L'art de croire             竹下節子ブログ

ラモ-とクープラン

前に、クープランとラモ-は補完的だと書いた。

http://spinou.exblog.jp/18043174/

ではなぜ私たちがクープランのチェンバロ曲を3本のギターに編曲しないかというと、それは、クープランの音楽が、というより彼自身の感性が、あまりにもチェンバロという楽器と一体化しているからだ。私たちがトリオで弾くものは、原曲に新しい地平を開いたり、何かを加えたりするものでなくては意味がない。

クープランもフランス・バロックの人らしく、バロック舞踊のランガージュをよく理解していた。でも、曲の作り方は、ラモ-のような変幻自在な驚きを仕掛けるのではなく、ひたすら、チェンバロの特性と手指と耳の出会いの官能にのめり込んで追求したと言える。ショパンとピアノとの関係に少し似ているかもしれない。

確かにチェンバロの鍵盤が弦をパチッとはじく時の感触などは、弾いていると気持ちよくて誰でも癖になるのだが、クープランのようにこの楽器と一体化した人の曲を弾く時はまた独特のものがある。曲想でなく楽器のロマン派みたいな距離の近さ、親密感だ。

クープランは他にもすばらしい曲を残しているが、オーケストラやオペラには興味をひかれなかったようだ。
私たちはラモ-風の錬金術が好きなので、クープランを編曲することはこれまでなかったのだが、音楽学の比較研究の例としてクープランもとりいれることで明瞭になってくることがある。クープランのリゴドンにはミオンにそっくりなものもある。

モンドンヴィルやデュフリーやリュック・マルシャンのチェンバロ曲については、すべてが素晴らしいわけではない。私たちが編曲しているのは最高のものばかりだ。

すべての曲がひとしくすばらしいのはやはり、ラモ-とミオンなのだが、この2人はまた、逆のタイプでもある。

ラモ-が錬金術師でプロメテウスだとしたらミオンは神秘主義者なのだ。

今日は師井さんの絵の展示と一緒にミニコンサートをやった。

1年前に東日本大震災のチャリティコンサートをやった時に師井さんと出会ってから生まれた企画だから感慨深いものがある。いろいろなところでジョイントしてみたい。
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# by mariastella | 2012-06-04 05:06 | 音楽

ヴァイオリンと老人

メトロの9番線で、ミロメニルからラ・ミュエットに向かう途中のこと。

平日の午後などでそう混んではいない。

私のそばで誰かがヴァイオリンを弾き始めた。

珍しいことではないので初めは聞き流していた。

スピーカーで伴奏を流してそれに合わせてコンチェルトを弾く人などもたまにいて、そういうのはむしろうるさくて読書の邪魔だ。

メトロ構内の廊下にはいつも決まったクラシック曲を手堅く弾く常連もいて、そういうのは快い。

でも、どれもみな、たいていは、時と場合に見合った「想定内」のパフォーマンスなのであまり注意しない。

たまに素晴らしい演奏があって、そういう時はじっくり聞くというより観察する。

どんな人がどういう目的でどういう経緯でここにいるのかなあ、と思って。
よほどのことがないと小銭を入れることはない。

ところが先日のメトロの中では、ふと顔を上げると、よれよれの感じでかろうじて立って弾いているのは明らかな高齢者だった。

少ない白髪、リュック、何よりも、歯がほとんどない半開きの口が老齢の悲哀を強調する。

この人がしゃべったら、多分、発音が明瞭ではないだろう。

メトロの中の「物乞い」の中には、立て板に水のごとく流暢に朗々と窮状を訴える者や、たまには、「刑務所から出てきたばかりだ」と言って脅迫に近い言辞を恫喝的に弄する者もいる。

でも、この老人には、言葉がなく、音楽しか、ない。。

私は楽器を見た。ニスはすっかり剥げている。弓もずっと張り替えていない感じだし、弦ものびきっているようだ。この弦が切れたらどうするんだろう。ヴァイオリンの弦というのはギター弦よりも10倍くらい高価だ。それが心配だ。

演奏は…楽器の状態から想像できる程度のものでしかないが、少なくとも、彼が何十年と暗譜で弾いてきたなじんだ曲で、そのなじみ方すら哀れな感じだ。

私は財布を探った。2ユーロ(200円くらい)を取り出す。食事代にしてもらうには一人最低2ユーロ位は出さないと…。

ところが、次の駅についてもおじいさんは演奏をやめない。

普通はそこで手を出して、お金を受け取ってから移動してワゴンを変えるはずなのに。

きっかけを失った。私はその次の駅で降りなければならない。

どうしようかと思っていたら、駅についた時、やはりそこで降りる女性が2人、老人の前にコインを差し出したので、老人は弓を楽器から離して受けとった。

私も続けてコインを出した。すると、前の2人も、全く同じように、2ユーロのコインを出していたのが分かった。

私は老人を見て、彼の楽器を見、音楽を聴いて、いろいろ考えをめぐらせていたわけだが、実は、一人ではなかったのだ。

同じ時に同じことを考えて、同じことをした人がいたのだ。

彼女らと私にはそれ以外の何の共通点もないだろうに。

嬉しかった。
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# by mariastella | 2012-06-03 00:59 | 雑感

イ長調で文句を垂れる猫

トリオの仲間とうちの練習室で練習していると、隣りの廊下から猫のスピノザ(通称スピ、またはスピヌー)が、入れてくれといってしつこく鳴く。

ドアをがりがりしたりノブに飛び上がったりもするが、だめだと分かると、哀切と不満が絶妙にからんだ「入れてよー」コールをかけてくる。

その訴求力はすごい。

他の音なら無視して演奏できる私たちもつい動かされてしまう。
私たちトリオがいつの間にかスピを交えたカルテットになっているような具合に声が侵入してくるからだ。

それは、Buryのシャコンヌを演奏している時だった。

この曲を私たちはラ長調(日本風に言うとイ長調)で弾いている。
スピは、それをキャッチして、必ず、自分の嘆き節を「ラ」の音で始めるのである。

それだけだと、「あれ、スピって、ラの音でなくんだなあ」 で終わるだろう。

けれども、私たちは、楽器のピッチを「ラ=440ヘルツ」で弾く時と、418ヘルツで弾く場合と二通りあって、半音近いずれが出るのだが、スピヌーは、どちらの場合でも、正確にその二つのピッチを使い分けるのだ。

つまり、私たちの演奏の基音を正確にキャッチしてアジャストすることで、「曲のドア」を楽々と開けて、何食わぬ顔で四番目の演者におさまってくるわけなのだ。

440と418(こっちがバロック・ピッチだが、歌などが入らない場合は、弦の張り具合や音の届き具合を考慮して私たちは440でも弾く)を聞き分ける猫、というより、多分、鳴き始める時に自然に共振するのだろう。

それにしても単にギャーギャーなくと雑音として無視されることを学習して、同じ調性で演歌風にビブラートをきかせた恨み節を挿入するわけだから、そうされると、こちらも思わずスピとの「仲間感」が生まれてくるのがシュールである。
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# by mariastella | 2012-06-02 00:34 |

6月3日のプログラム

この日曜に、私のアソシエーションで、師井公二さんの絵とインスタレーションと私のトリオのバロック音楽を組み合わせたサロン・パフォーマンスを企画している。

(パリにいる人で興味のある人は http://schubertiade.web.fc2.com/index.htm

の連絡先に問い合わせてください。)

弾く曲目は以下のもの。

Ritournelle « Nitetis » (1741) Charles-Louis Mion

Menuet 1 et 2 « Le pouvoir de l'Amour » (1743) Joseph Nicolas Pancrace Royer

Chaconne pièce pour clavecin (1737) Bernard de Bury

Loure   « Isbé » (1742) Jean-Joseph Cassanéa de Mondonville

Passacaille « Nitetis » (1741) Charles-Louis Mion

la flatteuse pièce pour clavecin (1747) Luc Marchand


Royer の« Le pouvoir de l'Amour »については前に書いた。

http://spinou.exblog.jp/17153366/

その成立年代に注目してほしい。

« Le pouvoir de l'Amour »があまりに素晴らしいので、仲間の音楽学者のHは、Royerの最初のオペラである«Pyrrhus»の楽譜をぜひ調べたいと思った。そして、最近その夢がかなったのだが、彼は驚いた。

« Le pouvoir de l'Amour »の中にあるフランス・バロック・オペラの濃縮な魅力が一つもないのだ。
リュリーなんかと変わらない。

で、«Pyrrhus»の成立は1730年だ。

1730年と1743年の間に、いったい何が起きたのだろう。

答はひとつ。

ラモーだ。

1733年に、Rameauの« Hippolyte et Aricie »が登場し、

すべてが変わった。

ラモーは、錬金術のように脳内楽園を音にした。

色彩感とハーモニーとエレガンスの嗜好。

ラモーは革命的だった。

1733年はクープランの死んだ年でもある。

彼はチェンバロの鍵盤の触感に淫した。

色彩感とハーモニーとエレガンスの嗜好はラモーと共通している。

フランス・バロックの情感はすでにあったけれど、そのクープランのくびきを離れた時、過去と断絶する異質なラモーの天才ぶりが前面に躍り出た。

Royer も Bury も Mondonville も、Luc Marchand(Louisではない。Lucのチェンバロ曲を19
世紀以降に聴いた人はまずいないのではないか・・・)も、皆、それぞれのやり方でラモ-にインスパイアされた。

フランス・バロック音楽のもう一つの特徴は、バロック・バレーのランガージュを統合したことだ。

リズム、そして、動くかたまりとしての体の質感、重力との拮抗。

しかし、色彩の変化やハーモニーの変化はバレーにない。

絵画作品は、色彩とハーモニーとリズムによってフランス・バロック音楽のランガージュと共振し得る。

デジタルなグラフッィクでは「動くかたまり」という受肉性が消えるけれど、インスタレーションも含めた今回の師井さんとの協働では、なんだか脈打つ感じが喚起されそうだ。

楽しみ。
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# by mariastella | 2012-06-01 07:22 | 音楽

同性愛、当事者、ランボー etc...

日本で買った本でまだ読んでないもの

横山泰子『妖怪手品の時代』青弓社

佐宮圭 『さわり』小学館

ダグラス・アダムス/マーク・カーワディン『これが見納め――絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』みすず書房

ベン・マッキンタイアー『ナチを欺いた死体』中央公論新社

その他、伊勢神宮に行ったので、式年遷宮の話など、伊勢神宮崇敬会叢書を何冊か購入した。読み終わったのは『伊勢の神宮と刀剣』だけ。美しい。

新書を2冊読んだ。

文春新書 竹内久美子『同性愛の謎』

男の次男以下の方が同性愛になりやすいというのは周りの人の実感と合わない。母方の血縁の女性がよく繁殖するというのも…
ホルモンについての他の話の方がおもしろかった。接触刺激によってオキシトシンという快感ホルモンが分泌され、猫を撫でている人も撫でられている猫も同じように気持ち良くなるんだそうだ。これは実感とぴったり合っている。

光文社新書 佐々木俊尚 『「当事者」の時代』

今、精神疾患や障害の「当事者研究」に関心を持っているので読んだのだが、全然違う話だった。でも、その人の考えの筋道が問題意識の中ではっきり分かるこういう書き方がされている本は日本には少ないので楽しかった。

日本の戦後史のさまざまな「運動」がマイノリティ憑依とかインサイド・アウトサイドの視点で整理されているので興味深かった。少なくとも、1970年代の中頃までは私も日本の戦後史の中での自分の立ち位置やら当事者性をずっと考えていたからだ。そして、当時の総中流社会の生活設計の自明さにうんざりして「遠くへ行きたい」と思うのが若者の基本マインドだったというのもすごく理解できる。

私にはそれが可能だった。

しかし同心円的な幻想の総中流コミュニティに残った人々は、常に「空気を読む」ことを強要されるハイコンテキストの社会をますます強固にしていった。

マイノリティ憑依は、そこでは、メディアの提供するエンタテインメントでしかなかったというのだ。

そんな社会では、政策ですら、ほとんどは、官僚なり政府なりが明瞭な責任を負うこともなく「ダンゴレースのように決まっていった」らしい。

私は同心円的社会から出て以来、別の場所に中心を置くこともなく、結局、フランスと日本という異質な二つの焦点を持つ楕円のような世界に住んで、そこから周りを眺めるようになった。

そして、マイノリティは、私の世界のアウトサイドにはない。それは確かだ。

この見方を有用に言語化するには、もっと時間が必要かもしれない。


他に日本語では、当事者研究を掘り下げるために、中井久夫さんの『治療文化論』と現代思想(Vol.39-11)の『痛むカラダ』を読んだ。どちらも刺激的だが、ちょっと食傷したのでまた別の時に書こう。

その他、いただいた本もたくさんあるがまだあまり読めていない。そのうちで読んだのは、

野内良三編訳『ランボーの言葉』中央公論新社

帯の表にある言葉が、「道徳なんて考えだすのは脳みそが弱ったせいだ」で、ランボーにぴったりと思ったら、帯の裏にある言葉が「まじめで学歴のある前途有望な男が現れた場合、イザベルが結婚しないというのは大変なまちがいです。この世で孤独はよくないことです。この私も、結婚して家庭を持たなかったことを悔やんでいます。」(イザベルは妹)というもので、ちょっとのけぞってしまう。

編者によるひらかなの「こめんと」は、なんだか私が寝る前に時々読んでいる佐藤一斎『言志四録』(一~四、講談社学術文庫)の川上正光の訳注みたいで、ほのぼのとする。

ランボーは、19世紀後半のフランスの教育システムでは十分「エリート」になれたはずだ。

けれども、その頃、エリートの中には、親や祖父母の財産相続による年金生活が可能な階級が決して少なくなかった。
プチブルの単親家庭で育つような普通の「共和国型エリート」は、学歴を武器にして自分で働いて生計を立てるしかない。

学業優秀だったランボーには、中途半端に自由を制限されているそんな将来が耐えられなかったのだろう。

妹に勧めているように、いっそ女性だったら、「稼ぐ夫」によって生活の基盤を確保してストレス・フリーになれたのかもしれない。

晩年のランボーの願いは、家庭を持って息子を自分の思い通りに育て、最高の教育を授けて身を固めさせ学問のおかげで羽振りがよく力のある人間になるのを見ること、というのだから、自分にもそのような人間になる選択肢があったことは十分理解していた。

しかも、病院で死の半月前に回心し(つまり告解して終油の秘跡を受けたんだろう。病院付きの司祭を無理やり兄に押しつけた妹が、兄さんは信仰を再発見した、と喜んで母親に書いている)、なんだか、痛々しい気もする。

その妹は、結局、ランボーの願ったような共和国型エリートとは結婚せず、詩人ランボーの崇敬者だった画家で詩人のパテルヌ・ベリションと、ランボーの死後6年程経ってから結婚した。当時だと、かなりの晩婚同士だ。

妹も絵がうまく、死の床のランボーをはじめとして兄の姿をいろいろ残している。そしてこの夫婦は、激烈な天才だった兄の著作権を継承し、出版を続けることで、なんというか、兄の遺産で食いつないでいたような感じだ。
まあ彼らのおかげでランボーの作品がフランスの文学遺産として継承されてきた面もあるのだろうけれど。

自分の才能や夢にふさわしい経済基盤がないので、まず過酷な実業に乗り出して、金ができてからようやく夢を実現させたシュリーマンのことも考えてしまった。ランボーとはある意味で真逆だ。

夢と才能と金と気力と体力を使い果たした後で、パンドラの箱の底に残っていたというランボーのユニークな信仰についても、もっと知りたいものだ。

マルキ・ド・サドの『司祭と臨終の男との対話』のことも当然頭に浮かんでしまう。

サドの作品では瀕死のはずの男が司祭よりもよくしゃべり、神の存在の必要性が自分にはないことを分からせる。

最初の方で、死ぬ前に今までの悪行を悔い改めろという司祭に対して、

自分が悔い改めるのは果実をたっぷりと収穫できた時に花だけを摘んでしまったことだ

と、サドの分身が語るところがある。

サドが花を摘めたのはやはり、不労所得のある貴族だったからかもしれない。

この世で花も実も期待できない時、人は身を削りつくした後で、神に賭けてみるのだろうか。
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# by mariastella | 2012-05-23 03:00 |

最近近所で観たフランス映画と日本映画


是枝裕和監督の『奇跡』を観た。

こちらでのタイトルは『I Wish. Nos voeux secrets』、つまり、ぼくらの秘密の願い事、というわけで、「miracle=奇跡」とは言わない。

欧米語だと「奇跡」というのは、願い事が叶えられるというより、こちらの期待を超えて神から一方的に与えられるものだという感覚があるから、都市伝説にのっとって願いを叫ぶというのはそれだけでは奇跡とはならない。

もちろん「奇跡を願う」といういい方はフランス語でも可能だが、奇跡の「起こり方」は、やはり「願い通り」というよりも、予測不可能な神の業に属しているのだから、この映画のタイトルが「奇跡」というのは、たとえ「子供らしい」思い込みという設定だとしても、フランス語としては違和感があり過ぎるのだ。

そういう点にまず考えさせられた。

で、話は、子供たちの一種の通過儀礼、イニシエーションものになっているのだけれど、フランスでのある評には、「現実を受け入れるという東洋的な智恵に到達する」みたいなことが書かれていた。小津マジックが働いているのだろうか。

前半は2人の兄弟の福岡と鹿児島での日常の小さなことの淡々とした積み重ねで交互に積み重ねられるのがとても「映画的」だ。後半はロードムービー風になってスピード感、非日常感が、よくできた音楽で高められる。

美男美女の両親の子供2人(実の兄弟)が全然両親に似ていないのは不自然でなかなか慣れなかったけれど。小学校の先生たちもみんな美男美女過ぎる。

それにしても、桜島の有徴性は突出している。煙を吐くこの火山を毎日目にして育った私の父は、それを、一生刻みつけていた。

先日はEtienne Chatiliez の『L'Oncle Charlesシャルルおじさん』を観た。

Eddy Mitchellは悪くないし、Alexandra Lamyは好きだし、ニュージーランドで大富豪になったフランス人とナントの近くの貧乏家族の出会いというシャティエらしいシチュエーションもおもしろそうなのに、あらゆるところで浴びせられていた酷評に違わず、猥雑で意味のないシーンの連続だ。

それでも、すごく本質的に「フランス的」なのが、日本から戻ったばかりだったせいか、かえって身にしみた。

日本に滞在中は一本だけロードショーを観た。『テルマエ・ロマエ』だ。

原作のコミックを全巻読んでいて気に入ってたからだ。最新刊ではラテン語を話す若い娘が出てきてあり得ないシチュエーションだよな、と思ったが、映画ではそれがもろに採用されて、一週間徹夜でラテン語を勉強したら古代ローマで立派に意思疎通ができるという設定になっていて、無理があり過ぎだがそれなりに「映画版」としてのストーリー展開になっていた。

映画まで見るな、マンガだけにしておけ、と忠告されていたのだが、行って後悔したということはなかった。豪華だしサービス精神にあふれていて気分転換になる。

後は、時間がなかったので、往復の飛行機内で何本もの映画を観た。

フランス映画では、見損ねていた『The Artist』。

想像通りで、モノクロ・サイレントという今となっては珍しさが目新しさに映る表現を使ったアイディアの勝利である。それ以外にはこれという驚きのない予定調和の映画だった。アメリカで受けたというわけはなんとなくわかる。

日本映画は矢口史靖監督の『ロボジー』。「ニュー潮風」というさびれた温泉旅館みたいなネーミングがおじいさんを中に入れたロボットにつけられているのが笑える。

他にもたくさん観たが、続きはまた今度。
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# by mariastella | 2012-05-22 21:04 | 映画

大統領選が終わった

フランスで17年ぶりに社会党の大統領が選出された。

31年前にミッテランが初めて当選した時にバスティーユ広場はひどい雷雨におそわれて、「神が怒っている」と言い出した知り合いがいて驚いたのを今でも覚えている。

興味深いのは人民戦線のマリーヌ・ル・ペンが、反サルコジを貫いて白紙投票したことで、極右人民戦線の票を取り込もうとして移民排斥などの政策をコピーしてきたサルコジって、いったい・・・というところだ。

人民戦線の「躍進」のせいで、フランスでは極右が台頭しているんですか、とか右傾化してるんですか、というような質問を時々されるのだが、今回ル・ペンにシンパシーを感じた人と、極左メランションにシンパシーを感じた人との間には、ほとんど差のない層がいる。

過去にブッシュに尻尾を振っていたサルコジが、アメリカの不況を見てあっさりとメルケルに乗り換えるのを見て苛立った層といえるかもしれない。

実際、メルケルとサルコジが並ぶのを嫌ってオランドに投票したという人民戦線の支持者も少なくなかった。

サルコジは社会党をこきおろすために盛んにスペインを貶めたことでも際立っていた。社会党政権が7年続くと経済が破綻する、というのだ。これに傷ついたスペイン人は少なくない。

それに、極右が台頭したというより、父の後を継いだマリーヌが、少なくとも公的な場所では前よりも共和国主義やその要である政教分離を強調しているので、新しい世代からは、「新保守」くらいの軽い気持ちで支持されている部分もある。

父親の時代にあったカトリック保守主義というイメージも、マリーヌ自身が二度の離婚(最初の結婚で三人の子がいる)を経て、今の相手とは事実婚という保守カトリックのイメージでは考えられない自由奔放な生き方をしていて、年齢的にも他の候補に比べて圧倒的に若い43歳という新鮮さもあった。

彼女の長女はJehanneといって、ジャンヌ・ダルクにちなんでいるし、マリーヌという名も、本名のMarion Anne Perrineよりも聖母マリアや父親のジャン=マリーを連想させる(上の姉はル・ペンの長女らしくMarie-Carolineという)。

もっとも父親も、1987年に68歳で離婚していて1991年に72歳で、ギリシャ、フランス、オランダの血をひく四歳年下の離婚経験者と再婚しているから、さすがにフランスというか、カトリックでも離婚再婚は保守政治家の足かせとはならない
。社会党のミッテランはさすがに前の世代だから隠し子は長い間隠し子のままだったが、今度のオランドは4人の子をもうけた事実婚のロワイヤルとの関係を解消してジャーナリスト(Valérie Trierweiler :2度の離婚経験者で3人の子の母)とまた事実婚の関係にある。

5年前のロワイヤルの大統領選挙戦の時にはすでにこのジャーナリストと暮らしていたが公表していなかった。

彼女のおかげでシェイプ・アップしてイメージ・チェンジに成功したといわれている。

政治家と結婚する女性ジャーナリストは珍しくないのだが、夫が閣僚入りなどすると、報道の中立性を考えて職を去る人もいる。この人は結婚していないから大丈夫なんだろうか。3人の子を育て上げるために税金を使う気はない、経済的に自立していたい、と言っているのを、Paris Match 誌で読んだことがある。

オランドもシラクも選挙区が同じコレーズで、二人が政治的には対立する陣営にいながら、コレーズの人が、前はシラクに、今度はオランドにと、政見よりも地元性を大切にしてはしゃいでいるのも郷土色を強く残すフランスの特色かもしれない。シラクもオランドもワインが好きだから、と地元の人がうれしそうに言っていた。ワインを飲まないサルコジへのあてつけなのだろう。

今朝のラジオでは、新大統領の誕生のニュースを伝える新聞を買う人たちは、サルコジに投票した人でさえ口元がほころんでいた、と言っていた。
平和な政権交代は民主主義がよく機能している証拠で、不況の世に心機一転の気分をもたらすらしい。

実際、80%を超える投票率で、若者の姿も多く、彼らが感涙にむせんで広場に集まって歌ったり踊ったりする姿を見ていると、毎年のようにいつの間にか首相が変わっている日本などとは国柄が変わってくるだろうと思う。

フランスはいまだに「大きな物語」を共有できる国であるらしい。

けれども、この種の興奮はサッカーの勝敗などにも見られるもので、巨大な金が動く政治やスポーツに蔓延する幻想や偽善を思うと、実のところ、かなり絶望的な気分になってしまう。
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# by mariastella | 2012-05-08 05:24 | フランス

日本覚書 その2 演劇

国立劇場に南北の「通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」を観にいき、その数日後、
宝塚歌劇でミュージカル『華やかなりし日々』を観る。

共通点は、悪の華、というところか。

南北ものでは、仁左衛門が、大名の悪と平民のワルを両方演じ分けるのが楽しい。

とにかく、何十人も切って捨てられて、子供も殺されたりするので、非常に陰惨で観たくないような場面の連続なのだけれど、それでも、悪役が主役で、悪ければ悪いほどさらに魅力的に見えるという倒錯的な話だ。

大詰めの閻魔堂の場が絵的には好み。

宝塚の方は、さすがに、悪のヒーローは、詐欺師で、貧しさからのし上がったという設定であり、極悪人ではなく、最後も殺されずにすむ。

大空祐飛のさよなら公演。この人、声がいいな。

悪がテーマなのにからりとしていて、ぜんぜん「濃くない」お話だ。宝塚はやはり「いい人が試練に会う」話の方が「濃い」という気がする。

宝塚マジックはいつも通り機能していて、

「宝塚さえあればこの世に男は要らないなあ」

と、観客がみな感じているのがひしひし伝わってくる。
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# by mariastella | 2012-05-01 13:29 | 演劇

日本覚書 その1 美術館

日本でいろんなところに行ったので、忘れそうなので、後でまとめるために覚書。

建築的に面白いと思ったので、乃木坂の国立新美術館と水戸の芸術館に行った。

国立新美術館は、素材や形、外側と内側のマルチ空間の明るい構成、どれをとっても魅力的。黒川紀章最後の作品。ミュージアムショップも素敵なものがいっぱい。

15世紀フランドル絵画の博士論文執筆中のスタッフに大エルミタージュ美術館展を案内してもらった。

バロック・トリオのHと一緒だったので、18世紀ニコラ・ランクレの有名な踊るカマルゴ嬢を見つけて、二人でなめるようにゆっくり楽しめた。

日本に来た最初の週にHと彼の彼氏であるスコットランド人のLと一緒に二見浦に泊まって伊勢神宮にお参りしてきた。Lは浮世絵の収集をしていて、最初の1枚が夫婦岩だったので、どうしても見たかったそうだ。思ったより小さくて意外だったようだ。私は去年津波の映像を見すぎて、もう海辺の宿に泊まるのはいやだと思っていたのだが、彼らのおかげで、半世紀ぶりに二見浦に泊まった。

20世紀のマティスの前で皆であれこれ話していたら、フランス語でマティスについての論文を書いたという女性がいろいろ解説してくれた。「少女とチューリップ」は癒し、快復がテーマと言うのだが、私は少女のまなざしに、もう絶対に「回復」はできない失われた何かを見て気になった。それは、病によって失われたと彼女自身が思い込んだ彼女の幻想の「若い日々」かもしれない。

その後彼らと根津美術館に行く。春の陽光の下でのここの庭は初めてだ。

水戸の芸術館は写真ですごく気に入ったのだが、行ってみたら、前の広場に屋台みたいなショップがいっぱい出ていて、仮設舞台でにぎやかな演奏があって町内祭りのようなノリだったので、少しがっかりした。

現代美術ギャラリーでのゲルダ・シュタイナーとヨルク・レンツリンガーによるインスタレーション「力が生まれるところ」は私好みで楽しかった。横たわって鑑賞する「リンパ系」というインスタレーションが楽しいが、なんだか、やはり、こうしているときに地震が起きたら・・という一抹の不安が。水戸納豆も震災の後一時出荷停止になったと初めて聞いた。

付属のフレンチレストランはおいしかった。

ショップで、ここが出しているWalkという雑誌の2001年6月号の特集「『ダンスはすんだ』のか?』を買って読んだ。日本の現代舞踊協会についても言及されている。

今日の夕方は、「ティアラこうとう」に舞踊作家協会の公演を観にいく。70年代にかぶりつきで鑑賞したアキコ・カンダは、昨年亡くなった。今日は、彼女と同じ歳のヨネヤマママコさんも追悼のマイムをなさる。
93年にベルギーで企画して演じてもらった十牛の最後のシーンだ。彼女には、2003年に私たちトリオが公演したとき、プライヴェートコンサートで競演してミオンを踊ってもらった。もう一度一緒に演ってみたい。

芸術館の後、偕楽園にも40年ぶりで行った。地方都市って、流しのタクシーがほとんどなく、芸術館から歩いた。

被災して閉まっていた好文亭が修復されて今年再開したそうでちょうどよかった。昔行ったのは梅の頃だが、今はつつじが咲き始めていた。
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# by mariastella | 2012-05-01 12:59 | アート

キリスト教の真実

サイトの著書紹介をまだ更新していないので、最近出たちくま新書の自己紹介記事をここに転載しておきます。

もうひとつ、旧サイトがなかなか消えない事情があって、今でも、私の名で検索すると最初に出てくるらしく旧サイトを登録している方が少なくないことが分かったので、ここに改めて新サイトのアドレスを書いておきます。マウスを動かすと猫が出てくるやつです。

http://setukotakeshita.com/

よろしくお願いします。 では、以下に新刊紹介。


現代世界の底流にあるキリスト教思想を読む  『ちくま』2012・5月号より

チュニジアやエジプトを発端に「アラブの春」と呼ばれるイスラム世界の民主化運動が始まってから、一年以上が経過した。しかし「民主的」選挙で選ばれた多数党は過去の独裁政権下で弾圧されていたイスラミスト政党で、これからはイスラムを基本理念にすると言い、それではイスラム革命をしたイランと同じではないか、と危惧する声もある。  

ところが、民主主義下の政党が宗教理念を掲げること自体は、世界では別に珍しいことではない。日本のように、軍国主義の基盤となった国家神道から、敗戦によって、天皇が「神」から一転して「人」になり、無神論的な過激な政教分離の「民主主義」になった国のほうが特殊だ。国王を殺したフランス革命でさえ、ナポレオンの時代にはカトリック教会と和親条約を結んだし、神の国の建設を目指して植民者が開拓したアメリカのような国では大統領が盛んに「神」を口にしてはばからない。ドイツのメルケル首相は「キリスト教民主同盟」の党首だし、イギリスのエリザベス女王は英国国教会の首長である。

でも、誰もそれらの欧米諸国を「民主主義」でないとは言わない。彼らは、彼らの民主主義や人権思想を生んだ「西洋近代思想」の背後にキリスト教の神がいることを口にしなくても自覚しているからだ。だから、今のチュニジアのようにイスラムを軸にしようという新民主主義国家を、宗教色だけで批判することはできない。西洋は不寛容な戦いを何世紀も繰り返してきてようやく彼らの宗教から抽出した普遍的な価値(自由、平等、友愛)を政治理念に掲げた。それは多様化する世界でのサバイバルと共存の知恵として世界中で広く認められつつある。

 といっても、政教分離のさじ加減というのはどこの「民主主義国」でも独自の文化や歴史やメンタリティに応じて、かなり違っている。イスラム国でもアラブ系ではないトルコやインドネシアなどでは、けっこうフォークロリックな政教分離が見られる。中には、形ばかりの「勘違い」もある。

 また、近代世界を牽引した本家のキリスト教圏欧米でも、一六世紀の宗教革命や一八世紀の市民革命の時点においてどんな教会が政治的にどのような勢力を持っていたかによって、その後の政教分離の建前と実際や、民主主義の落とし所は微妙に違ってくる。とこが「欧米」の内輪同士では、それらの差異を混同することなく、自分たちがどういう政教分離のどういう民主主義で、相手のそれはどういうものなのかを互いによく心得ている。同じローマ・カトリックの根っこから分かれてあれほど激しく殺し合いを続けて血を流してきて、やっと棲み分けの智恵をつけた文化圏なのだから、当然なのかもしれない。

彼らが狡猾なのは、それだけ異質なくせに、非キリスト教世界や非欧米世界に向けては、まるで申し合わせたように同じ口調で「民主主義」や「自由平等」などを唱えるところだ。これでは、「圏外」の人にはなかなか実態を見抜けないし、「使い分け」のリテラシーも身につかない。特に、たとえばアングロ・サクソンの情報源に頼っていれば、無神論系やラテン系の民主主義のニュアンスをつかむことは難しいし、「欧米」内談合の機微をうかがうのも楽ではない。

 もちろん、民主主義の理念などに興味を示すふりをする必要もないほど人口的にも経済的にも軍事的にも勢いがあって上り坂にある大国であれば、機微も必要なく、リアルポリティクス一辺倒で押していけるのだろう。でも、日本のように、「欧米」先進国と同じように疲弊して低成長なのに、欧米の「老獪民主主義」パワーの仲間になれるパスワードを持っていなければ、国際社会の中で「空気を読めないヒト」とみなされてしまう。欧米民主主義を解読するキイとは、普遍主義の戦略上、彼らが敢えて口にしないキリスト教のルーツである。『キリスト教の真実』が、日本が国際社会をサバイバルするヒントになることを願っている。
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# by mariastella | 2012-04-29 12:02 | お知らせ

夕鶴

先月末、日本文化会館で團伊玖磨のオペラ『夕鶴』を観に行った。昨年も予約していたのに大震災の影響で中止になったもので、今年どうしても行っておかないと震災が終わらない気分だった。

オーケストラの代わりにピアノと打楽器だけだったが、まず圧倒的な懐かしさだった。

確か中学校の音楽の教材か何かで、全編を聴き、歌詞もプリントされたのだ。

私は子供たちの合唱の文句も、ヒロインつうの登場シーンのレシタティフも全て覚えていた。どういうわけか、悪役二人のせりふはあまり覚えていないのに、つうのレシタティフは歌うこともできて、フランス人に日本のオペラについて聞かれたときには必ず歌うことにしていた。

実際、日本のオペラというのを聴いたのはそのときが初めてで(最後でもある)、強烈な印象を受けていた。登場人物によって変わるテーマのメロディも覚えている。こういうテーマを認識させるものは、『ピーターと狼』も有名でそれも学校で習ったが、私にとっては夕鶴が原型となっている。

木下順二の原作の戯曲の方は、高校の文化祭で一度観ただけで、その時もイメージはオペラと重なっていた。

で、今回初めて舞台を見て、まず、もとの戯曲の台本をそのまま使うことという条件だったことの意味がよくわかった。歌手の高い演技力が要求されるし、メッセージ性も大きい。

そして、当然ながら、レシタティフの優越である。

これが何を意味するかというと、フランスのバロック・オペラとの共通性だ。

リュリーが、オペラ歌手に「美声の俳優」を求めたのと一致する。

フランス・オペラは、「歌いだした演劇」だからだ。

だから、音楽がはじめにありき、のアリアや、名人芸や、楽器としての声のパフォーマンスは優先しない。

すなわち、わたしにとって、夕鶴は、子供の頃の懐かしい日本オペラの洗礼と、今浸りきっているフランス・バロック・オペラの二つを同時に想起させて圧倒的な懐かしさだったのだ。

もともと邦楽の歌における「語り」性と、バロック音楽が同じ地平にあることはわかっていたし書いてもきたが、最初の洋風の日本オペラが、木下順二の要求のおかげでごく自然に「語り物」になったことは興味深い。

で、さらに興味深かったのは、この「日本オペラ」に、イタリア・オペラのようなものを期待してきた人たちがいて、退屈で途中で退席した人とか、メインになるアリアがない、などコメントする人がいたことだ。

こんな人たちは、ラモーのオペラを聴いても同じことをいうかもしれないなあ、ブフォン論争で、ルソーの側に立つんだろうなあ、と思った。

ポスターはここで見られます。 http://makotokuraishi.blog.fc2.com/

PS:今日本にいます。4月25日夕方、四ツ谷のイグナチオ教会ヨセフホールでトークをします。興味のある方はどうぞ。
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# by mariastella | 2012-04-19 13:12 | 音楽

キューバのローマ法王 (承前)

3月28日、B16がハバナの革命広場で行なった野外ミサの様子がニュースで流された。

その後で、フィデル・カストロと30分の会見も実現した。

前教皇(JP2)はクリスマスの祝日化を実現させたが、B16は復活祭の聖金曜日の祝日化を提案したそうだ。キリストの生まれた日と死んだ日ということだから説得力があると思ったのかもしれない。復活の日はどうせ日曜日なので祝日にする意味があまりない(フランスでは続く月曜が振り替え休日になっている。聖金曜日は祭日ではない)。多分無理かも。

B16は、共産党政府と反体制派の仲介をオルテガ枢機卿に任せるという姿勢を強化しただけで、JP2のように積極的に解放を唱えてくれるかと期待していた反体制派は失望したようだ。反体制派との会見も断られ、聖堂の占拠も排除された。

1998年、JP2が歴史的なキューバ入りをした時は、はじめは警戒されていたのだが、1月25日、革命広場でJP2が、「ネオリベ資本主義」、「市場の盲目的力」、「拡大する貧困層の上で極度に富む少数派」を強く弾劾し、「不公正を蒙っているすべての人々を心と言葉で励まします」と朗々と宣言したので、万雷の拍手が沸き起こった(そういえば、ソ連末期にバチカンを訪れたゴルバチョフも、それまではローマ法王は「西側の手先」だと思っていたのに、「アメリカ・モデルを採用してはいけないと」JP2が激しく批判したのですごく驚いたと述べていたっけ)。

ようやく拍手がやんだとき、「私は拍手に反対じゃないですよ、拍手の間は少し休めますからね」とユーモアを見せて、最前列にいたカストロの顔がほころんだ。

この時に驚いたのはキューバ人だけではなく、JP2を追いかけていたヨーロッパ系のジャーナリストたちもそうだった。JP2はパーキンソン病のためになめらかに話すことがすでに困難になっていたからだ。信仰には小さな奇跡が時々あるのかも。

実際に日曜にミサに行くカトリック信者は現在キューバ人の10%だ。しかし、カトリックとのつながりは、最後の共産国のひとつであるキューバにとって、世界に開かれた窓であり自由世界への橋でもある。

B16はJP2のようなユーモアもないし、カリスマ性もないかもしれない。しかし、アメリカ主導の不当な経済封鎖を今回もきっちりと非難した。ブッシュ批判をして反米政策を取るベネズエラのチャベス大統領もヴァティカンで教皇と会見している。二人の教皇の時代の文脈も違うし、聖霊によるインスピレーションも違うのだろうが、この人たちが果たすシンボリックな役割は小さくない。

野外ミサの行なわれた革命広場は、チェ・ゲバラとカミーロ・シエンフエゴスの2人の巨大な壁面肖像モニュメントが圧倒的なインパクトを与えていて、キューバが「無神論国家」として出発した歴史的な場所である。

宗教行為を解禁したのは1992年なのでちょうど20年、前教皇が訪れてクリスマスが祝日になってから14年になる。

集まった人々は、革命とキリスト教は共存できる、と嬉しそうにインタビューに答えていた。

チェ・ゲバラとローマ教皇が並ぶのは違和感がないそうだ。

ゲバラはアイルランド人とスペイン人の貴族の両親のもとにアルゼンチンで生まれているから、カトリック文化圏の人であることは間違いないのだが。

最近のインタビューで、ロスアンジェルスに住んでいるJulie Delpy(フランスの女優で監督)が、チェ・ゲバラのプリントTシャツを着ているパリス・ヒルトンと出くわして

「世界の終わりだ」

とショックを受けた、と語っていたのを、なんとなく思い出してしまった。
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# by mariastella | 2012-03-30 19:53 | 宗教

Virgen de la Caridad del Cobre

3月23日から28日までローマ教皇ベネディクト一六世(以下B16)がメキシコとキューバを訪れる。

メキシコは麻薬密売組織のナルコスと警察とが癒着や戦いを繰り返していて内戦状態に近いくらいに治安が物騒なのだが、司教が「神の停戦」を提案して、ナルコもそれを受け入れて、教皇のいる間は騒ぎを起こさないと約束したんだそうだ。

日本で天皇が地方を訪れる時は、暴力団の抗争のある地域なら警察の取締強化がなされそうだが、「おとなしくしましょう」という呼びかけや受け入れがあるのだろうか。ましてや他の国の首長とか宗教の長が来る時は・・

中世、近代を通じて少しずつキリスト教主導で停戦協定や戦時国際条約を作ってきたキリスト教文化が基本にあるところは、ある意味で分かりやすくてうらやましい。

キューバの訪問は、カトリックにとってさらにシンボリックな意味を持つ。

キューバは1959年の革命から1992年まで、公式に「無神論国家(国家のドグマは科学的無神論)」だった。教会やミッションスクールは閉鎖され、外国人宣教師は追放され、クリスマスを祝うことも禁止された(1998年に解禁)。

プロテスタントのバチスト教会だけが政府と協調路線に入って生き残り、勢力を広げた(8000人から10万人)。家庭内ではカトリック的民衆宗教が存続していた。

カトリック教会は、革命前のバチスタ独裁政権と癒着しアメリカのCIAとも関係があるとされて徹底的に弾圧されたのだ。

現在のオルテガ枢機卿も、60年代には軍の「再教育」収容所に隔離された。カストロの出身校であるイエズス会の学校は士官学校に変わった。

はっきりと風向き変わったのは、ヨハネ=パウロ二世が1998年にフィデル・カストロと会見した時以来である。カトリックは、アメリカのカトリック・ロビーを通じて、経済封鎖の解除に働きかけ、亡命してマイアミに住むキューバ人との和解を進め、キューバと自由世界を結ぶ架け橋として重要な役割を果たす。ヴァティカン太子はキューバにいるし、キューバ大使もヴァティカンに常駐している。キューバ政府に囚われている政治犯の解放にも助力した。

今回も、B16にその交渉をしてもらおうとして、慈悲の聖母の聖堂にを占拠したグループがいるくらいだ。
もっとも教皇が何かをする時はすべて水面下なので、表向きの示威行動は逆効果である。

ともかく、キューバのそのような「カトリック還り」を象徴するのが「Virgen de la Caridad del Cobre 銅の慈悲のおとめ」と呼ばれる奇跡の聖母子像の巡行である。

担がれて練り歩く黄色のマントを着た小ぶりの聖母子像は、わりと地味な透明ケースに入れられて、普通のお人形みたいだ。

一六一二年、遭難しかけた三人の漁師「うち2人がインディオ)の前で、波間に現れて救ってくれたという「銅の慈悲のおとめ」像は、アフリカ由来の民間宗教Santeríaの愛の女神Ochunと習合して、キューバの守護聖人としとなり、もともと人気があった。

2010年8月からキューバ中を巡行して人々を熱狂させた。

プロテスタントのバチスト派は聖人や聖母崇敬を認めていないので、女神と習合した聖母好きの民衆の宗教感の高揚をうまく誘導できない。

カトリックの独擅場である。

B16は、その聖像出現の400周年記念に訪れる。

昨年の8月30日にその「大聖年」がスタートした時ににも、B16は夏の別荘であるカステル・ガンドルフォからキューバ国民に熱いメッセージを送った。


フィデル・カストロと語ったヨハネ=パウロ二世は社会主義陣営の鉄のカーテンを落とした立役者だった。

B16はラウル・カストロと会見する。

もしも、Líder Máximo とも呼ばれる老雄フィデル・カストロがB16に会うなら、シンボリックな意味はますます強まるだろう。
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# by mariastella | 2012-03-24 07:34 | 宗教

電気輸入大国フランス?

今年のフランスは記録的な寒さだった。

原発によるエネルギーの自給(実はニジェールなどのウラン鉱山のネオ帝国主義的搾取を前提としているのだが)を掲げているフランス政府は電気暖房を推奨しているため、この冬は電気が足らなかった。

寒さのピークの2月2日から17日の間には、ドイツを主として、イタリア、ベルギー、イギリス、スペインとほぼすべての隣国から電気を輸入した。

http://clients.rte-france.com/lang/fr/visiteurs/vie/tableau_de_bord.jsp

これは原発九基に相当するらしい。

今でも夏場は電力が余っていて他国に輸出もしている。

けれども、フランスは寒い冬には自力で電力をまかなえない国なのだ。

今は一般家庭の暖房の30%が電気だが、新建築は70%がオール電化を進めている。

電気のエアコンで夏の冷房をまかなっていてあわてる日本と変わらないなあ。

(スイスの原発とフクシマの原発を比べたブログ記事

http://eikojuku.seesaa.net/article/256938335.html#comment

が興味深かったので、そこに思わずコメントしたので、それをここにもアップした記事です)
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# by mariastella | 2012-03-12 21:04 | フランス

ニーチェと猫

ニーチェって猫嫌いだったんだろうか。

『ツァラツストラはかく語りき』の中でも、月を、屋根の上をしのび歩くオス猫にたとえて「いとわしい」といっている。

極め付きは、猫を「愛する能力のないもの」としてそんなものに喉を鳴らしてもらうことはくだらないと戒めていることだ。

これについて、こんな解説がなされることがある。

人からの評価を気にするな、あなた以外の他人のほとんどすべては自分のことしか考えていない。ほんの一部があなたのことを好きか嫌いかであるが、あなたを嫌う人のうちの半分は、理由があってあなたを嫌っているのではなく、すべての人を嫌っているのだ。だから、みんなから好かれようとするのは不可能でばかげたことだ。

それは本当だと思うのだけれど、そして、猫が喉を鳴らすのは確かに猫自身の自己満足の表現かもしれないけれども、そうやって満足を音にしてくれる信頼ぶりに、私たちは愛を感じるのであって、猫によって人間同士とは違うまた別の愛し方や愛され方を学ぶのだ。

ニーチェが猫をひざに乗せてめでていたら別の人生を送っていたかもしれないなあ、と、ふと思う。

それとも、私が知らないだけでニーチェには愛猫がいたのだとしたら・・・

ますます不可解でかわいそうになってくる。
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# by mariastella | 2012-03-10 07:28 |

プーチンとキリル一世など


なんだか予定調和的なロシアの選挙が迫っているが、モスクワ総主教のキリル一世が、ついこの前は反プーチン派を擁護していたので、ひょっとして風向きが変わるかなと思っていたのに、急にデモを牽制し始めた。

プーチンはスターリンの死ぬ一年前、ロシア正教が禁止されていた時代に、信仰深い母親の願いで、サンクトペテルブルク(当時はレニングラード)において隠れて洗礼を授けられたと言われている。

実際に教会に行く人は5%ほどだが、人口の70%が正教徒だと自称するロシアでは、このプーチンと教会の「親密さ」が政治的に有利なのは確かだ。

キリル一世が何より恐れているのは、反プーチン派の示威行動がいつかまた「革命」に発展しないかということであって、力の衝突よりも対話を願うというのはよく分かるし、プーチンが大統領に返り咲いた時に彼に対する影響力を温存しておいた方がいいと判断したのかもしれない。

けれども、シリアの問題もあるし、いっそ、プーチン、反プーチンに並ぶ第三の勢力として持ちこたえてもよかったのにと思う。

シリア=イラン=ロシア路線と、サウジアラビア=欧米路線の対立は、なんだか冷戦時代よりもたちが悪そうでおそろしい。

しかも、民主化がどうとかいうならば、サウジアラビアなど「欧米」民主主義基準からまったく外れていることは、イランと変わらないわけで、これはもう、文明の衝突とか民主主義と非民主主義の対立とかいうレベルではないのは明らかだ。現に冷戦時代も、非民主的独裁国家でも親米でさえあれば「自由主義陣営」だと見なされていたのだから。

欧米基準で独裁と言うなら、たとえばイギリス連邦加盟国でイスラム教を国境とするブルネイだって、総選挙もなく、立法も行政も国王とその家族が独占しているのだから、立派な独裁国家、非民主主義国だ。でも、この国も、サウジアラビアと同じく、石油やら天然ガスやらの資源が豊富で、王が国民を丸抱えする「幸せな国」だ。税金もないし、医療も教育も無料だし、物資も豊かでインタネットの検閲もない。

それなら・・・OKなのか。

私が11年前にサウジアラビアについての本を書いた時、その時はまだ9・11以前だったので、招待してくれたフランス人から、「王家の批判とイスラムの批判は書かないこと」と釘を刺されていた。

それは守ったが、イスラム原理主義的なリヤドの女性の表向きの「自由のなさ」と、内側の物質的贅沢の差にくらくらしたことを書いた。

するとあるフェミニズムの論文の中で、それを一部引用して、まるで私が、彼女らを羨ましがっているかのように書かれていたことがある。

もちろん、人々が物質的に不自由なく快適な暮らしをしている国の方が、飢饉で子供たちまで餓死する国よりはずっといいけれど、そういう問題ではなく、そのような格差や悲惨な状況を生み出しているこの世界の地政学的な構造そのものが変わらない限り、本当の意味で「幸せな国」などあり得ない。

ロシアと言えば、確か、平均寿命が異常に短い国で、特に男性は今世紀に入っても60歳を切ることがあった。

プーチン、今年60歳。いかにも頑健そうだ。

キリル層司教、65歳。長い髭は白い。

2人とも現役感満々だ。

きっと、健康格差が大きい国なんだろう。

(そういえば、女性が車の運転を禁止されているサウジアラビアで、2011年5月、わざわざ自分が運転しているとこを撮影してウェブの動画に流したマナル・アル・シャリフという女性がいる。彼女は数日禁固されたが、その画像はソーシャル・ネットワークを通して瞬く間にひろがり、彼女は女性解放のシンボルとなりつつある。

2009年には初めて女子教育相次官に女性が任命されたし、2015年には選挙権を得ると公約されている。

サウジアラビアは今や、人口の60%が25歳以下というすごい人口構成の国だ。

この国に「アラブの春」がどのような形で来るのか、じっくり見てみたい。)
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# by mariastella | 2012-03-03 07:58 | 雑感

『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』


メリル・ストリープがアカデミー賞を受賞した『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を観た。(この邦題の「涙」って日本的過ぎる・・・まあ、原題のThe Iron Ladyって、今や日本語に直訳したら鉄道マニアの女性と間違われかねないけれど。)

私がわざわざ観にいったわけは、ちょうどジャンヌ・ダルクにおける英仏関係について書いているので、なんとなく、「イギリス側の雰囲気」に浸りたかったからだ。

案の定、サッチャー女史がやはりアンチ・フランスを口にするシーンがあって、カレー(ドーヴァー海峡を隔ててイギリスと40キロしか離れていない。百年戦争の時もすぐに攻防があった。ロダンの『カレーの市民』で有名だ)の名も出てきた。フランスの映画館なので失笑が起こったのもご愛嬌。

サッチャー女史が失脚したのは1990年だ。その時、彼女は、冷戦終結10周年のセレモニーに出席のために体よくパリへと追い払われていた。パリとロンドンをつなぐユーロスター鉄道が開通したのは1994年だった。その頃はまだ頭脳明晰だったサッチャー女史は、どんな感想をもったのだろう。

しかし、この映画を観て、英仏関係だけではなく今私がジャンヌ・ダルクで扱っている三つのテーマがすべて重なることが分かった。

英仏関係のほかに、ジェンダーの問題と、政治と宗教の問題だ。

以前にサッチャー失脚にまつわるドキュメンタリー番組を見て、イギリスはフランスよりもはるかに力のある女性に対して残酷だなあと思ったことがある。ある意味で、15世紀から変わっていない。
また、フォークランド紛争の時にイギリス軍の最高司令官として強硬な決定を下すシーンとそれを取り囲む男たちの姿も、私には百年戦争での女と戦争のパラドクスを想起させるものだった。

サッチャー女史がアッシジのフランチェスコの平和の祈りを引用したり、ダライラマが自由主義神学者に語った言葉を引用したりするシーンも、宗教のカリスマの政治のカリスマへの流用について考えさせられた。

ギボンによると、ローマ帝国時代にあちこちの神々がローマに輸入されていた時、一般大衆はあらゆる宗教をどれも均しく真であると信じ、哲学者たちは均しくみな虚偽であると説き、政治家たちは、いずれも均しく役に立つと見なしたらしいが、そういう基本的な構図というのは、ひょっとして2千年経っても変わっていないのかと思うと、ちょっと愕然とする。
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# by mariastella | 2012-03-02 01:43 | 映画

左派戦線とキリスト教

ちくま新書『キリスト教の真実──西洋近代をもたらした宗教思想』の再校が終った。4月8日頃書店に並ぶそうだ。

こういう本を書くと、私が「フランス・シンパだとかキリスト教シンパだとかカトリック・シンパなのでバイアスがかかっている」と思われがちなので閉口する。けれども、今、一応世界のスタンダードとして認知されている自由・平等の普遍主義が、ヨーロッパにおけるキリスト教の発展の歴史にルーツを持っているのは疑いがない。

これまでは、そうはいっても私自身、欧米帝国主義とキリスト教の連携だの、ヨーロッパ中心主義だの、ずっと前からある「キリスト教国が率先して戦争しているじゃないか」という冷笑や十字軍がどうだなどの言説の前で、もやもやしている部分があった。

もちろんそれらの批判そのものが、宗教と信仰とか宗教組織とか、理想と現実、本音と建前、歴史的、地政学的文脈の混同や、イデオロギー操作のせいで、妥当とはほど遠いのは分かっているのだが、それを整理していちいち反論するのもまた、フランスだのキリスト教へのシンパシーによるバイアスだと思われるのも面倒だった。

厄介なのは、そのようなアンチ・キリスト教言説は、別に非キリスト教国のナショナリズムとは関係なく近代西洋思想の核のひとつをなしているので、非キリスト教国の人も安心してそれにのっかって安易なキリスト教批判をできる土壌があることだ。

今回の新書ではそれを思い切ってある程度整理したのだが、今フランスの大統領選に出馬している左派のジャン=リュック・メランション(Jean-Luc Mélenchon)のインタビュー記事を読んで私の説が間違っていないとあらためて思えた。

欧州議会議員のメランションは社会党のジョスパンが首相時代に閣僚でもあった人で、社会党の左派として認知されていたが、社会党を離脱、今は、有名無実化しているフランス共産党(2007年の大統領選では当時の書記長のマリー・ジョルジュ・ビュッフェが共産党から出馬した候補だったが惨敗していた)と組んで、左派戦線というのを立ち上げて今回の大統領選に出馬した。皮肉なことに、極右の国民戦線の陰画のような部分があって、アンチ・リベラル、アンチ・ユーロ、ポピュリズムなどで、共通していると言われている。

大きな違いのひとつはもちろん反キリスト教、反宗教であり、国民戦線の「古きよきカトリックのフランス」の称揚とは対極にあると思われていたはずだったのだが・・・

なんと、メランションの母は熱心なカトリックで、幼い彼も母と共に日曜ごとに教会に行き、聖歌隊にも属していた。ところが、母が離婚して聖体拝領から退けられた。第二ヴァティカン公会議以前の当時の感覚では、「教会の出入りを禁じられ、コミュニティから追放された」くらいの強い否定である。

まあ、これでは、普通の子供はルサンチマンを持つし、教会嫌いになってもしようがない。

しかし、そのような組織としての教会には敵意を持つものの、「信仰は(跡の残る)火傷のようなもの」であるというメランションは、キリスト教的価値観をずっと持ち続けていた。彼の社会運動は、フランスのカトリックの労働司祭と呼ばれる左派の運動とずっと連動していたらしく、その人脈がすごく大きい。

で、彼は、

もし自分がキリスト教の中で育っていなければ、普遍的な人間性という神話を見るようにはならなかったろう

と言い切っているのだ。

ユニヴァーサルなヒューマニティ、それは確かにひとつの神話かもしれない。

強い者が弱い者を支配するとか、優れた者が愚かな者を統治するとか、地縁血縁があったり利害関係を共にする者の利益を優先してよそ者や厄介者は排除していいとか、そういう考えは、古今東西に見られる「現実」で、神話ではない。

そういう圧倒的な現実の中で、なお、すべての人は自由で平等であり、同じ尊厳を有する、ということを前提にすることは、神話的で革命的で、だからこそ、人間の自由意志による選択の無限の可能性を感じさせてくれる。

どんな人でも人生のどこかでは絶対に弱者であるのだから、この「神話」は、そこに向かって現実を変えていく努力をするために価値あるものだと思う。

筋金入りの左派であるメランションの言葉は、キリスト教評価における政治的思惑によるさまざまなバイアスをふり払うぐらいにはっとさせられるものだった。

ちなみに、メランションがフリーメイスンであることは彼の意図に反して知られていて、そのへんの兼ね合いも非常に興味深いが、それはまたべつの機会に。
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# by mariastella | 2012-03-01 02:00 | フランス

人間的か非人間的か

生徒がこういう動画のリンクを送ってくれた。

http://www.youtube.com/watch?v=toXNVbvFXyk&feature=youtube_gdata_player

自動音楽機械の好きな私のツボにはまる有機的な動きだ。

音楽性というのは、音と音の間、ひとつの音が消える時に次の音がどう満ちてくるかという部分にあると思うので、「音楽性」という意味ではこういう機械にはあまり意味がない。

手回しオルガンなどは手回しの加減でそれを表現することができるのだけれど、その呼吸を調節できないタイプの機械では不可能だ。

でも、この機械の動きは、不思議で、魅力的だ。

倒錯的なところはない。

以前、別の知り合いが、中国の子供たちのギター演奏のビデオのリンクを送ってくれたことがあった。小学校低学年くらいの子供たちが舞台にずらりと並んで、大人サイズのギターをかかえて、一糸乱れることなく完璧な合奏を、統制された身振りをまじえて聴かせるものだった。

この知り合いは、明らかに勘違いをしているのだ。ヴァイオリンの鈴木メソードなどの連想から、もちろん日本と中国の違いも分からないフランス人だから、日本人ってやっぱりすごいよねえというノリで、悪気なくリンクしてきたのだ。

ぞっとする映像だった。

中国の体操競技で、すごく若い少女たちの演技なんかを見てもすごく嫌な感じがするのだけど、あれはまあ、技術の完成度が問題になっているのだから分かるとしても、音楽演奏はアートの領域だから、こんなに非人間的な光景を見せられると胸が悪くなる。

機械がえらくなまなましい人間的な動きをする動画の方は、その対極で、なんとなくわくわくさせられる。

こんな機械を手元においてその動きをながめていたい感じだ。

それとはまったく別に、実際のピアニストの演奏をデジタル録音したものをプログラムして電子ピアノに自動演奏させるものがある。そして、それをベースにして、別の人が、自分の感性によってデジタル上でカスタマイズして、「自分の理想の演奏」というのを創り上げてからピアノに自動演奏させるのを聴いたことがある。
その人はその音をウェブに乗せて、その「演奏」を評価され、ある機関から「ピアニスト」と認定された。自分の指を使って弾くわけではないが、デジタル化してウェブに乗せる限りでは、そのような区別には意味がなくなるのではないかと判断されたそうだ。

私はその人の自宅の音楽室で、彼のピアノが「彼の演奏」をするのを聴いたが、そこにはもちろん「生きた指」の重みや弾力は介在しないのだ。目の前にあるのはデジタル自動演奏ができるグランドピアノだ。キイが勝手に動いている。

中国の子供たちの不自然で非人間的で完璧なパフォーマンスのような倒錯と違って、別の種類の乾いた倒錯がそこにはあった。

ここに紹介した動画の自動楽器では、増殖したような奇妙な複合弦楽器の弦を押さえたりはじいたりする機械の指が超アナログにせわしなく動き回る。ほほえましい。
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# by mariastella | 2012-02-28 08:50 | 音楽

フランスのペシミズム

2月22日にifopの統計で、今の経済危機についての個人の反応を調査した結果があって、

フランス人は79%が危機のさ中にあると答えたのに、

アメリカは2年前と変わらず、52%、

ドイツは 38%、

ロシアも 38%、

中国は 35%、

ということで、

「フランス人ってなんてペシミストなんだ」、と、フランスのメディアが競って自分でつっこみを入れていた。

サルコジが大統領再選を目指してキャンペーンに入り、この5年間の政策の失敗をごまかすために「皆さんも知っているように今は世界的に未曾有の経済危機、未曾有の危機、(ちなみに未曾有はsans précédent」)と繰り返すものだから、その影響もあるのだろうか・・・

私は今、英仏関係について書いているところなので、イギリスはどうなんだろうと思って調べてみたら対象外だった。日本人としては日本のことも知りたい。

(この結果はこのサイト

http://www.la-croix.com/Actualite/S-informer/France/Sondage-Ifop-pour-La-Croix-sur-la-crise-et-le-pessimisme-francais-_NG_-2012-02-22-771264

からダウンロードできる。)

すると、今朝のラジオで、もうすぐ

『Le pays où la vie est plus dure』(よそより生き難い国)

というフランスのメンタリティ分析本を3月1日に出すPhilippe Manièreがインタビューに答えていた。

フランスという国は、自分で構築したプロジェクトをこつこつやり遂げる努力はいとわないが、よそからのスタンダードには耐えられないのだ、フランス人が満足するためには、経済に関してはレッセ・フェール、これもフランス語 (laisser faire、放任)なんだから、レッセ・フェールして、社会政策だけフランス独自でこだわればいい、

という要旨だった。

なんとなくシンクロしている。

考えてみると、前述のifopの、このような独自調査の対象にイギリスが最初から入っていないということ自体も、フランスの世界観の一部であってなかなか考えさせられる。
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# by mariastella | 2012-02-26 20:07 | フランス

『魔女-その神話と現実』展

郵便ミュージアムmusée de la posteに『魔女-その神話と現実』SORCIÈRES Mythes et réalitésという展覧会を観にいった。

http://www.histoire-pour-tous.fr/tourisme/105-france-paris/3892-expo--sorcieres-mythes-et-realites-musee-de-la-poste.html

ジャンヌ・ダルクがイギリス軍から本気で魔女だと恐れられていたことについて、もう一度、キリスト教世界における魔女の位置づけをつかんでおこうと思って、その「雰囲気」に浸ろうと思ったのだ。

展示はもちろんすごくフォークリックなのだが、呪い系黒魔術のエネルギーが半端じゃないのに改めて衝撃を受けた。

太い釘を隙間なく突き立てるような強烈なオブジェは、私がフランスで実物を見たのはたいていマリ、ドゴンなどアフリカ系のもので、それらも十分迫力があって気味が悪かったが、自分の中でそういうものをいつの間にか、アフリカのプリミティヴなパワーと関連づけていたらしい。

とこが、フランスの20世紀半ばまでベリーBerry近郊に生きていた魔女マダムPの作らせた呪術用彫刻などは、ヴラマンクやピカソが見ていたら泣いて喜んだだろうと思えるくらいにすばらしいオブジェばかりだった。プリミティヴな心性やその表出はいわゆる「文明」とは関係がないのだ。

1922年のスウェーデンのサイレント映画の『Heksen』も少し見ることができて、これがしっかり特撮のあるキッチュでシュールな傑作だ。サバトで自分の尻に接吻させる悪魔は監督のBenjamin Christensenが自分で演じているそうだ。箒の乗ってぴゅんぴゅん移動する飛行はETみたいだし、グロテスクなのか剽軽なのか分からないキャラがわんさと出てくる。

まあ、結局、いわゆる魔女狩りなどは16世紀以降の話で、盛んになるのは17世紀、ファンタスムとしていじられるのはそれよりもっと後だ。だから、ジャンヌ・ダルクが火刑になった15世紀前半にはまだ魔女のプロトタイプは確立していなかった。『マクベス』に出てくる魔女のイメージ以上には、彼女らのもたらす恐怖の実態がどういうものだったかは分からない。

フランスの悪魔憑き事件で最も有名なのは17世紀のルーダンLoudunの女子修道院の集団悪魔憑きで、修道女たちではなくてグランディエという神父が火刑になったことで知られている。そのグランディエの火刑の「灰」というのが残っていて、今回展示されていた。灰をすべてセーヌに投げ捨てられたジャンヌ・ダルクのことが思い出されて、これがジャンヌのものだったら確実に聖遺物だよなあと思った。

そんなことを考えながら帰宅したら、長く会っていない知り合いから電話があって、話していたら、ふとしたはずみにその人がマダムPと同じBerryの出身だと分かった。それで、見てきたばかりの魔女展について話したら、なんと、その人の奥さんはLoudunルーダンの出身だと分かった。奥さんの先祖は、グランディエに結婚式を挙げてもらったという記録が残っているそうだ。

私は『バロックの聖女』(工作舎)の中でこのルーダンの事件について紹介したことがある。でもそれ以来、ルーダンともベリーとも縁がないのに、魔女展に行ったその日に、ベリーやルーダン出身の人やグランディエゆかりの人と話すなんて、不思議なシンクロニシティではある。
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# by mariastella | 2012-02-19 06:25 | 宗教

パトリシア・プチボンとママコさん

先日、国立図書館に18世紀の五感文化についての対談の最終テーマ「聴覚」を聴きにいった。

ジャンヌ・ダルクのお告げの「声」の文化的スタンスの変容を知る一環になるかと思ったのだが、全然参考にならなかった。

モーツァルトのオペラに話が集中して、アリアなどをいろいろ聴きながら、コロラトゥーラ・ソプラノのPatricia Petibon がいろいろなエピソードを語る趣向だ。モーツァルトがかなりのフェミニストだったとか、声をマチエールとしてクリエイトしていくやり方とかそれなりにおもしろい話はあった。モーツアルトを上演するときはいつも彼の臨在を実感するというのも興味深い。

流された音源の中にはもちろんパトリシア・プチボンの歌っているものもあり、彼女がとても気さくなので、最後の質問やコメントの時に、せっかくだからここで少しばかり歌ってくれないかと頼む人が出てきた。

その時の彼女の答えはすぐに「ノン」だった。

歌うことはincarner(歌う人物になりきる、変身するということ、憑依するようなシャーマニックなニュアンスもある)することだ、この場で普段着で舞台のテーブルの前に座った状態ではそれができない。それができない限り、歌うことは道化を演ることと同じで、私はサーカスをやるつもりはない、と言うのだ。

それを聞いて、もう20年ほども前になるが、パントマイマーのヨネヤマママコさんがパリ郊外のセーヌの岸辺に館を購入したときのことを思い出した。

首尾よく契約のサインが終わって、お祝いに、私の友人である公証人の自宅で食事をする事になった。

表情豊かなママコさんがパントマイマーだということを知った公証人の奥さんが、

じゃあ、ちょっとここで何か簡単なものをやって見せて、

と所望したのだ。

ママコさんの答えはもちろんノーだった。

奥さんの手料理を食べていたママコさんは恐縮したが、ママコさんがマイムを演るということはやはりincarnerすることであって、かくし芸大会での演し物ではない。

「即興で、少しばかり」やることができないのは、ママコさんにとっても、パトリシア・ブチボンにとっても、準備していないからとかその気になれないからとかの問題ではない。

「ちょっとばかり披露」することなど簡単にできる。
それで周りの人を感心させることも簡単だろう。

けれども、それは、彼女らの全身全霊が伴わない限り、彼女らにとっては空っぽの猿芝居なのである。そして、彼女らには、猿芝居をする気はない。

時を隔てて、2人の姿が、重なって見えた。
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# by mariastella | 2012-02-14 08:03 | 雑感

クラシック・バレーにおける足の外旋について。

先日の夜、マレ地区のダンスセンター(CENTRE DE DANSE DU MARAIS)で、外に開く足のポジションについての実演付きの講演会があった。

http://www.paristango.com/l-en-dehors,-des-indes-a-l-occident-samedi-4-fevrier-20h-n214.html。

クラシック・バレーの五つのポジションに見られる、左右の足先をそれぞれ外側の真横に180度開くやり方の起源と意味を探るというものだ。

インド舞踊の Sharmila Sharma をゲストに、紀元前1800年のプロト・シヴァ神のその浮き彫りなどを手がかりに、外向き足(日本語ではむしろ「外また」に近いが」のルーツを探る。

その後で、ポーランドのバレリーナDaria Dadun-Gordonが男女7人の生徒のレッスンを、バーなしでセンターで実演した。

ものすごく興味があった。

けれども、ここまで面白いテーマをここまで面白いアイディアで掘り下げながら、ここまで、視点がずれているのは驚きでもある。

何しろ、クラシック・バレーの直接の祖先であるバロック・バレーについての文献を誰も読んでいないのだ。ピエール・ラモーが外向きの足についてバランスとの関係で書き残したこともスルーされているし、クラシック・バレー以前は「娯楽の宮廷バレー」と切り捨てられているのだ。

Katharina Kanterの仮説は次のようなものだ。

外向き足は、人類が車輪を発見したのと同じような革命的な発見だ。輪を転がすことで移動を獲得したように、外向きの足によって、人間は体の自由を獲得した。
インドではダンスはスピリチュアルな分野であり、インドの舞踊の型はそのままヴェーダの象徴である。外向き足こそが人を他者に向かわせ、超越者に向かわせる。

ヨーロッパで始めてダンサーの外向き足が彫刻によって現れたのは1480年で、Erasmus Grasser の婚宴で踊る男と、 Veito Stossの踊るダビデ王で、両者とも、不自然なくらい強調して交差させた足と脚を見せるために服の裾をわざわざからげている。インドからシルク・ロードを渡ってイベリア半島まで来ていたモール人のダンサーたちが東欧に移動したからだ。

その外向き足をますます発展させ、表現の限界を追及したのがクラシック・バレーだと言う。

ただし、最近のクラシック・バレーはそのスピリチュアルな意味を忘れてただの静的なポジションとして強制するので、職業病のように体の故障が出てくるようになった。バーにつかまって片足ずつ鍛えるのは、本来の動きから見て不自然だ。最初からセンターで体重を両足に感じながら腰や足や脚を開き、外旋する訓練をしなくてはならない。

とまあ、こういう概要だ。

別の人が、人体の骨格模型を持ってきて、骨盤と脚の付き方を説明し、人間が快適な四足から後足だけで立ち上がった時からすこし外向きのほうが安定がよくなった、と言った。

インド舞踊のダンサーは、インド舞踊では両足先の角度は90度にしかならないし、動きの受容の時にそうなるのであって、準備のためではない、と言ったのだが・・・。

インド由来という仮説の方は、パワーポイントも駆使して詳しく説明されて、論文掲載した小冊子も配られた。

なんというか・・・

インドから、何ですぐに1480年に飛ぶんだろう。

バロック時代に流行したサラバンドでさえメキシコ経由のスペイン由来だという説がある

(http://setukotakeshita.com/page7.html#c)

のに、シルク・ロードまで持ち出してインド起源とは。

それに、霊長類は四足歩行というより、四本の腕、四つの手で枝をつかんで木の上を移動して生活していたものが主だから、むしろ、後ろの腕と手で直立するようになったと言えるはずだ。

四肢で枝をつかんで体を支えるとすると、股は外向きでひざから先は内向きという姿勢だって考えられる。
日本舞踊の女舞の足運びが内股なのは日本人なら知っている。
体の安定はひたすら腰にある。

外向きの足が人間を解放してスピリチュアルに向かうだとか表現がどうとかいうのも大いに疑問だ。
披露されたインド舞踊でも、視線や腕や手指や上半身の動きが十分に表現力を発揮している。脚や足を見せない日本舞踊だって表現の強度というのは変わらない。

脚を180度開脚して振り上げたり跳んだりするのは、普通の人にはできない「名人芸」に近いが、それがエスカレートしてきたのは、踊りが産業として発展してきたからで、観客から対価を得るためには、「普通」の人には不可能な技を披露する必要があった。そのために、有名なバレエ学校では、解剖学的に、もともと極端な開脚が可能な骨格や筋肉の付き方の子供だけを受け入れるようになったほどだ。

インド舞踊のダンサーは、インド舞踊の学校で毎日朝6時半から夕方6時半まで練習したが、最初の2時間はヨガで、午後は音楽や歌もやる総合的なものだった、自分の先生は74歳でまだ現役だ、体に無理をかけないからだ、と言っていた。この考え方もバロック・バレーに近い。

残念なのは、インド舞踊のデモンストレーションについてきた生徒(若いフランス人女性)が、体もどてっとして動きも切れが悪かったことだ。生徒の絶対数が少ないだろうから無理はない。

それに比べれば、クラシック・バレーの実演をした7人の生徒は、いずれも、ほれぼれするようなきれいな体で、もちろん脚も足も180度らくらく開いて、全身しなやかな若者ばかりだった。

それだけ見ていたら、エキゾチシズムは別として、なんとなくクラシックバレーのほうがインド舞踊よりプロフェッショナルで難易度が高く上等な気がしてくる。

クラシック・バレー界の人たちばかりのバイアスがかかりすぎだ。

ただ、クラシック・バレーを子供の時に8年間やって、バロック・バレーをこの15年ほどやっていて、最近またクラシックをやり直し始めた自分(体は昔から硬いほうで、今はなおさら動きが悪い)の実感がひとつある。

あの、延々と繰り返されるバーでの基礎訓練や、姿勢の細部をああしろこうしろと矯正されることを子供時代に何年もやっていたら、一種のアディクションに陥るということだ。

その証拠に、バロックバレーに夢中で、その良さや、エスプリに共感しまくっているこの私が、何十年ぶりかでクラシックバレーのバーでのレッスンに復帰したら、とたんに、脳から明らかに快感物質が放出されるのを感じた。ぎりぎりの限界まで足を曲げたり伸ばしたりすることで快感スイッチが入るのだ。
だから、寒い日も暑い日も風邪ひいて咳き込む日も必ず踊りに行く。

身体の良好感を追求するバロックとは真逆なことを平気でやっているわけだ。

ある意味で恐ろしいが、今は別に体を痛めるほどの完璧志向はないから、ちょっと変わった健康法程度でちょうどいい落しどころになっているのだろう。

最近、私のピアノの生徒でバレーを熱心にやっている少女が両足首腱鞘炎の診断を下されて泣いていた。痛くてもレッスンをやめたくないのは、すでにアディクションになっているからだ。そうなると「自衛本能」などは狂う。親がその辺を理解していないと、扱いは難しい。
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# by mariastella | 2012-02-10 07:38 | 踊り

18世紀の五感カルチャー 対論シリーズにまた行く。

先日、国立図書館での18世紀の五感カルチャーについての対論の4番目、「視覚」にも出席してきた。

Michel Pastoureauの色彩の歴史についてはすでにいろいろ読んでいるのでなじみがある。
一方の「現場の人」は、デザイナーのJean-Charles de Castelbajacで、実は、この人の方が圧倒的に有名なようだった。会場も満員だった。

ディズニーキャラなどを最初にTシャツにプリントしたのはこの人だそうで、アメリカでも日本でも一世を風靡したが、当初、フランスではまったく売れなかったそうだ。私はまったく知らなかった。後でカタカナで検索すると、日本語のサイトもちゃんとあった。

2人の共通点は紋章学で、中世からの紋章の基本6色が現在国際的な交通標識に使われているなど、グローバル化していることが自慢そうだった。カステルバジャックにとっては、ポップなロゴというのはキャラクターに意味があるのではなく、それは、シンボルとしての色の組み合わせで、紋章のヴァリエーションなんだそうだ。

あるときブロンクスで3000人の黒人を前にしたドイツのテクノミュージャックのグループが彼のTシャツを着ていて、それを紋章という記号だと的確に把握していることを知って感激したそうだ。

この2人は「討論」にはならなくて、蘊蓄の傾けあいという感じだった。

それにしても、いわゆる団塊の世代に相当する同世代のこの2人が、対照的な外見を持っているのは印象的だ。学者のパストゥローはでっぷり太ってビール腹の爺さんという感じで、貴族デザイナー(レヴィ・ストロースとも血がつながっているらしい)のカステルバジャックの方は、スマートで若々しく、カリスマ性があって魅力を振りまいている。

先週は、女性同士で、学者の方は女優のような華やかなオーラのある美人、ダンサーの方は、もちろん美しくしなやかな体が分かる個性的な美人だが、2人とも今回の男2人より数歳年上の60代後半だ。こういう場所で舞台上で対談すると、肉体性が生々しくて、「個人差」の大きさを実感する。そういう差は、年をとるほど大きくなるのだろう。

誰かの書いたものを読む時に著者の風貌など特に考えたことがない。でも、五感について、学者と現場の人を対峙させるというこのシリーズの興味深い試みにおいては、この人のこの風貌がこの人の思想や表現にどういう影響を与えたのかと考えてしまう。「五感」というのが自己の身体イメージと切って離せない感じがするからだろうか。

18世紀というのは染料にパステルカラーが広く登場した時代で、特に服飾や装飾におけるピンクの勢いは凄かった。でも、パステルカラーには実は、いつも曖昧でネガティヴなイメージがひそかについてまわっているという話はおもしろい。パステルカラーの認識は「ニュアンスの認識」と同義で、ある種の洗練を連想させるのに、どこかにいかがわしさが伴うのは不思議だ。

純粋ではないという優生思想もあったらしい。たとえば、緑は青と黄色のミックスだから格が下という人もいたそうだ。

19世紀末にアンケート調査というものが登場して以来、ヨーロッパ中で、人々の好きな色のトップはいつも不動の「青」で、緑、赤、白、黒、黄などが細々と続き、嫌いな色はこげ茶、紫、オレンジ、ピンクなどだ、という話も、原色志向の根の深さをうかがわされる。

青は「自然」を想起する色でもあるそうだ。人間にとってもっとも大きな自然のスペースである海の色、空の色だから当然といえば当然だ。

今はどの国でも自然を守るエコロジーを掲げるのは「緑の党」ということになっているが、「青の党」にしたほうが実は訴求力があるんじゃないかと彼らは言っていた。日本語でも「木々が青々として」なんていうのは普通だから、ほんとに、そうかもしれない。
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# by mariastella | 2012-02-09 04:18 | 雑感

Cavalliのオペラ『Egisto』


Opéra Comiqueで、 Francesco Cavalliのオペラ『Egisto』を観た。

http://www.opera-comique.com/fr/egisto/egisto.html

これまで、Monteverdi以降Vivaldiまでのイタリア・オペラの流れにあまり関心を持っていなかったことにあらためて気づく。

このオペラは知り合いの Benjamin Lazarの演出で、前にVincent Dumestreと組んだ『Cadmus et Hermione』が楽しめたから、ダンスがないことを承知で観にいった。

でも、照明がすべてろうそくで、主に下からの明かりなので、舞台がすごく暗く、神秘的なのを通り越して閉塞感があった。スパイラルな回り舞台も、バロック風に過剰なのか簡素なのか分からない半端な観がある。

日本の演劇も好きなバンジャマンのイメージでは、前作は歌舞伎、今回は能の雰囲気だったのかもしれない。でも、実際は、初めての商業オペラともいえるCavalliの上演は、大衆受けする大胆さを狙ったものだから、歌舞伎風でもよかったのにと思う。

Cavalli はMonteverdiの弟子で、ヴェネツィアに1637年、はじめてできた商業劇場 Teatro San Cassianoで活躍した。そこは700人収容で、Opéra Comiqueは1200人だから、それにあわせてオーケストラの規模も変えたという。17世紀の照明はもちろんろうそくだったろうが、もっとパストラルな明るさを目指していたのではなかろうか。Cavalli が今のテクノロジーを使えたら、もっと派手な演出をしていたと思う。

ヴェネチアは共和国だったので、王の賛美や教会への気兼ねもなく、台本の中の神々はコミカルに描かれている。司祭が女装して歌うキャラまで定着していた。このオペラにも出てくる。

favola drammaticaはその後、ナポリに根付き、ベルカント・オペラが誕生するので、それはやはりイタリア語のディクションと関係がある。リュリーがフランスに来てフランス・オペラを注文されて、フランスの演劇に通いつめて生まれたフランスオペラとの大きな違いがすでに分かる。

1年に6ヶ月も続いたというヴェネチアのカーニヴァルでメセナたちは競い合ってあらゆるアートをプロデュースしたのだから、オペラにバレーがついていないはずはない。
ところが、イタリアでは、オペラに挿入されるバレーは、ダンス教師とダンサーたちが、曲と振り付けをもって出張出演していたらしい。だから、オペラの総譜や台本にはバレーの指示が残っていない。

絶対王政に支えられた専用劇場に専用バレー団を置くようになったフランスとは根本的に違う。

Cavalliの曲にはわずかにダンス曲風の場所があるが、大半は、歌を支える通奏低音だ。けれども、リュ-ト、チェンバロ、バロックギター、テオルブ、ハープなどの弦をはじくタイプの楽器が活躍して独特のソフトで官能的な雰囲気を出していた。

タイトル・ロールのエジストはバリトンのMarc Mauillonで、この人が、もう一人のテノールと同様、姿も美しくて、演技もうまい。大衆に受けたので当時は必ず組み入れられたらしい「狂乱の場」(Folie)での迫力はなかなかのものだった。ヴェネチアの人たちはここで大いに叫んだり拍手したりしたのだろう。

前日に、国立図書館のカサノヴァ展で、18世紀のヴェネチアの雰囲気に浸ったので、そこからさらに100年さかのぼる不思議な感覚だった。18世紀にサドがカストラートへのイタリア人の熱狂を理解できなかったように、 たった1世紀でイタリア・オペラとフランス・オペラは完全に別の方向に進化したのだなあ、とあらためて感慨を覚える。

イタリア風の、産業としては「民主化」して名人芸に走ったオペラと違って、フランスは国の主導で総合芸術としての洗練をひたすら追及した。そのフランス・バロックのもっとも華美なダンス曲を、はじく弦楽器だけで再構成する私たちトリオの活動は、まったく古びないし、新しい意味を持つと思う。

今朝は、新たに、Luc Marchandの『 La flatteuse』(おべっか使い)と、Mr de Buryの『Chaconne』を練習した。チェンバロ曲にハーモニーを加えて、そのままオーケストラでも弾けるように編曲しなおして、3つのギターで弾いているので、ミオンのオペラのバレー曲と同じように華麗になる。

リュック・マルシャンの小曲の、旅に誘うような感じはデュフリーのロンドとも似ている。ビュリーの方は、小さな驚きの連続で、両方ともわくわくするフレンチ・エレガンスの華だ。デュフリーのシャコンヌやロワイエのパサカリアとあわせて、シャコンヌとパサカリアの美学について解説する、踊りつきと演奏だけの2つのヴァージョンを並べるコンサートをやってみたい。
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# by mariastella | 2012-02-08 06:28 | 音楽

気になることの覚書

最近の世界のニュースを見ていると、不思議なことがたくさんある。

たとえば、シリアで民衆弾圧を続けるアサド大統領の退任を求めるアラブ連合をはじめとする「国際社会」の動きにあくまでも抵抗するロシアの思惑。

ロシアはシリアに武器を輸出する最大の国だとか、地中海で唯一残ったロシア海軍基地(しかも改修したばかり)を置いているとか、人口の7.5%であるシリアの正教徒にロシア正教が影響を持っているとか、もっともらしい解説もされる。
リビアの時に棄権しただけで拒否権を発動しなかった大統領に不満だったプーチンの意思表示だとか、強気を示して国内の不満分子を威嚇しているとかいうのもあるのだう。

日本的な感覚では、ロシアはトルコなどよりはるかに「ヨーロッパ」の仲間のような気がするのだが、シリアに関する報道をフランスで聞いている限り、ロシアの異質性が目立ってくる。

アメリカの大統領予備選の共和党の2人のプロフィールもなんだか驚きだ。
この2人のうちどちらかが大統領になるようなことがあれば、オバマの時よりもある意味で衝撃的だ。

ギングリッチはルター派から、福音派バプテスト、さらにカトリックへと三回も宗旨替えをした男だし、不倫と結婚、離婚を繰り返している。

ロムニ-はモルモン教徒で、これもかなり特殊だ。

これがフランスならどうってことのない経歴だが、あのアメリカでこういうことになるなんて、2人の共通点である「金持ち」というところだけがやはり今は基準なのだろうか・・・
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# by mariastella | 2012-02-02 08:48 | 雑感

カサノヴァ、または、18世紀の踊りの体と触覚について

パリの国立図書館BnFでカサノヴァの展示会をやっている。『自由の情熱』というタイトルだ。

カサノヴァは五感を解放し、研ぎ澄ますことに情熱を傾けた。
というわけで、18世紀における五感の文化について、それぞれ、歴史学者とアーティスト(調香師、パティシエ、音楽家、デザイナーなど)が討論するという企画が進行している。

先週土曜がその3回目で、「触覚-踊られる体」というテーマで、歴史家で作家のNoëlle Chateletと、バロック・ダンサーのChristine Bayleが出席した。

http://www.bnf.fr/fr/evenements_et_culture/auditoriums/f.samedi_savoirs_5sens.html?seance=1223906810322

ノエル・シャトレーは予備知識を得るためにクリスティーヌのバロック・バレーの上級クラスを一度だけ見学に来た。私も踊っていたのだが、その時には、彼女が誰で何のためにいるのか知らなかった。

その後で、クリスティーヌが、ノエル・シャトレーが、バロック・バレーをまったく誤解している、どこまで論破できるか分からない、と言っていたので、応援もかねて出席することにした。バレーの仲間の理論家も精神科医も来ていた。

まず、何でそもそも「カサノヴァ」かというと、彼が踊りが大好きで、特にスペインで民衆の踊るファンダンゴを見てからその挑発的なことや官能的なことに夢中になったというからだ。

カサノヴァというとドン・ファンの代名詞の「ヴェネツィアの遊び人」だと思われているが、その有名な『回想記』はフランス語で書かれたもので、立派な「啓蒙の世紀のフランス文学者」のステイタスも持っている人なのだ。

で、18世紀のフランスに生きていたような自由思想家がダンスもたしなんでいたということは、まったく普通なので、脚に静脈瘤がない限りどんな男も踊っていた、といわれるくらい、基本的カルチャーだったのである。

宮廷舞踊は廃れていたが、劇場用のL'Aimable Vainqueurのダンスなどは非常に人気があって、多くの男が踊っていた。

カサノヴァが特に、民衆的で官能的な踊りによって、革命以降の肉体の解放を先取りしていた、などというわけではない。

踊りは常に肉体を意識化する舞台であり、騎士という「戦士」階級にとっては乗馬や剣術と同じ訓練でもあった。

民衆だけではなく、貴族階級にとっても、18世紀はサヴァイヴァルが容易でない厳しい時代だった。宮殿といえどもたいした暖房がなく、太陽王ルイ14世ですら多くの病気に苦しみ、数ある息子も孫もみな失って、やっと曾孫を跡継ぎにできたほどだった。そんな時代に、痛みや苦しみを表に出さずに、優雅に体を使って見せることは、命がけの官能の追求でもあったのだ。

しかし、ノエル・シャトレー女史などに見られるバロック・バレーへの根強い先入観は紋切り型だ。それはざっと次のようなものである。

フランス革命によって、苦しんでいた民衆はようやく解放された。

そのさきがけとなったのはカサノヴァのような規格外の自由思想家だ。

貴族階級は表面的な上品な体裁と華美ばかり競って、肉体の自由を追求したり、触覚を使うという「他者への侵入」をしなかった。バロック・バレーで、カップルがごくたまに手先を触れ合うほかには互いが接触しないことが、その象徴である。

ダンスはコンテンポラリーになればなるほど、肉体をありのままに強調し、男女は触れ合い、エロティシズムも喚起される。華美な衣装は肉体が語るのを妨げる牢獄だ。ディドロも触覚がもっとも深い感覚だといっている。触覚は情念を喚起する。触覚は禁忌や衝動と結びついている。

それに対して、バロック・バレーなどは、衣装の制約もあるし、自然性や官能性を封印して、人工的で不自然な規則でがんじがらめにして、知的な優越感に浸っているだけだ。

とまあ、正確にはそこまでは言わなかったが、ノエル・シャトレーの主張は、貴族階級へのイデオロギー・バイアスのかかったものである。

ついでに彼女は、アンシャン・レジームの男は脚にぴったりしたキュロットで動きが制限されていたのが革命後にパンタロンになって緩やかになった、と言った。

これは、薮蛇だった。ぴったりしたキュロットは乗馬用に特化したもので、18世紀の踊りの衣装も、基本的には狩や戦いの動きをベースにした機能的なものだったからだ。

すべてのアートが何らかの規則を基にして繰りひろげられるのは当然なのに、踊りに関してだけ、肉体性とか動物としての生命力とかを強調することがひたすら禁忌を解いて近代に向かう自由と進歩かのように言われるのは不思議だ。

肉体性の回復とは、むしろ、近代以降において、人工的な快適な環境で暮らす都市住民が肉体性を喪失してしまったことに対する反動だ。

18世紀の暮らしはあらゆる点で重かった。人は肉体性を忘れることなどできなかった。だからこそ、それを昇華して「軽さ」を再構成するのがフランス文化の特徴となったのだ。

そして、その洗練され再構成された軽さが、国境を越えてヨーロッパ中に広まったのは、そこに、その時代における普遍性があったからに他ならない。

今いい訳語が思い浮かばないが、「danse d’excution」と「 danse d’action」は違うのである。

このことは、日本舞踊や仕舞などを伝承してきた日本人の方がむしろよく分かるかもしれない。

和服や帯で動きが制限されているからこそ、どこがどう自由になるのか、動ける部分、動かせる範囲でいかにして官能を演出し、伝えることができるかというのが掘り下げられるからだ。

そういうプロセスにおける「触覚」とは、踊りの相方を手で触れるとか抱くとかの問題ではない。

自分の体のすべての部分がどのように締めつけられたり、限界があったり、重力を受けているか、などの身体感覚であり、塊としての体が空間を切り、床から常に抵抗を受けている「接触」をいかにして全身でキャッチするかということでもある。

バレーの「ステップ」とか「パ」とかは、「歩み」の足の運び方、体重のかけ方、であり、動くのだから、体重を移動していく途中の「過程」のことである。

だから一つ一つの踊りの型ではなく、型と型との間の移動の部分に、すべてがあるのだ。

ダンスとは、体重移動の部分にあるので、それが終わった部分にはない。

それは、ピアノのキイをたたく指の「音楽」がすべて、キイに触れるまでの手指の動きの流れにあるのと同じことだ。たたいた後に出た音の連なりが音楽だと思っているうちは、ピアニストではない。

もちろん、ある指がキイに触れたときの感覚を次の指の動きへとつなげていくわけで、バレーも同じだ。

ある動きに内包されている次の動きを次々と先取りして展開していく一瞬の感覚にすべてがかかっているのである。

それを絶えず確認しながら踊って、相方のその動きをキャッチしながら空間を切り取っていく絵をいっしょに描いていくのは、十分官能的であり、相手の体を触るとか触らないとかいう次元ではまったくないのだ。

私が、今、18世紀のフランスの軽さの文化、すなわちフレンチ・エレガンスの美学を擁護するのは、近代以降の「より強ければ(より速ければ、より高ければ・・・)勝つ」とか「見かけがすべて」のような競争原理や、「名人芸」をマネジメントして売るというアートのシステムに異を唱えたいからである。

フレンチ・エレガンスというのは、日本でいえば「粋」などにも通じるので、なんにしても、動物性だとか生の感情だとか、天才だとか、逆に努力の限りを尽くしているのを見せるとかいうのは、上品ではない、という感覚がある。だからといって中途半端に何かをするのではなくて、実は計算しつくして、最小の動きで最大の効果をあげるように密度を高めるわけである。

それなのに、実際に今見かけるバロック・バレーの再現には、単なるコスプレ的なものや、中途半端なテクニックなどが多いので、誤解を招く。バロック音楽自体も復活した後で、長い間そういう「生ぬるい時代」を経てきた。

事実は、革命前のフランス・バロックの黄金期にこそ、音楽やバレーや詩のそれぞれの「語り」の技術が最高潮に達して競演していたのだ。
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# by mariastella | 2012-01-31 07:32 | 踊り

ヴァティカンの秘密

ヴァティカンという組織が存続してくれていてよかったなあ、と時々思うことがある。特にトップとなる教皇が例外的人物である時には、世界の危機を救ってくれる。

有名なのはポーランドのソリダノスクを鼓舞して冷戦終結に大きな役割を果たしたヨハネ・パウロ2世だが、
76歳で教皇になって「つなぎ」だと思われていたのに、5年間(1958-63)で第ニヴァティカン公会議をはじめたヨハネ23世もその一人だ。

1962年のキューバ危機で、あわや第3次大戦の勃発かと思われたときに水面下で大いに動いたのがこの人だったらしい(むろん彼だけの功績ではないが)。

時のアメリカ大統領は初めてのカトリック大統領であるアイルランド系のケネディで、彼が教皇にじきじき交渉を頼んだという。

ケネディは選挙運動中、ヴァティカンの決定よりもアメリカ国益を優先するかとプロテスタント陣営から何度も問われた。

実は、ケネディは、ヴァティカンにアメリカを救ってもらったわけだ。

もちろんそのことは、政治的判断で伏せられたままだった。

キューバが伝統的にカトリック国であったことは言わずもがなの話である。幸運が重なった。

フランスにとっても、この教皇が救い主となったことがあるらしい。

1944年、自由フランスのリーダーで敬虔なカトリックだったド・ゴール将軍がヴァティカンを訪れた。親独ヴィシィ政権下のフランス司教をやめさせてほしいというためだった。

しかし、当時のヴァティカンには占領フランスの大使が正式に赴任していたし、フランスにはヴァティカンの大使がいる。当時のピウス12世には直接には何もできなかった。フランス司教の任命はヴァティカン大使の管轄だ。

ともかく、この時、新大使として送り込まれたのがジュゼッペ・ロンカリ、後のヨハネ23世であった。

彼の才覚によって、フランスの司教や司祭たちは差し替えられ、戦後、対独協力などの矢面に立つことを逃れられたという。

 ヴァティカンというと各種の陰謀論ではまるで闇の暗殺集団のように扱われていたりするのだが、その外交力や調停力、ネットワークの力、伝統の持つ権威、聖霊トップダウンの素早さ、意外なフットワークの軽さなどで、キリスト教ベースの世界史にポジティヴな役割を果たしてきたことは間違いがないようだ。

Bernard Lecomte『Les derniers secrets du Vatican』
ISBN : 2262034109
Éditeur : Librairie Académique Perrin (2012)
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# by mariastella | 2012-01-30 07:09 | 宗教

Le Quatuor クラウンは楽器を弾く

暮れに、Théâtre de Paris に『Le Quatuor』

http://www.theatredeparis.com/index.asp?id=26&idf=34

を観にいった。15年ほど前に見て、かなり気にいった記憶があり、今年は30周年だそうだ。変わったメンバーもある。今はとてもメジャーになった。

昔のイメージでは、弦楽四重奏団のメンバーが、アクロバテッィクなスケッチを繰り広げながらユーモラスに名曲のメドレーを演るというものだった。

今回あらためて、これは「演奏家がお笑芸をやっている」のではなくて「お笑い芸人が楽器を演奏している」のだとはっきり分かった。

グループの名が「四重奏団」で、ヴァイオリニスト2人とヴィオリスト1人、チェリスト1人が、蝶ネクタイにタキシードという「クラシックの演奏家」の恰好をしているから、なんとなく、演奏家がクラシック音楽をみんなで楽しめるように工夫しておもしろい演出をしているような錯覚を起こす。もちろんそれが狙いなんだろう。

私はヴィオラ奏者の端くれで、四重奏もするから、どうしても演奏家のバイアスがかかって、楽器をあんなに乱暴に扱って大丈夫だろうかとか、弓の毛が切れてぶら下がっているのが気になったり、心から笑えない部分もあるのだ。

でも、結局、ヨーロッパにおける「クラウンclown(=道化、ピエロ)」の歴史というのは、楽器演奏と切っても切り離せなかった。

Arteでクラウンの歴史のドキュメンタリー映画を見たので、いつの時代でもヴァイオリンが大事な小道具だったことがよく分かる。

チャップリンの演奏シーンがあって、左手に弓を持っているのだが、本当だろうか。フィルムが左右逆になっているのか、それとも、それもギャグのうちなのだろうか。

弦楽器は左右対称に見えるが裏側の補強の木は高音側と低音側で違っているので、弦を逆に張り替えれば左利き用になるというほど単純ではない。左利き用に作られた楽器はもちろんあるのだが。

チャップリンの娘でフランスで芸人となったヴィクトリアの息子、ジェイムスのヴァイオリンもうまい。Harpoというクラウンは、見事にハープを弾きこなした。24種もの楽器を弾きこなすクラウンもいた。

クラウンは、楽器ができて、軽業ができて、マイムができて、楽器が弾けて、歌ったり踊ったりもできて、それら全部の技能が、「観客を笑わせる」ために駆使される。

もっとも、それだけに、近代のクラウン、つまり、宮廷の道化ではなくサーカスのスターの先駆者で、ミュージックホールで客を笑わせたヴィクトリア時代のLittle Tichの映像を見るのは複雑だ。

(http://www.youtube.com/watch?v=DpoGy_WIcCYなど。)

身長120㎝で片手に指が6本ずつ。頭にシルクハット、脚に短いスキーのような長い靴をつけて、コミカルな動きをする。チャップリンはこの人のスタイルを採用して、その芸を模倣した。

リトル・ティッチはパリで興業中に、妻にフランス芸人と逃げられた。全財産を持ち逃げされた。その後も没落して、金を稼ぐために60歳を過ぎても、同じネタで演じたが、舞台の事故が元で死んだ。

コメディアンは、考えたら、悲しい話が多い。あのバスター・キートンの有名な「無表情」だって、自らの「笑いを封印した」ものだと言われると、悲痛な感じがする。ヒトラーに気にいられたGrockの運命や、ソ連から逃げたかったPovovの運命も、「お笑い」の人たちだけに余計つらい。

いわゆる「ボケ」と「突っ込み」の2人組の原型は、赤い鼻をつけて騒々しい「オーギュスト」と賢しげな「白いクラウン」であり、オーギュストというのは、エジプトに攻め入ったローマ皇帝アウグスティヌスを揶揄したもので、「白いクラウン」とはエジプト王なのだと由来を聞けば、それもまた笑いの中のルサンチマンの根の深さに愕然とさせられる。

チャップリンなどの「哀愁」の表現も、ルサンチマンが昇華したものなのかもしれない。

クラウンたちの演奏や動きや歌のレベルはすごく高い。

優れた演奏者がクラウンになれるわけではない。

クラウンが、優れた演奏者になれるのだ。

(Le quatuorの演奏例
http://www.youtube.com/watch?v=yl-VNu1rnV0)
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# by mariastella | 2012-01-01 03:10 | 演劇

真実は人を自由にするか(承前)

前記事の「真実は人を自由にする」について、カトリックの見方を質問してきた方がいたので、もう少し敷衍しておく。

前教皇のヨハネ=パウロ二世の教勅に『Veritatis Splendor(真理の輝き) 1993/8/6』というのがあって、そこ(64)には「良心の自由は真理を無視した自由ではなく、真理の中にだけいつもある」とある。

この「良心」というのは、「善悪を見分けるために備わっている知識」から「自意識」まで使われるconscientiaから来た言葉だが、日本語だと「良」心に限定される感じで分かりにくい。

ここでは、「真理が自由にする」ということを別の角度から見て、世にはびこる「自由」至上主義が「好き勝手なことをしてもよい」方向にいかないように、むしろ「真の自由」とは何か、と問いかけているのだ。

これも、日本語の「自由」という言葉は「自らに由る」という「自分が基準」の感じがあるから、分かりにくい。

「なにものにもとらわれない状態」というのは、自他の利害の対立や権利義務の拮抗などを超えた、集合的な命全体の流れの中でのみ成就されるという意味なのだろう。

その底には、人にはそういう「真理」を感知する能力があって、それを行使すれば、「自由に」人生を「善」の方に向けることができるという確信があるわけだ。

この「真理」は、表面的ないろいろな対立や視点の相違を超越したものだから、ある家庭の事情で今、家族関係が実はどうなっているかというような「現実」とは関係がない。むしろ理念に近い。実際、近代理念というものは、欧米キリスト教国が(神の)「真理」から「神」を削除または希釈したものだと言える。

「事実は真実の敵(かたき)なり」

というのはドン・キホーテの有名なセリフだ。

「事実が真実をつつみ隠すこともある」

この場合、事実を事象と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。
私たちが感知する事象は、事実の「相」であって、本質ではない、というように。

「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」

なかなか含蓄のある言葉だ。

といっても、ドン・キホーテにとっての「あるべき姿」は騎士道世界の「幻想」なのだから、「戦い」は「風車に突進する」ような馬鹿げたものとなる。

ドン・キホーテは自分の「幻想」世界の「捕らわれ人」となっているのだから、それを信じて「自分勝手に」振る舞っても、それが「真の自由」の行使とは言えない。

ドン・キホーテを「正気」に戻そうと、司祭や学士があれこれ策を練る。

17世紀初頭、宗教戦争がまだおさまらないヨーロッパはキリスト教にとっての危機の時代なのに、スペインでは、レコンキスタ以来のカトリックがさまざまな宗教的公正にのっとった「真理」をしっかり掌握していた。

人々にとっては、その真理を吟味するよりも、新大陸に進出する欲望やエネルギーの方が優先する時代だったのかもしれない。

何が、誰にとって、「真理」なのか「幻想」なのか、見分けることは難しいし、見分けることを要請しないような社会も時代も状況も存在する。

それでも、「現実」や「真実」との「折り合い」のつけどころというのは、その時々にあるわけで、それをうまくインスパイアしてくれるのは、宗教の聖典よりも、ある種の文学作品だったりするのかもしれない。
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# by mariastella | 2011-12-30 08:47 | 宗教



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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