人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

黒いエルサレム

キリスト教とアフリカの関係というと、聖家族が亡命したエジプトやアウグスティヌスが出た今のアルジェリアなどを思い浮かべる。
エジプト経由で4 世紀にはキリスト教化したエチオピア北部には、すっかりイスラム化した今でもキリスト教コミュニティが強固に残っいる。その中でも、ラリベラは「黒いエルサレム」という異名を持つ。
11の教会があり、ガブリエル、エマニュエルなどの他に、聖マリア教会、ゴルゴダ教会、十字架教会などエルサレムにちなんだ名があり、黒いエルサレムと呼ばれているのだ。キリスト教徒たちは年に一度はエルサレムに巡礼するのが伝統になっていた(地理的にはそう遠くない)。ところが、イスラム勃興の後はそれが阻まれて不可能になったので、12世紀末から13世にかけて、ラリベラ王が自分の王国をエルサレムにしようと決めた。川もヨルダン川と改名し、有名な岩窟教会などを建造したのだ。

今も、1/19 のチムカトtimkat祭はイエスの公現祭と洗礼を共に祝う大祭で、正教の典礼の他に民衆の歌や踊りが華やかだ。

この伝統を西洋のキリスト者が発見したのは16世紀くらいのことらしい。

仏教などでも、巡礼地に行けなくても各聖地の砂などを並べるなどいろいろな工夫がある。祭りはどこでも、いつでも、民衆の「ハレ」と「ケ」のリズムに必要なアクティヴィティだ。

公現祭について、「健康ブログ」にも書いたので興味ある方はどうぞ。



# by mariastella | 2026-01-19 00:05 | 宗教

スポーツの話

昨日の記事で、映画にまつわる2人の友人のことを書いたら、同じく50年前、フランスに発つ前に準備のひとつとして始めていたスポーツでもこの2人に付き合ってもらったことを思い出した。

フランスに発つ前はもう博士課程に在籍していたけれど、前期の単位を取る前には休学するわけで、修士課程でも博士課程用の20単位の内8単位を取っておくことが可能で、すでに取っていたから、何もすることがなかった。
で、朝日カルチャーセンターで英語会話とフランス語会話、そしてテニスのクラスに登録した。テニスのクラスは女性ばかりでそれまで付き合ったことの内容なブルジョワの奥様方ばかりだったのを覚えている。テニスは大学の学部時代の体育の授業で軟式をやったことがある程度だった。
その時の私のプランでは、フランスでは音楽師範学校のギター科に入学し、後はソルボンヌの文明講座とエコール・ド・ルーブルの講座というものだった。
で、スポーツとしては一人でできるもの、他の人とできるものを用意しておこうと思っていた。一人用はアーチェリー、二人用がテニス、そして未経験のウィンター・スポーツは、スキー場に行くなどのハードルが高くないスケートを選んだのだ。
アーチェリーも講習に通った後、何度もあちこちで訓練した。

スケートは、代々木体育館のスケートリンクで初心者用の講習を受けた。
その後でも個人でスケート場に行くのに、付き合ってくれたのが中沢くんときょうこちゃんだった。きょうこちゃんは自分のスケート靴を持っていて、代々木のリンクで軽々と滑ってみせてくれた。中沢くんとはよみうりランドのスケート場に行った。甲府出身の彼は、高校の頃は中庭に水を撒くと凍ってスケートができたそうで、楽々と滑っていた。

うーん、今思うと、優雅で贅沢で、フランス留学もこれという目標がなく、帰国したら女子大の先生にでもなるか(女子大は憧れだったので)という程度の未来像だったのだ。

で、この50年、テニスのラケットをもったことがない(卓球とバドミントンくらい)。アーチェリーも日本から持ってきて庭に的を設置して何年かはやっていたけれど、後はバカンス先のアクティヴィティでやったり(バカンス先ではミニゴルフも時々した。ゴルフは子供の時に父とゴルフ場に行って講習を受けたので多少はできた)、スケートはアルプスのスキー場併設のスケートリンクやパリのスケートリンクで数回やったりしたという程度。英会話ももちろんレベルアップしていない。

「付け焼刃」という言葉を思い出す。

幼い頃から今も続けている「スポーツ」はダンスだけということになる。

中沢くんやきょうこちゃんは今でもすいすいとスケートで滑れることだろう。

(アルプスで最初に講習を受けたスキーはと言えば、最初の一週間で、足の親指が凍傷になり、新しい爪が生えてくるまで真っ黒になったままという体験の後、軽い谷スキーしかしたことがない。今なら靴下カイロだとか、温熱スキー靴だとかあるのだろうが、もう完全にスルーしている。)

(あ、もう一つ、水泳も、もう「海で泳ぐ」というのをしなくなったし、そもそも山や海という自然の中でスポーツするというのはすっかり過去の話だ。ホテルのプール、スパのプール、温水プール、海水プールなどでたまに軽く泳ぐだけ。船が沈没した時に海なら、サバイバルで100メートルくらいは泳いだり10分くらいは浮いていたりできるかも、という程度だ。)

まあ、いいかと思うのは、もともとの素養がなくレベルも低く体験も乏しいので、高齢者になったからといって失うものがないので感傷的にもならないことくらいだろう。




# by mariastella | 2026-01-18 00:05 | 思い出

フランスではじめて観た映画

今年はフランスに暮らして50年という節目の年だ。

今さら思うのは、国の違いよりも世代の違いの方が大きいということだ。

もちろん私自身のフランス語能力も変わった。
せっかくだから50年前の思い出を少し。

フランスで最初に映画館で観たのがマーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロの『タクシー・ドライバー』だった。

当時のフランスでは普通の家庭にはテレビがないところも多く、あっても小型の白黒テレビでチャンネルも三つだけだった。私の父は「新しもの好き」だったので、テレビも5歳の時にはあったし、カラーテレビも13歳の時からあった。チャンネルも50年前でも6つか7つくらいはあった。映画もTVで放映されていたし、中学生の頃から映画館に一人で通っていた。3本立てのようなものもあった。
いわゆる洋画ばかり観ていたけれど、一つ年上の中沢新一くんと出会ってから邦画を観るようになって、その後一つ年下の平野共余子ちゃんと出会ってからますます映画を観るようになった。(共余子ちゃんと2人で一人では入りにくい日活ロマンポルノを観たことがあるし、3人で観たベルイマン映画もある。)

で、50年前のフランスで驚いたのは、外国映画が全てフランス語の吹き替えだったことだ。日本では、テレビでは吹き替え、映画館では字幕というのが普通だったけれど、字幕バージョンは、シャンゼリゼやカルチェラタンなど観光客や留学生の多い地区でのみの例外だった。いわゆる庶民は全てフランス映画だろうと意識していたのではないかと思うくらいだ。

で、語学学校のあったヴィシーで最初に観たのが『タクシー・ドライバー』。
吹き替えのフランス語が聴き取れなくて意味がよく分からなかった。
でも、観に来ていたフランスのおばさんたちも、上映後に「意味が分らないわ」と言い合っていたのを聞いて少し安心した。

今にして思うと、あの映画は、なんとサルトルの「嘔吐」にインスパイアされたもので、その他カミュの「異邦人」とかドストエフスキーの「罪と罰」との関係も取り上げられているのでそもそも「不条理」だったのだと分かる。
フランスの映画館には日本のようなパンフレットもないし、当時はネットでいろいろ検索することももちろんないから、映画の専門誌でも買わないと批評や情報が得られなかったのだ。
映画のフランス語を聞き取れるようになるには2年くらいかかったと思うし、その後も、口語、俗語が頻発するような映画では意味が分からない言葉が普通に出てくる。
(それは日本語でも同じで、今の若者の口語やSNSの言葉で意味の分からないものはたくさんある。)

その後で「2001年宇宙の旅」のリバイバル上演をフランス語吹き替えで観た時もラストの意味が分からなかった。日本では観たことがなかった。(キューブリックの作品で日本で観ていたのは「時計仕掛けのオレンジ」や「バリー・リンドン」などで、特に「難解」という感じは持っていなかった。)
フランス語が分からないせいかと思うとフラストレーションが大きくて、中沢くんに尋ねたら、日本で上映した時のパンフレットをフランスに送ってくれた。もともと難解な映画だったらしい。
今はネットで検索すると詳細な情報が得られるのはまさに隔世の感だ。

この2本の映画は、半世紀を経た今も、上映館の空気にいたるまで覚えている。

# by mariastella | 2026-01-17 00:05 | 思い出

トランプとレオ14世

トランプ大統領がベネズエラ大統領を拉致してから、いろいろな言説が飛び交い、私に意見を求めてくるまでいる。

ここではその都度のニュースに反応する言葉を避けているのだけれど、少しだけ。
(これを書いているのは1/12)

まず、個人的には、なんといっても、レオ14世の反応を知りたかった。

彼はアメリカ人のメンタリティにも、中南米のメンタリティにも理解が深いという稀有な人だ。(フランシスコ前教皇はアルゼンチン出身で、当然ながら南米の歴史というバイアスがあっただろう。)
レオ14世は、長くペルーで宣教にあたり国籍まで取得した人だ。

ベネズエラは、実際は大統領の独裁だったとしても、「共産主義」を掲げている国だ。
共産主義は無神論に拠っていた。
けれども、中南米の「革命」は「解放の神学」にも支えられていたように、今でもベネズエラの全国民の73%がローマ・カトリックに属する。
過去の宗主国スペインの影響であり、アフリカ経由の呪術の影響も受けているが、カトリックのアイデンティティは色濃く、彼らにとっての「首長」はレオ14世でもある。
レオ14世は何よりも国民の安全と安穏を祈っている。トランプ大統領の措置を弾劾したり容認したりなどの政治的判断などはしない。
ベネズエラの司教評議会も「国民」第一で、冷静でいることを呼びかけ、争いの勃発による犠牲者が出ないことを最優先している。
カトリック信者の耳に確実に届く。

アメリカ大陸における植民者の宗教ルーツが及ぼす影響は侮れない。

トランプにとってのアメリカは「神の国」で、それを「西半球」全部に広げるというレトリックが、実は「権力」と「カネ」を追及するものだということは自明だ。とはいえ、そのベースにいつも「神」が使われているなら、アメリカ人教皇レオ14世が平和と友愛を目指す使命を果たす余地はある、と期待したぃ。

今でも、アメリカ人の27%はカトリックで、大学(主にイエズス会系)の四分の一がカトリック系だ。けれどもイギリスの植民地時代はカトリックが禁止されていた。カトリックの典礼などが摘発されると死刑にさえなったという。当時のカトリックはカナダで争っていたフランス、中南米を制するスペインなど「敵の宗教」だったからだ。独立した時点では、カトリックは数十人しかいなかった。
ワシントンとも親しかったというイエズス会のアイルランド人John Carrollが、アメリカの独立憲章によって保障された信教の自由のもとで司教となった。(それでも当初の政府にはアイルランド人には禁じられているポストがあったという。)
現在も、コミュニタリアニズムという「パッチワーク」国家であるアメリカでは、カトリックといっても、各共同体によって帰属意識や考え方は違う。
イギリス人の貴族でアメリカに来てカトリックに改宗したグループもあるし、フランス革命で逃げてきたカトリック貴族もいる。アイルランド系カトリックとフランス系カトリックは長い間敵対すらしていた。カナダから移動してきたフランス人コミュニティでは第二次世界大戦の頃までは典礼でフランス語が使われている場所があったという。
それでも、多様なプロテスタントとは違って、アメリカのカトリックにとってローマ教皇が首長であることは自明であり、19世紀には3度も公会議を開いて国内のカトリックの歩調を合わせようとしてきた。19世紀末にレオン13世がアメリカニズムを弾劾したのは有名だが、ヒスパニック移民は別としても、ケネディ大統領やバイデン大統領が生まれたように、今のアメリカ人にとって、「大統領」と「ローマ教皇」は二大権威と見なされている。
「布教」を特化するプロテスタントの福音派の影響は大きくなっていて国際的にもいろいろな問題があるとはいえ、やはり、フランスにもルーツを持つアメリカ人のレオ14世が登場して弱者の擁護と連帯、分かち合いを訴えることに望みを託したい。



# by mariastella | 2026-01-16 00:05 | 時事

Le Clubで公現祭のランチ

近頃は一年に一度は必ず行っている財務経済相内のレストラン。
コスパの良さは最高で、伝統的なフランス料理でOKなら絶対お勧め。
その理由は、数年前のこのブログで書いている。

今年は珍しい雪が残るベルシ―。氷点下だが晴天に恵まれて雪は溶けつつある。右が財務省、左がスタジアム。
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01492866.jpeg

Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01500902.jpeg
昨年末にシェフが変わったので、新しいメニューを開拓中だとか。
とりあえずはこのランチセットで選ぶ。
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01503262.jpeg
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01505082.jpeg
フォワグラはうちで使うのと同じようにブリオッシュのトーストとの組み合わせだった。
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01512060.jpeg
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01514332.jpeg
仔鴨のフィレ、みかん、さつま芋のピューレ、ナヴェの揚げ物。
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01515814.jpeg

楽しみにしていたパリで一番と称するガレット・デ・ロワが自分の番で品切れになってしまっていた。がっかりしていたら、メニューにあるデザートをすべてサービスしてくれた。食前や食後の飲み物もすべてサービスしてくれた。
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01522058.jpeg
Le Clubで公現祭のランチ_c0175451_01523492.jpeg
次は予約の時点でガレットなどもリザーブしておいてください、と言われた。メニューを新しくしている時期なのでまだいろいろ試行錯誤があるらしい。
それにしても、年末に行ったマドレーヌのミシュラン星付きレストランなどと比べると、値段は5分の1にもならない。

文科省や外務省の中にも職員の食堂以外の招待客用レストランがあるのだろうか。
調べたことがなかったけれど穴場かもしれない。あっても一般には開かれていずに、公客がある時にはその都度他からシェフを招いて食事するホールがあるのだろうか。
外務省に勤めていた友人(日本のフランス大使館でも働いていた。今はリタイアしている)がいた頃に聞いてみればよかった。
ベルシーは比較的新しい建物で広々としているので解放感があって敷居は低いから、そのうちまた友だちを誘って新しいメニューをためしてみよう。




# by mariastella | 2026-01-15 00:05 | グルメ



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧