうだ。フランス語もうまくないとか)

オバマ大統領が登場した時、何度も「黒人初」と言われ、もし彼が父の国ケニアで大統領になったら「白人初」などとは絶対言われないだろうと書いたことがある。結局ほんとうに表面的な肌の「色」でしかない。

フランスがスウェーデンなどと試合するのを見ると、北欧圏ではさすがに「黒人」率は少ないけれど、昔に比べるとずいぶん変わった。ベルギーとセネガル戦もちらりと目にしたのだけれど、ベルギーチームでも「黒人」選手が活躍している。対してセネガルなどブラック・アフリカのチームに「白人選手」がいるなどはあり得ない。

ヨーロッパの「黒人」選手のほとんどは、元植民地国からの「移民の子孫」だ。野球やバレーボールやバスケットボールのように「道具」や装置を必要とせず、才能があればボールひとつで練習して力を発揮できるサッカーは、サクセスストーリーを実現しやすい。
移民や移民の子孫、旧植民地系の人は簡単にヨーロッパの国籍を取得できる場合が多いし、二重国籍も普通だ。スポーツ選手はワールドカップで「国」を選べる。

ラグビーのワールドカップなどはもっと緩いので、外国人選手がいても普通だけれど、サッカー代表の推移には時代の変化を感じる。

日本チームではゴールキーパーがガーナ人とのハーフということで目立ったけれど、姓が多分母方の「鈴木」ということで、フランス語の実況を聞いていてもすぐ日本人だと分かる。その点、フランスチームにいるアフリカ系選手の姓は、馴染みのないものが多くて覚えられない。(覚える気もないけれど。でも、今年で最後らしいけれどディディエ・デュシャンなど、前世紀からなつかしい名前には親しみを感じてしまう。)

スポーツの試合で夢中になって応援するとか叫ぶとか歌うとかいうこととは全く縁のない私だけれど、ワールドカップの時期になると、人種問題などに絡む偽善やご都合主義などの推移を観察する機会が貴重と言えば貴重だ。
(エムバペだって、PK戦で外すと差別的発言を受けることがあるのだ。)

さて、今日のフランスの試合、23時からなので寝不足になるフランス人が多いだろう。明日からのバカンスで車を運転する人も多いだろうから少し心配かも。



# by mariastella | 2026-07-05 00:05 | 時事

死刑囚から歴史学博士に

6/30は死刑廃止の運動の日だとかで、今も死刑制度があるのはアメリカ、ロシア、ソ連、中国、台湾、サウジアラビア、日本、などと紹介されていた。日本で昨年死刑されたのは1人で、9人を殺した罪だったとArteの番組で紹介されていた。ゲストは、70歳の歴史学研究者で、フランス最後の死刑囚だったフィリップ・モーリスという人だ。
貧しいシングルマザーのもとに育ち、いわゆる不良、兄も刑務所に入っていたし、自分も早くから刑務所に入れられたが脱獄して本格的な犯罪者になり、警官を撃ち殺した。警官を殺すと死刑というのが当時の決まり事で、24歳の時にギロチン台行きが決定された。ところが、ミッテランが死刑廃止を公約に入れて大統領になり、バダンテールがモーリスを訪ねて来て、近く恩赦されると告げた。当時死刑が確定されていたのは彼だけだったからだ。
死刑を免れ終身刑となり、バダンテールが再び訪ねて来て、これからの「生き方」を考えなくてはいけない、と言った。「最後の死刑囚」が恩赦された意義を示さなければいけない。

それまで、彼にとって刑務所は不良が入って犯罪者になって出てくる場所だった。
で、いろいろあって、理解ある刑務所長との出会いもあり、通信教育を受け始め、10数年経ち、15世紀の歴史について1000 ページもの論文を書いて博士号を獲得した。2000年に減刑、釈放されて、娘も生まれ、国の研究機関で働き続けている。穏やかそうな人だ。信仰はないので、恩赦が「恵み」だとは思わないし、罪を贖った、「贖罪」とも思わない。共和国最後の死刑囚という立場は一生背負っていくと言う。

ただの「不良」が刑務所内で他の受刑者から「洗脳」されてテロリストになるという図式はフランスで今もよく知られている。
生まれ育った環境によって社会生活に不適応になった若者が、刑務所の環境によっては、悪化するどころか、本来持っていた能力を開花させることもできるわけだ。

今のフランスでは「刑務所の数が足りない」ことばかりが問題となっているが、環境の質を考えないとどんどん悪くなるのではないだろうか。

私は何度も書いたが、国家が国家の名で国民を殺したり殺させたりすることに反対だ。死刑執行にサインする人と実際に立ち会う死刑執行吏は別人だ。その意味では、死刑廃止だけでなく、戦争も放棄しなくてはならない。国家が国家の名で兵士をかかえ、そこには「敵を殺させる」ことも入っている。「正当防衛」という概念とは違う。自分の手を汚さずに、自分の支配下にある者に「他の人間を殺す」命令を下すシステムがあるということだ。

実際の「戦争」は、ドローンによる攻撃などで、「敵を殺させる」というイメージは薄れてきているけれど、「殺される」のはいつも生身の人間で、死刑囚どころかなんの罪もないなることだってあるのだ。

生きていれば、生きてさえいれば、そして生きている意味を問われれば、死刑囚が高名な歴史学博士になることだってあるのだ。フィリップ・モーリスは自分の「回心」を宗教に回収されたくないためか、自分には信仰がないということを強調する。それはそれで、大きな意味があると、彼の穏やかな話しぶりを見て思った。









# by mariastella | 2026-07-04 00:05 | 時事

「猛暑」第二派の「最終日?」

これを書いているのは10日以上続いている「猛暑」第二派の「最終日」と言われている6/28。

二晩続けて入眠剤を使って熱帯夜をやり過ごした。朝方窓を開けても涼しくない。
もちろんクーラーもなく扇風機のみ。

こんなに「猛暑」が続くのは気象記録始まって以来だ。
書斎の一つにはクーラーを入れているけれど、6月に稼働させたのは初めてで、しかもなかなか温度が下がらない。
それでも猫ズが入ってきてのびている。
年のせいなのかもしれないけれど、暑さによるダメージが日々溜まって、クーラーをつけた書斎にいても、仕事をする頭が働かない、というかその気が起きない。せめて読書と思うが、頭を使うテーマは読み続けられない。
で、この春に日本で買った軽い本を手あたり次第読むことになった。

最後は『家に帰ったらクマがいた』(PHP新書)で、日本で熊被害のことが話題になっていたので手に取ってみたのだ。写真が多く、ツキノワグマ研究第一人者の語りはとてもリアルで、しかも、ヒューマンで、さらに駄洒落を飛ばすほどのユーモラスな筆致。これだけの専門家がこれだけ観察し続けても、ミステリーは満載で、熊は怖いのか、かわいいのか、関係を築き得るのか、熊同士の関係やコミュニティ、熊のプーさん、テディベアなどのキャラとの関係など、まさに千差万別だ。クマの側の千差万別、年齢、雌雄、環境、天候、だけでなく、向かい合う人間の側の環境、経験などの千差万別がそれぞれ組み合わさって関係は無数で、「スタンダード」が構築できない。

体が大きく凶暴な人食いクマというイメージと、絶えずアブやハチに刺されていたリ互いに傷つけあったり、無傷なものが少ない、自然死の確認ができない、死体が喰われる、という事実など、はじめて知る情報ばかりだ。それでも残りの人生、この本が役立つ状況(クマと遭遇)に陥りませんように、と願うばかりだ。

何しろ暑さによる蓄積疲労で他のことができずこの本も一気に読んだのだが、ふと横を見ると猫ズが寄ってきた。
この本の世界に没頭していたので、ネコがクマにみえた。越冬、冬眠ならぬ酷暑しのぎのひたすら寝ていたはずが、音もなく傍にきていた。

ユゴーが猫を飼う楽しみは猛獣を愛撫する喜び、と言ったらしいが、その気になれば鋭い爪を出してとびかかる能力のある猫、犬と違ってヒエラルキーがなく「飼い主」の「主」のコンセプトもない猫、その「ミニ野生動物」が目と鼻の先にいる。
ちょっと観察する。暑そうだが美しい毛並み、鼻づらを触る。すぐに聞こえる喉を鳴らす音。

「種」の違いでいえば、「ヒトとクマ」の違いと同じくらい「ヒトとネコ」も違う。「見た目」でいえば、耳や鼻、全身の毛、クマもイヌもネコも哺乳綱食肉目、ヒトは「霊長目」だ。
はちみつを舐めるのが好きとはいえあのクマと同じ「食肉目」のネコにすり寄られることの不思議さ。

ヒトは「異種」とも共生できるし、愛の関係も結ぶことができる。
それなのに、同じヒト同士で、殺し合いが絶えない。「霊長目」どころか「食カネ」「食権力」の動物になってしまったのだろうか。

猛暑の終わり、いろいろなことを考える。


熊のことで前にこんな記事を書いた。
今の教皇はレオでまさにライオンキングならぬ「ジャングル大帝」だ。



# by mariastella | 2026-07-03 00:04 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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