L'art de croire             竹下節子ブログ

オリンピックとナショナリズム

日記 その4

2/12


日本のネットニュースを見ていたら、日本の女性選手が五輪のジャンプで銅メダルを取ったというのがあったのでなんとなく開いたら、

「9日には開会式に出席。日の丸を背負う戦友たちとパワーを交換した。」

と書いてあったので驚いた。

見ると、sanspoというところのリンクで、産経新聞発行のスポーツ新聞だからこんな感じなのかなあ、それとも、オリンピック・ナショナリズムに戦争のレトリックを使うのってよくあることなのかなあ、と思った。

日本で、例えば憲法九条を守ろうという護憲運動や選挙などで、もう「本土」では「闘争本部」という言葉を共産党以外は使わないのだという話を読んだことがある。

「闘争」というのは、もう前世紀、というか、昭和の「全学連」とか「全共闘」の用語で、内ゲバなどに使われて自滅した「古い左翼」のネガティヴな言葉で、そういうのはとっくに「脱構築」されて相対化されたのだという。

オリンピック委員会の会長のトーマス・バッハさんは北朝鮮のオリンピック委員会から招待されたそうで、受けるかどうか検討しているという。

東西統一を経験したドイツ人だから、南北朝鮮の統一に対して思い入れがあるかのかもしれない。


少なくとも、こういう人が北朝鮮に行っている間はアメリカが先制攻撃など仕掛けないだろうから、いろいろな要人が北朝鮮に行くといいのに、などと思ってしまう。


国別の「闘争」心は競技で解消して、オリンピックそのものがほんとうに平和外交の契機になるといいのだけれど。


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# by mariastella | 2018-02-20 00:05 | 雑感

羽生選手と野村萬斎

日記 その3


2/11

日本のネットニュースを見ていたら、やはりオリンピックで、フィギュア―の羽生選手が到着したというのが出てきて、それに関連してこういうのが出てきた。


野村萬斎との対談。


すごくためになる。

いやあ、競技というより、すべての舞台人が聞くべきだ。


野村萬斎の狂言はもうずいぶん前に国立能楽堂で見たことがある。


その時も活き活きしたパワーを感じたけれど、本物なんだなあ、と思う。


カリスマ性が突出した舞台人で古典芸能の名手なのに守備範囲が広くいつも新ジャンルにも挑戦していることで、なんとなく坂東玉三郎に重なるイメージがあったのだけれど、このインタビューの話し方を聞いて、全然別のカリスマ性を感じた。


若く見えるし童顔だから舞台の外では玉三郎のようにソフトな感じを想像していたので、その凝縮度、強度に驚いた。

しかも、萬斎のカリスマって、「幸せ」なカリスマだ。


それに比べると、玉三郎の方は、舞台の外でソフトに軽やかに話していても、ただならない深刻な何かがどこかに、静かに、ずんと宿っているとあらためて思う。




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# by mariastella | 2018-02-19 00:05 | 雑感

平昌五輪に参加していない国‥

日記 その2

2/10

20hのニュースを見たら、のっけから、シリアのイラン軍拠点を攻撃したイスラエル戦闘機がミサイルで追撃されて墜落したというニュースが流れた。

もとはイランの無人機がイスラエル上空を飛んでいたからだというのだが、ロシアも反応した。
イランとロシアがIS殲滅のためにシリアのアサド政権と組んだこと、ISメンバーはいろいろなところに逃げたり収容されたりしているが、アメリカに支援されてISと戦ったクルドはトルコからテロリスト認定されてシリア内の自治区を爆撃されているし、ISのような「わかりやすくて都合のいい敵」がいなくなると、各国の思惑が噴出している。

イスラエルとシリアは1967年以来、「戦争状態」にある。

南北朝鮮と同じだ。

このニュースでショックを受けたけれど、日本のネットニュースでの扱いはとても少ない。

やはり中東情勢は「対岸の火事」で、平昌オリンピックという「対岸の祭」の方が関心の的なのかもしれない。

そういえば、この冬季オリンピック、イランは参加しているが、シリアもイスラエルも不参加だ。気候的な理由もあるけれど、「平和の祭典」開催中は北朝鮮からのミサイルは飛んでこないといっても、シリアとイスラエルでは火の手が上がっているわけだ。

「聖火」では、ない。

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# by mariastella | 2018-02-18 00:05 | 雑感

下を通るは宝船

日記その1

日々のニュースを追うのはやめようといつも思う。前にも書いたけれど、死期の迫ったウンベルト・エーコは毎日のニュースを見ないことを決めた、と言っていた。

今はフランスでも24時間ニュース・チャンネルがあるし、ネットニュースもあるし、つい日本のネットニュースも見てしまうし、たいていは、どうにもならないことばかりなのに心が乱れる。でも、なんとなくネットサーフィンまでして、澱のように溜まっていくものもあるので、先日から、簡単に日記をつけることにした。

1週間ほど遅れでアップしていく。

2/9


日本の雑誌をネットで読むようになってから、「恐怖は魅力、怒りは娯楽」みたいな報道が多すぎるのに辟易とする。辟易とするだけなら読まなきゃいいのだけれど、「愕然」ともするので、その正体を確かめたい。世に言うポピュリズムとか反知性主義と関係があるのだろうか。また、怒りだけではなく、他人の不幸に群がるような「同情」系娯楽記事も根強い。

「他人の不幸は蜜の味」とか「下を通るは宝船」とかいう言葉をなんとなく思い出して、そういえばこのことを昔健康ブログに書いたなあ、と思って自分のブログを検索してみると、こういうのが出てきた。
読み直すと、とても興味深い。


この時の「共感能力」を今も維持しているかどうかと問われると、表面的には「喉元過ぎると熱さを忘れる」状態だけれど、両肩拘縮の痛みの経験は、その後、老化とか病気に対する感覚を相対化してくれた、とは思う。


(この後、この自分のブログの「つらかった時期」の記事を読み返して、それこそ、「下を通るは宝船」で、昔の自分に鼓舞された。このブログでいろんな方と連帯できたのも懐かしい。)


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# by mariastella | 2018-02-17 00:05 | 雑感

修道院の秘密?

フランスは、宗教戦争後の絶対王権も、革命後のナポレオンまでも、ローマ・カトリックの神を自分たちの権威の担保にしていたので、「反教権主義」という反カトリック教会の運動も根強かった。


では、反教権主義者は近代的で民主的で、カトリック教会の中世的、封建的なことを徹底的に批判しているのかと言えば、なんだか変なものもある。


カトリック教会を揶揄する時に、丸々太った司祭だの、修道女たちの姿を戯画化するのはお約束だけれど、反教権共和主義者こそ、1944年にようやく成立した婦人参政権に激しく反対したのだ。

「我らの敵、女」などという講演をした自由思想家アンドレ・ロリュロは1930年に、伝統的な反教権主義の雑誌を再刊した。


1911年の表紙は、修道女と司祭が「修道院の秘密」みたいな怪しげな本をいっしょに読んで笑っている絵柄だ。

でも、膝に乗っている猫も快楽のシンボルなのかもしれないけれど、ツボにはまり、なんだか、みんな自由で、楽しそうでいいなあ、と思えてしまう。

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# by mariastella | 2018-02-16 00:05 | フランス

中国の春節祭の認知度と戌年記念のフランス切手

郵便を使うことがとんと減って、切手もあまり買わなくなったが、必要になって買いに行くと、12枚つづりの犬の置物シリーズが。

フランスにおける中国の春節祭の認知度は毎年高くなっているので、今年は「犬の年」だということもすでにあちこちで耳にする。

それにちなんだのか、ルーブル、オルセー、ギメなどにあるコレクションの中から12の犬の作品が記念切手になっていた。

日本のもの、中国のもの、エジプト、オリエント、アフリカ、ヨーロッパと幅広く網羅。
日本の犬だけが、台に座らされていてなんだか猫っぽい。

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その他に、なんだかボールで遊んでいる猫っぽいのももう一つあるなと思って見ると、中国の chien de FO と書いてある。
えっ、私のイメージでは紫禁城とかのこれとか台湾のこれだったけれど。

というか、日本の狛犬も、考えたら「chien de FO」だろう。

急に気になって、FOって何だろうと検索したら、
昔は "Dogs of Fu-Lin" とか "Fo-Lin"とか呼ばれていたという。コンスタンティノープルを著すFolinから来た犬(獅子、ライオン)という意味で、トルコやペルシャやビザンティン帝国、ローマ帝国など西方全般がFolinだったらしい。

フランス語で検索したから、Folinに当たる漢字が分らない。
ピンインを漢字に変換するサイトを調べてみたがうまくいかなかった。

どちらにしてもこの「FOの犬」は鞠にじゃれている猫ではなくて、同じネコ科のライオンをベースにした神話の犬が宝珠を守っている、みたいな図柄だということになる。

よく見るとあちこち突っ込みどころがある犬12態の切手シートだった。






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# by mariastella | 2018-02-15 00:05 | フランス

ストレス解消法と霊操とマダム・ギヨン

パリは東京と同じくらいに雪に弱い。

先日、久しぶりの大雪(パリ当社比だけれど)の日に運悪く、バロックバレー(結局雪のために中止になっていた)のレッスンに出かけてしまって、帰りの電車が何だか大変なことになっていた。遅れが出ているのだけれどちゃんと表示されない、表示通りにも来ない、しかも通勤帰りの人と重なって、やっと来た電車に乗れない。次の電車は30分後くらいと言われるが、ホームいっぱいの人を見ると次のにも乗れないと思う。
乗れば10分でうちの駅に着けるのに、どうしていいか分からない。

他のメトロを乗り継いでいこうとも思うが、寒いし、疲れていたのであまり動きたくない。すると、うちの駅を通過する急行が来た。乗客がすくなく暖かそうなので乗った。うちの駅を通過してから今度はパリ方向の各停に乗れば人は少ないと思ったのだ。

まあそれからいろいろあって、うちに戻れたのはかれこれ1時間半後くらいだった。
凍えて、いつどうやって帰れるのか分からないストレス、周りの人も当然落ち着かない様子。
延々と不確かな待ち時間の間、運悪く、持っているのはバロックバレーの振り付け譜と、マダム・ギヨン(ギュイヨン)の祈りの方法のハンドブック『短くてとても簡単な祈りのメソード』だけだった。

カトリックの瞑想法ガイドとしては、十字架のヨハネ、アヴィラのテレサ、そしてイエズス会のイグナチオの『霊操』が有名で、前2人のはよく読んだけれど、手軽という感じではない。マダム・ギヨンのものは最近新版が文庫で出て、すごくわかりやすいというので買った。(もとは17世紀フランス語、今回は少し現代語風のもの)

そして、このとても具体的な「罪のチェックの仕方」などの項目について、『霊操』と比較しようというのが私の最近の関心のひとつだった。
もし私が今どこかの大学の神学部の学生だったら、論文のテーマは「イグナチオの『霊操』とマダム・ギヨンの『祈りのメソード』の比較研究」だなあと思っていた。

両者の一つ一つの「方法」について、16世紀スペインの元戦士の男と17世紀フランスの聖職者ではない女という、時代、場所、ジェンダーによるバイアスをどのように受けてどのようなヴァリエーションを構成しているのか、それと今日の各種のマインドフル系コーチングとの関係など。

で、雪による交通マヒという精神的にも肉体的にもストレスフルな状態で、そうだ、今、この本を読んで心を安定させることができればすごいぞ、と思って、ページを繰ったら…

全然ダメだった。

唯一おもしろかったのが、自分の罪を探る時に、つまり良心によってチェックする時に、自分であれこれ掘り下げる必要はない、というところだった。ただ、神の方に心を向けていれば、罪という氷が自然に神の愛の太陽の熱で溶けて行って、蒸発したらところで「免償」になる、というのだ。

自分は罪深いとか言って、自傷、自罰するようなのとは正反対だ。
マダム・ギヨンも「北風と太陽だ」といっている。

と、まあ、このレトリックだけが私の心を紛らわせたのだけれど、その他の、心を平静にするにはどうする、この世の悩みに囚われないためにはどうする、神と合一するにはどうする系のメソードにはまったく惹かれなかった。

「いつになったら電車が来るのか、動くのか、帰れるのか、寒い、風邪ひくんじゃないか」とか際限のないネガティヴな思考のループから逃れるような祈りを試そうというモチヴェーション自体も起こらない。

ああ、ペンシルパズル本を入れておけばよかった。
雑誌をダウンロードしてあるタブレットを持ってくればよかった。

空港に行くときにはいつもパズル本を持っている。
遅れが出るとか、「いつになるか分からない」とかいう時のイライラや不安をカットするのにすごく有効だ。そういう時は読書などには集中できない。
試行錯誤しているので、どの種のパズルのどのレベルのものが、すぐに軽いアディクションをもたらせて、何時間でも続けていられるというのが分かっている。

結局、脳のどの機能に優先案件を与えて、他の機能を抑圧できるかということだ。

私の小さなクライシスの対応に、パズルほどの効果ももたらせてくれなかった、マダム・ギヨン。『霊操』との比較研究もお蔵入りになる可能性大だ。
(自分の「霊性の低さ」を棚に上げて勝手なこと言ってごめんなさい、マダム・ギヨン)



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# by mariastella | 2018-02-14 00:05 | 雑感

ルルド聖母御出現160年記念、70件目の公式奇跡認定、シスター・ベルナデット

2018年2月11日は、ルルドの洞窟で少女ベルナデットの前に聖母マリアが現れた160終年記念の「ルルドのノートルダムの祝日」だった。それに合わせて、70件目の奇跡の治癒が公式に認定されたことが司教から発表された。

治癒を得たのがフランシスコ会系の78歳の修道女で、
名前がなんとシスター・ベルナデット。

ルルドに巡礼をして、洞窟で聖母とベルナデット(聖女)の現存を感じ、病者の秘跡を受け、修道院に戻ってすぐ、聖体の前でルルドの聖母に祈りを捧げた時も、それを感じた。部屋に戻ると脚が熱くなり、体中が軽くなって緩んだ感じがした。で、20年もつけていたコルセット、脚の副木を外して、神経刺激装置のスイッチを切って、立ち上がったら...楽々と歩けた。

2008年7月11日、69歳のことだった。

病名は馬尾症候群。
1960年代に発症、1987年からは歩けなくなった。

うーん、完全に私のツボにはまる出来事。

これから詳しく見ていくが、今忙しいので、そのうちシリーズにするつもり。

ルルドでは年間約100件の「奇跡の治癒」の申したてがある。

審査の対象になるのはいろいろな規定があるので、そのうち、審査してもらえるのは約30件。

申し立ての4件に1件は、ガンの完全治癒。(10年は経過を見られるので再発があると却下)

多国籍の医学者チームが「今の医学では説明できない治癒」と認定する。
それが司教のもとに来たのが去年の2月。
1年かけて、その「説明できない治癒」が「奇跡」と言えるかどうかを査定。

今回の件は、医学者チームのうちの一人が否定的だった。
でも多数決で認定。

それもおもしろい。

前には2011年に起こった治癒について「ルルドの奇跡の起こり方」というシリーズを12回プラス閑話休題で延々と書いた。

今確認したら、そういえば、あの時も70件目と最初は言われていたのだ。
司教が「奇跡」という言葉を使わなかったので結局カウントされなかった。
いろいろややこしい。

2012年に認定されたのは1965年に起こった治癒、
2013年に認定されたのは1989年に起こった治癒。

今回は2011年の治癒と同じく21世紀に入ってからの治癒で、新しいし、2011年のと同じフランス人なので、証言やコメントが原文で読めるので、じっくり検討できる。

今回のが「奇跡」と安心して宣言されるのは、癒された人がシスターだったということが大きいかもしれない。

前のシリーズの
その1とその12を貼り付けときます。
暇な人、興味のある人は全部読んでみてください。

ちなみに私自身は「奇跡の治癒」にも「ブラック・ジャック」にも期待していない夢のない人です。私の健康ブログ「たかが、肩」のはじめの方に「奇跡の治療」っぽいものをいろいろ試した実録がありますが、その時も「信じることも、治癒の要因」だと言われながら、不信の日々でした。







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# by mariastella | 2018-02-13 00:15 | 宗教

二黄卵の話

うちの卵は、朝市で買ってくるものだ。
だから、ひょっとしたら、近郊の農家の人から仕入れているものなのかもしれない。

先日、卵を割ったら、黄身が二つ出てきた。

久しぶりに黄身が二つの卵を見た。昔は時々見たような気がするけれど、このところ、とんと記憶がない。
近頃の鶏は管理され過ぎていて標準の卵しか産まないからなのかなあ、とも思い、なんだか楽しかった。
誰かに見せびらかしたい。
すると、その次の卵も、その次の卵も、そのまた次の卵も黄身が二つあった。

こうなるとなんだかショックだった。
放射能汚染?
農薬汚染?
などと思ってしまう。

何だか誰に言っても信じてもらえないような気がして、ビデオ撮影することにした。同じところで買った卵の10個目くらいのものだ。

それまで全部黄身が二つあったので、撮影する卵も双子だと確信する。

でも、猫の動画を撮ろうとしたら、たいてい、カメラを向けた時にはもう同じおもしろい動きをしてくれないのに慣れているから、わざわざ無撮影すると普通の卵だったりして…。

で、立てかけたカメラをONにして割ると、やはり双子だった。
動画が貼れないので、ここには割った後の写真を。
 
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何だか妙な気がしてネットで検索するとこういうのが出てきた。


>>>黄身が二つある卵のことを、「二黄卵(におうらん)」と言って、出会える確率が低い双子の卵。見つけたらラッキーなんですよ!中には、「食べても大丈夫?」と心配される方もいますが、結論から言えば、もちろん、二黄卵を食べても問題ありません。なぜなら、二黄卵が産まれるのは、若鶏の生理現象によるからです。産卵し始めて間もない若鶏は、排卵のリズムが整っていません。すると、まれにではありますが、下記のようなケースが生じます。

•・間隔をあけずに、連続して排卵する
•・1回の排卵で、同時に二つの卵胞を排出その結果、一つの卵白が、二つの卵黄を包み込むことになり、卵黄が二つある「二黄卵」が生まれるというわけです。

特に、産卵開始から1~2か月以上に多い現象ですので、排卵リズムが整えば、黄身一つの卵を産むようになります。
 つまり、二黄卵は、健康な若鶏が産んだ黄身が多い卵。味や栄養面はもちろん、安全面もまったく問題ありません。むしろ、一つの卵で、まさしく「目玉焼き」になりますから、二黄卵と出会えたら、なんとなくうれしくなってしまいせんか?しかも、1羽の鶏が二黄卵を産む確率は、わずか1~2%!希少な存在から、縁起物として喜ばれることも多いんですよ。<<<<

だって。

「健康な若鶏が産んだ」と言われると安心するが、「1羽の鶏が二黄卵を産む確率は、わずか1~2%」と言われると、この百発百中感は何だろう?

同じ健康な若鶏の排卵が安定せずに毎日バンバン生んでいる、のか、そういうタイプの姉妹若鶏が、同じ農場にまとめられていて、みんなせっせと二黄卵を?

そういうのは一般に小さいサイズだというけれど、うちのはサイズも大きく、まさに一つで二つのお得感がある。

でも、ラッキー・アイテムだと言わても、こう全部の卵が毎日だと、幸運を叩き売りされたみたいな気がする…

幸せって、二黄卵との出会いに至るまで、相対的なもんだなあ。

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# by mariastella | 2018-02-12 00:05 | 雑感

ラモーのモテットとアンドレ・カンプラのレクイエム(死者のミサ)を聴く

28日、パリのフィルハーモニーにラモーのモテットとシャルパンティエの典礼組曲、カンプラのレクイエムを聴きに行った。

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ラモーのモテットは一つ一つが珠玉だ。宗教曲という名目だけれど、要するに、組曲みたいなものだ。対位法満載で、自由で、難解で複雑なのに、それを完全には出し切っていないで、少し間を置く余裕の名人芸。
30歳くらいでの作だが、宗教曲でいくらでもオペラの予行演習ができていたわけだ。
オペラの方が少し、ポピュリズムというか、観客に受けることも意識していたのでサービス精神が少しあるけれど、モテットにはない。

「神」がクリエイトする時にはサービス精神は要らないのだ。

その代わり、演奏者もクリエイトに参加して聖霊を活性化させないといけない。
でも、普通のオーケストラは、ラモーの複雑な対位法とかを昇華するだけで終わってしまう。だから、例えば、モンドンヴィルのモテットは好きだけれどラモーのは苦手という人はいくらでもいる。モンドンヴィルのモテットは、確かに、サービス精神がある。親しみやすい。弾くのも楽しい。

バスのソロ歌手はまだ若いのか、声に丸みがなかったけれど女性歌手はよかったし、コーラスのバランスはすばらしかった。
ソプラノのコーラスの1人に、昔からよく知っているセシルが入っていた。
彼女のお父さんも歌手で、おかあさんはコンセルヴァトワールのソルフェージュの先生で、私と一緒にリトミックのクラスをやっていたし、セシルも小さい頃から知っている。
バレエもピアノもコーラスも彼女の舞台を見たことがある。今30代後半だと思うが、6歳の娘がいるそうで、公演の旅が多くて娘となかなか会えないと嘆いていると聞いている。でも、楽しそうに歌っていた。

シャルパンティエの曲は、コーラスなしで、最初の序曲はラモーの後なのでちょっと平板に聞えたけれど、最後の「アーメン」という曲は、構成もリズムも完全に舞曲のアルマンドだ。バロックの宗教曲が、オペラやダンス曲を意識して駆使して取り入れたものの典型かもしれないる。

これなら待降節や四旬節の時にオペラ上演が禁止で宗教曲ばかりが上演された時も違和感なく楽しめたのがよく分かる。


カンプラはパリのノートルダム大聖堂の音楽監督だったくらいだから宗教曲も多いが、オペラ曲も多く、私もいろいろ踊ったことがある。

このレクイエムは傑作だ。冒頭からもう、オペラの魔法の世界にようこそ、みたいな感じだし、フォーレのレクイエムと同じように安らかだ(「神の怒り」などが入っていないので子守歌みたいだと評されたこともある)。

「コミュニオン(聖体拝領)」の音楽の低音弦楽器の扱い方なんてとてもユニークだ。

指揮者もラモーを指揮する時よりリラックスした感じだった。

オーケストレーションにヴィオラの数が多いこと、フルート2本を指揮者の前に、オーボエはずっと離れた向かって左端の上に、ファゴットは右にと離れていることもめずらしい。オルガンとチェンバロは直角におかれて、同じ奏者がチェンバロを弾くときもオルガンの譜面台に譜面をおいて体をひねって弾いていた。

歌はどれも素晴らしい。カンプラはたしか歌えた人だったと思う。

フィルハーモニーにも雪が残り、次の終末が中国の新年だというので、外壁一面に祭りの映像が映されていて綺麗だった。

この前フィルハーモニーに聴きに行った時はテレマンだったけれど、テレマンって、プロテスタントだったわりにとてもフランスバロック的感性だなあ、と思う。ブロッケス受難曲は説得力ある宗教ドラマだったけれど、あそこまで職人技を駆使できるのは意外と無神論者じゃなかったのかなあ、ラモーも神を信じていなかったんじゃないか、ラモーは神みたいなクリエイトをしてるしなあ、などと思う。


宗教曲でも、ひたすら神に向かうタイプのアーティストと神の使いみたいなアーティストの二種類がいる。

神に向かう人の音楽は構築性があって堅固だ。

いっしょに神に向かわされる。

一方、ラモーの音楽のように超複雑な対位法をホイホイと気ままに繰り出すので全体像がつかめないまま取り込まれてその中でくらくらしてしまうものがある。

弾くときはその創造の秘密を分け合うまで入り込まないといけない。

そこまで弾きこまれていない時は、聴く方も、創造の神秘の外側に置かれて寄せつけられないような印象をもつかもしれない。

で、バッハはユニヴァーサルだけれどラモーは一部の愛好家のものなどと言われたりするのだ。

神を求めることだけが人間の普遍というわけではないのに。

ラモー、シャルパンティエ、カンプラを聴いて外に出たら、星空だった。


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# by mariastella | 2018-02-11 09:31 | 音楽

「蛇のように賢く、鳩のように素直に」と動物行動学

「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。」

マタイによる福音書10,16-17

福音をイスラエルの民に伝えるために12使徒を送り出したイエスの言葉だ。


悪霊を追い出すという癒しの超能力まで授けて送り出すにしては全能感を鼓舞するどころか、やけに現実的だ。

福音書がイエスの死後何十年も経ってから書かれたもので、イエスの受難やのキリスト者の迫害を経験し来るべき迫害にも備えたいろいろ「後付け」の編集があるのかもしれないけれど、ちょっと複雑な気持ちになる。

迫害されるという予言は別としても、

蛇のように賢く、鳩のように素直に」

というところがもう、妙な含蓄がありすぎる。

「蛇のように賢く」というのは、蛇に欺かれないような分別を持てというのから、鳩を守る番人としての蛇だとか、いろいろな解釈がある。

でも、実際の福音伝道者が、この言葉を引用して、「相手に布教だと分からせないように何気なくローマ法王の伝記を歴史書として同僚に貸した」と満足しているケースもあるから、まあ、頭を使え、という感じでもいいのかもしれない。


「鳩のように素直に」、というの「イエスへの信頼」というのが平均的な解釈のようだけれど、聖書の中の「鳩」っていうのも、特に聖霊のシンボルである白鳩というのがなんとなく特権的でカラスがかわいそう、などと私は思ってしまう。

カラスは鳥の中で一番頭がいいことで知られているから、ここはいっそ、「カラスのように賢く、鳩のように素直に」の方がいいかなあ、と思ったり。


でも、鳩についても、動物行動学のローレンツの有名な『ソロモンの指環』で、種内攻撃に抑制本能が働く猛獣などと違って「鳩は同族をいびり殺す」というエピソードがすぐに頭に浮かぶ私は、素直という言葉に違和感を持ってしまう。


先日、沖縄の辺野古がある名護市の市長選で基地容認派が勝利した、

というニュースを聞いた時に、複雑な気持ちを整理しようと思ったら、こんな言葉を連想してしまったのだ。


なぜだか、分からない。


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# by mariastella | 2018-02-10 00:05 | 雑感

雪の日

1月は記録的な温かさだったフランス、今週から雪が降り、朝は零下に。

パリでこんなに雪が降るのは5年くらいぶりなので、外へさえ出なければ、町も庭も雪をかぶった景色が新鮮だ。

今住んでいるうちに来て最初の年のクリスマスツリーとして買ったモミの木が庭の奥に見えている。根のある鉢植えの方が葉が落ちないので毎年買っては庭に植えていた。

今はプラスティック。プラスティック製を10年以上使うとエコロジー的にはモミの木よりいいんだそうだ。もう軽く10年以上使っている。

その最初のモミの木に雪が積もり、しかもそのトップが星型になっていてとてもきれいだ。(星というより、リオデジャネイロのキリスト像ですか、という感じ。)
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この庭が見えるリビングには天窓があって、天窓の雪は、さすがに中の暖房の熱が伝わって溶けて崩れてくる。
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それをじーっと見ているナルくん。
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雪って、音がないから、猫には驚きのようだ。

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# by mariastella | 2018-02-09 00:05 |

カメル・ダウドの「未来を損なう天国」

アルジェリアのジャーナリスト、カメル・ダウドが、「未来を損なう天国」というコラムを書いていた。Le Point : no 2369


イスラム世界から見たものではあるが、こう言われてしまうと、なるほどと思って背筋が寒くなる。要約してみよう。


イスラム過激派の「天国主義」(パラダイズムという言葉はラエリアンムーブメントでも使われているので混同を避けてここでは天国としておく。)についてだ。

「天国主義」は、ナショナリズム、社会主義、共産主義、など、すべての理想主義が、「南(つまり開発途上地帯)」で失敗した結果、たどりついたものだという。

確かに、自爆テロリストが、聖戦(ジハード)で殉教したら天国で72人の処女に歓待されると信じている、みたいな話は、ここ数年、普通の人の耳にまで届いている。

「他殺を想定した自殺など大罪で地獄に堕ちる」くらいに言ってくれる方が世のためになるのだが、地獄どころか天国で、しかも、テロリストを鼓舞するとってもマッチョな幻想というのは、聞いていて侮蔑の念など抱かせるものだったが、実は深刻なものらしい。


「天国」のイメージは、今や、イスラム圏の庶民にとって、差別に抵抗している女性なども含めて、心慰める想像などではなく、真剣な話題なのだそうだ。

アラブ諸国が独立して進み始めた1970年代の夢と希望は、「建国の父」やら取り巻きの将軍たちの独裁によって潰えた。天国に託す希望は、経済的、民主的な敗北と深い病理に沈むこの世の地獄を物語っている。

天国を称揚するのは、宗教者だけではなく、エリートたちも、政治の各派も同じだ。

天国への招きについては、過激派も原理主義者も気前がいい。天国の喜びは独占すると言わないのだ。「全てのムスリムが天国へ行ける」ように、説教師もテロリストも熱弁をふるう。

体制はもはや独立後のユートピアを語りはせず、民衆に日常の糧を保障しようとするだけだが、過激派は天国の快楽を約束してくれる。

女と酒と奴隷。この世での愛は封印され天国に先送りされる。

この世で働いたり何かを築いたりすることの意欲は失われる。

死後に緑の楽園が約束されているのにこの世で環境保護にあくせくする必要もない。

天国の戦士の幻想は、もはや、アラブ社会に深く巣くう悪夢である。

これがカメル・ダウドの悲嘆だ。

私はすでにいろいろなところで書いてきたが、人生の残りをどう生きるかということについて、福音書のたとえ話を引いている。『キリスト教は「宗教」ではない』のあとがきのその部分をコピーする。

>>>

『マタイによる福音書』(25,14~30)に出てくるもので、旅に出る主人から財産を預けられる三人の僕たちの話だ。彼らはそれぞれの力に応じて、五タラントン、二タラントン、一タラントンを預けられる。五タラントン預かった者は外に出て、それで商売をして倍にした。二タラントン預かった者も倍にした。けれども、一タラントンしか預からなかった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。 主人が帰って来て、清算を始め、倍額にした僕たちを「忠実な良い僕だ」とほめたが、最後の僕が主人の厳しさを恐れてタラントンを地中に隠しておいたと聞いたとき、「怠け者の悪い僕だ」と叱責した。せめて銀行に入れて利息を得るべきだったという。

前後の文脈は別として、この話だけ取り出すと、私は自分なら絶対に「主人の金」で投資するなどというリスクを冒すタイプではないので、長い間、三人目の僕に同情していた。といっても、これはもちろん「金儲け」の話ではない。預けられたタラントンとは、私のいるこの世界と生命なのだ。仏教的な人生観になじみある文化に育った私にとっては、生老病死の苦に満ちたこの世界は仮の世であって、執着を離れて現世から「解脱」することが救いだというイメージがあった。けれども、今は、私に託されたタラントンであるこの世界もこの時代も、幻想ではなく、現実であり、それを返す時には、受け取った時よりも、もっと美しく豊かにして返すように最善を尽くさなくてはならない、と思えてきた。

れが「宗教」なのかどうかは私には分からない。分かるのは、この本を書かせたのはその思いだということだ。<<<

アルスの司祭ヴィアネーが死ぬ前に、たとえあの世に神がいなくても私は後悔しない、と言ったのは有名だが、私も、別この世で大して苦労をしていないこともあるが、死んでまで楽園で快楽にふけりたいなどと思わない。とりあえず、生きているうちに、次の世代の「未来」に、少しでも、貢献したい。


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# by mariastella | 2018-02-08 00:05 | 雑感

フランスの最高齢者シスター・アンドレ

この2月11日114歳になる愛徳姉妹会のシスター・アンドレは、現在フランスの最高齢者で、聖職者の世界最高齢だそうだ。


1944年にパリのバック通りの愛徳姉妹会に志願者として入会し、各地で活動し、104歳までは、サヴォワの修道院で飛び跳ねていて、毎朝6時には、チャペルの祭壇に飾る花を庭で摘み、他の高齢者の車椅子を押しながらみなを笑わせていたのだそうだ。

2009年からはトゥーロンのカトリーヌ・ラブレー(バック通りで聖母マリアのご出現に出会い、「不思議のメダイ」を世に出した聖女)ホームにリタイアした。
今は眼も脚も悪くなって、毎日、イエスに祈りながら、


「私を迎えに来るのに、何を待っているの ?

私のこと、忘れたの、見捨てたの?

私は早く会いたいのに、私に会いたくないの?

と文句を言っているという。


そういえば、今でも人類最高齢記録保持者のフランス女性ジャンヌ・カルマンさんの122年の生涯を書いた本の題名も「神に忘れられた人」というものだった。

日本でも、神さまか仏さまかご先祖さまだかに「そろそろお迎えにきてください」とお願いするという表現があるけれど、あちらの世界でやっと神さまに会える、と希望を持っているカトリックのシスターが「もうそろそろ」と思うのは、何歳くらいでどういう心身の状態なんだろう。


ジャンヌ・カルマンさんのいたアルルの公立高齢者施設は今、彼女の名前を冠されている。120歳の時のTVドキュメンタリーの後で、医学者たちの好奇の対象になったので隔離したら、退屈して衰えたとも言われている。

その点、愛徳姉妹会の養護施設は充実しているし、「姉妹たち」に囲まれているし、シスター・アンドレさんも「すごくよくしてもらっている」と言っているので、ひょっとしてこのまま「神に忘れられた状態」が続くかもしれない。

私の一番なかよしのシスターは98歳で亡くなったシスター・クレールだった。

彼女については何度も書いている。

やはり愛徳姉妹会。

フランスの愛徳姉妹会でも日本の愛徳姉妹会でもコンサートをした。

2003年に日本の養護施設「聖家族の家」での最初のコンサートを聴いてくださった日仏ハーフの96歳のシスターは、たしか104歳くらいまでお元気だったと思う。

私にとってご縁の深い愛徳姉妹会のシスターが今フランスの最高齢者なんて、根拠も意味もなく誇らしい気がするのは自分でもおかしい。


思えば、創世記(6,3)に

>>>主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった<<<

とあるから、シスター・アンドレも120歳までは「お迎え」を待たなくてはいけないかも。


というか、それまでは、「主の霊」はシスターの中にあるのだから、どうぞ、お大事に。


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# by mariastella | 2018-02-07 00:05 | 死生観

名護市長選と二つの「ことば」

気になっていた、沖縄の辺野古がある名護市市長選挙。


自民、公明、維新に推薦された新市長が当選。


辺野古をスルーして「米海兵隊の県外、国外移転」「日米地位協定改定」を新市長の政策とさせた公明党の組織票が期日前投票率の高さにつながったのだろうか。


気になって、沖縄の創価学会について検索したら、

こういうのが出てきて驚いた。池田大作氏の「詩」。

いやあ、すごいボリューム。

最後まで読んだが、圧倒される。布教に成功する宗教というのはやはり言葉の力なんだなあ。創価学会沖縄国際平和会館というものとセットになっているのだろう。

沖縄にいわゆ伝統日本仏教の影響がなかったことも創価学会に有利だったのだろう。それこそ「ブルーオーシャン」だったのかもしれない。


前に奄美大島のカトリックのことを調べたことがある。

奄美も伝統仏教の影響が少ない民族宗教の離島だったので、国家神道の押し付けよりも、普遍宗教のキリスト教が広がった。1930年代からひどい迫害を受けたけれど、戦後にまたカトリックの修道会などが入ってきて復興の手伝いをしたので今も存在感があるらしい。


沖縄はそういうわけにはいかなかった。

戦後に入って来たキリスト教はアメリカ軍と切り離しては考えられなかったからだ。


布教におけるマーケッティングやレトリックというのは資金力と同様、決定的なものなのだなあと思う。


実はこの池田大作の長大な美文を読む前に、辺戸岬の「祖国復帰闘争碑」の碑文というのを読んでいた。


これも結構長いと思ったけれど、池田大作の美文の比ではない。


言葉と、言葉が仲介する「人間」との関係、言葉の使命や人間の使命について考えさせられる。








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# by mariastella | 2018-02-06 00:05 | 雑感

「仏祖の方便」と拡大鏡

「仏祖の方便とは、皆、愚か者を教えるためのはかりごと」だという。

イエスの連発するたとえ話にも似ている。

ある禅宗のお坊さんのブログに『沙石集』からこんな話が引かれていた。

>>『首楞厳経』には1つの喩えが説かれていて、演若達多という者が、朝起きて鏡を見ると、自分の顔が見えなかったことを、誤った持ち方をしているからだとは思わずに、鬼の仕業だと思い込んで、首から上が無くなったと勘違いし、驚き騒いで走り回ったことがあった。人の諫めも聞かなかったが、流石に、周りの人が余りに教え諭すので、鏡をよくよく見たところ、頭が戻ってきたと思った。このように、愁いが無いところで愁い、また、喜びを起こさずとも良いところで喜ぶ。
 このことが喩えているのは、無明の心とは、理由無く頭が無くなったと思って、それを求めるようなものである。本覚の明心は、かねてより失われたことが無い。それは頭が無くなったと思い込むのと同じで、失ったように思っているだけだ。始めて見つけて、それを得たと思うのは、始覚門で菩提を得るようなものだ。<<

これを読んで、「信仰の夜」のことをまず連想した。

あのマザーテレサや十字架のヨハネも悩んだという「信仰の夜」だ。

彼らは人生の途中で神を見失い、闇の中で苦しんだと言っているわけだが、それも、「鏡が裏返った状態」だったのだなあ、などと思える。

逆に言えば、回心体験とか神秘体験とかいうのも、自分の視線の方向が変わったのではなくて、突然鏡が裏返ったようなものかもしれない。
何が、鏡を、自分と神を映す方向に回してくれたのか…は永遠の謎だけれど。

などと思っていたら、洗面所で、脇にあった鏡に自分の顔が映っていず、一瞬驚いた。

暗くゆがんだ光だけがある。
ちょっと怖い。

実はその置き鏡は、両面鏡で、片面が普通の鏡、もう片面がかなり大きい倍率の凸レンズなのだ。自分の顔のディティールが見えないので一応セットしてあるものだ。
普段は見えなくても気にならないので使わないけれど、たまに目に異物感があるとまつげが落ちて入っていたりするので置いてある。

で、それが、凸面の方がこちらに向いていて、屈折率が大きいので、まっすぐ正面から見るとちゃんと自分の顔が見えるけれど、離れたところから斜めに視線をやると、いったい何が映っているのか分からない光や歪みだけが見えていたのだ。

なるほど、と思った。

普通の鏡が、鏡面でない方に裏返っていたら、「見えない」だけですむことでも、鏡の特殊な反射を持つ側に裏返っていたら、「異様なもの」「ゆがんだもの」が見える。

神を見失う、とか、無神論になる、とかではなく、
亡霊の影に怯えたり、悪魔の存在を信じたりもしそうだ。

なにごとも、しっかり自分の目で見つめる、だけではだめなので、
どういうものを通して、
どういうアングルから見るのかを、
いつもチェックしなくてはならない。

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# by mariastella | 2018-02-05 00:05 | 雑感

小西誠さんと沖縄

軍事ジャーナリストの小西誠さんと三上智恵さんのトークで 

『南西諸島陸自配備について 標的の島』というのを視聴した。


あまりにも徹底した住民不在の考え方には驚くとか怒る以前に、笑うしかない、みたいな話がある。

この22分あたりを見ると、笑えてくる。実際、三上知恵さんも小西さんも笑っている。

55分あたりから、1921年に太平洋地域の島嶼要塞化禁止を合意したワシントン条約というのが日米英仏伊の五ヶ国で締結されていたことが語られる。

沖縄は明治維新以来の非武装地帯だったのだがそれが確定した形だった。

この島嶼要塞化禁止を提案したのは日本だったそうだ。


まあ、すでにある軍事基地はそのままに、という話なのだから、核拡散禁止条約のようにすっきりしない部分はあるけれど。


その沖縄に1944-45年にかけて日本が軍隊を送り込んだことがそもそも沖縄の地上戦につながった、とも言っている。

小西誠さんを見てとてもなつかしかった。

今はじめて見たとしたらそれなりに年配者なのだろうけれど、若い頃に会った人って、昔のままのイメージだ。


1970年だったと思うけれど、小西誠さんの『叛軍』の映画の少人数の上映会みたいなものに出席した。その後で小西さんとのディスカッションがあったのだと思う。

今になって、ネットで検索したら、こういう解説があった。

>>>小西の<叛軍>行動にたいして、検察は、これを自衛隊法第六四条および第一一九条をもとに「政府の活動能率を低下させる怠業的行為」として起訴したが、小西は「国民を護る義務を帯びた自衛隊が国民に銃を向ける訓練をするのは違法だ」といった考えにもとづいて、それに<不服従>の権利をもって対抗した(『陸上自衛隊服務関係法令解説』にも「違法の瑕疵が重大かつ明白な場合は、命令を受けた隊員はみずから職務上の命令の無効の判断をすることができ、これに服する必要はなく、また服してはならず、もしこれに服したときは、その結果についてみずからも責を負わなければならない」とある)。民主主義の徹底化によって大幅に<不服従>の権利をみとめ、軍隊の職務ならびに機構上の特殊性からとかくおちいりがちな兵士たちのロボット化、そのロボット化による非人道行為の横行をあたうかぎり防止する。<<<

「不服従の権利」というのがあるんだ、すごいなあ、と感心して、フランスの軍隊はどうなんだろう、とフランス語で検索したら、

「不服従の権利」でなくて「不服従の義務」というのばかりがずらずら出てきて驚いた。「不法な、あるいは不当な命令には服従してはならない」し、それをすみやかに軍事大臣に報告する義務があるというのだ。

ついいろいろ別の国のものも調べてしまった。今は国際的に標準になっている項目らしいが、それを権利というか義務というかのニュアンスもいろいろあって興味深い。

ちなみに小西さんは、今も「自衛官人権ホットラインの相談室という掲示板を運営している。


>>自衛隊法や自衛官の人権についてのご質問、隊内での暴力・いじめなど  
自衛官、家族のみなさんの悩みや不安にお応えするための相談室です。  
事務局長小西誠はじめ自衛隊や軍事問題の専門スタッフが相談に応じます。<<<


とある。


少し読んでみたが、日本のような同調圧力の高い国での軍隊のような閉鎖的な階級社会の実情はかなり深刻そうだ。


それにしても、半世紀の間、変わらず人権と軍事の問題を追及してきた小西誠さんって、すごい。


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# by mariastella | 2018-02-04 00:05 | 雑感

パブロ・カザルスのおかあさん

金日成の回想で、武装、武装、闘争、闘争という風に突き進んでいく時代の流れに辟易としていたので、口直しに読み返した『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』。

カザルスの末の弟エンリケは、末っ子で母親から特別に可愛がられていた。
それなのに、エンリケにスペイン陸軍から召集令状が来た時、母はこう言った。

「エンリケ、お前は誰も殺すことはありません。誰もお前を殺してはならないのです。人は、殺したり、殺されたりするために生まれたのではありません‥。行きなさい。この国から離れなさい。」

で、エンリケはスペインを逃げ出してアルゼンチンに渡った。徴兵令を破ったものへの恩赦が行われて帰国したのは11年後だったという。

カザルスは

世界中の母親たちが息子に向かって、「お前は戦争で人を殺したり殺されたりするために生まれたのではないのです。戦争はやめなさい」というなら戦争はなくなる、

と夢想する。

世の中には、愛する者を守るために戦う、という人がいるし、すべての戦争は自衛の戦争という名目で始まるのだから、ことは簡単ではない。

フランスにまだ兵役があった20世紀、良心的兵役拒否をしたり、ベルギーに逃げたりした知り合いがいる。そういえば、昔、日本で、私の従兄がベトナム戦争から脱出したアメリカ兵をかくまった、という事件もあったっけ。

カザルスの言うことは、「お花畑」なことではない。

カザルスやアルベニスのことを考えると、カタルーニャの人々の独立への願いも身につまされる。

バッハを弾くと「人生の脅威を思い知らされて胸がいっぱいになる」

とカザルスは言う。

バッハが弾き継がれていけないような世界にしては、いけない。


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# by mariastella | 2018-02-03 00:05 | 雑感

金日成主席『回顧録 世紀とともに』

今、書いている本は、「神」、「金」、「革命」という三つのイコンが、互いにどのように関わり合い、偶像化されて歴史や人を動かしているかという考察だ。

「革命」としたのは、この三つの言葉を「か」で始まるものにして頭韻を踏ますために使っているが、既成権力、権威を暴力、武力で倒して新しい権力、権威を打ち立てる「力」全般のことを指す。

「神」や「金」や「力」の礼拝、信仰、利用の歴史は複合的なので、当然ながら総論というのは難しい。

私の切り口はこれまで通り、日本とフランス、ヨーロッパを中心に、革命がらみでロシア、ラテン・アメリカなのだけれど、中華民国の孔教についてコラムで触れようとしているうちに、深みにはまってしまった。

韓国のキリスト教についてはブログでも書いたことがあるので、少し詳しくその経緯を書こうとしているうちに、金日成とキリスト教(長老派)の関係をチェックしようとして、ネットで回顧録の訳が読めることを知った。
彼の歩みはそれだけで非常に興味深いのだけれど、やはり、今の北朝鮮危機のこととシンクロする。

北朝鮮ではこの回顧録はきっとバイブルのように読み継がれているのだろう、金正恩も読んでいるのだろうなあ、などと想像しながら読むと、日本への恨みの深さがずっと維持、更新されるのも当然だなあと思う。

私は年をとるにつけますます、どうして、人が人を傷つけたり殺したりできるのだろう、と素朴に考えてしまうのだけれど、子供の頃は戦記漫画も読んでいたし、武器を持って戦うような遊びを普通にしていた。

「力を行使するのはアドレナリンが出て、不快ではない」ような刷り込みって、多分進化論的に定着した部分があるのだろう。

だから、この回顧録でどんなに日本軍のがひどさが書かれていても、それ自体は、時と場合によってはどんな国のどんな人でも「敵を人間とみなさない」ということがあるので、日本人として罪悪感を感じるというような気になるよりも、「敵を人間とみなさない」という刷り込みを一人一人がどう克服するかの方に課題を感じる。

一応の平和と豊かさを享受して力を行使しなくても生きていける立場にある者こそ、「弱い立場にある者を力で支配する」ことの意味とそれをどう否定するかについて考える使命がある。

金日成が『武装には武装で』という章で書いていること。 

>>>
(…)9.18事変によって、われわれには抗日戦争を遅滞なく開始すべき緊迫した課題が提起された。第2次世界大戦を予告する不正義の砲声に、正義の砲声でこたえる絶好の機会が到来したのである。 (…)日帝の満州侵略が伝えられると、革命家たちは地下から出てきて、それぞれ闘争態勢をととのえた。大陸をゆるがす砲声が、満州地方の人たちをわれにかえらせたといえよう。砲声は人びとを萎縮させたのでなく、むしろ覚醒させ発奮させた。敵の暴圧で焦土と化した満州地帯に再び闘争の気運が胎動しはじめたのである。
(…)われわれは、大衆を闘争のなかで鍛える好機が到来したと判断した。正直にいって、当時、満州地方の人たちは暴動の失敗後、挫折感にうちひしがれていた。革命を新しい段階に引き上げるには、彼らに自信をいだかせる必要があった。だが、それは檄を飛ばし、議論をたたかわせるだけで解決できるものではない。失敗をくりかえし、落胆している大衆に勇気と自信をいだかせるためには、彼らを新たなたたかいに決起させ、それを必ず勝利に導かなければならなかった。たたかいに勝利してのみ、大衆を悪夢のような深淵から救い出せるのであった。
(…)マルクス・レーニン主義の理論でも武装闘争の意義を強調してはいるが、どのような形式で武装闘争を展開すべきかという公式の規定はなかった。どの時代、どの国にも適合する処方などありえないからである。わたしは武装闘争の形式を模索するうえでも、ドグマにとらわれないように努めた。
(…)国家がないので正規軍による抗戦は望むべくもなく、また全人民をただちに武装蜂起させることも不可能であった。だから、わたしはおのずと遊撃戦を志向せざるをえなかった。
(…)レーニンによれば、遊撃戦は、大衆運動がすでに暴動に転化したとき、または国内戦争で大戦闘と大戦闘のあいだに多少の中間期が生じたとき、不可避的に進められる補助的な闘争形式であると規定されていた。レーニンが遊撃戦を基本的な戦闘形式とせず、一時的、補助的な闘争形態と見たことが、わたしには歯がゆかった。なぜなら、そのときわたしが関心をいだいて探究を重ねたのは正規戦でなく、遊撃戦だったからである。
<<<

共産主義革命は、もともと普遍的な「階級闘争」だったはずなのだけれど、それがヨーロッパ的文脈から離れた時は「民族解放」になった。
「近代革命」にはフランス革命風の自由・平等を理念とするものの流れが最初にあったからだ。
実際、金日成も言っているが、

民族解放の民族独立の革命と、
世界中の労働者を資本の搾取から解放するという普遍主義との

どちらを優先するのか、という問題意識は常にあった。

でも、結局、

「武装には武装で、反革命的暴力には革命的暴力で!」

というスローガンに行きつく。

今の中国は、マルクス・レーニン主義など教えていないそうで、共産主義は政治的独裁を担保しているだけのようだけれど、今の北朝鮮がアメリカに対して核武装をするというのは、金日成の理論といまだ地続きのようだ。

フランスにいると、アングロサクソン系の国とフランスのメンタリティのあまりもの違いにいつも驚くけれど、日本と韓国中国のメンタリティの違いもすごいなあとあらためて思う。
アメリカに原爆を落とされ、占領され、基地を提供しても、この密着ぶりだというのもそうだけれど、やはり、神、金、力の三位一体のバランスのとり方が違うのだ。

今少し書いているのだけれど、「メシア信仰」への感受性がだいぶ違う。日本はやはり海の向こうや山の彼方に住む先祖神に守られているのが基本で、弥勒菩薩の浄土思想というのも現世的ではないし、現世に現れてくれるメシアというのは「神風」みたいに自然神の自然現象みたいな形だ。

ここに書いていると長くなるのでこれ以上書かないけれど、朝鮮半島のシャーマニズムと日本のシャーマニズムとの違いにもかかわってくると思っている。

(これを書いたのは、この部分を執筆中の時で、我ながら、例えば、パリのバロック・バレエのクラスで踊りながら金日成のことを考えている日本人の私って…とシュールに思えるくらい朝鮮半島の歴史で頭がいっぱいだった。私の周りにいるフランス人は私の語る極東分析に飽きてしまったかもしれない。それにしても大学の紀要などの論文がネットでいくらでも読める時代はすごい。時々、しかるべき論文をリンクするだけでいいんじゃないかと思ってしまう時もあるけれど、誰でもがコアな論文をわくわくして読むわけではないだろう。思いがけない素材を頭の中に入れるだけで別の世界が別の視点で見えてくることの快感は特別だ。)




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# by mariastella | 2018-02-02 00:05 | 雑感

竹信三恵子さんの「日本の母親=押し入れ説」

講談社の広報誌『本』の12月号で、愛読していた竹信三恵子さんの『「母親神話」の国、日本』が最終回だった。


この雑誌には同時に下重暁子さんの『その結婚、続けますか?』という連載もあって、どちらもフェミニズムの流れとして読んでいたのだけれど、いつも、そのアプローチの違いの大きさにとまどっていた。


竹信さんはジャーナリストとあり、その抑制的で客観的な筆致から、30代か40代のアカデミックな感じの人だと思っていた。

下重さんはもう80代だそうだが、結婚生活についてのいろいろな例を挙げているにも関わらず、自分語りとの区別がつかず、ただの回想記なのか何かよく分からない。「反芻する恋がある限り、私は年をとらない。少女にもどれる。」とか、幸せな人だ。


竹信さんの記事の方は説得力があり具体的な提言もある。正直言って母親たちの、「内なる檻」「自虐のルール」などの話も、新世代「草の根封建オヤジ」の話も、あまりにも私にとっては異星の出来事みたいで実感がないのだけれど、とにかく竹信さんの論理の筋道がきっぱりしていて小気味よい。

で、はじめてネットで検索してみたら、私より少し若いが同世代の人だと知って意外だった。

しかも、記事ではまったく私生活を感じさせないのに、夫君を50代で海難事故で亡くして、『ミボージン日記』という私生活全開のような本を出されていることも知った。夫君が1950年生まれの灘中灘高から東大というのも、早生まれでなかったら東大入試中止の年だったはずだから、70年入学だとしたら、その年の一浪してきた灘高出身の友人たちの思い出があるので親近感がわく。

ネットで竹信三恵子さんのインタビューや講演記事を拝見して、すてきな人だなあ、と思った。


それにしても、フェミニズムの言説は難しい。

特に今の時代では、どこのどんな人が発言しているのかすぐに分かってしまう。


その人の経歴や年齢や外見や肩書についての先入観が、言説を読むときの邪魔になることが多い。


「先入観とのイメージが違う」ことがプラスになる場合もマイナスになる場合もある。


たとえば貧困者の自立支援をしているサポートセンターの「もやい」の中心メンバーである湯浅誠さんとか稲葉剛さんだとかがどちらも東大出身と聞くと、いくらでも他の出世街道に進めたのに偉いなあ、などと思うけれど、


フェミニストのエリザベト・バダンテールがフランス屈指の金持ちでエリートの夫、娘や孫に囲まれてパリの一等地に住んでいることを知った時に「こんな人に普通の女性の悩みが分かるのだろうか」と思ったりする。


アンチエイジングなどやめてありのままがいい、などと主張する人が生まれつき肌がきれいで色白の美人である時と、肌や髪がぱさぱさで年よりも老けて見える「オバサン」であるのとでは、たとえ同じことを言われても受け取られ方が違う。


フランスで同性愛者たちのトーク番組を見ていた時、格好いいカップルが出てくると嬉しいが、ぱっとしない人が話すと、「異性に相手にしてもらえない人が同性愛にはしる」などと思われそうでいやだ、と思った。


聖職者や修道者でもそうで、いい家庭の出で姿もよく高学歴の人が独身の誓いを立てたら何か崇高なものに見えるが、その正反対の人が立派な志を語ったら、この人、他に道がなかったんだろう、などと思ってしまう。


このような反応は、プラスにしてもマイナスにしても等しくすごくプリミティヴで差別的で、どうしようもなくくだらないと分かっているのに、多分、多くの人に脊髄反射的に刷り込まれている偏見だ。


そういう先入観のみじんもない人を私は知っている。

私にはある。

偏見がなく本質的なものをまっすぐ観ることのできる人は存在するが、そんな人には、偏見のほんとうの卑しさなど想像もつかないだろう、

私は少なくとも、偏見の根づき方や克服の仕方やその深刻さをいろいろと考えざるを得ないという点だけでは、よかったかもしれない。





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# by mariastella | 2018-02-01 00:05 | フェミニズム

貧しさと猫と石川啄木

おびただしい猫ブログを時々眺めていると、猫を飼っていてどんなに世話が大変でも家族がみんな癒されて、異種や弱いもの、一方的に保護を必要として要求してくるものにひたすら尽くすことの喜びや感謝を日々感じている、という人がたくさんいるのが分かる。

たまに猫を虐待するような人のことも話題になるが、そういうのは猫の虐待というより広く弱者の虐待であり、絶対に許容できないものだから私の脳内「猫」空間からは弾き飛ばされていた。


ところが、石川啄木のこの歌を知ってある種の衝撃を受けた。

「猫を飼はば、 その猫がまた争ひの種となるらむ。 かなしきわが家(いへ)」(悲しき玩具)

彼は


「ある日のこと  室(へや)の障子をはりかへぬ  その日はそれにて心なごみき」 (一握の砂)

とも言っているから、「ささやかな心のなごみ」というのも知っている人だ。

でも、ひょっとしてそれはとても自己中心な心のなごみだったのかもしれない。

猫を飼ってもそれがいさかいの種になる、そんな家庭は深刻な不全感の中にある。


その「かなしさ」の重大さに思いをいたさせてくれる歌だ。


単なる「貧困」の指標などでは、とても測れない。


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# by mariastella | 2018-01-31 00:05 |

チベットのことわざ

フランスで「チベットのことわざ」とされているものにこういうのがある。

「幸せに長生きするための秘訣。

食べるのは半分に、

歩くのは二倍に、

笑うのは三倍に、

愛するのは無制限に生きなさい。」

確かに、免疫とかストレスとか生活習慣病とか、あらゆる面で正しい気がする。


でも、


最初の「食べるのは半分に」、というところから、もう、難しい。


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# by mariastella | 2018-01-30 00:05 | 雑感

魯迅とパリ新大司教

この16日にノートルダム大聖堂に着座したミシェル・オプティパリ大司教のインタビュー記事を『ル・モンド』紙で読んだ。


この人が、総合医として11年を過ごした後で39歳で神学校に入り、44歳で司祭叙階された聖職者として「遅咲き」の人 であることは前にも書いた


このインタビューでは、病院勤務によって、人々をそれ人が誰であるかというのとは関係なく愛することを学んだ、と言っている。

医師として、いい人でも悪い人でも等しく治療する。

扉を叩く人を無条件で受け入れる、ということを学んだ。

教会は、不法滞在者であろうとキリスト教徒でなかろうと、だれも拒まないで扉を開ける、暖を取る人、休みたい人、静けさを求める人も来る。

無料で、誰もが安心して休める場所は多くない。

病院を離れる時に、それが司祭になるためだと説明したら、数名の患者が、自分は何十年間も、家族にも知られないで朝晩祈っている、と打ち明けてきたので驚いた、とも言っている。

どういうわけか、魯迅のことを想起させられた。


魯迅は、1904年から一年半くらい仙台医学専門学校に留学して解剖学を学んでいたが、ある時、医学の道を捨てると決心した。


教室で日露戦争の記録映画が上映された時に、中国人が、ロシアのスパイの容疑で処刑されようとするシーンを見て、同席していた中国の同胞が、喝采したのだそうだ。

その無自覚さに衝撃を受けて、医学をやめて分泌で中国人の精神を啓発しようと決心した。

「あのことがあって以来、私は、医学などは肝要でない、と考えるようになった。愚弱な国民は、たとい体格がよく、どんなに頑強であっても、せいぜいくだらぬ見せしめの材料と、その見物人となるだけだ。病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。むしろわれわれの最初に果たすべき任務は、かれらの精神を改造することだ。そして、精神の改造に役立つものといえば、当時の私の考えでは、むろん文芸が第一だった。そこで文芸運動をおこす気になった。」(竹内好訳『阿Q正伝・狂人日記』(1955年)岩波文庫)

というのだ。

「病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまではいえぬのだ。」

という言葉にはっとする。

私たちは丈夫で長生き、健康寿命を延ばすのに必死で情報を集め、病気になればもちろん慌てて医師のところに行って治療をしてもらうことを望む。

でも、だれでも、いつか何らかの形で病気になったり死んだりするのは、たしかに、自然の理であって不幸とまでは言えない。

それよりも、たとえ肉体が頑強であっても蒙昧であれば、歴史に翻弄されて、支配者から見せしめにされたり、それを批判することもない迎合者となったりする、その方がずっと重大だ、と思ったわけだ。

人々の病気の治療ばかりしていたオプティ医師も、体の検査だけでは見えない心や精神の荒れ野に出ていって人々に寄り添うことを決心したのだ。

私たち(と言って悪ければ私)は、今どこか痛いところがあると、まずは痛み止めの対症療法を望むもので、そんな時に高邁なことを口にする医師なんて必要としない。世界のすべてはどうでもいいから、今ここにいる私の痛みをすぐに何とかしてくれ、と思う。

だからすべての医師や医学生が聖職者や革命家になってもらっては困る。


でも、実際に、そのように進路を劇的に変える少数の人は存在して、彼らは診察室でよりもずっと多くの人々を救ったりインスパイアしたりしているのだろうな、と思うと、感慨深い。


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# by mariastella | 2018-01-29 00:05 | 宗教

コンスタンス・ドゥブレと宝塚

最近、『プレイボーイ』という自伝風小説を出版したコンスタンス・ドゥブレ。

おじいさんが、第五共和制憲法にかかわりドゴール大統領の第五共和制の最初の首相になったミシェル・ドゥブレだ。ミシェルの父のロベール・ドゥブレは小児医学の草分けで彼の名を冠した病院もパリにあるし、ミシェルの四人の息子はいずれも政治家やジャーナリスト、作家など有名人で、コンスタンスはその一人のヴァンサンの二人の娘の1人だ。コンスタンスは弁護士で妹はジャーナリスト。

細かく言うといろいろあり、それはこの本にも書かれているのだけれど、とにかくこの人がすてきすぎる。

後に貼っておくが、本の紹介のために出た番組で入ってくるときの長い手足を持て余したようなちょっと照れたようなしぐさ、とか可愛い。

日本人の女性で宝塚のトップスターに憧れたことのある人なら彼女に夢中になると思う。何というか、宝塚のツボにはまりすぎている。


45歳なのだけれど、そして20年の結婚歴があって一人息子もいるそうなんだけれど、途中で自分がバイセクシュアルではなくて完全に女性が好きなのだと気づいて、以来、二人の女性との愛と別れがあり、とにかく今は、「見た目」を男に変えてしまった。

カルチェラタンの10平米の一部屋で暮らしているんだそうだ。

彼女の写真いろいろ。髪の長かった頃のものもある。


彼女が出てくるインタビュー番組。



まあこの人の場合は、代々のブルジョワの名門家庭の出身で、弁護士でもあり、マヌカンにもなれそうな容姿で、しかも、見た目が宝塚の男役、ってユニーク過ぎる。

こんな人のフェミニズムへの意見とか聞いてみたい。


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# by mariastella | 2018-01-28 00:05 | 雑感

ダウドさんとフェミニズム

カトリーヌ・ドヌーヴらがル・モンド紙に出した、ピューリタン的な男の敵視に対して、「男が女を誘惑する権利」擁護の声明が物議をかもしている。

それを眺めていて、そもそも、欲望に「力」を持ちこむのが人間の進化の歪みなんだろうなあなどとと考えていた。
自然界では、パンダの交配やら野良猫の生殖の季節をみていても、メスに選択権があって、オスは、フェロモンを感知してむかっていっても、受け入れてもらえないとあえなく引き下がる、というパターンだし、クジャクの羽根みたいに必死にメスにアピールなどするし、ハーレムを作っているようなオスも、力を行使するのは他のオスに対してであって、メスたちは一番強そうなオスのところにとどまる、という感じだ。

働きバチだの働きアリなどは人間の目から見るともっと悲惨で、生殖というのはまず類的存続をかけたもので、「個」は不平等すぎる感じがする。

人間でも、社会的な格差などのない学校のクラスなどでは、男生徒や男子学生の方が、一般に女子より弱くなる。より多く欲するものがより弱くなるのだ。

で、対等な関係である場以外のところで、つまり、「支配力」を行使できるところで欲望を満たすということがある。「力」は腕力だったり金力だったりもする。
人間の社会には、そういう役割を押しつけられるオブジェとしての女性、犠牲としての女性がたくさんいるのだ。

ル・モンドに声明を出すような女性たちは、社会的に「男と対等な関係の場」で生きている人がほとんどだろう。
学校や地域の幼馴染や同級生などの自然な対等の場とは別の「大人の世界」でも、「男と対等な関係の場」で生きている女性、だから、求愛する男性より相対的に強い立場にあるという女性であり、それは少数なのだろう。

などと思っていたら、『ル・ポワン』紙でカメル・ダウドが、この声明を激しく批判していた。(彼の記事は前にも紹介したことがある)

要約すると、

ピューリタンがどうのこうのと言っているのはお花畑であって、イスラム(ダウドはアルジェリア人)世界のことを考えてみろ、
イスラムの男たちはもっとピューリタンで、女性にはヴェールをかぶせて隠すし、さっさと結婚させるし、性的自由など認めない、で、それは女性を対等な人間として認めていないわけだから、人妻以外の女性や、共同体以外の女性や、戦利品としての女性や、ふしだらな女性に対しては、暴力をふるっても許されると思っている、
ドヌーヴらの声明はそういう男たちを力づけてしまうひどいものだ、

という言い分だ。

なるほど、情報のグローバリゼーションとはすごいなあと思う。今の世の中、だれのどんな片言隻句でも、文脈を離れてどんな風にでも改ざんされてどんな読み方でもされてしまう。
だからこそ、影響力のある発信者は、世界中にいる最も弱い立場の人のことも視野に入れて発信すべきだ、というのは正論かもしれない。

すべての人が、情報を正しく解読するリテラシーを持っているわけではないし、もちろん自分の都合のいいように故意に意味を捻じ曲げる人もいる。

こうなると、「表現の自由」ということそのものにも、いろいろな自己規制がかかりそうだが、何にしろ、発信者がコンテンツを明確な目的、意図というものを明記したパッケージに包んで差し出すことを考えなくてはいけない、自戒する。

けれども、肝要なのは、やはり、ユニヴァーサリズムとコミュニタリアニズムの区別ができていず、混同されているのを整理することだ。

ムスリムの社会での女性のスカーフやアバヤ(全身を隠す)の問題は、コミュニタリアニズム内でのフェミニズムの問題だ。

他の社会で他の文脈ではフェミニズムの問題にならない。

コミュニタリアニズムの観点に立ったフェミニズム(男女同権に近い)を絶対として押しつけることが不当なように、

ユニヴァーサリズムの観点に立ったフェミニズム(人間の平等)を都合よく捻じ曲げて特殊なコミュニティの主流秩序正当化に使うことも間違っている。

この二つの間違いをどちら側も互いに批判するので論点がかみ合わない。

それを明確にする視点でユニヴァーサリズムとしてのフレンチ・フェミニズムについて俯瞰するものを書ける人は、ほとんどいない。

これまでも、このテーマで企画を出したことがあるけれど、「フェミニズムは売れない」とされてきた。
だから、切り口を変えて、『女と神』という企画を考えているところだった。
「#me too 」とドヌーヴのおかげで、書くチャンスが訪れるかも。



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# by mariastella | 2018-01-27 00:05 | フェミニズム

ショパンの心臓

ショパンの心臓はコニャックに漬けられて、故郷ポーランドのワルシャワにある聖十字架教会の柱の中に納められている。


パリで死に、ペール・ラシェーズ教会に埋葬されたが、心臓だけは故郷の教会にというのが本人の遺言だったそうで、妹のリュドビカが持ち帰った。

その聖十字架教会は立派なバロック教会だったが、第二次大戦中にダイナマイトで爆破された。

連合軍の攻撃によるものではなく、1944年にワルシャワで起こった暴動の際にドイツ人が爆破したのだ。その時に、十字架を背負ったイエスの像が残骸の中に倒れた写真がある。

天に向けられたイエスの手が胸を打つ。


1945年に規模を縮小されて再建された教会に、ショパンの心臓は無事に納められた。

聖人の遺物というわけではないから外から見えるわけではないが、最近、ガラス容器が取り出されて、その状態から、結核で死んだ人の心臓だという所見が出されたところだ。


そもそもショパンが故郷を捨ててパリに来たのは、1830年に当時の占領者ロシアに対して民衆が起こした暴動の後の制圧を逃れてのことだった。

故郷に戻った心臓も、ナチスに破壊されそうになったわけだが、ポーランド出身のナチス将軍Erich von dem Bによって救われたという。


この教会は、1980年にダンスクで組合ソリダノスクとポーランド共産党政府の合意の後で、ミサが全国にラジオ中継されることになった時のミサが挙げられた場所でもある。ショパンの心臓はそれを生で聞いていたわけだ。


碑銘には、


「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。(マタイによる福音書 6- 21)」


とある。


日本語訳では「心」とあるが「心臓」と同じ言葉だ。つまり、「ショパンの富のあるところにショパンの心臓もある」、逆に、「ショパンの心臓があるポーランド、この教会が、ショパンの富」だということなのだろう。



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# by mariastella | 2018-01-26 00:05 | 雑感

イラン人と革命

今回のイランの「暴動」に関して、まだ在仏イラン人とは話し合っていないのだけれど、いろいろな記事を読んでいて、今まで私が気がついていないことがあった。

イラン人って、もともと、体制に対して「ノー」を突き付けることができる人たちなんだということだ。

思えば、アメリカの肝入りで導入された王政に対して、イスラム革命が起こったのも、歴史を俯瞰する目で見ると納得できる。

そんなホメイニ革命だったが、それが今のように宗教原理主義化するなどとイラン人は考えていなかったわけで、最初はそうではなかったし、原理主義化の動きにはすぐに抗議の声が上がったし、実際、あることが起こらなければ、ホメイニ体制は長く続かなかっただろう。

あることというのは、ホメイニ革命と同年の1979年にイラクでサダム・フセインが政権を取り、そのサダム・フセインの親欧米スンニー派との確執でイラン・イラク戦争が起こったことだ。

全部で百万人という犠牲者を出したこの戦争。
戦争となれば、国内で改革や革命、政府批判などしている暇はない。
8年も続いたこの戦争がホメイニ体制を確固なものにしたわけだ。

戦争がようやく終わると、今度は、戦死者を含める戦争被害者に、ホメイニの政権は補償年金の支払いを決めた。石油マネーがそれを支えた。すると、年金を必要とする人々は政権を倒すリスクをおかしたくなかった。
そうだよなあ、と思う。
その結果、宗教原理主義体制が20年近く続いたわけだ。
でも「NOと言える民衆」にとってはそろそろ限界なのかもしれない。

ここ10年の私の周りでは、ホメイニ革命の後で亡命した人や、イランの宣教から戻って来た修道女や、王室に近い人々、ばかりと付き合ってきたし、ドバイやカタールなどアラブの湾岸国に知人たちが今も暮らしているので、彼らを通して見えることもあるが、逆に見えなくなるものもあるなあと気づいた。

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# by mariastella | 2018-01-25 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒(続き)

Arteで『オリエントのキリスト教徒の最後』というドキュメンタリーを観た。

エジプト、トルコ、レバノン、イラク、シリアのそれぞれの状況。


レバノンがフランスの肝入りでキリスト教マジョリティ国として作られて、1943年からの30年くらいは、大統領はキリスト教徒、首相はムスリム、と決まっていたのは知っていたけれど、首相はスンニー派で国会議長がシーア派というところまで決まっていたのだそうだ。

それが、内戦を経て、「レバノンキリスト教徒の鬱」という言葉ができて、レバノンのキリスト教徒は今や、スンニー派寄りとシーア派寄りに分断されたという。シーア派寄りが多い。いや、中東のキリスト教の多くがシーア派とパートナーシップを組んでいる。なぜかというと、マイノリティ同士だから連帯するのだそうだ。


でも、スンニー派はサウジアラビアの系統で「欧米」に支援され、シーア派はイランに支援されるから、結果として中東のキリスト教徒は「欧米」から見捨てられる傾向にある。


それなのに、現地では、「キリスト教欧米の手先」のように見なされて攻撃される。典型的なのがイラクで、2003年の英米軍の侵攻以来、「アメリカのコラボ」という目で見られて教会や信者や聖職者が何度も犠牲になった。


エジプトのコプトへのテロもひどいが、中近東のキリスト教徒がスケープゴートとしてひどい目にあっているのは、ちょうど、一九世紀ヨーロッパのユダヤ人と同じスタンスだという。

マイノリティであり、独自の生活や信仰様式を持っていること自体が迫害を招いているのだ。


キリスト教徒よりさらにマイノリティのイェジディ族はユダヤ教より前の一神教で、彼らは難民キャンプなどでキリスト教徒に守られている。

モスルの司祭が、千年前から伝わるキリスト教の貴重な古文書を救うためにトヨタのトラック2台にぎっしりと積み込んでクルド自治区に脱出しようとした。道すがら、多くの難民が徒歩で必死で逃げているのを見て、トラックの荷台の古文書の上に乗せられるだけ乗せた。

チェックポイントについたがゲートは閉じられている。

後ろからはISが追ってくる。

車は通せないが、歩いてなら入ってもよいことになる。

司祭は、すずなりに乗せてきた難民たちに、持てるだけの本や文書を抱えて入ってくれと頼んだ。

子供たちまでがそれぞれ貴重な書物を抱えて走った。

おかげで、貴重な資料は失われずに無事に避難させることができたという。


トルコのキリスト教徒のジェノサイドのことは知っていたが、もともと、中東で最大のキリスト教コミュニティがあったのだという。

ムスリムがやって来た時は、キリスト教の一宗派だと思っていたそうだ。

それでいろいろとアドバイスし助けていたのに、結局は乗っ取られた形になり、「トルコ=ムスリム」アイデンティティの国になり大虐殺につながった。


エジプトで興味深かったのは、20世紀の前半は、「イスラム化」が目指されたのではなく「アラブ化」が目指されていたということだ。

たとえば、家の中や聖堂の中で靴を脱ぐのはムスリムの習慣ではなくてアラブの習慣だ。

帝国主義国の支配から解放されての、宗旨を問わぬ民族団結のアイデンティティを築こうとしていたのに、欧米諸国から支援されなかった。で、アラビズムがイスラミズムへと転化していったのだという。


他にもいろいろあるが、ともかく、オリエントのキリスト教が、いたるところでその宗教帰属ゆえに過激派から殺され続け追われ続けているというのに、ヨーロッパの国々はまったく関心を示してこず、自国のジャーナリストがひとりでも人質になると大騒ぎする。我々は、西洋の人権主義、人道主義、平等主義、普遍主義など、とうてい信用できない、という聖職者のコメントが印象に残った。


彼らのために本気でがんばっているのはカトリックのローマ教皇くらいかもしれない。南米出身の教皇ということがここで生きてくる。


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# by mariastella | 2018-01-24 00:05 | 雑感

オリエントのキリスト教徒

中東のイラク、レバノン、シリア、トルコやエジプトなどにはイスラム化した後にも、20世紀初めには人口の4分の1くらいの、キリスト教徒が残っていた。

それがどんどん縮小して、21世紀に入ってからの中東情勢の悪化で、途方もない数の犠牲者を出し、亡命する人も多く、今や30分の1と本当にマイノリティになっている。キリスト教の揺籃の地でキリスト教徒が完全に排除されると、彼らと共生していたムスリムも、ますます過激派に生活を脅かされるのでは、原理主義化するのでは、と恐れている。


「オリエントのキリスト教徒を救おう」という世論がヨーロッパで盛り上がるようになったのは、ISのような過激派がイラクやシリアを占拠し始めてからだ。


それまであまり意識していなかったのだけれど、近代以降、オリエントのキリスト教徒が中世よりももっと激しく弾圧され始めたのは、ムスリムから、「キリスト教徒は欧米文化の共犯者」とみなされたからだという。


つまり、近代以降、


「キリスト教 = ローマ・カトリックとそこから分かれたプロテスタント =  欧米帝国主義」


というシェーマが出来上がったことで、憎悪と迫害の対象になったというのだ。


もちろん、オリエントのキリスト教は、イスラム誕生に先行する文化だ。

モーセもイエスもエジプトからパレスティナに戻り、イエスはパレスティナで殺され、使徒たちはパレスティナで布教した。

ローマ帝国やヘレニズム文化の版図にも広がったので、地中海沿岸を中心に中東はもとより北アフリカにも根付いた。

オリエントのキリスト教は、後のヨーロッパ帝国主義国のキリスト教よりもずっと古いし、アメリカのキリスト教などはイスラム登場よりもはるかに後のプロテスタント植民者から始まった。


欧米帝国主義国の覇権主義は、産業革命やら様々な要因によって増大したが、キリスト教自体から来ているわけではない。

彼らにとっての「新世界の発見」が宣教師たちの福音宣教魂に火をつけた部分はあるにしろ、帝国主義者全員がキリスト教アイデンティティを持っていたのは、キリスト教の権威を支配のツールにし続けてきた為政者たちの思惑が成功した歴史的な実情以上の部分では大きな意味を持たない。


それなのに、「キリスト教=欧米」と言われてしまうのは、日本を見ていても分からないではない。

「欧米」経由でキリスト教が入ってきて、欧米帝国主義と対峙しなくてはならなくなったせいで、「日本のキリスト教徒= 欧米かぶれ=日本の伝統を捨てた者」のように見なされる言辞は、21世紀の今ですら残っている。


けれども「親欧米」が、中東のキリスト教徒の迫害の口実になっていたとは。


イラクのカルデア派を始めとしてカトリックと近い宗派も確かに少なくない。

でも、中東のキリスト教の方が、言ってみれば本家本元なのだ。


それに、日本のように、キリスト教は採用しなくても、しっかり親欧米の国はある。キリスト教の根源にあったヒューマニズムや普遍主義(共同体を地縁や血縁で縛らない)が少しずつ形成してきた「国際社会」の原則に合意が成立しているからだ。

中東のキリスト教徒が、そのような「欧米帝国主義シンパ」という言いがかりをつけられて迫害されていたことに対して、欧米のキリスト教はずっと無関心であり続けてきた。


彼らの多くにとっては、キリスト教はもはや「政治」とは関係がなく、そのエッセンスを昇華した自由平等主義が旗印なのだから、中東の「キリスト教徒共同体」がキリスト教であるということだけで迫害されていることなど、アナクロニズムでしかなかったのだ。(続く)


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# by mariastella | 2018-01-23 00:05 | 雑感

ポール・ボキューズとローマ法王

日本でもフランス料理の権威として有名なポール・ボキューズが91歳で亡くなったので、ニュースになっている。


懐石料理に影響を受けたとか言われるヌーヴェル・キュイジーヌが流行ってからも、料理に古いも新しいもない、おいしい料理かどうかだけだ、と言っていて、毎朝8h15に、朝市を見て回るのが最後まで日課だったとか。

食材に挨拶するためだったという。


おもしろいのは彼を形容するのに、フランス料理のPapeだと言われることだ。

Papeはローマ法王、教皇のこと。


日本でも業界の実力者などを「・・天皇」などと形容するのを見たことがあるが、こういう時に、「王さま」という言葉は使われない。


「王」は支配者であり、天皇やローマ教皇は、支配力を行使しないで尊敬されているというニュアンス、シンボルという感覚があるのだろうか。


ポール・ボキューズの愛称が「ムッシュー・ポール」だったこともおもしろい。


フランス語ではムッシュ-やマダムの後には姓をつけるし、親しい人にはファースト・ネームだけで呼ぶから、ファースト・ネームの前にムッシューなどとつけるのは正しくない。

特殊枠、芸人的な感じだ。


でも、ポール・ボキューズの場合は、教皇がフランシスコなど、ファースト・ネームだけで呼ばれるのも連想してしまった。

リヨンのレストランはミシュランの星の最長記録を更新していて、亡くなって空の星になったというイメージで、


「ムッシュー・ポールは、星々の間にいる」


と言われるのもほほえましい。


料理に関しては、いろいろな意味での総合芸術としての演劇心が印象的だ。

それが彼の名を一大ブランドにしたのだろう。


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# by mariastella | 2018-01-22 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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